SANRIZUKA 2013/11/25(No884 p02) 
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週刊『三里塚』(S884号1面1)(2013/11/25)
11・17 反対同盟が第7回一斉行動
ニュース配布し 周辺住民との連帯深める
北原事務局長が熱弁ふるう
安倍の戦争政治を弾劾
反対同盟は「『国策』という共通の敵に対して、あらゆる闘いと一つに合流する」と宣言して、市東孝雄さん農地裁判の控訴審闘争にむけて闘いを開始した。その一環として11月17日、周辺地域住民に連帯を求める一斉行動を闘った。5月19日の第1回目から数えて7回目だ。前回から『反対同盟ニュース』を発行して行動の継続性をアピールしたが、今回はこれを充実させて4ページとし、最終面には「地域住民の声」欄を設けた。そして「新たな3万人署名を準備している」とアピールした。原発再稼働、特定秘密保護法、沖縄の辺野古新基地建設、TPP攻撃と労農学人民の生活と権利を破壊する安倍政権の戦争・改憲攻撃に対して、三里塚を先頭に闘おう。
11月17日、反対同盟と現地支援は第7回目の周辺地域一斉行動に立ち上がった。午前9時、市東孝雄さん宅に約30人が集合した。
北原鉱治事務局長が「再び決戦の時を迎えた。今日一日がんばろう」とあいさつ。ただちに地域割り、役割分担が行われた。
北原事務局長はPRカーに乗って、旧下総地区、多古町、成田市三里塚地区をまわって辻立ち演説。まず、下総・西大須賀部落。ここは、真上を暫定滑走路への着陸機が飛行する。今年3月に深夜便の飛行制限を1時間短縮した時に、もっとも激しく抵抗した場所だ。北原事務局長は地域住民に訴えた。「みなさん、空港が開港して30年以上経ちますが、生活環境はどうですか? 空港がもってきたものは騒音と地域の過疎化ではないですか? 空港との共存共栄なるうたい文句はウソでした」「それだけではない。この騒音地獄をさらにひどくしようという動きがあらわになっている。成田空港の24時間化です。このような矛盾空港を私たちは許しません」と、「国策」=成田空港による地域破壊を弾劾した。
そして、空港政策を含めた安倍政権の戦争政治を弾劾した。「安倍政権の戦争に向かった政治に危機感を感じる。75年前の戦前に戻るかのようだ。今こそ、力あるものは力を、勇気あるものは自ら立って行動に移す時が来ています」「反対同盟は成田空港の軍事使用に反対し、政治を変えるためにこれからも闘います。ともに立ち上がることを訴えます」と呼びかけた。北原さんは、多古町五辻と島そして成田市三里塚地区で92歳とは思えない迫力ある演説を行った。
宣伝カーは支援連の仲間がボイスを担当。「今日は、反対同盟の一斉行動日です。新しい反対同盟ニュースをもって皆さまのお宅におじゃまをしております。ニュースを見て下さい」「10月20日には全国集会をやりました。市東さん農地裁判の控訴審闘争で霞が関に攻め上ります。空港の24時間化は言語道断です。ともに声を上げましょう」と、成田〜多古〜芝山地域を回って訴えた。町民からは「北原さんはいくつになっても元気そうだね」などの激励が寄せられた。
(写真上 この日4カ所で辻立ち演説を行った北原事務局長【11月17日 多古町】)
(写真下 婦人行動隊の宮本麻子さんは、支援連といっしょに芝山町北部を回った【11月17日】)
控訴審闘争の勝利へ
萩原富夫さんは下総地区を、伊藤信晴さんは芝山町南部、宮本麻子さんも芝山町南部、木内敦子さんは旧大栄町をそれぞれ回り、住民たちと交流した。支援連の仲間も成田市の騒音下地区、芝山南部、北部、多古町の東部など、空港周辺のほぼ全域をカバーして反対同盟ニュースを配り、空港への怒りの声を聞いた。特に、7月29日の一審判決にいたる約2カ月半の緊急3万人署名に応じてくれた人も多く、そうした人びととの交流を深めた。
午後4時、全体が市東さん宅離れに戻って、集約と反省会が行われた。控訴審にむけた新たな署名運動の呼びかけをする中で、一審で署名してくれた人たちが快諾してくれたことが次々に報告された。
さらに、「継続して働きかけることの大切さを実感した」(芝山町北部)、「孝雄さんのお父さんである市東東市さんを知っている人がいて、話に花が咲いた」(芝山町北部)、「反対同盟がこのように働きかけていくことが、だんだん自然な雰囲気になっていく」(芝山町西部)、「会社で働いて疲れて帰ってきてこの騒音には怒り心頭だ。声を上げなきゃと腹を立てている。反対同盟ニュースにこの気持ちを書いてくれ」(下総地区)、「(同盟ニュースの北原事務局長の写真を見て)北原さんまだまだ、元気そうだね。応援するよ」(下総地区)などの具体的な声がそれぞれから報告された。
まさに、第7回目を迎えた反対同盟一斉行動の成果が感じられる反省会となった。
市東孝雄さんも「このように粘り強く、継続して行動することが大切だと思う。必ず成果に結びつく」と労をねぎらった。最後に萩原進事務局次長がまとめを提起。「政府のコメ減反廃止政策に注目していきたい。農民の怒りが噴出する。来年の田んぼの作付けをどうするのか、これから具体的に考える時期を迎える。農民にとっては切実だ。こうした農民の怒りと結びついていこう。12月またがんばろう」と次回に向けた方針が提起されて、終了した。
(写真 出発前に念入りな打ち合わせを行った【成田市天神峰・市東孝雄さん宅離れ】)
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週刊『三里塚』(S884号1面2)(2013/11/25)
1審多見谷判決を覆そう
耕作者の権利守りぬけ
市東さんの農地法裁判控訴審は来春にも第1回口頭弁論が開かれる情勢だ。反対同盟は闘争体制の構築に取りかかっている。「市東さんの農地を守れ」「11審・多見谷判決をくつがえせ」「霞が関に攻め上ろう」を合言葉に貝阿彌(かいあみ)誠裁判長と対決しよう。
*
反対同盟は市東裁判の控訴審闘争にむけて闘いを本格化させた。10・20全国総決起集会で「新たな3万人署名・カンパ運動」を訴え、11・3全国労働者総決起集会でも声を上げた。周辺地域に対する一斉行動も、10月6日、11月17日と連月で行い訴えを強めている。
控訴審闘争の課題は一審多見谷判決を徹底弾劾し、東京高裁でくつがえすことである。多見谷判決の最大の問題は、戦後憲法体制の一つの柱とされてきた農地法の根幹の趣旨と精神を破壊したことである。
多見谷判決は、成田空港会社による、耕作者(借地権者)の同意なき農地の買収を公然と認めた。「耕す者に権利あり」とした農地法第1条の精神への挑戦である(注)。
成田市農業委員会は「NAAの案件はフリーパスです」(山崎真一元農業委員会事務局長)と証言した。千葉県農業会議〜千葉県農地課も同じだ。徹頭徹尾市東さんの主張を無視してNAAの言いなりになった。この上に多見谷判決は農地強奪攻撃を完成させたのだ。
多見谷判決は「耕作者の同意なき売買を農地法は明文で禁止してはいない」と言いなし、法技術的ペテンを使って、NAAの秘密買収を承認した。しかし、農地法の前提となる戦後農地改革の事実と経過を見るならば、多見谷判決のデタラメは明らかだ。(2面「戦後農地改革のもつ意味」参照)
戦後の農地改革は農民が寄生地主制度との血を流した闘いによって「耕作者の権利」を実力でもぎとった結果である。農地法は、さまざまな事情(市東さんの場合がこれにあたる)で、残存小作農の耕作権を徹底して保護するための法律だ。 それを百も承知で多見谷裁判長は、NAAの下僕に成り下がった。控訴審闘争ではこの多見谷判決を打ち砕かなくてはならない。
(写真 1審の千葉地裁闘争を上回る東京高裁包囲の闘いを【写真は7月14日 千葉地裁包囲闘争】)
「強制収用」を否定
多見谷判決批判のもう一つの論点は、土地収用法なき強制収用のデタラメさである。「公用収用(公共事業のための収用)は土地収用法による」というのは憲法に定められた規定だ。私有財産制を根本原理とする資本主義社会において、これと真っ向から矛盾する土地の収用という問題は、それほど重大な意味を持つ。市東さんの場合のように、収用法の事業認定が失効して強制収用手続きが使えなくなったから、脱法的に農地法や民法を事実上の土地収用法の代替手段として使うこと自体が違憲であり、許されない。そんなご都合主義が許されるほど簡単な問題ではないのだ。
にもかかわらず多見谷判決は、今回の市東さんの農地取り上げが「事実上の土地収用」であること自体を否定している。われわれは、控訴審闘争において、市東さんの農地取り上げがまぎれもない強制収用であり、戦後最大規模の農地取り上げであることを徹底的にはっきりさせ、貝阿彌裁判長に認めさせなければならない。
今こそ霞が関に乗り込み、反原発闘争、沖縄闘争、反TPP闘争そして動労千葉を先頭とする労働者の闘いと固く団結し市東裁判の控訴審闘争に何としても勝利しよう。(注) 農地法は2009年に改悪され、第1条が変えられたが、市東さん裁判は改悪前の農地法にのっとって闘われる。
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週刊『三里塚』(S884号1面3)(2013/11/25)
霞が関は怒りのるつぼ
高裁前で第2回ビラまき
11月13日、支援連絡会議は、10月22日に続いて東京高裁第19民事部・貝阿彌(かいあみ)誠裁判長に大法廷での徹底審理を求める朝ビラに決起した。
10月の折衝で貝阿彌裁判長は、第1回の裁判日程を年明けに協議したいと言っていた。ところが、年明けに決めたのではズルズルと日程が延びてしまうと思ったのか、年度内開始の日程調整を求めてきた。この日のビラまきは、翌14日の弁護団との折衝で日程と法廷が決まるかもしれないというタイミングで、マイクを持つ手にも力がこもり、「貝阿彌裁判長は直ちに大法廷での徹底審理を決定せよ!」と訴えた。
「ぜひ読んでください」とビラまきにも熱が入る。と、そこに現れたのは、なんとあの白石史子裁判官ではないか。白石裁判官は、耕作権裁判が文書提出命令問題で、1年1か月もストップする中で、東京地裁に異動になった。「東京に来たからといって、あなたの責任は消えないぞ!」と、心で叫びながらビラを差し向けると、白石裁判官は憮然とした表情で、受け取ることなく立ち去った。
それにしてもビラまきに来ると、本当に霞が関が怒りのるつぼだと実感する。朝の宣伝は必ずどこかと一緒になる。前回は石川一雄さん。今回は航空労組とマイクの時間を分け合った。
この日は、霞が関に残って昼休みもビラまきに決起。昼休みになれば、また違った団体のスピーカー音が聞こえてくる。動労総連合出向無効確認訴訟に駆けつけた仲間と合流しながらビラまきを貫徹した。
(写真 三里塚闘争支援連絡会議は第2回目の東京高裁前ビラまきに決起した【11月13日】)
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週刊『三里塚』(S884号1面4)(2013/11/25)
騒音の実態を調査
支援連が第3誘導路で
反対同盟と三里塚闘争支援連絡会議は、暫定滑走路と第3誘導路による市東孝雄さん宅はじめ地元住民の騒音被害の実態を明らかにするため、騒音実態調査を行った。第3誘導路裁判において、成田空港会社(NAA)を追い詰める意図も兼ねている。
期間は、11月18日(月)から同22日(金)まで。調査する時間帯は朝の6時から夜の12時まで。成田空港が運用する時間帯全体をカバーした。
騒音測定器を稼働させるとともに、ビデオカメラも回し、さらに担当者を一日18時間、延べ約30人を張り付けて、徹底調査を行った。
調査は一般的な騒音に加えて単発音と呼ばれる、航空機による衝撃的な騒音の大きさ、回数なども対象にしつつ、騒音被害、環境破壊の全容を明らかにする目的だ。
第3誘導路裁判では、空港による騒音被害の程度が焦点になっているが、NAAは市東さん側の追及に対して「騒音の程度は測定していない」と開き直っている。「きちんと調査せよ」との要求に対しても拒否の態度を変えないことから、反対同盟と支援連で実地調査し、その甚大な被害について突き付ける予定だ。
(写真 市東さん宅にある監視ヤグラの横に騒音測定器【サークル内】を設置して騒音調査【11月20日】)
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週刊『三里塚』(S884号1面5)(2013/11/25)
『反対同盟ニュース』第2号発行
反対同盟は、周辺住民を対象に、10月6日から、『反対同盟ニュース』の発行を始めた。11月17日の一斉行動では第2号を発行し、(写真)従来、2nだった同ニュースを4nに増やした。
1nは10・20全国集会の報告と10・13反原発4万人闘争に参加した囲み記事。2nで、市東さんの農地裁判の控訴審向けた動きについて紹介している。東京高裁での係属が第19民事部・貝阿彌誠裁判長に決まったこと、事前折衝が4回行われ、大法廷の使用を求めて反対同盟と支援連が2回のビラまきを行ったことなどを知らせる内容となっている。3nでは国土交通省が11月1日に成田の24時間空港化にむけた有識者委員会を立ち上げたことを弾劾し、騒音地獄拡大の攻撃が切迫していることに警鐘を鳴らしている。そして最終4nでは、旧大栄町の2軒と芝山町の1軒の住民からの空港騒音や成田空港会社に対する怒りの声を紹介している。
一斉行動ではニュースに載った北原さんの写真を見て、声をかけてきた人も現れた。反対同盟は今後も一斉行動の度にこの『反対同盟ニュース』を発行し、地域住民との連携を強めていく方針だ。
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週刊『三里塚』(S884号1面6)(2013/11/25)
団結街道
今、安倍政権が国会通過を画策している特定秘密保護法案の中に、その特定秘密を知りうる立場になる公務員に関して「適性評価」なものを行い、すざまじい人権侵害にさらす項目が問題になっている▼11月13日の朝日新聞「天声人語」は、この「適性評価」が実施された場合、どこまでプライバシーが侵害されるかを推測させる自衛隊の例を紹介している▼現在、防衛秘密を扱う自衛隊員に対して、任務に適格かどうかを調べるため、本人に「身上明細書」という書類を書かせているという。特定秘密保護法が想定している「適性評価」なるものに近い。この「身上明細書」には、給与面の不満とかについて具体的に理由を書けとされる一方、交友関係を記入せよとされ、それも飲み友だち、交際相手などと細かく書かせ、その住所まで記入させる▼隊員の上司が書くと思われる「調査票」というものまである。その隊員は正直か、異性関係は大丈夫か、借金の取立てはないか、特定の外国をしばしば訪れてはいないか、虚言癖や特異な趣味嗜好はないか、などについて、本人の確認なしに記入するという▼場合によっては携帯電話の通話記録を見、ウソ発見器にかけ、親類縁者や友人にも目を光らすという▼以上の項目からして、特定秘密保護法が成立すれば、公務員労働者のすべてに同じ攻撃が襲いかかることは明らかだ。公務員労働者を窒息させる悪らつな戦争立法を許してはならない。
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週刊『三里塚』(S884号1面7)(2013/11/25)
闘いの言葉
民主労総はこれ以上、法の枠内に留まることを拒否する。皆さんの心の中に眠っている怒り、闘争本能、意志を呼び起こして欲しい。
11月10日 民主労総委員長・シンスンチョル委員長
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週刊『三里塚』(S884号1面8)(2013/11/25)
《三里塚闘争裁判》
●12月10日(火)
団結街道裁判 午前10時30分
●12月16日(月)
第3誘導路裁判 午後1時30分
●1月22日(水)
天神峰やぐら裁判 午前10時30分
●月6日(木)
鈴木さん一坪裁判 午前10時30分
(いずれも千葉地裁)
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週刊『三里塚』(S884号2面1)(2013/11/25)
全学連三里塚現地行動隊日誌
市東農地決戦の先頭に立つ
訪韓闘争に参加
感動の連続だった 東北大学・I
11月も下旬、現地は朝晩の冷え込みもぐっと深まり、寒い朝には霜が降りることも。着々と冬が近づいてきています。ケースの中もだんだんと重くなり、野菜の消費者の方も冬の訪れを感じる頃でしょうか。現地行動隊は去る11月9〜11日、全国学生とともに動労千葉派遣団の一員として訪韓闘争を闘いぬきました。
韓国労働者の闘いは、パククネの労働組合破壊=民主労総解体攻撃との全面対決に突入しています。パククネ政権は全教組や公務員労組に対しては、解雇者の組合活動などを理由とする非公認化を迫り、鉄道をはじめとする公共部門の民営化策動など新自由主義政策にのめり込んでいます。その中で現場では労働者に対する弾圧が強まり、声を上げる者に対しては整理解雇など権利破壊が深まっています。
民主労総は、11月9、10日の労働者大会に先立ち「労働組合に対する合法性は、権力が下ろす恩恵授与ではない。」(シンスンチョル委員長)として、この労働者大会を最大の決戦と位置づけ、民主労総運動の力を全面的に発動してパククネ政権に徹底的に対決する方針を打ち立てました。
韓国に到着してからは、感動の連続でした。9日には全国学校非正規職労組集会、非正規職撤廃・全国労働者大会、10日にはサムスン電子本社前抗議集会、全国労働者集会−デモ、11日にはゴールデンブリッジ証券労組の訪問、動労千葉訪韓団と民主労総ソウル地域本部との韓日理念交流会と、決戦に次ぐ決戦、その中で韓国労働運動の在り方であり、そこに貫かれている精神をあらためて実感させられました。
特に10日の全国労働者大会は、5万人の労働者の結集、組合旗が林立する中、ソウル支庁前を埋め尽くす圧倒的なものとして打ちぬかれました。集会中の歌や踊り、会場全体でのウェーブなどが一体感を高めます。集会の終盤にはシンスンチョル委員長が発言、そして民主労総の労組設立申告書を破り捨てての「合法性」にこだわらないという宣言に、熱気は最高潮に達します。そしてデモに出発。途中から既定のデモコースを外れて大通りを通るようにしたようで、4車線ある道路をデモ隊が埋め尽くします。この「非合法」デモに、韓国労働者階級の実力を見たように感じました。
(写真 5万人を結集してソウル市庁舎前で闘われた民主労総の労働者大会【11月10日】)
矛盾点と対決し
今回の訪韓闘争で重要な点はひとつに、韓国労働者の主流派精神を身を持って感じることができたということです。
「少数」の解雇者を切り捨てずに労働者の権利を守り闘う公務員労組や全教組の闘い、労働者大会での労組設立申告書を破り捨ててのパククネ政権への宣戦布告とソウル市内を占拠するデモ、理念交流で当然のように発せられる「解雇撤回」という言葉からも、彼らが心の底から「社会の主人公は労働者だ」と考えていることが伝わってきます。
そして今ひとつ重要なのが、三里塚、福島、沖縄の学生が参加したということです。日本帝国主義の矛盾点と最先頭で闘う学生が韓国労働運動と出会い、体感することが、国際連帯を深め、キャンパスや現地からの膨大な決起に繋がります。
学生は全国大学キャンパスに闘う学生自治会を建設しよう! 国際連帯の発展をかちとろう! 全国・全世界の団結で、新自由主義打倒・東京高裁決戦勝利へ!
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週刊『三里塚』(S884号2面2)(2013/11/25)
戦後農地改革のもつ意味(農地法の成立背景)
農民が血を流して闘いとった耕作権
はく奪は「死ね」という攻撃
多見谷判決は、農民に「死ね」という判決であり、全労働者・農民に対する攻撃だ。多見谷は農地法を解体し、「岩盤規制」と言いなしている農地・農業分野を大資本の収奪の下に置く新自由主義政策に加担した。日帝・安倍政権はこの農地強奪判決と相まって、アベノミクスと改憲による戦後支配体制の根本的な転換に踏み出したのである。
多見谷判決は、農地法上において「耕作者の同意なき農地買収」を認めた初めての判決だ。多見谷は、明示の条文がないことを利用して意図的にNAAのこの違法を承認した。これは、農地法の根幹を破壊したものとして徹底的に弾劾されなければならない。
農地法は、耕作農民以外の農地買収の禁止や転用制限などの社会的規制によって、(1)農地の保全、(2)農民の地位の向上、(3)農業生産の増大を図る。この農地法の真髄は何か。「耕す者に権利あり」という生産者と土地の関係の制度化であり、耕作権の確立である。
この耕作権の確立こそ、戦前以来の農民闘争の獲得物であり、戦後農地改革の基軸である。農地法は、戦後農地改革によって作り出された戦後農地制度を維持するために法制化したものである。農地法の成立根拠である農地改革の変革過程を振り返ることで耕作者主義の意義とそれを否定する多見谷判決を弾劾したい。
(写真 反原発闘争などとの本格的連帯で控訴審闘争勝利へ【写真は10・13反原発闘争】)
大半が自作農に
農地改革では、農地解放とも言われ、小作農地の強制買収と耕作者への売り渡しおよび小作関係の統制措置が行われた。農地改革の結果、農地の買収・譲渡は50年(昭和25年)までに193万町歩の農地が買収され、譲渡された小作地は45年(昭和20年)当時の小作地(236万町歩)の8割に達し、農地に占める小作地の割合は、46%から10%に激減した。
これにより戦前日本の地主制度は完全に崩壊し、戦後は自作農がほとんどとなった。その過程でマッカーサーは「自作農の広範囲な設定と耕作者の権利の保護はどこまでも保証されなければならない」(吉田茂首相あて書簡)と強調し、また50年9月ポツダム政令では、土地取得資格を自ら耕作するものに限定し、小作地の譲渡は当該小作農が購入を放棄・売却しないかぎり購入資格を保持し続けるとした。このように耕作権の確立が強固に確認され、それでも取り残された残存小作地は半自作地並みとされ、農地としての権利としては実質的に所有権と違わないものとなった。
農地法は52年に制定され、農地制度の基本法として戦後農民政策の土台となった。農地法は、農地を所有・貸借する権利を「自ら耕作する者」に限定することにより「農地はあくまで農地として利用すべき」という社会的土地利用規制を伴い、この耕作者主義の帰結として地主や大資本の農地取得を許さず、農地と農民を守る上で積極的な意義を持った。
日帝の農業政策の大転換は、農地制度に手をつけることなくして不可能であったが、戦後階級関係の大変動に恐怖する日帝ブルジョアジーは今日まで踏み出すことができなかったのである。日帝・安倍は、TPPをテコに農地制度の改悪へ一気に踏み込もうとしている。
(写真 小作地を自作地へ転換するための申請をよびかける農地改革時のポスター【1952年】)
労働者も連帯し
そもそも農地制度は、各帝国主義の基本構造に立脚し、労働者・農民の階級関係に規定されている。農地改革こそ、その実例である。米占領政策として行われた戦後改革は、敗戦による帝国主義打倒の労働者人民の決起をブルジョア的改良主義によって分断する意図を持っていた。農地改革もその一つであることを踏まえつつ、戦後農地改革における「耕作権の確立」の意義を2点から再確認したい。
第1に、農民の農地の獲得は、戦前からの農民組合運動の成果として得られたものである。戦後直後から、小作争議を闘った農民組合の活動家は土地闘争に立ち上がった。小作争議などで培われた農民の変革エネルギー、農村社会の地主支配を覆す政治力(団結)の獲得など、農地改革の根底に「土地を農民に」の闘いがあったからこそ農地改革は遂行できたのである。
第2に、農民と共闘する労働者の決起である。農地改革の具体的な行程は、一筆ごとの調査から始まり、膨大な作業であった。短期間でやりぬけたのは農民をサポートした青年労働者・女性職員の書記や補助委員の力である。農林省職員をはじめ官公労の労働者が寝食を忘れ、小作農と「農村の解放」のために職務の域を超えて自らの闘いとしたからこそ、農地改革は達成されたのである。「耕作権の確立」は47年の復活第2回メーデーの大会スローガンとなり、その実現である農地改革は労農同盟の萌芽でもあった。
市東さんの農地を守る闘いは、戦後農地解放以降の農民の生活と権利を守る闘いであり、労農共闘の革命的な継承だ。労農連帯の旗を掲げ、すべての労働者・農民が控訴審闘争に決起しよう。
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週刊『三里塚』(S884号2面3)(2013/11/25)
現地調査を行って 違法・欠陥空港を実感
ス労自主副委員長 中村 勇
先日、初めて三里塚への現地調査を行ったスタンダードバキューム自主労働組合(ス労自主)の方から感想文が寄せられた。
(写真 スタンダードバキューム自主労働組合が行った三里塚の現地調査【11月2日】)
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11月2日、ス労自主として初めての三里塚現地調査を行いました。全国から集まった中央執行委員10名が2台の車に分乗して、B滑走路の南側にある天神峰の市東孝雄さんの自宅に行きました。 市東さんの自宅前には、マスクをした公安刑事らしき男2人が乗った黒塗りの自動車(ニッサンXトレイル)が止まっていました。空港警察の車が四六時中、市東さんの行動を監視しているのです。三里塚には人権もありません。現地調査を行っている間、私たちの車にもずっと付きまとっていました。
先ず最初に、案内をしていただく現闘本部の方が市東さん宅の離れで説明してくれました。1966年当時の自民党・佐藤政権が「三里塚に国際空港を建設する」という閣議決定した当時の現地地図や現状をカラー写真付きの資料を準備してくれていて、47年間にわたる三里塚闘争についてレクチャーを受けました。
3代続いて耕作してきた市東さんに対する農地明け渡しを命じた本年7月29日の千葉地裁・多見谷裁判長が行った判決のデタラメさについて説明がありましたが、反対同盟はこれを絶対に許さず闘い続ける決意が語られました。
三里塚現闘と連帯
その後、封鎖された団結街道にある「フェンスを撤去せよ!」「団結街道の封鎖を止めろ!」の垂れ幕が懸った市東さんの敷地にあるやぐらに全員が恐る恐る上って、「へ」の字に曲がった誘導路をしっかりと確認しました。
空港の誘導路に航空機の接触を防ぐためということで「信号」が設置されていたり、管制塔から空港全体を見渡すことができないなどなど、成田空港が違法で欠陥だらけの空港であることを実感しました。
空港に隣接し、全体が東峰部落の総有物である東峰神社の御神木が着陸の妨げになると、2000年に空港会社が一方的に伐採したことが、裁判でも違法と断じられたこと、航空法で滑走路の先端から60b離れたところに高さ1・2b以上の物を置いてはならないと規定されていることから、B滑走路の南側だけを4bかさ上げしたため滑走路が傾斜していること、空港会社が違法に切り倒した後に新たに植樹した御神木が伸びていて着陸する際にパイロットの視界に入り、業界誌でも「世界一危険な空港」だと指摘されているということでした。
その後、空港会社が違法に買収した上で、明け渡し裁判に訴えている市東さんの南台の畑に移動しました。千葉地裁(多見谷裁判長)が、空港会社が訴訟対象としている畑の地番が違っていることを無視していることや、堆肥置き場は裁判の対象となっていないのに「全体面積の数%だから(明け渡しても)影響はない」という判決のデタラメ・無法ぶりが改めて確認できました。
ス労自主として初めての三里塚闘争現地調査でしたが、現地全国総決起集会に行くたびに風景が変る三里塚を実感しました。今回、デモコースでもあった市東さん宅横の農道封鎖をはじめ、あちこちで道路が寸断され、空港の下にトンネルが掘り造られていました。
現地調査を終え、三里塚現闘を表敬訪問しました。玄関先で挨拶するだけで帰るつもりでしたが、昼食時に訪問することになってしまい(計算して行ったわけではありません!)、現闘本部の皆さんから三里塚産じゃがいもや千葉産のイワシの煮物、ソウメンまでゆでて頂き、柿と洋ナシまでご馳走になる結果となりました。
現闘本部の皆さん、本当に、本当にありがとうございました。皆さんの底抜けの明るさに、三里塚闘争が勝利しているんだなあと改めて実感しました。
最後に空港全体を一望できるレストランで、反省会をしました。
その後、ス労自主の団交要求を拒否し続けている東燃ゼネ石資本の支配下になった市原市にある極東石油千葉製油所の門前闘争に向かいました。
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週刊『三里塚』(S884号2面4)(2013/11/25)
再稼働へ審査開始
原子力規制委が柏崎刈羽で
原子力規制委員会は11月19日、東京電力の柏崎刈羽原発6、7号機(新潟県)について、21日から再稼働に向けた審査を始めると発表した。福島第一原発の事故処理に何のメドもたっていない中、その東電が運営し、福島第一原発と同じ沸騰水型である柏崎刈羽原発の再稼働など、断じて許してはならない。日帝・安倍政権の手先としての姿を現した原子力規制委員会を徹底弾劾する。
元々、同委員会は柏崎刈羽原発について、「福島と柏崎刈羽を別々に考えることはできない」「福島の対策が終わるまで、柏崎刈羽の再稼働審査は行わない」と言っていた。ところが、同委員会の13日の会合で、突如、田中俊一委員長が議題にも書かれていない同原発の審査入りを切り出し、「審査は法的な義務」などと強弁して、柏崎刈羽の審査開始へ議論を誘導、各委員に同意させた。再稼働審査という重要案件を、定例会合の議題に事前に加えなかったやり方も含め、傍聴席からは批判が噴出。怒号が渦巻いたという。
田中委員長は、安倍政権と原子力ムラ・東京電力の圧力に屈服し、柏崎刈羽の再稼働に手を貸すという大罪に走ったのだ。先月下旬に田中委員長と東電の広瀬直己社長が面談したことを境に態度が変わり始めた。政権からは、柏崎刈羽の再稼働を求める圧力がさまざまなルートを通して強まっていることが報道されている。
また、規制委員会は、福島からの避難住民が帰還する際の放射線量について、現在「年間1_シーベルト以下」とされていることについても「年間20_シーベルトでいい」という方向に悪らつな誘導を始めた。規制委員会を許すな。
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週刊『三里塚』(S884号2面5)(2013/11/25)
審理打ち切りを粉砕
多見谷裁判長に痛打
天神峰やぐら裁判が11月19日に千葉地裁民事第3部(多見谷寿郎裁判長)で行われた。この裁判は、市東さんの行訴・農地法裁判の中でNAAが市東さんに明け渡しを求めていた物件の中に、団結街道破壊策動を監視するために建設した反対同盟所有の天神峰監視やぐらや大看板など4つの工作物が含まれていたために、これら物件の強制執行阻止に向けて反対同盟が提訴した裁判である。
この日、原告・反対同盟側から、4つの工作物が反対同盟の所有物であることの確認判決を求めることの必要性・適切性を陳述した。それにNAAが対応しようとしたところ多見谷寿郎裁判長が突然、「釈明する前に、提訴の却下を求める考え方もありますよ」などと、審理打ち切りを誘導する発言を行った。
これに対して弁護団・傍聴者が猛然と弾劾。「それでも裁判長か、そんなことNAAは一言もいっていないぞ」「極悪人だ」等々と多見谷裁判長を追い詰めた。弁護団も、NAAの代理人まがいの多見谷発言をただして全員が弾劾した。
結局、裁判長は、原告の主張に対する反論をNAAに促さざるをえなかった。
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週刊『三里塚』(S884号2面6)(2013/11/25)
鈴木さん一坪裁判再開
更新意見で千葉県を追及
11月月14日、千葉地裁民事第5部で鈴木さん一坪共有地裁判の弁論が開かれ、反対同盟と顧問弁護団、支援の労働者・学生・市民がともに闘った。 弁論が再開されるのは実に2年2カ月ぶりだ。被告の反対同盟・鈴木幸司さんが亡くなり、その後長男の謙太郎さんが亡くなったため、その承継(相続)問題をめぐって争ってきたからだ。一坪共有地は、「三里塚地区周辺に土地をもつ会」という組合所有のため、規約に基づき「空港反対運動を続ける人に相続させる」と決めてきた。だが千葉地裁は組合所有を認めず、一般的相続としてしか所有を認めなかったので上告して争い、その間裁判はストップしていた。不当にも、組合所有の承継を却下する最高裁決定が出たため、弁論再開となった。
裁判長が仲戸川隆人から松並重雄に交代したことにともない、この日は弁論更新の手続きが行われ、葉山岳夫弁護士をはじめ顧問弁護団が次々と立って原告・千葉県に対し全面的な批判を展開して追いつめた。
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週刊『三里塚』(S884号2面7)(2013/11/25)
三里塚営農だより
台風被害に負けず
萩原進さん宅
台風が去ってすでに1カ月以上経ったのにまだトラクターが入る事ができない畑があります。それは萩原さん宅の前の畑。台風の被害は畑の作物に広範囲に及んでいます。
八つ頭(里芋の仲間)などは10aほど根元に土寄せ(株の周りに土を盛ること)しているにもかかわらず、株ごと水に流されてしまったり、せっかく発芽した葉物が雨でたたかれた上、土ごと流されたりと散々でした!
中でも一番打撃を受けたのが大根で、産直では三品種(青首大根、三浦大根、聖護院大根)を作っていますが、雨でたたかれ弱った所を虫に食べられてしまい7割方ダメになってしまいました。
そのため仕方なく富夫さんがトラクターですべて耕し直して、代わりに葉物を蒔き直しました。
富夫さんの決断の速さとも相まって、今ではその葉物もきれいに出そろい、順調に育っています。
(写真 韓国民主労総ソウル本部との交流会に参加した萩原富夫さん=右端【11月1日】)
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週刊『三里塚』(S884号2面8)(2013/11/25)
三芝百景 三里塚現地日誌 2013
11月6日(水)〜11月19日(火)
●政府は、米の減反政策を5年後をめどに廃止する方針を決めた。(6日)
●国土交通省は千葉県に対し、羽田の国際線が県の上空を飛ぶ便数を最大1時間43便に増やす案を提示した。千葉県は拒否した。(8日)
●三里塚現闘と全学連三里塚現地行動隊が韓国を訪問した。非正規職全国大会、労働者全国大会(10日)、理念交流会(11日)に参加した。(9日)
●千葉地裁民事第2部・岸日出夫裁判長は、市東さんの耕作権裁判で、NAAにインカメラ審理による文書提出命令を出した。(10日)
●アメリカの大手航空会社アメリカンとUSエアの合併が米司法省から承認された。(12日)
●アメリカのルー財務長官が来日し、TPP交渉に関連して安倍政権に対し、農産物関税の全面撤廃を求めた。(12日)
●三里塚支援連絡会議は、東京高裁前での第2回目の早朝ビラまきを行った。「貝阿彌誠裁判長は、大法廷審理を行え」とアピールした。夕方には京成駅前で街宣を行った。(13日=写真=1面に記事)
●三里塚現闘は、動労千葉の出向無効確認訴訟の弁論闘争に参加した。(13日)
●三里塚闘争支援連絡会議は京成成田駅頭で街宣を行った。「1審多見谷判決をくつがえそう、市東裁判いよいよ控訴審闘争へ」というビラをまいた。(13日)
●鈴木さん一坪裁判の弁論闘争を闘った。2年2カ月ぶりに審理が再開され、裁判長の交代に伴う更新意見陳述を行った。(14日=2面に記事)
●反対同盟と支援が、成田市、芝山町、多古町の周辺地域一斉行動に決起、「反対同盟ニュース第2号」を配布しつつ、連携を深めた。(17日=1面に記事)
●第3誘導路による市東さんの生活環境破壊を調査する行動が始まった。22日まで。(18日=1面に記事)
●天神峰やぐら裁判の第3回弁論が千葉地裁(多見谷寿郎裁判長)で開かれた。(19日=2面に記事)
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