SANRIZUKA 2003/03/15(No627
p02)
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週刊『三里塚』(S627号1面1)
「東峰貨物地区」は作り話 公団・黒野 東峰区買収の口実に
現行計画で510万トンの処理能力 大幅な設備過剰必至
県の物流基地は廃墟に?
空港公団が東峰地区に対して「東峰貨物地区整備計画」なるものを提示し、集団的条件交渉の糸口を作りだそうとしている問題で、同計画が成田空港の貨物取扱量と設備規模との関係で、まったく必要のないものであることが分かった。「計画」それ自体が、東峰部落を集団条件交渉に引き込むための作り話にすぎなかった。空港民営化を目前に控え、平行滑走路「二五〇〇b化」の挫折は致命的だ。追いつめられた公団総裁・黒野は、この期に及んで°札束を積む″切り崩しに全力をあげる構えだ。東峰区住民はこのような「計画」を厳しく批判する声明を発表した。
現在の成田空港の貨物処理能力は約二百万トン/年。対して現在の貨物取扱量は百七十七万トン。公団はこれで「処理能力の限界が近づいている」として新たな貨物取扱施設を三カ所で建設中だ。
具体的には、@日航グラウンド跡地に貨物取扱施設=処理能力約三十万トン/年、A天浪地区(現貨物地区)に新貨物上屋=処理能力約二十万トン/年、B取香地区に国際物流基地=全体構想で処理能力二百万トン/年以上、である。@とAはいずれも今春中に供用を始める予定で、これを現行の貨物施設と合わせると、年間で約二百五十万トンの処理能力になる。
これで貨物施設の容量問題はほぼ解決だが、公団はさらに、@の日航グラウンドの「二期、三期計画」として、新たに六十万トン規模の貨物施設を正式に発表している。これも含めると、成田空港の貨物処理能力は一気に三百十万トン/年という巨大な規模に膨れあがる。
これで関空を含む現在の日本全体の航空貨物取扱総量(約二百五十万トン/年)を、成田だけで軽々と超えてしまう。(※いずれも公団発表の資料による)
計画はまだある。Bの「国際複合物流基地」も現在工事中(県の事業。推定処理能力=二百万トン/年。供用時期未定)だ。用地買収の難航で遅れているが、完成予定は「〇七年」とされている。これは全体計画で二百万トン/年という巨大なものだ。
これが完成すると、成田空港は何と五百十万トンの処理能力を持つ巨大貨物空港に変貌する。【県は現時点ですでに、この計画が過剰設備になると予測している】
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公団が今回、東峰地区に°打診″してきた「東峰貨物地区計画」なるものは、これら三カ所とはまったく別の新たな整備「計画」だ。これがいかに荒唐無稽な作り話であるかは明白だろう。今後の貨物取扱量の推移予測、羽田空港の新滑走路建設と再国際化、その他様々な条件を総合して、成田空港にこれほど膨大な貨物施設は必要ない。それが現実だ。公団が東峰部落に°提示″したという「東峰貨物地区構想」なるものは、あり得ない架空の代物である。
【成田空港の貨物処理能力】
●02年の航空貨物量(年)177万トン
●現在の貨物処理能力
延床面積=249,000u
約200万トン/年
●現在追加整備中の貨物設備
(1)日航グラウンド=03年春供用)
延床面積=10,000u
処理能力=30万トン/年
※2、3期計画=60万トン/年
(2)天浪地区貨物上屋(03年春供用)
延床面積=6,000u
処理能力=20万トン/年
(3)県の国際物流基地(取香地区=建設 中。07年完成予定)
処理能力=200万トン/年
■現在整備中を合わせた成田空港合計
処理能力=510万トン
●貨物の増加予測(公団資料)
「2015年には年間260万トンに増加」
羽田国際化 貨物基地、成田の5倍
第一に、公団の予測値では、成田空港における今後の貨物取扱量は十二年後の二〇一五年で「二百六十万トン/年」となっている。百歩譲って、この予測通りだったとしても、現行の貨物施設と今春供用の前記@とAの新規施設(合計で二百五十万トン/年)で向こう十二年間対応できる。
第二に、公団の貨物需要予測値は、開港以来のバブル経済期を含む実績「毎年五〜一〇%前後の伸び」を前提にした数字である。今後の実際の伸び率は公団の予測値を確実に下回る。
第三に、羽田空港の再国際化との関係である。国交省はすでに新D滑走路の建設計画を「〇九年度完成予定」で正式にスタートさせているが、これが完成すると成田発着の近距離旅客便(アジア便)は全部羽田に移るというのが航空関係者の常識だ。
また羽田空港の旧滑走路跡地二百ヘクタールに、巨大な国際線用の旅客と貨物ターミナルを建設する計画がすでに決定している。成田空港の貨物地区の全敷地面積=約三十七ヘクタールと比較すると、羽田の貨物施設計画がいかに巨大かがわかるだろう。
これらを勘案すると、成田の取扱貨物量の公団予測値(二〇一五年で二百六十万トン)は、実態からかけ離れている。羽田の新滑走路完成(二〇〇九年)以後は確実に成田空港の貨物量は減る。また羽田の再国際化問題を度外視しても、向こう十数年の航空貨物が、これまでと同じ右肩上がりで伸びると考えるのは過大な予測だろう。
いずれにせよ、公団が東峰地区に°打診″してきた「東峰貨物地区構想」なるものは、まったく必要のない架空の代物なのである。現実は、県の国際複合物流基地(前記B)が廃墟になるかどうかという次元の問題すら生まれている。
「貨物地区構想」を使った東峰区への「話し合い」攻撃を粉砕しよう。
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週刊『三里塚』(S627号1面2)
貨物地区計画に反対!
東峰区の「申し入れ書」
以下は「東峰貨物地区計画」に対する、東峰区民の申し入れ書(要旨)。
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空港公団内で東峰十字路南東部に貨物地区を整備する構想が浮上しているとのことである。事実なら東峰区は分断され生活上の不便を被る。また当区唯一の自然景観であり防風・防音、生活用水・農業用水の涵養林でもある旧県有林(東峰の森)の大半、あるいは全部が伐採される。結局東峰区の存在を消滅させようとするものであり、断じて受け入れられない。
昨年の暫定滑走路供用前から、当区の生活道路は分断され不自由を強いられている。道はフェンス張りされ、畑や住居は遮音壁に囲われ、収容所のような状態に置かれている。監視塔からの監視もあり、畑で生理的欲求を果たすこともできない。常時飛行機の騒音と振動に悩まされ、数十メートル真上を平均九五ホンを超す轟音が襲う。飛行機の風圧で家の屋根瓦がずれ落ちる被害まで生じている。貨物地区建設は、この空港被害を村の東側まで広げるものである。
貨物地区建設が強行されれば当区中央にある旧県有林は消滅する。この森は開拓の当初から山菜摘み、きのこ採り、粗菜集め、落ち葉掻き、床土取りなどで村人が入会い的に使ってきた場所である。防音の役目も果たしてきた。雨水はこの森で蓄えられ、田畑を潤してきた。井戸水が枯れなかったのも森の恵があったからである。森がコンクリートに覆われれば村の農業に壊滅的な被害が出て周辺にも甚大な影響が及ぶ。
貨物地区構想は公団のかつての周辺緑化構想を自ら否定するものでもある。
貨物地区構想はこのような経緯を見ても許されるものではない。今後これ以上の計画化も具体化もなきよう、強く申し入れる。
二〇〇三年一月三十日
東峰区区民一同
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週刊『三里塚』(S627号1面3)
3・30三里塚 世界の人々と共に
反対同盟から訴え
次世代に平和な未来を残す 反対同盟事務局長 北原鉱治さん
いま世界で、数千万の人々がイラク戦争に反対し、空前の規模で反戦運動の大波を作り出している。ついに新しい歴史が始まりつつあることを実感します。歴史は動く。次の世代に平和な未来を残すため、私たちはその最前線でたたかっている。責任の大きさを感じます。
三里塚はこれまで、多くの犠牲を払い、何千人もの逮捕者をだしながら国家権力の横暴と闘い続けてきました。代執行での激突や空港管制塔を占拠した日々を、まるで昨日のように想い出します。巨万の群衆が三里塚で立ち上がった歴史はいまも生きています。
権力が力ずくで農民から土地を取り上げることと、人民を強制的に戦場に送り出す戦争という行為は一体のものです。三里塚の歴史は、つねに反戦闘争の歴史でもありました。
いま暫定滑走路が何の意味もない無用の長物として、日本の政治の暗部をさらけ出しています。反対農家の頭上四十bにジェット機を飛ばすという、信じられない行為がいまなお「民主主義」の名のもとに行われるのはなぜなのか。集落の神社のご神木を勝手に切り倒したり、民法で一坪共有地を取り上げてしまおうとしたり…。戦争の時代への逆戻りがその答えでしょう。この空港は侵略戦争のための軍事空港です。
抵抗の拠点はまだたくさんあります。暫定滑走路を閉鎖に追い込むことだって不可能ではない。私たちは真の平和をかちとるために闘い続ける決意です。
郡司一治さんが志半ばで、残念にも亡くなられた。日が沈むような静かな最後でした。私たちは一治さんの遺志をしっかりこの手に握りしめて、前進を続けます。3・30全国集会を新たな出発点としましょう。
歴史の転換点、三里塚の真価 反対同盟事務局次長 萩原進さん
一月二十七日のオーバーラン事故は、反対同盟が警告してきた通りに起きた。人の命を省みない危険な滑走路を閉鎖しろという反対同盟の態度は正しいと実感した。暫定滑走路は年に数回は必ず事故を起こすほどの欠陥を抱えている。
公団は、国のプロジェクトが挫折しかねないという大変は危機に陥っている。それで東峰に貨物地区を造りたいから「話し合い」を持ちたいと村を脅している。昔と同じだ。何が何でも二五〇〇b(滑走路)にという焦りが見える。
世界の政治情勢が変りつつある。三十年前のベトナム戦争を上まわる規模の反戦闘争が時代を動かしている。政府はイラク戦争に参戦の意思を表明した。歴史の曲がり角だ。
三里塚は、民衆闘争の苦しい時代も闘いの火を守りぬいてきた。その責任と真価を発揮する時代だ。
成田空港は軍事空港だ。その実態があらわになっている。アメリカはイラクの次は朝鮮だと公言し、北朝鮮の領域ぎりぎりで大規模な米韓軍事演習を始めた。そして成田空港を使わせろと日本政府に要求している。これ以上の挑発行為はない。戦争を引き起こそうとしているのはアメリカと日本政府の側だ。
郡司一治さんの遺志をついで、三里塚は新たな闘いに踏み込む決意だ。
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週刊『三里塚』(S627号1面4)
郡司一治さんの逝去を悼む
全学連三里塚現地闘争本部
故とめさんと安らかに 「戦争は絶対いけない」の信念
暫定滑走路内に一坪共有地所有/静かな闘志
反対同盟本部役員の郡司一治(かつじ)さんが、二月二十四日午後七時三十分、ガンのために入院先の病院で亡くなられた。享年八十二歳。自宅療養しながら、闘争と日常生活を営んでいたが、一週間前に容態が急変し、帰らぬ人となってしまった。
(写真 ありし日の郡司一治さん。故・郡司とめさんが自宅の庭に植えた木蓮の花の前で【02年3月撮影】)
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婦人行動隊長であった妻のとめさんが二〇〇〇年八月に亡くなられた直後の全国集会では「今後も気持ちはひとつ、とめの遺志を引き継いで空港反対の闘いを続けていきます」「私は、平行滑走路予定地の重要な部分に一坪共有地をもっています。これを守りぬき、暫定滑走路粉砕、空港廃港まで闘うことを約束します」と力強く宣言して、その後精力的に闘争に参加してきた。
とめさんが全国各地を飛び回ったとすれば、郡司一治さんは、全国集会や現地闘争を中心として、一坪共有地立ち入り調査、民事裁判傍聴闘争、国会前座り込み闘争などに参加し、反対同盟の日常的な闘いを一身に担い、闘いを前進させてきた。東京での労働者集会や革共同政治集会などへも幾度か参加、反戦の闘いを共にした。戦時徴用されたその経験から、今日の情勢を「このままいったら戦争だ。戦争は絶対いけない」と語り、「成田空港は、軍事空港だ」と常日頃口にしていた。
朴訥(ぼくとつ)としたもの静かな性格の人だが、信念は固く、穏やかな口調の中にも闘志をみなぎらせ、政府・空港公団と闘い続けてきた。人柄の温厚さから地元芝山町老人会で副会長に選ばれた。
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一九六六年、成田空港閣議決定の直後、現在の暫定滑走路の直下の騒音下に位置する郡司さんは、一坪共有運動に小原子部落の人々と共に参加、当時婦人行動隊副隊長となった妻のとめさんと共に闘いの歩みを始めた。若いころは、農業と出稼ぎ、二十年前からは無農薬有機野菜栽培を行い、多くの消費者に供給してきた。
とりわけ自分が守り抜いてきた一坪共有地が、着陸帯に食い込んで暫定滑走路を阻む重要な拠点となっていることに誇りをもっていた。郡司さんの一坪共有地は、暫定滑走路わき約五十メートルにある。空港公団は危険を承知で着陸帯を国際基準の半分(一五〇メートル)に切り縮めて欠陥滑走路を造ったのだ。この三月二十三日に反対同盟は、一坪共有地立ち入り調査を予定しているが、まだ日程が決まっていなかった時、郡司さんは「暖かい時期にやるのであれば、ぜひ参加したい」と言っていた。
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昨年10・13全国集会では、自身二度目の集会宣言を読み上げている。「成田空港を侵略のための兵站・出撃基地としてはならない。暫定滑走路延長阻止へ。秋・冬の闘いに勝利し、来春(二〇〇三年)3・30全国集会に総決起しよう」と訴えた。独特の口調による堂々たる集会宣言であった。3・30を目前にして、無念にも逝去された。
「体の調子が悪くなければ、一坪裁判にぜひ行きたい」と、無理してでも裁判で公団を抗議したいという行く熱意を示していた。ボーイング767機のオーバーラン事故を弾劾る「日刊三里塚」を見ながら、「本当にひどい事故だよ。我々の土地があるのに、無理に開港したからこうなったんだ」「絶対一坪は渡さない」と、公団を強く弾劾したのは、ほんの数週間前のことで、いまだに亡くなられたのが、信じられない。
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郡司一治さん。
私たちは、あなたの信念と闘いの遺志を引き継ぎ、必ずや、暫定滑走路を閉鎖し、軍事空港の廃港を闘いとることを誓います。
二〇〇三年二月二十八日
郡司一治さんの告別式が二月二十七日、光町の会場で行われ、多くの参列者が故人の遺志を悼んだ。
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週刊『三里塚』(S627号1面5)
伐採の張本人が「和解」とは?
強盗の居直り然と
黒野総裁、東峰区「訪問」で
空港公団総裁・黒野匡彦は二月十五日、「東峰貨物地区構想」を利用して東峰区との「話し合い」の糸口を付けるため、同用地部長や空港計画室長らを引き連れて自ら東峰部落(区長宅)に乗り込み°交渉の場″の提供を要求してきた。東峰区では対応を協議し、見え透いた条件交渉要求であり応じられないとの態度を決めている。
黒野総裁はこの日、区長宅で「木を切って迷惑をかけた」などと切り出し「和解」を持ちかけたという。木を切ったとは、一昨年六月の東峰神社立木伐採のこと。部落の財産を強盗のように切り倒しておいて、用地買収の糸口にしようとは、いかにも公団の手口だ。国家権力の°力″を示して買収交渉に持ち込もうという考えは昔のままだ。彼らは反対農民の生き様やたたかいを抹殺の対象だと考えている。
黒野は暫定滑走路計画を作った当時の運輸事務次官、つまり最高責任者である。「論外だ」(萩原進さん)という怒りはあまりに正当だ。
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週刊『三里塚』(S627号1面6)
コンピューター・ネットワークを通じて気象情報を得る時代となった。天気・気温・湿度など一般的な天気情報が狭い地域を指定して見られる▼アメリカから送られる詳細な気象情報は軍事衛星のものだろう。複数の人工衛星の電波を使って自分の位置を知る”カーナビ”も、巡航ミサイルの誘導に使われる軍事技術だ。恐るべき文明の”進歩”ではある▼三里塚で気象情報を重宝する理由は、もちろん営農上の要請だ。種をまく時期などを中期的な気象を読んで調整していく。これが難しい。昨年秋の台風と異常低温など、波乱要因のリスクを回避する”勝負勘”も必要だと農家は強調する▼花粉症の季節。筆者も眼が異様にかゆい。今年も飛散する花粉量は多い。前年夏の気象と関係が深いらしい。猛暑や少雨の翌春は花粉が増え、冷夏や多雨では減る傾向だという。昨年の猛暑は記憶に新しい。杉植林と大気汚染が主要な原因との説が一般的だが…▼「自由」の名において世界的な戦争が始まりつつある。先の気象情報も位置情報も一級の軍事情報だ。米軍は戦争が始まると、民間が普段利用している衛星情報にバイアスをかけて流すという。衛星情報を独占しているので、他国に提供する軍事情報を改ざんすることも朝飯前だ▼日本政府は「米英支持」を鮮明にした。わずか五十数年前まで天皇と軍部が「鬼畜」と呼んだ国だ。資源や富の収奪が°国益″と呼ばれ、ごく一握りの支配者のために途方もない殺りくを正当化する。「道徳ではなく国益だ」と商業紙のコラムが公言した。”文明”は実は進歩していない。
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週刊『三里塚』(S627号1面7)
闘いの言葉
「韓国人が日本の保護を望んでいるとウソを広めた罪」「独立を要求する韓国人を虐殺した罪」により私は伊藤博文を殺した。
一九一〇年 韓国の義士・安重根(アン・ジュングン)」
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イラク侵略戦争反対・有事立法粉砕 暫定滑走路を閉鎖し軍事空港を廃港へ
3・30全国総決起集会
【日時】 3月30日(日)正午
【会場】成田市天神峰反対同盟員所有地
【主催】三里塚芝山連合空港反対同盟
(連絡先)事務局長・北原鉱治 成田市三里塚115 電話 0476(35)0062
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週刊『三里塚』(S627号2面1)
血が流れる!「米支持」の暴挙
「世論より石油が大事」 小泉政権
世界の人民を敵に回す
米英による対イラク開戦が時間の問題となった。歩調を合わせ小泉政権の参戦にむけた攻撃が決定的段階を迎えている。小泉政権は公然と「米英の単独攻撃支持」に踏み切り、参戦に進もうとしている。「国民の八四%が戦争反対」という現実を踏みにじり、イラク人民虐殺の道に踏み入ることを決めたのだ。日本の労働者と人民は、抑圧された人びとの血を吸わなければ生きていけない体制そのものを拒否する。世界中で立ち上がる千五百万の人民と連帯し、今こそ小泉政権打倒・帝国主義体制打倒へ前進する時だ。
単独開戦も「支援」表明
イラク侵略戦争において、小泉政権の決定的踏み切りを示したのが二月十八日の国連安保理における原口幸市国連大使の意見表明である。
原口大使は、この日演説した二十七カ国・機構の中でオーストラリアと共に武力行使容認に向けたアメリカの新たな決議案を唯一支持した。米英の無法な武力行使に対して圧倒的な国と国際世論が「ノー」の声を上げている中で、あえて全面支持を表明したのである。「武力行使反対決議」を準備しているフランス・ドイツ・ロシアへの敵対的態度表明でもある。
小泉政権はさらに米英決議に慎重な非常任理事国を中心に、仏独票の切り崩し工作を全力で展開している。
橋本龍太郎元首相をメキシコへ、高村正彦元外相をエジプト・サウジアラビアへ、中山太郎元外相をシリア・トルコへ派遣した。その他茂木敏充外務副大臣をヨルダン、イラクへ派遣したり、パキスタン、アンゴラなどの駐日大使を外務省に呼びつけて、ODA(政府開発援助)をエサに米英を支持するよう圧力をかけた。(右下表参照)
さらに川口順子外務大臣は二月十四日、「米英によるイラク攻撃について、国連決議なしの単独攻撃でも支持する」旨の発言を行った。これもきわめて重大だ。小泉首相みずからが唱えてきた「イラク攻撃問題については国際協調優先」の否定にとどまらない。
戦後五十余年、自民党が外交政策の最大のタテとしてきた「国連主義」の全面的放棄、そこからの転換だからである。
もとより対イラク戦争は、数ある戦争の歴史の中でも最悪の部類に属する不正義の戦争である。その本質は、中東石油支配の崩壊を、先制核攻撃を含むイラク人民の大量殺りくによって立て直そうとするアメリカの強盗戦争である。
(写真 アラビア海に展開しているイージス艦「きりしま」。補給艦「ときわ」から燃料を補給されているところ。開戦となれば米空母などを防衛し参戦することは明白)
■正義なし
およそ正当性のカケラもない。小泉政権はこの虐殺戦争に公然と支持を表明し、かつ「戦争反対派」を切り崩して開戦の露払いを行い、自ら参戦しようとしているのだ。
これは従来の日本の外交政策の決定的転換である。「西側(帝国主義)」諸国が今回ほどの分裂状態に入るのは戦後初めてのことだが、小泉政権はそこで従来の自民党外交のようなあいまいな立場に留まるのではなく、アラブ・イスラム人民との敵対的立場を明らかにする危険をも冒してでも明確にアメリカの陣営に加わり、日米同盟を誇示し、一個の帝国主義として延命する道を決断した。
■禁輸解除
国連演説を前後して、政府・自民党幹部、機関によって行われた戦争政策強化の発言、提言は、小泉政府の決断と一体である。
二月五日、自民党の防衛政策小委員会と国防部会は「日本の防衛政策の構築」なる構想の骨子を発表した。それは
@憲法改正
A国家としての危機管理体制の充実
B有事法制の整備
C防衛庁の省への昇格
という従来からの政策の強調と共に
D「防衛産業の確立のため武器輸出三原則の見直し」を新たに提起した。これは武器輸出を解禁せよとの要求であり、軍事大国化と不可分の防衛産業育成の主張である。
また石破茂防衛庁長官は「北朝鮮がミサイルへの燃料を注入し始めた段階で先制攻撃できる」と発言(1・24)、さらに「現行憲法は攻撃を待つだけを想定しているわけではない」(2・26)と「専守防衛から先制攻撃への転換」を明確に語った。
■憲法改悪
そして三月二十八日には初めての偵察衛星二機の打ち上げが予定されている。八月には次の衛星を発射する予定だ。
予算委員会ー本会議で二〇〇三年度予算案が成立した場合四月以降、武力攻撃事態法、自衛隊法改悪、安全保障会議設置法改悪の有事三法をはじめ戦争・治安弾圧立法の攻撃が強まるのは不可避だ。それは教育基本法改悪・憲法改悪へと行き着く。
戦後史は明らかに歴史的転換点を迎えている。戦後最大の階級決戦に立ち上がり、小泉政権の戦争政策を打ち破らなければならない。
参戦法=有事法制阻止へ
イラク戦争の目的は、崩壊に瀕したアメリカの中東石油支配体制の立て直しである。だからブッシュは二月二十六日の講演で「中東全体を民主化する」と強盗の本音を吐露した。「大量破壊兵器」云々は、戦争とは何の関係もない。前代未聞のデマである。
アメリカ支配階級の富と権力の源泉・石油。その権益護持のために、核兵器による攻撃を含むありとあらゆる軍事手段を動員して、数百万人とも予想される何の罪もないイラクの人びとを虐殺しようとしているのである。
小泉政権はこの不正義の戦争で米英の側に組し、できるあらゆる手段で、戦争を推進している。
これは事実上、参戦への態度表明である。
(写真 クエェートのイラク国境付近でイラク侵略の演習をくり返すアメリカ海兵隊【2月23日】)
反戦意識の岩盤
対イラク参戦で小泉政権が目指しているものは、日本自身の石油利権と同時に戦後民主主義的「制約」の一掃であり、戦争のできる帝国主義国家への脱皮である。
歴代自民党政府は一九五〇年代から憲法改悪や有事立法をめざしてきたが、今にいたるも成功していない。九〇年代に入って、一九九四年朝鮮危機を奇貨として、一九九七年日米ガイドライン、九九年周辺事態法制定、二〇〇二年有事三法国会上程と、戦争政策、戦争法の強化を試みてきた。しかし、戦後五十年の営々とした反戦闘争によって形成された「反戦」「戦後民主主義」の岩盤の前にはね返されつづけている。「かりに戦争法が通っても戦争体制の形成は道遠い」と保守政治家に悲鳴をあげさせるほどの強固な拠点を形成している。小泉政権が挑戦しようとしているのはこの岩盤の破壊である。
イージス艦アラビア海に
開戦即参戦を狙う 空母護衛、燃料給油など
日本の帝国主義体制はぎりぎりの所まで追いつめられている。経済危機は深刻の極に達し、支配階級は労働者を食わせられなくなっている。その結果社会の全面にわたって「今までのあり方を一変する」攻撃が襲いかかっている。労働者に前代未聞の資本攻勢が強行されている。労働基準法改悪をはじめ労働法制が全否定されようとしている。労働者の首切り自由という「解雇ルール」なるものまでが制定されようとしている。終身雇用制が解体の淵にさらされており、賃上げどころか賃下げ攻撃が吹き荒れ、春闘自体がなりたたなくなっている。労働法制のなかった一九世紀に舞い戻るようだ。
社会保障制度もしかり。年金支給年齢が引き上げられる一方、掛け金がアップし、それでも年金が受け取れるかどうか分からない。 労働者が怒って立ち上がることを見越して共謀罪の新設など治安弾圧立法も目白押しだ。司法改革の名による弁護士自治の破壊と重罪攻撃、入管法改悪攻撃、保安処分(精神衛生法改悪)攻撃そして総仕上げとしての教育基本法改悪・憲法改悪攻撃等々。
こうした戦後体制一掃・戦争体制作りの成否をかけた正面突破の攻撃として今回の小泉政権による参戦攻撃はある。「国を守るために血を流すのは国民の義務」「戦争反対は国賊」というイデオロギーが全社会を覆うような悪夢を許してはならない。イラク参戦攻撃とのたたかいが一切を決する天王山だ。
すでに日本はアラビア海にはイージス艦「きりしま」他を派遣している。展開地域もペルシャ湾の入り口であり、イラク攻撃を構えるアメリカ空母の隣だ。攻撃が始まれば「空母への給油」という形で本格的に加担することは明白である。(上の地図参照)
1500万労働者と連帯し 成田軍事空港粉砕へ
世界の労働者は、イラク攻撃問題が世界史を左右する重大な政治選択の決戦であることを直感的に知りぬいている。だからこそ、全世界の七十五カ国、六百都市で千五百万人以上という有史以来の反戦闘争が爆発しているのだ。
日本の地で数十万、数百万の人びとが街頭に出、「イラクを攻撃するな」と叫ぶような情勢を作り出そう。
3・30三里塚へ
イラクの次に焦点化する朝鮮半島では日本列島が空輸・出撃基地になる。成田空港が重要拠点だ。軍事空港・成田とたたかう三里塚闘争は反戦の先頭に立つ決意を明らかにしている。「イラク攻撃阻止、有事立法廃案、成田軍事空港粉砕」をかかげた3・30三里塚全国集会に集まろう。
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週刊『三里塚』(S627号2面2)
戦争あおる翼賛マスコミ 「国益」で人々だます
転倒した「北の脅威」 米日の軍事重圧が源
偵察機、B52、空母、原潜、核
日本帝国主義の危機を救済しようと悪どいデマゴギーで産経、読売などの翼賛マスコミと岡崎冬彦その他の御用学者、御用評論家がイラク参戦をあおる言動をくり返している。彼らの罪は重い。
かれらの主張は、「米英支持が日本の国益」、この一点である。産経コラムなどは「道徳(良し悪し)より国益」と言っている。岡崎は「歴史的にアングロサクソン(米英)に逆らって得した試しはない。一も二もなくアメリカ支持」という具合だ。
しかし日本の社会は、利益対立のない単一集団で形成されているわけではない。一部の支配階級と圧倒的に多数の被支配階級(労働者階級)に分裂し、この両者の利益は相いれない。「国益のため」と称して実際に戦争に動員され、殺されるのはこの被支配階級であり、利益が守られるのは支配階級である。
これこそが戦前の痛苦の歴史をとおし、四百万とも五百万ともいわれる血の代償を払って人びとが学んだ歴史の教訓だ。イラク戦争に八四%もの人びとが反対しているのもこの教訓によっている。
翼賛マスコミ・文化人どもがケチつけするように、ムードや無知で反対しているのでは断じてない。
大人と子ども
ここでかれらが持ち出してくる論理が「北朝鮮に攻められたらどうするのか。日本には守る力はないのだからアメリカに頼るしかない」「だからアメリカ支持だ」というものだ。
(世論の84%がイラク戦争反対 【写真は2・23反戦闘争】)
しかし、これもペテンの最たるものだ。もとより北朝鮮スターリン主義の反人民的内外政策は弾劾されなければならない。しかしそれは事柄の一面でしかない。
そもそも戦後五十年以上、北朝鮮に軍事重圧をかけつづけ、存亡の瀬戸際に追い込んで来たものは誰かということである。核兵器と最新兵器で武装する駐韓米軍であり、巨大な在日米軍であり、優位な武装を誇る韓国軍であり、世界第二位の軍事費で肥大化しつづける日本の自衛隊なのだ。いざとなれば米本土の米軍も控えている。
この圧倒的な軍事力を持つアメリカが空母、原潜を日本海(東海)と黄海に展開し、U2偵察機(一月に韓国で墜落したばかりだ)や嘉手納に新たに配備したRC135などの偵察機を領空侵犯して北朝鮮上空を連日飛ばし、偵察衛星が二十四時間監視している。
そして今現にアメリカ軍と韓国軍がフォール・イーグルなる軍事演習を強行して、挑発をくり返している。
北朝鮮によるミサイルや「瀬戸際外交」は、こうした数万倍以上の力をもって襲いかかる軍事重圧への対抗手段でしかない。小泉政権は、米韓の軍事重圧への加担を今すぐ止めるべきなのだ。
米日韓の圧倒的な軍事力を問題にすることなく「北の脅威」だけをキャンペーンする翼賛マスコミなどの態度は転倒している。「北の脅威」だけを言い立てる徒輩は、意識的な戦争加担者である。
こうしたロジックを使って、結局「イラク攻撃賛成が国益」だというデマの垂れ流しを意識的に行っているのだ。
われわれはイラク戦争の不正義牲、反人民性を明らかにし、翼賛マスコミ、反動評論家どもを踏みしだいて巨大な反戦闘争を爆発させなくてはならない。世界千五百万の人民と連帯し前進しよう。
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週刊『三里塚』(S627号2面3)
郡司さん追悼
寡黙の中に熱い炎
郡司一治さんの訃報が届いたのは雨から雪に変わった寒い夜でした。
昨年三月の全国集会の時、「八十年生きてきて、誕生日(三月二十日)に桜が咲いたのは初めてのことだよ」と楽しそうに語った一治さんの姿が思い出されます。
一治さんと親交の深かった人が「郡司さんの家の裏にはいい桜の木があってね、時期になると一杯やりながら縁側で花見をしたものだ。今年もそれまでに退院して花見をやろうよ、と話していたんだけど、ガンの進行が思いの他速かったよなあ」としみじみ語っていました。
闘争関係者の中では、一治さんというと“とめさんの夫”としてイメージする人が大半だろうと思います。家でも、とめさんと支援の話を、脇でタバコをくゆらせながら黙って聞いていることが多かったそうです。
かなり前のことですが、郡司さんに援農に入ってたまたまじっくり話す機会を持った人が「いやあ驚きました。表に出てない人の中にこんなすごい人がいたんですね」と感想をもらしたのがずっと頭に残っていました。
婦人行動隊長・郡司とめは自分の支えあってこそ伸び伸びと活躍できた、との自負があったと思います。
戦後一治さんの帰還を待ちわびてとめさんは横浜港近くに移り住んで港に日参したそうです。その一途な思いが岸壁の母ならぬ“横浜おっかあ”として新聞に載ったのだとか。そんな話も葬儀の後、現闘メンバーから明かされました。
とめさん亡き後、一坪地主として闘争の展望を語るなど、生き生きとたたかいの前面に登場するようになった一治さん。ガンの再発が悔やまれてなりません。
(北里一枝)
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週刊『三里塚』(S627号2面4)
三芝百景 三里塚現地日誌 2003
2月19日(水)〜3月4日(火)
●イラク反戦集会に北原さん
日比谷野外音楽堂で行われたイラク戦争阻止の反戦集会に反対同盟から北原鉱治事務局長が参加し連帯のあいさつを行った。(23日)
●郡司一治さんが逝去 芝山町小原子(おばらく)部落の反対同盟員・郡司一治さんが直腸ガンのため逝去した。82歳だった。26日の通夜、27日の葬儀には全国から多数の闘う仲間がかけつけ、静かな中に信念の炎を燃やして闘い逝った郡司さんの冥福を祈った。(24日)
●アメリカン航空、破産の報道 アメリカ最大手の航空会社・アメリカン航空が5月にも倒産する危機に陥っていることが報道された。(26日)
●公団の潜入を撃退 空港公団の浅子用地部長、保坂用地部員が「東峰貨物地区計画について説明させてほしい」と東峰部落の萩原進さん宅に潜入してきたが、家族が追い払った。(27日)
●菱田砦の改築開始 老朽化が進んでいた芝山町中郷部落の菱田第1砦について、改築作業が始まった。同砦は鈴木幸司さん宅の畑脇に建てられていたが、建築後年数がたって古くなったため、反対同盟が改築することを決定、作業が始まった。この日は解体作業。3・30全国集会までに新しい菱田砦が完成する予定。廃村化が進む菱田の地で、あくまで空港に反対して闘っていく鈴木さんの決意の象徴だ。(3月1日=写真)
●伊藤さんが解同全国連大会へ 兵庫県伊丹市で行われた部落解放同盟全国連合会の第12回大会に反対同盟から伊藤信晴さんが参加してアピールを行った。伊藤さんは「2度の事故によって暫定路の危険性を思い知らされた公団は東峰貨物地区計画などでなりふり構わぬ激しい攻撃に出てきているが、われわれは即時閉鎖を要求して闘っている」「閉鎖させるのか公団の巻き返しを許すのかの決戦の年」と訴え、3・30集会への結集を呼びかけた。(2日)
●萩原さんでタマネギの移植
野菜不足対策として萩原進さん宅のビニールハウスで育てていたタマネギの苗を移殖する作業を行った。この作業は2月中旬から始まっており3月半ばまでつづく見込み。(4日)
●市東さんでジャガイモの植えつけ 市東孝雄さん宅でジャガイモのトヨシロ、キタアカリの植え付け作業が行われた。(4日)
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