9・11ゲリラ戦は日本の国内情勢をも一変させた(表参照)。日本は戦争状態=戦時に突入している。日帝はアフガニスタン・イスラム諸国への侵略戦争に踏み切った。これは、第3次世界大戦への道である。
ブッシュは「米国につくのか、テロにつくのかの選択を求める」と世界の人民を恫喝したが、まさに「帝国主義の侵略戦争につくのか、労働者人民・被抑圧民族人民の帝国主義打倒の闘いにつくか」が問われている。中間の道はない。
9・11の直後から米帝は侵略戦争の体制に入った。そして日帝も米帝に一歩でも遅れてはならないと、全力で侵略戦争体制の突入した。
9・11からわずか16日後の9月27日、小泉は臨時国会の所信表明演説で
「米国において発生した同時多発テロは、米国のみならず人類に対する卑劣な攻撃です。……テロリズムとの闘いはわが国自身の闘いであります。わが国は、国際社会と協力して、主体的に、効果的な対策を講じてまいります」とアフガニスタン侵略戦争への参戦宣言を行った。
これを朝鮮戦争の時の比較してみよう。1950年6月25日に朝鮮戦争が勃発、19日後の7月14日、第8回国会の施政方針演説で当時の吉田首相は次にような戦争協力宣言を行った。
「ただいま南朝鮮には混乱状態が現出しているのであります。この突発事件は決して対岸の火事ではないのであります。……わが国がすでに危険にさらされているのであります。この際国際連合の諸国が敢然として立って、多大の犠牲を顧みず被侵略者の危機に出動いたしている……でき得る範囲内において協力することは、きわめて当然のことであります」
これは日帝の参戦宣言であり、非常事態宣言であった。小泉の9・27所信表明演説はこれとまったく同じ論調である。
日帝・吉田は、この参戦宣言をもって、米軍の占領下、朝鮮侵略戦争への日帝の全面協力を47年5月3日に成立した日本国憲法やその他の諸法令とは無関係に、占領軍命令という超法規的措置のもとで実行していった。
さらに現在進行している事態は63年の自衛隊の朝鮮侵略戦争研究である三矢研究の想定そのものだということだ。
三矢研究では、x年4月から「韓国軍内の一部に反乱が生起し、これに関連して米軍の一部が鎮圧のために出動」(第1動)、「韓国軍内の一部の反乱に対する共産側の支持が非公然から逐次半公然に移り、さらに航空攻撃を伴う武力攻撃に発展する段階をめぐってこれに伴う米軍の介入、反撃等の状況」(第2動)を想定する。そして「共産軍の38度線突破、韓国への陸上侵攻を契機として、これに伴う武力戦の状況ならびに米軍の状況」(第3動)を想定する。
この第3動をより詳しく見ると、7月19日に中国空軍を含む北朝鮮の爆撃機が韓国の基地と都市を奇襲攻撃し、地上軍も38度戦の全戦線で攻撃を開始したと想定している。
これに対する日本政府の対応は、7月21日、日米安保協議委員会を開き、具体的な対応の協議に入る。そして政府は同21日、臨時閣議を開き「韓国の情勢の推移に伴う国策要綱」を決定し、その結果、防衛庁長官は首相の承認を得て自衛隊の防衛出動待機を下令した。かつ政府は緊急声明を発表し、首相はテレビを通じて「いまやわが国は『共産』側の直接侵略の危機に直面している。祖国防衛のために国民の決起を要請する」と述べるともに、自衛隊に対し防衛出動待機命令ならびに緊急作戦準備を下令したと発表した。
「韓国情勢の推移に伴う国策要綱」が参戦宣言であり、非常事態宣言である。
政府は5月31日までに戦争遂行ための戦時法令の国会提出準備はすでに完了している。
政府は8月1日に臨時国会に招集し、ここに戦時法令を緊急上程する。情勢の推移・緊迫により、国会はこれら緊急諸法令を衆参両院に提出、同時に審議を開始し、その緊急度に応じて特別委員会を設けて審議を能率化し、あるものは委員会省略即座に本会議に上程するとする。 このようにして、臨時国会成立後約2週間、8月中旬には政府提出の全法令の成立を完了した、というシナリオである。
つまり、7月19日の「共産」側の38度線を超える侵攻から約1カ月の間に臨時国会で戦時諸法令を全部通過させるという想定である。これが、今、現実になっているのだ。
実に恐るべき情勢である。9月11日からわずか1カ月余りでアフガニスタン侵略戦争法案が衆院特別委員会を通過した。自民党は緊急性を理由に特別委員会での審議も省略し、本会議で一気に採決しようなど主張もした。テロ対策特別措置法案は衆院特別委員会で審議入りから可決までわずか1週間、三矢研究の想定そのままだ。
自衛隊法改悪案にいたっては衆院特別委員会で審議することもなく可決されたのだ。この事態は戦争、戦時体制、戦争に伴う暗黒社会の到来を示すものだ。これには人民の怒りは大爆発している。国会前行動に、緊急署名運動に爆発的な人民の行動が始まっている。
9・11から10・18までの動き
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9月11日 |
対米ゲリラ戦闘爆発
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↑
16
日
後
↓ |
12日 |
NATOが集団的自衛権行使を決定 |
14日 |
米議会が武力行使決議を採択 |
14日 |
アーミテージ米国務副長官が「目に見える日本の参加を早く決め、国旗を見せてほしい(ショウ・ザ・フラッグ)」と日帝に要請 |
17日 |
小泉首相が対米支援7項目を発表 |
20日 |
G8が「テロと戦う国際協力」の緊急声明 |
20日 |
米大統領ブッシュがタリバンを「殺人者」と攻撃。ビンラディンとその組織の全指導者の引き渡しを要求。「米国につくか、テロ組織につくかの選択を求める」と恫喝。これは米帝の宣戦布告である |
21日 |
米空母キティホーク出港時に海自護衛艦が護衛 |
24日 |
小泉が「自衛隊は危険な所に出しちゃいかんでは話にならない。危険を伴うかもしれない。『ご苦労だけども、自衛隊に行ってもらおう』ということに、国民の理解を得ることが大事だ」と述べた |
25日 |
小泉、ブッシュに対して日米首脳会談で対米7項目の支援を約束。参戦の表明 |
27日 |
小泉は、臨時国会の所信表明演説で「テロリズムとの闘いは、わが国自身の問題であります。わが国は国際社会と協力して、主体的に、効果的な対策を講じる」と参戦宣言を行った |
10月1日 |
ブッシュがアフガニスタン侵略戦争への準備完了を宣言 |
↑
8
日
後
↓ |
1日 |
米軍支援法案の全容が明らかになった。@武器使用については防護対象の大幅な緩和、A活動地域については外国領土まで拡大、B米軍支援の内容に武器・弾薬の輸送を含めている、C国会承認については事前承認を必要とせず、基本計画を閣議決定後に国会に報告するという内容 |
1日 |
自衛隊法改悪の最終案が明らかになった。「治安出動」発令以前の段階で、首相が「警護活動」を命じることができる規定の新設 |
3日 |
自衛隊法改悪案に、自衛隊の秘密保持のための「防衛秘密」を盛り込んだ。これは国家機密法そのものであり、軍事機密保護法である |
3日 |
在日米軍司令部が在日米軍動向の報道自粛を求めた |
3日 |
アーミテージ米国務副長官が自衛隊の米軍支援活動について「柔軟性を」と要求していた。「武器・弾薬輸送」を求めたものと見られる |
5日 |
政府は「テロ対策特別措置法案」と自衛隊法改悪案を国会に提出 |
5日 |
小泉が衆院予算委員会で、テロ対策特別措置法案と憲法との関係について「確かにあいまいさは認める。すっきりとした法律的な一貫性、明確性を問われれば、答弁に窮してしまう。そこにはすき間がある」と述べた。自衛隊の活動地域については「無限定と言えば無限定だ。(地球上の)どこで戦闘が行われるか分からない」と答弁した |
↑
13
日
後
↓ |
5日 |
アーミテージ米国務副長官が「旗を見せろ」発言について「日本がこの戦いに最大限関与していることを示せという意味だ」「米国とともにあるかどうかということで、50%、60%という尺度はない」と述べた |
6日 |
航空自衛隊のC130輸送機6機がパキスタンに向かって小牧基地から飛び立った |
7日 |
(現地) ブッシュがテレビ演説で米英両軍によるアフガニスタンへの攻撃開始を宣言 |
8日 |
日中首脳会談 |
9日 |
小泉が「今回の法案は現行憲法の範囲内であるが、もうこれ以上ということになれば、憲法改正をもって処する以外にない」と語った |
10日 |
衆院テロ対策特別委員会でテロ対策特別措置法案の審議入り |
16日 |
衆院特別委員会で参戦3法案、テロ対策特別措置法案・自衛隊法改悪案・海上保安庁設置法改悪案を採択 |
18日 |
衆院本会議で参戦3法案を可決 |
10月18日に衆院本会議で3参戦法案が可決された。そのひとつであるテロ対策特別措置法案は、@武器使用の防護対象の大幅拡大、A自衛隊の活動範囲を外国領土まで拡大、B武器・弾薬の輸送を支援対象に含める(修正で陸上輸送を除外)、C国会承認については事後承認というものであり、憲法の枠を事実上完全に取り払った侵略戦争法である。
▲武器使用
自衛官の武器使用について、PKO法では、武器使用は「隊員本人と、ともに現場の所在する隊員の生命を守る」場合に限定された。武器使用を判断するのは「生命の危険にさらされた」隊員個人である。周辺事態法では、武器使用の対象が自衛隊が保管する武器を守る場合にまで拡大された。武器、艦艇まで広い範囲に拡大された。テロ対策特別措置法では、防護対象をPKO法、周辺事態法の範囲に加えて自衛官の「管理下に入った者」まで拡大した。「自己の管理下に入った者」とは、自衛隊の診療所で治療を受けている外国兵士や被災民、医療補助を行う現地スタッフ、部隊の宿営地にいる現地機関や外国軍隊の連絡員、視察・招待者、通訳、報道関係者なども含まれる。救難した米兵を自衛隊が輸送している場合も同様の扱いだとしている。
さらに誰が武器使用を判断するかの問題について、小泉は
「もう『神学論争はやめよう』と言いたい。ある程度、現場の指揮官が判断できるのではないか」(10・11衆院特別委)と述べ、現場指揮官の判断を尊重する意向を表明した。
武器使用の範囲が個人の生命と現場に所在する隊員までなら隊員の判断があるいは成り立つかも知れない。さらに武器や艦艇、さらに関係者にまで拡大するにつれ、武器使用の判断はもはや個人の判断の範囲を超えている。
武器防護の対象をここまで広範囲に拡大しておいて、武器使用の判断を「常識」的に現場指揮官にまで高めようというのだ。武器使用に関する「厳しい制限」が取り払われようとしている。部隊指揮官の判断でいかようにも武器使用の拡張が「常識的」にできるようになれば、侵略軍として部隊運用が可能になる。戦争を好んで開始していく侵略軍隊の道が開かれるのだ。
武器使用の権限の拡大により、9・18柳条湖事件の例を引き出すまでもなく、敵の発砲をでっち上げ、それを口実に一挙に反撃し、侵略戦争を拡大していくことができるということだ。
労働者人民は自衛隊兵士に向かって呼びかける。自衛隊兵士は、アジア人民に銃口を向けるのか、虐殺戦争に加担するのか。侵略戦争で帝国主義者に命を奪われるのか。反戦闘争をたたかう労働者人民に銃口を向けるのか。自衛隊の解体・自衛隊の獲得を早急に開始しよう。自衛隊兵士は自衛隊の侵略軍隊化を阻止し、自衛隊内部からの反乱を組織しよう。
▲自衛隊の活動範囲
自衛隊の活動範囲は「日本の領域と公海上、相手国の同意がある場合に限って外国領域」とされている。日米防衛協力指針(新ガイドライン)に基づく周辺事態法に比べ、外国領域が加えられた。
小泉は10月12日の衆院特別委員会で
「どこの地域かと言えば無限定。どこにでも行ける」と答弁した。さらに小泉は米軍が軍事作戦を展開しているパキスタンをもとより、タジキスタンやウズベキスタンへの派遣を否定しなかった。つまり、自衛隊の活動範囲は一挙に全地球範囲に拡大した。
外国に軍隊を出すことは侵略戦争の始まりである。これは戦前のアジア侵略戦争を再来である。第1歩の踏み切りが次の侵略戦争へ拡大していく。1931年9・18柳条湖事件がそうであった。あの日から日帝は15年戦争に突入し、第2次世界大戦まで「終わりなき戦争」へ突っ走った。日帝のアフガニスタン侵略戦争への参戦はそれと同じだ。果てしない、アジア・アフガニスタン・イスラム諸国への侵略戦争の始まりになる。
それは残虐な奪いつくし、焼きつくし、殺しつくす帝国主義による新植民地主義諸国への侵略戦争であり、やがては第3次世界大戦に全人民をまきこむものになる。
戦後56年以上経った今でも日帝が朝鮮、台湾などへの植民地支配、中国、東南アジア諸国への侵略戦争で加えた多大な犠牲・膨大な被害・与えた傷は少しも償いえていない。アジア人民に対して日帝は侵略戦争に対する反省も補償も果たしていない。
それなのに、日帝は再びアジア、イスラム諸国への侵略戦争を開始しようしている。これを日本の労働者人民は血債かけて絶対に粉砕し、闘うアジア人民、イスラム諸国人民と連帯して、日帝の侵略を内乱へ転化しなければならない。