ZENSHIN 1995/11/13(No1743 p08)

ホームページへ週刊『前進』月刊『コミューン』季刊『共産主義者』週刊『三里塚』出版物案内販売書店案内連絡先English

 

週刊『前進』(1743号4面1)

戦争と大失業の時代における部落解放闘争の基本問題
 闘争路線の一層の深化・発展のために

  仁村 和義 (『前進』1743号、95年11月13日付)

 はじめに

 今日の全情勢の核心問題は、米・日帝国主義の朝鮮侵略戦争が刻一刻と切迫していることと、第三次世界大戦の不可避性ということに尽きる。
 仏中核実験問題に示されるように、帝国主義間矛盾の最先端で核戦争が引き起こされようとしている。日本帝国主義もまた、核武装の道をつき進もうとしている。帝国主義は核武装なしに生きられない時代に突入したのである。
 こうした動きの中心に米日帝の朝鮮侵略戦争策動と、それを中心的モーメントとした第三次世界大戦の切迫化がある。改憲問題も、APEC(アジア太平洋経済協力会議)・沖縄・安保問題も、そして仏中核実験問題もすべて、米日帝の朝鮮侵略戦争と第三次世界大戦の歴史的切迫情勢からとらえかえし、核心的に問題をつき出していかなければならないのである。
 われわれは、こうした戦争切迫情勢に対する党としての鋭い認識をうち立てつつ、戦争と大失業の時代における階級闘争の道筋をはっきりとうち出して闘わなくてはならない。党の革命路線の中に大失業時代の階級闘争の路線をはっきりとうち立て、日本革命の重大テーマとして定立させなくてはならないのである。
 戦争と大失業時代の切迫情勢下では、経済闘争がたちまちにして階級支配との激突へと発展し、あるいはまた経済闘争がただちに政治闘争に転化し、壮大な政治決戦、階級決戦に押し上げられるのであり、党は重大な決断をもって、日帝・資本家階級の大失業攻撃との闘いを路線的に位置づけなくてはならない。
 こうした戦争と大失業の時代の始まりの中だからこそ、レーニンの「革命党の三つの義務」の実践に本格的に取り組まなければならない。
 反スターリン主義・革命的共産主義の労働者党建設とは、まずもって非合法・非公然の党の建設でなくてはならないのである。非合法・非公然の党の体制を全党の力でつくり出しつつ、その基礎の上に労働戦線を中心にした戦闘的大衆運動の大方針をうち出しつつ闘っていかなければならないのである。
 十一月APEC・日米安保首脳会談をめぐる情勢は、九〇年天皇決戦以来の激烈な階級的攻防、予想を超えるものに発展しつつある。APECは、日本市場、アジア市場をめぐる日米帝国主義間の対立をエスカレートさせ、日米間対立、朝鮮侵略戦争、第三次世界大戦情勢を一挙に成熟させるだろう。また日米首脳会談は、沖縄への犠牲集中の上に安保のアジア安保化・世界安保化という大改定の狙いをもち、ACSA(物品役務融通協定)締結をもって、有事体制・朝鮮侵略戦争への参戦を宣言しようとするものにほかならない。
 われわれは、戦闘的大衆運動を組織して闘い、その戦闘性と大衆性の力で敵階級に決定的な痛打を浴びせるのでなくてはならない。APEC・沖縄・日米安保をめぐる階級的攻防の全体のへゲモニーを堅持しつつ、十一・五集会をかちとる労働戦線の現場からのうねりと固く結びついて闘うのである。
 今や、数万、数十万のプロレタリアートは「闘う労働運動の新たな潮流」の闘いに大いに関心と共感を高めている。社会党解党―新党結成情勢下で、プロレタリアートの圧倒的良心的部分は苦悩し、そして悪戦苦闘している。いま明らかに、「新たな潮流」運動の成否に階級情勢の流動化の今日的核心があるのだ。
 今こそ、われわれは戦争と大失業の時代の切迫を一体的に人民の前に暴露しきり、すべてのプロレタリア人民がかかえる全問題を大失業時代論の中に包括的に論じきり、語りきるようなこうした党の働きかけが必要なのである。
 こうした意味で真っ向からの党の綱領・路線をうち出しつつ、「闘う労働者の党の建設」を包み隠すことなく呼びかけ、「労働者の中ヘ」「労働組合の中へ」大胆に踏みこもう。
 本稿は、十一・五大集会の歴史的大成功を、戦闘的労働者とともにかちとる地平をふまえ、党の部落解放闘争路線の新たな深化・発展を、これまで二年半にわたる労働運動路線の勝利的地平の上に立ってはかることを目的に書かれたものである。全党の同志と支持者の皆さんの熱烈な討議の素材として活用されることを心から訴える。

 第1章 石川一雄氏の仮出獄と狭山闘争の新たな局面

 周知のように、昨年十二月、無実の石川一雄氏は、三十三年間にもおよぶ不屈・非転向の獄中闘争を貫きとおし、仮出獄によって故郷の土を踏んだ。しかし、石川氏の身柄が出たことによって、仮出獄問題はなんら決着したわけではない。むしろ、石川氏への転向強要・圧殺か、石川氏と全人民との合流、狭山闘争の戦闘的発展かをめぐって、攻防はエスカレートした。狭山闘争の今日の攻防の、最も重要な第一の核心点はここにある。
 いまひとつ重要な点は、日帝・東京高裁が、すでに九年にわたる第二次再審請求に対して、来春にもなんらかの決定を下す動きを開始したことである。日帝・東京高裁の狙いは、石川氏の不屈の闘いを圧殺し、狭山闘争の新たな胎動をおしとどめて解体に追いやるもの以外の何ものでもない。
 日帝は、絶望的な体制的危機に陥る中で、侵略戦争と大失業に向かって、一大反革命攻撃にのめり込んでいる。九七年の地対財特法期限切れに向かって、部落解放運動の根絶・一掃の攻撃を一段と強めている。解同本部派は、なすすべなく屈服し、その手先と化している。非転向の石川氏の存在と闘い、それを先頭とした狭山闘争の持続的・大衆的発展は、こうした攻撃の前に立ちはだかる全人民の反撃の根拠地をなしている。狭山闘争の命運は、こうした階級攻防の最焦点のひとつに位置している。
 われわれは、石川氏との固い連帯をどこまでもうち固め、来春棄却策動をうち破り、日帝の戦争と大失業、部落差別攻撃との総対決に向かって、今秋闘争から来春の闘いを全力で闘わなければならない。

 1 石川氏仮出獄問題の意味するもの

 権力犯罪の破産に追いこまれ、新たな形で狭山闘争解体狙う
 狭山闘争の現局面を正しく認識するためには、石川氏が今日置かれている仮出獄をめぐって、その攻防の意味するところをはっきりととらえておかなければならない。
 第一に、狭山差別裁判にこめた日帝・国家意志の全面的破産であり、権力自らそれを自認したに等しいということである。三十年以上におよび差別裁判を護持してきた、国家的権力犯罪の破産ということである。
 たしかに昨年末の石川氏仮出獄は、仮出獄のいくつかの条件の充足、村山社会党政権の誕生など、客体的諸条件としては出さざるをえない事情があった。しかし、単にそうした事情だけで、無実を叫び続ける石川氏の仮出獄を決断したわけではない。むしろ、日帝は、これ以上石川氏を投獄し続けることがより大きな自らの危機を招いてしまうような情勢、つまり自らの圧倒的不正義をこれまでの形では維持し続けることが困難な情勢にたちいたってしまったのである。
 第二に、その上で、仮出獄に日帝がこめた狙いとは何か、ということである。何よりも、石川氏の非転向の闘いの解体である。事実、日帝は仮出獄を使ってあわよくば石川氏に罪を認めさせようと、反省文を取りつけることを執拗(しつよう)に策動し、ことごとく石川氏にはねつけられた。権力による恩恵の形をとることで、石川氏の非転向の闘いの矛先を鈍らせ、傷つけ、泥まみれにして解体しようとしたのである。
 同時に、そのことをとおして、狭山闘争そのものを解体することを狙ったのである。石川氏の非転向の闘いを崩されるということが、狭山闘争の心臓部を閉ざされることを意味することは、あまりにも明白である。したがって、きわめて攻撃的性格に貫かれた政治的攻撃であるといえる。
 しかし、このようなあくどい狙いをもった仮出獄攻撃に対して、石川氏は原則的態度を堅持して対決しぬいた。石川氏が非転向の立場を非妥協的に貫いたことで、仮出獄にかけた日帝の狙いは大きく破綻(はたん)した。
 第三の問題は、だからこそ、この石川氏に対して、出獄した今なお、一層凶暴な屈服・転向強要の攻撃がエスカレートしていることである。
 出獄で問題が解決したわけではまったくない。公安警察による日常的監視体制、更生保護委員会による監視体制が厳重に敷かれ、石川氏に対する事実上の拘禁生活の強要、刑の執行延長といえる状態が続いている。
 それは何のためか。何よりも石川氏の闘いそれ自身を、権力の監視下にがんじがらめにし、封じこめるためである。そして、石川氏と革命派との歴史的合流を阻み、狭山闘争の新たな戦闘化の道を封じるためである。さらに、解同本部派を先兵として活用することである。日帝は、仮出獄にこめた階級意志―非転向の石川氏の闘いの圧殺とそれをとおした狭山闘争の根絶を、本部派を使って貫こうとしている。本部派は、これととことん一体化し、先兵であることを自覚しつつ、石川氏を自らの手でがんじがらめに縛りつけているのである。
 一体、解同本部派は何を考えているのか。昨今、彼らは、狭山闘争の早期終結を公然と口にし始めた。自民党や新進党と野合した「基本法制定」運動の中で、彼らにとって狭山闘争はお荷物以外の何ものでもない。何よりも石川氏の非転向性、日帝に対する不屈・非妥協の闘い、そこに体現される日帝と狭山闘争の絶対的非和解性、このことから闘いが長期持久化すればするほど、彼らの破産と大衆の戦闘化が拡大するのである。そもそも本部派にとって、路線的に位置づけようがないのである。
 ここから、本部派の手で石川氏の闘いへの有形無形の妨害、嫌がらせ、恫喝が繰りかえされている。心の底からの怒りを禁じえない。要するに、単に革命派との合流の妨害にとどまらず、非転向の石川氏の存在と闘いの解体、それをとおした狭山闘争の幕引き、この点が本部派の今日的所業の核心問題である。

 石川氏の不屈・非転向の闘いの原点
 では石川氏の非転向の原点とは何か。「私は無実の罪で三十二年間も拘禁生活を余儀無くされ、その結果、貴重な人生、二度と巡ってこない青春時代を奪われて終ったことは紛れもない事実であり、此の怨念と屈辱を晴らすには、再審勝利以外にありません」「この様に自由と権利を取上げてしまった司法権力に対し、どの様に償って貰えばよいのでしょうか。――近い将来、必ずや権力に思い知らせる時がきます」「元より私は自分の無罪を勝取るだけでなく、部落解放の先鋒になって闘っていく」「全国の部落兄弟は元より、労働者階級人民と共に階級的共同闘争としてとりくんで」(石川一雄氏の本年八・九アピールより)
 石川氏のいずれのアピールにも共通する闘いの原点は、第一に、無実を晴らすことに対する、全生涯をかけた執念である。第二に、未曽有の国家権力犯罪のいけにえとして、三十余年牢獄につながれ、全青春時代を奪われたことに対する全存在、全精神をかけた糾弾である。権力と自己との絶対的対立、ともに天をいただかないという峻厳な非和解、そして報復ということである。
 第三に、自己を労働者階級人民の一員ととらえ、権力犯罪に対する糾弾闘争を階級的共同闘争で勝利させるという、すぐれた階級闘争の指導理念に立っていることである。党派利害、運動団体の利害を超えて、共同闘争として全人民の闘いを結合させよ、ということである。
 この三点は狭山闘争の新たな発展の礎(いしずえ)となるべきものである。何人も狭山勝利を願うものである限り、これに立ちはだかることは許されない。石川氏の闘いは文字どおり全人民の宝であり、その言葉は全人民の共同綱領である。その否定は、狭山闘争を闘う資格の剥奪(はくだつ)を意味する。
 解同本部派は、自らの所業によって、この共同綱領の何を破壊しようとしているのか。
 石川氏が青天白日、無実であり、それゆえにこそ、国家権力の差別犯罪を全存在をかけて糾弾している、対権力闘争の絶対的非和解性の否定である。国家ぐるみの権力犯罪への怒りがない。単に無罪をお願いする「公正裁判要求」に、国家権力との闘いをねじ曲げている。石川氏と本部派は、そもそも闘いの原点で根本的に異なる立場でしかなく、本部派はこれを力にまかせて石川氏に屈服を迫っているのである。
 また、本部派は「公正裁判要求」路線であるから、根本的に労働者人民の共同闘争が位置づかず、無用のものでしかなくなる。そこから、全人民の宝である石川氏の存在と闘いを排他的に私物化し、自己の政治的利害のもとに置こうとするのである。本部派こそ、石川氏の闘いに背く、共同綱領破壊者である。
 以上のことから、狭山闘争の今日の攻防の核心点は、第一に、全人民の力で石川氏の闘いを支え、石川氏の非転向の精神を、全人民の共同綱領として守りぬくことである。権力の監視活動や妨害行為から、石川氏の闘いを防衛すること。そして狭山勝利を願うすべての人びととの合流をつくり出すことである。また権力の意を体現する本部派の妨害をはねのけ、自由な石川氏の活動を保障することである。そしてまた、共同綱領をすべての人民の精神として広め、狭山闘争の新たな発展の礎とすることである。非転向を貫きつつ、再審闘争を闘う石川氏に対して、部落解放同盟全国連合会の狭山基金運動を始め、物心両面にわたる援助を強めなければならない。

 来春の狭山再審棄却攻撃をうち破れ
 攻防のいまひとつの核心点は、石川氏圧殺・狭山闘争解体を狙う日帝の反動と対決しつつ、来春棄却策動をうち破ることである。
 間違いなく日帝・東京高裁第四刑事部(高木俊夫裁判長)は、狭山第二次再審請求に対して、新たな動きを開始している。来春三月までには、なんらかの決定を下すのではないかといわれている。
 第二次再審請求がなされてからすでに九年が過ぎ、弁護側、検察側双方の意見書が出されてからも、すでに二年半が過ぎている。この間に定年を前にして近藤裁判長が突如退官し、高木裁判長が担当に就任した。これほどの時間をかけながら、裁判所は事実調べのそぶりすら見せない。高木体制は、明白に近藤では成しえなかった、日帝の権力意志を体現した棄却シフトにほかならない。石川氏出獄以来十カ月がたつのに、石川氏の切実な願いを無視し続け、本人尋問すら行わない。全国連の要請行動に対しても、露骨な弾圧体制をとり、きわめて硬直的な姿勢に転じている。
 このような高木体制が下そうとする決定が、いかなるものになるかは、火を見るよりも明らかである。われわれはこのような策動を断じて許してはならない。
 今日日帝は、出口なき体制的危機にのたうちながら、外に向かっての侵略戦争攻撃、内に向かっての階級闘争の圧殺攻撃に延命を託し、絶望的あがきを開始している。日経連プロジェクト報告によって、六千万労働者とその家族を、大失業と飢餓地獄にたたきこんでも、日帝自らは生き延びるという、とんでもない宣言を発した。それは文字どおり階級戦争の宣戦布告であり、必ずや国家自ら先頭に立った排外主義、差別主義の大攻撃をもたらす。
 石川氏の存在と闘い、狭山闘争の持続的発展は、戦争と失業に向かう日帝ののど元につき刺さった鋭いトゲにほかならない。だからこそ、石川氏圧殺、狭山闘争解体を狙った日帝の策動との、ぎりぎりとした攻防局面を抑えたのである。
 十一・五狭山中央闘争、労働者大集会の高揚を引き継いで、さらに全力で闘おう。

 2 差別徹底糾弾貫き、再審闘争の勝利を

 極悪の国家権力犯罪である狭山差別裁判
 狭山差別裁判とは、無実の部落民石川一雄氏に対して、彼がただ部落民であるという一点の理由で、警察・検察・司法、権力を始め国家ぐるみで「殺人犯」にテッチあげ、三十二年もの間、牢獄にたたきこみ、今なお仮出獄のもとで石川氏をがんじがらめに縛りつけている、日本帝国主義の極悪きわまる権力犯罪である。
 石川氏の青天白日の無実、それを百も承知の上で三十余年にわたって差別裁判を護持し続け、石川氏の人生を虫けらのように踏みにじり続けている日帝・国家権力の極悪非道性、両者の絶対的な非和解性、これが狭山差別裁判を差別裁判としている絶対の原点である。
 では、日帝の狭山差別裁判にこめられた階級意志とは何か。日帝の部落差別―人民分断支配攻撃の暴力的貫徹ということである。狭山差別裁判がその攻撃の環をなしているということである。
 狭山差別裁判は、一方で「部落=悪と犯罪の温床」という大々的な国家的差別扇動であると同時に、それをもって労働者人民の伝統的な弱点をつき、部落差別への屈服・加担をとりつけることで、プロレタリアートの階級的隊列を分断・対立させ、日帝支配を護持しようとするものである。さらにまた、それは戦後部落解放運動の戦闘的牽引(けんいん)車であり続ける狭山闘争を圧殺・解体し、日帝・国家権力に対するどんな抵抗も無駄だという状態をつくり出し、もって人民のあらゆる抵抗の芽を摘み取って、戦争国家体制づくりを暴力的に推し進めるものにほかならない。
 ではなぜ、日帝は差別裁判護持に、今なお固執し続けるのか。
 今日日帝は、日米争闘戦の果てしない激化を軸に、未曽有の体制的危機を深めている。そこから日帝は、戦後支配のあり方を、政治、経済、全社会基盤にいたるまで、根本的に転換し、侵略戦争と大失業の強制へ絶望的に突進し始めた。これは、戦後的階級関係の右側からの破壊、国家権力による人民の暴力的制圧なしにはありえず、歴史的な階級決戦を不可避にする。
 日帝は、こうした背景のもとに、狭山闘争の解体、部落解放闘争の一掃にのり出してきている。あと二年足らずの後に迫った九七年の地対財特法期限切れをもって、戦後同和対策事業を全廃し、部落大衆をとてつもない生活破壊と無権利状態にたたきこみながら、解同本部派を自己の足元に組み敷き、部落解放運動を侵略翼賛融和運動に変質させようとたくらんでいる。そうすることで、部落差別攻撃の恐るべき激化をもたらし、人民分断支配を強化して、労働者人民総体の戦争体制への動員をはかろうとしているのである。
 戦争と大失業の時代に向かって、日帝は、その体内から噴き出る諸矛盾を排外主義や差別主義の大洪水に転化し、階級を分断・圧殺して戦時体制を構築するために、画次元的な段階に踏みこもうとしている。そのためにこそ、どれだけ破綻が明白であろうとも、狭山差別裁判を護持し、狭山闘争を解体することが、日帝の至上命令なのである。

 狭山闘争とは何か
 狭山闘争とは、石川氏の無実を明らかにすることをとおして、部落差別にもとづく国家権力犯罪を暴き出し、徹底的に糾弾する闘いである。それゆえそれは、日帝の部落差別―人民分断攻撃の全体系と激しく激突せざるをえない闘いである。したがってまた、日帝の階級支配の根幹を直撃する徹底した反権力闘争である。
 このような意味をもつ狭山闘争は、部落差別を温存・助長してきた張本人である日帝国家権力に対して、部落民の差別徹底糾弾闘争をもって対決する部落解放闘争の原点をなす闘いである。日帝との非和解的激突、倒すか倒されるかの階級的力関係によってのみ、狭山闘争の歴史的勝利、部落解放の展望を切り開くことができるという闘いである。
 だからこそ狭山闘争は、同時にまた戦後解放運動の改良主義的歪曲、行政闘争路線をのりこえ、部落解放闘争を原点にひきすえる闘いである。狭山闘争こそ、日帝の戦後的融和策や、解同本部派のそれへの屈服・腐敗にもかかわらず、二十数年間にわたって部落解放闘争と日帝との攻防の焦点となり、力関係の総括軸をなしてきた。この中に、解同本部派の屈服・転向をのりこえ、部落大衆の部落差別へのストレートな怒り、戦闘的エネルギーを解き放つ革命的なヒドラが宿り続けてきた。
 また、狭山闘争は、日本プロレタリアートにとって、自らの階級性を照らし出し、研ぎ澄ましていく試金石の役割を果たしてきた。日本プロレタリアート人民は、石川氏の存在と非転向の闘いに触れ学ぶ中から、日帝の部落差別攻撃に心底から怒りを燃やし、自らの屈服・加担をのりこえ、厳格な階級的自己批判の態度をもって、石川氏の闘いを支持・連帯し、階級的共同闘争の一翼を形成してきた。そのことがまた、狭山闘争を全人民的政冶闘争、階級闘争の重要な一環として発展させてきたのである。
 こうした狭山闘争が、日本プロレタリアートの階級的前進にとってもっている意味ははかり知れない。狭山差別裁判の強行を許し、部落差別を許すことは、プロレタリアートにとって、社会民主主義やスターリン主義のもとで、労働者階級自己解放の根本原理をいやしめられ、おとしめられてきたことと不可分に結びついている。
 したがって、石川氏と連帯し、狭山闘争を自らの課題として闘うことは、これらの呪縛(じゅばく)を払いのけ、プロレタリアートの自己解放=人間解放の原点を取り戻す闘いである。狭山闘争を階級的共同闘争として長年にわたって闘う中で、日本プロレタリアートはこのような高い階級的倫理性、すぐれた階級意識をつちかってくることができたのである。
 狭山闘争の圧殺・解体か、歴史的勝利かをかけた新たな攻防への突入は、日本プロレタリアートの階級性と、階級の隊列を守りぬき、新たな社会の主人公として自らを形成してゆく闘いにほかならない。
 「狭山差別裁判がしめしていることは、ある意味では、これからの日帝の危機と侵略と階級支配の危機の時代における部落差別問題の異常な強化の攻撃の展望であるといえる。すなわち、帝国主義体制が危機におちいりつつあり、末期的症状を呈しているとき、また、革命と反革命の激突、社会不安の深刻化がすすんでいるとき、一方で、帝国主義的民族排外主義がかきたてられ、帝国主義的抑圧民族のプロレタリアート・人民をさえしだいに冒してゆき、超反動的排外主義的な国民的動員がおこなわれてゆくのであるが、他方では、国内階級支配構造自体の面でも、その体制的危機をのりきるために、ナチスの血のイデオロギーや日本の天皇制イデオロギー、制度などのような超反動的な思想的・政治的、体制的攻撃が激化するとともに、ことさらに被差別部落民にたいする帝国主義の凶悪な差別がつよめられ、一般民の反動的差別意識がかきたてられ、部落民にたいする反革命的差別的襲撃にひきだされ組織されてゆこうとするのである。こうした攻撃にプロレタリアート・人民が屈服することは、思想的腐敗であるのみならず、体制危機のなかでのプロレタリアート・人民の階級的戦線が分断・対立せしめられ、革命的内乱への道をみずから閉じ、階級的危機に完全におちいることを意味している。激動期には、平時には萌芽的であったことが重大な問題に発展するのである。われわれは部落解放闘争の断固たる推進をなしえないならば、それは究極的な地点で部落民にたいする襲撃者に転落するものであることを、そして、自己自身を帝国主義の召使いの立場においやるものであることを銘記しなければならない。われわれは、けっしてこのような暗い展望の現実化を許してはならないのだ」(津久井良策著『内乱と武装の論理』八九ページ)
 狭山闘争の新たな局面にあたり、今一度上記のことを肝に銘じ、プロレタリアート人民の総決起をかちとろう。

 第2章 日帝の部落差別をうち破る部落解放の基本路線

 1 労働運動路線が開いた貴重な地平

 解同全国連第二回大会(九三年三月)以降の二年半、党は全国連運動の先頭で労働運動路線という部落解放運動の新たな闘争領域、新たな闘争形態の確立のために全力で闘いぬいてきた。二回大会は部落差別の本質を「帝国主義の階級支配の具体的あり方としての身分差別」であり、「あらゆる身分的差別のあらわれ」と規定したことを出発点に、三回大会における労働実態調査の全国的実施と資本による差別的な搾取・収奪の実態構造の解明、資本の部落差別に対する糾弾闘争としての労働組合づくりといった労働運動路線を確立し、全力でこれに取り組んできたのである。
 部落解放運動における労働運動路線の確立のための闘いの中で、実に貴重な、画期的地平が切り開かれてきたが、その第一は、独自の労働・生活実態調査に全国的に取り組む中で、今日の部落差別の実相、深刻化の現実をリアルに把握することに成功し、部落解放闘争としての労働運動路線の画期的前進を切り開いている、ということである。
 われわれは実態調査の中で、帝国主義権力やブルジョアジー、そして解同本部派から日共・全解連までが大合唱する「差別解消」論や「国民融合」論がまったく現実と反したデマゴギーでしかないこと、部落差別という迫害のもとで膨大な部落大衆が呻吟(しんぎん)していること、そして部落大衆の八割を構成する部落民労働者がブルジョア法や行政施策の保護の外に置かれ、最も放置され、最も圧迫・迫害されている現実を生々しくつかみとることができたのである。実態調査によって部落民労働者の労働・生活実態に迫り、彼らとの緊密な結合が始まったこと、これが第一点である。
 第二は、資本の部落差別に対して労働組合を組織して闘うという部落解放闘争の新しい戦術、新しい闘争形態を編み出すことによって、部落解放闘争の主体としての部落民労働者の感動的ですばらしい決起を次つぎとつくり出し、解同本部派の運動をのりこえる新たなうねりが広範に開始されたことである。
 このことは、部落民労働者の利益を守るただひとつの解放運動組織としての全国連の社会的政治的位置を決定的にグレードアップさせたばかりか、部落民労働者の部落解放闘争の主体としての自覚や、その自覚にもとづく運動の主人公としての決起を次つぎと生みだすことになったといえよう。
 第三は、こうしたことによって、解同本部派の行政依存主義の運動路線との決別を鮮明にさせ、戦後解同運動を戦闘的にのりこえていく地平が切り開かれつつあるということである。帝国主義の戦争危機と大失業時代の到来のもとで、もはや解同本部派の協調路線では闘えなくなり、彼らの行きづまりと、組織と運動の両面から危機が深まる中で、全国の部落大衆をひきつけるただひとつの力をもった勢力として全国連がうち立てられてきたといえる。
 そして第四に、部落民労働者が労働組合を組織し、資本の部落差別に対する糾弾闘争を闘いつつ、労働者全体の利益の先頭に立つことで、部落民労働者の労働者階級としての自覚を生み出し、労働者自己解放の事業の中に部落大衆の解放を展望するという部落解放運動のたくましい階級的成長をつくり出していることである。
 このことは、労働者階級の内側から部落解放闘争と連帯する闘いが具体的形態をもって実践的に開始されることを可能としているという点でも、大きな前進を切り開いているといえる。
 総じて、二年半にわたる労働運動路線は、全国連五万人建設へ向けた全国の部落大衆の真剣な実践、なんとしても突破口を切り開こうとするすさまじい意志・決意によって牽引されたということができよう。戦争と大失業の時代、資本攻勢の嵐の時代が迫りくる今、部落民労働者の開始された決起を牽引車としながら、三百万部落大衆の基本的多数を獲得し、プロレタリア革命に彼らを引き入れていく新たな挑戦を開始すること、これがわれわれのさし迫る課題である。

 2 全国連2回大会テーゼの画期的意義

 労働運動路線は、しかしいったん開始されるや全精力を傾注することなしにはできない大きさと重さがある。このことから、労働運動路線の圧倒的確立へと向かったわけであるが、この二年半にわたる実践的地平と理論的検証を媒介に、労働運動路線の全面的確立、理論的、路線的深化の作業を行う必要がある。
 (1)全国連二回大会テーゼは、部落差別の本質規定を“帝国主義の階級支配の具体的あり方としての身分的差別”とした。このテーゼの画期的意義は、(イ)身分的差別が帝国主義の時代である今日でさえ厳存することを、文句なしにつき出したこと。(ロ)そして、身分的差別が帝国主義の階級支配の具体的あり方として再編的に温存されていることを、明確に規定したのであった。
 すなわち、部落差別とは一方で部落民を部落民であるがゆえをもって差別するという構造をもちながら、また他方で、労働者階級全体の支配、抑圧、搾取、収奪のテコとして隊列の分断をはかるものにほかならない。重要なことは、部落民が部落民であるがゆえに、という身分的差別の論理をこの帝国主義の時代に温存することに問題の核心があるということである。単に、貧困や生活水準の低さ一般が問題となっているわけではなく、部落民にとって全人格的破壊をともなう身分的差別として貫かれるところに帝国主義のすさまじい凶暴性もあるといえるのである。
 (2)「資本の部落差別」は、こうした帝国主義のもとでの身分的差別という全体制的、社会的差別(あえていえば一般民プロレタリアートも屈服的にまきこんでの)の現実があることによって成立するものにほかならない。「資本の部落差別」ということを考える時、次の二つのことを区別と連関においてとらえることが必要となる。
 資本主義は、産業資本主義段階(自由主義段階)においても、マルクスが『資本論』で解明したように相対的過剰人口→潜在的過剰人口のメカニズムを形成し、膨大な下層プロレタリア、最下層人民層を生産―再生産する。そして、それをとおして労働者階級を分断しつつ、抑圧し、搾取する。帝国主義段階では、いわゆる「逆転傾向」の論理が働き、そのメカニズムがより一層量的にも質的にもあくどくなる。
 部落差別、特に資本による部落差別はこういう資本主義的、帝国主義的物的基礎と通底するものがあるといえる。だが、部落差別はこうした資本による労働者階級の分断や差別というものの直接的延長線上にあるということはできない。封建時代から温存してきた「身分的差別」というエレメント(要素)こそ部落差別を部落差別たらしめるものにほかならない。それゆえにこそ資本は一般的な資本による労働者の分断・差別(これ自身すさまじいものがあるが)にとどまらず部落差別を温存しようとするのである。なぜなら、資本による労働者の分断・差別の決定的武器(物的基礎)となるからである。逆にいえば、まさに帝国主義である限り部落差別がなくならない理由もここにあるのである。より一般的にいえば、搾取にもとづく階級社会そのものが廃絶されない限り、部落差別は解消しえないという階級的根拠がここにあるのである。
 全国連二回大会テーゼは、こうしたことがらをきわめて明瞭な形で定式化し、これまでの部落解放戦線の理論的混迷、スターリン主義的歪曲をのりこえていく理論的、実践的拠点をうちたてたのであった。この歴史的到達地平にとことん立脚し、あくまで理論的、実践的拠点として守り育てることで狭山再審闘争の新たな展望、全国連五万人建設のリアルな展望をもまた切り開くことが可能となるのである。

 3 労働運動路線基軸に三大闘争路線を強力に推進しよう

 労働運動路線は三大闘争推進の機関車
 これまでの叙述を部落解放闘争論の組み立てというベクトルから論じるとすれば、こうした全国連二回大会テーゼにもとづく差別糾弾闘争、要求闘争、共同闘争という三大闘争論を、帝国主義の階級支配の一環としての身分的差別の全体に対する闘いの道筋としてはっきりおさえ、その上で労働運動路線を三大闘争全体を牽引する基軸的な推進路線として位置づけるということである。三大闘争論が部落解放闘争全体を包括する概念であるとすれば、労働運動路線はその三大闘争を主体的に推進する機関車の役割を果たす概念として位置づけるということである。
 実際、三回大会、四回大会の過程で取り組まれてきた部落民労働者による労働組合づくりの運動は、その中でこれまでの解同運動をのりこえる闘う主体の新たな決起にとってきわめて画期的情勢を切り開いているのである。幹部活動家の請け負い的運動に対して、部落民労働者が労働者階級全体の立ち上がりの中で、部落解放の主体として決起することによって、運動の大衆性が拡大し、全国連五万人建設のリアルな展望をつくり出しつつあると言える。
 こうして始まった情勢を一層大きく、一層確固としたものへと発展させていくことができるかどうかは、労働運動路線を推進基軸とする三大闘争路線の全面的物質化の闘いの成否にかかっている。トータルに三大闘争路線を推進していくということである。実際に、戦争と大失業の時代の到来の中で、ますます部落差別は強まり、同和対策事業の全廃化攻撃のもとで部落大衆の絶対的窮乏化は、いよいよ深刻化する時を迎えている。今こそ、三大闘争がすべての領域で死活的課題として押し上げられてきている。

 要求者組合の結成と要求闘争発展の展望
 ここでは、要求闘争、差別糾弾闘争、共同闘争という闘いの領域が、戦争と大失業の時代のもとで、ますます重大なものになろうとしている点について、いくつかの角度から検討していこう。
 第一に、「阪神大震災」、東大阪市議選のもとで編みだした要求者組合の今日における新しい意義である。要求者組合運動は、現にある大衆の具体的要求に組織と運動の形を与え、要求の具体的実現を対行政闘争の中ではかるというものである。
 この要求者組合を「阪神大震災」直後のパニック的事態のもとで真っ先にうち出し、神戸・長田では「雇用保険給付要求者組合」を、西宮では「住宅要求者組合」を、少し遅れて神戸・番町でも「住宅要求者組合」を結成し、あわせて千数百人の労働者、部落大衆を結集、被災地での労働者の要求実現で先進的役割を果たしている。また今年九月の東大阪市議選でも、雇用不安が渦まく東大阪の労働者に対し、「仕事保障要求者組合」を八百人を超える規模で組織し、市議選をその原動力で勝利させたことも記憶に新しい。現にそこに存在する大衆の具体的要求に着目し、そこに組織と運動の形態を与え、その中から労働者的自覚、部落民的自覚や権利意識、団結を育てていくという闘い方が、大失業時代の到来のもとで今こそ効果的な意義をもち始めようとしているのである。
 第二に、九七年三月の「地対財特法」の期限切れにともなって、個人給付的諸事業の全面廃止がいよいよ全国化し、部落大衆の窮乏化に一層拍車をかける事態になろうとしていることである。九一年「政府大綱」での「十項目」重点政策でいう、(イ)個人給付事業の資格検査の徹底、(ロ)住宅家賃の大幅値上げ、(ハ)国税の減免措置の廃止、(ニ)住宅新築資金の償還率向上などを始めとして、個人給付的諸事業そのものを全廃する方向が、解同本部派の協力のもとで推し進められようとしている。
 住宅、教育、就労、医療、保険などにかかわる個人給付的諸事業が全廃されることになれば、一家族あたり数万円を超える負担額の増大が予測されるわけであるから生活破壊そのものに直結する。まさに“飯が食えない”事態が大量に生み出されるのである。
 解同本部派の裏切りにもかかわらず、部落大衆の同和対策事業全廃、個人給付事業廃止による切り捨てに対する怒りは、たちまち家族ぐるみ、村ぐるみの決起となって広がるだろう。要求闘争の現実的基盤はこうしていよいよ成熟しつつあると言える。
 第三に、こうした要求闘争の条件の広がりのもとで労働運動路線を水路に、部落民労働者の決起が実現することによって、要求闘争の主体、主人公が形成され、大衆性がより一層広がりをみせるだろうこと、またさらに要求闘争の内容も労働同和行政の確立を水路にするような、部落民労働者の労働問題での要求闘争を新たに組み立てていく努力が今、本格的に開始されようとしていることである。先に紹介した東大阪市議選での仕事保障要求者組合運動の挑戦は、その重要な一環と言えよう。

 狭山を軸とする差別糾弾闘争の重大性
 次に差別糾弾闘争について、当面の核心問題について押さえておきたい。
 第一に、全国連第二回大会テーゼが明らかにしたように、部落差別とは帝国主義の階級支配の具体的あり方としての身分的差別である。それは経済的攻撃であり、政治的攻撃でもあり、思想的攻撃でもあり、そしてまた全社会的攻撃である、そうしたものとして存在する。
 部落民の主体に引きつけて規定すれば、部落民の受けている部落差別は政治的、経済的、社会的、精神的な抑圧であり、部落民を全人格的に拘束し、「人間外の人間」として取り扱う迫害である。その一部でもある経済的抑圧も、単に生活苦一般であるわけではなく、資本制的企業にさえ容易に就職できないこと、国家権力、資本およびそれに屈服した一般労働者人民やその他の社会的勢力から加えられる社会的、政治的、精神的迫害と結びついた生活苦なのである。政治的圧迫といえども、単純に「市民的権利の剥奪問題」一般に解消されるものではなく、部落民であることに固有の政治的、法的、治安的、イデオロギー的抑圧を国家権力によって受けており、権力、資本およびそれに屈服した一般労働者人民による経済的、社会的、イデオロギー的迫害と結びついた政治的抑圧なのである。
 こうした差別・抑圧がそれぞれ相互に固く結びついて、身分的差別という一個の全体を構成していると言える。このように部落差別の全体性を正しく把握するためには、徳川幕藩体制下の封建的身分制の一環としての部落差別支配体制が、日本帝国主義の体制的存立のために再編され、階級支配の一環として再生産されてきたという本質的把握が基礎になくてはならない。差別糾弾闘争とは、まずもって部落差別のこの全体性に対して正面から対峙して闘われるものでなくてはならない。これが第一の確認点である。
 第二に、このような部落差別の全体性、帝国主義のもとでの部落差別の具体的諸現実、諸事象を糾弾し、部落民の生活と権利を守る当面の闘いの運動的推進基軸は、狭山闘争の歴史的勝利のための闘いである。
 戦争と大失業の時代の到来は、ストレートに部落差別を始めとするあらゆる社会的差別が強まり、被差別人民への迫害の時代が到来することを意味する。帝国主義の体制的危機の諸矛盾が排外主義や差別主義の大洪水に転化され、体制の深部から噴き出してくるのである。
 日帝の狭山差別裁判の強行こそは、(イ)迫りくる戦争危機、体制危機、警察政治の危機を部落大衆への憎悪、迫害にすりかえ、(ロ)そのことによって部落を「悪の巣」とする部落差別イデオロギーを全社会的に拡大し、(ハ)糾弾の闘いに立ち上がる部落大衆の糾弾闘争を根絶、労働者階級と部落大衆との連帯を破壊し、(ニ)石川氏に対して部落民であるゆえをもって「無期懲役」を強制した、今日の日帝の部落差別攻撃の最も先鋭な、そして集中的な現れである。
 それゆえ、狭山闘争の攻防の中に部落解放闘争の興廃がかけられているのである。どんなに再審の関門を押し開くことが困難であろうとも、この闘いに全力を集中し、石川氏とともにこの闘いに勝ちぬかなくてはならないのである。
 第三に、「資本の部落差別」が今日の戦争と大失業の時代の切迫のもとで、一層あくどく、一層非人間的な形をとりながら貫かれようとしている。
 日経連プロジェクト報告路線がいよいよ凶暴な形で六千万プロレタリアート総体に襲いかかろうとしている時、「資本の部落差別」がこれまでにも増して一層露骨に、公然たる迫害として部落民労働者に振り向けられることはあまりに明らかだろう。この数カ月間でも全国連中央本部に寄せられた「資本の部落差別」事件は急増の一途をたどり、この領域での闘いがきわめて重要であることを示している。
 また、この領域での闘いは、二年半の労働運動路線の前進が示すように、部落解放闘争の中軸的主体が部落民労働者であることをつき出し、部落の八割の層を構成する圧倒的多数が闘いに引き入れられていく現実的可能性と大衆性の広がりを生み出しているのである。
 「資本の部落差別」との闘いは、このようにこれまでの解同運動をのりこえる闘う主体の新たな実体的決起をつくり出すとともに、帝国主義のもとでの部落差別の全体性と闘う差別糾弾闘争のきわめて重要な一環として位置づけられることによって真に発展しうるということである。

 共同闘争の実践としての労働組合づくり
 最後に、共同闘争の新たな実践が生み出した新たな問題、言い換えれば、部落解放闘争における労働運動路線を実際にはいかに指導していくのかという問題にしぼって少し検討を加えてみることにする。
 (イ)全国連の労働運動路線のもと、奈良、長野、広島、山口、そして茨城などで労働組合づくりの闘いが前進している。部落労働者の働く職場の労働条件などの改善をめざして主要に合同労組などの形態で組合づくりが進められ、広範な大衆がこうした運動の中に引さ入れられてきている。
 部落労働者の労働、労働条件などにかかわる要求を対資本への差別糾弾闘争として闘うというこの新しい戦術は、部落の八割以上を賃金労働者が占めるという事情だけでなく、つまり圧倒的多数の部落大衆の強い関心をこの運動に引きつけているだけでなく、既成解同がこの領域の闘いを一貫して抹殺・放置してきた事情ともあいまって、部落解放闘争の完全に新たな地平を切り開いている。
 ここで切り開いたものは、実に実り多いものがある。今後、この動きは全国的に一層広がっていく可能性と現実性をもつと言えるだろう。
 (ロ)これまでに結成された労働組合は、明らかに部落解放運動の大衆的基盤と蓄積をテコにしつつ、部落の存在、全国連の指導・援助を媒介にして結成されている。このことは、一部部落労働者が置かれている状況から言っても、さらにはもっと一般的な意味で労働運動全体の状況を見わたしても、こうした空間が膨大に存在することを示している。
 こうした動きは、部落解放運動に限らず、今日の大失業時代の到来のもとで膨大な不安定就労者、パート労働者が生み出され、労働運動それ自体のテーマとして、こうした巨大な層の組織化の条件が圧倒的に成熟し始めていることを示すものである。今後、部落解放闘争的契機をテコにしてつくられた労働組合がさらに大きな解放運動的結集をつくり出したり、あるいはまた、部落民の労組活動家が中心となって大衆的影響力の強い労働組合がつくられ、広範な一般プロレタリアがそこに結集するというようなことも大いに起こってくるだろう。戦前の今国水平社運動と労働運動との関係の中でよくみられたことである。
 (ハ)われわれの基本的な考え方は労働者階級全体の組織化と決起、特に基幹産業労働者の立ち上がりを組織していく中で、部落民労働者を始めとしたこうした階層の労働者の結集をはかるということ、言い換えればプロレタリア運動全体の前進がすべてを切り開くという観点に立脚したものでなくてはならない。部落解放運動における労働運動の前進も、これに大きく規定されるだろう。
 ここで大切なことは、部落解放運動としての労働組合運動といえども労働組合運動なのだという面をしっかり押さえ、労働組合運動としての一般的性格を堅持して、組合運動としての原則的あり方を自覚的につくり出していくということだろう。
 奈良パートユニオンの運動の成功の原因は、一方で「部落解放運動的性格」をしっかりともちながら、また他方では普通の労働組合運動としての性格を堅持しているところにあると言える。

 4 部落解放闘争とプロレタリア革命の関係について

 階級支配の特殊的あり方に対する部落民の自己解放闘争
 第一に、部落解放闘争とは、帝国主義の身分的差別のもとに置かれた部落民自身の自己解放闘争でなくてはならない。そして、その実体的主力は部落民労働者である。部落民労働者を実体的主力とする部落大衆は、差別に反対する闘いに立ち上がり、帝国主義のもとで自己がどのような差別と迫害を強制されているかを闘いをとおして自覚(部落民的自覚)することによってこそ、あるいはまたそれを出発点にすることによってこそ、自らを人間の普遍的解放のための主体としてうち鍛えることができるのである。
 第二に、部落解放闘争は、部落民の人間的尊厳を否定し、全人格を破壊する形で加えられる差別・迫害との闘いを出発点としながら、さらに部落差別という日帝の階級支配の特殊的あり方に対する闘いをとおしてプロレタリア革命の一翼を形成しようとするものである。
 この場合、部落解放闘争が帝国主義打倒のプロレタリア革命の一環を形成しているからといって、身分的差別の撤廃にかかわる民主主義的要求、基本的人権の要求のエレメントを軽視したり、無視することはできない。身分的差別撤廃の数百万の部落大衆の要求、身分的差別との闘争の契機を過小評価することは許されないのである。
 このことは民族解放闘争の論理においても同様のことが言える。歴史的にはブルジョア革命的課題として世界史的日程にのぼった民族国家形成、民族解放(民族統一)を帝国主義打倒のプロレタリア革命→世界革命が解決していく論理において、レーニンは、“だからといって今や純粋プロレタリア革命主義、純階級闘争主義でいく、としてはならない”と強く主張している(ロイ―レーニン論争)。結局は、プロレタリア革命として総括され、解決されるブルジョア民主革命論のエレメントが消えてしまっているわけではないことをリアルにつかまえようと言っているのである。
 部落解放闘争の中にブルジョア革命の論理、民主主義・基本的人権の論理を大胆に包摂することができれば、プロレタリア革命とブルジョア革命をかけ算にしたような壮大なエネルギーを引き出すことができよう。そして、こうした身分的差別撤廃の要求の闘いに対して、プロレタリア革命を結びつけ、プロレタリア革命の一環として位置づけることができるのは、プロレタリア革命党そのものにほかならない。

 プロレタリア革命党を媒介にした結合
 第三に、プロレタリア革命論の立場から、これらのことをとらえかえせば、次のように言うことができよう。
 部落民労働者を含む労働者階級は、プロレタリア革命党に媒介されてプロレタリア革命に立ち上がる。他方では、部落解放闘争に媒介されて、部落大衆は部落民労働者を実体的主力にして、帝国主義との闘いに決起する。この部落解放闘争と労働者階級との闘いとが、プロレタリア革命党を媒介にしながら連帯していくのである。つまり、党に媒介されたプロレタリア革命の実現ということなのである。
 部落解放闘争は党に媒介されることによって、それ自身の身分的差別撤廃の論理を貫きつつ、プロレタリア革命の一環として自己を位置づける中で自己の究極目標=部落民の人間解放を達成していくことができるのだ。言葉を換えて言えば、プロレタリア革命党こそが部落解放闘争とプロレタリア革命とを目的意識的に結びつけ、そうすることでプロレタリア革命の一環として部落解放闘争を発展させ、帝国主義打倒―部落民の人間的解放を達成することができるということなのである。
 よりはっきりとした言い方をすれば、部落解放闘争の直接の延長線上に共産主義運動があるわけでもなければ、プロレタリア革命の勝利があるわけでもないということである。プロレタリア自己解放闘争としての共産主義、共産主義革命、共産主義者の党の問題が現代革命の根幹をなすものとして圧倒的に確立されなくてはならないのである。
 この共産主義革命、共産主義者の党の立場から部落解放闘争をとらえかえし、階級闘争全体の発展の中にそれを目的意識的に配置すること、そしてまた部落解放闘争の内部に共産主義者の党組織を建設し、党の全般的任務と結合して闘いの先頭に立つことが求められている。
 そして、プロレタリア自己解放の原理と立場、共産主義の党の立場にしっかりと立脚すること、プロレタリア解放としての共産主義革命の実現だけが部落の解放を達成できることをとことん確認しぬくことである。
 この点を欠落させた「プロレタリア革命と部落解放闘争の関係」論は、まったく空疎で意味のないものでしかない。この確認に立ってのみ、正しく部落解放闘争を論じることができるのであって、これ以外ではない。
 われわれはこれまでの叙述をとおして第一に、共産主義の党の圧倒的確立、第二に、部落解放闘争の身分的差別撤廃のための三大闘争論の本格的な取り組みと対帝国主義的発展の確立、そして第三に、労働運動路線を主体的な推進基軸として三大闘争を圧倒的に推進すること、第四に、狭山再審闘争を石川氏とともに勝利させることを確認してきた。
 党のための闘いと部落解放闘争とを厳格に区別しつつ、前者を基軸にしながら部落解放闘争を巨大な大衆運動として発展させていかなければならない。

 おわりに

 十一・五狭山中央闘争は、日帝・東京高裁の早期再審棄却攻撃に対する第一歩の、そしてやむにやまれぬ反撃として闘われる。絶対無実の叫び、部落差別による国家権力犯罪に対する徹底糾弾、そして階級的共同闘争、これが石川一雄氏が全人民に呼びかける狭山闘争の新たな共同綱領である。
 革共同は、この石川氏の血叫びを厳粛に受けとめ、あらためて狭山闘争の歴史的勝利の闘いの先頭に立つことを誓うものである。部落解放闘争に対する党の指導の責任を重々しく確認し、解同全国連五万人建設へ向けた闘い、特に狭山闘争の新たな発展、労働運動路線を基軸とした「三大闘争」方針の力強い前進のために、その先頭で闘いぬくことをあらためて誓うものである。
 全国の同志諸君! 支持者の皆さん! 日帝の狭山再審棄却攻撃に総反撃をくらわそう。「闘う労働運動の新たな潮流」づくりを力強く進めよう。

 

 

 

TOPへ