SANRIZUKA 日誌 HP版   2004/06/01~30    

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 2004年6月

 

〔週刊『三里塚』編集委員会HP部責任編集〕 


(6月1日) 不法滞在者の送還センター、成田空港周辺に新設へ(6/1読売夕刊)

 法務省は1日、不法滞在で強制退去処分とする外国人の収容施設を、成田空港周辺に新設する方針を固めた。退去に利用できる航空機を確保しやすくすることで、退去手続きを迅速化し、不法滞在摘発の体制を強化するのが狙いだ。
 出入国管理・難民認定法に違反した外国人の空路での退去は現在、航空券の予約がとれた平日に事実上、限られている。対象者を空港で待機させる施設がないため空席待ちができず、週末や祝日に付き添う専従の職員がいないのが理由だ。
 法務省は同空港周辺に、対象者を一時収容する「送還センター(仮称)」を設置すれば、空席待ちや週末・祝日の便を利用することが可能となり、処理人数を年間5000人以上増やせると見込んでいる。同省は2005年度予算案にセンター新設の調査費を盛り込む方針だ。既存の建物を利用し、できるだけ早く運用を始めたいとしている。
 約25万人とみられる不法滞在者について、政府は2008年までに半減させる目標を掲げている。しかし、収容施設の定員は約3500人で、「摘発を強化しても、送還段階で『渋滞』する恐れがある」(法務省幹部)との指摘が出ている。

 【本紙の解説】
 日本がイラク戦争に参戦し、政府と治安当局はアルカイダなどの報復ゲリラに怯えている。そのために、イスラム人民や不法滞在者への弾圧がすさまじくエスカレートしている。成田空港周辺に送還センターをつくる目的は、アジア人労働者への弾圧と摘発の決定的強化にある。決して許すことはできない。また今国会における入管法改悪の攻撃すなわち「在留資格の取り消し」および「出国命令」の両条項の新設に対応した在日人民追放攻撃である。阻止しなければならない。

(6月2日) 反対同盟/成田市役所前、成田駅前でビラまき

 成田空港の軍事空港化を容認する成田市に対して、反対同盟は2日、抗議のビラまきと記者会見を行なった。詳しくは本紙参照。以下はビラの全文。
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■小林成田市長が、米軍・自衛隊による成田空港の軍事使用を承認
  ――住民の「公開討論」申し入れを拒否
  ――井上有事担当大臣が政府公約の全面破棄を表明

 市民のみなさん。成田空港が米軍と自衛隊のための軍事空港にされようとしています。
 イラクで侵略戦争を強行している米軍は、朝鮮半島での戦争を想定し、そのための後方基地として成田空港を使うことを日本政府に要求しています。そして有事関連法案を審議する国会で、井上有事担当大臣が、成田空港を戦争の基地とする方針を表明しました。
 私たちは成田空港から米軍・自衛隊の兵士や物資を出撃させたり軍用機を飛ばすことに絶対反対です。この成田市が攻撃の対象となる危険も絶対に否定できません。

 ○空港と成田市が攻撃の対象にも……
 井上有事担当大臣の国会答弁は「米軍・自衛隊は成田空港を軍事使用することができる」というものです(4月28日衆院有事特別委員会)。
 1968年、中曽根運輸大臣(当時)は国会で「成田空港は軍事基地には使わせない。戦闘目的や軍事基地として成田空港を使うことは拒絶する」と答弁し、これ以後、政府はこの立場を表明し成田市などに対して回答してきました。井上大臣の答弁は、歴代内閣の公約を一方的に破る暴挙です。

 ○小林市長は軍事使用禁止の確約を要求すべき
 この発言の直前には、自衛隊のイラク派遣のために成田空港が使われました。
 私たちは成田市など空港圏9市町村に対して「成田空港の軍事使用に抗議し、『今後一切、軍事使用しない』旨の確約を政府に対して要求する」よう求め、小林成田市長に対しては公開討論を申し入れました。
 ところが、小林市長の答えは「政府が軍事使用しないと言っているのだから軍事使用はないと考える」「外交防衛問題は国の問題」の一点張り。公開討論の申し入れも拒否しました。この市長の姿勢は、成田空港軍事使用の全面的な承認です。
 みなさん。この事態を放置することはできません。
 小林市長は、公約を一方的に破棄された自治体の長として、これに抗議し軍事使用禁止の確約をあらためて要求すべきです。みなさん、ともに立ち上がりましょう。
 2004年6月2日

  三里塚芝山連合空港反対同盟
  (連絡先)事務局長・北原鉱治  成田市三里塚115
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(6月2日) 林副大臣が成田空港視察(6/3読売千葉版)

 林幹雄国土交通副大臣(千葉10区選出)が2日、成田空港などを視察した。
 林副大臣は、都心と空港のアクセス強化にむけた「成田新高速鉄道」と北千葉道路の建設予定地5カ所を視察。その後、空港内で、旅客ビルや貨物地区、滑走路などを見て回った。林副大臣は「新高速鉄道と北千葉道路は予定通りの開通を目指す。課題は、以前と変わらず暫定平行滑走路。地権者の理解を得て一日も早い2500メートル化を目指す」と話した。

 【本紙の解説】
 この時期に国土交通副大臣がなぜ、成田空港を視察にきたのか定かではない。しかし、「建設予定地5カ所」を回っているので、成田空港に関わる整備関係の04年度実行予算の検証と、05年度予算編成にむけた視察であろう。
 注目すべきは、暫定滑走路の問題を「以前と変わらず」最大の課題としているが、2500メートル化の前提は「地権者の理解を得る」ことだとしていることだ。黒野NAA社長は、地権者の理解を得られなかった場合は「北側再延長」としていたが、林副大臣はこれについては沈黙した。北側に320メートルの再延伸と言っているのは黒野社長だけである。それも「ポケットの中にしまっておく」「選択肢のひとつ」だとか、奥歯に物がはさまったような言い方をしている。成田空港会社の技術関係者も「検討していない」「誘導路の設置が不可能」「管制塔からの視界が問題」と否定的である。また、国土交通省も羽田空港のD滑走路建設とその国際化が最大課題であり、成田の北側再延長に関して積極的発言は一度もない。成田市などの周辺市町村も騒音の拡大につながるため、強烈に反発している。
 黒野社長が示唆した「北側再延長」は、本来計画の完成を目指すために地権者を脅す手段にすぎなかったようだ。

(6月3日) 成田空港/制限区域から男逃走(6/4千葉日報)

 犯罪情報のブラックリストに載ったパスポートを持った男が成田空港から入国を図り、東京入管成田空港支局の入国審査官が警察に引き渡す際、目を離したすきに逃走していたことが、3日分かった。
 ターミナルの制限エリアと一般エリアを隔てる高さ約2・5メートルのガラスの壁を乗り越え逃げたとみられ、県警などが男の行方を追っている。
 旅客に犯罪の疑いのあることが出入国審査で判明し、警察に引き渡すことは年に30件程度あるが、逃亡したのは異例。ターミナルビルを管理する成田国際空港会社は「仕切り壁の改修を検討していたが、あってはならないこと」としている。
 関係者によると、男は1日午後、成田空港に到着。日本人用の入国手続きブースで日本人名義のパスポートを提示。パスポートが窃盗犯の犯罪情報リストと合致したため入国審査官は男をブースわきの事務室前で持たせて警察官を呼んだが、警察官の到着前に姿を消した。男が乗り越えたとみられる壁は天井まで約1メートルのすき間があった。
 東京入管成田空港支局は「男の持っていたパスポートが偽造でなかったため、拘束や追跡する法的根拠がなかった」と言っているが、対応に問題があったことは認めて対策を検討するとしている。

 【本紙の解説】
 出入国違反ではなく、「旅客に犯罪の疑いのあること」だけで警察に引き渡すこと自体に問題がある。その旅客が罪を犯したのではなく、その疑いだけでの拘束は日本の警察法ではできない。それが、年に30件程度あるというが、どういう法律で引き渡したのか問題にすべきである。東京入管成田空港支局も、「拘束、追跡する法的根拠がなかった」としている。したがって、拘束しようとした方が問題で、逃亡と騒ぎ立てることが「異例」なのである。「逃亡」とは犯罪者が逃げることを言うのであり、「罪を犯す疑いのある者」が立ち去ったことを「逃亡」とは言わないのである。
 このようなことは成田空港では「異例」でもなく、よくあることだ。先月もタイ女性が北京から到着し、タイ行きの便に乗り継ぎたいので、空港周辺に3日以内滞在できる「寄港地上陸許可」を入管に申請していたが、「不法入国の恐れがある」と疑われ拒否され、入管が指定する宿泊先に航空会社の「監視」付きで滞在中に行方不明となった。このような逃走は、すでに今年に入り4件もあったと東京入管は言っている。
 この例は、上記とは違い入管事務の問題である。しかし、このようなことが問題になる根拠は、アルカイダの日本版9・11が予想され、それに対して日本の治安当局がまったく対応できない中で、不当にもアジア労働者やイスラム人民へのさまざまな口実をつけた弾圧や強制退去攻撃を激化させていることにある。

(6月3日) 羽田空港修正案 全協に質疑の場なく(6/4朝日、読売、毎日、東京、産経各千葉版、千葉日報)

 羽田空港再拡張事業の飛行ルートなどの修正案を県や関係市が受け入れたことで、当初案に反対だった県議会は3日、全員協議会(全協)を開いた。
 しかし、堂本暁子知事の簡単な経過説明と、国交省による修正案の読み上げだけで、質疑の場もなく、約20分で終わった。「修正案受け入れは唐突すぎる」と訴える一部会派などは反発し、県議会本会議で追及するという。
 羽田問題は、国交省が2月に示した当初案が、県内に深刻な騒音問題を引き起こす案だとして、県と浦安市など関係14市のほか、県議会が反対した。
 国交省は24日、浦安市上空を飛行ルートから外すなどの修正案を示し、県と14市が修正案を大筋で受け入れることが決まった。だが、県議会には説明がなく、27日の議会運営委員会で「議会に説明があるべきだ」との意見が出て、修正案の提示後初の全協開催となった。
 3日朝の議運で、本間進委員長は「(全協では)質疑はなし。本会議で質問できる」と説明。野党会派の県議らが「本会議では知事にしか質問できない」と反論したが、別の県議が「もう決まったこと。質問しても意味は少ない」と発言。採決で「質疑なし」となった。
 午前10時半ごろから開かれた全協では、堂本知事が「県議会が2回、協議会を開き、国に強く申し入れた結果(修正案が出た)とおもう。事前に説明できたら最善だが、24時間以内に回答を求められた」と経緯を説明。続いて国交省航空局の担当部長が修正案のポイントを説明し、閉会した。

 【本紙の解説】
 羽田再拡張と飛行コースに関して、堂本千葉県知事と上空を通過する14市が承認し、千葉県議会の全員協議会で国土交通省の説明に反対意見も、質問も出ないで閉会したということは、国土交通省が千葉県から全面的承認を取り付けたということだ。
 飛行コース問題は千葉県議会の一部会派と堂本知事の対立に転化し、事実上終わった。国土交通省は、事前に14市に修正案を提示し、了解を取り付け、千葉県議会が開会する前に「入札手続きが迫り、24時間以内に回答しろ」と堂本知事に迫って、受け入れさせたのである。「入札手続きのために24時間以内の回答」というのはありえない。もし、そうであったら、もう1週間前に千葉県に提起すればよかったのである。あくまで、千葉県議会に諮ると混乱するために、国交省が時間を区切って行ったのである。
 それは、堂本知事と飛行コース上14市は騒音を問題にしていたが、自民党千葉県連は、飛行コースと騒音問題ではなく、国交省が「首都圏の国際空港を成田一本にする方針」から撤退し、成田と羽田の二本立てすることに反対なので、どのような「修正案」でも抵抗されることが確実だったからである。
 羽田再拡張と再国際化は事実上確定し、入札、工事と事は進んでいくことになった。それとは別に、この問題が、千葉県知事選で自民党千葉県連が堂本知事の再選を推薦するかどうかの最大焦点に転化してしまった。

(6月4日) 反対同盟/「天神峰現闘本部裁判 傍聴闘争のお願い」をアピール

 6月17日に行われる天神峰現闘本部裁判第1回公判へ、反対同盟は傍聴闘争へのアピールを発出した。反対同盟では「天神峰現闘本部裁判闘争を支援する会」を結成することを決定しており、その要請も近日中に発出する予定であり、17日の裁判闘争の後にその結成集会を行う予定である。以下は反対同盟のアピール。
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■天神峰現闘本部裁判 傍聴闘争のお願い
       三里塚芝山連合空港反対同盟
       (連絡先)事務局長・北原鉱治 成田市三里塚115

 全国の皆さん。天神峰現闘本部に対する不当な撤去攻撃と闘う裁判闘争の第1回口頭弁論が、6月17日午前10時から千葉地裁で行われます。反対同盟は傍聴を訴えます。
 昨年12月24日、空港公団(現・成田国際空港会社)は天神峰現闘本部の敷地と市東孝雄同盟員の一部耕作地を、条件移転した旧地主から買収し「へ」の字に曲がった誘導路を直線化したい旨表明しました(野戦病院と岩山団結小屋の敷地買収も同時に公表)。その後、本年3月12日に公団は、天神峰現闘本部の建物を撤去し土地の明け渡しを求める訴訟を、反対同盟を被告として千葉地裁に起こしました。
 天神峰現闘本部の建物は、1966年12月16日に旧地主の石橋政次が提供した土地の上に反対同盟によって建設され登記されました。1988年9月には鉄筋コンクリート3階建て建物が増築されています。90年1月16日以降、成田治安法によって不当に封鎖されていますが、反対同盟が地上権を保持することは明白であり、提訴は公訴権の乱用を含む暴挙です。
 空港公団は本年4月1日をもって民営化され成田国際空港会社に変わりました。この新会社にとって、暫定滑走路の最大欠陥である「へ」の字誘導路の直線化と2500メートルへの延長は、民営化の成否を決める課題となっており、不当提訴はおいつめられたあげくの新たな土地強奪攻撃なのです。
 本裁判闘争は暫定滑走路粉砕の攻防の要をなす大変重要な裁判闘争です。反対同盟は、三里塚闘争の象徴である天神峰現闘本部を守り抜き、自衛隊のイラク派兵と有事関連法案に明確となった成田軍事空港の廃港に向かって闘い進む決意です。全国の三里塚陣形が総力で裁判闘争を支援し傍聴闘争に決起されるよう訴えます。
  2004年5月12日

 ◎記
 天神峰現闘本部裁判 第1回口頭弁論
 【日時】6月17日(木) 午前10時
 【法廷】千葉地裁 501号法廷

 ※当日は空港公団関係者等の傍聴が予想されます。傍聴席確保のために、午前9時30分に千葉地裁に集合したいと思いますので、よろしくお願いします。
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(6月5日) 日航機内で煙/那覇に緊急着陸(6/6東京、産経、日経、千葉日報)

 5日午後1時ごろ、鹿児島県の奄美諸島上空で、成田発バンコク行き日航717便の機内後部から煙が出た。同機は午後1時25分ごろ、那覇空港に緊急着陸。乗客、乗員223人にけがはなかった。
 客室の天井にある蛍光灯付近で火花が散り、焦げ臭いにおいとともに煙が出た。日航によると、蛍光灯のショートが原因で、飛行に支障がないため、部品を交換して約3時間半後にバンコクに向けて再び離陸した。
 後部座席で異常に気づいた東京都品川区の会社員大久保のり子さん(33)は「プラスチックの燃えるにおいがして、天井と荷物入れのすき間から煙が出ているのを見つけた。パチパチとショートするような音が聞こえた」と語った。
 乗務員に連絡し、毛布とタオルで口を押さえて後部座席の十数人が前の方に移動。その後「機内後部で煙が出ています」「那覇空港に緊急着陸します」とアナウンスがあり、着陸後は消防隊員が入ってきたという。

 【本紙の解説】
 この事故は単なる「蛍光灯のショートが原因」ではすまされない問題である。航空機は直接的にエンジンと電気系統で飛行するものであるが、機体が浮揚できる構造になっているので飛ぶことができる。そのために、機内の装置の損傷で空洞ができ、墜落することがある。85年の日航機の御巣鷹山墜落事故もその例である。
 今回の事故は、機内装備の点検で蛍光灯の不良に気づかなかったことによるものである。蛍光灯などはきまった期間がきたら定期的に取り換えるものである。ショートしてプラスチックが燃え、煙が出るというのはとんでもない異常事態である。
 航空業界の過当競争による経費削減のため、整備点検がおざなりになっていることから最近こういう事故が多い。こういう整備体制の下では大事故が間近である。

(6月9日) 「空気浮上式リニア」で延伸も(6/10朝日千葉版)

 成田空港内の東成田駅と芝山千代田駅間2・2キロを結ぶ芝山鉄道の延伸問題について、芝山町の相川勝重町長は9日、町議会全員協議会で、「空気浮上式リニア推進システム」を選択肢の一つに検討する考えを示した。
 この方式は、道路上に高架の専用線を設け、車体下から空気を噴き出して浮上した車両が磁力で進む。米国の病院内の移動に使われている例があるという。相川町長は「まだ構想だが、芝山鉄道のあり方についてしっかりと話し合いたい。将来的には芝山町だけでなく、松尾町、横芝町など広域で考えたい」と述べた。
 同町は芝山千代田駅から町役場までの7・5キロの延伸について鉄道方式と「空気浮上式」などの比較を民間のコンサルタント会社に委託。この日、結果が説明された。
 それによると、鉄道方式の建設費が約250億円と見込まれるのに対し、空気浮上式は約126億円という。道路整備に関する補助制度が利用できた場合、最大60パーセントの国の補助が見込めるともされた。また、年間の経費については鉄道が約4億1500万円、空気浮上式は無人運転などを前提に約1億4千万円という。
 芝山鉄道は、空港周辺の騒音被害などの見返りに、芝山町が国に要望し、02年10月に2・2キロが開通したが、利用者数は伸びず、03年度は約4億円の赤字となっている。

 【本紙の解説】
 芝山鉄道の年間赤字4億円の補填は、すべて公団が行っている。芝山町も金額としては1億1000万円を負担しているが、それは旧公団の騒音対策費を回している。
 芝山鉄道の年間収入は、正確なデータが公表されていないが、推定で6000万円前後である。1日の乗客は1000人を割り、900人といわれており、年間約33万人である。運賃が190円だから、その収入は単純計算で約6270万円である。定期券の乗客もいるので6000万円を切ると思われる。つまり総収入が6000万円で、赤字が4億円である。
 いままでは、旧公団が赤字を補填していたが、民営化された成田空港会社は、騒音などの周辺対策費を極限まで減らすことを政策としている。このため同鉄道の赤字は、こんご芝山町民の肩にのしかかるのである。
 にもかかわらず相川町長は、軽薄にも芝山鉄道延伸論を「リニア方式」として打ち上げている。その理由は来年05年11月の芝山町長選にある。01年の町長選で、相川町長が再選された最大理由は、芝山鉄道の開通(02年11月)であった(01年11月18日付日誌を参照)。05年の再選のために、再び芝山鉄道の延伸計画を打ち上げたのである。しかし、造ってはみたものの、この大赤字で乗客もガラガラの芝山鉄道に「夢」を見る町民は少ない。

(6月10日) 成田空港 北風時の離陸コース変更(6/5朝日千葉版)

 成田空港を発着する航空機に位置などの情報を伝える施設が10日、横芝町中台の「横芝NDB(無指向性無線標識施設)」から、御宿町岩和田の「御宿VOR(超短波全方向式無線標識施設)」に切り替わる。これに伴い、北風時の離陸コースの一部が変わり、芝山町上空は通過しなくなる。国土交通省成田国際空港課によると、飛行高度約3000メートルと高いため、騒音はほとんど変化ないという。
 北風時の従来の離陸コースは、航空機は利根川上空で右旋回し、神崎町上空約1800メートルからほぼ南の横芝NDBへ戻るように直進。大栄、芝山町上空約3000メートルで左旋回し多古、光、野栄の3町上空を抜けて太平洋上空に出ていた。
 御宿VORへの切り替えによって、芝山町上空を通過する前に左旋回して太平洋上に出るコースに変わる。
 同VORは精度の高い超短波帯の周波数を使い、航空機の位置やVORと航空機との距離などの情報を航空機に送ることができる。航空機同士の間隔をNDBよりも縮められるといい、国交省は全国で旧式の無線施設を順次廃止している。横芝NDBは成田空港で最後まで残っていた。

 【本紙の解説】
 NDB(無指向性無線標識施設)は、航空機が自機の位置を確認するために長波、中波の周波数を使う無線標識施設の一つだが、電波が無指向性なので、航空機側で自動方向探知器を動作させることによって方向が分かる。
 VOR(超短波全方向式無線標識施設)は、方向も分かり、電波も安定している。またVORでは、DME(距離情報提供装置)の併設もあり、「VOR/DME」と呼ばれ、方向と距離の両方の情報も分かるようになっている。
 銚子にあるボルタックは、DMEの部分が軍用に開発された「TACAN(タカン)」の距離測定装置部分を利用しているので、「VOR」と「TACAN」を掛け合わせてできた略称で「ボルタック(VORTAC)」という。
 成田空港の北風時の離陸はまず、すべての飛行コースが利根川上空までいく。その後、潮来VORDMEを標識にそのまま北進していくヨーロッパ線、右旋回し銚子ボルタックを標識に飛行する北米線、利根川上空で右旋回して東進し佐原上空で90度右旋回して南下し八日市場上空で再び90度右旋回したうえで羽田VORDMEを標識にしていく中国線、神崎上空で成田VORDMEを標識にして右旋回し木更津VORDMEを標識にしていく大阪線などがある。
 こんどの変更は東南アジア、オセアニア線である。これまでは神崎上空で北総VORDMEをつかって右旋回し、芝山上空まで横芝NDBに接近していた。新コースは、横芝NDBが廃止され、横芝に接近する必要はないので、大栄町上空で御宿VORDMEを標識にわずかに左旋回し、野栄町上空まで直進しそのまま太平洋に出るコースである。
 これは航空機運航時の位置通報の技術的進歩による。しかし、成田などの過密空港では、これが進歩としてだけ評価できるものではない。新聞報道では「航空機同士の間隔をNDBよりも縮められる」というが、これが危険だ。航空機の運航がより過密になり、離発着時の事故の増大につながるからである。
 航空機の事故の大半は、「魔の11分」にある。離陸後3分間、着陸前8分間である。離発着時の技術的難しさとそれに過密空港の後続機の接近によるプレッシャーも加わるという。過密空港では離陸時の後方乱気流がさらに加わる。
 騒音問題は、高度1800メートルから3000メートルであることから、環境基準の航空機騒音より低い。羽田の飛行コース問題で浦安などが問題にしていた高度である。千葉県は羽田空港の騒音問題は過敏で国交省と全面対立をするが、成田空港の騒音問題では国交省と同じ立場である。

(6月14日) イラク派兵交代要員/空自80人成田空港から出発(6/14読売、6/15朝日)

 イラク復興支援にあたる航空自衛隊の第3次派遣要員(約200人)の一部83人が14日、成田空港から民間機でクウェートに出発した。7月上旬までに全員が現地入りし、活動中の2次要員と交代する。空自は、C130輸送機でイラク南部に物資や米兵、陸上自衛隊員などを運んでいる。
 出発に先立って13日、埼玉県の空自入間基地で出国行事を行った。出国行事では、派遣部隊を代表して古屋隆二・一等空佐(52)が、小川剛義・航空支援集団副司令官に出国を報告。小川副司令官は「現地は一番厳しい環境になるが、健康に留意して、整々、粛々と任務を遂行してもらいたい」と訓示した。
 空自の隊員約200人とC130輸送機3機がクウェートを拠点に復興支援の任務にあたっており、隊員は3カ月で交代している。今回が3期目の要員となる。

 【本紙の解説】
 イラク派兵のために、これで調査隊を含めて計4回目の成田空港軍事使用である。防衛庁と成田空港会社は、イラク反戦闘争が成田で起こることを恐れてか、成田空港の軍事使用をひた隠しにしている。防衛庁は、情報を発表しない理由を軍事行動だから秘匿するのが基本であるといっている。その中でも今回は異例で、前日の13日の夕刊で「14日午後、民間機で出発する」とだけ発表された。しかし、使う空港と航空会社は決していわないのである。
 イラク派兵は、「復興のための支援物資の輸送」となっているが、これ自体戦場では重要な軍事行動である。軍事的戦闘行動の多くは兵站である後方支援がなければ成り立たない。
 したがって、この行動は完全な軍事行動であり、成田空港の軍事使用なのである。このかん反対同盟は、成田市をはじめとする空港周辺の自治体に対し、成田空港の軍事使用を容認しないように要求してきた。しかし、小林成田市長は、軍事使用問題は外交問題なので一首長では判断できないとして、軍事空港化を容認している。
 反対同盟は17日に抗議行動を行った。成田駅頭と成田市役所前で「成田空港の軍事使用反対」を市民に訴え、ビラまきを行った(詳しくは本紙参照)。
 以下に反対同盟のビラを掲載する。
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■自衛隊がまた成田を軍事使用
 ▼イラク占領軍支援に空自83人成田空港の軍事化が野放図
 ▼小林市長の〝軍事使用承認〟が成田空港を戦争の基地にする!

 市民のみなさん。自衛隊がまたも成田空港を使ってイラクに出発しました。14日のできごとです。米英イラク占領軍支援のための航空自衛隊83人が成田空港を軍事使用したのです。
 成田空港からイラクに向かったのはこれで3度目です。いずれもあらかじめ公表されず、一般乗客にまぎれて民間旅客機に搭乗しています。軍隊(国際法上、自衛隊は軍隊です)が民間旅客機に搭乗することは、国際民間航空条約に違反します。安全な航行が保証できないからです。民間空港もまた同じであり、軍事使用されてはなりません。

 ◎井上大臣が成田空港の軍事使用を答弁
 4月28日の国会で井上有事担当大臣は「米軍・自衛隊は成田空港を軍事使用することができる」と答弁しました。これは「成田空港は軍事基地には使わせない。戦闘目的や軍事基地として成田空港を使うことは拒絶する」(1968年中曽根運輸相答弁)という、これまでの政府公約を踏みやぶるものです。イラクの後に北朝鮮への侵略戦争を計画するアメリカは、兵士と物資の出撃拠点として成田空港を使うことを日本政府に要請しています。有事法制はこのためのものであり、自衛隊の成田使用はこれに向かう〝実績〟づくりです。

 ◎成田空港の軍事使用を承認する小林市長
 「成田空港軍事使用せず」の公約を一方的に破棄されたにもかかわらず、小林市長は抗議しようとしません。公開討論を要望する私たちの申し入れも拒否しました。8日の市議会では「(大臣発言は)武力攻撃が前提となっている」と答弁し、事実上、成田空港を出撃拠点とすることを承認しました。「永遠の平和都市」を掲げた成田の「平和都市宣言」を踏みにじるものです。
 小林市長は、自衛隊による成田空港の軍事使用と井上大臣の答弁に抗議し、軍事使用禁止の確約をあらためて政府に求めるべきです。みなさん、ともに立ち上がりましょう。

 2004年6月17日
三里塚芝山連合空港反対同盟
(連絡先)事務局長・北原鉱治  成田市三里塚115
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(6月16日) 成田誘導路2機鉢合わせ(6/17全紙)

 成田空港の暫定平行滑走路の誘導路で16日、到着したKLMオランダ航空861便(ボーイング777―200型、乗客乗員265人)と出発するアシアナ航空107便(エアバス321型、同149人)が鉢合わせしたトラブルで、KLM機が管制官の指示したルートから外れて走行していたことが同日、国土交通省成田空港事務所の調べでわかった。同事務所は、関係者から事情を聞くとともに、航空各社に対し管制官の指示を徹底するよう要請する方針だ。
 調べでは、同日午前9時4分に暫定滑走路に着陸したKLM機は、旅客ビルに向かうため滑走路北端から誘導路を南方へ走行していた。一方のアシアナ機は、同じ誘導路の南側から滑走路北端に向かおうとしていた。管制官は衝突を避けるため、KLM機に誘導路から外れて滑走路に入りアシアナ機に道を譲るよう指示した。
 しかし、KLM機はそのまま約100メートル直進したため、約800メートル離れて鉢合わせとなった。同事務所によると、KLM機は指示に対し了解したと交信していたという。
 この影響で、同滑走路は約50分間閉鎖し、9機がもう一つの4000メートル滑走路から離着陸した。アシアナ機は約1時間遅れで出発したほか、出発4便に最大で15分の遅れが出た。誘導路で2機がすれ違うスペースがないため、アシアナ機を牽引(けんいん)車で移動させ、同10時17分に暫定滑走路の使用を再開した。けが人はなかった。
 暫定滑走路は、未買収地の影響で本来の計画より約800メートル北にずらして建設されたうえ、320メートル短い。誘導路も、空港反対派が耕作する畑などが残り「へ」の字に湾曲している。そのためKLM機、アシアナ機はお互いに相手の機体が見えなかったという。管制官も目視するうえで見えにくい地点もあり、カメラを設置するなど異例の運用がされている。
 暫定滑走路ではオープン8カ月後の2002年12月に誘導路上で旅客機同士が接触、2003年1月には着陸機がオーバーランしている。
 KLMオランダ航空の成田空港内事務所では「機長からは『指示にしたがって直進した』との報告を受けている」と話している。

 【本紙の解説】
 短い滑走路、曲がりくねった誘導路による事故が、ここ2年間で3回である。いまや、成田の暫定滑走路は滑走路事故の世界的名所である。
 今回の事故はマスコミでは、管制官指示にKLM機が従わなかったこととして発表し、その遠因に滑走路が曲がっているので、航空機同士が目視できなかったことに求めている。だが、事故の真相は別なところにありそうだ。管制官の指示について、KLM機の機長は、「指示に従って直進した」と話しており、この点は不明確である。成田空港側がこのことを強く主張するならば管制官指示と機長の交信記録があるはずで、それを公開すべきである。
 また、航空機同士が目視できなかったことはあり得ない。直線ではないにしても、天神峰現闘本部を囲むフェンスの高さより航空機の操縦席の方が高いので、曲がっていても目視はできるはずである。
 事故の原因は管制ミスによる。風向きの変化で発着方向を転換する場合に、最後の着陸機が駐機場に入るまで、出発機を誘導路に入れてはならないのである。
 今回は着陸機が南側からの進入(北風時=滑走路を北端まで進んで地上の誘導路を引き返してくる)で、直後に風向きが南風に変ったため、出発機が同じ誘導路を北に向かったケース。このケースだと誘導路と平行する滑走路本体を回避路として使える。
 しかし、逆に着陸機が北側から進入する時(南風時=滑走路南端から市東孝雄さんの自宅前を通過して駐機場への連絡誘導路に入る)は、到着機が駐機場に入る以前に、出発機を連絡誘導路に進入させてしまうと、必ず鉢合わせになる。このケースだと逃げ場がないのだ。
 つまり風向きの変化で離着陸方向を転換するときは、到着機が駐機場に戻るまで出発機をエプロンから動かしてはならないのである。この指示を管制官が怠ったのだ。
 NAAは今回のような風向き転換(北風から南風)で滑走路を回避誘導路として使うことが年に数回あるとしている。航空機の誘導パターンとしては例外的なケースだと言いたいらしい。
 しかし春や秋の季節の変わり目には、風向きの転換は1日に何回も起こる。「年数回」とは、今回のような誘導の失敗(到着機が駐機場に入る前に出発させてしまった)がはらむ問題の大きさを隠したいからだろう。
 問題はいろいろある。暫定滑走路は、その北端を予定より北側に800メートルずらして開港した。それゆえ管制塔からこの部分がほとんど視認できない。管制塔と滑走路北側の間に大きなホテル(日航ウィンズ)とゴルフ場の森があるからだ。着陸した航空機が管制塔から目視できないゆえに、次の出発機を誘導路に進入させてしまうのだ。これが「年に数回ある」誘導ミスである。
 着陸機が北側からの進入時(南風から北風への転換)ではこのような誘導ミスは起こっていない。到着機が滑走路南端まで滑走するので、そこからは駐機場までは、管制塔から目視できるからである。
 結論。今回の事故の最大の原因は天神峰現闘本部の存在によるて誘導路湾曲に発するものではない。現闘本部強奪訴訟の第1回弁論が翌17日に開かれる直前の事故だったので、責任を現闘本部に転嫁したかったのだろう。しかし事故の本当の原因は、滑走路を北側に800メートルずらした暫定開港の構造的問題だった。「北ずらし」で指摘されていた多くの危険性のひとつが、またひとつ具体的な事故となって表面化したのだ。
 NAAの黒野総裁は、暫定滑走路の2500メートル化について、「再度の北側延伸(プラス320メートル)」をほのめかしてきたが、安全運航という観点からも許されない選択である。「北側延伸」に最も反対しているのが管制官たちであることも忘れてはならない。

(6月16日) 持ち株会設立などから研究へ(6/17朝日、読売、毎日各千葉版、千葉日報)

 成田商工会議所など経済・住民36団体でつくる「成田空港対策協議会」(豊田磐会長)の今年度総会が16日、成田市内のホテルで開かれた。来賓としてあいさつした成田国際空港会社の黒野匡彦社長は、「暫定平行滑走路の2500メートル化は(空港会社の)株式上場よりもはるかに大事。いまだ実現できないのは夜も眠れないくらい悔しい」と述べ、現在2180メートルの暫定平行滑走路の2500メートル化にあらためて強い意欲を示した。
 総会では、空港反対派の地権者から用地取得が進まず、暫定平行滑走路が本来計画通り南側に延伸できない場合、騒音下住民の協力を得て北側に延伸して2500メートル化する案について、協議会として研究していく方針を確認。
 また、同社が2007年3月をめどに上場する株式を市民が共同で取得し、空港の地域共生策を担保する「持ち株会」の設立や、空港利用者から自治体が税金を徴収し、空港周辺の騒音・対策事業に充当する「騒音税」などについて、今年度から調査・研究を進めることを決めた。

 【本紙の解説】
 黒野社長は就任当初、暫定滑走路が2500メートル化しないのは、前任者の中村前総裁が、まともに取り組まなかったからだ。「私には、経験を背景に思い切ったことができるだけの貯金があるので、暫定滑走路の2500メートルはすぐにもできる」と放言していた。立腹した中村総裁が「320メートル北側延伸ならば理論的にできる」と返答。その北側再延伸に飛びついたのが黒野社長であった。しかしこの北側再延伸で地元の大反発に見舞われた。自信が揺らいだ黒野社長は「夜も眠れないくらい悔しい」のであろう。
 成田空対協は、地元での北側再延伸を主張し、黒野社長を全面支持している数少ない地元団体である。そのために、黒野社長もこの間の失策を「悔しい」と本音をもらしたのであろう。
 しかし、上場よりも暫定滑走路の2500メートル化の方が大事だとはよくぞいった。2500メートル化しないかぎり、成田国際空港株式会社の上場だけでなく、経営も危ういのだ。羽田の09年新滑走路の供用開始で暫定滑走路を使っているアジア便の年4万回分の3万回分が羽田に移行する計画だ。それまでに2500メートル化しないと、経営的に成り立たなくなるのである。上場どころではないのである。
 しかし、北側への再延伸ではだめである。事実上欧米便が飛べる3300メートルが必要なのである。本来計画の延長で2500メートル化し、北側への延長分800メートルを加えて3300メートルにしたいのである。しかし、それは絶望的なのである。

(6月17日) 天神峰裁判第1回公判(全紙千葉版、千葉日報)

 成田国際空港会社が、成田空港の暫定平行滑走路の誘導路予定地内にある空港反対同盟北原派所有の団結小屋「天神峰現地闘争本部」(成田市天神峰)の撤去と敷地(約67平方メートル)の明け渡しを求めた訴訟の第1回口頭弁論が17日、千葉地裁で開かれた。同派側は「本部は国により封鎖されており、原告の訴えが認められても撤去は不可能」などとして訴えの却下を求めた。
 同本部は成田新法で使用が禁止されている団結小屋の一つで、誘導路が「へ」の字に湾曲している原因の一つ。周辺には、空港反対派が耕作する畑や一坪共有地が残っている。2002年12月、旅客機同士の接触事故がおきるなど、運用上の問題となっている。同社は昨年12月、元反対派の地主から敷地を買収。明け渡しを求めていたが、応じる見込みがないとして、今年3月に提訴した。この日の意見陳述では、同派の北原鉱治事務局長(82)らが「本部は(空港反対)運動の原点であり、歴史的象徴的な建物」などと述べた。

 【本紙の解説】
 第1回公判は、成田治安法をめぐる対決となった。天神峰現闘本部は成田治安法により、反対同盟は立ち入りを禁止されている。撤去を要求されても不可能であり、原告の利益がないので提訴を却下せよと要求した。
 成田治安法を適用しているのは国交省である。成田国際空港株式会社は民営化されたとはいえ、株式を100パーセント国が保有する特殊会社であり、国の政策が貫かれる会社である。その監督官庁は国交省である。訴えをおこしたのも事実上、国交省なのであり、成田治安法を適用しているのは国交省である。訴えるならば、その前に成田治安法を解除しなければならないのである。
 この弁護側の主張は答弁書として原告に渡してあるにもかかわらず、原告側は答弁書を作成してこなかった。また、立証趣旨の答弁書も作成せず、ただ、訴状の確認を行っただけで終わったのである。
 この裁判は、反対同盟の地上権があることは明らかであり、そのことを明確に確定させることにより勝つことができる裁判である。さらに、成田治安法の不法性と不当性をこの裁判で争うことになる。東峰神社裁判に引き継ぎ、勝利しよう。
 反対同盟はそのために、「天神峰現闘本部裁判闘争を支援する会」の結成を訴え、6月17日の公判後に設立式を行った。すでに「会報」の準備号が出ている。その一部と要項を下記に掲載した。(入会申込書をPDFファイルにしたので、プリントアウトして使ってください)
加入申し込み書.pdf   加入申し込み書_団体.pdf
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■会報準備号から

 天神峰現闘本部の不当な撤去攻撃と闘う裁判闘争が6月17日の第1回口頭弁論をもって始まります。
 この裁判闘争を支援するために「天神峰現闘本部裁判闘争を支援する会」を発足させることになりました。会の世話人は、戸村義弘さん(三里塚教会信徒代表)と、北原鉱治さん(反対同盟事務局長)です。
 天神峰現闘本部は、三里塚闘争の歴史を象徴する建物です。暫定滑走路の至近に位置し、本来滑走路と平行であるべき誘導路を「へ」の字に曲げる闘いの拠点です。
 反対同盟は、この闘争本部を守りぬき、自衛隊のイラク派兵と有事関連法案で明らかとなった成田軍事空港の廃港に向かって闘い進む決意を表明しています。

 ◎「支援する会」の会員登録を
 「支援する会」の目的は、この建物を守りぬく裁判闘争を支えることです。現地の反対同盟・農民はもちろん、これまで三里塚闘争に共感を寄せ一度でも現地を訪れたことのある方は、ぜひ会員となっていただきたいと思います。

■「支援する会」要項■
 (1)名称
 「天神峰現闘本部裁判闘争を支援する会」
 (2)目的
 裁判傍聴や基金運動をとおして天神峰現闘本部裁判闘争を支援する
 (3)組織
 世話人2名 戸村義弘 北原鉱治
 事務局   反対同盟事務局が務める
 (4)会員・会費・会報
 会員は会の目的に賛同する個人・団体であって、これを積極的に推進するものとする
 ・個人の年会費3000円
 ・団体の年会費1口3000円とし複数口を要請する
 ・会報年4回発行
 (5)例会
 毎回の裁判闘争後に例会を行う
 必要に応じて総会を開く
 (6)当面する運動方針
 ・6/17口頭弁論後、公判報告と会の設立報告を内容とする会報第1号を発行する
 ・全国の関係団体、人士に対して会報と加入用紙を郵送し会員を募る
 ・次回公判への傍聴を呼びかける
 (7)会費の振り込み口座
 三井住友銀行成田出張所
 店番号・口座番号  548-6592903
 伊藤信晴
 (郵便振替口座を6月末に開設しご案内致します)
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(6月18日) 成田市/空港騒音「逆転現象」 評価方法変更申し入れへ(6/18読売千葉版)

 成田空港の暫定平行滑走路供用後、4000メートル滑走路と合わせた騒音の測定値が、暫定滑走路単独での測定値より低くなるという「逆転現象」を巡り、成田市は「現在の評価方法では住民の感じる騒音を正確に表していない」として、環境省に評価方法の変更を申し入れる方針を決めた。市が独自に行った調査結果では、「逆転現象は滑走路の数に関係なく、日本国中どこの空港でも起こる」と指摘している。
 航空機騒音の測定は、海外ではエネルギー量全体で計る手法が一般的だが、国内では「WECPNL」と呼ばれる独自の手法が用いられている。
 「逆転現象」は、2本の滑走路の騒音が合わされば1本の場合よりうるさくなるはずなのに、WECPNLで計算すると、数字上は静かになる現象。成田空港は普段、静かな地帯にあるため、航空機騒音のレベルに大きな差があることが原因とされ、住民の感覚とのずれが問題視されている。
 市は2003年12月、千葉工業大に委託し、空港周辺9地点で独自の騒音測定を実施。その結果、7地点で逆転現象の発生を確認した。この結果を踏まえ、来月中にも環境省に「騒音評価方法を世界的に使われているエネルギーで評価する方法に変更すべきだ」と要望する方針。市空港対策課では「重要なことは、評価方法の変更で基準値が甘くならないようにすること」と話している。

 【本紙の解説】
 WECPNLとは、航空機騒音のうるささを評価する指標で、日本語では「加重等価平均感覚騒音レベル」であり、通称「うるささ指数」という。航空機騒音が繰り返された時、夜間などに重み付けをして平均した値でる。また騒音を「闇騒音」という、航空機が通過していないときの騒音値を基準に、航空機通過時との乖離を計算する手法をとる。
 そのために、暫定滑走路滑走路の騒音をうるささ指数で測定する時には、4000メートル滑走路への離着陸騒音は航空機騒音ではなく、一般騒音に組み込まれ、「闇騒音」の値を引き上げるものになる。暫定滑走路のうるささ指数は、引き上げられた「闇騒音」を基準に、その乖離の数値が問題になるのである。したがって、騒音値がむしろ低くなってしまうのである。
 WECPNLは、ICAO(国際民間航空機構)が提唱した。日本は73年に採用したが、測定方法は各国さまざまである。アメリカ、イギリス、フランス、西ドイツなどそれぞれ違った航空機騒音の測定単位を使用している。
 つまり、航空機騒音というものは、人類が本格的には第1次大戦後にはじめて感じる騒音であり、感覚的に感じる騒音を測定する客観的基準が定式化していないのである。
 航空機騒音は人間生活で受け入れがたい騒音の一つで、感じ方も千差万別で、一つの基準には当てはめがたいのである。また最近は航空機の低周波騒音も問題になり、これは高周波騒音より人体への被害は大きいのである。やはり、航空機と空港は人間生活となじまないものである。
 しかし、成田市が騒音値の評価方法変更を申し入れた動機は、民営化された成田空港の騒音対策費が削減されることへの牽制であり、より多くの騒音対策費を取るためのものである。もし、本当に成田市民の騒音による人体への被害を憂うのであえば、空港建設に反対すべきであり、暫定滑走路滑走路の2500メートルへの延長は許容できないはずである。成田市は暫定滑走路の2500メートルに積極的に賛成している。その立場での騒音評価方法の変更申し入れは騒音対策費の増額要求なのである。

(6月24日) 民営化の成田空港/初年度、無配当へ(6/25読売新聞千葉版、千葉日報)

 成田国際空港会社の黒野匡彦社長は24日の記者会見で、株式会社後初年度となる2004年度の配当を見送る意向を示した。利益を企業体力の強化に充て、3年後に予定している上場時の株価アップを狙う考え。
 黒野社長は、現時点で約15パーセントの自己資本比率を上げるなどすれば、上場時には株の売却益増が見込めるため「(配当の見送りが)株主の丸損とはならない」と強調した。
 空港会社は現在、すべての株を国が保有する特殊会社。民営化直後の04年4月の収入は約133億円、5月は約134億円でそれぞれ目標を約4パーセント上回った。
 また、黒野社長は成田市長などが検討課題に上げる法定外目的税や空港騒音税に向けた動きついて「利用客の負担が増えることは歓迎しかねる」と述べた。

 【本紙の解説】
 全株が政府保有の特殊会社であり、配当先は国であり、「株主も丸損とはならない」と、ことさら強調することでもない。なぜ、そのようなことをいうのか。黒野社長が、株式上場時の株価がいまから気になって仕方がないからである。空港会社の財務体質の悪さから、株価売却益が上がりそうもないからである。空港会社の総資産は評価方法によるが、1兆円から9000億円といわれている。それに対して空港会社の総負債総額は、5680億円(有利子)、政府出資金分の1497億円(無利子)の合計7130億円。年間総売上は、04年度計画で1560億円。あまりにも借金が多過ぎる会社である。これは、いままでの公団が最後は税金と財政投融資でどうでもなるという経営だったからである。
 また、黒野社長は、「04年度経営計画」の「目標を約4パーセント上回った」といっているが、この04年度経営計画は、総売上1560億円、営業利益340億円、経常利益220億円をめざすとなっていて、黒字は確保できる見通しとしている。しかし、経常利益と営業利益の差が120億円であり、これはいままでの財投を中心とした借入金の返済金とその利子払いであり、政府出資金分は含まれていない。政府出資金分の1497億円は、毎年111億円を返済することが義務付けられている。政府への配当金は義務化されてはいないが、この111億円は返済しなければならない。資本金は1000億円であり、通常の1パーセント配当でも10億円にしかならないが、返済金はその11倍である。
 また、民営化されると新たな租税負担が70億円増加するといわれている。政府出資金の返済と租税負担の増加で純利益はほとんどなくなってしまう。そのために、いままでふんだんに使っていた建設費、整備費、騒音対策費が極端に減額されている。配当金などいうことには決してならない。成田空港は民営化されると成り立たない構造になっている。そのために、期待されている着陸料の値下げは、民営化されたことにより、より困難になっている。そういう事情から、成田市などが検討している法定外目的税や空港騒音税は容認できないのである。

(6月25日) 成田空港 大規模な合同訓練 

 成田空港で25日、車を強奪した男が羽田空港の滑走路付近を走り回った事件を教訓に、成田国際空港会社、県警、国土交通省などによる大規模な合同訓練が行われた。
 警察官、空港職員、警備員ら約550人が参加し、車両約20台が使われた。先に行われた羽田、関西両空港の同様の訓練を上回る規模という。
 設定は、2人組の男が、空港入り口の検問を乗用車で強引に突破し、1人が高さ約3・5メートルのフェンスを乗り越えて一般の立ち入りが禁止されている制限区域に侵入し、空港会社の車を奪って航空機の誘導路を横切るというもの。 
 空港会社から侵入の連絡を受け、県警は直後にパトカーを制限区域内に直行させ、国交省の管制官は約10分後に航空機の運航停止を決定した。パトカーや警備車両が犯人の車を追いつめて、侵入から約20分後に身柄を確保した。
 空港会社は、「連絡網の一元化、強化を図る余地があり、今後の課題としたい」と話している。成田空港では2001年2月、警備所の門に車を衝突させてこじ開け、男1人が制限区域内に侵入した事件がある。

 【本紙の解説】
 今年の羽田空港の件と、01年2月の成田空港への侵入事件(01年2月9日付日誌を参照)を例にしているが、いま問題になっていることは単なる侵入事件への対策ではない。ゲリラ戦闘対策である。羽田空港の侵入事件も、もし自爆戦闘であったら、航空機が爆破され、乗員乗客も死亡していたものと考え、その後、各空港で警備が再強化され、訓練をやっている。成田空港では今年の1月19日(04年1月19日付日誌を参照)に、千葉県警の銃器対策部隊、爆発物処理班、NBC(核、生物、化学兵器)対策部隊が参加し、ものものしく行われた。それに比して今回は参加人員も500名と規模は小さい。警察、空港会社、国交省、警備会社などの情報伝達体制を中心にした訓練のようだ。
 しかし、イラク侵略戦争の開始とその長期化の中で、侵略国の空港は第一級の戦争的ターゲットになった。成田空港もその恐怖に戦慄しているのである。

(6月27日) 成田発着過去最多に(6/27読売千葉版)

 成田国際空港会社がまとめた5月の空港運用状況によると、航空機の発着回数は前年同月より22パーセント多い15565回で、月間の過去最多を記録した。これまでの最多は、02年10月の15449回だった。
 国際線旅客便の発着回数を路線別にみると、中国線は前年同月より68パーセント多い1868回、東南アジアは同36パーセント増の3594回だった。
 旅客数は前年同月より72パーセント多い246万8088入で、5月としては02年を上回り過去最多だった。通過客を除く国際線の日本人はほぼ倍増の146万1964人となった。
 同社は「国内景気も若干上向いているうえ、新型肺炎(重症急性呼吸器症候群=SARS)の影響がなくなり、昨春の大型連休に海外旅行を控えた人たちが、出かけたためではないか」と分析している。

【本紙の解説】
 実際に運用は一昨年とそう変わらない。昨年がSARSとイラク侵略戦争の影響で落ち込みが激しかったので、前年比だと68パーセント増とか、36パーセント増となっているだけである。
 これからイラク侵略戦争の中東・北アフリカ全域への拡大になり、また、感染症もいろいろあり、航空業がこれから好景気に転じる根拠はない。ただ、戦争遂行の手段としての航空業は不可欠であり、今後も最重視される産業である。いまや航空業は準軍事産業である。

(6月29日) 成田空港・夜間事故訓練 (7/1千葉日報)

 成田空港で29日夜、夜間の航空機事故発生を想定した「合同訓練」が、A滑走路わきで行われた。夜間訓練は1978年に開港して以来5年ぶり3度目。照明班の投光が救助活動の事故現場を照らし出す中、駆け付けた救急救命士が負傷者のケガの程度に応じて目印のタグを付ける「トリアージ」訓練が実施された。
 公団民営化後初めての合同訓練は午後7時から始まり、成田国際空港会社はじめ成田市消防本部、県警、国交省成田空港事務所、警備会社など関係7機関から約200人が参加。
 天候は雨、A滑走路に着陸したボーイング757型機が滑走路わきの芝地に突っ込み第1エンジンが炎上した―との想定で行われ、消防車が事故現場に出動して消火訓練を展開、次々と負傷者が救出され担架で仮設テントに運び込まれた。
 悪条件を想定した夜間訓練は過去、94年と99年に実施。5年ぶりの今年は先月20日に18機関、300人による大規模訓練を計画したが、雨で中止された。
 同空港では開港以来、死傷者が出るような大きな航空機事故は起きていないが、暫定滑走路オープン後の一昨年末、誘導路で旅客機同士が接触したほか、昨年1月には着陸機がオーバーランする事故が発生した。

【本紙の解説】
 今年に入って3度目の成田空港での訓練である。1度目は1月19日の「テロ訓練」(04年1月19日付日誌を参照)、2度目は6月25日の「侵入事件想定した訓練」、今度は、「夜間航空機事故を想定した訓練」である。
 この訓練は今年の5月21日に予定し、台風2号によって「悪天候」を理由に中止となったものである。
 「トリアージ」訓練を主に行っている。トリアージとは、災害時発生などで多数の傷病者が同時に発生した時に、傷病者の緊急度や重症度に応じて適切な処置や搬送を行うために傷病者の治療優先順位を決定することをいう。通例、赤 黄 緑 黒などの色の付いたタグを右手首に付けていく訓練である。赤が最緊急の手当が必要な患者であり、続いて黄色、緑色となるが、黒は死亡患者である。
 成田空港の訓練は「対テロ」に続いて、6日「対侵入」、7日「航空機事故」となっているが、この半年で三度の訓練は多すぎる。それは「侵入」「事故」もゲリラ戦闘を予測したのものだからである。また、朝鮮侵略戦争における成田空港の侵略拠点化が有事立法で明らかになり、そのことにより、成田空港がターゲットになったことの証拠でもある。
 いずれにしろ、国際空港は地域に経済的繁栄をもたらすものではなく、危険だけを持ってくるものであることが明らかになってきた。

(6月30日) KLM機航空 滑走路鉢合わせの報告書提出(7/1朝日千葉版)

 KLMオランダ航空本社は30日までに、成田空港の暫定B滑走路の誘導路で6月16日に同社の航空機とアシアナ航空機が鉢合わせ状態になったことについて、国土交通省成田事務所に報告書を提出した。
 KLMは報告書で、同社の機長が管制官の「迂回ルートに進め」との指示通りはなく、「直進」してしまったために鉢合わせしたことを確認したとしている。

【本紙の解説】
 KLM航空が管制指示を聞き間違えたことを明らかにしている。しかし、この報道では、KLM機が駐機場にもどる前に、アシアナ機に出発指示を出したことの管制ミスにはふれていない。管制は、風向きで発着機の方向を転換する時には、基本的に最後の到着機を駐機場にもどってきてから、出発機を誘導路に進入させるべきなのである。(04年6月16日付日誌を参照)
 管制官が「迂回ルートに進め」ということが「管制用語」でどういうのかは知らないが、「迂回ルート」が滑走路とは思わないのが普通である。成田暫定滑走路に到着する機長であれば、知っていなければならないことであろう。しかし、滑走路そのものが、「迂回ルート」であるとは普通は考えない。
 暫定滑走路を800メートル北側にずらして開港したことが直接的な原因であることは確実だ。

(6月30日) 国交省の蒲生氏が講演/検証重ねた飛行ルート修正(7/1千葉日報)

 千葉政経懇話会(会長・堂本暁子知事)の6月例会が30日、千葉市中央区のホテルサンガーデン千葉で行われ、国土交通省航空局管制保安部保安企画課長の蒲生猛氏が「羽田空港の新展開」と題し、講演した。県と関係14市との間でようやく合意に達した羽田空港再拡張事業の飛行ルート修正がまさにぎりぎり、検証の連続だったことや新展開が求められる成田空港の可能性についても言及した。
 羽田空港沖に4本目の滑走路を整備する今回の再拡張事業では、国の担当者として県などとの折衝に奔走してきた蒲生氏だが、前任では空港公団の企画室主幹として成田空港整備に全力傾注してきた経験も持つ。’
 首都圏での騒音共有をめぐり、揺れ動いた今回の再拡張事業。「現状では1便も増やせないほど羽田は満杯状態。国内航空のボトルネックを解消するためにはもう1本の滑走路が何としても必要」と強調。これが整備できれば現行1時間に29便の発着容量が40便に増やせるとした。
 しかし原案の飛行ルートをめぐり、堂本暁子知事や関係市長が強く反発。実際に飛んでもらった石原伸晃国土交通大臣からも「何とか10度ふれないか」という指示を受け、修正ルートの模索が繰り返された。この結果、滑走路の角度を7・5度ずらすことに加え、進入の際に飛行方法を工夫することで2度の変更が可能となり、合わせて9・5度の修正案ができあがったという。
 蒲生氏は「例外中の例外という合わせ技。2月に出したルート案を修正して5月にようやく受け入れてもらえた。この間、検証を何度も繰り返してきた」と述懐する。
 一方、「羽田が再拡張されても成田空港への影響はほとんどない」といい、むしろ「2500メートル滑走路の整備を含め、本当の意味での国際空港としていくことが大切ではないか。成田の可能性は羽田の比ではない」と結んだ。

【本紙の解説】
 羽田新滑走路の7・5度の角度修正を堂本知事が承認したことに、千葉県自民党が大反発した。これに対する説明を堂本知事が主催する千葉政経懇話会で行った。千葉県自民党の反発は羽田の滑走路による「騒音」問題ではない。羽田空港4本目の滑走路の完成による「成田空港の地盤沈下」にある。騒音問題が解決しつつある中で、その是非の問題ではなく、堂本知事の手続きを問題にしていることが、そのあらわれだ。国交省は千葉県自民党が羽田拡張絶対反対であり、いかなる理由があっても承認しないことは知っており、そのために、提示から24時間以内に堂本知事と関係14市の承諾を求めた。千葉県議会と千葉県自民党は最初から無視したのである(04年6月3日付日誌を参照)。
 そのために、自民党関係者が多く参加する千葉県政経懇話会で、国交省課長の蒲生猛が講演したが、説得力はなかった。「羽田空港の新展開」など千葉県の政治、経済の関係者にとってはどうでもいいのである。知りたいことは羽田の新展開で成田がどうなるのか、である。
 それに対して蒲生氏は、「羽田が再拡張されても成田空港への影響はほとんどない」「成田の可能性は羽田の比ではない」などと答えているが、羽田の再拡張が成田空港の影響はないとはだれも思っていない。アジア便の羽田への移行は明らかである。その点で蒲生氏の講演は羽田の可能性を述べただけで、むしろ、千葉県関係者の反発をかっただけではないか。

(6月30日) JR久住駅北隣に新校舎建設決まる(7/1毎日千葉版、千葉日報)

 成田空港の暫定平行滑走路供用開始に伴う騒音を避けるため、仮移転していた市立久住中学校(友塚信行校長、生徒数90人)の新校舎が、国が指定する騒音区域外の同市のJR久住駅北隣に建設されることが、30日に決まった。
 同中旧校舎は暫定滑走路北側4キロメートルの騒音区域内にあった。父母らの要望で供用開始直前の02年4月、旧校舎の西2キロで、騒音区域外にある市立久住第一小学校敷地内のプレハブ校舎に仮移転。しかし、体育館を共有するなどの不便を生じていたため、市が移転先を探していた。移転先となるのは同小の南約100メートルの土地区画整理事業地内。敷地は約3万平方メートルで、設計費約2730万円をかけて05年度着工、06年度の完成を目指す。

【本紙の解説】
 久住中学の存続問題で住民側が勝ったことが最終的に明らかになった。久住中は、暫定滑走路の北端から約4キロの飛行コース直下にある。成田市は久住中を廃校にして成田中学への統合を計画していた。久住中学からは成田中学(新勝寺の近く)まで直線距離で約7キロあり、通学はバスかJR成田線を利用する以外ない。久住地区住民の存続運動に成田市が押され、統廃合はできなかった。いままで、久住第一小学校の仮校舎で授業を行ってきたが、今回ようやく本校舎建設が決まった。

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