週刊『前進』(1988号9面1)
新春トーク けしば誠一・長谷川英憲
けしば誠一氏を都議会に
ファシスト石原都知事と対決
改憲=戦争とリストラ許さぬ 福祉切り捨てと大増税にノー
帝国主義の基本矛盾が恐慌・大失業・戦争へと全面的に爆発し、それに対して労働者人民の闘いが大高揚する二〇〇一年に突入した。今年前半の最大の闘いとして、けしば誠一氏(杉並区議)をおし立てた都議選決戦に絶対に勝利しなければならない。そのために、けしば氏と元都議の長谷川英憲氏に闘いの決意と政策を語っていただいた。(編集局)
自民党の時代は終わった。既成政党も全くダメ
長谷川 いよいよ二十一世紀の幕開けを迎えました。働く者の時代を実現する、大きな夢のかかった二十一世紀だと思います。今年の都議選に勝利して、都議を擁した党として国政に挑戦し勝利したい。その飛躍をかけた二〇〇一年だと思います。
けしば まったく同感です。次の衆院選での長谷川さんの勝利のためにも都議選必勝の決意をあらためて固めています。自民党が生き残りをかけて反動攻撃をかけてきており、働く人たちの暮らしを守る民衆の政党がいまほど求められているときはない。それにこたえる力として登場することが都議選の課題だと感じています。
長谷川 衆院選で自民党の石原伸晃氏と対決したんですが、彼は自民党若手のリーダーとして自民党の明日をつくる会を作り、加藤を立てて自民党の脱皮を図ろうとした。しかしあの加藤政局の経過を見ていて思うのは、やはり自民党の明日はないということです。
そもそも長らく自民党単独では国会を牛耳れなくなっている。昨年の衆院選の敗北で「このままでは参院選は惨敗する」と参議院の選挙制度を改悪し、比例代表に非拘束名簿式を強引に導入したが、自分に都合がいいように選挙制度を変えることなど許されるものではない。自民党は存亡をかけたものとして昨年末に第二次森内閣を組閣しました。その最大の特徴は、行革路線を進めてきた元首相の橋本を行政改革・沖縄担当相として内閣に入れたこと。日米関係の矛盾のなかで、リストラと沖縄(名護新基地建設)問題が政府の狙いであることを示しています。
けしば 労働者の怒り、民衆の怒りは、自民党だけでなく、自民党と対決しえない無力な野党、民主党や共産党にも向いています。既成政党にノーを突きつけたのが長野県知事選挙であり、衆院東京二十一区補欠選挙であり、栃木県知事選挙だと思う。倒産、リストラ、福祉切り捨て、生活破壊に苦しむ民衆の怒りの反乱なんです。
自分たちの手に政治を取り戻さなければいけない。長谷川さんの衆院選への挑戦で始まった闘いですね。今度の都議選は、新しい民衆の動きが本当に一つの政党として台頭できるかどうか、歴史的な挑戦であると考えています。
改憲との闘いは21世紀冒頭の大テーマになる
長谷川 去年の十一月五日に画期的な労働者集会が開かれましたが、本当に労働者の立場を貫いて、国鉄の千四十七人を守って闘い抜くという労働者集会が大成功した。そういう人たちの代表としての政党ということですね。
さて、改憲との闘いは二十一世紀の冒頭の大テーマです。
けしば 既成の政党がだめだということを利用して石原知事が台頭してきました。国政を批判し、既成政党を批判し、ペテン的な「改革」を掲げて、そして自分は一つの権力者としてこれをやれるんだというかたちで登場している。しかもその狙いは紛れもなく改憲にある。憲法を変えるために都知事という地位を使っている。憲法は、主権在民、基本的人権、戦争放棄を原則として明記しています。石原都知事はこれを「歴史的に否定せよ」と言っている。この石原慎太郎を先頭とするような改憲勢力との歴史的な闘いの始まりということです。
長谷川 昨年十一月三十日に憲法調査会で石原都知事が改憲論を展開して、「アメリカは日本の力を恐れ、その力を抑制するために日本国憲法を作った」とか、「国会は、日本国憲法には歴史的正統性がないとしてこれを『否定』する決議をして新たな憲法を作る仕事に着手するべきである」と発言した。
けしば 三十日の石原発言によって改憲をめぐる闘い、その構図がはっきりわかりました。
憲法調査会に先立って十一月二十六日にテレビ朝日で、「僕の出馬かい。首相公選ならやらないでもない」と発言している。
石原のこうした動きには、戦後一定の発展を遂げてきた日本がアメリカとの争闘戦に負けて没落したことへの危機感がある。帝国主義日本の置かれている現実を認識していて、だからアメリカに勝てる日本をつくらなければいけないと主張している。アジアを侵略し支配する戦争国家日本へと転換することで日帝の危機を打開できるとしているところに、石原のファシスト的本性がある。
長谷川 日帝のものすごい危機ということに改憲に突き進んでいく根拠があるという捉え方は重要です。そこからすべての犠牲を労働者民衆に転嫁する福祉の切り捨てなども出てくるし、教育基本法改悪の動きも出てくるし、労働者に対する労働組合の存在さえ許さないような動きが出てくる。しかし、逆に言えば、こういう今までのあり方を全部ひっくり返すというやり方が、労働者や住民や高齢者の大衆的な怒りに火をつけるということでもある。
けしば 石原の発言で許し難いのは、「第二次世界大戦で日本が強大な軍事国家として登場しなかったら白人の植民地支配が続いていた」と言っていることです。では日本によるアジア植民地支配は良いのかということです。「日本民族の自主性、自立性がない」なんて言っているけど、ではアジアの人たちの自主性、自立性はどうなのか。それを踏みにじっておいて、一切の反省も謝罪も償いもなしに「日本民族の自主性、自立性」などふざけている。
石原知事の弱点は、都職員の賃金カットを打ち出して、都労連のストライキで謝罪せざるをえなかったわけですが、労働者が立ち上がったときにそれを一番恐怖するということです。だから労働者民衆自身が闘いに立ち上がることが彼をうち破る一番の力です。
長谷川 改憲闘争は、その労働者の闘い、アジア人民との連帯、沖縄の闘いとの連帯が一つになってものすごい闘いになる。
改憲とは日本が戦争国家になるということであり、新安保ガイドライン体制を全面的に発動できる状態になるということです。これに対して真っ向から立ちふさがっているのが基地撤去を掲げて闘う沖縄の闘いです。昨年の衆院選で「反基地・護憲」を訴えて東門美津子さんが当選したことは決定的です。沖縄と連帯して闘うこと、さらに三里塚闘争、北富士闘争など、全国の反基地闘争が改憲阻止、憲法を守る闘いにとって砦(とりで)としての位置をもっている。
極右教育委員の任命策動を粉砕
けしば 衆院選では介護保険の廃止に向かって大衆的な闘いが起こりましたが、教育をめぐっても保護者や教育労働者の運動が始まっています。
山田区長が、十一月議会の最終日に突然五名の教育委員のうち三名を替えるという人事提案を出してきた。その新たに入れようとしている三名は佐藤欣子氏や大倉雄之助氏に見られるような統一協会に関連している極右的人物です。
三名の教育委員を変えようとした狙いは、この新学期から使う来年度の中学社会科の教科書で、新しい歴史教科書を採用しようということです。扶桑社の歴史教科書で、そこでは「韓国併合は、日本の安全とアジアの安定にとって必要なことであった」「核兵器廃止というのは最高の価値ではない」ということが書かれている。
この教育委員人事に対して保護者や教師たちの中から大きな反対の声が広がって、当日は傍聴席を埋め尽くした。在日団体の区長に対する申し入れもあった。
結果的には二名の教育委員の人事案が採決されたが、佐藤欣子氏は下ろさざるをえなかった。大倉雄之助氏については「退席」を含めれば議員の半分も賛成を得られないという惨めな結果です。
都政を革新する会がこの情報をつかんだのが十日前で、短期間でしたが、区の職員や朝出勤する労働者に連日ビラまきを行い、杉並の文化人の共同声明も出された。山田区長の暴挙を緒戦において粉砕したと言っていいと思う。
介護保険に異議あり! 闘う全国ネットワークを
長谷川 議会を暴露の演壇にするということを実践したと思う。革命的議員のあり方というのはこういうことだと思う。
杉並で住民と共に闘っている課題で、介護保険の問題があります。衆院選の時に具体的な形を取ってスタートして、昨年の十一月に厚生省に対して杉並や関西の東大阪や高槻など十団体、百二十名の人たちと厚生省を追及した。
けしば この交渉の後、厚生省が全国の保険料・利用料の減免措置を取っている自治体に通達を出して、介護保険制度の趣旨を破壊するものだから福祉財源をカットするという恫喝を加えた。その一事からも、先日の厚生省交渉で一号被保険者や家族が大量に交渉団として登場したことに対する厚生省の恐怖感を感じます。
明らかに介護保険制度は実施半年にして破産に向かっている。介護保険制度を突破口とした戦後の社会保障制度の全面改悪に対する壮大な闘いが始まったのです。
長谷川 昨年の国会で医療保険法の改悪があって、七十歳以上のお年寄りの医療費の自己負担が一割にされた。介護保険も利用料が一割の自己負担ですが、医療にもそういう攻撃が加えられている。しかし杉並で去年始まったこの動きはもっともっと全国に広がっていくだろうし、「介護保険に異議あり全国ネットワーク」に杉並をはじめとして広げていきたい。
この運動は、介護保険の保険料・利用料や認定制度に対する不服申し立て、さらには違憲訴訟の運動へと発展しつつあります。
けしば いま、介護保険制度や医療保険制度の改悪、さらには公的年金制度の改悪や雇用保険制度の改悪で国がやろうとしていることは、戦後の福祉のあり方として自治体や国が義務として保障しなければならない、しかも民衆の権利としてかちとってきたことを、全面的に解体しようとしているということです。
この前厚生省と交渉をしたときに、年金生活の高齢者が、「自分は払いたくても払えないんだ。これを取ろうとしてどうするんだ」と厚生省に突きつけた。そういう人たちからも保険料を取る介護保険制度の残酷さ、これに民衆の怒りが爆発するのは不可避です。
長谷川 けしば君のブックレットでも「お年寄りが生きていて良かったと言える社会を」という言葉があります。本当にお年寄りが生きていて良かったとは言えない、死んだ方がいいと悲鳴が聞こえるような社会だから、なんとしてもこの運動を大きくして、介護保険を廃止しなければならない。
共産党も介護保険賛成だし、連合も賛成です。既成の労働運動はこれを課題にしない。しかし本来労働者の闘いの課題だし、そうしなければならない。ヨーロッパではフランスやドイツで福祉領域を課題としたストライキが行われている。日本も新しい潮流が軸になって闘わないといけない。
けしば 介護保険制度の重大な問題は、自治体が行っていた福祉の領域を民間に丸投げして、そこで働いていた自治体労働者を切り捨て、安上がりのパートを使い捨てにするということです。
私もヘルパーさんの懇談会を始めているんですが、現場の声を聞くと本当に厳しいです。ヘルパーが移動する電車賃が事業体から経費として出ないわけです。時給千円で移動する電車賃を三百円払ってどうするのか。それから感染症の問題でヘルパーに健康診断が義務づけられているんですが、この金が出ない。以前は杉並区の登録ヘルパーには区が健康診断の助成金を出していた。
私のところで懇談会が行われることになったのは、自分の事業体は給料明細を出さないという相談があって、区や都に交渉してようやく指導を出させた。そうしたら給与明細を出して、とたんに給料が二、三万上がった。それをきっかけに泣き寝入りしてたらしょうがないというので始まった。
労働者の団結と住民の決起で石原都政と闘う
けしば 石原都知事は都知事就任以降都民のための都政とか、暮らしのための都政を実現したことは一度もない。石原都政が目指しているものは、昨年九月三日の「防災」に名を借りた自衛隊の陸海空三軍を動員した首都制圧の治安出動訓練に示されるように、東京を軍都にすることであり、戦争に向けた国づくりです。
外形標準課税も一時は人気を博したかに見えたけれども、それは今政府税調がやろうとしている全業種への適用の突破口でしかなかった。さらに今回の石原新税も都民の暮らしを踏みつけにして自分のやりたい道を開くためです。
長谷川 新税の話ですが、今度四つの税金というのでパチンコだとかホテル、産業廃棄物、高速道路の大型ディーゼル自動車、それからまだ構想段階ですけど昼間都民税を言い出している。まったく新しい大衆課税であり、徹底して大衆に犠牲を転嫁している。
けしば ディーゼル車の規制ということで環境問題を考えているかのように登場しているが、あれもペテンで、排気ガスが問題だと言いながらなんで巨大道路を造るのか。巨大道路が排気ガス公害の原因なんです。杉並でも放射五号線が開通すれば、中央高速の下で一層公害が激しくなる。
長谷川 労働者の団結や住民運動の決起が石原にとっての弱点ですね。そういう団結や運動こそが世の中を変える、政治を変える力だということで、衆院選の時の介護保険反対の運動を訴えてきたんですが、今度の都議選でもそれが一番大きな力だと思います。
反動山田区長が一千人削減計画
けしば 労働者は誰が自分たちの暮らしの守り手なのかということには非常に敏感です。山田区長が、杉並区の四千七百人いる職員のうち一千人を削減しようとしていて、これをめぐって私たちが頻繁に「絶対反対だ」とビラをまいていますが、反応が全然違います。私たちは、この区職員一千人の削減計画は国鉄分割・民営化とまったく同じ手口だ、国労闘争団や動労千葉のように団結を守って闘い抜こうと呼びかけています。
今回の一千人削減計画は、「障害者」施設、保育園、児童館、給食現場、保健所、中央図書館など区政で直接区民と接する現場は全部、民営化か民間委託にするという計画です。これを許さない闘いの突破口が給食の民間委託反対の闘いで、労働者と力を合わせてこの闘いを進めていきたい。給食の人員削減・民託化は子どもの健康といのちにとってきわめて危険です。こうした攻撃で学校教育のあり方を反動的に転換しようとしているのです。
井草森ゴミ中継施設の公害問題については、杉並区の調査で原因が中継基地にあることが出された。にもかかわらず山田区長は、「もう杉並病はなくなった」という安全宣言を発した。「かつてたれ流しにしていたことが原因で、それは過去のことだ」と言っている。現地の住民は怒っている。実際には杉並病は拡大しており、健康被害も深刻化している。山田区長の、杉並病で苦しんでいる人たちに対する重大な犯罪です。
日共の裏切りとオール与党の利権政治に断を
長谷川 革新と主張していた共産党が歴史的な裏切りを行った。今度の都議選はこの共産党を弾劾していかなければならない。
今回、共産党の二二回大会で「有事の自衛隊活用」を宣言したことはきわめて重大な問題です。完全に労働者、民衆の側ではなく、改憲勢力の側に身を移した。かつても国を守るとか、侵略されたときにという言い方で侵略戦争に突入していったわけです。「有事の際の自衛隊活用」とはこの道を進むということです。
有事だけでなく大規模災害の時の自衛隊の治安出動も容認した。昨年九・三の石原の自衛隊治安出動演習には一応は反対したけど、今後は反対しないということです。九・三で狙っているのは在日朝鮮人、中国人、アジア人に対する襲撃ですから、これからはそれに手を貸すという大問題です。
けしば 最近それで私が感じるのは、社会党の崩壊以降、共産党に期待を寄せていた膨大な人々が共産党の裏切りに気付き始めて、議会での私たちの活動に期待を寄せて、情報も与えてくれるということですね。そうした人たちの対応が変化している。
共産党は議会でも、決定的なところで、かつて反対してきたものに反対しなくなった。消費税がそうです。いまは消費税反対と言いません。介護保険制度もそうです。杉並区の一千人首切り計画について、まだ反対と言っていない。学校給食の民間委託についても、すでに大きな運動が起こっているから反対せざるをえなくなっていますが、根っこは与党に賛成で、オール与党の一員です。
さらに共産党は、「首都機能移転に莫大な金を使うよりは、その金を東京を軍都にするために使え」という石原都知事の「首都機能移転ノー総決起集会」に不破議長を先頭に参加している。
長谷川 自民党、民主党、公明党、共産党、自治市民、生活者ネット、自由党についても批判が重要ですね。
けしば 公明党はいま評判が悪い。かつては曲がりなりにも民衆の中に基盤をもった政党として自民党に対する対抗性があった。それが支持されていたという面がある。低所得者に支持者が多いですし。そういう人たちの中ですごく評判が悪い。一〇%台の内閣支持率でなおかつ森政権が続いて、暮らしを踏みにじる法案が簡単に通っていくのは、公明党の協力抜きにはないわけですから。
自由党は、新安保ガイドラインは生ぬるいから反対だというぐらいで自民党以上に反動的な戦争勢力、改憲勢力です。
民主党は自民党以上に改憲推進論です。保守本流を競い合っている。「集団的自衛権」にせよ「緊急事態条項」や「首相公選制」にせよ、民主党は改憲で中曽根、石原と並んでとんでもない悪い役割を果たしています。リストラ・福祉切り捨ても最強硬派です。
生活者ネットも区議会の中で与党に回った。予算案、決算、全部賛成です。これは生活クラブの会員も意外と知らないですね。学校給食の問題でも反対してくれるのではと言っていたので、いや与党になったから反対しませんよ、と私が言ったらびっくりしている。
長谷川 食品・環境の問題を中心に消費者運動をやってきたのに、重大な裏切りですね。
住民運動・労働運動呼びかけて
けしば 衆議院選の時に長谷川さんが、介護保険で闘いに立ち上がった高齢者や家族の人たちの闘いを代表し、自分がその先頭に立って廃止を要求していくということを訴えました。そこに新しい議員のあり方が示されたなと思って聞いていました。大衆運動、住民運動、労働運動を呼びかけて闘うことが勝利の道であり、闘う議員の進む道だと思います。
都議会はいまオール与党の利権政治が渦巻いている。腐敗にまみれていない政党はないぐらいです。民衆に犠牲を強いながら、自分たちは利権に群がっている石原都政をひっくり返していきたい。議会の中で行われていることを千二百万都民の前に暴き出し、都議会を暴露の戦場にしていきたい。
長谷川 けしば君は、七〇年安保・沖縄闘争や大学闘争の先頭で闘ってきた人ですから、二十一世紀に都議として、その七〇年闘争の歴史をも大きくのりこえるような闘いの先頭に立ってほしい。
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週刊『前進』(1988号10面1)
三里塚反対同盟新年アピール 権力恐るに足らず
敷地内農民を守りぬき三里塚軍事空港を廃港へ
「暫定滑走路2001年完成計画」を粉砕する
三里塚芝山連合空港反対同盟は、二〇〇一年こそ暫定滑走路攻撃の息の根を止め、成田軍事空港を廃港に追い込む決定的な年とする決意で新年を迎えた。反対同盟の二〇〇一年三里塚決戦への新年アピールを掲載します。三里塚とともに闘う北富士忍草母の会の天野美恵事務局長、全関西実行委員会の永井満代表世話人からの年頭アピールを11面に掲載します。(編集局)
国にも勝てる確信 事務局長 北原鉱治さん
九九年十二月三日、公団は突然暫定滑走路工事を始めた。この攻撃に対して反対同盟は、新たな気持ちで決戦を挑むことを決意し、敷地内を中心として臨戦態勢を築いて闘ってきた。
昨年一年間の闘いは、三里塚闘争の偉大さをかみしめる過程であった。同時に反対同盟の新たな不屈な闘いで、敵の攻撃を押し返した勝利の一年であったと振り返ることができる。しかし、山登りに例えるならばようやく五合目に到達したところであることも事実なのである。
しかも、この闘いの渦中で反対同盟は市東東市、郡司とめ、小川徳太郎の三名を天上へ送った。反対同盟はこの悲しみを、同盟員の新たな怒りと決意に転化して、公団の暴挙に対する闘いの発展へと結びつけた。
そもそも三十五年間の三里塚闘争は、多くの死傷者と逮捕者を出しつつも、歯を食いしばり、痛苦を怒りに変えて闘ってきた歴史であった。この闘争姿勢が、法律を無視し、すべての手続きを省略して成田空港建設を進めてきた国の暴政を打ち破り、今日の勝利を可能ならしめた。
暴力と札束の懐柔策による農民の圧殺に対する怒りと生きる権利の主張が、国にも勝てるという確信を生み出した。どんな国の暴挙にも絶対に屈服しない人びとが三里塚闘争と一体となったことは必然であった。「権力、恐れるに足らず」この言葉の中に三里塚闘争の真髄が表れている。
今、日本の行政がなんとしても実現しようとしているのは、成田空港暫定滑走路の完成と有事立法だ。憲法を改悪し、戦争の準備をするためだ。現在の日本の状況を見ると、再びあの世界大戦に突入していった状況を再現しているといっても過言ではない。
今年こそは、こうした状況に対して一人ひとりが立ち上がろう。一月八日反対同盟旗開き、三月二十五日全国総決起闘争への総結集を呼びかけます。
反戦の勝利の年に 本部役員 三浦五郎さん
暫定滑走路建設に着工した政府、公団は、二〇〇一年十一月までに滑走路建設工事を完成させると打ち出した。そして、敷地内農民の農地や宅地をフェンスで囲み、まるで監獄のような状態を強制してきた。そうすることで農民を敷地内からの追い出しにかかったのである。
こうした暴挙に対して、反対同盟は、断固粉砕する決意と戦闘態勢を築いて一年間闘ってきた。反対同盟が空港用地内に所有している一坪共有地の実地調査を行い、一坪共有地が空港建設を阻む大きな役割を果たしていることを確認した。一坪共有地だけでなく、開拓道路や東峰神社など農民の共同の土地が平行滑走路建設を阻止し続けている。
反対同盟は、農民の共同の土地を守るとともに、敷地内農民の土地と営農、生活を守り、暫定滑走路建設を阻止する。
新しい年も政府の戦争政策を許さず闘う。政府は、新ガイドラインによって成田空港の軍事使用、軍事空港化をもくろんでいる。日本の人民が再び戦争への道を歩まないためにも、反対同盟は先頭で闘う。全国の闘う仲間とともに、三里塚から反戦・軍事基地反対の闘いに勝利する年とすることを訴える。
戦争政策との闘い 本部役員 鈴木幸司さん
この一年間、「こんなことが許されていいのか」ということの連続だった。それを象徴しているのが天神峰団結街道の封鎖工事。亡くなった郡司とめさんの葬儀の日を狙って、やみ討ちで工事を強行した。世の中の常識では、葬儀の日には現にやっている工事を中止するのが当たり前でしょ。
では、なんでこんな非常識なことをやるのかということだ。どこにそんな緊急性があるのか。それは戦争が目の前に迫ってきているということを示している。戦争の準備、それしか考えられない。それを全国の人に知ってもらいたい。
暫定滑走路建設との闘いは、国、政府を相手にした闘いだ。国の戦争政策との闘いだ。だから、今年は今までの何倍もする闘いをやる気持ちで頑張らなくてはならない。
とくに、敷地内で国の土地取り上げ、家屋敷の取り上げの暴挙に対して、一歩も屈せず闘っている姿をよく見てほしい。反対同盟の同志の闘いをみるとき、もっともっと頑張らなくてはと思う。
二〇〇一年、反対同盟は今まで以上に一致団結して昨年を上回る闘いを実現する。全国の支援の皆さんもこれまで以上の闘いをお願いします。絶対に勝ちましょう。
とめと心ひとつに 本部役員 郡司一治さん
昨年十月八日の三里塚全国総決起集会の場で述べましたように、八月九日に長年連れ添った妻のとめが、闘病生活を送った後、亡くなりました。
とめの入院中は多くの激励をいただきました。また通夜、葬儀には多くの方が遠路駆け付けてくださり、ほんとうにありがとうございました。反対同盟を始め全国の仲間の人びとに見送っていただき、安らかに眠っていると思います。本紙紙上をお借りして、お礼を申し述べます。
生前のとめは、三里塚闘争を訴えるために全国を駆け回ることを楽しみにしておりました。とくに昨年七月には沖縄に行くことを楽しみにしていました。早くから「もう一度沖縄に行きたい」と準備もしていました。それが、沖縄行きの一カ月前に入院を余儀なくされ、ほんとうに心残りとなってしまいました。
わたしは、とめと五十五年のあいだ連れ添ってきました。もちろん、そこには三十五年間の三里塚闘争の時間が含まれています。ですから、これからもわたしの心は、とめの心と一つです。
空港建設絶対反対を貫いて闘います。今後もよろしくお願いします。
政治のあり方を問う三里塚 木内秀次さん
全国の人に知ってもらいたいことは、どうして国が暫定滑走路なんていうぶざまな滑走路を無理してつくろうとしているかということです。三里塚闘争は国に抵抗して、三十五年も国際空港の滑走路をつくらせていない。国にしてみればとんでもないことなわけ。国のいうことを国民がみんな聞かなくなったら国は倒れてしまう。
三里塚に軍事空港をつくって戦争の準備をしなければならないときに、反対同盟と三里塚闘争に敗北しましたとは絶対に言えない。もともと政治の都合で三里塚に殴り込みをかけてきたのは権力の側。だから政治のあり方そのものが三里塚闘争で広く問われてきた。
三十五年間にもわたってやってきた権力の農民殺しのおとしまえは、しっかりつけなければならない。暫定滑走路を粉砕して、日本の政治を変える。そういう思いで二〇〇一年の闘争も農業も続けていく決意を新たにしている。
世界一ぶざまな空港を強制 鈴木謙太郎さん
小学校六年生の時から三里塚闘争を三十五年やってきて、敵の方が崩れてきていることを実感する。それを一番はっきり示しているのが暫定滑走路。もしこのまま暫定滑走路で開港したら、世界一ぶざまな国際空港になる。いまどき、地方のローカル空港でも滑走路は最低二千bはある。
菱田の雰囲気もがらりと変わった。十年前には菱田では一軒残らず移転して、反対運動はきれいさっぱりなくなると言われていた。でも結局、移転は十軒ぐらい。魂を権力に売り渡して移転することが、そんなに得することとは思えなくなってきたということだ。
今年も、じっくり腰を据えて農業を続けていくことを闘争の基本として闘っていきたい。
闘争と生活をつくった自信 小林一夫さん
同窓会なんかに行くと、「もういいかげんに闘争やめろ」なんていう人間もいるけど、闘争やりながら生活の基盤もなんとかつくりあげてきたことが自信になっている。札束でひっくりかえるやつはいるかもしれないけど、ここまで国に対して突っ張って闘ってきて、いまさら頭下げる方がおかしい。最後まで気持ちを曲げないという考えが正しいと思う。
敷地内でも市東孝雄さんが跡を継いで、まだまだ負けないぞという気になってきた。萩原さんや市東さんが一番大変だと思う。反対同盟も敷地内の頑張りを励みにして今年も精一杯闘う決意だ。
権力の横暴に実力で対決を 伊藤信晴さん
暫定計画を聞いた時、驚いた。シンポジウムや円卓会議で、平行滑走路について「地権者の合意なしには着工しない」「強制的手段はとらない」と約束しておいて、市東さんとか萩原さんの同意なしに着工した。権力は最初から、力でたたきつぶすことしか考えてこなかったということだ。
三十五年間その点は何ひとつ変わっていない。三里塚の歴史は、権力のそういう横暴との闘いの連続だった。だから実力で対決し、反撃する以外になかった。国の言いなりにはならず、既成の政党に頼らず、ここまで政府を追いつめてきた三里塚闘争は、必ず新しい時代の流れをつくる。今年はついに権力に勝ったと言える年にしよう。
敷地内は脅しに屈しない
原則を貫けば勝つ 事務局次長 萩原進さん
二〇〇〇年の闘いで、さらに勝利の確信を深めた。反対同盟を先頭とする三里塚闘争が、運輸省、公団の「平行滑走路二〇〇〇年完成計画」を粉砕した結果、苦し紛れに暫定滑走路を出してきた。敵は進むに進めず、かといってさがるにさがれない、まったく展望のないところに追いつめられたのだ。
たしかに、敵の狙いは当初計画の平行滑走路だ。そのために反対同盟や敷地内の農民に対して、「絶対にやるぞ」と脅して工事を始める。それでも反対同盟や敷地内農民を崩せないとなると、今度は軒先工事で営農と生活破壊の攻撃をかける。それでもダメなら「家の上に飛行機を飛ばすぞ」と脅す。農民は国家の暴力で脅せば屈すると思っている。これに勝ってきたのが反対同盟であり、三里塚闘争の歴史なのだ。
このまま反対同盟と敷地内農民が闘い続け、暫定滑走路が固定化されることを敵は一番恐れている。敵が暫定計画が欠陥だらけだということをよく知っているからだ。東峰神社の立ち木が飛行機の離着陸の障害になること、東峰の生活道路が誘導路を横切っていること、天神峰の現地闘争本部と団結街道が誘導路を「への字」に曲げていることでまともに使える滑走路ではないことが今の段階ですら明らかなのだ。
だから反対同盟は、敵の暴力的な攻撃に屈せず、闘いぬけば必ず勝利することを訴えて闘ってきた。暫定滑走路着工に対しても、二年間決戦を宣言し、この一年、連月闘争を組み、現地の攻防に勝利してきた。敵の意図が、敷地内農民を暴力的にたたき出して、当初の計画の平行滑走路の建設にあることを暴き出し、暫定計画そのものを吹っ飛ばしたといっていい勝利の地平を築いた。
敵の側でも、いつまでも成田空港の完成を期待しているだけでは、時代遅れで国際的競争に勝つには間に合わないとあせり始めている。だから、「羽田空港の国際化」だとか「首都圏第三空港の早期建設」だとかが出てくる。敵の側に、矛盾が噴出して裂け目が出てきている。
今の闘争姿勢と態勢を崩さず、このまま原則的に闘えば必ず勝てることを示している。勝利の確信は揺るぎないのだ。
政治が行き詰まり、経済はめちゃくちゃ、社会は混沌、こんな時代だから、戦争法がいろいろ出てきている。国会を見ていると、いろんな政党がみんな自民党の一派閥のようになっている。だから、有事立法でも兵站基地化法でも法律化はできるだろう。しかし、人民はそんな法律は認めないし、戦争には実力で反対の闘いをする。そうすれば、そんな法律は役に立たないこともはっきりする。
それができることを証明したのが三里塚闘争だ。その三里塚闘争で勝利することで、沖縄、北富士、関西などの闘い、動労千葉を先頭とする労働者の闘いの勝利の道を切り開くことができると確信している。二〇〇一年も勝利しよう。
父のように頑張る 敷地内・天神峰 市東孝雄さん
二〇〇一年は三里塚闘争にとって本当に勝負の年だと思います。天神峰に帰ってきて一年になります。闘いの中で、あっという間に過ぎたように感じます。公団も、まさか自分が親父と同じようにするとは思っていなかったのではないでしょうか。しかし、公団が家のすぐわきにまでフェンスを立てて軒先工事を行う現実に直面して、親父と同じように頑張ってやるという気持ちがわいてきました。
それにしても公団はひどい。わたしがコメや野菜をつくって生活することを妨害するのです。警察もどこに行くにも尾行して、ついてきます。農民として普通に生活していくのに、空港はいらない、ということのどこが悪いのですか。何ひとつ悪いことなんかしていませんよ。
今、わたしたちに対してやっていることを、どこか他のところでやってご覧なさい。それは大問題になるはずです。マスコミはこうしたことを一行だって報道しません。とんでもないことです。
公団用地だけでできるという触れ込みで始めた暫定滑走路の工事も、いよいよ矛盾が出てきました。「団結街道は元通りに戻す」と言っていましたが、工事の状況を見ると空港用地の外側にずらそうとしていることがわかります。こんな無法を許しておくわけにはいきません。
今年は勝負の年です。親父と同じように、天神峰で農業を続けて、空港建設には絶対反対を貫いて頑張ります。
空港の先 見えた 三里塚教会信徒代表 戸村義弘さん
「信ずる者も、信じない者も、ファシストに対して団結して闘おう」。これは有名なフランスの作家ルイ・アラゴンの言葉です。三里塚の地にあって、生かされなければいけない言葉だなあと、そう思います。
成田空港の先は見えています。空港反対闘争を闘う側が厳しいというより、相手側が刀折れ、矢尽きたという状況になっています。やっと、すべての人びとにも分かる局面がきたということです。扇運輸大臣ですら「開港から二十三年たって滑走路が一本しかない」と認めるほどです。
運輸省や空港公団は、「二〇〇一年には暫定滑走路を完成させる」と工事を始めました。成田空港はいつでも「暫定」です。開港も「暫定」、最後まで「暫定」のままです。だから、「羽田国際空港化」が出てこざるをえないのです。
それに対して、千葉県は「羽田の騒音被害を千葉県に及ぼさないようにしてくれ」などと言っています。あたかも騒音被害者の代弁者のようなことを言っています。三十五年間、千葉県が三里塚農民に対してとってきた態度を見るとき、よくもまあ、そんな口をきけるものだとあきれかえります。滑稽(こっけい)ここに極まれりです。
日本の為政者は、日本総体を軍事国家にしようとしています。日本中の空港や港湾をいつでも戦争に供することができるようにしようとしています。成田空港を指定して戦争のために役立てると公言する段階にまできています。
こうした現状をみるとき、兄戸村一作が三里塚農民の怒りを糾合して、国家権力に対する闘いへの結集を呼びかけることができたことに深い敬意と畏敬(いけい)を持ちます。今こそわたしたちは、希望を持って現実に踏みとどまり、進むべき道を突きつめ、その道を決然と歩むべきときなのではないでしょうか。
郡司さんの遺志継ぐ 婦人行動隊長 小林なつさん
昨年の沖縄サミット粉砕の闘いはじつに素晴らしい人民の勝利でした。森政権は、沖縄サミットで沖縄の人びとに米軍基地と戦争の犠牲を押しつけようとしました。しかしその狙いをことごとく粉砕することができました。婦人行動隊として大きな喜びでした。
昨年八月急逝された郡司とめ婦人行動隊長は生前、「サミットを粉砕しに、ぜひとも沖縄に行きたい」と言っていました。それが突然病に倒れ、その思いは達することはできませんでした。でも嘉手納基地を二万七千人が包囲して、人民の力を示したことに心から喜んでいました。
しかも、時を同じくして韓国でも米軍基地撤去の闘いが盛り上がっています。「米軍基地はいらない」という声が世界でわき上がっています。いよいよ人民が勝利する時代がきたとの思いを強くしました。
三里塚では、政府、公団は追いつめられています。「平行滑走路計画」は反対同盟と全国の人民の闘いで破産に追いやりました。そうしたら、今度は暫定滑走路計画を持ちだしてきました。一昨年十二月三日に着工したら、運輸省、公団も暫定滑走路など使い物にならないことを初めからわかっているから、いつのまにか「暫定滑走路工事」から「平行滑走路工事」と言い直しました。ほんとうに許せないことです。
政府、公団は暫定滑走路をつくるという口実で、どんどん工事を進め、敷地内農民にいやがらせをして、「もう、敷地内には住めないぞ」と脅して、農地を強奪して平行滑走路をつくろうとしているのです。敷地内の農民の営農や生活を破壊して、「早く出ていけ」というのです。これは土地泥棒です。政府、公団は三十五年間ずっとこういうあくどいやり方を続けているのです。全国の心ある人びとにこのことを知らせてほしいと思います。
敷地内では、萩原進さんや市東孝雄さんが今年も頑張って闘うと決意を述べています。敷地内が頑張って闘う限り、反対同盟は必ず勝利します。
婦人行動隊は、隊長の郡司とめさんが突然亡くなりました。実の姉さんを失ったような気持ちです。でも郡司さんの遺志は、敷地内を守り、全国の人民との共闘を広げることです。その遺志を引き継ぎ今年も頑張ります。
神社の木切らせぬ 婦人行動隊 会田芳枝さん(昨年12月23日に逝去)
運輸省や公団は平行滑走路を二〇〇〇年に完成させると言っていて、それがダメだとなると今度は一方的に暫定滑走路をつくるといって工事を始めた。だが、反対同盟は絶対に負けないで闘うよ。暫定滑走路なんてつくったって、飛行機を飛び立たせないからね。
暫定滑走路計画ほどいいかげんなものはない。敷地内の農民に一言も相談もなしに、滑走路工事を始めるから出ていけなんて、権力をかさにきてよく言えたもんだ。とんでもない話だ。
いいかげんなことがよくわかるのが、東峰神社の立ち木だ。反対同盟の土地を避けて、公団が持ってる土地だけで滑走路をつくろうとしたのが暫定の計画。だから、最初から滑走路は二千百八十bだと言った。工事を始めてから、東峰神社の立ち木がじゃまして滑走路が千七百bしか使えないことがわかった。こんなこと初めからわかっていなきゃおかしいでしょ。
千七百bじゃ、たいがいの飛行機は飛べやしない。だから、反対同盟が頑張れば、飛行機は絶対に飛べないわけだ。それで、今度は神社の立ち木を切っちゃえと言い出した。
命に代えても木は切らせない。今年も反対同盟は頑張ります。全国の皆さんの支援をよろしくお願いします。
三里塚から時代変えよう 宮本麻子さん
二〇〇〇年には、空港反対闘争の当初から反対同盟を支えてこられた郡司とめ婦人行動隊長や小川徳太郎さんが逝去されました。反対同盟にとって、なにものにも代え難い方々を失いました。それでも反対同盟は悲しみを闘志に変えて、お二人の遺志を引き継いで一生懸命に闘い、頑張り抜きました。
二〇〇〇年という年は、現在の時代というものをこれ以上ない形ではっきりと自覚できる年でした。政府や公団は、これまでのひどいやり方をさらにひどく、反動的なやり方で進めました。暫定滑走路の着工だとか沖縄サミットとかがそうです。
こうした、ひどい、反動的な動きに対して、労働者人民は「今こそ、時代を変えなくてはならない」と立ち上がった年でもありました。沖縄サミット粉砕のために本土から沖縄にかけつけたことや、十一月の労働者集会に全国から多くの労働者人民が集まったことにそれは示されています。
二〇〇一年には、ますます戦争に向かっての動きが強まろうとしています。三里塚では、「暫定滑走路十一月完成」との闘いの正念場です。
今年こそ、暫定滑走路攻撃を粉砕し、「三里塚から時代を変えよう」を合言葉に頑張りましょう。
闘う豊かさを少年、少女に 木内敦子さん
今年こそ、どうしても暫定滑走路に引導を渡す年にしなければなりません。反対同盟も、郡司とめさんや小川徳太郎さんが亡くなり、もっともっと若い人が頑張らなくてはならないと思っています。
また近づく戦争の足音に対して、敏感にならなければとも思います。三里塚闘争は、一貫して戦争に反対してきた闘いです。戦争の問題は、すべての人びとにとってこれ以上ない大問題です。とりわけ、若い人たちにとっての大問題です。
最近マスコミが大きく取り上げる「少年事件」を考えると心が痛みます。少年や少女は大人を見て育ちます。「少年事件」に追いやっている大人の責任というものを痛感します。
そうした意味でも、三里塚の闘いに勝つこと、反戦闘争を労働者人民が大きく発展させて、闘うことの素晴らしさ、豊かさを世の大人たちが少年、少女に示すことが大切なことです。力を合わせて、暫定滑走路を粉砕しましょう。
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週刊『前進』(1988号11面1)
北富士忍草母の会から
檜丸尾強奪必ず粉砕 事務局長 天野美恵さん
全国のみなさん。本年も変わらぬご支援をよろしくお願いいたします。
十一月四日より北富士で、沖縄海兵隊の一五五_りゅう弾砲の実弾演習が行われました。その前日の三日、私たちは演習場正面の中道の脇に、私たちの入会権闘争の拠点・桧丸尾(ひのきまるび)入会林と入会小屋を強奪しようとしている山梨県を弾劾するベニヤ七十枚の大看板を立てて、座り込みに突入しました。
山梨県は、北富士演習場の全面積四千fの内の半分にあたる二千fの県有地を演習場に提供し協力しています。その県が吉田恩賜林組合などと手をくんで、私たちから桧丸尾の入会林を強奪することをどうして許せるでしょうか。
また今回の演習では、米軍は、私たちが闘いとってきた日曜日の演習場内への立ち入りの権利も奪って、連続九日間の演習を、県や吉田恩組など地元協議会の屈服をとりつけて強行しました。これまでは米軍は日曜には演習を中断せざるを得ず、逆に私たちが演習場で反対集会をしたり、そのあと演習場に潜んでゲリラ行動に出たりしたのですが、そんなことがいつまでも続いたのではたまったものではないということだと思います。
しかし、北富士には闘いの中で勝ち取ってきた権利はいくつもあります。入会権を武器に闘えばまだまだ闘うことはできます。
座り込みは演習が終了した現在も続いています。自衛隊や米軍は、私たちの大看板の前を通らずには北富士演習場に行くことができません。私たちは、この新しい座り込みを武器に、県庁にも出ていき、山梨県による桧丸尾入会林強奪を必ず粉砕する決意です。
昨年は、沖縄サミット粉砕や三里塚など全国の反戦、反基地の仲間のみなさんと一緒に闘いましたが、沖縄ではあの嘉手納基地を包囲した力や、また韓国や全世界と連帯が広がっていることを感じることができました。
動労千葉を先頭とする労働者の隊列や、全学連の若い学生の力が強化され、本当に権力に一泡も二泡も吹かせる闘いをぜひやりたいものです。
北富士はみなさんと最後までともに闘うことをお誓いして、年頭のあいさつといたします。
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週刊『前進』(1988号11面2)
全関西実行委から
三里塚守り勝利を手に 代表世話人 永井 満さん
昨年は「二十世紀最後の…」という言葉がやたらに使われた。おそらく本年は「二十一世紀最初の…」のオンパレードであろう。
しかし、私たちにはそんなことは無縁である。来る年も来る年も決戦ならざる年はなかった。その一つ一つの決戦を全力で戦い抜き、勝利してきたのだ。
新しき年もまた非妥協不屈に闘うのみ――誰よりも三里塚反対同盟員一人ひとりの方々の、これが年頭にあたっての感懐ではあるまいか。そしてそれは三里塚と固く連帯しともに闘ってきた全国の闘う仲間が共有する決意でもあろう。
現地では、運輸省・空港公団が「二〇〇二年平行滑走路完成」を標榜(ひょうぼう)し、絶対に許すことのできない暴虐な滑走路建設を強行している。高さ十数bの巨大なクレーン十数台を始めとする大型建設機械を動員し、農家の軒先まで工事を強行している。地域の農地や道路は三bの鉄板で囲い込まれ、あまつさえそのフェンスの上には電線が張りめぐらされ、高圧電流が流されている。さながら強制収容所のような有様である。その昼夜を問わぬ工事の轟音(ごうおん)と重圧に耐えて、市東さんや萩原さんは闘っている。さらに不当な検問・職質・尾行などが日常的に繰り返されている。これらのことを思うとはらわたが煮え繰り返るような怒りを覚える。
このような悪らつな攻撃の只中にあっても、ひるむことなく断固として闘う反対同盟の方々に心からの敬意を表さずにはおれない。
政府・公団は反対同盟を屈服させる以外に絶対に計画を達成できない。勝利は反対同盟の手中にある。反対同盟のこの闘いにどう関わるのか、加わるのか。それが今ひとり一人に問われていると思う。
なんとしても総力をあげて三里塚反対同盟を守り抜き、敵を打ち倒し勝利するという快挙を成し遂げよう。これはけっして夢ではない。夢どころか、反対同盟が掲げた「一年間決戦」に勝利するならばそれは現実のものとなるのだ。
それはこの年、私たちがどれだけ力を合わせ、心を合わせて、この戦いを闘い抜くかにかかっている。
時代は一層反動化の度を進めてくるだろう。三里塚、北富士、沖縄そして動労千葉を始め全国の闘う労働者、学生、市民・住民がどれだけ力を合わせてこの攻撃に立ち向かい、反戦・反核・真の平和を守り抜くことができるか。私たち一人ひとりの決意と行動力にそれがかかっているのだ。まなじりを決して新しい年の戦場に馳せ参じよう。
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週刊『前進』(1988号11面3)
獄中同志 新年のアピール(1)
獄中同志の新年アピールを紹介します。東京拘置所在監の須賀、十亀、板垣、福嶋同志は八七年の迎賓館・横田爆取デッチあげ弾圧と闘っています。さらに星野文昭、鎌田雅志、倉持嘉之、片山武夫同志のアピールが13面に続きます。革共同の闘いを最深部で支え、超長期の獄中闘争を不屈に貫く同志たちと連帯し、奪還するために闘おう。(編集局)
若者よ! 学園に人間解放の思想と血潮を 須賀 武敏
二〇〇一年はあらゆる意味で、国論を二分する大決戦、大反乱、大死闘の時です。
考えて見よ。自公保の森政権の命脈はすでに完全につきている。変革を求める人民の怒りのマグマは、マスコミの予想をこえる規模とスピードで劇的に燃え広がろうとしている。この時、日本の未来をしょって立つ若者が、そのひめたる怒りを行動に熱き思いを紙の弾丸に変えて、息詰まるこの時代的閉塞(へいそく)感を切り裂く、若き前衛的主役におどりでて、全国の学園を揺るがす闘いの序幕を切って落とすことに成功すれば、森政権もろとも改憲・教育基本法改悪のプランを完全に葬り去ることはできるだろう。そうした魔力が君たち若者の「退路をたった」闘いにはやどっているのだ。
教育は国を滅ぼす凶器にも、人間を豊かにする宝物にもなる。いま森政権がめざす改憲・教育基本法改悪は前者の道だ。教育現場を再び富国強兵の練兵場に変えようとするものだ。
学園の一切の自主的な自由や自治を完全に奪い取る滅私奉公を強制する権力者たちに反乱の手を上げて、このファシスト的な暴挙を君たち学生・高校生・教師は体を張って阻止しなければならない。
自分たちの運命を、人生を、一握りの権力者たちに得手勝手に決められ、切り刻まれてたまるものか。
戦前の皇民化教育のねつ造された歴史観、ファシスト的な人間破壊の皇国史観が再び教育現場を支配してしまったならば、後に残るのは権力者に阿諛(あゆ)追従する、国を破滅に導く教育の墓場でしかない。
この地獄絵を再び繰り返す共犯者に君たち教師や親たちは成り下がっていいのか。断じてノンであろう。
守るべきは「人間の尊厳を重んじ、真理と平和を希求して差別を許さない人間教育」ではないか。
国会は自公保や改憲をとなえる民主党などの反動的議員で独占されている。
勝利の道は、かの六〇年安保の樺美智子さんが国会に突入したごとく、数千・数万の若者の怒りの隊列が、国会へ津波のように押し寄せる闘いのるつぼを、再現することだ。
君たち若者が、互いに助け合い、協力し合って、クラスで、学園で、地域でリーダーシップを取ってぐいぐいけんいんする主役を演じれば、それは必ず再現できる。
東北大の大ストライキ闘争はその序幕だ。
怒れる若者よ! 学園を再び、人間解放の思想と自由と血潮にあふれた新たな青春のルネッサンスにぬりかえようではないか。
ともに、元気で頑張りぬこう。
(獄中十五年)
原則を貫き、労働者に信頼・共感される党へ 十亀 弘史
〈国鉄のたたかい〉は獄壁をぶち抜いて強く胸を打ちました。そこには、労働者階級の未来を切り開く全ての要素が、激しく息付いています。たたかいを拡げ、勝つための道筋が鮮やかに開示されています。
勝つための道筋は、決して複雑に曲がりくねっていたりはしません。闘い、闘い続ければ勝てるということ、団結すれば勝てるということ、核心はただそれだけです。
たしかに、原則を守り抜く人々は、しばしば少数派へと後退させられます。しかし、原則の光そのものが消えることはありません。そして、原則は本来、その深い明快さによって、最も大衆的な力を持つのです。だからこそ、歴史の決定的な瞬間における圧倒的な多数派への飛躍もまた、まさに堅持された原則によってのみ生み出されるのです。
たたかう人々の個々の人間性も、原則に沿う時にこそ底深い豊かさを発揮します。国労闘争団とその家族が発した言葉に、その豊かさがあふれています。それは広く人々の共感と信頼を呼び起こさずにはおきません。
党もまた、まさしくそのようでなければならないのです。革命の原則、マルクス主義の原則を固く守り抜いた上で、党外の人民から徹底して信頼され共感される言葉を発し続けなければなりません。その際に大事なのは、何よりも言行の一致なのです。党の言葉はいつでも、行動と現実にしっかりと合致していなければなりません。原則を行動し、原則を深く豊かに、生きいきと具体的に語ろう!
労働者の怒りはすでに地に満ちています。それは、自己を解放する巨大な力であり、大いなる爆発物です。革命党は、その力を未来へと解き放つ発破技師であり、火花であり導火線なのです。吹っ飛ぶのは、全世界のブルジョアジー、粉々になるのは、階級社会につきまとうあらゆる鉄鎖です。人間が真に意識的に自己の歴史を創造し始める、世界革命の二十一世紀、明けましておめでとう!
(獄中十五年)
超長期勾留を粉砕し戦争のない21世紀を 板垣 宏
十五回目の新年を獄中で迎えます。二十一世紀をこんな形で迎えるとは夢にも思いませんでした。あまりにも異常です。許せません!
無実・無罪の私たちへの十三年以上におよぶ前例のない超長期の不当勾留=獄死・抹殺攻撃を「保釈十万人署名運動」を圧倒的に推し進めることで打ち破りましょう! 長期不当勾留で私は白内障や高脂血症、前立腺肥大症、須賀さんは車イスのまま、十亀さんは胃炎など健康破壊が進んでいます。何としても早期に保釈をかちとることが必要です。
丸十三年もかかって、第一審の検察官「立証」が終了していない、ということの中に、迎賓館・横田爆取デッチあげの「証拠」がまったくない治安弾圧事件としての異常性が集約されています。
しかも権力は、ムダな「立証」をくり返す自らの責任を棚に上げて、訴訟関係書類の房内所持規制や、総量規制で、私たちから闘う手段を奪おうと画策。さらには本件を裁判長期化の筆頭にあげて非難し、「司法改革」=戦時型司法への転換の口実とさえし、二年以内に判決とか、被告人の立場に立って闘う弁護人は懲戒するなどとする攻撃をもって、戦後司法のあり方を根底からくつがえし、デッチあげを容易にし、ろくな裁判もなく人びとを獄中にたたき込む「国内は治安弾圧、国外は侵略戦争」体制の確立を狙っています。
したがって、迎賓館・横田爆取デッチあげ粉砕の闘いは、大リストラ攻撃や福祉切り捨て、排外主義攻撃と、生命と生活を守るため闘うすべての人びとに共通する闘いです。
自民党をめぐる今回の茶番劇は「自民党支配の終わり」を告げています。反革命カクマルの崩壊や日共スターリン主義の転向、石原都知事や新しい教科書をつくる会などのファシストの台頭も、型はちがえ、結局は一九三〇年代的大恐慌と帝国主義の矛盾の大爆発への危機感にかられた絶望的対応にすぎません。彼らにも日帝にも未来はありません。
二十一世紀は労働者・人民の時代です。今こそ革命的労働者党の創設と戦闘的労働運動の再生、広範な民衆の反ファシズム統一戦線をつくりだし、自公保政権を打倒し、新たな希望にあふれる時代を切り開きましょう。共に闘わん。二十一世紀を戦争や侵略、差別と抑圧、搾取や収奪のない社会とするために!!
(獄中十五年)
「批判の武器」を手に労働者階級の解放へ 福嶋 昌男
新世紀の関頭にあたり、十一・五全国労働者総決起集会三千二百五十人の結集力こそは反帝国主義・反スターリン主義世界革命への闘いの精華であることを確認したいと思います。
革共同は第三回大会(一九六六年)をもって反スターリン主義・革命的共産主義運動の土台を打ち固め、堅実な発展を推し進め、ついに新訳『ドイツ・イデオロギー』、『日本共産党−改憲派への転向』の発刊を勝ちとりました。労働者集会は両書の内容にスターリン主義反革命の打倒、ファシスト・カクマル打倒の批判の武器を手にしたのです。
唯物史観の核心は何か。〈資本主義(大工業)は客体的(巨大な世界的生産力)にも主体的(プロレタリアートの世界史的形成)にも、必然的に共産主義を準備しているから、プロレタリアートはみずからの主体的実践によって革命を闘いとらねばらなない〉
この資本主義的生産関係の主客の構造・矛盾は、共産主義の物質的土台を示すもので、労働者階級は自らの主体的実践によって共産主義を闘いとることを示すものです。大工業はあらゆる具体的な労働力を平均化する条件をもっています。労働者階級はこの条件によってはじめて自らの労働量を主体的に分配することができるのです。
いま日本帝国主義は新ガイドライン下、自衛隊の実戦化、沖縄基地の強化、三里塚への軍事空港攻撃、労働者人民の戦争動員、改憲・教育基本法改悪攻撃、そして日帝の核武装化攻撃と、あらゆるところで戦争態勢をしかけています。『共産主義者』(二〇〇〇年冬季号)所収の河東論文は「核武装へ突進する日帝の宇宙・核政策」との闘いを大きな意義をもって打ち出しています。ここに、反戦・反核・反軍闘争、そして軍需産業との闘いが決定的になりました。
福嶋裁判は外の闘いと連帯し、権力の不当な長期勾留攻撃を打ち返し、無罪戦取にむけ健闘します。新世紀に勇躍と前進しましょう。
(獄中八年)
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週刊『前進』(1988号12面1)
新年メッセージ
労働者人民の勝利の新時代が幕開け 激動の21世紀へ大胆に躍り込もう!
二十一世紀を迎え、戦争と大反動の森政権の改憲攻撃、沖縄での新基地建設との闘いや、資本攻勢と対決し新たな労働運動の新潮流をめざす闘いは重大な正念場を迎えた。ともに闘う各界の人士、議員から寄せられた連帯のメッセージを紹介します。(編集局)
ロシア大革命の精神は生きている
反戦共同行動委員会代表 全国労組交流センター代表 佐藤 芳夫さん
二十一世紀の初頭に当たって、日頃階級的原則的に闘っている中核派のみなさんに心から尊敬の気持ちを表したいと思います。
二十世紀の世界というのは本当に多くの民衆が帝国主義に抑圧されてきたが、しかしそれに反発する階級的力もまた大きく盛り上がってきた。とりわけ一九一七年のレーニンを指導者とするロシア大革命の精神は牢固(ろうこ)として、その有効性はわれわれの運動の中に生きている。
資本主義は必ず敗れ、社会主義は必ず勝利するというのはいかなる状況の変化があろうと頑固に支持することができる。
その場合に何よりも反戦闘争を重視しなければならない。盗聴法だとか、国民総背番号制だとか「君が代・日の丸」だとか憲法改悪だとか、こういう一連のものを権力が手に入れようとする、このことはまさに戦争への道です。
こうした敵の反動と闘うにあたって自力・自闘・連帯というスローガンは非常に階級的戦闘的なものを示している。個々人を離れた集団の連帯はファシズムにつながっていく。レジスタンスと同じような一人ひとりの自立と連帯による抵抗精神というのが今日とりわけ必要になってきていると思います。
今日の労働運動で忘れてならないことは、国鉄の分割・民営化以来の千四十七名の労働者とその家族の苦闘をいかにわれわれが共有しうるかということです。
四党合意は、国鉄改革法二三条を肯定しながら多くの労働者を理由もなく解雇する向こう側の攻撃です。労働者の権利を踏みにじる攻撃を真正面から粉砕して闘っていくことなしにJRの不当な不採用問題、不当な団結権侵害と闘うことはできません。
最も必要なことは、今のブルジョアマスコミが取り上げざるを得ないような先駆的な闘いをいかに実践するかです。その先駆的な闘いの象徴があの社会文化会館での国労大会をめぐる労働者の総決起だ。ボクは自宅にいてすごく感動した。
そこでは、真剣に労働者の生活と権利を守り抜くための闘いが展開された。
そしてこうしたことを指導するのが中核派の主要な任務ではないだろうか。労働運動を領導する先駆的な思想を持ち、訓練と自己犠牲に富んだ闘いをしながら多くの民衆を領導する能力があるからこそ中核派なんだ。先進的闘士の指導力は、大衆運動を通じて方針を貫徹しうる力です。そういうことを考えないでわずかな人間で全体が動かせると考えない方がいい。そのことが本当の意味の指導性なんだ。
二〇〇一年、全国の仲間は北海道から沖縄まで多くの民衆の最先頭で闘ってほしい。あくまでも一九一七年の革命というものを念頭に置きながら勇気と確信を持ちながらこの世紀の第一歩を前進してほしい。ボクも体が重度障害という状況だけど、それなりの位置に立ってがんばってみたい。
三一闘争の正念場に勝ち切り春闘へ
東京労組交流センター代表 三一書房労働組合委員長 三角 忠さん
九八年のロックアウトから三一書房闘争は三度目の新春を迎えた。日頃の階級的支援の恩義に本紙面を借りて心からお礼を申し上げる。
現在、ロックアウト解除後、本社・朝霞倉庫の職場防衛闘争を最重要課題としてこれを守り抜き、本社売却・朝霞倉庫の身売りを最終的な資産処分として組合を解体しようとする鈴木経営に団交要求行動を突きつけ、組合から逃げ回ることができないことを思い知らせる闘いを強化している。
昨年九月、「組合排除のギマン的業務」の中心であったコーポ麹町の隠れ事務所からも撤退した鈴木武彦社長は、散発的に出していた全国紙への新刊広告も最近は出せていない。
一方で、「当事者ではない」と不当労働行為責任をなんとか逃れようとしてきた東京都地方労働委員会での審問も結審し、本年二月にも命令が出されようとしている。
自宅への団交要求行動をも闘い抜いている組合の粘り強い闘いに共感し、支援の輪は着実に拡大している。ロックアウト中に誕生した「三一書房の良心の灯を支える表現者の会」の中から『17歳のバタフライナイフ』『ぬれマスク先生の風邪に勝つ本』が出版され、「三一書房労組を支える会」も着実に会員を増やしている。
鈴木経営がわれわれの職場確保の闘いを解体しようと仕掛けてきた「建物明渡・損害賠償請求裁判」での東京地裁一宮裁判長の結審策動を打ち砕き、まさに今、三一書房闘争は正念場にさしかかった。
本年早々にも、株主権確認裁判での菊地経営側のあいつぐ勝訴も予想されるが、一方でこうした状況だからこそ経営間の争いを資本家の利害で調整する和解策動も浮上してくる。
だがわれわれは、二年有余の苦しい闘いの中から、「闘えば勝利する」「資本の側の都合で不当労働行為をあいまいにすることなど、絶対に許さない」という貴重な教訓を得てきた。「敵よりも一日長く」闘うことで初めて着実に勝利を呼び寄せることができるという確信を持てたのだ。
昨秋、私も呼びかけ人の一人として加わった「国鉄闘争勝利東京集会」「たたかう労働組合の全国ネットワークをつくろう! 全国労働者総決起集会」への積極的参加は、二十一世紀を迎えた本年の闘いの確信に大きな厚みを加えた。
ここを反転攻勢として「二〇〇一年春闘勝利」へわれわれも大きく合流し、有事立法・改憲攻撃にも立ち向かえる階級的団結を打ち固める決意である。ともに闘わん!
戦争・差別・失業のない21世紀実現へ
反戦共同行動委員会 事務局長 滝口 誠さん
二十一世紀の出発の年にあたって反戦への自らの姿勢を問い直し、運動のさらなる発展をめざし奮闘する決意を表明致します。
昨年の階級攻防は、階級的なものをすべて一掃しようとする敵の凶暴な攻撃をはねかえし、既成勢力の屈服を根底からのりこえて一大反撃への転換をつくりだしました。
サミットによる沖縄圧殺攻撃をうち破り、沖縄闘争の新たな高揚を切り開いた闘い。ヒロシマつぶし攻撃には八・六ヒロシマの一大決起でそれらをうちかえしました。
さらに国鉄労働運動の解体を狙った「四党合意」粉砕への闘争団と組合員の決起、二十一世紀を闘う労働者の宣言が高らかに発せられた「十一・五労働者集会」など。この地平から新たな闘いが開始できたことの意義は絶大です。時あたかも自民党支配の崩壊状況、極点に達した米帝国主義の危機。いよいよ死の苦悶(くもん)にあえぐ帝国主義−資本家どもの息の根を止める絶好のチャンス到来です。
すでに闘いは米欧諸国を始め、インドネシア、南朝鮮・韓国、アジアでも燃え広がっている。私たちはこうした闘う世界・アジアの人びととの連帯を真に強め、反戦共同行動委員会の強化・拡大をおし進め、より広く連帯を求め、巨大な反戦闘争のうねりを必ずつくり出さなければなりません。
日共の「柔軟頑固路線」などという欺瞞(ぎまん)を使った大転向と革マルの最後のあがきとの勝利的対決をとおし、二〇〇一年の基本課題である改憲・有事立法阻止、教育基本法改悪反対、新安保ガイドライン体制の最大の実体である沖縄米軍基地建設反対と全国の反基地闘争の勝利、さらには周辺事態法の発動を許さない闘いを労働組合、学園、地域から粘り強くつくりだしましょう。
確かに時代と向きあうということは勇気を必要としているし、多くの困難も横たわっています。しかし、この間の闘いが示しているとおり、団結し、力を合わせて闘えば必ず勝利の道は切り開けることを確信します。
戦争のない、差別も失業もない二十一世紀の実現の成否は本年の闘いいかんにかかっているといってもけっして過言ではないと思います。
二〇〇一年の勝利のためにともに闘い抜くことを明らかにし、年頭のあいさつと致します。
闘う陣形拡大し努力・実践惜しまず
杉並区議会議員 新城 節子さん
二十一世紀の幕開けです。全国の同志の皆さん、闘う仲間の皆さん、おめでとうございます。
大失業と戦争の時代は、労働者民衆への福祉・生活・権利破壊と、戦争体制づくりの攻撃が吹き荒れ、一方での差別や排外主義の扇動という実に想像を絶する勢いと激しさで襲いかかっています。
戦後社会保障制度の解体による生活破壊の状況は、より切実さを増しています。昨年一年間をとおしてみても都政を革新する会に寄せられた高齢者を含む労働者世帯の生活保護の相談・受給件数は介護保険施行後さらに増大しています。
さらに、国会における改憲や教育基本法改悪の動きが、こどもたちや学校現場をとりまく教育のあり方の大改変と民間のファシスト運動を使った新自由主義史観の「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書採択への動きと重なって、すべてがひとつになって進んでいるという現実です。
これは杉並区においては、十年間で千人の職員を削減し、福祉・保健・民生部門の九七%を民営化・民間委託にするという行革方針や、統一協会系の教育委員任命問題など、山田区長と石原の一体となった反動性などに示されています。
同時に、私は昨年の闘いをとおして、こうした反動を許さない労働者民衆の意志の強さと健全さを確信しました。介護保険反対の高齢者を主体とした闘いや杉並区の教育委員任命問題をめぐる大統一戦線は、改憲に抗する闘いの始まりです。現れるさまざまな情勢は、危機にかられた敵の焦りであり、労働者民衆の闘いによってこの反動を打ち砕くことは可能であるといっそう感じています。
今年もますます国労闘争団やこれと一体になった労働者の闘う新しい潮流運動、三里塚・北富士を始め沖縄での反基地闘争など、闘う人びとの陣形をさらに広げるための努力と実践をおしみなくやり抜きたいと思います。がんばりましょう。
怒りの炎つないで反動政治に反撃を
相模原市議会議員 婦民全国協代表 西村 綾子さん
新しい世紀の年頭に連携のごあいさつを申し上げます。
昨年は長谷川英憲さんを国会に送り出せなくて、本当に残念でした。年末国会の茶番劇に、もし長谷川さんが居たら…と思わずにはいられませんでした。
差別暴言を繰り返し、「日本は天皇中心の神の国」とか「教育勅語を復活させよう」と言った森首相を辞めさせることもできない国会。もう現政権の存続は許せないとの思いが広がりました。
自衛隊の軍事行動を認め、資本主義の枠内で政権への参入をめざすという共産党は、労働者の党をやめると宣言しました。
保守勢力が腐敗堕落して命運が尽き、一方で左翼の側も力を失った時にヒットラーが登場したと聞きます。傍若無人に差別排外主義を表明して居直る石原都知事に対して、歴史を繰り返さない決意をあらためて誓いたいと思います。真に労働者市民の立場で闘う国会議員や都議会議員を持つような、新しい党の登場が待望されています。
森政権はろくな審議もせずに臨検法、少年法改悪、医療費の値上げをして、さらに今年は憲法改悪・教育基本法の改悪をもめざすとしています。
新しい世紀を労働者階級の解放への夜明けにしなくてはと思います。労働者はその力、可能性を大きく膨らましながら新世紀を迎えたのではないでしょうか。
反戦反基地の砦(とりで)三里塚、北富士を始め、沖縄サミット粉砕闘争、新基地建設阻止をかけた沖縄民衆の闘い、そして国鉄労働者の粘り強い必死の闘いがあります。支配階級の戦争政策と資本攻勢と差別、排外主義の嵐(あらし)に抗した闘いが、いま私たち労働者の宝として輝いて存在しています。
「あきらめた時がいつか来た道、戦争の協力者」と思ってきましたが、けっしていつまでも少数者ではない、勝利のかぎはわれらにありです。
それにしても政府はどこまで民衆を犠牲にする気でしょうか。介護保険制度はとうとう高齢者介護を金次第、もうけ仕事にしてしまいました。すでに人の命を奪い始めています。怒りの炎をつなぎ合わせて、反撃のうねりを今年は形あるものにしたいと思います。
相模原も基地の街です。昨年は米軍が朝鮮戦争を想定した「メデックス2000」という野戦病院訓練を強行し、これの恒常化を狙っていますし、厚木基地内での航空機騒音は自衛隊機も含めて激増しています。
周辺事態法を発動させない闘いの正念場が来ています。労働者・市民・住民運動と結んだ議会活動に今年も頑張ります。
改憲阻止・関空二期阻止へ住民と共に
泉佐野市議会議員 泉州住民の会事務局長 国賀 祥司さん
新年明けましておめでとうございます。
二十一世紀を迎え、時代は新たな幕開けを告げている。二〇〇〇年は、二十世紀を象徴するように世界史的大激動が本格的に開始された年であった。
帝国主義はその矛盾を全面的に爆発させるに至った。昨年末のアメリカ大統領選の混迷と森内閣不信任決議をめぐる茶番劇は、ともに帝国主義支配の絶望的な破綻(はたん)を全世界人民に示した歴史的な事件であった。
他方、韓国始めアジア、アメリカ、ヨーロッパ、全世界で嵐のように起こっている労働者人民の決起は、新世紀の荒々しい激動と労働者人民の不屈の生命力を指し示した。
私たちは二〇〇〇年決戦を闘い大いに勝利した者として、このように勝利の総括をし革命の二十一世紀を迎えた。
他方、日本共産党はどうか。二十世紀を総括できず昨年の第二二回大会では「有事の自衛隊活用」路線を決定し改憲派に転向、さらに「労働者階級の前衛党」規定をやめ「国民の党」に改定し帝国主義の側に移行した。
全国の闘う仲間のみなさん、新世紀こそわれわれが主人公となる時代である。私は革命的議会主義を全面的に発展させ、その闘いの先頭に立つ決意です。
今年は改憲阻止闘争を最大のテーマに闘おう。日帝は、九条破棄を核心に有事立法、沖縄、司法、労働、差別主義、排外主義などあらゆる攻撃を戦争国家化に向けて激化させている。私たちは改憲阻止闘争を一大反戦闘争に位置づけ、あらゆる人民との共同闘争を強めて闘っていこう。
関西新空港闘争も二十世紀に決定的な勝利をかちとりながら二十一世紀を迎えた。私たちが言ってきたとおり関空は見事に破産している。
関空会社は開港から六年、毎年大赤字を出し、累積赤字は千六百億円を超え実質的に破綻している。さらに空港島の地盤沈下が止まらず十一・五bも沈み、ターミナルビルや給油タンクが危険な状態になっている。また地元の泉佐野市は「空港で潤う」どころか、空港関連事業で巨額の借金をしたため倒産寸前である(新聞にも書かれる)。このような危機だからこそ、日帝・運輸省は二期事業を必死に強行しようとしている。
こういう決戦情勢に対し、昨年は一月現地闘争、七・九全国闘争を闘い、また秋からは毎週宣伝し、二期反対署名を住民とともに集め、「二期事業をやめろ」という住民、労働者の決起がかちとられている。また運輸省、関空会社、大蔵省、大阪府に対して何度も抗議闘争を闘い、日帝を決定的に追いつめている。
今年は、二期事業を中止に追い込む決戦の年になった。地域住民と労働者人民の決起をかちとり、必ずや二期事業を阻止する決意です。
戦争の流れに抗し闘いを切り開こう
反戦自衛官 小多 基実夫さん
昨年秋には、私の四・二七決起反軍裁判が東京高裁で、そして掃海艇派兵違憲裁判が東京地裁で相次いで反動判決が出されました。
両判決は、同一人物が書いたのではないかと思うほどに基本姿勢が一致したものでした。新ガイドライン|周辺事態法のもとで、九・三治安演習を強行し、日米共同演習を積み重ね、アジア侵略に突き進む日本帝国主義と自衛隊にくみし、そのお先棒を担ぐ役割に徹しきったものです。
とりわけ、改憲・有事立法(自衛隊のもとへの民衆、自治体の動員)攻撃の情勢と表裏一体で進められる「自衛隊の帝国主義軍隊としての戦後的制約の突破の問題」、すなわち兵士に対する人権の徹底的なはく奪と命令への強制的服従のの点に関してです。例えば、憲法第一六条の請願権の行使を始めとして、「兵士に一切の憲法上の人権を認めない」と言わんばかりのものです。
「軍服を着た労働者」である兵士の人権を戦争と軍の利益を理由にしてなきものとするということは、同じく軍の利益、戦争の都合のためには平気で民衆に犠牲を強要するということに直結します。
今年は、都議選、参院選を始め選挙の年となりますが、自民党、民主党を始め改憲論のオンパレードです。そして日共は、「有事の自衛隊活用」ということで、公然と日帝の戦争、自衛隊の戦争を支持する立場にまわりました。
四・二七決起反軍裁判は、かつて社共等が行っていた「自衛隊の装備が、九条の規定する戦力に該当するか否か」という争点に切り縮めた裁判とは異なり、自衛隊を批判し、射抜く主体として、生きかつ生活する人民そのものである兵士をすえた反軍裁判です。憲法との関係では、自衛隊の存在と活動のすべてが、全憲法体系(前文、九条、一四条法の下の平等など)に違反することを指摘し、人民とその一部でもある兵士が「自衛隊を解体する権利」を真正面から主張した唯一の裁判です。
ですからこの裁判を改憲攻撃の吹き荒れる本年、最高裁闘争として闘うのは大変重要なことだと思っています。改憲と有事立法と本裁判にかかっている攻撃の中身を自衛隊の内部支配の点で見るならば、軍法会議の設置、軍刑務所・営倉(軍の管理する留置場)の開設、軍刑法(自衛隊法に一定の骨格は準備されている)の制定、自衛隊の警務隊による民間人への警察権の行使、などに向かっていく一里塚であることは明らかです。
戦争の流れに抗する闘いを切り開くために、今年も全国の同志のみなさんと固くスクラムを組んで進みたいと思います。
徹底的に沖縄人民の正義の要求貫徹する
革共同沖縄県委員会
革共同・沖縄県委員会から、『前進』読者のみなさん、すべての闘う労働者人民のみなさんに年頭のあいさつを送ります。
二〇〇一年の年頭であるとともに二十一世紀への突入という節目にあたって、二十世紀とは何であったのかの総括が出されなければならない。二十世紀を解明するためのキーワードこそ「帝国主義」「戦争と革命の時代」である。革共同創成以来四十年を超える苦闘・激闘を経て、今われわれは二十世紀を革命的に総括、批判し切り、全世界のプロレタリアート人民の二十一世紀の勝利の道筋として反スターリン主義・革命的共産主義の綱領的路線の旗を高々とかかげている。このことは実に偉大なことだ。一九九一年ソ連スターリン主義は歴史的な崩壊をとげた。
カクマルを見よ。二十世紀の最後についに黒田思想の権化としてあるJR総連が歴史的な危機を爆発させ、丸ごと黒田とカクマルに反旗をひるがえして戦争状態に入った。希代のファシスト反革命カクマルに対して革共同の名をもって死を宣告する時がやってきた。日本共産党は、二十世紀の最後の年に、その規約の中から「労働者階級」「社会主義革命」「前衛党」の文言を追放し、帝国主義支配階級の側へ階級移行することを決めた。
今われわれは、マルクスが史的唯物論をもって明らかにした歴史のうねり、プロレタリア世界革命の必然性そのままの現実を目の当たりにして興奮している。反スターリン主義・革命的共産主義が勝利する世紀としての二十一世紀を確信し心を熱くしている。帝国主義の基本矛盾の爆発と歴史的破産は確実に進行し、スターリン主義とその歴史的破産をのりこえる全世界の労働者階級人民の国際階級闘争は確実に前進をとげつつある。
年頭にあたって何よりも訴えたいことはこのことであり、すべての労働者人民諸君がわが革共同とともにこの歴史的大事業完遂の闘いに参加することである。
「帝国主義」「戦争と革命の時代」という規定こそ、わが沖縄の二十世紀を全面的、根底的に総括し抜く核心問題だ。帝国主義の時代としての二十世紀において日・米帝国主義は、アジアという地域における沖縄の地理的位置と日米帝国主義間の歴史的諸関係から沖縄を軍事と戦争にしばりつけ、その犠牲を「運命」として強制し続けてきた。沖縄問題とは、日本帝国主義が帝国主義として存立するための不可欠の要素である軍事・外交政策、戦争政策の必須の道具として、それ以外ありえないものとしてわが沖縄を使い続けるしかないということである。それは二十世紀後半においては日米安保同盟政策としてあった。
一九九五年以来の沖縄の新たな人民反乱は、まさにこうした沖縄問題の根本を隠しようもなく明らかにした。それは沖縄人民の側からの歴史選択として、日本(米)帝国主義が沖縄に強制する「帝国主義、戦争の世紀としての沖縄のあり方」を根底的に拒否するものとしてあった。大田知事打倒にもかかわらずデッドロック化したSACO路線貫徹のために、国家の体重をかけた日帝による起死回生の大攻撃としてあった二〇〇〇年沖縄サミットはなぜ失敗したのか、人民によってうち破られたのかに対する回答もここにある。
一切は、転向し変質した既成政党にとって代わる真の労働者党を建設できるかどうかにかかっている。
一九九五年以来の沖縄人民の正義の要求を徹底的に、不退転に貫徹すること、それが国家の破滅を意味するなら断固としてそれをよしとする、できる思想と路線をもった党の存在こそ二十一世紀の帰すうを決する。
米軍基地撤去=沖繩奪還、安保粉砕・日帝打倒! 闘うアジア人民と連帯し日帝のアジア侵略を内乱に転化せよ!
二十一世紀は冒頭より戦後史を画する改憲攻撃との歴史的階級決戦として火ぶたを切る。名護新基地建設を絶対に阻止し、反スターリン主義・革命的共産主義の旗のもと、カクマルを完全打倒し、開かれた沖縄人民の歴史的解放にむかっての扉から二十一世紀へ躍り込んでいこう。
沖縄闘争は将来を展望する闘い
沖縄反戦地主 読谷村議会議員 知花 昌一さん
名護基地建設と、楚辺通信所内所有地の強制使用と闘う知花昌一さんが全国の支持者・団体に寄せたメッセージを紹介します。(編集局)
二〇〇〇年は、沖縄にとってサミットに揺れた一年でした。でも、台風でさえ過ぎ去った後は、世果報雨(ユガフー)を降らし、新鮮な風が来るのですが、サミットが残したものは、観光の落ち込みと、警備へのいやな思いと、八百十四億円という無駄遣いでした。
今、五カ月が過ぎて「サミットってなんだったんだ」と巷(ちまた)でもなんの話題にもならないのです。
G8サミットに対抗して闘った多くの人びとには「やり抜いた」という自信がエネルギーとして蓄積できたのです。
二〇〇一年は冒頭から日米政府との米軍基地をめぐる闘いです。
一つは、名護ヘリ基地阻止闘争です。彼らは「十五年問題」さえ棚上げし、代替施設協や三者協をたびたび開催し、二千四百bの軍事飛行場建設を企てています。
ヘリ基地反対協、二見以北十区の会は組織体制を立て直し、命を守る会等とともに全力で闘い抜いています。地元名護市民と私たちがいかに結びつき、統一した闘いができるかが勝利の鍵(かぎ)でもあります。
二つは、私の象の檻の土地とキャンプ・キンザーの反戦地主の土地の強制使用をめぐる公開審理が始まるのです。SACOでは三月には返還すると公言していたのですが、日本政府は二〇〇五年までの強制使用手続きを行ったのです。好き勝手にしようなんて「ふざけるんじゃない」。なんとしても彼らにかみつき、SACOの欺瞞と強制使用の不当性を暴き出していきたい。
沖縄の米軍基地をめぐる闘いは、五十年も続いた闘いであり、日米の圧政との闘いであり、将来を展望する闘いでもあります。
小さな勝利を積み重ねることによって、大きい勝利をたぐり寄せることができます。戦争体制づくりが、国会内での数の横暴で強行されていますが、権力側も弱点をさらけだし、一寸先は闇(やみ)の状況です。
二十一世紀はますます闘う民衆の力量が試されることになります。意気揚々と、したたかに闘いましょう。
今年こそ大飛躍をかけてジャンプ!
とめよう戦争への道! 百万人署名運動 小田原 紀雄さん
二十一世紀を迎えて特別の感懐はありません。われわれが担わねばならない課題は昨年から続いているし、ある意味でこれまでが闘いとしては助走の段階で、今年がいよいよ本番なのかもしれません。
とめよう戦争への道!百万人署名運動は、これまでホップ、ステップと二段階の飛躍を遂げてきましたが、今年こそ大飛躍をかけてジャンプの年にしなければならないと考えています。
森政権がどうなり、政局全体がどう動こうが、昨秋の臨時国会で船舶検査法を成立させることによって新ガイドライン関連三法をすべて制定した「敵」は、いつでも戦争ができる国家体制の構築に向かって、残すところは有事に対応するための国内法の「整備」のみです。これと対決する陣形は、八十万人をこえる署名を集めた実績を持つ百万人署名運動ですが、そんなことで自己満足しているようなことでは到底なしえるはずがありません。
全国に張りめぐらした地域連絡会を再点検し、これを一層活性化させ、まだ連絡会を形成できていない地域では今年前半期になんとしても組織しなければなりません。これは、われわれの勢力の拡大を求めてのことではなく、「教育改革」から教育基本法改悪、もろもろの治安法の強化と刑法・刑訴法の改悪、労働法制改悪、有事立法から改憲へという流れに対して、不安と怒りと焦慮の中にいる人びとに、闘う意志を表明する場を、われわれの責任において提示しなければならないからです。
百万人署名運動はこれまでの過程で、すでにそういう地平へと自らの運動を押し上げてきたのです。
こうした運動展開を展望する時、われわれは大胆にこれまでの行き掛かりを捨て、課題別共闘、地域共闘を推進しなければなりません。われわれはどこまでも「戦争に反対する勢力」ですから、例えば教育問題について、これまで丁寧に持続的に取り組んでこられた方々の運動に対して、われわれが多少運動の力が大きいからといって、でしゃばることは慎まなければなりません。だからといって黙って下支えをしなければならないというのでもありません。そうではなくて、われわれの視点を提示しつつ共闘の可能性を追求し、意志一致できた水準で共闘関係を大切にしながら、全力でその運動に取り組もうというのです。地域共闘についても同様です。
われわれは、われわれだけで何かがなしおおせるほどの運動体ではありません。ともに闘いましょう。
5万人組織実現へ新たな勝負に出る
部落解放同盟全国連委員長 東大阪市議会議員 瀬川 博さん
部落民の解放と労働者人民の解放への新しい時代の幕開けにあたって、全国連の決意を明らかにします。
この新しい時代、二十一世紀の始まりに、わが全国連も三月にいよいよ記念すべき第一〇回全国大会を迎えます。思い起こせば、闘わなくなった解同本部派からたもとを分かってこの十年、全国連は国家権力の攻撃、解同本部派など既成の勢力のあらゆる妨害を打ち破って、戦争と差別の大洪水に対してひとり仁王立ちして闘ってきました。
そして、昨年の九回大会で全国連は「全国に差別徹底糾弾の嵐を」の呼びかけを発し、三百万部落大衆を主人公とした差別糾弾闘争という部落解放運動本来の姿の復権を宣言しました。今年は、その真価をかけて全国連五万人組織の実現へ新たな勝負に出ます。
折しも、狭山異議審闘争がきわめて切迫した段階にきています。東京高裁・高橋裁判長は、高木裁判長と同じく事実調べの一つもなしに、この春早々にも棄却の動きをみせています。絶対に粉砕します。何よりも、石川一雄さんの権力の差別犯罪を告発する闘いを支え、わが全国連こそが石川さんの化身となって闘い抜きます。狭山紙芝居の全国の部落・職場・学園での上演と百万人署名の完全達成へ、全国連は全員が火の玉となって闘い抜きます。そして異議審で絶対に再審の扉をこじ開けます。
同和住宅家賃値上げ反対の闘い、介護保険制度の廃止−介護要求の闘いも正念場を迎えています。全国連は、部落民を虫ケラ扱いし、生きる権利を奪う攻撃に対して猛反撃します。三百万人一人ひとりの要求と結びつき、実現のためにともに闘います。
また、インターネットでの差別扇動と、東大阪市や泉佐野市を始めとして日本共産党が部落差別をあおる「市民運動」を行っていることを徹底糾弾します。日本共産党は「自衛隊も認める」「『日の丸・君が代』も天皇制も賛成」と、政府の戦争政治の手先となって、わが全国連と部落大衆に襲いかかってきたのです。こんな差別者どもと、差別者をのさばらせる政府・権力者どもを、部落大衆の怒りの決起と、侵略戦争に反対し闘うすべての労働者人民の共同の力で打ち倒してやりましょう。
三月四日〜五日、全国連第一〇回全国大会へのすべてのみなさんの参加を心より訴えます。
戦う人民の手で平和な21世紀を
在日台湾人元日本兵 林 歳徳さん
十九世紀から二十世紀までの二百年間は、白人列強帝国とイエローヤンキー天皇制日本帝国が、アジア人民の肉を喰い、血を吸って生長した妖怪の侵略世紀であった。この間数千万のアジア人民が殺され、国土は破壊された。その後遺症(日帝七三一部隊の毒殺戦や米帝の枯葉化学戦の如く)で被害人民の苦痛は未だ癒えずに苦しんでいる。
戦うアジア人民の我々は、この被害教訓を忘れずに生かして、平和な二十一世紀を確立しなければならない。その必勝の武器は、アジア人民の「団結と奮戦」(如意棒)と「臨機応変」(猴斉天の七二変化術)を活用すれば、平和な二十一世紀が必らず、戦うアジア人民の手で確立されます!
さて、猴斉天と如意棒とは、中国山東省花果山水濂洞の猴王である。東海竜宮の鎮海宝柱を抜いて、莫大莫小できる、強力武器が「如意棒」である。斉天大聖孫悟空(略称「猴斉天」)とは、権威主義の天界の神将と乱闘に勝った孫悟空を恐れた天界の支配者「玉皇大帝」が猴王に、天界の高い名誉階級名「斉天大聖」を与えた、故に猴王孫悟空は「斉天大聖孫悟空」(略称「猴斉天」)と呼ばれた。
西紀六二九年大唐皇帝太宗が国家の安泰と平穏を願い、仏法の経典取得に、高僧三蔵法師に「天竺取経」を勅命した。玄奘三蔵は孫悟空・猪八戒・沙悟浄の三弟子と白馬(神馬)に乗り、古都洛陽を出発、途中八一妖怪と戦い乍ら天竺に到着。一三八カ国を歴訪、各国王と面接し、一三八カ国の季節・国土・民族・習俗・言語・国境・物産・伝説等を記録した「大唐西域記」は有名である。猴斉天の奮戦で守られた玄奘三蔵は、目的地天竺の釈迦如来の居所、天空が五色に輝き、霞に包まれた「霊山」にて釈迦如来に拝し、悲願の経典三十五部を授受して、西紀六四五年一月、三蔵一行が大唐国へ帰朝、皇帝太宗に歓喜で迎えられた。その後、玄奘三蔵は厖大な経典を翻訳、弟子四名は玄奘三蔵を守った功労で、釈迦如来の力で仏と成った。
さて、千三百五十五年前の地上歴史と社会と比べて、現在の世界は正に、人喰い吸血妖怪の世界である! 二十世紀以来現在に至り、地球上は常に侵略戦争の乱世、妖怪世界である。
私個人にとって、死んでも忘られない人喰い吸血妖怪、侵略魔天皇制日本帝国は最大の敵であった! 天皇の臣民・国民・人民・警察・裁判官等は人間の顔をした人喰い吸血妖怪であったことを体験した! 天皇制がある限りアジアに平和はない! 戦う日本人民よ! 戦うアジア人民と団結して、地球上の妖怪をせん滅しよう。
二〇〇一年(辛巳)年元旦
被爆者自身が断固社会変革に立とう
反戦被爆者の会会長 大槻 泰生さん
二十一世紀が戦争と反動の暗雲を吹き飛ばす人間解放の世紀となるのか否か。私は今年こそ、その正念場の年だと確信しています。
今日の森・自公政権の反動政治は目に余るものがあります。小選挙区制を最大限利用し野党勢力を弱体化して国会を総翼賛化し、やりたい放題の悪政の数々。「日の丸・君が代」法制化にとどまらず教育基本法の改悪による皇民化教育と徴兵制復活・改憲の策動、成田空港の平行滑走路建設をめぐる国家権力の無法な暴力行為、介護保険による福祉の切り捨て、果ては、労働法の改悪まで行っての国鉄労働者を始めとする労働者への首切り・リストラの推進、この悪政の行き着く先には改憲による核と戦争の道しかありません。
今から二十三年前の一九七七年六月二十二日、私たち闘う被爆者は反戦被爆者の会を結成しました。それは、日本が再び侵略戦争を始めるならば、朝鮮人被爆者を始めとするアジア人民と連帯して最期の血の一滴まで闘う、そして国家の戦争・被爆責任を徹底追及しわれわれと子どもらに対する一切の差別をなくし、原爆医療を私たちの手に取り戻すために団結するという私たちの誓いでした。
「一九四五年八月、ヒロシマ・ナガサキにおいて、帝国主義侵略戦争の悲惨な帰結として凄惨(せいさん)にして残酷、現世の地獄を再現し、人間を冒涜するためにつくりだされた原爆の洗礼を受けた我々が、今や祈りと悲しみを怒りに転化し行動する時がきた−−」。この宣言を私は今かみしめています。
まさに、人間解放の二十一世紀の扉をわれわれの手で開くことができるのか、それとも戦争と差別・抑圧支配の時代を許すのか、今こそ被爆者自身が反戦・反核・反差別の闘いに断固として立ち上がり、腐敗した社会を変革していかなければなりません。「過ちを二度と繰り返させないために」闘い抜かなければなりません。反戦平和の渇仰者であり実行者でもある私たち被爆者には、もはや一刻の猶予もありません。
この立場から私は新しい労働者階級の党として奮闘している革共同に大いに期待しています。二十一世紀を人間解放の世紀とするためにともに闘いましょう。
全学連は改憲阻止の最先頭に立つ
全学連委員長 大山 尚行さん
全学連は改憲阻止決戦の先頭に立つ。改憲阻止は、日本帝国主義の朝鮮・中国侵略戦争突入を断固阻止し粉砕する闘いである。それは「戦争か革命か」「ファシズムか社会主義か」をかけた歴史的大決戦だ。
改憲情勢は重大な段階に入っている。ファシスト石原が突出し、民主党、自由党がこぞって改憲案を打ち出し、日本共産党が「自衛隊の活用は当然」と改憲派へ転向する中で、憲法調査会はいよいよ第九条と前文改悪の具体的内容に踏み込もうとしている。
第九条破棄と戦争の現実性に対する労働者階級人民の危機感と怒りは急速に高まっている。闘いの路線と方針を求めている。全国学生は、昨年十一・三〇闘争の地平を引き継ぎ、安保・沖縄闘争と一体となって、さらに巨大な大衆闘争の大爆発をかちとろう。
同時に全国学生は、六月都議会議員選挙の必勝のために杉並に駆けつけ、都政を革新する会・結柴誠一氏の当選勝利へ総決起しよう。革命的情勢の急接近に対応した大衆闘争の爆発的発展にとって、いよいよ社・共に代わる闘う議員が死活的に求められている。闘う議員の登場は、学生運動の革命的再編にとっても決定的だ。ファシスト石原打倒を鮮明に掲げて闘う結柴氏の当選を何としてももぎりとるのだ。東京・杉並の労働者住民の闘いと一体となり、街頭を戦闘的に制圧する大部隊を登場させ、既成政党を圧倒しよう。
さらに、この二〇〇一年において、改憲阻止・有事立法阻止・教育基本法改悪阻止、安保・沖縄闘争、国立大の独立行政法人化阻止を闘い、全国学生運動の革命的再編と統一の闘いを大胆に推進しよう。決戦の三里塚・北富士に駆けつけよう。全学連は、国鉄を先頭とする労働者階級とともに二〇〇〇年決戦を勝利的に闘いぬき、階級情勢を主体の側から激変させ、全国学生運動の大流動と大再編情勢をつくりだしてきた。沖縄サミット粉砕闘争、九・三治安出動演習粉砕闘争、十一・三〇憲法調査会粉砕闘争を闘い、また国立大の独立行政法人化阻止と教育闘争を展開する中で、大衆闘争の新たな発展を切り開いてきた。その中で十一・二一東北大ストライキ闘争を頂点とする全国統一行動のぶちぬきは、ファシスト・カクマルと日共スターリン主義を凌駕(りょうが)して、この大再編の主導権を圧倒的に握りしめる決定的勝利をかちとっている。さらに独法化反対の大統一戦線をつくりだそう。
ファシスト・カクマルを「JR総連失陥」にたたき込んだ大勝利は、早稲田を始めとする全国大学から学生カクマルを打倒し一掃する歴史的チャンスだ。全大学に大攻勢をかけよう。沖縄、早稲田に続くJR総連の失陥で最後的大破産を遂げた黒田思想そのものを壊滅的に粉砕し、ファシスト・カクマル完全打倒へ攻め上ろう。全国大学に全学連の旗を打ち立て、全国学生の大量的な決起をかちとろう。
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週刊『前進』(1988号13面2)
獄中同志 新年のアピール(2)
労働者解放の成否かけ「無期」粉砕する 徳島刑務所在監 星野 文昭
資本主義が帝国主義段階における腐朽を極めようとしている。人類の歩みにとって最早いかなる意味でも「進歩的」でなく、桎梏そのものとなっている。巨大化した過剰資本による二九年型大恐慌と大不況が、帝間の市場・勢力圏をめぐる争闘戦−侵略と戦争を激化し、リストラ、首切り、賃下げ、増税、福祉切り捨て、それらが全ての労働者人民に襲いかかっている。
国鉄分割・民営化による二〇万人のリストラ・首切りが今や全国化し、働く者がトコトンないがしろにされている。輝かしい生命活動そのものの労働の場がますます苦役の場となっている。さらに、類的生活を奪い、人と人との対立を激化させようとしている。そうであればこそ、その現実を覆し、支配、抑圧から解放され、補い助け合うあり方と人間的本質・人間性を全面的に回復していこうという希求・エネルギーが地に満ち満ちている。その思い、エネルギーをあらゆる水路から一つに結集し、全国の、全アジア、世界の労働者人民の団結した力として組織すること、全ての人民の苦闘に身を置き、共にその解放のエネルギーを解き放っていく、反スタ・革命的共産主義運動とその党を本格的に創造していくことが問われている。
私たちは、六〇年、七〇年において、スタのくびきから解き放たれた労働者人民の体制を揺るがすたたかいをつくりだした。それへの反革命との長く厳しいたたかいを通して、そのたたかいと思想、路線的深化、発展をかちとってきた。今、それを土台にそして同時にその狭さ、途上性を自覚的にのりこえて、真の自己解放性に満ちたたたかいに挑戦している。
星野無期は、七〇年とこの今日のたたかいを圧殺する攻撃だ。これを打ち砕いていくたたかいは、今日のたたかいが問われている内容を、根底的、全面的に問う。労働者人民の自己解放のたたかいと一つに、その成否をかけて星野無期を粉砕するたたかいは、獄中・家族を先頭に階級的、人間的力を全面的に解き放つことによってこそ勝利できるし、また、そうすることで今日のたたかい総体の勝利する内容をかちとっていくものだ。共にたたかおう。
(七一年十一・一四渋谷暴動闘争戦士=殺人罪デッチあげによる無期攻撃と闘い九六年に再審請求。二〇〇〇年二月に再審棄却、現在異議審を闘う。七一年七月・九月三里塚決戦戦士、獄中二十六年)
決戦の中に私は帰る 赤旗の下でまみえん 府中刑務所在監 鎌田 雅志
世界史的な地殻変動が始まった。帝国主義が恐れ続けてきた世界革命の波が、今また激しく打ちよせてこようとしている。「共産主義を現実に生みだす行為」である歴史の全運動の成果の上に「直接世界史と結びついて存在している」労働者の階級的団結で、革命の二十一世紀をきり開こう。
日本階級闘争は、戦後革命期以来の激動を迎えている。だから日本共産党は改憲派に転向し、スターリン主義として反革命に徹する路線を選択した。自衛隊の武力行使の承認・推進は、日共自身のゲバルト行使=武装反革命と一体なのだ。
日共と共に日帝の排外主義と侵略戦争攻撃の先兵と化したカクマル=JR総連も、大分裂を開始した。ファシストに未来はない。日共とカクマルに猛然と攻め込み、打倒・一掃して、労働者階級の党を建設するのだ。
国鉄分割・民営化を「最大の功績」と自慢する中曽根が、改憲攻撃のために森や石原と共に再登場してきた。「戦後政治の総決算」は行き詰まり、何も決着がついていない。階級のど真ん中で国鉄決戦の炎が燃え上がっているではないか。殺された二百人の復讐はこれからだ。その恨みは、戦争と大失業攻撃のもとで呻吟する労働者大衆の怒りの反乱となり、必ず爆発する。革命党の宣伝・扇動と組織の力を発揮する時だ。
この歴史的決戦の真っ只中に、私は帰る。
デッチ上げ弾圧と長期投獄・指名手配攻撃、破防法・革命党壊滅攻撃とカクマルの白色テロルを粉砕し、我々は進撃してきた。スターリン主義の崩壊の前に全勢力が立ちすくむ中で、反スターリン主義・革命的共産主義の綱領的優位性を一層鮮明にし、五月テーゼ路線の下に革命的労働者党への飛躍をかけて獄内外一体となり闘いぬいてきた。我々は、共に勝利者として合流する。
我慢ならないのは、デッチ上げ爆取弾圧の四同志が、いまだに投獄されていることだ。隠れた獄中テロとしか言い様のない超長期の未決勾留とでたらめな裁判を、これ以上許してはだめだ。
階級的怒りの原点に立ち、四党合意を葬れ! 沖縄・名護で、三里塚、杉並・都議選で高らかに勝ち鬨(どき)をあげ、新世紀第一年を飾ろう。いざ、赤旗の下で相まみえん。
(元全学連委員長、八五年十・二〇三里塚蜂起戦戦士、八五年十一・二九浅草橋戦闘戦士、獄中十六年)
21世紀こそ革共同が真価を発揮する時代 長野刑務所在監 倉持 嘉之
二十一世紀、それは世界革命を完遂して過渡期を止揚し、全世界的な共産主義社会を建設すべき世紀です。そして二〇〇一年こそその偉大な第一歩をしるすべき年です。
二十世紀は帝国主義段階に達した資本主義の時代だった。労働者階級人民そして植民地・従属諸国人民にたいする搾取と収奪、差別と抑圧が極限化した時代。侵略戦争の恒常化そして二度もの世界戦争、まさに全人類的な規模での殺戮(さつりく)が極限なく繰り広げられた時代だった。戦前、戦後の日帝百年の歴史もまさにそのようなものだった。国内外における強搾取・強収奪、そして沖縄、台湾、朝鮮、中国大陸から東南アジア全域へと帝間争闘を繰り返しながら侵略を拡大し、敗戦後も再侵略へとのめり込み、その諸権益・勢力圏化をめぐって他帝とりわけ米帝との争闘を激化させている。ことに朝鮮をめぐる争闘の激化、朝鮮人民の南北分断打破・革命的統一めざすたたかいの高揚は日帝の存立を根底から覆すものであり、軍事大国化と改憲は日帝にとって死活的な切迫性をもつものとなっている。軍事大国化阻止・改憲阻止決戦で日帝打倒の血路を切り開こう。
この二十一世紀に帝国主義の世界支配が存続するなら、この極限的な搾取と収奪、侵略と世界戦争の時代が続くなら、人類には破滅以外の未来はない。私達の世代の責任として、こども達の世代の明日のために帝国主義を、日帝を打倒しなければならない。
二十世紀はプロレタリア革命運動が勃興し、なによりロシア革命の勝利によって共産主義社会への世界史的な過渡期が切り開かれた時代だった。スターリン主義による裏切り歪曲そして圧殺のなかで、しかしプロレタリア革命運動そして民族解放闘争は発展した。反帝・反スターリン主義の世界革命運動が誕生し、そしてスターリン主義体制の崩壊するなかで、世界革命運動の新時代が創造されはじめている。この二十一世紀こそ、革共同の真価が発揮される時代だ。「連帯し、侵略を内乱へ」「沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒」の戦略的総路線を実現する時代、日帝打倒し、世界革命の展望を私達の手で切り拓こう。
昨年は、衆院選決戦、沖縄サミット決戦そして国鉄決戦の三大決戦の大善戦と大勝利をはじめ有事立法・改憲阻止闘争、三里塚闘争、北富士闘争の勝利、そして入管闘争、部落解放闘争、「障害者」解放闘争、女性解放闘争など諸闘争の前進、これらを集約する十一月労働者集会の大成功をかちとった。まさに二十世紀の掉尾を飾るにふさわしい勝利の年でした。二〇〇一年は、この勝利の地平から日本革命−世界革命勝利の偉大な闘いの一歩を勇躍して大胆に踏み出そう。
革命的情勢に向かいつつある現在、革命党の成長が決定的となっている。革命情勢下の労働者階級の党とはプロレタリア革命党であり、革共同が本格的な革命党へと飛躍せねばならない時代に入っている。自らの殻を突き破り成長する党、革命勝利を為し遂げる党、それこそ革共同だ。
二〇〇一年の年頭に当たって獄中・獄外で苦闘を友とし、自己犠牲を喜びとして闘い抜く同志達にあらためて敬意を表します。連帯し、共に闘い抜き二〇〇一年の巨大な勝利をかちとり、二十一世紀革命の壮大な展望を切り拓かん。
(九〇年十月武蔵野爆取デッチあげ弾圧元被告、七四年一・二四カクマル完全せん滅戦闘弾圧元被告、獄中十一年)
プロレタリアートが世界を獲得する世紀 横浜刑務所在監 片山 武夫
二十世紀を総括した二十一世紀の流動と大激動は、第一に、反帝国主義・反スターリン主義プロレタリア世界革命によってのみ突破できる時代である。二十一世紀初頭の世界史的大激動の到来を根底で規定しているのは、帝国主義世界経済の完全な行き詰まりをその最深の源とする世界体制の崩壊局面への突入である。それは戦争と恐慌が重なり合って進行する時代の展開であり、戦争と革命、侵略と内乱、恐慌と大失業の時代という激動の中に全世界、全社会、全階級が例外なく投じられる。未だその端緒でしかない。支配階級も被支配階級もこのままではやっていけないことをはっきりと認識している。だからこそ帝国主義は外に向けての侵略、内に向けての階級戦争攻撃を全面的に激化させているのだ。旧来の秩序が崩壊し反動的に再編され、極限化された階級的利害が真っ向から激突する時代は、帝国主義の支配体制を突き破る人民の蜂起を不可避とする。だからこそまた革命党の任務は、困難性にたじろがず、失敗にあわてず、粘り強い原則的仕事で全労働者、全労働者組織、全住民運動組織の中に強固な細胞と党を建設する闘いをいっそう堅実で全面的に強化し、内部に党の権力を打ち立て、プロレタリア革命戦略の巨大な戦列の形成をかちとることである。その急務を確認し、その闘いを強力に推進しよう。
第二に、二十一世紀は全世界でマルクス主義が労働者階級人民の解放の武器となり全面的に勝利する時代である。なぜなら、資本に破壊され、ますます破壊されていく生活の現実が怒りとなり被支配階級の心を必ずとらえるからである。マルクス主義こそ人類の世界史的闘いと英知の総和を凝縮し、最後の階級社会としての資本主義体制の本質をえぐり出し、自己解放の革命主体としてのプロレタリアートの出現とプロレタリアートが世界を獲得する歴史的使命を解明し、この地上から戦争と国家を始めとする全ての抑圧・差別機構と全収奪機構を粉砕し、プロレタリアートの力を独裁権力に高め、古い生産諸関係を廃止し、階級と階級対立を廃止する全人類解放の普遍的原理を明らかにしている。そして二十一世紀は、まぎれもなく、反スターリン主義・革命的共産主義運動が全面的に台頭する時代であり、プロレタリアートが世界を獲得する時代である。このことに強固な確信をもって前進しよう。
帝国主義の全ての侵略と全ての戦争国家化攻撃粉砕。国鉄決戦断固勝利=カクマルJR総連打倒。「米軍基地撤去=沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒」「連帯し、侵略を内乱へ」共に進撃せん!
(九一年五・一銃撃弾劾裁判を闘い下獄、獄中十年)
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週刊『前進』(1988号14面1)
米バブル崩壊から世界大恐慌へ 争闘戦での敗勢で没落する日帝
第3次大戦か世界革命か問う21世紀
島崎光晴
第1章 スターリン主義大反動で延命した帝国主義の苦悶
(1)死滅しつつある資本主義を実証したロシア革命の勝利
二十一世紀は、二十世紀が解決しえなかった世界史的課題である帝国主義の全面的打倒を、反帝・反スターリン主義のプロレタリア世界革命としてなしとげる世紀である。本来なら二十世紀に打倒されるべきだった帝国主義は、今や死の苦悶(くもん)にのたうちながら全世界に戦争と大失業を引き起こしている。第三次世界大戦の道か、それとも反帝・反スターリン主義世界革命の道か||二十一世紀を迎えて問われているのはこの選択である。二十一世紀を必ずや、共産主義社会へ全人類史的に移行する時代としなければならない。
二十世紀は帝国主義の時代だった。そして二十一世紀もまた帝国主義の時代である。なぜなら、スターリン主義の裏切りによって帝国主義は基本的に延命しているからである。さらには、九〇年代初めを画期としてスターリン主義が崩壊し帝国主義対帝国主義の対立が世界史の展開軸、運動基軸になっているからである。したがって、帝国主義の包括的把握こそが、二十世紀の第一の総括をなし、二十一世紀の時代認識の基礎をなす。
帝国主義は独占資本主義であり、世界戦争を不可避とする。一方では、帝国主義段階では、固定資本の巨大化、相対的過剰人口の不断の形成などによって、生産能力の過剰を伴った生産物の過剰による利潤率の低落という形態で過剰資本が現れる傾向となる。そこから資本輸出の死活性が生じ、世界市場での争奪戦が引き起こされる。他方では、帝国主義段階では、市場と植民地・勢力圏の独占的分割、独占による支配・強制が現れる。帝国主義はそうした独占を土台にしていることから、その階級支配でも世界支配でも暴力的で力ずくの性格を持つ。そうした独占の本質の上に、帝国主義の不均等発展によって、市場と植民地・勢力圏の再分割をかけた帝国主義間の争闘戦が激化していくことになる。
帝国主義は、過剰資本・過剰生産力を解決できず、恐慌と不況に陥らざるをえない。帝国主義世界は統一を維持しえず、必ず分裂し国家間の抗争に突っ込んでいかざるをえない。この両者が相互に促進し合いながら進む時、帝国主義は体制的危機を迎え、そこから帝国主義戦争へと転がり落ちていくことは避けられない。これこそが帝国主義の基本矛盾である。第一次大戦、第二次大戦はこのような矛盾の爆発として起きた。
同時に、帝国主義は死滅しつつある資本主義である。帝国主義時代には、生産・分配が独占によって一定組織されるようになる。また、もともと銀行は「一般的簿記と生産手段の一般的分配の形態」(マルクス『資本論』)を作り出すものであるが、帝国主義時代にはその性格が質・量ともに強まる。さらに、株式会社は「個人資本に対立する社会資本の形態」(同)をなしているが、帝国主義時代には株式会社が普及して資本の基本的あり方となるまでに至った。こうした独占の形成、銀行の新しい役割、株式会社の普及という金融資本のあり方が、共産主義の物質的基礎を成熟させるのである。資本主義は帝国主義段階で、共産主義に「ぴったりと接近する」(レーニン『帝国主義論』)のである。帝国主義は資本主義の没落期にほかならない。
レーニン主義継承しプロレタリア革命へ
だから、二十世紀は単に帝国主義時代としてあっただけではない。二十世紀はプロレタリア世界革命が現実となる時代だった。なぜなら、帝国主義はその矛盾を世界戦争として爆発させるからであり、しかも死滅しつつある資本主義であるからだ。現に一九一七年のロシア革命は、プロレタリア社会主義革命として勝利し、世界革命の戦略的突破口を切り開いた。ここに世界革命の過渡期が始まった。後にスターリン主義の発生によって帝国主義は延命することになる。しかしロシア革命によって、帝国主義は取り戻すことのできない世界史的な根底的打撃をこうむった。
このプロレタリア世界革命の革命精神を、二十一世紀に引き継がなければならない。二十一世紀こそ、世界革命を完遂する時としなければならない。
ロシア革命を勝利に導いたのは、レーニン主義であり、ボルシェビキに率いられた労働者人民だった。レーニン主義は、労働者を階級的主体として社会主義革命を目指すという、マルクス主義の基本原理を原則的に貫くものである。レーニン主義で決定的意義を持つのは、権力奪取までを現実に措定した党建設論、動と反動が渦巻く革命運動の全過程を対象化し最終的勝利までを構想して提出された党組織論にある。レーニン主義で最も重要なのは、帝国主義と帝国主義戦争をマルクス主義的に解明し、「帝国主義戦争を内乱に転化せよ」という世界革命上の歴史的大路線を確立したことである。またレーニン主義は、マルクス主義的な国家・革命論を再興し真に確立した。さらにレーニン主義は、プロレタリア世界革命における農業・農民問題と民族・植民地問題の戦略的位置づけを明らかにした。
レーニン主義は、第二インターの腐敗と裏切りをのりこえてマルクス主義を再興し、創造的かつ発展的に貫徹したものである。このようなレーニン主義として、帝国主義時代のプロレタリア革命論が打ち立てられたのである。レーニン主義を現代に継承し発展させること、それこそが二十一世紀における勝利を必ずやもたらす。
レーニン主義に導かれたロシア革命の勝利をもって、世界史はいったんは゛プロレタリア世界革命の二十世紀″に転化し始めた。しかし、スターリン主義の発生、成立、裏切りによって、二十世紀の現実的展開は世界革命の勝利には至らなかった。逆に革命ロシアの変質と国際共産主義運動のスターリン主義的変質をとおして、世界革命の過渡期は反動的に固定化された。帝国主義と社会主義の世界史的分裂は、帝国主義とスターリン主義との体制に変容させられてしまった。スターリン主義は二十世紀の流れをねじ曲げ、一国社会主義論にもとづいて世界革命を放棄し圧殺していったのである。
とはいえ、二十世紀が帝国主義と帝国主義戦争の時代であり、世界革命の現実的開始と全世界的前進の時代であるという時代基調は貫かれていた。その時代基調は、さまざまな現れ方をしつつも、繰り返し世界史的激動を招来させた。二九年世界大恐慌を機にして、三〇年代には主要帝国主義国において革命的情勢が成熟した。ファシズムという帝国主義時代に特有の民間反革命が伸長し、これとの闘いが戦略的課題となった。しかし、三〇年代階級闘争は、スターリン主義によって圧殺されてしまった。また、第二次大戦の戦前・戦中・戦後、特に戦後には全世界的に革命的情勢が訪れた。それは帝国主義体制を根底から脅かすほどの巨大な質と規模を持っていた。しかし、この世界革命の好機はまたもスターリン主義によって絞殺され、帝国主義の延命を許すものとなった。
しかし民族解放闘争、植民地解放闘争はスターリン主義的制動を受けながらも、中国革命を頂点として爆発した。朝鮮戦争は、そうした民族解放・革命戦争の高揚に対する巻き返し戦争だった。ソ連スターリン主義はソ連圏の防衛・拡大、あるいは帝国主義との取り引きのための軍事的冒険主義に訴えた。帝国主義はそれを餌食(えじき)にして朝鮮侵略戦争を強行した。
(2)帝国主義の基本矛盾爆発とよみがえる世界革命の展望
第二次大戦後の世界は、帝国主義とスターリン主義の分割支配体制として成立した。帝国主義は五〇年代半ばから七〇年代初めにかけて高成長をとげていった。しかし、今日から振り返るなら、それはわずか二十年あまりの短期の特異な発展にすぎなかった。世界史は、六〇年代から七〇年代にかけてベトナム侵略戦争とベトナム解放戦争との世界史的激突を巨大な推進力としつつ、七〇年代を歴史的転換期として世界体制は動揺と崩壊の過程にのめりこんでいった。
帝国主義の基本矛盾は七〇年代を転機にして、八〇年代、九〇年代をとおして激化し続けていった。同時に、スターリン主義の歴史的破産は、ソ連スターリン主義の崩壊とそれに先立つ東欧諸国のスターリニスト体制の崩壊として現実化した。そして今や世界史は、二九年恐慌型の世界大恐慌への端緒的突入、帝国主義間争闘戦の非和解的激化、新植民地主義体制諸国や崩壊したスターリン主義諸国と残存スターリン主義諸国をめぐる勢力圏争い、世界経済のブロック化として展開している。それは世界革命の情勢の到来を意味する。
二十世紀はいったんは世界革命に向かって転回したにもかかわらず、スターリン主義の成立と裏切りによって暗転した。しかし、スターリン主義が歴史的に破産し帝国主義の基本矛盾の爆発が始まる中で、世界革命の達成という根本命題が再びよみがえってきているのである。二十一世紀は、帝国主義の矛盾が全面的に爆発し、スターリン主義の破産と反革命化が最後的に現れる時となる。だから二十一世紀こそ、二十世紀に開始されたプロレタリア世界革命の歴史を引き継ぎ、反帝・反スターリン主義世界革命を達成する世紀としなければならないのである。
このように二十世紀を総括し二十一世紀を展望する時、スターリン主義を真にのりこえ打倒することが最も重要な階級的課題であることが明らかとなる。二十世紀はスターリン主義によって歪められた。二十一世紀は、反スターリン主義・革命的共産主義によって初めてこじ開けることができる。今こそ、マルクス主義・レーニン主義の革命的思想・理論、革命的な実践をよみがえらせなければならない。反帝国主義・反スターリン主義の旗のもと、万国の労働者団結せよ!
(3)世界の基軸=米帝が国外資金に頼って史上最大の投機に
二十一世紀の冒頭にあって、帝国主義は死の苦悶にあえいでいる。帝国主義の命脈は尽きているのである。
第一に、九七年から端緒的に始まっている現在の世界大恐慌は、二九年恐慌(二九−三三年世界恐慌)を上回るものとならざるをえない。
帝国主義世界経済は七〇年代前半から半ばにかけて、〈分裂と不況〉の時代に突入した。七一年の金ドル交換制の廃止は、不均等発展による米経済の没落の現れであり、ここに世界経済は分裂した。同時に、七四−七五年世界同時恐慌をもって、各国的にも世界的にも過剰資本・過剰生産力状態に陥った。
しかしそれ以来、実に二十年間にもわたるのりきり、問題の先送りが行われてきた。その間に世界的な過剰資本・過剰生産力はますます累積され、もはや大恐慌として噴出する以外になくなっている。とともに、米経済の没落が進んできたにもかかわらず、米帝の争闘戦によってドル体制が無理やり維持されてきた。ドル体制が崩壊するなら、帝国主義世界経済は大瓦解せざるをえない。世界経済は、過剰資本状態と争闘戦との累乗によって、今や〈大恐慌とブロック化〉に転じようとしている。それは、過剰資本の深刻さとドル体制の破壊度という両方で、二九年恐慌を上回る性格を持っている。三〇年代に次ぐ世界的な大失業が発生せざるをえない。
第二に、第二次大戦後の基軸国である米帝が、バブル経済をここまで引き延ばしたうえ、その大崩壊に突入しつつある。
第一次大戦後の相対的安定期を経済的に支えたのは米帝だった。戦勝国である英仏は対米戦債の支払いを自身では賄えず、独からの賠償取り立てに頼る以外になかった。他方、独には賠償支払い能力などなかった。それはヨーロッパ帝国主義の没落にほかならなかった。これを一時的にのりきったのが、ドーズ案という米帝から独への援助だった。つまりヨーロッパ的解決が不可能となる中で、米帝の介入によって初めて体制崩壊を防ぐことができたのである。
第二次大戦後の帝国主義の延命も、米帝の力抜きにありえなかった。米帝を除いて主要な帝国主義すべてが戦後革命の危機に直面した。それをスターリン主義の裏切りに支えられながら、米帝の圧倒的で絶対的な力量に依存してかろうじてのりきったのである。たとえばマーシャル・プランのような米帝の資金援助で、欧州帝国主義と日帝は初めて延命し、再建の道に入れた。
ところが、その米帝が九〇年代半ば以来、資本主義史上最大の投機、バブルにのめり込んでいるのである。IT(情報技術)をもてはやしながら、実はネットバブルという投機の極致を満展開させ、国内外のマネーゲームに踊っている。しかもそうした金融投機を、なんと国外から米への資金流入に依存して行っているのだ。かつて第一次大戦後のドーズ案、第二次大戦後のマーシャル・プランで帝国主義世界全体を支えた米帝が、他の帝国主義からの資金に頼りながら、バブルにうつつを抜かしているのである。
米バブル経済が崩壊する時、帝国主義世界体制を支えるものなどどこにもいなくなる。もちろん、それは帝国主義間の恐るべき激突をもたらすだろう。しかし、米バブル経済の崩壊によって、帝国主義世界の支柱が音をたてて崩れるのはまちがいない。すでに二〇〇〇年四月の株価大暴落をもって、米バブルの本格的崩壊が始まっている可能性が大きい。帝国主義の命脈はついに尽き果てようとしているのだ。
第三に、帝国主義は史上三度目の基本矛盾の爆発、つまり帝国主義戦争へと向かいつつある。
スターリン主義の歴史的破産によって、帝国主義対スターリン主義の対峙を形態的な総括軸としていた世界史は、帝国主義対帝国主義の対立を形態的にも実質的にも主導軸とする体制へと大転換した。帝国主義間のつぶし合い、勢力圏争いは、崩壊したスターリン主義や残存スターリン主義の危機への対応問題と密接に絡み合って進んでいる。そうした帝国主義の抗争は今や軍事化の度合いを強めており、侵略戦争、帝国主義間戦争、世界戦争の危機へと向かいつつある。
米帝は先制的・攻撃的に他帝国主義に対する争闘戦を展開してきたが、米バブル経済の本格的崩壊はそれを一段と加速するものとなる。他方、日帝は九七年以来の恐慌への突入開始と争闘戦での戦略的敗勢とによって、今や明白な没落の道を転げ落ちつつあり、いよいよ絶望的に凶暴化しようとしている。帝国主義が体制的危機にのたうち回りながら結局は戦争に向かって進むしかない、という情勢が確実に訪れているのである。
以上の総括的な確認の上で、米経済と日本経済、帝国主義間争闘戦を中心に現状を具体的にみていこう。
第2章 米株価が暴落過程に突入29年上回る世界的破壊力
(1)企業利益無視し株高の報酬だけを追求する投機・腐朽
米経済は七〇年代、八〇年代に歴史的な没落にあえぎつづけていたが、九〇年代には一定の成長を回復するようになった。その最大の要因は、他の帝国主義国に対する争闘戦と労働者に対する大失業攻撃にある。
しかし、九〇年代半ばに米経済は重大な危機に直面した。九五年には一j=八〇円を突破するほどの円高となり、ドル不安が高まった。一方、国内的にもインフレ圧力の強まりに対して金利を引き上げた結果、株価の暴落が必至となっていた。
この危機に対して、九五年にドル高への大転換が図られた。米帝は、ドル暴落を回避しながらドル高によって国外からの資金流入を図り、それで米株価の暴落を防ごうとした。一方の日帝は急激な円高による打撃と金融システム不安の中で、円高是正と低金利政策にかじを切るほかなかった。日本の超低金利は、日本から米への資金流入を増大させ、ドル高を支えるものとなった。暴落しかけていた米株価は、国外からの資金流入によって高騰したことから、投機性を強めていった。
ここに米株バブルが本格化した。株高による個人の金融資産の増加は消費を急増させ、それが投資も拡大させた。株高の資産効果によって、米経済総体がバブル化したのだ。
しかし、このバブルは九八年秋に崩壊寸前となった。ロシア経済危機の影響でヘッジファンドが経営危機に陥り、株価は急落し金融パニックとなったからだ。しかも、株価急落で損失を受けた米金融機関は、その穴埋めのために、保有していた国外の金融資産を投げ売りし、ドル売り・円買いで利益を出そうとした。このためドルは急落した。株価急落とドル信認の低下から、米金融市場と世界の金融市場で信用収縮が発生、世界規模で「現金化ラッシュ」が起きた。まさに世界金融恐慌の瀬戸際まで行ったのだ。
この危機に対して米帝は、政策金利を引き下げて対処した。その結果はバブルの再膨張だった。ダウ平均株価は九九年には一万jを突破した。ハイテク株・新興株の多いナスダック(米店頭株式市場)の株価は、九九年だけで実に八五・六%も上がった。このため米経済全体のバブルはさらに引き延ばされた。九九年十−十二月期だけで、米国家庭が保有する純資産は三兆jも増加、七〇年代十年間の増加分の二兆jをも上回った。株高による資産効果から消費がさらに膨らみ、企業収益も増加した。
このバブル再膨張、バブル引き延ばしの中心となったのが、インターネット関連株の投機的な高騰である。ネット株の投機性は、ネット企業の多くが赤字覚悟、あるいは赤字無視の経営になっていることにある。それは、ネット企業の経営者の最大関心事が企業利益ではなく、ストックオプション(自社株購入権)という゛報酬″にあるからだ。権利が行使できる時に株価が上がっていると膨大な値上がり益を稼げる。世界最大のネットサービス会社であるAOL(アメリカ・オンライン)の会長の年間報酬額は一億j台にも上るが、うち九八%もがストックオプションだ。
また、ネット企業の立ち上げから株式の新規公開までを一手に引き受ける投資家がいる。ベンチャー・キャピタリストと呼ばれる。ベンチャー・キャピタリストは資金を集めてベンチャー企業に投資し、投資先の株式を新規に公開し、創業者利得と呼ばれる膨大な利益を得る。九九年の新規の株式公開は四百八十億jに上り、うちネット関連が三分の二を占めた。新規公開した約五百社の公開初日の株価の平均値上がり率は七〇%以上で、二倍以上になった銘柄は百十七銘柄にも及んだ。それほどの値上がりでも膨大な利益を得るのだ。だから企業の売り上げや利益などに関心がない。
ストックオプションによる゛報酬″にしろ株式の新規公開によるボロもうけにしろ、すべて株高の上に成り立っている。もともと資本家は労働者の搾取を基礎にしながら、企業の利潤を増やし、そこから利益を得ようとする。ところが現在の米ネット企業は違うのだ。目当ては唯一、自社株購入による利益や株式公開による利益にある。もともと金融資本にはそうした本性があるとはいえ、これほどの投機、腐朽はない。しかもこれは例外的な、部分的な事態ではない。米経済の中枢で、米帝ブルジョアジーの基幹部で行われているのだ。現代帝国主義の牙城である米帝は、ここまで腐りきった。
゛IT(情報技術)でニューエコノミーになった″などという宣伝は大うそである。ITによって生産性がそれほど伸びているわけではない。逆に、IT化は製造業での過剰資本状態と停滞の中での「サービス経済化」の反映であり、それを促進するものである。むしろ、IT化は金融技術を革新して金融投機を助長しており、バブル崩壊時には制御不可能な破壊的な作用をもたらす。結局IT化は、労働者に対しては争闘戦と大失業攻撃の手段として襲いかかるのである。
(2)ネットバブル崩壊に続いてハイテク大型株も次々暴落
米経済はネットバブルを加えて九九年には一段と加熱した。しかし、二〇〇〇年四月十四日、ナスダックとダウはともに最大の下げ幅を記録、一日だけで株式時価総額にして約一兆jが吹き飛んだ。この四月暴落でネット企業への幻想は崩れ、ネットバブルは基本的に崩壊した。「現在、インターネット上では、ほとんどすべてのものが無償もしくはコスト以下で提供されている。この状態がいつまでも続くはずがない」「インターネットはまだ『慈善事業』だ」(「ニューズウィーク」八月三十日号)と言われるまでになった。
さらに九月半ばからは、米ハイテク部門を代表する企業の株価が次々暴落した。大型優良銘柄がそろって一日で二〜三割も暴落するのは二九年恐慌以来だ。特に、ネット小売業だけでなく、ネットの基盤を支える機器やシステムの企業の株が暴落した。
暴落の直接原因は企業収益の鈍化にある。九九年からの政策金利の六度にわたる引き上げ、四月暴落による消費の伸びの鈍化、ハイテク需要の頭打ちなどから景気が減速、それが収益を鈍化させている。七−九月期の実質成長率は年率二・四%に鈍化した。これは九六年七−九月期以来の低さだ。つまり、バブル初期の成長率水準に下がったということだ。九七年以降に株価の急落は何度もあったが、成長率がこれほど下がったのは初めてのこと。さらに原油価格の高騰とユーロ安も、企業収益に響いている。
ハイテク大型株の暴落は十月、十一月、十二月も続いている。ナスダックはいったん最高値の半値まで暴落した。もはや株価の大きな回復はなくなった可能性が強い。つまり株価のピークは三月で、四月暴落をもってバブルの本格的崩壊が始まっている可能性が非常に濃厚になりつつある。
日本の場合は、九〇年から株が暴落したが、その時点でブルジョアマスコミは「バブル崩壊」とは呼んでいない。革共同は八九年時点で〈投機に踊る日本経済〉と規定していたので、それが投機の崩壊であると認識しえた。だが日本政府は九一年秋には、「いざなぎ景気を超えて戦後最長の景気になった」などと言っていたほどだ。九二年八月に株価は一万四〇〇〇円台まで下がり、八九年末の最高値の四万円弱から大暴落となった。その間、実に二年八カ月、全社会的に「バブル崩壊」と言われるようになったのはその頃だった。
米バブルの崩壊も、日本と同様な過程をたどる可能性がある。数年間にわたって何度も暴落と小康を繰り返してバブルが徹底崩壊するのではないか。かりに日本の場合の二年八カ月を米経済に当てはめると、ピークの〇〇年三月から二年八カ月後、つまり〇二年十一月まで株価は下げ続けることになる。
(3)景気は急減速し逆資産効果と不良債権化が進み始めた
すでに、日本のバブル崩壊と同じような事態が起きつつある。
何よりも景気が一段と減速している。この間の利上げに加え、株安による逆資産効果が現れ始め、個人消費・設備投資・住宅投資がすべて鈍化している。六月末に投資信託の保有世帯は五千万を突破しており、株暴落による家計の打撃は史上未曽有のものとなる。また米企業は、ストックオプションの権利が行使しやすいように、自社株買いで株価を支えてきたが、株安で保有する株式に損失が発生し始めている。しかも、自社株買いのための資金を社債発行などの借金で賄ってきたため、今後はその借金が返済できなくなり、膨大な企業債務を抱えることになる。今後、家計の破産と企業の経営破綻(はたん)が、大規模に起きるだろう。そうした形で米経済のバブル部分が吹き飛んでいく時こそ、基底にある過剰資本状態が露呈して大恐慌に陥っていくのである。
また、金融機関に不良債権が発生しつつある。すでに〇〇年三月末ですら、不良債権などの問題債権は千億j弱で、前年比四五%も増加、その後も増えつづけている。特に重大なのは、家計の借金が過去五年間で六割も増え、六兆五千億jに膨れ上がっている。日本国家の長期債務残高を上回る額だ。しかも、日本に比べて無担保の借り入れの比率が高い。今後この借金が返済できなくなり、それが金融機関の不良債権に転じていく。日本の不良債権は不動産関連で発生したが、米帝では家計の借金との関係で発生するだろう。
金融機関の不良債権の増加は、必ず貸し出しの抑制(貸し渋り)を招き、信用収縮を引き起こすだろう。日本がそうだったように、この信用収縮が起きる時こそ、金融恐慌−経済恐慌が本格化していくのだ。
世界金融恐慌を招き世界不況と悪循環に
以上の二点の上で、今後の動きとして最も重大なのは次の三つである。
第一に、この間はインフレ圧力の中で金利が引き上げられてきたが、株価暴落に対して金利が引き下げられる可能性がある。しかし、いったん逆資産効果と信用収縮が始まってしまえば、どんなに金利をいじっても恐慌突入は止められない。むしろ、金利引き下げに転じて株価が反応しなかった時こそ、株価は大幅で持続的な暴落に向かうだろう。それは九〇年代日本で実証済みだ。
第二に、米株価の暴落と世界の株価暴落との悪循環、米経済の不況化と世界経済の不況化との悪循環が、必ずどこかで起きる。すでに九九年以降、IT株の上昇・下落という点で米株式市場と日欧の株式市場は同じような動きをするようになっている。株価暴落の世界的連鎖が起きる時、九八年秋を上回る世界的な信用収縮が発生し世界金融恐慌となるだろう。また、この間の日本やアジア諸国の輸出の拡大は、米バブルの引き延ばしに依存したものでしかない。だから米経済が本格的に景気後退に向かえば即、日本・アジア・全世界で不況が深まる。それは米経済に再び跳ね返る。そうした悪循環に入る時こそ、二九年恐慌の時のような世界経済の収縮が発生し、世界大恐慌が本格化するのだ。
第三に、米株価の暴落とドル暴落とが相互に促進し合う可能性が強い。もともと九五年のドル高転換と米経済のバブル化は表裏一体をなしている。崩れる場合は、時間差があるにしても米株価とドルの両方ともだ(ドル問題については後述)。
米国の株式時価総額は九六年以来四年間も名目GDPを超えていた。時価総額がGDPを上回るというのは普通ならありえない。日本の場合は八八、八九年の二年にとどまった。それでも、十年をへても一向に解決しない恐るべき事態を引き起こした。米経済バブルが崩壊する時の爆発力と破壊力は、二九年恐慌を上回るものとなるだろう。
第3章 財政破綻と米欧帝の侵食日本の恐慌は再び激化へ
(1)過剰資本・不良債権・企業債務は改善せずに逆に悪化
日本経済は、九七年秋の北海道拓殖銀行と山一証券の破綻を機に信用収縮に陥り、金融恐慌に突入し始めた。九八年には日本長期信用銀行と日本債券信用銀行が経営危機を迎えた。金融恐慌の激しさから実体経済も急下降し、恐慌に陥り始めた。九八年の実質成長率はマイナス二・八%で、七四年のマイナス一・二%の二倍もの戦後最大のマイナス幅となった。
日帝が抱えてきた過剰資本と不良債権が、ついに恐慌として噴出するに至ったのである。バブル崩壊の九〇年から八年の間、日帝は不良債権問題を先送りし続けてきた。それが限界に達し、ついに九七年の金融恐慌突入となったのである。そして金融恐慌の始まりとともに、その基底にあった過剰資本状態がむき出しとなり恐慌に突っ込み始めたのだ。
この恐慌は、九八年秋には一段と深刻化した。米金融パニックと相乗しながら、株価は一万三〇〇〇円を割ってバブル崩壊後の最安値をつけた。長銀と日債銀が破綻し、他の大手銀も次々倒産しかねない状況となった。日本の金融恐慌がさらに進展しかねない危機、日本発の世界大恐慌に直結しかねない瀬戸際に至ったのだ。
この危機に対し日帝は、あらゆる恐慌対策を発動した。最大の柱は銀行救済措置で、長銀などを一時国有化、九九年三月には大手十五行に七兆五千億円の公的資金を投入した。国が銀行の株を買い取る形をとった結果、国が株主全体に占める割合は十五行平均で約四割となり、大銀行のほとんどが実質上の「国家管理銀行」となった。二番目の柱は、財政改革法を凍結した上での財政支出の野放図な拡大だった。九八年一年間で決まった財政・金融面でのテコ入れ策は合計で百二十三兆円、GDPの二五%にも及んだ。二九年恐慌の際の米帝のニューディール政策をも上回り、史上最大の恐慌対策だ。三番目の柱は、九九年二月からの異例のゼロ金利政策である。
大恐慌でも過剰設備は処理されず遊休化
このような恐慌対策によって、日本経済は九九年春から若干の小康状態に入った。基軸国米帝のバブル引き延ばしと日帝の空前の恐慌対策によって、金融恐慌の全面化と経済恐慌の本格化はかろうじて防がれた。しかし今後、恐慌の再激化と全面爆発は避けられない。何よりも過剰資本・過剰生産力、不良債権、企業債務という三つの構造問題が改善しておらず、逆に悪化しているからだ。
まず過剰資本・過剰生産力について。この間の工業生産の伸びのほとんどは電機で、それも輸出依存での伸びだ。〇〇年の生産増のうち七〇%ほどが輸出に関連している、との統計もある。特にアジア向け・米向けの半導体と半導体製造装置の輸出が伸びた。これは米バブル経済が引き延ばされているからであり、米バブルが崩壊し始めるとたちまち崩れるものでしかない。すでに九月の輸出数量は前月比マイナスとなり、その影響で九月の鉱工業生産もマイナスとなった。このような中で、過剰設備の整理などはまったく進んでいない。むしろ半導体では〇〇年度に過去最高の設備投資を行っており、実際に稼働し始める時には過剰設備と化すのは必至だ。
世界大恐慌を引き起こすほどの日本の過剰設備は、そのまま続いている。さらに大恐慌によっても処理されるわけではない。米帝の二九年恐慌でも過剰設備は廃棄されずに、遊休状態になっただけである。鉱工業の生産設備利用率は二〇年代には平均八四・五%だったが、三〇年代には平均で六三・四%。若干の景気浮揚があった三六、三七年を除けば実に四三−七二%にすぎず、遊休設備は驚くべき高率に達していた。帝国主義時代では固定資本が巨大化しており、簡単に廃棄できるものではない。しかも他社を打ち負かして市場を独占的に支配しようとするから、自社だけで廃棄などはしない。
不良債権はどうか。不良債権に「回収に注意が必要な債権」を加えた「問題債権」は、〇〇年三月で八十二兆円弱、なお増えつづけている。不良債権をそれなりに償却しているにもかかわらず、企業の経営破綻で不良債権が逆に増えているのだ。九九年以来の銀行の大型統合・合併は、なんの救いにもなっていない。銀行が貸倒引当金を積んでいない潜在損失は、少なく見積もっても四十〜五十兆円に達し、銀行全体の自己資本四十兆円をも上回る。かりに自己資本で潜在的不良債権を処理すると、銀行界全体が債務超過に陥る計算になる。これは日本の金融システム総体の破綻を意味する数字だ。
要するに、公的資金注入でかろうじて連鎖破綻を免れているとはいえ、公的資金は焼け石に水だったことになる。この絶望的状態の中でいよいよ、米バブルの本格的崩壊と世界金融恐慌が襲いかかろうとしているのだ。今や、日本の金融恐慌の再激化と本格化は時間の問題だ。特に、この間は保有する株式を売った利益で不良債権を処理してきたが、株価が一万四〇〇〇円を割ると、大手銀行や生保の株式含み益はほぼ底をつく。また、銀行は国債保有を増加させており、金融面での若干の変動が起きると国債が暴落し、銀行の大損失になる。もはや銀行に残された救いの手は何もない。
不良債権が貸し手の側の問題だとすると、借り手の側には膨大な企業債務がある。企業の過剰債務は約六十四兆円とも二百兆円とも言われる。上場企業(金融・保険を除く)の年間経常利益が約十兆円だから、その何年分、あるいは何十年分もの過剰な借金ということだ。売上高に対する借り入れの比率では、バブル崩壊直後の九〇年よりも現在の方が高くなっている。バブル時と崩壊後に抱え込んだ膨大な債務は、十年を経ても持ち越されているのだ。特に建設、不動産、流通の三部門の債務が多い。東京二十三区では、〇一年から〇三年にかけてバブル期並みのオフィスビル建設ラッシュが続くが、これが企業債務に輪をかけるのは必至だ。
また、「隠れた巨大債務」もある。〇一年三月期からは退職給付会計が導入されるが、日本企業は年金・退職金の積み立てが低水準であるため、積み立て不足は五十五兆円にも及ぶと言われる。すでに〇〇年三月期から連結決算中心となり、〇一年からは時価会計となる。この「会計ビッグバン」によって、日本企業の債務の実態がさらけ出され、さらに膨らむのは必至である。
(2)恐慌対策で国家財政は破滅市場の閉鎖的支配も崩れた
以上の三大構造問題からして、恐慌の本格的爆発の力はより大きくなっている。その上でさらに重大なのは、この間の恐慌対策が生み出した新たな矛盾が、恐慌の全面化、本格化を不可避としていることだ。特に国家財政が回復不可能なまでに破綻し、帝国主義国家としてもはや限界をきたしている。
〇〇年度の国の債務残高は五百兆円を突破し、初めてGDPを上回り、過去最高となる見通しである。〇〇年度予算では、国債の新規発行に借換債を加えると一般会計総額を上回った。つまり、一般会計という基本支出よりも借金の方が多いのだ。“使っているカネ以上に借金している”という絶望的状態である。全帝国主義国の中でも最悪だ。日帝はこれを大増税と社会保障制度の解体によって切り抜けようとしているが、少々のことでなんとかなるものではない。結局、日帝にとってどんなに破滅的な道であっても、国債の日銀引き受けに突っ込んでいくしかない。それは戦時財政そのものにほかならず、日帝はこの面からも戦争への衝動をつのらせていくことになる。
たしかに空前の恐慌対策によって、二九年恐慌にも匹敵するような恐慌的矛盾の爆発が一時的には抑えられた。しかしその結果、そうした財政・金融政策をとった国家の側が、かつてない質の解体的危機に引きずりこまれたのである。それほどの解体的危機に陥ったところに、今度は米バブルの本格的崩壊が到来しつつある。世界大恐慌の本格化という“本番”がやって来た時、日帝がとれる恐慌対策はもはや限られたものとならざるをえない。その時こそ、金融恐慌の全面化と恐慌の本格的爆発は避けられない。
さらに、恐慌の全面的爆発を不可避としているいま一つの決定的要因は、帝国主義間争闘戦の激化、帝国主義国家間、国際的独占体間の完全なつぶし合いである。戦後の日帝は、日本市場を独占的に確保した上で、米市場やアジア市場に一方的に進出してきたが、現在はそうした構図が完全に崩れている。米市場からの日本締め出しの圧力が強まるとともに、日本市場自体も激しく攻め込まれ、さらにはアジア市場でも相当にたたかれ追いやられている。つまり、米欧帝国主義は世界市場すべてで、日帝に対して市場再分割闘争に打って出ているのだ。
特に、日本市場に対する攻め込みは、果てしない市場開放と規制緩和、金融ビッグバンに次ぐ「会計ビッグバン」、IT化とアメリカン・スタンダード(基準)の導入などを水路に激化している。これらの水路はすべて米帝主導で実施されたと言っていい。つまり米帝は、日本市場の閉鎖的な独占支配を打破し、商品市場・資本市場を奪い取り、日本市場内に米巨大独占体の拠点を築こうとしているのだ。すでに金融、自動車、流通を始めとして、米欧資本による日本資本の買収・合併・提携が相次いでいる。日本資本が独占的に支配していたものが、今や米欧に奪われ始めたのだ。
これは、日本の過剰資本を一層泥沼的にせずにはおかない。かつて日本は米欧に一方的に進出して相手を不況に落としこんできたが、ちょうどそれと逆のことが起きている。過剰資本状態は単に一国だけの話ではない。世界的に過剰資本状態なのだ。だから、市場再分割と争闘戦で敗勢に立つ帝国主義こそ、最も深刻な恐慌にさらされることになる。
総じて、米帝は日帝をたたきつぶし、日本の独占体を弱体化させる戦略で突っ込んできている。経済だけでなく米帝の政治・軍事の総力をあげた「経済安保戦略」で対日争闘戦に打って出ている。その中で日帝は、明白に戦略的敗勢に陥りつつある。
今や日帝は、恐慌的危機の激化と争闘戦での戦略的敗勢から、完全に歴史的没落の過程に突入した。そうであればあるほど、労働者に対する大失業攻撃と資本攻勢を一段と強めようとしている。没落にあえぐ日帝を打倒する好機が到来しつつある。
第4章 アジアでの日米対立激化ドル体制揺るがすユーロ
(1)進出企業の不況と金融機関の大後退からアジアで没落
以上、米経済と日本経済を見てきたが、二九年恐慌を上回る世界大恐慌はいよいよ本格的段階に向かいつつある。そして、これと相乗しながら帝国主義間争闘戦、帝国主義同士のつぶし合いはますます激化している。
日米争闘戦の最大の焦点はアジアをめぐる勢力圏争いにある。日米は特に八〇年代以来、アジア支配をかけて激突し続けてきた。それが今や、米帝の争闘戦の重圧を受けて、日帝のアジア勢力圏化は重大な危機に見舞われている。
前提的に確認しておくと、アジア諸国経済は九七年の通貨・経済危機をもたらした矛盾から逃れられたわけではない。通貨・経済危機は、〈外資主体の輸出志向型工業化〉が行き詰まったことを抜本的要因としつつ、バブル崩壊を機に起きた。現在もバブル崩壊の影響は残っており、韓国やタイなどでは不良債権が重くのしかかっている。この間のアジア経済の一定の浮揚は、米からの資金流入とIT関連品の対米輸出の増大によるものである。米バブルが崩壊するなら、資金流入と対米輸出というカネとモノの両面で崩れざるをえない。それは九七、九八年以上の経済危機、政治危機を引き起こすだろう。
特に中国経済の危機の噴出は避けられない。中国の輸出の最大品目は電機・電子部品になっており、しかも最大輸出先は米市場である。中国経済も米バブルにのっかっている面が強く、米バブルが崩壊すると中国経済も崩れる。結局、この間の中国に対する米日欧の直接投資は、他のアジア諸国でと同じように中国での途方もない過剰設備を招く結果となる。さらに、中国の四大国有銀行は事実上すでに債務超過状態、つまり実質破綻している。膨大な数の国有企業のリストラが続いており、数千万人の失業者があふれている。そうした状態でWTO加盟となれば、国外からの競争力のある製品・農産物の洪水的進出で一層崩壊的になるのは必至だ。
日帝は、このようなアジアを貿易面でも投資面でも最大の基盤としている。ところが、アジア経済危機を経て、また米帝の対日争闘戦の重圧によって、日帝のアジア侵略はどうにもならない危機に陥っている。
@アジアに進出した日本の現地法人が不況にあえぎ続けている。アジア現地法人には、電機のように現地販売比率が低い「輸出志向型」と、自動車のように現地販売比率が高い「現地市場志向型」の両方がある。アジア経済危機で最も打撃を受けたのは「現地市場志向型」の方で、特に自動車は恐慌的ダメージの上に米欧資本による侵食を受けている。
A米欧資本がアジアで攻勢を強め、日本資本に対して市場再分割戦を仕掛けている。NIES、ASEANでは先行的に大々的な投資をしてきた日本資本が経済危機の影響をもろに受け、そこに米欧資本が殴り込んでいる。他方、中国市場では米欧資本が先行し、参入しようとする日本資本は激しくたたかれている。
B日本の金融機関がアジアで大後退している。日本の金融機関は、アジア経済危機の中で九七〜九八年に約千億jもの資金を引き揚げた。このためアジア向け国際融資額に占める日本のシェアは、九八年下期には二八・八%と十四年ぶりの低水準となった。「円の国際化」のためには、アジアにおける日本の金融機関の支配力の強化が不可欠の要素をなす。にもかかわらず、その肝心なところで大後退しているのだ。
Cこれらの結果、アジアでの円の国際的地位は低下している。日本の輸出に占める円建て比率は九〇年代は四割ほどだったが、九八年には三六%に低下している。国際的に発行される債券の通貨別比率では、円は九四年の一三・三%をピークに減少し、九七年には四・五%に低下している。「円の国際化」とか「円圏」など問題外、という惨状なのだ。
Dアジア経済危機のさなか、日帝は、米帝を排除してアジア通貨基金(AMF)を設立しようとしたが、米帝によってつぶされた。AMF構想の頓挫(とんざ)について、「ミスター円」と称された元大蔵省財務官の榊原英資は、「アジアにおけるアメリカの力量を思い知らされた」と述懐している。日帝はこの後、アジアへの資金出資のための「新宮沢構想」を実施するが、「円の国際化」にはほど遠い内実だ。
このように、明白に日帝はアジアで没落しているのだ。そうした絶望的状態の中で日帝は、一方で、シンガポールや韓国との自由貿易協定を画策し、なんとかアジアを勢力圏化しようと一層凶暴にあがいている。十一月のASEAN・日中韓首脳会議では、ASEAN・日中韓による「東アジア自由貿易圏」を検討することに合意した。現実化は簡単ではないが、米州自由貿易地域(FTAA)が〇五年以降にできることもあって日帝は焦っている。そうした日帝の動向は対米緊張を強め、世界経済のブロック化を促進せずにはおかない。
他方、日帝は政治・外交・軍事面での力の劣勢をあらためて突きつけられている。アジア勢力圏化は独自の軍事力と一定の世界戦略なしには成り立たない。しかし本格的にそこに踏み込めば米帝との激突となる。とはいえ、争闘戦での戦略的敗勢のままでは帝国主義としては延命できない。この矛盾の中で、日帝は絶望的に凶暴化しつつ、戦争国家に突き進み、朝鮮・中国−アジア侵略戦争にのめりこもうとしているのである。
(2)ドルに対する通貨ブロックで米への資金流入が弱体化
米欧の抗争も、九九年一月の単一通貨ユーロ導入とユーゴスラビア侵略戦争を経てますます激烈化している。
ユーロ導入は、欧州帝国主義がついにドル体制に対抗する通貨ブロックを形成するに至ったことを意味する。しかし、ユーロは事前の予想よりも弱さが目立っている。通貨の基盤をなす財政政策と金融政策が不安定であるからだ。また、米帝がユーロを下落させる争闘戦を不断に、陰に陽に展開している。米帝のユーゴスラビア侵略戦争も、対欧争闘戦を最大の動機としていた。
しかし、ユーロ導入を機に企業の合併・買収(M&A)がものすごい勢いで巻き起こっている。ユーロ導入で欧州域内および欧米間、欧日間の競争が激化しているからである。EUの同一国内での合併、EU内の異なる国の代表的企業の合併、米日など域外の企業の買収、という三つが並行して進んでいる。〇〇年一−七月の欧州勢による米企業買収は、日本円で二十兆円を超えた。つまり、ユーロ導入で起きている最大の事態とは、EU域内にとどまらない世界的なM&Aであり、そうした形をとった歴史的な市場再分割闘争である。M&Aは新規の設備投資を伴っていないため、景気は停滞したままとなる。しかし、そうしたM&Aという形で、欧州帝国主義は帝国主義間のつぶし合いに対応しようとしているわけである。
ただし、ユーロが現在は動揺的であるにしても、今さら引き返せるものではない。M&Aにしろ各国の経済構造改革にしろ、すべてユーロが前提になってしまっている。そもそもユーロは、米帝の対欧争闘戦という大重圧に対する共通利害の上に成り立っている。また、独をEU内にしばりつける思惑の仏と、EU的枠組みで基軸的支配者となる思惑の独とが、緊張をはらみながらも協調を保つ関係が続いている。この二要素があるかぎりは、一定の変動があるにしても、ユーロはやはりドルに対抗する通貨への道を突き進まざるをえない。また、EUの中欧・東欧への拡大、欧州緊急展開部隊の設置は、米帝との抗争をさらに激化させる。
実際、この間のユーロは実体以下に下がりすぎてしまったと見ることもできる。〇〇年春時点ですでに、ドイツマルクに換算したユーロ相場は一j=二マルク台と、八九年の「ベルリンの壁崩壊」以前の安値水準となっている。ユーロが反発した時の反動はそれだけ大きくなり、ドル体制を決定的に揺るがすことになる。
やはりドルへの信認低下、ドル暴落は避けられない。〇〇年の米帝の経常赤字は四千億jを超える見込みで、このような赤字国にいつまでも資金が流入し続けるはずがない。実際、この間は欧州から米へ資金が流入していたが、それも〇〇年夏からは細まっている。すでに円は九八年秋からドルに対して円高基調になっており、欧州から米へ資金が流れなくなるとドルは全面安となる。
特に米への資金流入構造が非常に脆くなっている。従来は米国債を買う形が多かったが、近年は社債・株式の割合が高まっている。米企業の社債発行額は〇〇年一−三月期で四千億jに上ったが、うち半分近い千八百億jが外国の投資家の購入だった。米企業は日欧の投資家から直接に借金をしているわけだ。国債の場合は比較的安全な資産とみなされるが、社債・株式の場合は相場が下がると売られやすい。それは米からの資金引き揚げであるため、株もドルも同時に急落せざるをえない。
ドル体制の崩壊と米バブルの崩壊とが一体となって進む時、世界大恐慌は本格化し、ブロック化の歯止めが外れる。大恐慌とブロック化が現実化する時、帝国主義の体制的危機は従来の質を超えて進まざるをえない。帝国主義間のつぶし合いはますます死活をかけたものとなり、そこから帝国主義戦争への動きが一段と加速していくことになる。
日共とカクマルを打倒し党建設推進を
以上のように、世界大恐慌の本格化が切迫し、帝国主義間争闘戦はさらに激烈化しようとしている。それは革命的情勢の急速な接近を意味する。第三次世界大戦の道か、反帝・反スターリン主義プロレタリア世界革命の道か。二十一世紀冒頭に問われているのは、まさにこれだ。
革共同は、二十一世紀に入るにあたって、強固な展望、勝利の確信、満々たる決意にあふれている。われわれは九一年五月テーゼ以来の闘いによって、これだけの勝利的地平をもって二十一世紀を迎えた。日帝がこの十年間、バブル崩壊に七転八倒し続け、結局は恐慌に突入してしまったのと比べた時、われわれの勝利性は明らかである。二十世紀最後の十年に勝利したのは、日帝ブルジョアジーではなく革共同と労働者人民である。
スターリン主義反革命である日本共産党は今日、「有事の自衛隊活用」を提唱して改憲派に転落した。党規約を全面改定して、前文にあった「革命」「社会主義革命」「革命運動」「マルクス、エンゲルス、レーニン」「階級闘争」という言葉を消し去ってしまった。もちろん、日本共産党はこれらを「革命」の名によって革命を抑圧し圧殺するために用いていたにすぎない。しかし、それらの言葉を規約上から追放するところにまで転落するに至ったのだ。労働者人民の力で日本共産党スターリン主義を打倒する時が到来している。
また何よりも、現代のナチス、分裂に突入したカクマルに対して、圧倒的な勝利的情勢をもって二十一世紀を迎えた。カクマルのエセ「反帝・反スタ」は綱領的に大破産し、今や、もともと黒田の地金であった反米民族排外主義に先祖返りし、全面的に腐敗しつつある。「謀略論」路線は、神戸「謀略論」の大破産によって歴史的に破産しきった。黒田の「組織現実論」なるものは、カクマルとJR総連の分裂という劇的な形をとって破産した。カクマルは「黒田哲学」にすがって生き延びようとしているが、「黒田哲学」は完全に死んだ。残っているのは、ただの残骸でしかない。「黒田哲学」への逃亡を許さず、反革命カクマルを打倒するために決起する時がやってきたのだ。
今や、反スターリン主義・革命的共産主義が、スターリン主義やカクマル・ファシストに対して綱領的に圧倒的に優位に立っている。二十一世紀冒頭の課題は、急速に接近する革命的情勢に向かって、革命的大衆行動の爆発のために闘いつつ、強大な革命党を建設していくことにある。闘う労働者人民は革共同に結集し、世界革命勝利の二十一世紀をともに切り開こう。
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週刊『前進』(1988号16面1)
ロシア・プーチン体制 その成立と反動的本質
チェチェン侵略戦争の敗勢と資本主義化政策の絶望的危機
反スターリン主義・第二ロシア革命へ
藤沢 明彦
一九九九年八月にプーチンが首相に就任し、同年末にエリツィンからロシア大統領の権限を引き継ぎ、大統領代行兼首相となった。そして二〇〇〇年三月の大統領選挙に圧勝し、同年五月、正式にロシア大統領に就任した。
プーチンは、首相時代の一九九九年十月、ロシア軍のチェチェン侵攻を無慈悲に指令した民族大虐殺の最高責任者である。大統領としては、大国主義、愛国主義、「強い国家」を扇動し、ボナパルティズム的強権をてこに資本主義化政策をより秩序だって遂行しようとしている。チェチェン侵略戦争を始めとする大ロシア主義的民族抑圧政策、帝国主義的大国主義的対外政策を展開している。
だが、このプーチン体制には展望はない。世界大恐慌へ向かう帝国主義の経済危機、帝国主義間争闘戦、侵略戦争、軍事重圧にさらされているからだ。何よりも、ツァーリズム以来のロシアのあらゆる反動を一身に体現し、歴史の歯車を逆に回そうとしている大反動、大反革命だからだ。
プーチン体制の反動的逆行的資本主義化政策、侵略と民族的抑圧は、プロレタリアート人民、被抑圧諸民族の怒りの大反撃を呼び起こしつつある。チェチェン人民、ロシア・プロレタリアート人民のプーチン打倒の闘いと結合し、世界革命に向かって前進しよう。
エリツィン資本主義化政策でロシアは国家的大破産に
プーチン体制は、ツァーリズム、ロシア革命、ソ連スターリン主義、エリツィン体制の成立と破産という歴史に規定されている。
エリツィンは一九九一年八月、ゴルバチョフから権力を奪い、崩壊したスターリン主義の上にロシアの資本主義化を強行したが、それは国家的大破産を招いた。ロシアは今や帝国主義の援助によってかろうじて延命しているにすぎない。
ガイダル首相代行によるショック療法は労働者人民を生き地獄にたたき込んだ。それは資本の根源的蓄積期をも超えるようなすさまじい過程だった。
公的資産の政商的略奪、盗奪、スターリニスト官僚や企業管理者層(ほとんどスターリニスト)の私的な横領をとおして、私的所有の暴力的無法的形成が進められた。
この中でロシアに特異な金融産業グループが形成された。その指導者はオリガルヒ(寡頭支配者)と呼ばれ、ロシア経済を牛耳り、政治的にも影響力をもつようになった。
現在、二つのタイプの金融産業グループが形成されている。
第一に、旧ソ連スターリン主義時代からの産業的大独占体(ガスプロム、ルクオイルなどのグループ)を中心とするタイプである。さまざまに゛株式会社化″゛私的所有化″を目指しているが、単純に資本主義的私的なものに転化しているとはいえない。国家的公的な存在を単純には処理しきれないためだ。プロレタリア革命の形成物(国有化)のスターリン主義的変質、その資本主義的再逆転という構造のもつ歴史的問題性の大きさがある。
第二に、金融・流通面での私的資本家グループが政府要人らとの贈収賄癒着に基づいて石油・金属などの産業を分割して乗っ取り、資源の独占輸出などで巨利を得て急膨張したタイプである。指導者は政商化し、エリツィン政権の要職を占めるまでのし上がった。
一九九六年夏の大統領選挙でオリガルヒは、エリツィン陣営に選挙資金を提供し、彼らが独占支配するマスメディアでキャンペーンを展開し、エリツィンの当選に決定的に寄与した。
その間、労働者人民はかつてなく苦しい生活を強いられた。ハイパー(超)インフレで、ルーブルは紙切れ同然になった。一九九二年は二五一〇%、九三年は八四〇%というすさまじいインフレ率だった。その後も一〇〇%を超える高率が続いた。わずかばかりの賃金・年金が一年あるいは数カ月も未払いとなった。一九九〇年代に実質賃金は四割に下がった。年金額は政府の決めた最低生計費以下である。最低生計費以下の収入しかない国民は総人口の三割に上った。実際にはロシア国民の半数以上が貧困化したということだ。
失業率は一〇%を超えたが、実際にはほとんどの労働者が失業・半失業状態にある。企業に籍だけ置いたり、数時間だけ働き、副業で収入を補っている場合が多いからだ。
経済の混乱はすさまじい。物々交換が経済の七〇―八〇%を占めた。やみ経済がGDP(国内総生産)の四〇%にも上った。脱税、資本の海外逃亡が横行し、マフィアが大勢力化した。毎年二百億jもの資本が海外逃亡し、国内に還流しないため、GDPは急低下し、数年のうちに半減した。一九九九年のGDPは四兆六千億■(約十八兆円)にすぎない。
財政安定化、体制移行などの名で国際帝国主義―IMF(国際通貨基金)の融資を受けた結果、旧ソ連から受け継いだ分も合わせて対外債務総額が七年間で二・五倍の約千五百億jに膨張した。ロシアは、毎年の対外債務返済義務が百五十億j前後という債務地獄にたたき込まれている。
また国際帝国主義は、ロシアに金融市場を開かせ、ロシアを金融投機で食い物にした。その結果、一九九八年八月、事実上のデフォルト(債務返済停止)宣言という形でロシアの経済危機が大爆発したのだ。
ところで一九九九年―二〇〇〇年、ロシアのGDP成長率はプラスに転じている。ルーブル大幅切り下げ(四分の一に)と原油価格の高騰(三倍に)によって、ロシア国内産業の競争力が「回復」し、安価で良質の外国製品が駆逐され、国産品が「復活」し、国際収支が黒字となり、国内投資が若干増えたからだ。
だが、脱税、資本逃亡、物々交換、賃金未払い、マフィア天国、政商の横行などといった現象は今日に至っても続いている。石油価格が下落すれば元の木阿弥(もくあみ)だ。要するに、ロシアはなんら資本主義化の本格的軌道に乗ったわけではないのである。
こうした反プロレタリア的反人民的な資本主義化政策の裏でエリツィンは、CIS(独立国家共同体)諸国で起きている(起こした)民族紛争に軍事的政治的に介入する形で大ロシア主義的民族抑圧政策を展開してきた。グルジアのアブハジア問題、アルメニアとアゼルバイジャンのナゴルノカラバフ問題、タジキスタンの内戦などである。グルジアやタジキスタン、アルメニアにはロシア軍が駐留している。またロシアは、石油・天然ガス輸出代金をドルで支払うことを要求し、CIS諸国を一層の苦境に追い込んでいる。
何よりもエリツィンは、チェチェンに対する侵略戦争という大反革命を犯した。一九九四年十二月から九六年八月までの侵略戦争で八万人ものチェチェン人民を虐殺したのだ。
エリツィンは、一九九一年九月に独立を宣言したチェチェン共和国を承認せず、ドゥダエフ大統領の体制を転覆しようとして制裁と介入を続けたが、失敗し、九四年十二月に全面的にロシア軍を侵攻させた。侵略戦争はエリツィンの予測を超えて長期化、泥沼化した。侵攻し駐留した数万人のロシア軍は、数千人のチェチェン軍の強靱(きょうじん)なゲリラ戦争に遭ったのだ。最後は、チェチェン軍の首都総反攻で無残な敗退を強制された。
ロシアは、ロシア軍のチェチェン完全撤退、チェチェン独立問題の五年間棚上げと二〇〇一年の再交渉という和平協定で妥協するしかなかった。これは、米帝のベトナム侵略戦争、ソ連のアフガニスタン侵略戦争にも比すべき歴史的な大敗北だ。逆にいえば、チェチェン人民の民族解放・革命戦争の歴史的な勝利だ。
チェチェンは事実上の独立状態に入った。一九九七年一月に大統領選挙が行われ、マスハドフ参謀総長が当選した。同年五月にはエリツィンとマスハドフのモスクワでの首脳会談が実現し、ロシアとチェチェンの間で「和平と相互関係に関する条約」が結ばれた。同条約には、係争問題の解決手段としての武力行使および武力による威嚇が放棄されると宣言された。チェチェン共和国の地位については言及されなかった。
したがって今日の第二次チェチェン侵略戦争は明白な条約破りなのである。
「強いロシア」掲げ大国主義外交と中央集権の強化図る
プーチンは「強いロシア」「法と秩序」をスローガンに掲げて登場した。
「強いロシア」の建設とは、大国主義、帝国主義的な民族排外主義、愛国主義の鼓吹によって強権的国家権力を形成し、「大国ロシア」を再建するということだ。エリツィンががたがたにした国家体制を立て直すことが目的だ。
ロシアは、資本主義化の途次においてすでに帝国主義的対外政策(軍事的、領土的なそれ)の展開を先取り的に展開している。現ロシアは、帝政ロシアの帝国主義、そしてソ連スターリン主義時代の強大な国家体制(形態的には一種の゛帝国″)を引き継いでいる。また「核軍事大国」としての存在、地政学的強大性を物的基礎としている。
プーチンはチェチェン侵略戦争を「強いロシア」、帝国主義の立場から攻勢的戦争戦略として展開し、エリツィンを反革命的にのりこえている。対外的にも帝国主義的大国主義外交をより強く志向している。
すでにエリツィン時代にロシアは米欧に対抗的に帝国主義的な軍事・外交、勢力圏争いを展開してきた。例えばロシアは、米欧帝国主義―NATO(北大西洋条約機構)のユーゴスラビア侵略戦争にミロシェビッチ側に立って反対した。戦争終結時には、NATO主導のKFOR(コソボ平和維持軍)に先駆けてロシア軍部隊を電撃的にプリシュティナ空港に進駐させ、支配地域を確保した。
プーチンは、米帝のNMD(本土ミサイル防衛)構想に強く反対し、中国だけでなく欧州諸国にも共同で反対することを呼びかけている。また米帝に先駆けてSTARTU(第二次戦略核兵器制限条約)とCTBT(包括的核実験禁止条約)とを批准し、NMD阻止と核戦力での米ロ均衡を追求している。何回かの米ロ首脳会談では、NMD問題、チェチェン問題などでなんら譲歩せず、現実主義的に対応している。
プーチンはまた、中国と北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国、インドを訪問し、アジアでのプレゼンスを強めている。とりわけ中国、インドとの「戦略的パートナーシップ」を強調し、中国とはNMD反対の共同声明を発表した。
プーチンは八月沖縄サミットに登場し、ミサイル問題での金正日発言を引き出したことを武器に自らの存在を印象づけた。九月訪日では日ロ平和条約・クリル諸島問題で譲歩せず、経済協力を取り付けるなど、冷徹な実利主義を発揮した。
ロシアは、米帝との密約を破棄し、イランへの武器輸出・軍事技術協力を再開すると表明した。旧ソ連時代の友好国、モンゴル、キューバ、アンゴラなどとも関係修復を図っている。一定の対米緊張もいとわず、実利を追求する姿勢だ。
プーチンは、NATOのユーゴスラビア空爆以来凍結していたNATOとの関係を修復し、常設合同評議会の再開に応じているが、NATOのさらなる東方拡大には反対であり、ベラルーシとの国家連合、ウクライナやバルト三国への牽制(けんせい)などによって対抗している。ウクライナにある黒海艦隊基地、カリーニングラード州の対欧州最前線基地を維持・強化することが戦略的重要課題となっている。
新軍事ドクトリンには「核の先制的使用」が明記されている。「ロシアと同盟国の安全が危殆(きたい)に瀕(ひん)する場合にはロシアは核兵器を使用する。他国から通常戦力による大規模な侵略を受けた場合、危機的状況に陥れば核を使用できる」としているのである。
ロシアは核使用への依存を強めているが、通常戦力の強化も図ろうとしている。プーチンは「コンパクトで強力な軍隊」へとロシア軍を再編・強化する方針だ。ロシア軍は、この十年で三分の一に削減され、定員百二十万人(実質百万人)の兵力となった。現在のロシアの経済力の実情からすると、これでも大きすぎて維持が困難なため、八十五万人規模に削減し、精鋭化する。チェチェン侵略戦争での敗北(第一次)、泥沼化(第二次)、原潜クルスク沈没事故などに見られるように、ロシア軍はさびつき、弱体化し、無力化している。「強い国家」の基盤としてのロシア軍の強化は急務となっている。
帝国主義との資源の争奪戦
こうした中でロシアは、カスピ海とその周辺地域の石油・天然ガス資源をめぐって米帝など帝国主義諸国との攻防を激しく展開し、巻き返しを図っている。
ソ連崩壊でカスピ海周辺諸国が独立すると、欧米国際石油資本(メジャー)がこの地域の資源争奪に乗り出してきた。カスピ海とその沿岸の石油埋蔵量は千億バーレルに上るとも言われ、中東湾岸、西シベリアに次ぐ規模となる可能性をもつ。西シベリアの油田が老朽化した現在、この地域の開発が戦略的に重要になっている。旧ソ連―ロシアには資源開発能力・技術がなく、この地域の資源は枯渇したと思われていたが、メジャーの探査で新油田が次々と発見されている。
ロシアは、自らの帝国主義的勢力圏とみなす旧ソ連諸国の石油利権がメジャーすなわち米欧帝国主義によって奪われていくのを黙過することはできない。遅ればせながらルクオイル、ロスプロムなどのロシアの企業もアゼルバイジャン、カザフスタンの国際資源開発事業に参加し始めている。
とりわけ石油・天然ガス輸出への依存度の高いロシアは、パイプライン輸送の独占的利権を奪われまいと必死になっている。
これまでアゼルバイジャンからロシア領内を通り黒海へ出る北ルートで石油が輸出されてきたが、新たにグルジアを通り黒海へ出る西ルートが完成したうえ、トルコを通り地中海へ出る南(トルコ)ルートが計画されている。米帝の肝いりによる総額二十四億j(実際にはもっと建設費用がかさむ)の南ルートの計画がエクソンモービル、BPアモコなどの出資約束で合意された。ロシアの独占は切り崩されたかに見えた。
ところが、ここへきてアゼルバイジャンの石油生産量が思ったより伸びないことが明らかになった。アゼルバイジャンの石油を運ぶために西ルートがある程度利用されたとしても、南ルートは不必要となる可能性が出てきたのだ。
しかも二〇〇〇年十一月、カザフスタンからカスピ海の北側沿岸を回り、ロシア領内を通って黒海に出るCPC(カスピ海パイプライン・コンソーシアム)パイプラインがつながった。カスピ海を海路で運び、西ルート(将来は南ルートも)に乗せて輸出するという米帝・アゼルバイジャン案の実現は遠のいた。さらに最近、カザフスタンで巨大埋蔵量の新油田が発見され、CPCパイプラインの重要度が増している。ロシアは新たな利権を確保しつつある。
ただし、チェチェン侵略戦争が長期化し、現行北ルートは一部不通になってしまっている。ダゲスタンでの鉄道輸送、チェチェンでの迂回(うかい)トラック輸送が続いていることはロシアにとっての懸念材料だ。ロシアは、ダゲスタンのイスラム主義への弾圧とチェチェン迂回パイプラインの建設で対処しようとしている。ロシアは、石油利権の確保のためにダゲスタン、チェチェンを制圧しなければならず、チェチェン侵略戦争に必死にならざるを得ないのだ。
新たな「グレートゲーム」――帝国主義とロシアとのカスピ海資源争奪戦はまだまだ決着がついていない。カスピ海資源争奪戦は、ロシアと全帝国主義を巻き込む世界危機激成の最大の焦点だ。
「法と秩序」の名で強権支配
プーチンの掲げる「法と秩序」の意味は何か。
国家暴力による国内支配の強化であり、強権的国家体制の形成、強権的中央集権統一国家の形成だ。
プーチンは、ベレゾフスキー(ロゴバス・グループ)やグシンスキー(モスト・グループ)らオリガルヒへの圧力を強め統制しようとしている。彼らの支配する企業を脱税、横領などで摘発した。また彼らを逮捕したり、逮捕の脅しをかけて圧力をかけ、メディアの株を国営企業に譲渡させた。ベレゾフスキーとグシンスキーは外国への亡命を余儀なくされ、メディアの反プーチン政権的言論は完全に押さえ込まれた。
他方でプーチンは、前大統領エリツィンのセミヤー(ファミリー)の汚職・脱税・横領・資金洗浄疑惑への捜査を打ち切った。
強権的国家体制づくりは、オリガルヒらとは対立しない。プーチンは経済実体を握るオリガルヒを一定のコントロールのもとに置き、それに依拠していこうとしている。プーチンは昨年七月、オリガルヒとの円卓会議を開き、「政府は私有化の見直しをせず、財界は政治への干渉をしない」という合意を結んだ。
プーチン政権は、懸案の脱税阻止、租税増収へ税制改革に着手している。税務警察を強化するとともに、所得税の一律一三%化を決定した。企業と富裕層は税率切り下げで楽になるが、国民の大半を占める低所得層は所得税を払っていたら生活できなくなる。
プーチンは中央集権体制を強化している。地方(共和国、州など八十九の連邦構成体)の独立王国化を阻止するために上院を改革し、地方首長の諸特権を剥奪(はくだつ)した。地方の首長と議会議長とで上院を構成してきたが、今後は上院議員はすべて選挙によって選ばれることになった。また連邦法に反する共和国の法律を認めないなど、諸共和国(被抑圧民族の国家)への締め付けを強めている。何よりも全ロシアを七つの連邦行政管区に分け、大統領全権代表を置き、大統領が連邦構成体をを飛び越えて直接統治することができるようにした。エリツィン時代にも各連邦構成体に大統領全権代表が置かれていたが、有名無実化していた。そのうえで地方首長の不満を和らげるために国家評議会を設けた。
さらにプーチンは、連邦保安局(FSB)、非常事態省、内務省(警察)などの強化と各武装部隊の増強、「情報安保ドクトリン」の制定による言論の国家統制の強化など、プロレタリアート人民への抑圧・弾圧体制をも強化している。エリツィン時代、給料の未払いなどで警察力は弱体化し、賄賂(わいろ)をよこさなければ何もしない風潮が広がった。あるいは警察官が自らマフィア化した。社会には犯罪、汚職が急増し、マフィアがはびこった。プーチンは、こうした無法国家状態を改めることを゛約束″している。
以上のようにプーチンは大統領権限を異常に強大化させ、「強い国家」をボナパルティスト的に体現しようとしている。
プーチンの「強い国家」路線、大国主義的外交、強権的国家体制づくりの政策は、スターリン主義の復古でもなく、資本主義化政策の後退でもない。資本主義の歴史的形成過程においても、第二次大戦後の新植民地主義体制諸国においても同じ位相の動きがあった。「強い国家」は資本主義化政策推進の手段であり、目標である。
ロシア・プーチン体制は、広大な国土(ヨーロッパとアジアにまたがる)、膨大な「核・軍事力」、ソ連時代以来の大国主義的既得権などを基礎として、資本主義化政策の途次でのたうちまわり、米帝を始めとする国際帝国主義に大きく依存していながら、旧ロシア帝国主義、旧ソ連の力、勢力圏、制圧圏を背景に帝国主義的政策を展開して延命しようとしているのだ。
労働者階級と被抑圧民族の怒りの爆発は体制揺るがす
プーチン体制には展望があるのか。否である。
第一に、チェチェンで勝利することは結局はできないからである。(ロシア連邦内外の)他民族への抑圧は必ず反撃を受ける。
チェチェン侵略戦争は十四カ月を経過して泥沼化の様相を見せている。一九九九年十月にチェチェンに侵攻したロシア軍は、二〇〇〇年三月に首都ジョハル(グロズヌイ)を始めとする全土を制圧したと宣言した。ところが、山岳地帯に移動したチェチェン軍は春以降、日々勇猛果敢なゲリラ戦で反撃し、すでに五千人以上のロシア兵をせん滅している。今やロシア軍は恐怖と厭戦(えんせん)気分に冒され、敗勢にある。
今回だけで五万人のチェチェン市民を虐殺し、二度にわたって全土を徹底破壊・蹂躙(じゅうりん)したロシアに対するチェチェン人民の怒りは募りに募っている。戦争で両親を失った子どもは七万人に上る。
駐留ロシア部隊は戦争犯罪を繰り返し、腐敗を極めている。チェチェンの村々を襲撃し、盗みを働き、村人を無差別に虐殺・逮捕・連行している。収容所に数千人のチェチェン人を閉じ込め、虐待、拷問を続けている。検問所にチェチェンの青少年を監禁し、多額の身代金(保釈金)を取っている。かいらい親ロシア行政府長官らは、ロシア部隊の撤退を要求せざるを得ないありさまだ。
隣のイングーシ共和国などに避難しているチェチェン人は二十万人に上る。彼らに与えられる食料、暖房、医療、教育は不十分きわまりない。
チェチェン侵略戦争の戦費は十億j以上に膨れ上がっている。難民の生活保障もロシアにとって大きな負担だ。復興資金二百万jはどこかに消えてしまった。
他民族抑圧の侵略戦争は長期には続けられない。帝国主義的大ロシア主義的排外主義的な侵略戦争へのチェチェン人民の怒りは、国際的な規模の被抑圧諸民族人民の連帯と民族解放・革命戦争の強靱な展開を生み出し、ロシア・プーチンを追いつめている。
第二に、プロレタリア国家の反革命的転化としてのスターリン主義を再度反革命的に資本主義化しようとする政策は、強権的手段だけでは絶対に成し遂げることができないからである。
帝国主義経済の危機が痛撃
第三に、帝国主義世界経済体制へのリンク、組み込みが進み、帝国主義の経済危機が容赦なくロシア経済を揺さぶるからである。一九九八年危機は過去のものではない。国際石油価格の下落は不可避だ。世界大恐慌の爆発は、ロシアをも襲い、この十年をはるかに超える恐るべき危機と大混乱をもたらすだろう。
第四に、国際帝国主義は、ユーゴスラビア侵略戦争型の切り落とし、NATO東方拡大、カスピ海沿岸資源争奪、ロシア自体からの収奪などとして、ロシアに大重圧を加えているからである。
第五に、プーチン政権は、その階級的本質として、私的資本家的蓄積を推進し、公的財産を盗奪し、プロレタリアート人民を搾取・収奪し、諸民族を圧殺・支配することによって資本主義化を進め、大国ロシアを再建しようとしている以上、労働者階級と被抑圧民族の怒りの爆発によって揺るがされざるを得ないからである。ロシア・プーチン体制は、労働者人民と被抑圧諸民族人民にとって゛生き地獄″そのものであり続ける打倒対象である。
昨年十二月、ロシア極東を始め各地で労働者が暖房と賃金支払いを求めてストライキ闘争に立ち上がった。プーチン体制下でも社会・経済システムの破滅的崩壊的な状態が続いている。闘わずして生きていけない現実があるのだ。
プーチン体制のもと、ロシアはスターリン主義の残骸を抱えた異質なものとして帝国主義体制からはみ出していながら、帝国主義体制に組み入れられ、超反動的逆行的な資本主義化政策に突き進んでいる。ロシアは帝国主義世界体系の巨大な破綻点をなしている。プーチン体制が存続する限り、そうであり続ける。
労働者人民は、このようなプーチン体制を打倒しなければ生きていくことができない。プーチン体制打倒の闘いは、ロシアの歴史的経過からして、また今日的危機の歴史的性格(背景)からして、反帝国主義・反スターリン主義世界革命の一環としての反スターリン主義・第二ロシア・プロレタリア革命、プロレタリア独裁権力の復活という革命戦略に位置づけられてのみ前進することができる。
帝国主義の基本矛盾の爆発は、ロシアを恐るべき危機にたたき込む。一九二九年型世界大恐慌の現実化、世界戦争危機の激成は、帝国主義体制―世界市場にリンクしたロシアを飲み込み、プーチン体制とその資本主義化政策を大破産の危機に追い込む。世界のプロレタリアートの帝国主義打倒の闘いも燃え上がる。その大激動の中でロシアにおける第二プロレタリア革命の条件は急速に成熟する。
こうした革命的情勢の急速な接近に際しては、ロシアの労働運動、革命運動、民族運動に決定的なインパクトを与え得る反スターリン主義・革命的共産主義運動の大躍進をかちとることが決定的に重要だ。
闘うアジア人民、そしてチェチェン人民、ロシア・プロレタリアート人民と連帯し、日帝のアジア(―ロシア)侵略を内乱に転化する闘いに決起しよう。
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