International Lavor Movement 2009/04/01(No.392 p48)
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2009/04/01発行 No.392
定価 315円(本体価格300円+税)
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月刊『国際労働運動』(392号1-1)(2009/04/01)
■羅針盤
麻生と御手洗をぶっ倒せ!
▼2月16日の夕刊全紙のトップは「GDP年率12・7%減」の文字が踊った。74年石油危機以来のこととしている。他の帝国主義よりもはるかに大きな落ち込みだ。最弱の環はやはり日帝なのだ。そして、アメリカでも就業者数は13カ月連続で激減、合計360万人が職を失い、失業率も7・6%にはね上がった。実はこれも統計数字のマジックで、14%という数字もあるのだ。
▼最初に見たように一番激しいのが日帝のGDPの落ち込みだ。さらに1月末に発表された鉱工業生産指数は前年同月比20・6%減。トヨタは4500億円の営業赤字で、電機大手9社の赤字予想額の合計は1兆9100億円だ。まさに製造業は壊滅的だ。一方で、日本経済を支えてきた輸出は米欧だけでなく中国向けも急減し、12月の輸出は35%減の「垂直降下」だ。ブルジョアジーはパニック状態で、非正規と正規の大量首切りと賃下げで、自分たちだけ生き残ろうとしている。
▼経団連・御手洗と連合・高木が主張するワークシェアリングとは、賃下げと大量解雇を強行した上で、「労使一丸」「政労使一体」の「セーフティーネット」をつくろうというものだ。解雇・賃下げが前提の救済運動でしかない。さらに日本経団連と連合の「労使共同宣言」体制は、「労使一丸」で道州制を推進する攻撃だ。ブルジョアジーの唯一の反動的「挙国一致」政策が、道州制導入だ。360万人公務員のいったん全員解雇の大攻撃を、国鉄分割・民営化の時以上の「公務員バッシング」と「国民運動」で強行しようとしている。その最先兵が大阪府知事・橋下だ。動労千葉の闘いを軸に、4大産別・6大産別で青年労働者の獲得へ目的意識的に闘おう。
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月刊『国際労働運動』(392号2-1)(2009/04/01)
●News&Review
韓国
龍山殺人鎮圧に“生きさせろ”デモ
「経済危機克服」をぶっとばせ
再開発地域計画が進み、すでに80%近くが撤去されたソウル市龍山区漢江路3街63番地。1月20日未明、5階建てビルで徹夜の籠城を続ける30人余りの住民らがシュプレヒコールで抵抗していた。「冬期は撤去禁止」などという建前をかなぐり捨てて強制撤去が始まった。
午前6時45分、クレーンにつり上げられたコンテナから警察特攻隊49人が屋上を襲撃。火炎ビンが飛び交う激しい攻防戦の中で出火、建物が炎に包まれ、撤去民5人が死亡する大惨事となった!
イミョンバク政権はマスコミをも使って事実歪曲に躍起となり、火傷を負って入院中の龍山4区域撤去民対策委員会のイチュンヨン委員長らを逮捕、さらに追慕集会を禁止するなど弾圧を拡大した。全経連など経済5団体も1月28日、「経済危機克服のために国民的団結が必要だ」と主張し、同時に懸案の韓米FTA(自由貿易協定)批准案の国会成立を要求した。
(写真 1万人が集った龍山殺人鎮圧糾弾4次汎国民追悼集会【2月14日 ソウル駅前広場】)
連日のキャンドルデモ
警察の集会・デモ禁止を実力で突き破る連日のキャンドルデモは旧正月も続いた。
1万人に膨れ上がった1月31日、故イサンニム氏の娘イヒョソンさんが登壇し、「両親は30年商売をしながら3人の子ども育てました。お父さんは70歳を超えて食堂をビヤホールに改装、その運営を末っ子夫婦が始めて2年。その末っ子が昨日拘束されたイチュンヨンです」「今回の惨事は再開発が主犯です。検察は私たち撤去民だけを拘束し、すべてを亡くなった人のせいにしようとしています。事実を明らかにし、お父さんたちの死を無駄にしないように助けてください。皆さんの力があれば、恐れず、最後までやりぬきます」と支援を訴えた。「殺人政権イミョンバク退陣!」のシュプレヒコールが続いた。
実質失業者330万人
2月11日に政府・統計庁が発表した1月の雇用動向によると失業率は3・6%だが、前年同月と比べて10万3千人の雇用が消えている。政府統計がいう失業者84万8千人に、求職断念者など244万7千人を加えた実質失業者は329万5千人となり、実質失業率は12・6%に跳ね上がる。さらに青年層を見ると政府統計でも失業率は8・2%、実質失業者は120万人に上る。
世界金融大恐慌が韓国経済をも直撃する中、イミョンバク政権は韓米FTA批准案とともに、非正規職雇用期間を現在の2年から4年に延長する非正規職関連法改悪と派遣拡大を画策している。スローガンは「経済危機克服」だ。
ソウル市は青年失業対策として2月4日に「ソウル市公務員の自発的な給料の寄付と経常費削減で総額100億ウォン規模の『希望雇用創出ファンド』を作り、千人の青年雇用をつくり出す」と明らかにした。
しかし、この鳴り物入りの「青年インターン制」とは、ソウル市が1人あたり月100万ウォン(6万3000円=2月19日現在)を10カ月支援するというもので、インターン期間終了後の対策がない。企業の側から言えば、10カ月間、費用負担なく青年を雇用し、その後、いつでも解雇できるというわけだ。しかも、この事業財源のうち12億7千万ウォンは、幹部公務員の「自主的寄付」で集める。一般公務員も各職場に置かれる「ソウル希望ドリーム豚貯金箱」に募金せよというのだ。ふざけるにもほどがある。
(写真上、火がついた建物に撤去民がとりすがっている(1月20日 ソウル)。 写真下、火災後のビル)
“魚は頭から腐る”
だが、この攻撃を前にソウル市と傘下の公企業労使が、労使政協議で今年の賃金凍結と無争議の実現の先頭に立つと発表した。2月9日、ソウル・メトロ、都市鉄道公社、SH公社、ソウル市施設管理公団など5公企業の労使と市長が発表した「経済危機克服のためのソウル市公企業労使政和合・平和および社会公言宣言文」がそれだ。オセフン市長は「誇らしい。今回の事例が転機になり、すべての公企業に波及することを望む」と言い放ち、ソウル地下鉄労組のチョンヨンス委員長は「労働運動は今、市民の立場で社会的信頼を得ることが重要な宿題」と応じた。
すでに1月8日には全国金属労組(チョンガプドク委員長)が、「労働時間短縮、ワークシェアで総雇用を維持しよう」という内容の「経済危機克服のための金属労組社会宣言」を発表している。
他方、民主労総は2月9日、獄中の委員長以下、執行部が総辞職し、非常対策委員会に移行した。(昨年12月、指名手配中のイソッケン委員長を匿った女性組合員に委員長逮捕後、虚偽供述を迫った民主労総幹部による強姦未遂事件が告発され、総辞職に)
“魚は頭から腐る”――民主労総も例外ではない。求められているのは、体制内派を打ち破り、革命の時代を牽引する新たな指導部、新たな民主労総の登場だ。
今、資本主義が死の苦悶にのたうち回っている。「経済危機克服」など労働者の知ったことではない。労働者階級の団結した闘いですべてを奪い返そう。国境を越え、「生きさせろ!」ゼネストに突き進もう。
(室田順子
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■民主労総ソウル本部が新執行部 ■動労千葉の田中康宏委員長が大会参加
民主労総ソウル地域本部の大会が1月20日に開催され、動労千葉の田中康宏委員長が招待を受け参加した。ソウル本部は民主労総が結成された2カ月後の1996年1月に発足した。今回は14年目に入る「14年次大会」だ。
今大会では、任期切れに伴い新執行部が選出された。新任本部長は、前副本部長でソウル地下鉄労組出身のチェジョンジンさん。07年の日比谷野音の11月労働者集会に参加し、団長として発言している。新任首席副本部長はパクスンヒ前事務処長で、やはり07年の8・15労働者・市民の集いで来日し、発言している。新任事務処長は、金属労組起亜自動車支部出身のパクチャンシクさん。起亜自動車労組は、動労千葉とソウル本部が交流を始めたときの本部長、コジョンファンさんの出身労組だ。
(写真 選出された新執行部。右からチェジョンジン本部長、パクスンヒ首席副本部長、パクチャンシク事務処長)
日韓理念交流が前進
大会で承認された議案のうち、「13年次事業報告および評価」の「国際連帯事業」の項目では、昨年の日韓交流について「両国における理念交流をとおして国際連帯の規模と内容が質的に高まった年だった。理念交流は、自国の労働組合運動に対する省察を促し、実践決意を高めるなど、両国の活動に刺激と援助を与えた」と総括した。さらに、事前教育や報告資料づくりの必要性を強調したうえで、「単純に毎年その場限りの事業ではなく、組織的な国際交流事業の意義と方向を定め、展開する努力が必要」と総括した。
一方、今年度の「事業計画」の中では、「情勢」が7nにわたって提起され、その中では、「もはや新自由主義資本体制は持続不可能。世界的大転換が始まる」との時代認識が示された。それに基づく「事業基調」として、「職場に基礎を置き、地域を基盤に、大衆主体の政治運動の流れをつくり、強力な反新自由主義・反イミョンバク闘争を展開する」と打ち出された。
(写真 大会議事に先立って、イジェヨン本部長から田中康宏・動労千葉委員長に「感謝牌」が贈呈された)
動労千葉に「感謝牌」
大会議事に先立ち「模範組織・組合員表彰」が行われ、コスコム労組や全教組ソウル支部などと並んで動労千葉にも感謝牌が贈られた。「民主労総ソウル本部との交流事業をとおして、中小零細事業場の労働者の闘い、ニューコア・イーランドなど非正規職の闘い、ハイテック遠征闘争を支援するなど国際連帯の模範を示された」と牌に刻まれた文章が朗読され、田中委員長が受け取った。
今回の訪韓期間中、新旧執行部と田中委員長は常に行動をともにし、その中で両者は、今後の日韓労働者連帯の発展を確認しあった。また、ソウル本部や動労千葉が直面している課題などについても意見が交わされた。地域本部の役員選挙を直接選挙制に転換することをめぐる問題、階級的労働運動における地区労運動の意義、産別転換をめぐる問題、現場の実践と時代認識・思想を組合員自身のものとして一つにしていくための指導部の努力、執行部同士の意思疎通の重要性など、どれも労働組合をどういうものとしてつくっていくか、互いに日々真剣に考え苦闘しているがゆえに、深い内容で議論が交わされた。
ハイテック職場訪問
翌21日、田中委員長は、ソウル本部の勧めで民主労総中央の大会を傍聴し、その後、金属労組ハイテックRCDコリア支会の仲間たちが職場復帰報告集会とデモを行っている九老工業団地の現場にかけつけた。
デモ解散地で連帯あいさつに立った田中委員長は、「皆さんの闘いは確実に勝利しつつある。悪徳資本を徹底的に追いつめているだけではなく、日本の同志たちを励まし、団結させている。腐りきった資本主義を打ち倒し、労働解放の世の中をつくろう」と呼びかけた。
田中委員長が訪韓中の1月20日朝、ソウルの龍山地区で再開発に伴う強制撤去の攻撃が行われ、一方的な立ち退きを断固拒否して闘っていた住民のうち5人が虐殺されるという重大事態が起こった。ソウル本部の仲間たちも抗議闘争にかけつけた。
資本の生き残りをがむしゃらに推進するイミョンバク政権に対し、韓国でも「生きさせろ!」の実力闘争が闘われている。日本で「生きさせろ!」ゼネストを闘いぬき、日韓労働者共同の力で世の中を変えよう!
(動労千葉を支援する会/広沢こう志)
(写真 九老工業団地でのハイテック職場復帰報告集会。左端が田中委員長)
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月刊『国際労働運動』(392号2-2)(2009/04/01)
●News&Review
日本
結成30周年へ躍進する動労千葉
1047名闘争の再出発、09春闘勝利へ
22年目の2・16に大集会
2月16日、動労千葉の主催で東京・錦糸町のすみだ産業会館において、「1047名解雇撤回! 09春闘勝利! 2・16労働者総決起集会」が800人の参加で開かれた。
この日は、1987年2月16日に国鉄分割・民営化による新会社=JRへの不採用通知が行われてから22年目にあたる。国鉄労働者にとって忘れることのできない“怒りの日”である。動労千葉は、この集会で「1047名闘争の再出発」を宣言した。
他方で、解雇撤回を投げ捨てた4者・4団体(国労、建交労など)は、同日、永田町の星陵会館で集会を開いたが、400人ほどの集会で、しかも民主党や公明党を頼みにして政府や裁判所に「政治解決」を哀願する屈服的なものでしかなかった。4者・4団体は今や、最悪の体制内労働運動としての姿をあらわにし、1047名闘争という日本労働運動に例のない大量解雇をめぐる長期争議を歴史的な敗北へと導こうとしているのだ。
2・16集会で動労千葉の田中康宏委員長は、この問題の核心について、「これまでの労働運動のあり方(体制内的『社会主義』)の崩壊」であると明らかにし、4者・4団体の指導部が「われわれが求めているのは単なる争議の解決であって、これは階級闘争ではない。革命運動ではない」と言って動労千葉を排除していることに対して、「1047名闘争という分割・民営化反対闘争が階級闘争でなければ、階級闘争はなくなってしまう。彼らは階級闘争を放棄した。それを情勢のせいにし、『闘争団はもたない』と現場のせいにしている。自分の屈服を合理化する、こんなことは繰り返してはならない」と述べ、「問われているのは、労働運動、階級闘争をめぐる決定的な路線問題なのだ」と提起した。
そして、国鉄分割・民営化反対闘争を総括し、「20年以上にわたる国鉄分割・民営化反対闘争の全過程は、『国家権力・資本当局との闘い=労働者を屈服の道に引きずりこむ動労本部、国労本部との攻防、党派闘争』であった」と述べた。
そうなのだ。動労千葉は、この激しい党派闘争を貫き、解雇撤回の原則を守り抜き、反合理化・運転保安闘争を発展させ、JRによる第2の分割・民営化=業務の外注化を阻止してきた。
だから田中委員長は、「大恐慌の中で、絶対に勝てると確信している。1047名闘争が旗を振れば、日本の労働者を総結集することができる」と、新たな1047名闘争の展望を明らかにした。
2・16集会は、この田中委員長の基調提起を受けて、ともに「生きさせろ!」の09春闘ゼネストに向かって闘い抜くことを誓い合う画期的な集会として成功したのである。
(写真 「1047名闘争の再出発」を宣言した2・16労働者総決起集会【2月16日 東京・すみだ産業会館】)
3月山場にスト構え
では、09春闘を動労千葉はいかに闘おうとしているのか。2月14日に動労千葉は第60回定期委員会を開催し、万全の闘争態勢を打ち固めた。09春闘はまさに歴史的な転換点の渦中での決定的な闘いとなる。
動労千葉は、すでに1月にストライキを構えて、ライフサイクル(運転士の駅への強制配転)による平成採組合員の配転を阻止する緒戦の勝利をかちとっている。そして、3月が春闘の山場である。3月14日にはダイヤ「改正」がある。また、3月17〜19日が、連合の大手組合の集中回答日である。動労千葉は、この3月中旬(13日〜19日)を春闘第1波闘争に設定し、ストライキを配置して闘い抜く。さらに、JR貨物の賃金回答時に春闘第2波闘争を配置する。
確認された09春闘の課題は次のとおりだ。
@「09春闘の第一の課題は、09春闘を満ちあふれる怒りの声に火を点け、日本における労働運動の荒々しい復権のときとすることです。闘いの炎は全世界で燃え上がっています。ゼネストが必要な情勢です。そのために、動労千葉自身が、断固として、自らの職場から闘いに立ち上がることです」
A「第二の課題は、この時代にこそ、断固として大幅賃上げ獲得、首切り―賃下げ攻撃粉砕、派遣法―非正規職撤廃を掲げ、貪欲な資本家たちの支配を打ち倒すためにストライキに立ち上がることです。
JRでも、業務外注化・非正規職化―首切り攻撃(契約社員は最長5年で解雇)が現実にどんどん拡大しています。貨物会社は、大恐慌情勢のもとで、経営破たんに直面し、それが賃下げ攻撃として現場に襲いかかろうとしています。大幅賃上げ獲得―貨物ベアゼロ回答打破に向けて断固として闘いに立ち上がらなければなりません」
B「第三の課題は、春闘と結合して、第二の分割・民営化攻撃粉砕―JR体制打倒に向けて、1047名の解雇撤回、『動労千葉の反合・運転保安要求』実現に向けて、闘いに立ち上がることです。
膨大な労働者が「モノ」のように首を切られ、切り捨てられていく今日の現実は、国鉄分割・民営化と、それへの動労革マル、国労執行部等の屈服から始まったのです。この現実に決着をつけることこそ、現実に立ち向かう最大の課題です。
一方、下り勾配の速度超過問題と、その後のデタラメな対応など、JRは、鉄道会社としてのイロハすら投げ捨てています。われわれは、09春闘で、この現実に断固として立ち向かわなければなりません」
C「第四の課題は、その闘いの渦中で何としても本格的な組織拡大を実現することです。われわれが労働運動の現状を打破し、本当の意味で国鉄分割・民営化攻撃に決着をつけ、勇躍躍りでることができるか否か、一切がこの一点にかかっています。その意味で、09春闘の最大の課題は、今春闘を『組織拡大春闘』としてかちとることです」
動労千葉は、こうした課題を明確にし、「生きさせろ!」ゼネストの最先頭で闘おうとしているのだ。
(写真 09春闘方針を決定した第60回定期委員会であいさつする田中委員長【2月14日 DC会館】)
組織拡大に全力
その中で、特に組織拡大を最重要の課題として据えている。動労千葉はこの間、すでに6人の平成採組合員を獲得しているが、当面、二桁の平成採の獲得を目指し、動労千葉青年部の結成をかちとろうとしている。これは、戦闘的に闘った組合が団結を維持するだけではなく、組織拡大を実現するという、これまでの日本労働運動の歴史にはない画期的な地平を切り開くものである。
□分離・独立から30年の
歴史的な地平
動労千葉は、この3月で結成30周年を迎える。1979年3月30日、動労千葉地本は動労「本部」から分離・独立し、国鉄千葉動力車労働組合として結成大会をかちとった。その過程は、動労「本部」カクマルとの熾烈を極めた組織攻防戦であった。60年代以来、動労が戦闘化する中で、青年部を先頭にして千葉地本を右翼的な組合から闘う組合へ飛躍させ、運転保安闘争を軸に職場闘争を発展させていった。70年安保・沖縄闘争、そして三里塚闘争に、千葉県反戦青年委員会の中軸を担って決起していった。70年闘争の過程は、同時に国鉄マル生(生産性向上運動)攻撃に勝利する過程でもあった。
そして、72年の船橋事故(列車追突事故)の際には、「事故の責任は国鉄当局にある」ことをはっきりさせ、事故を起こした当該の運転士の解雇を阻止し、「反合・運転保安闘争」路線を確立した。
また、三里塚闘争においては、労農連帯の旗の下に、77年にはジェット燃料貨車輸送阻止闘争に決起していった。
これに対して、動労「本部」に一定の進出をとげていったカクマルによる激しい組織破壊攻撃を受けた。決定的だったのが78年の動労津山大会だった。動労「本部」カクマルは、「三里塚闘争と一線を画する」方針や、貨物安定輸送宣言という裏切り方針を打ち出し、その方針に反対して三里塚闘争に決起していった千葉地本に対する統制処分をかけてきた。それに対して、動労の闘う伝統を継承し発展させるために、千葉地本は分離・独立し、動労千葉を結成したのである。ほぼ地本丸ごと新組合に移行するという、画期的な勝利をかちとったのだ。
それ以降、81年の成田空港へのジェット燃料貨車輸送阻止闘争、85〜86年の国鉄分割・民営化反対の2波のストライキ、90年3月の1047名闘争を生み出したストライキ、そして分割・民営化以降のJR体制下での闘い、21世紀に入ってからの第2の分割・民営化攻撃に対する闘いなど幾多の激闘を闘い抜いてきた。
そして今、11月労働者集会などをとおして韓国・民主労総やアメリカのILWU(国際港湾倉庫労働組合)ローカル10などとの国際連帯を発展させ、“日本に動労千葉あり”と世界に名をとどろかせる地平を獲得している。それは新たなインターナショナルの萌芽であり、大恐慌下の世界革命の現実性を示すものである。
この動労千葉の労働運動こそは、マルクス主義の革命的労働組合論に基づく階級的労働運動の路線を真に体現し、現在の世界大恐慌下で「万国の労働者、団結せよ」を掲げて、資本主義の終わりの始まりを革命に転化する闘いに向かって、時代の最前線に労働組合を登場させる最先頭に位置しているのだ。
この30年の地平は、戦後労働運動の「常識」を覆すものであった。総評労働運動は「社会主義」を標榜し、一定の戦闘的な闘いを展開した。だが、結局は「労働者は鼻先にニンジンをぶらさげないと立ち上がらない」「闘ったら分裂する」といった労働者蔑視の思想から抜け出すことができず、最後には国鉄分割・民営化攻撃の前に屈服し、自ら解散し、連合になだれ込むということになった。総評労働運動は、結局は、資本主義体制が継続することを前提とした体制内労働運動であったのだ。
これに対して、動労千葉はブルジョア法の枠を取っ払い、実力で闘い抜いてきた。国鉄分割・民営化に対する2波のストライキは、動労カクマルが国鉄分割・民営化の先兵となり、国労は一戦も交えることなく屈服する中で闘い取られた。そして28人の公労法(公共企業体等労働関係法)解雇と12人のJR不採用=清算事業団送りという攻撃を受けたが、動労千葉は階級的団結を打ち固め、組織の骨格を維持することに成功したのである。
JR体制下でも、毎年のようにストライキに決起し、反合・運転保安要求の前進をかちとり、業務の外注化を阻止するという画期的な成果をかちとってきた。
そうした闘いは、動労千葉が60年代〜70年闘争の地平を発展させ、マルクス主義に基づく階級的労働組合論をもって、労働者こそが社会の主人公であるという信念のもとで闘ったからこそ、実現できたものである。
動労千葉結成30周年にあたって、あらためて、この動労千葉の闘いの地平に学び、その闘いを広め、ともに闘う第2、第3の動労千葉をつくりあげていかなければならない。
3・8結成30周年集会へ
動労千葉は3月8日13時から、DC会館で、結成30周年記念レセプションを開催する(12時開場、12時半〜ビデオ上映)。第一部は記念講演集会で、布施宇一動労千葉顧問と高山俊吉弁護士が講演する。また、韓国、アメリカの代表も駆けつけ、あいさつする。第二部が記念レセプションである。
30周年を節目にして、新たな飛躍をかちとろうとしている動労千葉を支援し、ともに闘うために、この記念レセプションに結集しよう。
(大沢 康)
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月刊『国際労働運動』(392号2-3)(2009/04/01)
●News&Review
アフガン
オバマ、アフガニスタンに3万人増派
英とソ連と同じ、ここは米軍の墓場だ
戦略敗勢にある米軍
1月28日、米国防長官・ゲーツは、アフガニスタンに夏までに陸軍3個旅団を増派する計画を発表した。
オバマ新大統領は、アフガニスタンを対テロ戦争の主戦場と位置づけ、国防省は、すでに3万人規模の増派を検討していた。戦略的敗勢の逆転をもくろむものだが、それは不可能だ。
現在の米軍駐留規模は約3万4000人、増派の3万人を加えると、6万4000人になる。これに国際治安支援部隊(ISAF)3万を加え9万になる。これは、ソ連のアフガニスタン侵攻時の10万に匹敵する数だ。ソ連は9年間戦ったが完敗した。
2月4日、キルギスのマドゥマロフ安全保障会議書記は、アフガニスタンへの補給拠点としてきたキルギスの米空軍基地の閉鎖問題で、手続き終了後「米軍は180日以内に撤収することになる」と述べた。これはロシアのキルギス取りこみの結果であり、米帝にとって大きな打撃だ。
2月11日、オバマの侵略戦争態勢の発動に対して、カブールの3カ所でタリバンのゲリラ戦争が戦い抜かれた。タリバンは今や全土の72%に拠点を確保し、カブールで戦闘を仕掛けている。
輸送の隘路、カイバル峠
12月7日、パキスタン・ペシャワルで米軍やNATO軍への補給物資が集まるトラックターミナルが武装集団300人に襲撃され、トラック160台以上と積み荷の大半が焼失した。8日にも同じようにトラックターミナルが襲撃され100台のトラックが焼失した。
アフガニスタンは内陸国のため、パキスタンのカラチ港から揚陸した米軍・NATO軍用物資を、ペシャワルとクエッタ経由で輸送していた。物資全体の70%がパキスタン経由で、その70%がペシャワル経由だ。クエッタの方がタリバンの支配地域を通るために危険だからだ。
12月16日、パキスタンの輸送業者団体「カイバル輸送協会」は、NATO向け物資輸送業務を全面的に停止した。協会はペシャワルからカイバル峠経由のNATO軍向け物資輸送の9割以上を引き受けている。
ソ連のアフガニスタン侵攻は、別名“街道戦争”とも“トラック戦争”とも呼ばれた。マザリシャリフからカブールに通じる街道にあるサラン峠(3600b)と、通過するソ連軍のトラックが攻防の焦点だった。ソ連軍はこれを守りきれなかった。
12月30日、パキスタン軍は、3500人の部隊を投入してペシャワルからカイバル峠の間にある部族支配地域で、物資輸送を防衛する掃討作戦を展開した。
インド・ムンバイにおける武装闘争を契機に、インド・パキスタン関係が一挙に悪化し、パキスタン軍がインド方向にシフトを変えたスキに、アフガニスタン国境の部族支配地域はタリバンの支配地域になっていたのだ。
エンゲルスの教訓
エンゲルスは、1858年にアメリカで出た百科事典「ザ・ニュー・アメリカン・エンサイクロペディア」のために「アフガニスタン」の項を書いた。
エンゲルスは
「アフガニスタンの地表ははなはだ不整であり、高い台地、広大な山岳、深い谷、峡谷がある。あらゆる熱帯の山国と同じように、その気候は千差万別である」
「アフガニスタンの地理上の位置、その国民の特殊な性格は、中央アジア問題では過重に評価されるということのありえないほどの政治的重要性をこの国に与えている」
「アフガン人は勇敢で大胆で独立心のある種族である」
「支配に対する彼らの憎悪、個人の独立に対する彼らの愛着、これだけが、彼らが強大な国民になるのを妨げている」
と書いてきた後に、183
9〜42年の第1次アフガニスタン戦争を詳述している。
概略は、大帝国を築いていたイギリスは、ロシアの南下政策を押さえるためにアフガニスタン占領を企てた。1839年2月に1万2000人の英軍(大部分がインド兵)が統治のための4万人の役人を連れて、インダス河をわたり、食料不足に悩みながら、夏にカブールを陥落させ傀儡政権を発足させた。
ところが40年から41年にかけてイギリスと傀儡政権への反乱が続発した。41年夏に反乱をいったんは鎮圧したが、アフガニスタン統治のためのインド総督府からの支出が削減され、部族の長への支給金が減らされると、反乱が広がり、傀儡王は殺され、イギリス軍は押し戻され、食料不足に苦しんだ。
42年1月、激減した450
0の兵と2000の役人を連れたイギリス軍は、雪の中をジャララバードめざして落ちのびようとしたが、待ち伏せしていた反乱軍の総攻撃にあい、イギリス軍は全滅、ジェララバードに着いたのはイギリス人医師一人だった。
その後、第2次、第3次とイギリスのアフガニスタン侵略戦争は行われたが、ついにイギリスのアフガニスタン占領は失敗に終わった。
ソ連は、1979年からの9年余に及ぶアフガニスタン侵攻で疲弊し、グラグラになり、これを直接の大きな要因として崩壊に至った。
そして、米帝が、かつてのソ連のように、アフガニスタン侵略戦争に突入し、敗勢に陥っている。アフガニスタン侵略戦争は、米帝はもとより参戦する全帝国主義の墓場になる。ソ連が崩壊したように。
世界大恐慌情勢の下での階級戦争と侵略戦争の激化は、帝国主義の終わりを早めている。帝国主義を打倒し世界革命の達成を。世界の労働者階級人民の決起が勝利の力だ。
(宇和島洋)
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月刊『国際労働運動』(392号3-1)(2009/04/01)
(写真 SEIU本部による統制処分聴聞会に抗議し、会場を包囲する5000人のUHW組合員(08年7月14日 マンハッタンビーチ)
■特集 怒れる米労働者、オバマと激突へ
はじめに
大恐慌の震源地アメリカの労働者に、大量解雇、住宅追い出し、賃下げ、年金・医療取り上げの大波が襲っている。金融救済策は、天文学的な赤字国債発行をもたらす。超インフレだ。だが、労働者は厳しさに直面しているだけではない。資本家や体制内労働運動の権威が失墜し、既成の価値観が崩壊している中で解放感にあふれた闘いに決起している。イラク戦争に反対して西海岸29港すべてを止めたILWU(国際港湾倉庫労組)組合員のメーデー行動の団結力は、ILWU本部の屈服と闘い、全米のすべての体制内派を揺るがした。ビッグ3救済策と引き換えに非組合の在米トヨタ、ホンダ工場並みの労働条件への引き下げに屈服するUAW(全米自動車労組)本部に対しても、職場からの大反乱が始まっている。ナショナルセンター内の最大労組、SEIU(サービス従業員国際組合)では、数十万の組合員が本部のパートナー路線に反乱しだした。
■第1章
資本家の権威の崩壊 倒産攻撃で闘いを抑えられず
「挙国一致」のペテンの崩壊
2月13日、米上下両院は、7870億jの景気対策法案を可決した。それは本誌38nで解説してあるので、ここでは階級闘争に特に関連する点に絞って見ていこう。
オバマの景気対策法は、労働者から搾り取った金を大資本に注ぎ込むものだ。
しかも、これで恐慌に歯止めがかけられるわけではない。可決の当日、ニューヨーク株価が下がっている。
これで09年の財政赤字が2兆jを超えることが確実になった。08年の5倍だ。今後、さらに恐慌が進み、追加対策をするとなれば、さらに赤字が膨らむ。これだけの財政赤字をどうまかなうのか。国債を発行しても、買い手はもういない。海外の米国債保有者は、むしろ売りに入っている。結局、連銀が国債を引き受けるしかない。
つまり、大量のドルが印刷される。インフレが爆発的に進む。ドルは暴落する。ますます海外で米国債は買われなくなり、ドルは、さらに暴落する。超インフレで実質賃金は急降下してしまう。
資本家にとって、現在の大恐慌は何よりも、日々倒産が続出しているという問題だ。いつ取引先が倒産するか、自分の会社が倒産するかという恐怖だ。救済資金投入は一刻を争う状態だ。だから、オバマは、急ぎに急いでこの法案を通したのだ。
8000億j超からの減額と3分の1を減税に向けるという修正を丸のみし、ともかく早く通過させようとした。
野党共和党も、資本の代弁者だから救済資金の欲しさは一緒で、速やかな法案成立に協力するはずだった。
だが、そうはいかなかった。下院では共和党議員が例外なく反対した。上院ではオバマは、法案可決の議事妨害を阻止しうるだけの票を確保するために3人の共和党議員の大幅修正案を丸のみせざるをえなかった。
もともとオバマは、何を掲げて登場したのか。
「ヒスパニックも白人も黒人もアジア系もない。われわれは、みなアメリカ人だ」
「共和党も民主党もない。みなアメリカ人だ」
繰り返し、繰り返し、「みなアメリカ人」を叫び続けてきた。
そして就任後、景気対策法を含め、オバマ政権の政策は、すべて「バイパーティザンシップ」(2党協力)を掲げて行われてきた。
オバマ政権の構成自体、国防長官に共和党ブッシュ政権のゲーツを留任させた異例の措置を取り、商務長官にも共和党のグレッグ上院議員の就任を要請した。とことん「バイパーティザンシップ」を貫こうとした。
だが、このグレッグでさえ、景気対策法案の採決直前、2月12日に法案反対、指名辞退を表明するありさまだ。
民主・共和のバイパーティザンシップは、最大の焦点、景気対策法案で暗礁に乗り上げた。
事態の根底にあるのは、労働者の激しい怒りだ。
首切りしている資本を何で救済するんだ! 長年働いてためた年金を払わないのは、詐欺じゃないか! 「あなたにも低利ローンが組めます」と甘い言葉でだまし、激しいローン取り立てで住宅追い出しをしたのは誰だ! 何で詐欺師どもが破産したら救済するんだ!
「自己責任」を説教してきたやつらが、どのつら下げて救済を受けるんだ!
税金で救済された社長が、億のボーナス取るな!
これらの怒りの声は、生きていけなくなった労働者の叫びだ。しかし同時に、これまで「市場原理」を言い立て、「自己責任」をしたり顔で説教してきた資本家どもが破産し、権威が地に落ち、労働者が解放感あふれた闘いに決起しだしたことの表現でもある。
もしも今、こんな重大な階級闘争の争点で民主・共和が一致して法案を通過させるなら、これまでの二大政党制の「民主vs共和」の構図が消えてしまう。労働者の闘いを民主党支持運動に押し込めてきた2大政党のシステムが吹き飛ばされる。ストレートに「労働者階級と資本家階級の闘い」になってしまう。資本主義が打倒される。彼らは、これに恐怖したのだ。
景気対策法は、個々の議員の利権に対応して条項を作ったから、1071nジにもなった。しかし、それでも盛り込みきれないほど救済要求は多いのだ。
破産に脅える資本家は、自分だけは生き残ろうと必死に蹴落としあう。限られた救済資金の分捕りあいが激化している。これも挙国一致が成立しなかった理由だ。
バイ・アメリカンで団結破壊
もう一つ重大な点は、「バイ・アメリカン(米国製品を買え)」条項が盛り込まれたことだ。露骨な保護主義だ。これは全世界に対抗措置を生み、報復合戦をエスカレートさせる。
保護主義と報復合戦が30年代のブロック化を進め、恐慌をさらに破滅的にしていった歴史は、皆知っている。しかし、知っていても再びその道を行かざるを得ないほど危機は深刻なのだ。
資本家階級は、国家間の対立もさることながら、階級と階級の対立の激化に対して必死に対応しなければならなくなっている。
労働者階級に対する支配の深刻な危機を必死で修復するために、バイ・アメリカン条項で、労働者の闘いを排外主義の方向にそらそうとしているのだ。
オバマと密接に協力しているAFL―CIO(米労働総同盟・産業別組合会議、ナショナルセンター)の扇動は激烈だ。
「バイ・アメリカン反対派は、非米派だ!
プーチン首相とアメリカ商工会議所の共通点は何か?
両者とも、税金の支出を最大限アメリカ製品にあてるようにする景気対策法案の規定に反対している」(2月6日ブログ)
ここで「非米」と言っているのは重大だ。これは40年代〜50年代のレッドパージで使われた言葉だ。当時のCIOは、共産主義者や戦闘的な組合員を追放し、それによってAFLとの合併を実現し、帝国主義労働運動の道を進み、朝鮮戦争に協力していった。
米下院の「非米活動委員会」の赤狩り弾圧は、ローゼンバーグ夫妻をソ連のスパイとして死刑にした事件を機に激しさを増していった。
赤狩りにいかなる態度をとったのかが、各組織、各個人の階級的信頼性を峻別するものとなり、その後の階級闘争における位置を決定した。
映画界の友人の名前を権力に売ったエリア・カザン監督は、半世紀後、1999年のオスカー受賞式場でも激しい抗議の声にさらされた。当時の俳優組合委員長レーガンは、反共政治家に転身して80年代に大統領になり、PATCO(航空管制官労組)破壊を軸にして歴史的な労組破壊攻撃をやった。
他方、屈しなかった軸はILWU(国際港湾倉庫労組)だ。共産党員を組合役職から追放せよというCIOの指令を拒否してCIOから除名されたが、独立組合として闘い抜いた。タフト・ハートレー法の発動(スト禁止、軍の介入など)も、国際連帯をもって突破し、組合の団結を守り抜いた。この試練によって、アメリカで最も民主的な討論が職場で行われる組合、最も戦闘的な組合としての位置を確立していく。
また、戦前からの有名な歌手ピート・シーガーは、すでに共産党のスターリン主義性を批判し、離党していたにもかかわらず、友人の名を売らなかった。しかも、自分の党籍の有無についても、それを権力に語ることそのものが裏切りだとして黙秘を貫いた。黙秘で労働者人民の絶大な信頼を集めた彼は、60年代の公民権運動、ベトナム反戦運動で愛唱されたフォークソングの元祖となっていく。
その後のアメリカで階級的原則として確認されたことは、
「党員か否か、党に賛成か否かにかかわらず、絶対に黙秘せよ」
「その党派の実態で区別するのではなく、『○○党だから排除』などいうレッテル張りは恥ずべき赤狩りだ」
ということだ。
AFL―CIOは、この重大な歴史を背負った言葉、「非米」を掲げ、帝国主義の手先として労働者の闘いを圧殺することを誓ったのだ。
(写真 「アメリカ製を買おう」とバイ・アメリカン条項を推進するUSW=全米鉄鋼労組のホームページ)
□メイドフ事件
08年12月11日、元ナスダック会長、バーナード・メイドフが連邦捜査局に詐欺容疑で逮捕された。
やったことは、ピラミッド・スキーム、日本のネズミ講と同じものだ。顧客から金を集め、次の客の金を使って配当をした。高利回りにつられて、客がねずみ算式に集まってくるうちは配当が可能だったが、リーマンショック以降、客が遠のいたことで破綻した。
詐欺の額は500億j=約4兆5000億円にのぼる。この額は、世界最大級の証券会社、ゴールトマン・サックスの年間売上高(08年)とほぼ同額というから、歴史的に有名な巨額詐欺事件を何桁も超えている。
従来のネズミ講では、狙われたのは個人資産だった。メイドフの顧客は、ほとんどが機関投資家だ。日本でも、野村ホールディングスが275億円、あおぞら銀が124億円、メイドフ・ファンドに投資残高を持っている。日本興亜損害保険や三井住友海上火災保険も持っている。
プロ中のプロが、メイドフに投資している。
こんなことが可能になったのは、全世界の金融のプロが長い間、メイドフ的投資を続けてきて、それが当たり前になってしまったからだ。現在の金融全体がメイドフ化しているのだ。
そもそもサブプライムローンが詐欺そのものではないか。貧しい労働者に、「低金利で貸します」と甘い言葉でローンを組ませ、しばらくすると急激に金利を上げる。
ローン会社は、返済の見込みがほとんどないローン債権を細分化し、組み合わせて証券にしてリスクの程度を隠し、安全な債権であるかのように見せかけて売り払う。証券の買い手も、リスクが高いことを実は知っている。しかし、それが表に現れる前に別の買い手に転売すれば儲かる。こうして世界中の大学などの基金や年金基金などの運用者がこの証券化商品に手を出した。そればかりか、巨大銀行や証券会社、生保・損保まで巨額の投資をした。まさに、ネズミ講と同じ構造のものを、素人ならぬ金融機関がやっていたのだ。
問題はサブプライムローンだけではない。もっと破壊的な投機商品CDS(本誌前号38n)がある。
そして、さらに重大なことは、現代の世界経済の全構造が、最終的返済の不可能性を棚上げし、先延ばしして、雪だるま式に不良債権を膨張させて成り立っていることだ。
すでに40年前、1960年代末には、アメリカの国際収支赤字は、取り戻し不可能なほどに毎年膨れ上がっていた。71年のニクソンショック・金とドルの交換停止は、それを劇的に示した。74〜75年恐慌、75年ランブイエ・サミット以来の歴史は、ドル基軸体制の崩壊の危機をとりつくろうことに必死になってきた歴史といって過言ではない。
特に80年代、アメリカが純債務国に転落してからは、累積債務が雪だるま式に膨れ上がってきた。確かに、当面の元利の支払は出来てきた。だが、新たに借金して、以前の借金の利子を払う――という自転車操業だ。これが最終的に成り立つとは誰も思っていないが、当面はこうするしかないという構造だ。
ドル大崩壊はすぐそこに迫っている。
(図 ピラミッド・スキーム(ネズミ講)。投資者募集は13回目で世界人口を超えてしまう)
□“救済するな! 監獄にぶち込め”
こうした詐欺商法のまん延は、支配階級の労働者支配を根底から揺るがす。
もともと資本主義は、「公正な商品取引」の形式をとることで成り立っている。実際には労働者は搾取されているが、形の上では、「経営者は労働に対する公正な代価を支払っている」ということになっている。この形式があるからこそ、労働者へのイデオロギー支配が成り立っている。労働者を互いに競争させ、分断して支配することも可能になっている。
だが、現在は、詐欺商法が、超長期に渡って、資本主義の中枢中の中枢で行われ、全世界を席巻している。資本主義誕生以来、かつてなかった事態だ。
それが、住宅の強制収用・競売、大量解雇、インフレを生み、労働者が生きていけなくなっている。だから、労働者の怒りが大爆発しているのだ。
昨年9月、巨大金融資本が軒並み破綻し、7000億jの救済策が提案された時、労働者はただちにウォール街デモに立ち、「救済するな! 監獄にぶち込め!」と叫んだ。各地の連銀前でも大量の労働者が決起した。
長い間労働運動を縛ってきた「会社が倒産したら元も子もない」という体制内運動は破綻した。すでに会社どころか、資本主義が終わっている。体制内派を追撃・打倒し、労働者の団結を強化しよう。団結すれば職場も社会も労働者自身で運営できる。
オバマ政権の構成
●顧問
公式の政権人事ではないが、大統領選の時からオバマの政策顧問だったのは、軍事外交ではブレジンスキー、経済ではルービンだ。
◆ズビグネフ・ブレジンスキー
カーター政権時代の国家安全保障担当大統領補佐官(77〜81年)。彼が推進した78年のキャンプデービッド合意は、アラブ最大の国家エジプトにイスラエルを承認させ、国交を樹立させるものだった。
パレスチナ人の虐殺・追放によって成立したイスラエルを承認したことはアラブ国家としては歴史的な裏切りだ。
現在に直接つながるブレジンスキーの決定的な政策は、アフガニスタンへの介入だ。アフガニスタンの親ソ連政権に対立する反政府勢力に莫大な資金・武器援助を与え、79年のソ連のアフガン侵攻後は、さらにそれをエスカレートした。(タ
リバンやアルカイダ、パキスタン軍部の育成など)
中央アジアは、ソ連―ソ連圏、中国―東アジア、パキスタン・インド―南アジア、イラン―中東に接しており、中央アジアを制した国が世界を制する」という「地勢戦略」論に基づいてそこを重視したのだ。
この戦略に基づいて、オバマは、早くからパキスタン爆撃やアフガニスタン増派を主張してきた。
◆ロバート・ルービン
ルービンは、世界一クラスの証券会社(投資銀行)であるゴールドマン・サックスの共同最高執行責任者、共同会長だった。アメリカ金融資本の中枢中の中枢だ。
95〜99年、クリントン政権の財務長官を務め、金融規制緩和を推進した。
これは、アメリカ金融資本の利潤を極限的に高めるとともに、労働者階級をクレジット漬けにして徹底的に搾り取る政策だ。サブプライムローンは、ルービンの在任期間中に急速に拡大した。
98年の統計では、新車販売の10%がサブプライムローンを使用している。
規制緩和の最たるものは、30年代の大恐慌発生を教訓にして出来たグラス・スティーガル法(33年)の証券・銀行の兼業規制条項を99年に廃止したことだ。
銀行は、企業への貸し出し業務を通じて、企業の内部情報を把握する立場にある。だから、銀行が証券売買を仲介することは利害相反だ。また、証券会社が証券仲介業務をしつつ自分でも証券に投資する業務は、利害相反だ。それを承知で規制緩和したのだ。
結果、不正にまみれたアメリカ資本主義の歴史の中でさえ、ありえなかった白昼堂々の超巨大な詐欺商法がまんえんしていった。
◆ラーム・エマニュエル大統領首席補佐官
オバマ・チームの実質上の最高ポストに彼のような最右翼を任命したことに世界から驚きの声があがった。父親はイスラエルの白色テロ組織、「イルグン」のメンバー。イルグンとはパレスチナ人を皆殺しにし、大量の難民を作り出した集団。これが1948年のイスラエル建国=パレスチナ難民問題の原点。本人も89〜91年、難民キャンプでの大虐殺が行われた時期に、イスラエル軍のレバノン侵攻などに参加し、負傷している。
◆クリントン国務長官
ごりごりの親イスラエル派。イラク戦争推進派。エマニュエル任命とともに、オバマの徹底的なイスラエル重視を示している。
◆ゲーツ国防長官(留任)
オバマが戦争を拡大することは、ゲーツ人事を見ても明白だ。前任者ラムズフェルドがイラク戦争を最小限の部隊で戦う方針だったのに対し、ゲーツは兵員を増派する路線をとった。オバマのアフガニスタン大増派路線に共鳴している。
◆ガイトナー財務長官(ニューヨーク連邦準備銀行総裁)、◆オルザク財政局長(クリントン政権時の経済担当者)、◆サマーズ国家経済会議委員長(レーガン政権時の経済スタッフ、クリントン政権時の財務長官)
この3人は、いずれもルービンとつながり、金融規制緩和を推進しきた人物。
■第2章
倒産・解雇に譲歩せず 体制内派打倒する階級的路線
体制内派打倒する階級的路線
全米自動車労組解体策動の失敗
資本主義を前提にする限り、「会社あっての労働者」は、リアリティーがある話だ。実際、倒産の多いアメリカでは、それで失業した労働者の姿を誰もが見ている。
アメリカ製造業のエース、自動車産業を見てみよう。
1970年代末、ビッグ3の一角、クライスラーが事実上倒産し、15億jの債務保証を政府から取り付けてようやく一息つく状態になった。
この時以来、UAW=全米自動車労組は、「雇用を守るためには労働条件引き下げもやむなし」として、組合側から積極的に賃下げ、医療・年金カットなどを提案する路線に転換した。これを「コンセッション」(譲歩交渉)という。
だが、コンセッションは、雇用を守らなかった。
譲歩が年金なら、退職者や年配の労働者と若年者の団結にきしみが生じる。医療、賃金の譲歩等々でも同じだ。コンセッションは、組合の団結を弱める。ストなし団交は戦闘力を低下させた。そして、アウトソーシングや工場移転が強行された。
80年代から雇用は減り続け、21世紀になっても、UAWの組合があるビッグ3職場の非管理職雇用者数は、03年の30万人から08年の15万人に半減している。
UAWの労働者は30年間、「雇用を守る」と称するコンセッションに裏切られ続け、怒りがたまっている。
特に労働者が怒っているのは、倒産で労働者が路頭に迷っても、経営者は個人資産を確保することだ。
オバマは、就任演説で「責任を分かち合おう」「労働者の無私の精神」「奉仕の精神」と強調したが、しらけるばかりだ。9月の7000億jの緊急金融救済法の時も経営者は何億もの高額給与の縮小に抵抗した。ビッグ3のCEO(最高経営責任者)は自家用ジェットでワシントンに乗りつけ、「救済」を要求した。
もともと経営者は倒産が近づけば近づくほど、自分たちのボーナスを増やすものだ。個人資産に転化すれば、合法的に会社資産を倒産=債務整理手続から守れる。ブルジョアジー同士だって、倒産の現場は財産の分捕りあいだ。まして、労資間で協調だの分かち合いだの成立するはずがない。
(写真 デトロイト自動車ショーを弾劾するUAWのランク・アンド・ファイル)
□“非組合賃金を基準に”
さらに労働者が怒ったことは、昨年来の議会でのビッグ3救済案の審議の過程で「トヨタと比べてビッグ3の賃金、医療、年金が高い」「GMの車は、医療費が走っているようなものだ」という大宣伝が行われたことだ。
そして、他方で、一部の体制内「左派」から、「UAW組合員の賃金は決して高くない」という言い訳宣伝が出てきたことだ。
だが、組合があれば、労働条件が良くなるのは当然ではないか。トヨタ労働者との差が問題というなら、トヨタに組合を作って、労働条件を上げるべきなのだ。
GM、クライスラーが12月にも手元資金枯渇で倒産する状態の中で、米議会は、人件費大幅引き下げをしない限り救済資金は出さないと突きつけた。UAW本部ゲテルフィンガー委員長はビッグ3のCEOと並んで記者会見し、労働条件大幅カットをのむと言明した。だが、職場の労働者は、倒産・大量解雇の恫喝に怒りを爆発させている。
職場がなくなる可能性が迫っている中で巨万の労働者が組合本部の譲歩を覆したのは、戦後アメリカ史上初めてだ。“企業が死んでも労働者は生きる”と基幹産業の大量の労働者が闘いに決起し始めた。
資本主義を打倒する力、革命の力がここにある。
支配階級は震え上がった。議会は、人件費削減の期限を09年12月31日まで先延ばしせざるをえなくなった。
SEIUパートナーシップの破産
SEIU(サービス従業員国際労組、170万人)は、日本のさまざまな労働組合の中でも知られている。アメリカでも最も積極的に海外での交流、宣伝活動をしているからだ。米国内でも、大学の労働問題研究への巨額の資金提供や周到なマスコミ対策を始めとして、イメージ戦略、広報活動に力を入れている。
こうしてSEIUが斬新で進歩的な組合であるかのようなイメージが広められた。
だが、実像は逆で、AFL―CIOの帝国主義労働運動の伝統を積極的に守り続けているのだ。1973年チリ、2002年ベネズエラなどでの御用組合育成とクーデター画策を始めとする極反動の伝統だ。
SEIUは、05年にAFL―CIOから分裂して、CTW(勝利のための変革)というナショナルセンターを作ったが、本質は変っていない。
プエルトリコでの教員組合破壊策動
SEIUは、アメリカの植民地プエルトリコの戦闘的なFMPR(プエルトリコ教組)をつぶすために、腐敗したプエルトリコ知事と結託し、まず知事にFMPRの組合承認を取り消させた。FMPRは、圧倒的な組織率で4万も組合員がいるのに、労働組合でないとされたのだ。
そして、校長組合をSEIUに加入させ、第二組合を作った。莫大な金をかけてプエルトリコに多数のオルグを送り込み、教育労働者を切り崩して、第二組合に加入させた。
その上で、プエルトリコの教育労働者を代表する組合を決定する組合承認選挙を行うことを当局との間で決定した。この選挙には、第二組合だけが立候補できる。FMPRは、立候補資格を奪われた。
ラジオ、テレビ、新聞で、SEIUの組合承認選挙の宣伝は、洪水のように流された。SEIUオルグの個別訪問も繰り返された。FMPRにできることは、手作りの宣伝で選挙ボイコットを呼びかけるしかない。
だが、圧倒的な物質力の差を乗り越え、FMPRは、08年10月の選挙で勝利してしまったのだ。
(写真
FMPRの組合大会でスト突入を決議【07年11月11日】。知事は、FMPRを組合として認めないと発表)
西部統一医療労組の乗っ取り
カリフォルニア州の医療・介護労働者を組織するUHW(西部統一医療労組)は、近年のSEIUの支部統合の方針で作られた、組合員数15万の巨大支部である。
SEIUスターン執行部の経営者とのパートナーシップ路線に組合員の怒りが高まっていた。この路線は、戦闘的組合が出来る前にSEIUの組合を作ったほうが得策だと経営者に売り込む路線だ。だから、資本の信頼を得るために、既存の支部の労働協約を支部の頭越しに勝手に本部が締結してしまう。介護労働者が職場の安全問題を提起してはならないなどの条項さえ協約に含まれる。
それで、職場の反乱が起き、SEIU本部の執行委員を兼任していたロゼリUHW委員長がスターン体制を批判し、本部執行委員を辞任した。
ここから本部とUHWの全面激突が始った。
09年1月9日、SEIU本部はUHWの介護部門を切り離し、他の支部(本部派)に併合する通告をし、従わない場合には、トラスティーシップ(本部直轄支配)を行うと発表した。
UHWは、5000人規模の抗議デモを繰り返すとともに、役員全員と各病院の職場代表が署名した拒否声明を発表した。
結局、SEIUは、トラスティーシップを発動し、UHWの全役員の追放、職場委員の総入れ替えに踏みきった。
1月30日、SEIUは、UHWの全役員をオークランドにあるUHW本部のビルを始め、預貯金からインターネットホームページに至るまで、あらゆる資産を没収した。元警察官の警備員を使い、制服警察の警護の下でUHW乗っ取りを行ったのだ。
UHWは、直ちにNUHW(全国医療労組)を立ち上げ、各経営体でのSEIU非承認選挙=NUHW承認選挙の勝利を目指して闘っている。
SEIUスターン執行部は、UHWとの激突に勝利できなかったのだ。権威は失墜し、各地で新たなランク・アンド・ファイルの反乱が生まれている。
CTWとAFL―CIOの再統合
今、SEIUを軸とするCTWは、再びAFL―CIOに合流するための交渉を進めている。これは、05年に行った分裂が、何の正義性もないものだったことを認めたに等しい。ますます体制内指導部の権威が失われている。
被雇用者の自由選択法の運動
そこで体制内指導部が焦点にしようとしているのが、EFCA=被雇用者の自由選択法の制定運動だ。
もともとは、EFCAは、戦闘的な潮流が要求してきた法案だ。組合承認選挙の過程で経営者の激しい弾圧と闘ってきた中で、オルグが持って回るカードにサインする従業員が過半数を超えれば、それだけで組合が承認される方式(カードチェック方式)を法律化したものだ。
ロサンゼルスのホテル労働者の組合UNITE HEREローカル11は、ストライキや座り込み闘争で、非組のホテルに対してカードチェック方式を要求してかちとった。
世界最大の豚屠殺場・食肉加工工場であるスミスフィールド社のタールヒール工場では、解雇や暴行、入管当局による組合設立活動家の強制送還と16年間も闘い続けて、やっと組合設立選挙で勝利できた。昨年12月11日のことだ。
このどちらの組合も早くから切実にEFCAを要求してきた。
だが、今、体制内のしかも右派の勢力がEFCAを正面に掲げて要求している。AFL―CIO本部もSEIUもだ。
今は後景化させたが、オバマも選挙戦の初めの頃は、EFCA制定への協力を約束して、組合のオバマ支援をとりつけた。
これは、何を意味するのか。SEIUのように経営者の利益のために組合を作るのであれば、労働者にとっては、その手続が簡素化されても何の利益もない。
また、UAWの労働条件をトヨタの非組工場を基準に決めるというなら、組合があっても意味がない。
日本では、ストが禁止されていた国鉄労働者が、法律上は、分割・民営化でスト権が与えられた。だが、分割・民営化過程に協力・屈服した労組にとって、スト権を法律で認めても意味がない。JR総連や国労本部が尼崎事故に対して一度でもストが出来たであろうか。彼らは体制内労働運動であったとはいえ、分割・民営化前は、法律に逆らってストをやったこともあった。
職場の団結で闘うのか。それともブルジョア政治家に立法を依頼し、見返りに労働組合の原則を譲るのかが問われているのだ。
EFCAは、労働者の団結でかちとるなら大成果になるだろう。しかし、EFCA立法を期待してオバマ支持を続けるなら、猛毒になる。オバマは、「労働者の無私の精神」を掲げ、とことん労働者に犠牲を強いるのだ。そして、福祉・年金・医療を徹底的にカットし、労働者を生きていけなくし、団結を破壊する。
オバマと正面から闘うこと、そのためにも体制内労働運動と決別し、打倒することが勝利のカギだ。
■第3章
米帝世界支配の戦略的破綻 シオニスト結託体制が弱点に
ガザ虐殺弾劾と体制内派の危機
昨年12月から今年1月にかけて、全世界の労働者が、イスラエルのガザ虐殺弾劾の闘いに決起した。
特に全米で10万人以上が決起したことは、労働者階級の分断を打ち破る画期的な闘いだ。
もともと、シオニズムとイスラエル建国は、帝国主義による中東石油地帯の支配のためであると同時に、帝国主義国内の労働運動、ユダヤ人解放運動を歪曲し、分断するためのものだった。
シオニズムには、世界支配と国内階級支配の両面がある。
「近代シオニズムの父」テオドル・ヘルツルとはどんな人物か。1895年、新聞記者としてウィーンからパリに来たヘルツルは、ユダヤ人将校に対するデッチあげ裁判、ドレフュス事件に対して、ユダヤ人と労働者解放の闘いが一体に進められていることに恐怖した。
「彼らは、社会主義者と社会秩序の破壊者に保護を求めている。彼らは、もはやユダヤ人ではない」(ヘルツル日記全集)
反ユダヤ主義者を市長に
そしてウィーン市長に選出されたカール・リューガーが、あまりに激烈に反ユダヤ主義を扇動したので、さすがにオーストリア政府も新市長の承認を2度にわたって拒否した。ところが、ヘルツルは首相に面会し、「リューガーの市長選出は受け入れるべきだ」と申し入れた(同日記)。
@労働者の自己解放、社会主義への恐怖Aパレスチナ入植・建国運動に有利になるとして、極悪の反ユダヤ主義者に協力――これが、シオニストの原点なのだ。
ナチス政権下では、あらゆるユダヤ人が弾圧されるなかで、唯一シオニズム団体が残され、ナチスとの協力関係を作っていった。シオニストは、ナチスの「ユダヤ人のいない土地づくり」の計画に乗っかり、ドイツとドイツ占領地からのユダヤ人のパレスチナ移住推進を認めさせ、見返りに数百万のユダヤ人同胞を強制収容所、ガス室に送り込んだのだ。
戦後のイスラエルは、この極悪の反動、反革命シオニストを、あたかもナチスのホロコーストと闘ってきた者であるかのように押し出すことによって成立してきた。
そしてイスラエル労働党を始めとするシオニスト主流派は、社会主義インターナショナルの一員として、日本社会党(現社民党)や世界の社民党・社会党・労働党と席を並べ、「革新勢力」顔をしてきたのだ。もちろん世界の社民党などの「社会主義」も体制内のインチキだが、シオニストは、それよりもナチス=国家社会主義労働者党の「社会主義」のデマに近い。
こうしてシオニスト、イスラエルを批判する者を、デマとニセ「糾弾」で圧殺しようとしてきたのだ。
特に、イスラエルを使って中東石油地帯の支配をしてきたアメリカ帝国主義の国内では、シオニスト勢力が徹底的に優遇され、育成された。そして暴力部隊をも使って、反対派を圧殺しようとしてきたのだ。
例えば、ILWUローカル10は、イスラエルの密接な同盟国だった南アフリカのアパルトヘイトに対して貨物船ボイコットなどで闘ったために、シオニスト組織にスパイされてきた。ローカル10とともに闘ってきたスティーブ・ゼルツァー氏は、公然とイスラエルを批判してきたため、脅迫され、自宅まで侵入された。この事件は有名な裁判になり、ゼルツァー氏が勝利している。
体制内派はイスラエルと一体
イスラエルは、アメリカ帝国主義にとって死活的な戦略的位置を持っている。
そして、アメリカ帝国主義の手先である体制内労働運動は、ことイスラエルが問題になった瞬間に、きわめて激烈に反応する。
アメリカのナショナルセンター、AFL―CIOの本部ビルには、イスラエルの元首相、ゴルダ・メイアの像が飾ってある。組合の年金基金はイスラエルの債券に投資している。
また、AFL―CIOは、イスラエルのヒスタドルート(労組連盟)を支持している。ヒスタドルートは、労働組合のナショナルセンターを自称しているが、単なる労働団体ではない。ヒスタドルートは、シオニズム運動の主流派を形成してきたのであり、欧州からの入植者がパレスチナ人の土地を奪った中軸組織だった。ハガナ、イルグンなどの軍事組織、テロ部隊もヒスタドルートを基盤に作られた。
初代首相ベングリオンは、ヒスタドルート総書記だ。ヒスタドルートを基盤にする労働党が長く政権を担い、その下で侵略戦争とアパルトヘイト体制づくりが行われてきたのだ。
大虐殺を引き起こした80年代のイスラエルのレバノン侵略戦争に対して、当時のAFL―CIOカークランド会長は、ニューヨークタイムズなどに意見広告を出した。「AFL―CIOは中立ではない。イスラエル支持だ」
AFL―CIO傘下のAFT(アメリカ教員連盟)本部は、06年の全国大会で、イスラエルのレバノン侵略戦争支持の大会決議を強行した。
イラク反戦運動でも、体制内のUFPJは、ANSWERがパレスチナとの連帯を掲げたことを口実にして、大統一戦線を分裂させた。
だが、この強固に見える親イスラエル体制にこそ、敵の弱点がある。もはやこの不正義性にふたをすることはできない。
去年末から今年初めのガザ大虐殺弾劾闘争の大衆的高揚は、アメリカの階級的労働運動の新たな幕開けを示した。アメリカ帝国主義の世界支配、ペテン的な挙国一致を図ろうとするオバマ、そして体制内労働運動のすべてが、イスラエル・シオニズム抜きにしては成り立たない。ここに決定的弱点がある。階級的労働運動運動派は、ついに革命勝利の戦略的なポイントを握りしめたのだ。
全米10万の決起の最先頭にたったサンフランシスコでは、1万の労働者が、ILWUローカル10のヘイマン執行委員や反戦の母、シンディー・シーハンさん、オークランド教組のマンデル執行委員の演説と心から一体化してシュプレヒコールをあげた。
彼らは一昨年の10月20日に動労千葉とともに反戦労組会議を行った仲間だ。ともに路線を討議し、昨年のイラク反戦29港湾封鎖闘争の歴史的勝利をかちとったのだ。マンデル氏は根津さん、河原井さん処分に反対して日本領事館前で抗議行動をした。
ジャック・ヘイマン発言
「パレスチナ人が難民キャンプにいることを強制されているかぎり、中東に平和はありえない。帰還権を認めるべきだ。パレスチナ人民に自決権を! 根源は、イスラエル国家の創設というテロではないか!(拍手)。『二国家案』は、われわれが闘った南アのアパルトヘイト体制と同じだ」
(ローカル10は、首をかけて南ア・アパルトヘイト体制打倒闘争と連帯してきた。その南アの港湾労働者が今回は、同じアパルトヘイト体制をとるイスラエルの貨物船の荷揚げ拒否闘争に決起し、勝利した)
(写真上 イスラエルのガザ大虐殺弾劾デモ【1月10日 サンフランシスコ】)
(写真下 ボイコットされダーバン港を引き揚げるイスラエルの貨物を積んだ船)
ボブ・マンデル発言
「OEA執行委員会で『米政府が強力に支持して行われている住民の意識的な標的化を弾劾する。帰還権を支持する』との決議をあげた」
パレスチナ人民も国際プロレタリアートも二国家案などでは団結できない。それは仲間を売り渡す方針だからだ。
サンフランシスコの集会は、イスラエルの建国そのものが大犯罪だったことを訴え、建国によって虐殺・追放されたパレスチナ人の帰還権を要求している。シオニストとの妥協ではなく、イスラエルとアメリカ帝国主義を打倒する革命でこれを達成しようという要求だ。
動労千葉労働運動、階級的労働運動の国際連帯こそが、この労働者階級の真の団結――革命の展望を切り開いている。
職場の闘い・団結は直接に世界とつながっている。世界革命に勝利しよう。
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月刊『国際労働運動』(392号4-1)(2009/04/01)
■翻訳資料
予算削減・民営化の攻撃と闘う米教育労働者
丹沢 望 訳
【解説】
アメリカでの教育の民営化と予算削減の現実と、アメリカの教育労働者の闘いについての二つの資料を翻訳した。
現在のオバマ政権の教育省長官は、シカゴで教育民営化を強行したアーン・ダンカンだ。彼が教育省長官に任命されたということは、オバマ政権がシカゴで強行された教育民営化の全国的実施を目指していることを意味する。
教育の民営化とは、資本による教育の営利事業化であるが、そのためには労働組合の全面的解体を不可欠とする。実際、シカゴでは資料でも明らかなような、貧困層の子どもたちを学校から追放するとともに、労働組合は激しい攻撃を受けてつぶされている。
教育予算の削減も、教育の民営化のための準備の一環として行われている。
これに対して労働組合の既成指導部はまったく闘う姿勢を示していない。
したがって教育民営化や予算削減との闘いはこれらの既成指導部の制動を許さず、ランク&ファイルの教育労働者を軸に、地域における生徒、保護者、支援の労働者たちの闘いとして実現されている。
日本でもこのような教育の民営化攻撃がこれから激しく開始される。アメリカの教育労働者の闘いを教訓化し、道州制を主軸とする民営化攻撃との闘いに勝利しよう。
予算削減に抗議するロサンゼルスの教育労働者 ダン・コーンウエイ、キム・サイトウ
08年12月15日 ワールド・ソーシアリスト・ウェブサイト
先週水曜日(12月10日)、アメリカで2番目に大きな学区であるロサンゼルス統一学区(LAUSD)の予算削減に反対して、何百人もの教育労働者が抗議行動を行った。彼らは迫りくる医療手当削減や、提案されている学級あたりの生徒数の平均5人程度の増大、そしてなによりも3年間の賃上げ凍結に抗議した。
(中略)
予算書の提出期限は、10月に公式に発表された。この時に、LAUSDの最高責任者で元海軍中将であったデイビッド・ブリューワーは、学区の全被雇用者に対して、予算均衡のためにどの教育計画を廃止するかを決定する緊急計画と予算書の提出期限を知らせる通知を送りつけた。
先週水曜日の抗議行動は、この予算削減に反対して2カ月以上にもわたってロサンゼルス地域全域で行われた抗議行動の頂点をなすものであった。学区当局の提案は、州のすべてのK―12学校【小学校から高校までの課程を実施する学校の総称】の支出の25億j削減に対応するものであったが、そのうちLAUSDのみで2億5000万jが削減される。
ワールド・ソーシアリスト・ウェブサイト(WSWS)のレポーターは、カーソン市とノース・ハリウッド市にあるLAUSDの地区事務所の前で行われた抗議行動を取材し、両地区の教育労働者や支援者たちと話をした。
カーソン市では、第4学年と第5学年混合クラスで教えるマリア・スミスは、「医療手当は私にとっては一番重要な問題です。私の家族には子どもが二人います。一人は5歳でもう一人は2歳です。予算削減は私から略奪するだけではありません。私の家族からも、一生の大部分を働いてきた人々からも略奪するのです」と語った。
彼女はまた、「彼らは私たちの教育予算も凍結しました。でも私たちはそれでも働いています。対決しなければならない時がきたんですよ。私は政治的な人間じゃないですけれど、自分が信じるもののために立ち上がって闘わなければならないんです」と語っている。
第4学年で教え、13年の教師歴を持つジェニファー・オルブライトは、「州政府は4・5%のCOLA【インフレ調整手当】を各学区に渡しました。しかし私たちはそれを一度も受け取っていません。教育委員会がそれを確保しているのです。私にとってはこれは大変なことです。手当削減は突然行われて、事前に何の話もありませんでした」と述べている。
彼女はまた、「こういうことはここだけで起きていることではありません。どこででも起きているのです。すべての教育労働者たちが、全州でストライキに立つべきです。ストライキが全国で行われたら、それはすばらしいことだわ」と述べて、この抗議行動がロサンゼルス内外の教育労働者たちの広範な支持を獲得することを期待している。
さらに彼女は発足したオバマ政権に対して大きな不満を表明した。「オバマには失望させられました。私は彼がワシントン市の学区長を教育省長官に任命するかどうか関心をもっています。この学区長についてはタイム誌に記事がありました。彼女は教育労働者の給料をテストでの生徒たちの成績にあわせて決めることを望んでいますが、それは教師たちに対するものすごい攻撃なんです」
ディー・バークはカーソン通り小学校で特殊教育を受け持ち、33年間教師をしている。彼女は、「これはわれわれの医療手当というわずかな給付に関する問題であり、あらゆる浪費をなくすという問題です。学区当局はカイザー(カリフォルニア州の大きな医療保険会社)だけに、みんなを入れようとしています。学区当局はまた二層の医療保険制度を望んでおり、そうなると若い教師たちは手当を全額受け取れなくなるでしょう」と述べている。
彼女は、教師たちが直面しているいくつかの問題を非難しながら、次のことを指摘した。「特殊教育予算は凍結されました。私たちは個々の生徒たちに必要なあらゆる物を購入するために年間500〜600jの予算を得ていました。今年は198jになりました。そうですよ、私たちは差額を補うために自分のポケットマネーを出さなければならないのです」
ノース・ハリウッド市では、多数の生徒たちが教師たちを支援するためにやってきた。ノース・ハリウッド高校の3年生のリャンは、教育予算削減が生徒たちに与えるだろう影響について語った。「僕たちは先生たちを支援するためにここに来ました。このでたらめな予算大削減が生徒たちにも被害を与えるだろうって感じているからです。当局側は先生たちの首を切ろうとしていますが、それはまったくフェアじゃないですよ。僕らがここにやって来て、この問題について宣伝することで、何が起きているのか多くの人たちが気がつくことを期待しています」
WSWSのレポーターは、カリフォルニア州ハンチントンパーク市のパシフィック・ブールバード高校で第5学年の教師をしているリックとも話をした。この高校はLAUSDの中にある。彼は、学区内で蔓延する浪費や管理不行き届きに不満を表明した。またこの抗議行動を組織した教員組合であるロサンゼルス統一教組(UTLA)の視野の狭さに対しても不満に思っていると述べた。
「対処しなければならない浪費の一例をあげるなら、数カ月前に、LAUSDの給与支払コンピュータシステムが崩壊し、何カ月間か多くの教師の給料が削減されたり、まったく支払われなくなった。その際、学区はあるコンサルタント会社を再度雇い入れたが、この会社はたちまち問題を起こし、学区は彼らに何百万jも余計に渡すはめになった」
「UTLAの行動に関しては、私は最近ウエルストーン研究所(ミネソタ州選出の民主党上院議員にちなんで命名され、UTLAがスポンサーになっている研究所)によって行われた政治活動ワークショップに参加した。このイベントは、11月の選挙に先立って行われたが、そこでわれわれに与えられた課題の一つは、30秒間のオバマ宣伝ビデオを作ることだった。私は多くの時間を無駄にしたと感じた。このようなイベントは、組合官僚がいかにして組合員に自分たちのビジネスユニオニズムのための課題を押し付けるかを示している。彼らは実にさまざまな形で民主党と結びついているが、私はそれにはうんざりしている」
UTLAの最新の会報11月号は、オバマの選挙運動を賞賛するために数ページを使っている。例えば、UTLAの副委員長のジョシュア・ペシ
ュトハルトが書いたコラムは、オバマ政権がイラクとアフガニスタンからすぐに軍隊を撤退させ、米軍事予算を半分に削減させるかも知れないというとんでもない期待を表明している。この35nの会報は、ウオール街に対する数兆jの支援策についてはまったく言及していないし、201
0年の7月までに4180億jに増大すると推定されているカリフォルニア州の財政赤字についてはわずかに2センテンスしかのせていない。
(写真 教育労働者の解雇に反対し、1万5000人がデモ【1月29日 ロサンゼルス】)
民営化と闘うシカゴの教育労働者 『レーバー・ノーツ』2月号 ジャクソン・ポッター
CPS(シカゴ学区)のCEO(注)がアメリカの学校行政を運営するためにワシントンに向かうことになり、新たに形成されたシカゴの教育労働者の改革部会は彼が去ったことを歓迎している。しかし彼らの組合が混乱の渦中にあり、市の行政指導者たちが学校の民営化に猪突猛進しているなかで、教師たちは何をなすべきであろうか?
この間隙を埋めるために、この夏、教育労働者のランク&ファイル部会が形成された。リチャード・ダーレー市長の民営化政策に対して何の対策も持たない組合指導部に不満を持ったCORE(ランク&ファイルの教師グループ)と地域の協力者たちは、1月10日に市の教育計画に関する公聴会を呼びかけた。この公聴会には500人以上の生徒、両親、地域の人々、そして81の学校を代表する教師たちが参加した。
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(注) アメリカの「学区」とは、通常、一般行政から一応独立して運営される教育行政機関を指す。しかし、シカゴの場合は、現市政の教育構造改革によって、一般行政と同様に市長の直轄下に置かれている。学区のトップの職名も教育長から「CEO=最高経営責任者」に変更された。トップの職名を営利企業と同一名称にして、学校行政を「行政」から「経営」に変えることを宣言するものだ。
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集会組織者たちは教育委員会による20の学校の閉鎖と12の学校の「方向転換」(校内の全教師の全員解雇と新たなスタッフの再雇用を伴う学校民営化の婉曲的な表現)を阻止しようとした。
「ルネッサンス2010」として売り出し中の計画の下で、閉鎖を予定されている諸学区の一つは、おそらくリリー・ゴンザレスの家族が三世代にわたって通学していた小学校であろう。
「この学校は閉鎖されるべきではありません」「かつては一学級40人の生徒がいたものですが、いまでは20人になり、行政側はそれを閉鎖したいと望んでいます」と彼女は言っている。
シカゴ市の学校閉鎖政策は、公営住宅が破壊されるに伴って人口が減少し、住民たちが居住証明をしてくれる地主を見つけられる所ならどこにでも移住しなければならないように強いられている近隣の貧困地域をターゲットとしている。
この部会は、教育委員会が学校閉鎖と「方向転換」、そして近隣の学校のクラスの生徒数の削減をいったん中断することを要求している。
彼らは、学校に資金や人材を配分する際に、両親や地域社会のリーダーや教師に対し権限を与えることを目指して作られた選挙制の委員会である地域学校評議会を強化することを望んでいる。
1995年に市長が学校を管理するようになって以来、この評議会の学校予算や教員雇用に関する権限は剥奪されてきた。
第1節 ダンカン氏がワシントンへ
現在、教育省長官のアーン・ダンカンは、ボロボロになったシカゴを去った。2001年に学校のCEOに任命されて以来、彼はこの地域のほとんど70校近くを閉鎖して、シカゴの歴史上最大の公立学校破壊を主導した。
COREのメンバーで教師であるジェス・シャーキーは、ダンカンのルネッサンス2010が、有色人種の低所得家庭の子どもたちのための学校が荒廃していく一方で、より裕福な家庭の「模範的な」生徒のために質の高い選抜入学制の学校やチャータースクールを維持するという、シカゴの独特の二層システムをさらにひどいものにしたと言っている。
ダンカンは閉鎖された学校を、組合のないチャータースクールにしたり、低収入家庭の生徒や「障害」のある生徒を排除し、生徒が受け入れるならば水準以下のサービスを提供する学校業務請負会社に運営させた。
この学区の主軸をなすチャータースクールのうちの一つであるUrban Prep校では、全学生のわずか14%が周辺のエンゲルウッド地域出身の生徒だ。チャータースクールは、処罰歴を持つ生徒や英語を母語としない生徒、両親が地域社会で活動的でない生徒を排除しているのだ。
2007年のパースペクティブ・チャータースクールにおけるタイロン・ジョーンズの成績問題をめぐる闘いは、学校側にとって彼を追放するに十分な理由であった。パースペクティブ・チャータースクールは、学期が始まる直前に、二つの科目で2・0点の平均点を維持できなかった生徒を退学させることを管理者に許可する規則を作っていた。
ジョーンズの母親のラ・タニヤは、息子の運命をチャータースクールにおける不透明な基準のせいだとした。それは、成績が悪いという理由で子どもたちを見放すことを認めるものだ。
組合問題
シカゴの学区は、ますます民間契約者によって運営されるようになっている。3万1000人の組合員を擁するシカゴ教員組合は(CTU AFTの支部)、その勢力を6000人も急減させた。
CTUの指導部は、閉鎖された学校の教師たちに対して、当初は単に新たな仕事を探すようにアドバイスしていた。閉鎖数が増大するにつれて、CTUは地域社会との連携を追求した。だがランク&ファイルの圧力が増大するにつれて、こうしたキャンペーンは控えめになっていった。CTUの役員たちは再選を狙っており、この勢いに乗っかろうとしていたのだ。
法廷闘争と財政不正の疑惑は組合に打撃を与え、組合委員長のマリリン・スチュワートは副委員長のテッド・ダラスを辞任させようとしている。CTU本部は、全員一致で組合費でフィレステーキを食べたなどの記録がいくつもあるダラスの財政関係の記録を公表したが、他の役員の記録の公表は拒否した。
CTUは、200億jの赤字を清算するためにその財政規模を縮小することを強いられている。組合の金庫はわずか5年前には500億jの黒字があったのにだ。
COREは、夏の間CTU本部で、「詐欺はやめろ 帳簿を公開しろ」と組合に求める抗議行動を組織するのを支援した。彼らは透明性と、組合員が運営する組合を求めたのである。
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月刊『国際労働運動』(392号5-1)(2009/04/01)
■討議資料
パレスチナ問題の歴史(下)
占領地での新たな抵抗闘争
第1次インティファーダ
PLO指導部は、第5次中東戦争以後、アメリカとイスラエルの侵略戦争と弾圧、「和平」策動とイスラエル国家承認の強制の前に、武装闘争を放棄し、屈服の道に転落していった。こうした80年代の混迷から脱却する転換点となったのがインティファーダ(民衆蜂起)だった。
インティファーダは、87年12月8日、イスラエルへの出稼ぎからガザに帰ってきたパレスチナ人労働者の車にイスラエル軍車両が追突、4人のパレスチナ人が死亡した事件を契機に始まり、数日のうちにガザと西岸全域でイスラエル軍とパレスチナ人の激突が拡大した。
インティファーダが開始された直後、ファタハ・PFLP(パレスチナ解放人民戦線)・DFLP(パレスチナ解放人民民主戦線)・イスラム聖戦などが「蜂起統一民族指導部」を形成した。
この指導部は全人民的武装抵抗闘争を組織すると同時に、そのもとにコミューン的自治機構を確立し、対イスラエル抵抗闘争を発展させた。将来のパレスチナ国家樹立に向けた全人民的基盤の確立を追求していた。
第1次インティファーダは、116人の死者と数万人の負傷者、12万人の投獄をはねのける大闘争として闘いぬかれた。
イスラム政治勢力の登場
第1次インティファーダで注目すべき点は、イスラム聖戦やハマス(イスラム抵抗運動)というイスラム政治勢力のパレスチナ解放闘争の参加の始まりと急速な勢力拡大である。
イスラム聖戦は、当初ラジカルな宗教勢力であったムスリム同胞団が、70年代に武装闘争を放棄したことから、これと分離する形で80年代初頭に結成された。
ハマスは、第1次インティファーダ直後にムスリム同砲団から分離して結成された。その綱領は、パレスチナ領土の放棄の拒否、平和的解決の拒否、シオニズムの抹殺、イスラム国家の建設である。
イスラム政治勢力の急成長の理由は、パレスチナ人民が、既成のパレスチナ解放運動の混迷や腐敗に失望し、パレスチナ解放運動に対するスターリン主義の一貫した裏切りに絶望を深めていたこと、民族主義やスターリン主義やPLOに代わる革命的共産主義の前衛指導部が未形成であったことだ。
こうした条件の中で、イスラムにアインデンティティを求め、イスラムの原理に基づく共同体的絆を基礎に、民族的な自覚と誇りを復権するハマスとイスラム聖戦は、パレスチナ民族解放闘争の重要な指導勢力に成長した。
(図 ヨルダン川西岸【上】とガザ【下】〔塗り部分はユダヤ人入植地〕)
入植地建設とパレスチナ社会の変貌
インティファーダの爆発の背景には、67年の中東戦争以降のパレスチナ(西岸とガザ地区)占領統治のもとでの急激な社会的変化があった。
イスラエル占領軍による西岸とガザ地区における入植地建設政策が急進展し、土地略奪が激化した。入植地によって西岸は完全な虫食い状態になった。その結果、パレスチナ農業の崩壊と都市労働者の急増がもたらされた。
パレスチナ農業は衰退し、69年に西岸の農業労働者は全人口の45%を占めていたが、84年には19%に減少した。
他方、イスラエルは第3次中東戦争以降、自国の労働力市場にパレスチナ人労働者を大量に導入する政策に転換した。80年代からパレスチナの総労働人口の40%がイスラエル労働市場に吸収されていった。都市に居住する大量のパレスチナ人プロレタリアートの形成がインティファーダ爆発の背景にあった。
インティファーダで難民キャンプや地方都市でイスラエルと闘い、その中で育ってきた世代が新たな指導層として形成された。この世代をイスラム聖戦やハマスが獲得し、新たなパレスチナ解放闘争の担い手となっていった。
91年湾岸戦争とPLO
91年1月17日に始まった米帝のイラク・中東侵略戦争(湾岸戦争)は、イラン・イラク戦争で強大化したイラク軍事力の無力化を通して、米帝の中東支配を強化するためのものだった。イラクは、イスラエルに対してスカッドミサイル攻撃を加えた。PLOが親イラク的立場をとったとして、米帝はアラブ諸国に圧力を加え、PLOへの経済援助を停止させた。その結果、湾岸諸国から100万人のパレスチナ人労働者が追放された。また、インティファーダに対する報復措置として行われたイスラエルによる占領地の封鎖もパレスチナ経済に重大な打撃を与えた。
オスロ合意のペテン
アメリカは、PLOを追い詰めたうえで、クリントン大統領の主導で93年9月、アラファトとイスラエル首相のラビンとの間で「暫定自治取り決めに関する原則宣言」(オスロ合意)を調印させた。オスロ合意は、インティファーダの爆発によってイスラエルの占領統治が崩壊を開始したことに対する大反動だった。 オスロ合意は、交渉スケジュール、交渉項目を列挙したにすぎず、パレスチナ国家の樹立についてなんの確約もされていなかった。
その後、94年5月のガザ・エリコ先行自治実施協定で5年間の暫定自治が開始され、95年9月の暫定自治拡大合意(オスロ合意U)と97年1月のヘブロン合意、98年10月ワイ・リバー合意で西岸地区での自治拡大が約束された。
しかし、エルサレムの管理権問題やパレスチナ難民の帰還問題などの最重要な問題は最終地位交渉であつかうとして先送りされた。また入植地建設問題についてもイスラエルになんの制限も加えられなかった。
「建設される」とされた「パレスチナ国家」もパレスチナ全域=歴史的パレスチナのわずか9・6%にすぎず、それも当時161カ所あったユダヤ人入植地とそれをつなぐ軍用道路によってズタズタに寸断されたものでしかなかった。
以上のオスロ合意で設立されたパレスチナ自治政府の最高責任者アラファトは、パレスチナ解放闘争への弾圧者として立ち現れた。
合意の隠された目的
オスロ合意の隠された目的は、「和平成立と中東地域の安定」によってイスラエルの国際的承認を得ること、さらにイスラエルの経済危機を乗り切ることだった。
アラファトを取り込んでパレスチナ解放闘争を解体し、アラブ諸国との孤立した関係を修復して、イスラエル経済を中東経済の基軸にして再建を図るというものだった。
第2次インティファーダ
94年2月に、西岸ヘブロンで極右ユダヤ人によるパレスチナ人39人の射殺事件(ヘブロン事件)が起き、95年11月にはイスラエルのラビン首相が極右ユダヤ人に暗殺された。96年5月、極右リクード党のネタニヤフが首相に選出され、そのもとで97年2月に入植地の一挙的拡大と占領地併合政策が全面展開されだすと、オスロ合意に対する幻想は消滅し、第2次インティファーダ(97〜98年)が爆発した。
街頭は再び、石を持った若者たちによって埋めつくされ、イスラム聖戦やハマスの自爆戦闘とも相まってネタニヤフ政権をゆるがした。「和平策動」は暗礁にのりあげ、99年5月、5年間の暫定自治期限切れを迎えた。
極右シャロン政権の登場
アメリカは、ネタニヤフを見限り労働党バラクへの政権交代を促し、オスロ合意の継続、新たな「和平」策動を追求した。
イスラエルは、イスラエル国家存立のためには、最終地位交渉であつかわれる難民帰還問題、入植地問題、エルサレム問題などでいっさいの交渉の余地がないことを改めて確認した。
こうしてイスラエルは、01年2月、極右リクード党の超強硬派であるシャロンを首相に選出した。シャロンは、「古代ユダヤ国家の領土の回復」をめざしてパレスチナ全土をイスラエルの領土とする大イスラエル主義を掲げて、いっさいの譲歩を拒否してパレスチナ人民を追放・抹殺する政策に転換した。
第3次インティファーダ
第3次インティファーダは、シャロン(当時外相)が00年9月にエルサレム・イスラム教聖地(アル・アクサ・モスク)を挑発的に訪問したことを契機として始まった。
それは第1次・第2次インティファーダと異なり、街頭でのイスラエル軍との全人民的激突の闘いと、ファタハや武装民兵組織タンジームの武装闘争、PFLPなどの諸党派の武装闘争、ハマスやイスラム聖戦などの爆弾戦闘が一体となった民族解放・革命戦争だった。
当初はデモ隊の武装自衛から始まった戦闘は、しだいに入植地やイスラエル軍基地への銃や迫撃砲を使った戦闘や爆弾闘争へ進んで行った。
これに対してシャロンは、自治政府や武装組織の指導者の暗殺、自治区への武装ヘリのミサイル攻撃、空爆、戦車の砲撃、ブルドーザーやダイナマイトによる住宅破壊などの全面戦争に打って出た。
だがパレスチナ人民は、アラファトが01年6月に「停戦順守、武装闘争終結」声明を出し弾圧を開始したにもかかわらず闘いを激化させた。
ブッシュの世界戦争戦略との闘い
転機となった9・11
2001年9月11日、巨大な反米ゲリラ戦争が米帝中枢に対してたたきつけられた。
9・11は、アメリカをはじめとする帝国主義が中東・アラブやアジア・アフリカ・中南米などの被抑圧人民に対して加えてきた言語に絶する抑圧の苦しみ、それに対する被抑圧民族人民の怒りの深さを衝撃的に突きつけた。パレスチナ人民は歓呼の声をもってこの戦闘を讃えた。
ブッシュは9・11に対して「テロ絶滅」「反テロ戦争」を叫んで01年10月7日、アフガニスタン侵略戦争、03年3月20日、イラク侵略戦争に突入した。
イスラエルの激甚な反応
9・11に激甚に反応したイスラエルは、ブッシュの「反テロ戦争」に反応した。
シャロンは「イスラエルはイスラムテロと戦う大規模な戦争に協力する」と宣言し、西岸自治区のジェニン・エリコ・カルキリア・ラマラとガザ地区にイスラエル軍を大規模に侵攻させた。これは自治区の再占領であり、オスロ合意を完全に清算してパレスチナ全土のイスラエル領土化を強行するものであった。
これに対してPLOの軍事組織、PFLP・ハマス・イスラム聖戦は共同して反撃した。他方、アラファトは、イスラエルへの屈服を深め、その先兵となってハマスを弾圧したり、学生デモを鎮圧したりした。アラファトの権威は完全に地に落ちた。
シャロンの虐殺戦争は02年に入ってさらにエスカレートした。3月のラマラのアラファト議長府への攻撃、3月末の西岸への大侵攻作戦と虐殺、とりわけジェニンでは「ジェニンの虐殺」が起きた。500人以上が虐殺され、1万5000人の難民キャンプが破壊の限りをつくされた。
「ロードマップ」の策動
アメリカとイスラエルは、ジェニンの虐殺をもって大規模侵攻作戦を中断し、アメリカ・ロシア・EU・国連の4者による「和平」案である「ロードマップ」(03年)によるパレスチナ解放闘争解体の策動を開始した。
ロードマップは、オスロ合意に代わる新たな「和平」交渉の枠組みとして提示された。その内容は、「暴力の即時停止」とイスラエル軍の占領地からの撤退、パレスチナ国家の樹立、最終的地位協定の凍結とイスラエルとアラブ諸国の関係正常化を段階的に追求するというものだった。
これはパレスチナ解放闘争の放棄、パレスチナ側の指導体制をイスラエルとアメリカに協力的なものに作り替えることを意図したものだった。ところが自治政府はこれを受け入れ、自治政府の権力をアラファトからアッバスに委譲した。
イスラエルの凶暴な攻撃
アッバスを裏切り者に仕立て上げたイスラエルは、ガザへの攻撃と西岸地区の分離壁建設による併合政策を強行した。
03年10月から04年前半にかけて、ガザに対するジェニン型大侵攻作戦を開始した。ガザは、ハマスやイスラム聖戦などイスラム勢力の拠点であり、01年・02年のイスラエル軍の侵攻作戦で損害を受けておらず、軍事力は温存されていた。しかも難民90万人を含む130万人が密集して居住し、武装解放闘争の多くの戦士を輩出していた。
イスラエルは、この武装解放勢力をせん滅すること、さらにインフラや地場産業や農業を破壊しつくそうとした。とくにエジプトと国境を接するラファ難民キャンプでは、この大侵攻で多数の武装解放戦士と住民が虐殺され、数百軒の家屋がブルドーザーで破壊された。
ガザ「撤退」のペテン
イスラエルはこの大侵攻作戦によってガザ地区を徹底破壊したうえで、04年4月、ガザの21カ所のユダヤ人入植地の撤去とガザからの「撤退」を発表した。
だが05年8月の撤退過程で明らかになったことは、イスラエル軍はガザとエジプトの境界地域、ガザとイスラエルの境界地域に駐留し、撤退していないということだ。水道、電気、ガスなどのインフラもイスラエル管理になっており、さらに日常的にガザに侵攻し脅迫を繰り返している。
ガザ「撤退」計画は、西岸の併合政策と一体である。
シャロンは、ガザ「撤退」と引き換えに西岸の入植地の維持・拡大と分離壁の延長によるパレスチナ人の現住する居住地の略奪をアメリカに承認させた。「撤退」のみせかけの下で、パレスチナ全土の併合をもくろむものだった。
分離壁による西岸併合策
西岸では分離壁によるパレスチナ領の併合政策が強引に進められた。分離壁はイスラエルでは「安全保障のためのフェンス」と呼ばれ、「テロ防止」の「自衛のためのもの」と打ち出されている。
だが分離壁は治安上の観点からというより、パレスチナ領の併合のためのものだ。パレスチナ人居住地域を壁で分離・隔離し、ゲットー化し、「ミニ国家」を強制する。他方では入植地を壁で分離してイスラエルに併合しようとしている。
最後に、全世界の労働者階級人民が、帝国主義諸国における帝国主義打倒のプロレタリア革命と植民地諸国における民族解放闘争(民族解放・革命戦争)の結合という世界革命の核心課題の実現に向かっていることを確認している。
06年9月に発行された『パレスチナの怒り』は、06年7月のイスラエルによるレバノン侵攻で終わっている。それ以後について、近くパレスチナ特集で伝える予定です。
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月刊『国際労働運動』(392号6-1)(2009/04/01)
■フォト・ニュース
1月29日、アメリカのロサンゼルスでの学校リストラと2300人の解雇攻撃に対し、教育労働者は1万5000人のデモをたたきつけた(写真上)。UTLA(ロサンゼルス統一教組)の呼びかけで、他の労組や生徒、保護者も多数このデモに参加した。この攻撃はカリフォルニア州のシュワルツェネッガー知事が州の教育予算を削減したために、教育労働者たちにかけられた攻撃だ。教育労働者たちは、政府が大資本や銀行を救済しようと巨額の資金を供与する一方で、教育予算が削減されようとしていることに激しい怒りを爆発させた。
UTLAのこの日の大デモと、アチーブメントテストのボイコット闘争(写真下)、スト権確立のための投票(3月20日〜25日)実施などの実力闘争によって、UTLAは2月中旬までに解雇撤回をかちとるとともに、医療手当の削減も阻止する重要な勝利をかちとった。
SEIU(サービス従業員国際労働組合)の委員長のアンディー・スターンが、傘下の西部統一医療労働組合(UHW 組合員15万人)に対して緊急の直轄管理攻撃を仕掛けたのに対し、UHWのランク・アンド・ファイルは激しい抵抗闘争を展開している。組合の資産は差し押さえられ、組合執行部は解散された。組合の役員も組合員名簿から削除され、本部から役員が派遣されることになった。スターンは、UHWのランク・アンド・ファイルを基礎にした闘いが、SEIUの体制内労働運動の枠を突破して発展していることに恐怖し、UHWを分割し、直轄管理という強行手段に訴えたのだ。
これに対し、組合員たちはただちにオークランドの組合本部に抗議デモを行った(写真上)。UHWの指導部は本部と対抗して独立組合(全国医療労働組合 NUHW)を結成し(写真下)、本部と対抗している。資本に屈服し、協調しているスターンの推進する直轄統治は、労働者の労働条件を悪化させることが明白であるからだ。
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月刊『国際労働運動』(392号7-1)(2009/04/01)
■世界経済の焦点 オバマの景気対策
経済効果薄く財政赤字が破滅的に膨張
1月20日に発足したオバマ政権の経済政策=恐慌対策は、景気対策と金融システム安定化策の二本柱で成り立っている。
オバマは、1月8日、アメリカ経済再建の目玉として、約7750億j規模の景気対策法案を発表した。下院と上院でそれぞれの景気対策法案が可決された上で、2月11日には法案が一本化され、結局7890億j(約71兆円)の景気対策法となった。
法案の基本骨格は1月8日発表の案とその民主党修正案にある。したがって、この案を元に検討していきたい。
景気対策法の早期成立を絶叫
法案内容に入る前に、印象的なのは、オバマの早期成立の絶叫だ。「速くやらないと大惨事になる」「500万人が失業する」と。そして、「75%(約55兆円)は1年半で執行」(オルザク米行政管理局予算局長)と即効性をも強調している。
08年の米国の雇用者数の減少は258万人に上り、12月の失業率7・2%と発表したばかりだが、今年1月の失業率は7・6%と跳ね上がっている。昨秋以来、毎月50〜60万人が職を失っている。144億jの政府支援をうけたGMは、12月にまとめた09年新車市場の予測1200万台を、わずか1カ月で105
0万台に引き下げた。民間予測では950万台という推計もある(00年の新車市場は1740万台もあった)。
オバマはとにかくなにかやらないと崩壊する危機感に駆られ、誇大宣伝を含め、“すごいことがやれるんだ”と打ち出そうと必死になった。
(表 下院民主党の景気対策案【2009年1月15日公表】総額8250億ドル【2年間】)
資本家救済と階級戦争
この景気対策法は、財政出動が5000億j弱、減税が3000億jの規模。財政出動では、インフラ整備などの需要刺激策と環境・医療・情報などへの長期的な投資をセットしたものになっている。
ところで、マスコミなどでさかんに言われている「グリーン・ニューデール」について、オバマ自身は何も言っていない。日本のマスコミが、さもさも「環境ニューディールでいいもの」と持ち上げているだけである。下院民主党案をみると、「省エネや再生可能エネルギーへの投資320億j」がそれにあたるが、全体の3・8%の3兆円弱でほとんど問題外だ。
この景気対策は目標として350万人の雇用創出をうちだしているが、政府として直接に雇用を拡大し保証するような公共投資は基本的にない。「道路・橋などのインフラ整備」も民間に発注されるものだから、即、雇用増には結びつくとは限らない。
1930年代のニューディ
ール政策には、例えば政府のWPA(就業促進庁)の「雇用保障計画」による雇用数は月平均で234万人もあり、当時の自動車・鉄鋼・石炭産業の合計雇用数よりも大きかった(小松総『ニューディールの経済体制』)。そうした政府が直接に雇用を保証する事業はまったくない。むしろ「雇用を増やした企業に減税」という項目が入っているように、景気対策はすべて資本の救済に充てられている。
70年代に国家独占資本主義政策が大破産し、以来30年にわたる新自由主義というあり方が、アメリカ社会と世界を根本的に変え、結局は世界金融大恐慌に行き着いてしまった。しかし新自由主義が破産したからといって国独資政策、新たなニューディール政策に戻れるわけがない。破綻した新自由主義にすがるしかない。実際、オバマの経済ブレーンはマネタリストや新自由主義者たちで構成されている。こうしたなかで結局は混沌とした状況に陥っていくしかない。
オバマ景気対策には、その発表直後から、ブルジョアジーの中からさえ、その実効性に疑問が多々出されている。ゴールドマン・サックスによれば、この景気対策では、09年度の経済成長押し上げは1・8%にとどまると予想。「むしろ個人が消費を抑えて貯蓄を増やすことで需要が減退し、そのマイナス効果が景気対策を上回る」と言う。需要減退の穴埋めに必要な金額は5年で2兆j、今後2年間で1兆2000億jが必要と推定している。オバマの景気対策など、“焼け石に水”でしかない。
オバマは就任演説で、「一つのアメリカ」の団結を訴え、「責任の時代」を強調した。「現状維持、狭い権益の保護、不快な決断を先送りする時代は過ぎ去った」と言うが、労働組合の権益をぶち壊すということだ。また、「友人が職を失うくらいなら自分の労働時間を短縮する無私の心」とワークシェアリングも公言している。労働者階級への全面的な階級戦争だ。
それは、“政府が350万人の雇用創出をするから、資本家はいくら首を切ってもいい”“公的支援をするから、どんどんリストラしろ”というものだ。実際、就任演説直後から、米大手企業が次々と首切りを行っている。自動車産業の「ジョブズ・バンク」の廃止は、単なる賃下げではなく、労働者が長い闘いの中でかちとってきた制度自体の破壊だ。全米自動車労組の「廃止受け入れ」は実に許せない。
(図 米財政収支)
バイ・アメリカン条項で保護主義に
下院での景気対策法案には、公共事業にアメリカ製の鉄鋼を使うとするバイ・アメリカン(アメリカ製品を買う)条項があった。それが上院の法案では、「工業品」全般に拡大された。世界各国から保護主義と非難されたが、「国際協定の順守」を付記して法案を通した。
金融大恐慌下で保護主義は一斉に強まっている。米政府のビッグ3向け融資を機にして、自国産業保護に乗り出す傾向が強まっている。イギリスは自動車のジャガーなどの支援を検討、スウェーデンはボルボを金融支援、フランスは自動車購入費への補助金政策を計画等々。また、ロシアが乗用車関税を25%から30%へ、インドは免税だった鉄鋼に一律15%の関税を課した。世界16カ国・地域で19件の保護貿易措置が導入された。
こうした流れの中で、アメリカという基軸帝国主義が経済政策の柱である法にバイ・アメリカン条項を盛り込んだことは極めて重大だ。「国際協定順守」を明記しているというが、仮に他国からWTOに提訴されたとしても、認定まで長い時間がかかる。“WTOで提訴されたとしても実害はない”との腹で、保護主義に踏み切っているのだ。
もちろんこうした保護主義措置をとったとしても、とうてい米経済を立ち直らせることはできない。しかし、30年代がそうだったように、保護主義は即、他国の報復措置を招いて世界経済を大激変させる。オバマ景気対策はその意味で、直接の効果より、その影響力のほうが甚大だ。
不良資産を特定できず救済不能
オバマ政権は景気対策とともに、抜本的な金融安定化策を模索してきた。しかし、新自由主義のもとで空前の信用バブルが膨らみ、それが崩壊したのが今の世界金融大恐慌だ。強固な金融システムの回復など絶対にない。
昨秋の金融安定化法にもとづく金融機関への公的支援は資本注入と、銀行の損失に対する政府保証という二つの策をとってきた。最近は、銀行から不良資産を買い取る専門の銀行(バッドバンク)の設立を検討してきた。
ガイトナー財務長官は2月10日に、新たな金融安定化策を発表したが、不良資産買い取りについては、「官民共同の投資ファンド」を作るという構想となった。民間からの投資をあおぐしかない、つまり政府資金がもうこれ以上出せなくなったことを自認したのだ。しかも、民間からどれだけ資金を集められるかなんの展望もない。オバマ政権は発足のとたん、一番肝心な金融対策において大破綻をさらけだしたのだ。
昨秋の金融安定化法はもともとは不良資産買い取りが目的だったが、実際は、資本注入に変わった。それは、不良資産の買い取りといっても、対象は証券化商品であり、しかもそこにCDSがくっついている。値動きする証券であるため、買い取る価格が確定できないという問題があった。しかし、いくら資本注入しても、金融不安は収まらない。そこで再び、資産買い取りを検討し始めたのだ。
オバマ自身、「問題は、不良資産がわからないことだ」と言い、「不良資産の確定を」と言っている。米帝は、証券化商品という形をとった不良資産を完全に甘くみていた。さらにCDSがくっついていて、ますますわからない状態だ。証券化商品による不良資産という問題はもはや解決不能といえる。
2月になって、「商業用不動産ローン証券の格下げの懸念」と報道された。商業用不動産ローン証券の暴落が始まろうとしている。サブプライムローンが1兆jだったのに対し、商業用不動産ローン残高は3兆jだ。ここに火がつけば、米金融機関の損失はさらに爆発的にふくれる。
ドル暴落の切迫
しかも、こうした恐慌対策は米財政赤字を破滅的に膨張させ、ドル暴落をますます切迫させることになる。
アメリカの財政赤字は、昨年10月から12月の3カ月で、前年度の年間赤字額、4544億jを突破した。09年度の財政赤字は約1兆2
000億jの見通しだ。これはGDPの8・3%に上る。オバマは、「2年間くらいは1兆j規模の財政赤字を抱える」として、赤字拡大をひとまず放置する構えだ。
そんな中で2月に入って、景気後退局面では異例のこととして、米欧で長期金利が上昇し始めた。米欧で、金融・景気対策の資金調達のため、大きな損失リスクを抱え込みながらの国債増発となっているからだ。資金が国債に吸い上げられるとの懸念が強まっている。09年度の米国債の発行額は前年度の3倍とも言われる。アメリカの新しい金融安定化策では2兆jにも膨らむとも言われる。米国債発行はどこまで膨らむのか、それは消化されるのか、それ次第では、一挙にドルが崩れかねない重大な局面に来ている。
もちろん米帝はドルを維持することに必死となる。オバマのブレーンであるルービンは、95年のドル高転換策の張本人である。ドル高で国外から資金を取り入れ、財政赤字・経常赤字を補てんする構造を作ってきた。アメリカの恐慌対策は、ドルを絶対に死守することをメインにすえている。帝国主義経済の最後の言葉は通貨問題だ。しかし、昨秋に米欧で銀行取引が停止する中で、米欧の中央銀行がドル資金を大量に供給し、それが今のドルの位置を支えている面もある。ドル暴落による世界金融大恐慌の一層の爆発は避けられない。
(富田 五郎)
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月刊『国際労働運動』(392号8-1)(2009/04/01)
■世界の労働組合
アメリカ労働総同盟・産業別組合会議(AFLーCIO)
概要
AFL−CIOはアメリカ合衆国で最大の労働組合ナショナルセンターであり、1955年にアメリカ労働総同盟(AFL)と産業別組合会議(CIO)が合併して結成された。現在はアメリカとカナダの56単産が加盟し、組合員数は1000万人を超える。本部はワシントン市にある。現会長はジョン・スウィーニーで、1995年に選出され、2005年に再選された。
今話題の全米自動車労働組合(UAW)や国際港湾・倉庫労働組合(ILWU)、全米教員組合(AFT)をはじめ、公務員労組の米国公務員連盟(AFGE)や州・郡・市職員同盟(AFSCME)などが傘下にいる。2005年に内部対立が起こって、3分の1勢力が分離した。
アメリカ労働総同盟(AFL)と産業別組合会議(CIO)
アメリカでは19世紀の初め頃に地域的なローカル組合が結成されたが、主として熟練工の組合であった。これらのローカル組合が結びついて、1886年に職業別組合の連合体であるアメリカ労働総同盟(AFL)が結成された。AFLは、職業別組合の自治権と職業別管轄権を基本原則に、賃金等の経済的要求に重点を置くビジネス・ユニオニズムに徹した運動を行った。
これに対し、大恐慌後の30年代の階級闘争の激動の中で、AFLから除名された諸組合は産業別組合会議(CIO)を結成して、AFLとは別のナショナルセンターを立ち上げた。
CIOは、非熟練の未組織労働者を組織して戦闘的な闘いを繰り広げて組織を急速に拡大した。しかし、CIO内部の共産党によるニューディール政策と第2次世界大戦への参戦政策への協力により、その戦闘性は次第に衰退した。第2時大戦後には、戦闘的・階級的組合・活動家を除名し、AFLとCIOは再び統合された。
(写真 ジョン・スウィーニー会長)
内部対立と分裂
2005年6月15日、AFL−CIOの約3分の1の勢力を持つ5つの大労組の執行部が集まり、「チェンジ・トゥ・ウィン連合」を設立した。サービス従業員国際労働組合(SEIU、約170万人)、全米運輸労働組合(TEAMSTERS、約140万人)、食品商業労働組合(UFCW、約140万人)、レイバラーズ(LIUNA、約80万人)、縫製・繊維/ホテル・レストラン労組(UNITE HERE、約44万人)で、いずれも巨大労組である。これは事実上、別のナショナルセンターへの移行組織であった。
AFL−CIOのスウィーニー現執行部と5労組連合の争いは、労組官僚の間での争いにすぎず、双方とも労働者のもっとも切実な問題は争点にしていない。イラク戦争のこともブッシュ政権の民営化攻撃についても、一言も触れていないのである。民営化が労働組合破壊であり、社会保障破壊、教育破壊であるとして、現場労働者が必死になって闘っている時に、新たな組織的体制を作って、現場労働者への統制を再強化しようとしている。しかし今、こうした既成指導部の統制を超えて、労働者の反撃が始まっている。
□黒い霧に包まれた国際活動
AFL−CIOカリフォルニア州連盟が、2004年7月のカリフォルニア州連盟隔年大会で、「米国民主主義基金(NED)は、疑惑に包まれた歴史をもっている。NEDは、他の諸国の民主的に選出された政府の転覆を支援したり、労働運動の内部問題に干渉したりして、米政府の外交政策の目標を推進するために、頻繁に投入されてきた」と、AFL−CIO中央がアメリカ帝国主義の機関NEDの資金を使って海外侵略の先兵を務めていることを追及した決議をあげた。
AFL−CIO中央は、「労働者に、国際的に認められた労働者の権利についての情報を提供し、基本的な労組の教育・組織化スキルの訓練を供与する」と称して連帯センターを設立した。だが、このセンターの真の目的は、国務省・中央情報局(CIA)・NEDと協力し、経営者団体と癒着した御用組合を育成して、米政府がかかわった危機の時には惜しみない協力が確保できるようにすることだ。AFL−CIO中央は、ベネズエラに対しては、チャベス大統領打倒のクーデターを引き起こした労働組合を資金面もふくめて支援してきた。インド洋大津波の被害救済と称して、インドネシア、スリランカ、タイに置いている連帯センターを通じて、インドネシアの階級闘争に介入している。インドネシア軍がアチェで大災害に乗じて行っている独立運動鎮圧作戦を支援するものだ。
AFL−CIO中央は、かつてベトナム戦争を支持し、今もイラク戦争を支持している。アメリカと世界の闘う労働者に追及されてもなお、米帝の先兵として策動を続けている。
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月刊『国際労働運動』(392号9-1)(2009/04/01)
■国際労働運動の暦
■韓国4・19学生革命■
李承晩政権打ち倒す
大衆的な実力決起で独裁を覆した自信と確信がその後の歴史を変えた
韓国の歴史の中には、輝かしい、あるいは苦難に満ちた人民の闘いの日付が幾つも刻まれている。日本帝国主義の植民地支配のもとで立ち上がった1919年の3・1独立運動。日本人学生の暴行をきっかけとした29年11・3光州学生決起。南朝鮮単独選挙に反対する48年4・3済州島人民蜂起、李承晩独裁政権を打ち倒した60年4・19学生革命。朴正熙打倒を切り開いた79年10・16釜山決起、全斗煥軍部独裁の登場に対する80年5・18光州蜂起、87年6・29民主化宣言など、民衆の血を流し命を賭した闘いで歴史を切り開いてきた。大衆的な実力決起で時の政権を打ち倒した歴史を持っているのだ。中でも、60年の4・19革命は、その後の韓国の歴史を決する闘いの原点的な意味を持っている。
不正選挙を糾弾
当時の韓国は、1945年の日帝の敗戦と植民地支配の終結(光復)から15年、戦後すぐの米ソ(帝国主義とスターリン主義)による南北分断支配と50年朝鮮戦争の停戦から7年。「反共」を第一に掲げる李承晩独裁政権がアメリカ帝国主義の後ろ盾で続いていた。不正と腐敗を積み重ねる李承晩に対する全人民的な怒りが渦巻いていた。李承晩が4選出馬すること自体が許されなかった。
3月15日に強行された正副大統領選挙は、「4割事前投票」「3人組・9人組などの公開監視投票(秘密投票の不可能化)」「代理投票」など李承晩と与党自由党の不正の限りを尽くしたものだった。
闘いは3月15日の馬山での高校生を中心とする1万人のデモに警察が無差別発砲したことで火を噴いた。
野党の地盤だった馬山では、中高校生や野党が「選挙は無効だ。開票するな」と叫んで決起、警察の無差別発砲に対して投石で対抗、警察や自由党支部などを破壊した。8人が死亡、50人余が負傷した。
4月11日、馬山の3・15デモで行方不明だった高校生・金朱烈君が警察の催涙弾を撃ち込まれた惨殺死体で発見され、学生・市民が再びデモに立ち、この怒りのデモが全国に広がった。
19日には全国各地で数十万人の学生や市民が李承晩退陣を要求して立ち上がった。警察によるデモ隊への発砲などで死者183人、負傷者6千人余を出した。ソウル、釜山、大邱、光州で戒厳令が敷かれた。しかし、軍はデモ隊鎮圧に積極的に動かなかった。
26日にはソウルのデモは50万人に膨れ上がり、ついに李承晩は退陣表明に追い込まれた。
その後の総選挙で野党の民主党が圧勝し、民主党政権が誕生したが、自由党に取って代わる明確な政策を持っていたわけではなく、混迷した。翌61年5月16日に朴正熙に率いられた軍部のクーデターによって転覆され、それから18年に及ぶ朴独裁体制の時代になる。
(写真 金朱烈君虐殺に抗議して全馬山の学生たちが決起)
未完の革命
4・19革命は、人民の大衆的決起で独裁政権を打倒することができることを韓国の労働者学生人民がつかみ取ったことで、決定的な意味を持っている。
だが、4・19革命の決定的弱点は、労働者階級の力がまだまだ弱く、資本主義の体制を打倒して労働者階級が社会を組織するプロレタリア革命として目的意識的に闘うマルクス主義の組織がなかったことだ。
しかし、4・19はその後の歴史に継承された。今日まで南朝鮮人民は、どんな圧政のもとでも繰り返し立ち上がって、権力と血みどろになって激突してきた。その強靱さと不屈さは比類のないものだ。しかも90年代以降、労働者階級の闘いが明確な中心部隊となり、闘いを牽引している。
この韓国の学生蜂起は、日本の60年安保闘争に直結していた。新安保条約の批准国会に対して、韓国の学生決起に励まされて4・26国会闘争は全学連を中心に機動隊の装甲車を乗り越えて闘われた。そして5月から6・15国会構内突入闘争へと発展していった。
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●4・19革命の経緯
2・28 大邱で高校生2千余人、学園の政治道具化に反対してデモ、警官隊と衝突
3・1 ソウルで3・1節記念式に3万人余が結集。「大邱の学生を声援しよう」のビラ
3・10 全国的規模で学生デモ続く
3・15 第4回「正副大統領選挙」を強行
馬山市で高校生に市民が合流、1万人余が「選挙無効」を叫んで蜂起
4・11 馬山で第2の蜂起、1万人余
4・14〜18 全国に闘い広がる
4・19 ソウルで、学生、高校生10万人が各所でデモ。警察が無差別発砲。ソウルに戒厳令。釜山、光州、大邱、大田に拡大
4・25 大学教授団がデモ
4・26 戒厳令を打ち破ってソウルを始め全国で大デモ。李承晩退陣表明
5・29 李承晩がハワイに亡命
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月刊『国際労働運動』(392号A-1)(2009/04/01)
■日誌 ●2008年12月
4日東京 「派遣」大量解雇に怒り
「派遣法の抜本改正をめざす12・4日比谷集会」(実行委員会主催)に動労千葉を先頭とする”11月集会派”は、数百人の大隊列で参加した
4日東京 法大包囲デモ 首都圏100人が決起
法大当局による退学処分策動に対し、文化連盟と全学連呼びかけで法大包囲デモが闘われた
7日神奈川 婦民会館オープン、旗開き
相模原市に婦人民主クラブ全国協議会の婦民会館が完成し、オープンの集いが開催された
8日千葉 三里塚耕作権裁判
千葉地裁で市東孝雄さんの耕作権裁判第9回弁論が開かれ、三里塚反対同盟を先頭に80人を超える労、農、学、市民が傍聴と支援に駆けつけた
12日東京 法大、退学処分阻止へ決起
退学処分阻止の第10波法大デモが打ち抜かれた
13日千葉 三里塚敷地内デモを打ち抜く
今年の三里塚闘争を締めくくる敷地内デモが闘い抜かれた
14日東京 1047名解雇撤回へ集会
すみだ産業会館で「国鉄1047名解雇撤回、5・27臨大闘争弾圧粉砕、生きさせろ!09春闘ゼネストへ 国鉄闘争勝利集会」は全国から500人を超える大結集で圧倒的成功をかちとった
18日東京 運転士登用差別 動労水戸が勝利
最高裁(第1小法廷)は、動労水戸組合員に対する運転士登用差別事件について、JR東日本の上告を棄却する決定を出した
19日奈良 森精機で第3波ストに立つ
森精機奈良第1工場で、雇い止め解雇された派遣労働者らが、第3波のストライキに決起した
20日東京 “私は裁判員拒否します”
「裁判員制度はいらない!大運動」が、最高裁判所が11月28日に発送した裁判員候補者名簿登録通知に強く抗議する記者会見を東京・日比谷公園の松本楼で開催した
21日東京 部落解放東日本共闘が総会
江東区で部落解放東日本共闘会議第17回総会が開催された
23日千葉 新版『甦る労働組合』出版記念会
動労千葉・中野洋前委員長の著書、新版『甦(よみがえ)る労働組合』の出版記念会が、千葉市のDC会館で開催された
26日東京 根津さんら先頭に都庁前で終日行動
「河原井さん根津さんらの君が代解雇をさせない会」が呼びかけた08年度2回目の都庁前OneDayアクションが闘われた
26日東京 JR大井工場でスト!
合同労組かながわ交通機械サービス分会は、JR東日本大井工場においてストライキに突入した
27日大阪 雇い止め通告にストライキ
関西合同労組泉州支部に所属する金属加工会社S分会で25日に雇い止め解雇の通告があり、これに対しストを決行、解雇撤回の勝利をかちとった
29日東京 年末年始大街宣が大高揚
29日を皮切りに、全国労組交流センターによる年末年始の「生きさせろ!」大街宣が行われた
(弾圧との闘い)
1日東京 爆取差し戻し審 検察立証が破産
東京地裁刑事第20部(林正彦裁判長)で迎賓館・横田爆取デッチあげ裁判の差し戻し審第10回公判が行われた
2日東京 7・24法大弾圧裁判
7・24法大弾圧の第4回公判が東京地裁刑事第21部(半田靖史裁判長)で行われた
3日東京 5・29法大弾圧裁判2G
法大5・29デモ弾圧裁判(第2グループ)の第4回公判が、東京地裁刑事第16部で行われた
5日東京 獄中の9学生を奪還
法大弾圧で不当勾留され続けてきた9学生が、保釈・奪還をかちとった
8日東京 法大5・29弾圧裁判1G
法大5・29デモ弾圧裁判(第1グループ)の第6回公判が、東京地裁刑事第15部で行われた
19日富山 富山大ビラ撒き弾圧裁判
富山地裁で富山大学のビラまき弾圧の第4回公判が行われ、武藤淳範君の被告人質問が行われた
17、22、25、26日東京 法大弾圧4裁判闘う
12月17日は7・24建造物侵入デッチあげ裁判、22日と25日は5・29デモ弾圧裁判の第2、第1グループ、そして26日は5・28暴行デッチあげ弾圧裁判が行われた
18日東京 爆取差戻審 拙速手抜き裁判許すな
爆取差戻審の第11回公判が東京地裁刑事第20部(林正彦裁判長)で行われた
19日東京 国労5・27臨大闘争弾圧裁判
国労5・27臨大闘争弾圧裁判の第101回公判が東京地裁刑事第10部(植村稔裁判長)で開かれ、動労千葉の田中康宏委員長が証言に立った
24日 法大弾圧さらに9学生を奪還!
法大弾圧で不当勾留された学生のうち9人の保釈をかちとった
25日東京 内田君の保釈却下弾劾する
東京地裁刑事第21部半田靖史裁判長は、7・24法大弾圧と闘う内田晶理君の保釈請求を却下した
■日誌 ●2009年1月
3日東京 “ガザ空爆を許すな”渋谷デモ
「日本経団連打倒」「ガザ空爆弾劾」を掲げた労組交流センターのデモが、渋谷を席巻した
5日韓国 ハイテック支会原職復帰
民主労総金属労組ハイテックRCDコリア支会の組合員は、九老(クロ)工場へ原職復帰した
8日東京 経団連デモ360人が立つ
全国労組交流センターの呼びかけで、日本経団連へ第1波のデモが闘われた
10日千葉 動労千葉旗開きに平成採組合員
動労千葉は09年団結旗開きをDC会館で開催し平成採組合員の配転阻止、09春闘勝利へ闘うことを誓い合った
10日大阪 西郡・新春団結旗開き
部落解放同盟全国連合会西郡支部、八尾北医療センター労働組合、八尾北命と健康を守る会は、130人の仲間と新春団結旗開きをかちとった
10日米国 ヘイマンさんら 労働者の団結訴え
ガザ侵略を弾劾する全世界的な抗議行動で、ILWU(国際港湾倉庫労組)ローカル10執行委員のジャック・ヘイマンさんは、イスラエルと米帝を侵略戦争の元凶として真っ向から弾劾した
11日千葉 三里塚反対同盟団結旗開き
三里塚芝山連合空港反対同盟の団結旗開きが開催された。日帝と空港会社の農地強奪攻撃に対し、不滅の労農連帯で、09年に必ずこれを打ち砕くことを、力強く示した
12日東京 都政を革新する会が旗開き
都政を革新する会の新年旗開きが地域の労働者や杉並住民の会の高齢者など90人あまりの結集でかちとられた
12日神奈川 婦民全国協、旗開き
婦人民主クラブ全国協議会関東ブロックの旗開きが神奈川県相模原市の婦民会館で行われ、三里塚芝山連合空港反対同盟、動労千葉家族会、全国労組交流センターなどが駆けつけた
14日東京 法大闘争 新年第1波の集会とデモ
開講から最初の法大包囲デモが、法大文化連盟と全学連を先頭に闘いとられた
17、18日 センター試験で宣伝
大学入試センター試験が行われた17日と18日、闘う学生は、試験会場となった法大市ヶ谷キャンパス、東北大、富山大などに登場した
22日奈良 森精機で構内デモと門前集会
関西合同労組大阪東部支部・技能育成センター分会は森精機第1工場で構内デモと門前集会をかちとった
22日宮城 東北石けん労組、第1波終日スト
東北石けん労組は、19日の年休ストに続く第1波スト、28日集会、29日の第2波ストを闘った
23日埼玉 ショーワの派遣労働者がスト決起
ホンダ系の部品メーカー・ショーワで働く派遣労働者3人が指名ストに決起した
23日千葉 動労千葉、総決起集会
動労千葉は総決起集会を開催し、ライフサイクルの事前通知段階で組合員の強制配転を完全に粉砕した大勝利を確認。ライフサイクル制度の完全粉砕と09春闘へさらに総決起する決意を固めた
24日東京 法大闘争勝利集会かちとる
「不当処分撤回! 獄中20学生を全員奪還したぞ! 法大弾圧ぶっとばせ! 1・24集会」が新宿文化センターで開催され320人が結集した
25日東京 「強制執行実力阻止!」京品ホテル
自主営業を続けてきた京品ホテルへの強制執行に対して歴史的な実力阻止闘争が打ち抜かれた
25日広島 「生きさせろ!」デモに青年飛び入り広島市内で40人が「生きさせろ」デモに決起
29日東京 日本経団連に第2波のデモ
経団連デモ第2弾で常磐橋公園に380人が結集
29−30日東京 自治労第137中央委で訴え
労組交流センター・自治体労働者部会の労働者は、「道州制粉砕」などを訴えた
(弾圧との闘い)
12日東京 時効完成させ2同志奪還の勝利
1985年11・29浅草橋戦闘を担い指名手配されていた木下治人同志、古川康三同志が、23年間の時効を完成させ戦列に復帰した
13日東京 法大5・29弾圧裁判1G
昨年12月24日に保釈をかちとった7人が、堂々と法廷に登場した
15日東京 法大4・27弾圧裁判
被告の友部博文君に「懲役6月」という断じて許せない論告求刑が行われた
15日富山 富山大ビラ撒き弾圧裁判
富山地裁で第5回公判が行われた
23日東京 法大弾圧の内田君を奪還
7・24法大弾圧裁判被告の内田晶理君を奪還
28日東京 5・29法大デモ弾圧裁判1G
公務執行妨害をでっちあげた公安デカ証人を追及
30日 前進社など全国21カ所を不当捜索
警視庁公安部と埼玉県警は、全国の前進社など18カ所を不当捜索、その後3カ所を不当捜索
30日東京 国労5・27臨大闘争弾圧裁判
第103回公判が開かれ、羽廣被告ヘの被告人質問が行われた
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月刊『国際労働運動』(392号B-1)(2009/04/01)
■編集後記
日帝は、アフガニスタン侵略戦争に海自の補給艦・護衛艦を出兵させて足掛け9年経つ。海自は戦争で最も疲弊し、矛盾を噴出させている。乗艦員の1割が不適格だというのだ。
そのうえ日帝は、ソマリアへの海自派兵を海上警備行動などというデタラメな理由で強行しようとしている。しかもやろうとしていることは、これまでの派兵特措法でできなかった武器使用の大エスカレーションだ。海賊の船を止めるための、船体射撃もOKというのだ。
さらにP3Cも派兵するという。アフガニスタンには米帝から自衛隊の輸送大型ヘリコプターの派兵要請の話が持ち上がっている。侵略戦争の泥沼的拡大が進んでいる。敵の階級戦争と侵略戦争は一体だ。それに対する労働者のストライキと兵士の反乱も一体的に爆発していく。
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