ZENSHIN 2007/06/04(No2297 p08)

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週刊『前進』(2297号1面1)(2007/06/04 )

 安倍内閣の暴走に断を

 怒りの6・9大デモへ

 労働者・学生は団結し革命に立て

 革共同中央学生組織委員会

“今こそ安倍打倒の時だ!” 教育関連4法改悪案の採決阻止、腐りきった安倍政権打倒へ終日国会闘争を展開(5月31日 衆院第2議員会館前)=記事2面

 安倍政権は今や八方ふさがりの危機に陥り、腐敗し混乱した姿をさらけ出している。その危機を乗り切るために、ますます凶暴な改憲と戦争国家体制づくりにのめり込んでいる。この安倍の「暴走」に対し、怒りの声は日に日に広まり高まっている。労働者を搾取・収奪し、失業と貧困をもたらし、戦争に駆りたてる帝国主義体制に終止符を打て! 安倍政権に断を下そう! 今やそのときが訪れたのだ。革命勢力の登場は時代の要請だ。全国の労働者人民は6・9代々木公園に結集し、渋谷の街を席巻する大デモを闘おう。その先頭に青年労働者と学生が立とう。

 6・9の大爆発で法大生2人の仲間奪還しよう

 6・9渋谷への学生・青年労働者の怒りの大結集で、不当極まりない起訴攻撃と闘う法大生2人の仲間をただちにとりもどそう! まず私たちはこのことを何よりも訴えたい。
 なぜなら2学生への起訴こそ「労働運動の力で革命をやろう」という青年労働者・学生の闘いの爆発、それをひきつぐ大学キャンパスでの革命の主張の席巻、そして「法大は革命の学校」という闘いの大発展に対する当局・権力の恐怖に満ちた反動だからだ。だから6・9の大爆発にこそ2人をとりもどす力がある。
 もはや法大は「真理の探究」の場ではない。ひとたび学生が集会を呼びかけるや、キャンパスの至る所を封鎖し、それで大学の機能が破綻(はたん)しようが停止しようが、集会を圧殺しようとする。大学の中に入るや、「今なら公務員になるチャンス」「資格をとって差をつけよう」と仲間を蹴落とせと大学をあげて扇動する。これに加担し、また黙認し、大学の自治圧殺に屈している教員たちがやっている「学問」に一体なんの意味があるというのだろうか。
 大学は、「2人に1人が一生フリーター」という破産しきった資本主義に、どこまでもニセの「希望」や「展望」をぶら下げて学生をその鎖につなぐ階級支配の機関になりさがった。学生の団結に対しては恥も外聞もかなぐりすて、学生部長を先頭に国家権力とグルになって平然と学生を売り渡す。
 2人の学生は、この腐りきった大学と資本主義社会の現実に怒り、その打倒を呼びかけて立ち上がったのだ。逮捕・起訴は全学生・全労働者階級が彼らに続くことに恐怖した見せしめであり、分断だ。しかしこんなものに誰もひるまない。「起訴は大学の敗北であり、われわれの勝利」という新たな学生が次々と闘いに合流してきている。もはや階級支配の機関と化した大学、そして青年労働者を食わしていくこともできない資本家階級と資本主義を根本から爆砕する以外に私たちが生きる道はない。
 彼らと全世界の労働者・学生は強固な団結でひとつにつながっている。彼らを縛る手錠は、われわれを資本主義に縛りつけるものだ。団結のハンマーでこれをぶち壊して彼らをとりもどそう。絶対にひとつになろう。それが団結だ。

 <競争>の押しつけに<団結>たたきつけろ

 6・9に向けて、安倍・御手洗(日本経団連会長)への怒りを爆発させよう。そして団結をとことん訴えて闘おう。「資本家階級に本気で挑んだとき、本物の団結が生まれる」(動労千葉・田中委員長)のだ。
 「学生は団結しよう! 労働者とともに革命やろう」は全国300万学生の決起への檄(げき)であり、闘いのスローガンだ。続々と学生が革命家へと飛躍してきている。このスローガンとアジテーションでキャンパスを解放し、6・9に全国から新入生を先頭にして総決起しよう。
 資本主義とは競争を原理とする。これに対して「団結」とは競争の拒否であり、資本主義を否定する革命のスローガンそのものだ。そしてこの団結とは、自分にこの社会を変える力があることをつかむこと、そして隣の仲間にもその力があることを信頼してともに闘うことを呼びかけることだ。とりわけ大学は、今や資本家以上に競争をあおり、国家や資本への忠誠を誓わせる場になっている。だが、学生が競争を拒否して団結すれば、大学は「革命の砦(とりで)」となる。それが300万学生ゼネストだ。
 安倍政権はとてつもない危機だ。前代未聞の現役閣僚の自殺である松岡問題は、改憲攻撃へと凶暴に突進するがゆえの腐敗の極みであり、かつその土台の脆弱(ぜいじゃく)性を突き出している。労働者階級人民を食い物にした恐るべき腐敗は、松岡一人にかぶせても終息などできない。安倍を串刺しにして、安倍打倒――帝国主義打倒の絶好の情勢が到来したのだ。今この時も、どれだけの労働者階級人民が安倍によって殺され続けていることか。「消えた年金」問題も大問題だ。幹事長・中川は恥ずかしげもなく「社保庁の自治労国費協議会の国民不在の反合理化闘争の徹底検証をすべき」と居直る。はらわたが煮えくりかえる思いだ。「消えた年金」5000万件という事態は、青年労働者からは年金や福祉を奪いつくし、その上これまでの年金すら真面目に支払う気などさらさらなかったということだ。
 安倍が最大の政策とする「戦後レジームからの脱却」――改憲攻撃は、支配階級自身が、これまでの労働者階級の支配に行き詰まり、戦争と労組破壊・権利破壊で、クーデター的に階級支配の転換をはかろうというものだ。これは階級支配の破産の表明じゃないか。われわれがたたきつける闘いは、よりよい支配を求めるのではなく、搾取・収奪なしには成立しない資本主義という支配体制そのものの打倒であり革命だ。そして、青年労働者の職場での体制内労働運動の壁を打ち破る闘いとひとつになって、大学キャンパスで非和解に闘い、団結をつくりだすことが、安倍政権の改憲攻撃との対決の核心だ。

 資本主義の末期的危機見すえて革命的反撃を

 「生きさせろ」――このことが青年労働者・学生の切実な要求になっている。青年労働者の中で生きる道を求めて「戦争か革命か」の激しいせめぎあいが始まっている。『論座』1月号では、青年労働者が「希望は戦争」として「戦争は悲惨だ。しかし、その悲惨さは『持つ者が何かを失う』から悲惨なのであって、『何も持っていない』私からすれば、戦争は悲惨でも何でもなく、むしろチャンスとなる」と言う。
 しかし彼の言う「持つ者」も「持たざる者」も労働者階級だ。私たちは声を大にして訴える。敵は資本家階級だ! 労働者階級に戦争で死ぬか、働きつめて死ぬかの選択しか示せない資本主義こそ終わっている。安倍や御手洗は、労働契約法、ホワイトカラー・エグゼンプションなどで全労働者階級から極限的に搾取する社会を本気でつくろうとしているのだ。改憲は、労働者を分断し、競いあわせたあげく、資本家のための戦争で死ねということだ。いい加減にしろ! 奴隷の分け前をめぐる競争はもうやめよう、奴隷そのものの地位こそ廃止しよう。労働者階級が団結してゼネストをやれば、安倍も御手洗も一発でぶっ飛ばせる! 「労働運動の力で革命をやろう!」はすべての青年労働者の生きるための叫びだ。 
 とりわけ今、4大産別の闘いに、正規・非正規を問わず階級がひとつになり、労働者階級、学生、すべての人民がプロレタリア革命に向けて前進する道があることをはっきりさせよう。
 何が「公務員バッシング」だ。ふざけるんじゃない! これが自治労を壊滅し「公務員200万人をワーキングプアにする」ことだと支配階級はあけすけに述べている。95年の日経連報告から10年が過ぎ、資本家階級は3人に1人が非正規雇用の社会をつくりだした。5・23日本経団連総会で御手洗は、1年間の破産を開き直りつつ、@グローバル化のもとでの「国際競争力の強化」と「成長戦略」、A「聖域なき構造改革」、社会保障制度解体と民営化攻撃、B「究極の構造改革」である道州制導入の反動宣言を行った。しかしこれでも絶対に延命などできない。結局は資本家階級が生き残るためには9割の労働者を非正規雇用にするということだ。そのために労働者階級の反撃の拠点をつぶす必要がある。それほど労働者階級と労働組合を恐れている。だから改憲攻撃と一体で4大産別の労働組合を壊滅しようとしている。そうしない限り、すべての労働者を非正規雇用にたたき込むことも、戦争にかりたてることもできないからだ。改憲=4大産別決戦をとおしてこそ、労働者階級がひとつになり、プロレタリア革命に向けて前進できる。

 体制内労働運動打倒こそ労働者解放の道

 支配階級が労働組合の闘いに心底恐怖しその壊滅を宣言しているときに、既成労組指導部は何をやっているのか! 連合幹部は「24時間ストというドスを突きつけてこれ以下の回答は認めないというやり方がいいのか。グローバル化の時代、成熟した労使関係を持っている組合にふさわしい戦術ではない」などと言っている。自治労中央は、「平和基本法」制定による改憲容認と、ついには自治労解散――新組織「地域公共サービス労働組合連合会」の立ち上げに踏み出そうとしている。「公共サービス」とは当局・資本の言葉だ! 日教組本部は教育労働者版の分割・民営化攻撃である教員免許更新制に対して、驚くべきことに「さまざまな勤務形態の教職員に対応できる更新制になっていません」と更新制そのものを容認している。全労連も「働くルールを確立する」とぬかす。どれもこれも本当にふざけるな! 資本や国家のお先棒を担いだり、よりよい支配をお願いするのが労働組合なのか。労働者階級が生きられないこの時、こんな無様な姿でいいのか! 断じて違うはずだ! 
 改憲=4大産別攻防とは、この腐りきった体制内労働運動を打倒し、革命を掲げた労働運動をつくる闘いだ。そうでない限り、労働組合の名で労働者階級を抑圧する存在に転落する。峻厳(しゅんげん)な分岐点に今ある。

 世界革命の勝利めざし改憲阻止・日帝打倒へ

 なぜ生きることさえできない現実があるのか。今日の労働組合破壊・民営化、リストラや非正規雇用の拡大、超低賃金は80年代のレーガン、サッチャー、中曽根による「新保守主義(新自由主義)」以来のものだ。1975年世界同時恐慌によって戦後発展が行き詰まった帝国主義は、労働組合を破壊し、労働者階級から社会福祉を奪い、資本が利潤を極限的に追求する社会をつくりだした。
 しかし、帝国主義は本質的に行き詰まっているがゆえに、労働者階級を労働地獄にたたきこみながら、一方で米帝を軸に経済のバブル化で「成長」と「発展」の形をとり続けるしかなかった。これが「格差社会」の背景だ。しかしこれもついに破綻(はたん)した。2・27〜3月上旬の全世界同時株安と米住宅バブルの崩壊だ。住宅価格は下落し、「逆資産効果」による消費の減退、とりわけ自動車産業への影響が出始めている。90年代以来、株式・不動産バブル、ITバブル、住宅バブルと力づくでつくってきた景気浮揚が行き詰まり、いまや金融市場がヘッジファンドの食い物になる末期的事態だ。ドル暴落と世界的大金融恐慌と背中合わせの危機だ。
 他方で帝国主義は、世界の資源・市場そして勢力圏をめぐって争闘戦をはてしなく激化させ、その矛盾の爆発として侵略戦争に進んだ。「格差」と「戦争」が一体で登場してきた背景だ。しかしイラクで、アフガニスタンで、またパレスチナで、帝国主義の侵略戦争は敗北と敗勢に陥っている。とりわけ2万1000人の増派を決めた米帝ブッシュの「イラク新戦略」は、イラク人民の命がけの民族解放・革命戦争を生み出し、大破産している。米兵の死者は増えるばかりだ。日帝・安倍も「日米枢軸」路線のもとで、どれだけ絶望的であろうとイラク特措法2年延長、集団的自衛権の行使容認など、イラク侵略戦争から朝鮮・中国侵略戦争へ進んでいる。
 世界に搾取・収奪、貧困・失業・飢餓、そして戦争をまき散らしながら延命しようとする帝国主義者や資本家連中。奴らはけっして強大ではない。万策尽きて世界支配の大崩壊の危機に追いつめられているのが真の姿だ。

 世界の歴史動かす力は君の決断と行動だ

 帝国主義支配の最大の破産は、帝国主義打倒をめざす労働者・学生を一挙に大量に生み出しつつあることだ。
 80年代の中曽根による「国鉄分割・民営化」攻撃を2波のストライキで打ち破った動労千葉が、国際労働運動の結集軸になっている。11月労働者集会、3労組共闘と3国連帯の発展に対して国家権力・JR当局は、拠点職場つぶしを狙う大攻撃をかけてきた。これ対し、動労千葉は07春闘ストライキなど渾身(こんしん)の闘いで団結を固く守り抜く大勝利をかちとった。
 「社会のあり方が根本的に間違っている。だがこうした現状を生みだした責任の一端は闘いを忘れた労働組合にある。こんな現状にストップをかけ、社会の変革を実現するために、今何よりも求められているのは闘う労働組合の復権である。労働者が団結と誇りをとりもどすことだ」(『日刊動労千葉』)。ここに勝利の路線の核心がつまっている。
 さらに動労千葉とひとつになって、青年労働者・学生が「労働運動の力で革命をやろう」と全世界のイラク反戦闘争を牽引した。そして全国の職場・大学で資本・当局と体制内労働運動に対する闘いを開始した。沖縄では辺野古の新基地建設の「事前調査」に自衛隊が投入されたことに怒りが拡大し、海上での実力阻止行動が爆発している。三里塚では農地強奪、農業つぶしの「暫定滑走路」北延伸攻撃に対し、反対同盟が労農連帯のきずなも固く闘いに立ち上がっている。日本で、そして全世界で労働者階級が人間的階級的怒りを爆発させ、社会の主人公であるという誇り高き自覚で闘いを開始している。ここに革命の現実性がある。
 マル青労同1000人、マル学同1000人の団結をつくりだし、その力で11月1万人結集を実現することに、日本革命の道がある。歴史を動かすのは君の決断と行動だ。6月9日、渋谷―首都を「改憲阻止! 倒せ安倍 倒せ御手洗! 労働者の力で革命やろう」の怒りの大デモで席巻しよう!

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週刊『前進』(2297号1面2)(2007/06/04 )

 教育労働者は6・9へ

 現場の怒りを解き放ち闘わぬ日教組本部倒せ

 全国の教育労働者のみなさんに6・9集会への総結集を訴えます。
 青年労働者のネットカフェ難民や偽装請負で使い捨てにされている現実が知られるところとなっています。しかしなぜこうした現代の奴隷制度のような現実が悪化の一途をたどっているのか?
 不当労働行為が無数に積み重ねられ、毎日悔しい思いを続け、たまりにたまったこの怒りを、本来一切合切資本家にたたきつけて闘うはずの労働組合が、資本家の手先によって牛耳られ、「闘っても無駄、時代遅れ」と全力で鎮圧する側に回っているからです。連合・全労連中央こそ最悪の敵対物です。私たちは連合・全労連をぶっ飛ばし、自分たちの職場から闘う労働運動をつくりだせばいいのだという真理をつかみ、青年が先頭に立って実践を開始しました。労働者が権力をとり革命をやるためにこそ労働運動がある。この本来の道筋を6・9で全国いや全世界の労働者に示します。
 ここで教育労働者の決起が決定的なのです。なぜなら資本家どもは「教員は優遇された特権層」「日教組のゴネ得を許すな」と扇動し、非正規雇用労働者の不満をあなた方に振り向け、分断支配を狙っているからです。
 しかし教育現場の現実について怒りを無数に聞きました。業績評価が厳しくなり報告書を山のように書かされ、教育労働者の過労自殺・過労死・うつ病が激増しています。さらに学力テストが導入されて学校のランク付けも始まった。特に東京の現場は深刻です。03年10・23都教委通達以来、命令に従わなければ処分、職員会議で批判さえ言えない。しかも教員免許更新制を始めとする教育4法改悪が今、襲いかかろうとしている。特権どころか最も過酷な現場に立たされているではないですか。私たちは青年の当然の怒りを分断支配にねじ曲げることを絶対に許せない。すべての労働者が団結して闘う必要が今絶対にあるのです。そのために6・9の先頭に立ってください。
 教育現場の危機感と憤りに日教組本部は何をしているのか! 10・23通達にも、4法改悪にも、過酷な労働条件も、口先の反対もなく「慎重審議を要求する」「名称の変更を求める」とふざけた提案をしている。まさしく安倍政権の現場担当者の姿です! 国会前で「写真を撮るな!」「ビラをまくな!」といいがかりをつけるのは警察を除けば日教組本部と都高教本部だけです。
 これだけの攻撃と敵対をはねのけ、不起立闘争が営々と闘われていることに敬意を表します。いかなる処分恫喝も法律さえも、現場で決起したならばなんの効力もない。現場を握っているのは労働者であり、支配者は実に無力です。そのことを不起立闘争は教えてくれました。全国津々浦々30万人もの教育労働者が決起したとき革命の展望が切り開かれる。教育労働者は革命の現実性を握る存在です。だから資本家どもが日教組解体に必死になるのです。
 安倍政権打倒の絶好機が到来しています。今こそ労働者が敵のあらゆる分断支配をうち破って総団結して闘う時です。そして私たちの怒りは同質であり必ず団結できます。6・9で敵のもくろみを完璧(かんぺき)に打ち崩す闘いをたたきつけ、社会の主人公として登場しましょう。(WK)

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週刊『前進』(2297号3面1)(2007/06/04 )

 道州制導入叫ぶ日本経団連

 地方自治制度の解体が狙い

 9条改憲と一体の攻撃阻もう

 安倍政権は道州制導入に向けて本格的に走り出した。内閣府に設置された地方分権推進委員会や、渡辺喜美道州制担当相のもとでの「道州制ビジョン懇談会」、自民党の道州制調査会など、支配階級は総力を挙げて道州制導入に向けての具体的プランづくりに入っている。とりわけ、日本経団連が3月末に打ち出した「道州制の導入に向けた第1次提言」は重大だ。まさにこれは9条改憲と一対をなす攻撃だ。地方自治制度は9条と一体となって戦後体制の骨格を形づくってきた。日帝は、改憲への具体的な道筋をこじ開け、それを実質的に貫徹するものとして、道州制導入に本格的に踏み込み始めたのだ。

 国の役割は戦争遂行に純化

 地方分権推進委員会の初会合で安倍は、「『美しい国、日本』をつくるためには、わが国の戦後の基本的枠組みを大胆に見直す必要があり、国と地方の関係も思い切って変えていかなければならない」と言い放った。安倍の言う「戦後レジームからの脱却」にとって、道州制導入は9条改憲と並ぶかなめに位置づけられている。
 それはまさに、戦後体制の柱の一つが地方自治制度にあったからだ。9条解体を核心とする改憲は、地方自治の解体によって実質化されるし、道州制導入に向けてのプロセスが改憲攻撃を促すものになっていく。
 日本経団連が3月28日に打ち出した「道州制の導入に向けた第1次提言」は、道州制導入の時期を「2015年度」と明記し、そのための関連法案を2013年度に成立させるとしている。これは、御手洗ビジョンが「2010年代初頭の改憲をめざす」と呼号したことと軌を一にする。事実、安倍政権はブルジョアジーの意向に沿って改憲投票法を成立させ、2010年をめどとする改憲原案の策定に向かって突っ走り始めた。
 道州制が導入されれば、国の役割は資本の支配の貫徹と戦争(侵略戦争)の遂行へと徹底的に純化される。日本経団連提言は、「国の役割は、外交、防衛など国家としての存立にかかわるものや、司法、通貨政策やマクロ的な経済政策、国家の競争力を左右する科学技術政策、資源・エネルギー政策など、必要最小限のものに限定すべきである」と述べている。つまり、社会保障や雇用政策はもとより、中小企業政策や農業政策にも、もはや国家は責任を取らないということだ。
 これは、戦後体制を根本的に転換させるものになる。戦後革命を圧殺することによって支配体制を確立した日帝国家は、その代償として労働者階級に一定の譲歩をした。その中でブルジョアジーは「福祉国家」を掲げ、経済成長の成果をある程度は労働者階級にも配分し、また退職後の労働者の生存も最低限度で成り立たせる体制をつくってきた。それによってプロレタリア革命を未然に防いできたのが戦後体制だったのだ。
 その「福祉国家」の現場における担い手が自治体労働者だ。自治体労働者の職務の大半は、社会保障や住民福祉にかかわるものだと言っても過言ではない。道州制の導入とは、「住民の生活保障」を統治機構の基本的な役割の一つにさせてきた階級関係を、自治体を解体することをとおして覆そうとする攻撃だ。
 侵略戦争への労働者の動員も、それなしには貫徹しえない。憲法9条と一体のものとしてある地方自治制度は、戦争をしないことを前提につくられたものであるとともに、国家が戦争に突き進むことへの制度的な歯止めをなすものでもあるからだ。実際、人民を戦争に動員する「国民保護法」にしても、地方自治体が協力を拒否することも制度上は可能だ。そもそも、生存権保障など取っ払わなければ、労働者を戦場に駆り立てることはできない。
 国家の役割が「外交・防衛」に純化すれば、国会のあり方も根本から変わる。日本経団連提言は、「(道州制導入により)国会議員は……外交・国防などわが国の国益に直結する政策に注力することができるようになる」とうそぶいている。国会や国政選挙は、もはや「国民生活」をめぐる議論の場ではなく、いかに侵略戦争を展開するかをめぐる議論の場になるというのである。

 「究極の構造改革」唱え暴走

 日本経団連提言はサブタイトルに「究極の構造改革を目指して」を掲げた。「道州制の導入は、いわばわが国が直面する内外の様々な課題の解決に向けた『究極の構造改革』」だというのだ。
 小泉登場以来の「構造改革」が労働者にもたらしたものは何か。徹底した不安定雇用と低賃金、貧困化こそがその結果だった。複数の仕事をかけ持ちしても年収200万円に満たない労働者や、派遣や請負という雇用形態に縛り付けられた労働者。人間的尊厳をかけてささやかな権利を主張すれば直ちに解雇が襲いかかる許し難い現実。こんな資本の専横をとことんまではびこらせようとするのが道州制の導入だ。
 経団連は、その意図を次のようにあけすけに述べている。「アジアなど新興国が台頭しグローバル競争が激化する中で、コンペティティブ・エッジ(競争力格差)を確立することによりわが国全体の国際競争力を強化する」「グローバルな視点から成長戦略を練り、道州自体が国際的な競争に挑み、それを通じて経済発展を実現する」
 つまり、国際的レベルで死闘戦を展開する資本の利害に沿って、統治のあり方を根本的に再編せよということだ。しかもそれを、道州相互の競争をつうじて貫徹するというのである。道州は、いかに法人税が安いか、誘致した企業への補助金がどれだけ高いか、労働者の権利をどれだけ踏みにじったかをめぐる激烈な競争にたたき込まれる。
 ここでは、国はもとより道州も住民生活に責任を負うものではなくなる。だから経団連は、「少子化・高齢化が進む中で、住民がもっぱら自らの利益のみを求めて行動する『権利要求型の社会』は、今後成り立たないことは自明」と平然と言ってのけている。
 地方分権推進委員会の議論の中でも、「ナショナルミニマムの極小化」が繰り返し唱えられている。ナショナルミニマムとは、住民生活にかかわる最低基準を国が決め、どの地域に住んでいてもそのラインは保障される仕組みのことだ。ところがこれは「自治体に対する国の介入」として描き出され、「地方分権」とはそうした国の関与を極力排除することだとされている。そうなれば、生活保護も社会福祉も教育も、自治体の財力に応じてやってもやらなくてもいいものに変えられてしまうことになる。

 自治体労働者先頭に反撃を

 日帝が戦後体制の支柱をなす地方自治制度の解体に踏み込んできたのは、帝国主義の体制的危機に促されてのことだ。
 とりわけ、日帝の財政危機は深刻だ。「三位一体改革」の名で強行された補助金・交付金の削減により、国から地方自治体に回る金は1・7兆円も減らされた。
 夕張市の財政破綻(はたん)が表面化し、再建管理団体に転落したのも、地方交付税交付金の大幅な削減が直接の引き金となった。国の管理下に置かれた夕張市では、「全国最高の負担と最低のサービス」と言われるように、住民と自治体労働者に徹底して犠牲が押しつけられている。市職員の賃金は3割カット、市民税や上下水道使用料は大幅アップ、ゴミ収集は有料化、市立総合病院は診療所に変えられ、指定管理者制度によって民間の運営となった。
 この事態は、けっして炭産地であった夕張市の固有の事情だけが原因なのではない。地方交付税交付金の減額は、全国至る所の自治体を危機に追いつめている。日帝は、そこにつけ込み、地方自治を解体して道州制に道を開こうと策している。
 衆院を通過した「地方自治体の財政健全化法案」は、財政的に立ちゆかなくなった自治体を早期に国家管理のもとに置くとするものだ。この法案には盛り込まれなかったが、日帝の意図が「自治体破産法制」にあることも明白だ。これは、民間企業の破産手続きと同じように、財政の悪化した自治体を破産財団として扱うというものだ。そうなれば、自治体は資金を貸し出した金融資本の管理下に置かれる。
 今日、多くの自治体が「夕張のようにならないために」と言いながら、福祉切り捨て、職員の賃金切り下げ、住民への負担転嫁に走っている。それは、結果としては「夕張と同じ」事態を住民や自治体労働者に強制するものになる。
 こうした攻撃の最大のテコとなっているのが、指定管理者制度などを用いた民営化だ。そして、その最先端を突き進んでいるのが、杉並区の「丸ごと民営化」計画だ。
 夕張市では市職員の半数が退職に追い込まれた。これを恫喝材料に、経団連は「自治体労働者200万人首切り」の大攻撃にのりだそうとしている。経団連提言は「(道州制導入で)公務員数および人件費の削減もあわせて達成することが可能となろう。その結果……多くの優秀な人材が労働市場に流入……労働力人口の新たな供給源となろう」と叫んでいる。
 だが、道州制導入に対して最大の障壁をなしているのは、まさに300万人自治体労働者の存在そのものだ。戦後体制のもとで形成された自治体労働者のあり方をたたきつぶさない限り、単なる機構の再編だけでは道州制は完成しない。だから日帝は、自治労に攻撃を集中し、自治労を解体するために自治体そのものをたたきつぶす攻撃に踏み込んできたのだ。これを貫徹できなければ、道州制は支配階級の虫のいい夢想にとどまる。
 道州制導入を叫び立てているのは、「工場法以前に戻せ」とわめく御手洗や、杉並区・山田区長のブレーンでもある道州制ビジョン懇談会座長の江口克彦ら、復古主義的国家主義・天皇主義の権化のような連中だ。こうしたイデオロギーを動員しなければ、道州制に向けた凶暴な攻撃は推進できない。だが、そこに敵階級の破産もある。
 統治機構の中に存在する自治体労働者が激しい攻撃にさらされているのは、帝国主義の支配が成り立たなくなっているからだ。青年労働者を先頭に革命を掲げた新たな労働者の闘いが始まった。自治体労働者がプロレタリア革命に向けて立ち上がってこそ、すべての苦難を突破できる。自治体労働者を先頭に、全労働者が改憲阻止−道州制阻止の大闘争に立とう。

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週刊『前進』(2297号4面1)(2007/06/04 )

 革命が労働者の生きる道だ

 6・9ワーカーズアクションin渋谷に大結集しよう

 資本と連合・全労連指導部に青年労働者の怒りの大反乱を

 6・9ワーカーズアクションin渋谷に大結集し、〈改憲阻止、安倍・御手洗倒せ〉のデモをやろう。安倍や御手洗に労働者の積年の怒りを思い知らせてやろう。資本、連合・全労連指導部に対する第反乱を開始しよう。(本紙/片瀬涼、畑田治)

 空前の利益と労働者の貧困化

 トヨタ自動車の営業利益が日本企業で初めて2兆円を超えた。1兆円突破からわずか5年での倍増だ。東証上場企業の経常利益の総額は4期連続で過去最高を更新。電機大手の東芝、富士通、シャープは過去最高益、松下や三菱電機もバブル期並の好業績だ。自動車メーカーも大手8社のうち4社が過去最高益を記録した……。
 もはや憎しみの感情なしには言及できない。われわれ労働者の奴隷状態の直接の原因がここにある。空前の利益を謳歌(おうか)する大企業。その対極にある労働者階級の過酷な現実。ワーキングプア、ネットカフェ難民、偽装請負、過労死・過労自殺、格差社会……。労働者から希望も未来も奪い、過労死するほどの超長時間の奴隷労働を強いる張本人がこの連中である。
 右記事にもあるように、過去最高益をあげる名だたる大企業こそ、90年代以降、徹底的に解雇と賃下げ、不安定雇用化を強行し、若者の2人に1人を非正規雇用に追い込み、偽装請負や不払い残業などの脱法・違法行為に手を染めてきた連中である。
 ブルジョアジーの空前の利益はすべて労働者の労働がつくり出したものである。キヤノンやトヨタの工場で働く労働者の半数は、正社員の3分の1の賃金の派遣や請負労働者だ。過酷な夜勤や危険な作業。資本家は労働者の健康や安全、生活をまったく顧みない。正社員も同様に心身ともにボロボロになるほどの競争や超長時間労働、サービス残業を強いられている。労働者の生き血を吸って肥え太る資本家!
 厚生労働省が発表した05年度のサービス残業で是正指導を受けて支払われた割増賃金の総額は232億円。東京電力69億円、スタッフサービス53億円、日本郵政公社32億円……。もちろん氷山の一角でしかない。労働者が百円でも盗めば警察に捕まる。だが資本家が10億円単位で労働者から盗んでも大して問題にもならない。
 06年の労災死者は約1500人。非正規の若年労働者の労災が激増している。過労死や過労自殺の急増は社会問題となっている。労災として認められた過労死は過去最高を記録した。労働者が憤りのあまり資本家を殺せば刑務所行きだ。だが資本家によって毎年何千、何万人もの労働者が殺されているのである。
 日本の資本家階級の繁栄は、6千万人の労働者の奴隷労働と犠牲の上に成り立っている。これは特殊なものの見方ではなく、事実の問題である。要するに労働者の賃金が下がり、貧困になり、そして労働者の労働がますます苦しく、長くなるほど資本の側は豊かになるのである。これが資本主義という歴史的な社会の仕組みなのだ。資本家の繁栄は労働者からの略奪、賃金奴隷制から成り立っているのだ。
 これは特殊な職場の実態だろうか? いや、われわれの職場で日々起きていることだ。毎日、新聞やテレビで報道されていることである。資本家による悪辣(あくらつ)な搾取、横暴、抑圧、そして労働者の奴隷状態、生活苦……労働者はこうした実例をたくさん知っている。
 今日の資本主義は、労働者階級にとってひとつの”圧制”である。労働者階級はこの社会では生きていけない。資本主義の矛盾と抑圧は、職場、個人、家庭を問わず、労働者の労働と生活のあらゆる分野に現れている。
 では、空前の利益をあげる資本家階級は磐石(ばんじゃく)なのか。逆だ。支配階級こそ、果てしない国際競争と世界分割の侵略戦争に追い立てられている。巨大な矛盾を生み出し、明日なき自転車操業で破局に向かって行進を続けているのだ。実は、空前の利益と労働者階級の奴隷状態こそ支配階級の危機の証明なのである。
 イラク・中東侵略戦争では、イラク人民の英雄的な民族解放戦争が帝国主義軍隊を包囲し、戦争は長期化・泥沼化している。
 イギリスのブレアは首相の座を追われた。ブッシュと安倍の支持率は最低で政治的危機は底なしだ。帝国主義の屋台骨は明らかに揺らいでいる。政治家や官僚、資本家の腐敗はきわまり(松岡農相の自殺を見よ!)、年金その他の社会保障は破たん寸前。社会的緊張は高まるばかりである。
 マルクスとエンゲルスは『共産党宣言』で、ひとつの階級を抑圧することができるためには、その階級に少なくとも奴隷的な生存ぐらいは保っていけるだけの条件が保障されていなければならないと指摘した。
 安倍首相や財界総理と呼ばれる日本経団連の御手洗会長が目指すものは何か。労働者の9割を非正規雇用にし、年金も医療も奪おうとしている。改憲と侵略戦争の道を突き進み、労働者を戦争に動員して戦前の歴史を繰り返そうとしている。この連中のもとではもう労働者は生きていけない。われわれは奴隷じゃない!
 安倍よ、何が「戦後レジームからの脱却」だ。寝言は夢の中だけにしろ。革命こそが問題なのだ。もはやお前たちに支配する力はない。われわれ労働者には幻想はない。ささやかな施(ほどこ)しやエセ改革、愛国主義や排外主義にはごまかされない。革命こそが労働者の生きる道である。
 ロシア革命を指導したレーニンは、革命的情勢の到来について次の3点を指摘した。
 (1)支配階級がいままでどおりの形で支配を維持することが不可能なこと。革命は通常、下層だけでなく上層がこれまでどおりに生活していくことができないことが必要。
 (2)被抑圧階級の欠乏と困窮が普通以上に激化すること。
 (3)右の諸原因によって、大衆の活動性が著しく高まること。大衆は嵐の時代には自主的な歴史的行動に引き入れられる。
 そう、革命の時代が来たのだ。
(写真 イラク反戦4周年3・18全世界一斉デモ【07年 日比谷野音】)

 社会動かすのは労働者

 われわれ労働者階級は、いつまでも一片のパンのために奴隷のままではいない。資本家階級の所有する生産手段に労働を加えて、新たな富を生み出しているのはすべて労働者だ。労働者がいない限り、資本家にはなんの利益ももたらされない。
 工場で商品を製造し、鉄道やトラックを動かし、清掃や事務、学校や役所で働くのはすべて労働者である。労働者が働くことを拒絶すれば、この社会は停止するのだ。資本家連中は「自分たちこそがこの社会の主人だ」と偉そうな態度を取る。だが、資本主義が生み出したこの巨大な生産力は、別に資本家階級が存在しなくても回すことができる。
 資本主義社会は、人口の圧倒的多数を占める労働者が生産手段を使い、労働することによってこそ存在し、発展することができる。これこそが労働者の社会的=階級的力である。労働者階級は、資本家階級を打倒し、革命をやって、新たな社会を建設し、運営する能力を持った階級なのだ。
 マルクスが起草した国際労働者協会(世界最初の労働者の国際組織)の創立宣言は「成功の一つの要素を彼ら(労働者階級)は持っている。それは数である。だが、数は団結によって結合され、知識によって導き出される場合だけ、重きをなす」と宣言している。
 労働者は人数が多くても、団結しなければ「力」にはならない。労働者は団結して闘うことを学ばない限り、無力な奴隷のままである。集積された社会的力である資本家階級の力に対抗できるのは、唯一団結した労働者階級の力である。労働者が団結し、共同して資本家階級と闘う時、事態は変わるのだ。
 すべての労働者のみなさん。革命こそ労働者解放の唯一の道だ。労働者の状態はけっして絶望的ではない。どっちが社会の主人なのか思い知らせてやろうでないか。労働者の団結した闘いで、われわれ労働者の怒りと憤りを資本家階級にいやと言うほど思い知らせてやろうではないか。
 労働者は、資本に対する闘いの中で資本主義的搾取の方法を見抜き、労働者階級の隷属状態の根本原因をつかむことができる。闘いは労働者に、資本家階級全体と労働者階級全体のことを考えさせ、労働者間の差異は些細(ささい)なことを気付かせる。
 革命運動はすばらしい。労働者は闘うことで自らの社会的力を自覚する。労働者は救済の対象ではなく、自らの力で革命を遂行できる階級なのだ。6・9ワーカーズアクションでそのことをハッキリさせようではないか。

 組合こそは革命組織化の中心

 資本主義社会の生み出す巨大な生産力や国家暴力を握る資本家階級の社会的力に対抗できるのは、実際に生産を担う労働者階級の団結だけだ。
 マルクスは『労働組合――その過去、現在、未来』で労働組合について次のように書いている。労働組合は、資本の絶えざる侵害に対し賃金や労働時間といった日常の経済的利益のために闘う組織的手段として必要なだけではない。賃労働制度そのものと資本の支配を廃止するための組織された力としてよりいっそう重要である。
 マルクス主義の核心は、労働者自己解放だ。労働者は救済の対象ではない。労働者階級は、自らの力で資本主義社会を打倒し、新たな社会を建設し運営する力を持っている。この労働者階級の革命の能力と労働組合の意義をめぐって、マルクスやレーニンの革命家としての闘いは貫かれている。
 「無政府主義の父」と言われるプルードンは「財産、それは盗みである」と労働者の貧困を語り、社会変革を訴えた。だが、労働組合の賃上げ闘争は無意味だと主張し、労働者階級による資本家階級の打倒、すなわち革命による社会変革を否定した。そして、協同組合や人民銀行による財産平等の理想による社会変革を夢想した。
 これに対して、マルクスは『哲学の貧困』を執筆し、労働組合は「労働者たちと企業家たちとの闘争において労働者たちの城砦(じょうさい)として役立つ恒久的団結」だと激しく反論した。そして「共産党宣言」で共産主義者の党の役割を据え、労働組合と革命党の有機的関係を位置づけた。
 世界最初の労働者の国際組織である国際労働者協会(第1インターナショナル)は、マルクス派と様々な潮流(プルードン派、ラサール派)との党派闘争の舞台となった。バクーニンは、労働組合やストライキを容認したが、暴動闘争以外の労働者・労働組合の闘いを否定した。暴動の土台としてのみ労働組合を評価した。プルードンもバクーニンも賃労働と資本の対立を闘いの根本に据えなかった。マルクスは、労働組合を否定する考えを徹底的に論駁(ろんばく)し、「労働組合は、労働者階級の完全な解放(革命のことだ)という広大な目的のために、労働者階級の組織化の中心として意識的に行動することを学ばなければならない」と強調した。
 世界最初のプロレタリア革命を指導したレーニンも、労働組合こそ、労働者階級を賃金奴隷制の廃止という「来るべき戦い」に向けて訓練する学校であると訴え続けた。そして、共産主義者の任務を「労働者の階級的自覚を発達させ、彼らの組織化に助力し、闘争の任務と目標とを指示することによって、ロシアの労働者階級のこの闘争を援助する」とした。
 レーニンとボルシェビキは、何よりも労働組合を舞台に、日和見主義的指導者や社会排外主義的な指導者と闘うことに革命運動の情熱を傾注した。労働組合を経済闘争だけに限定しようとする経済主義・組合主義の傾向と徹底的に闘い、同時に労働者の闘いと切り離された政治的暗殺などを自己目的化する潮流とも断固として闘った。レーニンは、労働者階級にその歴史的使命を自覚させ、資本家階級を打倒して新たな社会を建設する労働者階級の力を形成することを総括軸に労働運動を指導した。労働者が団結し、一つの階級として結合し、支配階級を打倒して労働者権力を打ち立てる中軸に労働組合を位置付けて闘った。
 まさしく「労働運動の力で革命をやろう」を実践していたのだ。
 第1次世界大戦が始まると、日和見主義者たちは帝国主義戦争を支持する祖国防衛主義に転落した。レーニンは、労働運動の帝国主義的傾向と社会主義的傾向への分裂を明らかにし、祖国防衛主義との「全線にわたる、断固たる、容赦のない闘争」を呼びかけた。
 また反動的な労働組合の中で活動しないことは、多くの労働者を反動的な指導者、ブルジョアジーの手先、労働貴族の影響下に残すことを意味し、ブルジョアジーに対する最大の奉仕になる、と指摘している。資本家や警察と結びついた反動的「指導者」の迫害を恐れず大衆のいる場で活動し、どんな犠牲を払ってでも打ち勝たなければならないと強調した。反動的指導者を打倒して、労働者を革命に組織するために反動的組合にとどまるよう指示したのだ。

 組合を巡る流血の歴史

 労働組合こそ帝国主義を打倒する革命に向かって、労働者を一つの階級として形成する中心的組織だ。労働者は、労働組合のもとで闘う時、自らの解放をかちとる唯一の手段が資本家階級との闘争にあることを理解する。労働者の利害は同一であり、一つの階級であることを知る。
 日本の戦後60年余の階級闘争の歴史を、こうした視座で見ていくことが必要だ。本紙2293号坂本論文にあるように日本の労働者階級は敗戦直後、労働組合のもとに結集し、ゼネストや生産管理闘争に立ち、日本帝国主義打倒に迫る戦後革命を闘った。戦後の歴史とは、この労働組合をめぐる階級戦争の歴史だ。支配階級は、戦後革命の中心を担った労働組合を破壊することにすさまじいエネルギーを投じてきた。
 戦後革命期以後も、あらゆる産別で労働組合をめぐる血みどろの闘争が展開された。世界で初めて電源ストや停電ストを敢行した電産は、電力会社の9分割や86日間に及ぶストの敗北を経て、第2組合である現在の電力労連が主導権を握った。自動車では、百日間の無期限ストが闘われた53年の日産争議の敗北を経て労使協調派が主流になった。鉄鋼では、第2組合と流血の衝突を繰り返した54年の日鋼室蘭争議。炭労では60年の三井三池闘争……。
 民間・官公労を問わずどの産別でも、労働組合をめぐる血みどろの歴史がある。いま連合で、資本の同盟者になっている電機や自動車、鉄鋼などの産別も、簡単に労使協調主義になったのではない。敵階級は労働組合を破壊し、支配することで革命を「阻止」してきたのだ。
 この血みどろの歴史の中で〈国鉄・教労・全逓・自治労>の4大産別は、ブルジョアジーの総力をあげた労働組合破壊の攻撃を受けながら、基本的に敵階級の支配を許さず存在してきた産別だ。
 日教組は50年代、日教組の解体・弱体化を狙う勤務評定導入に対し、愛媛を始め全国でストライキを含む実力闘争で闘い、逮捕者が続出する闘いをやった。その後も学力テスト反対闘争などを闘い、近年の「日の丸・君が代」闘争にみられるように中央の裏切りにもかかわらず現場では戦闘性が保持されている。
 全逓では70年代、郵政省(当時)が第2組合=全郵政を育成、全逓の組織破壊を狙った(マル生攻撃)。両組合は暴力事件で逮捕者が出るほど激しくぶつかり、78年の反マル生闘争では4億3千万通の年賀状をストップさせる空前の物ダメ闘争を実現。全逓4・28処分粉砕闘争を始め、現場組合員は流血の闘いで全逓を守ってきた。どうして全郵政との組織統合など許せようか!
 国鉄労働者も70年代、国労と動労の組織破壊を狙ったマル生攻撃を完全に打ち破った。国鉄労働運動をめぐる攻防は結局、80年代の国鉄分割・民営化攻撃にまで至る。動労革マルはこれに屈服して分割・民営化に賛成、動労千葉と国労を攻撃し、自ら動労を解散して史上最悪の御用組合=JR総連になった。
 当時の首相・中曽根が「戦後政治の総決算」と位置付け、国家の総力をあげたこの労組破壊攻撃を、2波にわたる実力ストライキで打ち破ったのが動労千葉だ。動労千葉の存在と闘いは、戦後労働運動をめぐる血みどろの攻防における労働者階級の勝利性を示す金字塔なのだ。
 なぜ政府・自民党が、執拗(しつよう)に日教組や自治労、国鉄闘争の壊滅を公言するのか。ここに日本階級闘争の核心があるからだ。敵階級は労働者階級の革命の能力、労働組合の意義を本能的に知っている。逆に敵の弱点、恐怖がここにある。民間産別の労働者支配も永久には続かない。
 しかし日教組本部は、国鉄分割・民営化と同じ攻撃である教員免許更新制とまったく対決しない。全逓中央は、御用組合=全郵政に吸収されようとしている。200万公務員のクビ切りに直面する自治労本部は、名称変更で自己解体しようとしている。
 「労働運動の力で革命やろう」の実践とは、何よりも連合・全労連の中で、こうした労使協調主義の指導部と闘い打倒することだ。労働者階級の力を信用せず、敵階級に屈し、労働組合をブルジョアジーに売り渡す連中と徹底的に闘おう。請負・派遣を容認してきたのは電機連合や自動車総連だ。組合のない職場は、新たに組合をつくろう。革命を公然と掲げ、職場で資本と連合・全労連指導部に対する大反乱を巻き起こそう。
(写真 日産争議。強力な職場支配権を保持していた全自動車日産分会と会社側が1953年の賃金闘争を契機に激突。「日産100日間闘争」と呼ばれる大争議に発展した【1953年8月11日】)

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週刊『前進』(2297号4面2)(2007/06/04 )

 これこそ若者の労働実態 

 現代の奴隷労働 風間直樹著『雇用融解』

 「心の病で労災最多/4割が30代」「派遣で労災/5割急増/『日雇い』仕事不慣れ」――最近の新聞記事のタイトルだ。低賃金、貧困、長時間労働、労働災害……青年労働者に襲い掛かる現実だ。
(写真 上)
 最近出た『これが新しい「日本型雇用」なのか/雇用融解』(風間直樹著/東洋経済新報社)が青年労働者の労働実態をルポしている。
●夜勤専属の請負
 トヨタ自動車系の部品会社。夜勤専属の請負労働者として働く20代、30代の女性。基本給は日給6500円。日給制のため盆や正月など休日が多い月は、手取りで8万円台まで落ちる。
 業務の縮小で突然「明日から来なくていい」と仕事を奪われ、寮も追い出される。日々の生活が精一杯で貯金など到底できず、退職金もなく、路頭に迷いかねない。
 激減する正規雇用を代替しているのが請負労働者の存在である。
●シャープ亀山工場
 女優の吉永小百合のCMで知られるシャープ亀山工場(写真 下)。請負労働者が重傷を負う労災が発生した。だが請負会社は、別の場所で事故が起きたと虚偽の報告書を労基署に提出した。いわゆる労災飛ばし。「命綱は作業効率が悪くなるので使用するな」と指導していた。自分の国民健康保険で治療を余儀なくされる。
 別の請負労働者は3人で運ぶ規定を2人で運搬して転倒、腰痛に。時給1千円前後の連日の深夜労働だった。静養していると「もう仕事に来なくていい」と解雇通知書。理由は「休みすぎ」。
 亀山工場で働く正社員は約2200人、非正規雇用は1800人。24時間フル稼働の工場は昼勤と夜勤の2直体制。請負労働者は1日12時間拘束勤務が基本だ。昼勤を6日連続でこなし、1日休んで夜勤を6日。これで年収は正社員の半分以下の約300万円。雇用期間は1カ月から半年単位の有期契約。生産が減れば、その時点で契約終了となる。
●日本最大の請負会社
 「ムダな時間を過ごした」と遺書を残して命を絶った23歳の請負労働者。体重は就職時の65`から52`まで激減していた。その会社クリスタルは、過労自殺裁判や偽装請負の告発で「異形の帝国」と形容される日本最大の業務請負企業だ。売上げ5千億円、グループ従業員は7万人とも8万人とも言われる。キヤノン、ソニー、シャープ、三洋電機、富士通、松下電器産業、東芝……名だたる大企業が得意先だ。
 賃金は正社員の約3分の1。いつでも解雇ができる。社会保険もない。ニッポン製造業は青年労働者の犠牲の上に成り立っている。
●正社員化拒むキヤノン
 キヤノンはグループ製造部門で派遣労働者約1万3千人、請負労働者8400人を抱える。偽装請負が発覚しても、非正規の正社員化を阻止しようと汚い画策を続ける。
 日本経団連の会長でもあるキヤノンの御手洗会長は「請負法制、労働者派遣法を見直してもらいたい」と派遣先企業の直接雇用申し込み義務の撤廃を要求している。
 ここで働く請負労働者は、昼夜2交代で手取り月収は月13万円程度。3DKの借り上げマンションで見知らぬ同士3人で住み、寮費は3万8千円。テレビ、冷蔵庫から布団、エアコンに至るまでリース料が引かれる。
●日雇い派遣労働者
 拡大する日雇い派遣。きっかけは99年の労働者派遣法の大改悪。派遣が原則自由化された。04年に製造現場も解禁した。
 日雇いで集められ、ほとんど作業の説明もなく現場に投入される。ラインを止めると叱責(しっせき)が飛ぶ。できる喜びはゼロだ。アスベストの粉塵が舞う解体現場でマスクさえ支給されず作業。労災保険さえ適用してもらえない。労災急増の実像だ。
 厚労省の調査では、05年度の派遣労働者数は255万人。市場規模も4兆円を超える。契約期間は3カ月未満が7割。
●労働法が適用されず
 委託契約社員、業務委託契約、名称はさまざまだがすべて個人請負のことだ。身分は自営業者なので労働法が適用されない。労働時間規制も解雇規制も一切ない。労災も一部を除き労働保険給付はない。年金、健康保険は全額自己負担だ。
 個人請負は近年急増し、一説には全国で50万人とも70万人と言われる。バイク便、ヤクルトレディーが典型だ。
●労働時間規制の撤廃
 総務省の調査によれば、週60時間以上働く労働者は20代後半で23%、30代前半で26%、40代前半で25%。4人に1人は過労死認定の目安とされる月80時間以上の残業を強いられている。
 過労死による労災請求は05年度で869件、うつ病など精神障害による労災請求件数は656件で右肩上がりだ。
 企業には週40時間の法定労働時間を超える残業をした労働者に割増賃金を支払う義務がある。この規制を撤廃するのがホワイトカラー・エグゼンプションだ。労働時間規制がなくなれば、どんなに長時間のサービス残業を強いられても労基署に告発する法的根拠も消える。
●「本末転倒」の社会
 02年2月から続く景気拡大は、戦後最長のいざなぎ景気を超えたと言われる。だがこの10年、大企業は正規雇用を減らし、非正規雇用は1600万人を超え、労働者3人に1人を占める。1週間の労働時間が50時間を超える労働者の割合は、2位の米国を大きく引き離し世界一だ。
 筆者は「あとがき」で、非正規雇用の若者が低賃金で不安定な立場に固定されたり、過労死水準の働きを余儀なくされている正社員にさらなる負担を強いる政府の政策や企業の施策が、企業の経営や国際競争力のために正当化されるのは本末転倒だ、と指摘する。

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週刊『前進』(2297号5面1)(2007/06/04 )

 改憲阻止の大闘争へ

 労働者は安倍に怒っている

 改憲投票法の成立で、改憲阻止決戦はいよいよ重大な決戦に突入した。安倍は「憲法改正を私の在任中に政治的スケジュールに乗せたい」と公言し、「改憲を7月参院選の争点にする」と凶暴性をむきだしにしている。参院選後の臨時国会で衆参両院に「憲法審査会」を設置し改憲原案の大綱づくりに入り、早ければ3年後の2010年に改憲案の国会提出、11年夏に衆参各院3分の2の賛成をもって発議し、秋に国民投票に持ち込むことを狙っている。
 自民党幹部は「自治労、日教組に自由に改憲反対運動をやらせるわけにはいかない」と公言して労組や市民団体の改憲反対運動を弾圧し、一方で財界やマスコミ、右翼団体を総動員して「改憲」キャンペーンを大々的に繰り広げ、改憲に持ち込もうとしているのだ。
 だが、この日帝の延命をかけた凶暴な改憲攻撃も、労働者階級が総決起して闘えば絶対に粉砕することができる。そしてプロレタリア革命の道を切り開くことができる。
 なぜならば、日帝・安倍政権はものすごい危機を深め、一方、労働者階級のあいだには「もうこんな社会はごめんだ」という怒りと、闘いの気運が日増しに高まっているからだ。格差社会、ワーキングプア、年金や健康保険の取り上げ、労働者を人間として扱わない資本家どもの仕打ち、それと完全に一体で労働者階級に襲いかかる安倍政権に、全国の労働者・農民・人民の怒りは日増しに高まっている。
 こんな社会がこのまま続くなら自分たちに未来はないと、社会が根底からひっくり返ることを望む若者たちがどんどん増えている。彼らに「ひっくり返すのは自分自身だ」という闘いの道を示す労働運動が待望されている。資本家に屈服する連合中央などの体制内労働運動をうち破り、動労千葉のような闘う労働運動が大きく登場したら、安倍を打倒できる情勢が到来しているのだ。だからこそ日帝・安倍政権は労働運動の高揚に恐怖し、全力で労働運動つぶしに出てきている。労組をめぐる攻防と改憲・戦争阻止の闘いは、完全に重なり合う決戦となったのだ。

 根底には日帝の絶望的危機

 現憲法とりわけ9条は、戦後革命の嵐の中で、労働者の闘いが日帝支配階級に強制したものだ。戦争で荒廃し疲弊した支配階級は、労働者階級に妥協することなしに延命することができなかった。
 いま安倍が「戦後レジームからの脱却」を叫んで改憲攻撃に突き進むのは、戦後憲法下の今までの支配のあり方では、もうやっていけなくなっているからだ。それだけ日帝の危機が深いからだ。国と地方の借金1000兆円、夕張市を始めとする自治体財政の破綻など、日帝の国家体制の危機は絶望的に深刻だ。さらに世界の帝国主義が一挙に危機を深め、帝国主義間の生き残りをかけた争闘戦が激化している。この中で日帝は、帝国主義間争闘戦にかちぬき、プロレタリア革命をおさえつけるために、〈外へ向けての侵略戦争>と〈内に向けての階級戦争>をやりぬける強権的な国家体制をつくりあげることに全力をあげている。それが改憲攻撃だ。
 9条改憲はその中心的な攻撃である。自民党新憲法草案では、現憲法の「第2章/戦争の放棄」を「第2章/安全保障」に変え、9条2項「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」を破棄して、「自衛軍を保持する」と、真正面から軍隊の保持をうたっている。
 すでに現憲法下で自衛隊の海外派兵が強行され「防衛省」までつくられているとはいえ、改憲によって「軍隊と交戦権」が真っ向から押し出されることは、決定的攻撃である。それは、国内では軍隊の治安出動と、外に向かっては軍隊による勢力圏づくり―侵略戦争に踏み出すことを意味するからだ。それは各国帝国主義の資源と植民地・勢力圏をめぐる争奪戦を激化させ、やがては侵略戦争−世界戦争に行き着くものである。
 日本経団連は今年1月に政府に提出した意見書「優先政策事項」で、「わが国の繁栄と世界の平和に向け……戦略的な外交・安全保障政策を推進(せよ)」「2010年代初頭までに憲法を改正(せよ)」と言っている。安倍政権と日本経団連は、資本家階級の利益のために改憲を強行しようとしているのだ。
 労働運動の中で改憲を主張し、労働者を戦争の泥沼に引き入れようとする帝国主義の手先を打倒しなければならない。それは連合中央だ。

 改憲推進する連合中央倒せ

 彼らは何と言っているか。05年7月の「国の基本政策に関する連合の見解」で、違憲の自衛隊を「独立国家の固有の権利」として容認し、日米安保条約を全面賛美した。さらに「憲法9条の改正」を「安全保障」の選択肢として提唱したのである。これは連合中央が労働者階級の立場をかなぐり捨て、政府・資本家階級と同じ立場に立っていることの証拠だ。
 第1次世界大戦、第2次世界大戦で、腐りきった労働運動幹部どもが戦争賛成に回ったことで、労働者階級がいかに国際連帯を破壊され、苦難の歴史を強いられたことか。逆にロシアの労働者は、労働運動を激しく爆発させ、ストライキ、街頭デモで帝政を打倒し、武装蜂起でプロレタリア革命をなし遂げた。そして帝国主義戦争を終わらせたのだ。安倍政権の改憲と戦争の道を阻止するために、こうした闘いが今こそ求められている。日本の労働者階級にもその力は絶対にある。
 帝国主義に屈服を深める連合中央、全労連中央の体制内労働運動を打倒し、職場闘争で仲間の団結を打ち固め、それを基礎に改憲阻止を闘う労働運動を大きくつくり上げよう。6・9闘争を新たな出発点に、学習会、署名運動、街頭宣伝、デモなどを無数に展開し、全国に改憲反対・安倍打倒の声を広げよう。

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週刊『前進』(2297号6面2)(2007/06/04 )

 米とイランが公式協議

 米帝のイラク「新戦略」破産

 5月28日、イラクの首都バグダッドで米帝とイランの直接協議が行われた。米帝ブッシュが「悪の枢軸」と名指しして戦争による体制転覆を狙っていたイランと79年イラン革命以来初めて公式協議を持ったことは、米帝のイラク「新戦略」破産の現れである。これは米帝のイラク占領=侵略戦争が抜き差しならない泥沼に突入している中での、新たな絶望的なあがきである。
 闘うイラク人民、ムスリム人民と連帯し、米英日を先頭とする帝国主義を打倒して世界革命に向け闘うことこそ、労働者階級の歴史的任務だ。
 米帝とイランの協議は、バグダッドの「グリーンゾーン」内のイラク首相府で開かれた。米側がクロッカー、イラン側がカゼミコミの各駐イラク大使が出席した。会談は、両国が積極的に評価しているが、それぞれの思惑はまったく違っており、このまま進展するとは限らない。

 2ヵ月連続で死者100人以上

 重要なことは、米帝ブッシュ政権のイラク「新戦略」=増派作戦が完全に失敗したということである。イラクでの米兵の5月の死者は29日までで116人に上っており、4月に続いて連続して百人を超えるという開戦以来の事態となっている。米軍がバグダッドを制圧するどころか、逆にいっそう米軍の崩壊的危機を深めているにすぎない。
 米帝のイラク新戦略は、3万人規模の米軍を増派し、これを基本的に首都バグダッドに集中し、バグダッドの武装解放勢力を軍事的に制圧し、同時にサドル派のマフディ軍を制圧することを基本としていた。米帝のイラク侵略戦争・軍事占領を根本原因として引き起こされた内戦状況に対して、第2の3・20開戦に突入するような米軍増派でイラク(バグダッド)を軍事制圧しようとしたのである。しかし、バグダッドの制圧を達成するどころか、武装闘争はさらに激しく燃え上がり、米軍の犠牲が大きく増大する結果になった。
 「新戦略」の破産が次第に明らかになる中で米軍はバグダッドのスンニ派地区をコンクリート壁で囲むという作戦にでた。この壁建設に対してイラク人民の激しい怒りが爆発し、マリキ首相すら建設中止を要求した。だが、米軍はアザミヤ地区に続いてアミリヤ地区にも壁建設を開始した。この壁建設は侵略者米帝の不正義性を示しており、イラク人民を軍事監獄に追い込もうというとんでもない暴虐である。
 「新戦略」の破産は、何よりも首都バグダッドを重検問体制で制圧する作戦が、米軍がイラク人民の前に大量に露出するということであり、結局は米軍が路肩爆弾、自動車爆弾などの攻撃の対象となり、犠牲を増やすだけだったことである。さらに言えば、米軍の力は、人民の海に支えられて戦う武装解放戦争という現実の前には完全に無力であり、穴だらけであり、武装勢力の攻撃を何ら抑えることができないということである。
 一方で、米軍自身もこの増派を長期にわたって維持できる状況ではなくなっている。米軍はイラクに派兵されている米軍の派兵期間をこれまでの12カ月から15カ月に延長することを一方的に決定した。3万人の増派それ自身がこのような手段をとらなければ成り立たないところまで米軍の崩壊状況が深まっている。ゲイツ国防長官自身、米軍が「緊張状態」にあることを公然と認め、この政策を発表せざるを得なかった。米軍自身の発表によっても死者、負傷者の合計が5万人を超える事態は、数個師団の壊滅にほかならない。しかもイラク戦争の不正義と占領の泥沼が鮮明になっている中で、新兵の募集も完全に落ち込んでいる。

 占領支配維持狙い凶暴化

 米帝がイランとの交渉を開始したということは、ブッシュ政権がイラク研究グループの勧告を拒否して開始した増派作戦が失敗に帰し、イラク占領維持のための新たな方策を追求し始めたことを示している。その一つがイランを引き込んで米帝のヘゲモニーのもとに協力させようということである。ところが、イランはすでにフセイン政権下でイランに亡命していたシーア派指導者との深い関係を築いており、実質的なところで米帝の利害が貫けるとは限らない。しかし、米軍の軍事力だけで占領支配が貫けないのでシーア派勢力を取り込むためにもイランの取り込みを追求しているのである。
 米帝は一方でイラン取り込みだけでは安心できず、国連を引き込んで、スンニ派の国の関与が必要だと主張して、米帝がすでに取り込んでいるアラブ諸国の軍隊を派兵させようと策動している。だが、米軍さえ制圧できない中で派兵することはきわめて困難であろう。
 こうした中で米帝は、イスラエルを使ってパレスチナ自治政府の政権を握ったイスラム政治勢力ハマスをたたきつぶそうと空爆作戦を強めている。レバノンでのシニオラ政権を使ったファタハイスラム掃討作戦も、その経緯はどうであれ、アラブ人民、ムスリム人民の反帝国主義の民族解放闘争を圧殺しようとする攻撃の一環である。
 米帝は、イラク侵略戦争の破産が国内危機の爆発と帝国主義間争闘戦での敗北的事態に転化することに恐怖し、必死のあがきを始めているのだ。
 米英日帝のイラク侵略戦争と対決するイラク人民の民族解放・革命戦争の決定的重要性を、日本プロレタリアートの革命戦略にしっかりと据えて闘い抜こう。
 民族解放・革命戦争は基本的にプロレタリア世界革命の一環としてプロレタリア独裁を目指して闘う本質を持っている。イラク人民のこの間のすさまじい戦闘を、いっさいわがこととして引き受け、侵略帝国主義国プロレタリアートとして、世界革命に向けて闘うものとして、全力をあげて階級的に連帯していこう。
(写真 分離壁の建設に抗議してデモを行うアザミヤ地区の住民たち【4月23日 バグダッド】)

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週刊『前進』(2297号7面1)(2007/06/04 )

 裁判員制度うち砕く大運動を

 戦時司法への大転換許すな

 改憲阻止と一体で闘おう

 保科俊介

 安倍政権は2009年5月の実施をめざし、裁判員制度を導入しようとしている。04年国会での裁判員法成立を受け「国民の司法への参加」「裁判への理解と信頼を深める」などとキャンペーンしている。その反人民的な狙いを暴き、改憲阻止決戦の重大な一環としてただちに反撃の大運動をまきおこそう。

 裁判員制度のねらいは何か 民衆を国家に強制動員する「現代の赤紙」そのものだ!

 まず裁判員制度の仕組みについて見ていこう。 対象となるのは「死刑や無期懲役に当たる罪」などの刑事事件。裁判官3人に加えて裁判員6人(公訴事実を争わない場合は裁判官1人と裁判員4人)の合議体で裁判を行う。無作為で選ばれた裁判員予定者名簿の中から地方裁判所が候補者名簿を作成し、事件ごとに裁判員を選んで呼び出す。呼び出された人は「やりたくない」という理由では拒否することはできず、裁判長から質問を受け選任決定が行われる。裁判員は有罪、無罪の意見だけでなく、量刑についても意見を述べなければならない。評決は多数決。被告人は裁判員の裁判を受けることを拒否できない。
 2001年6月に出された司法制度審議会(司法審)の最終意見書では、裁判員制度は次のように位置づけられる。
 「刑事手続きに一般の国民の健全な社会常識を直截(ちょくせつ)に反映させうる具体的な仕組みを導入する」
 この「国民の健全な社会常識」とは何か。それは支配階級の「常識」であり、資本家が労働者を搾取して利潤を追求し、他の帝国主義に打ち勝って帝国主義国家として生き残る姿こそ「健全」と言いたいのだ。逆に資本主義社会を転覆する思想、すなわち階級的労働運動や共産主義思想は「不健全」「反社会的」として排斥される。またナチス刑法の核心概念が「健全な民族感情」であったことを想起しても、北朝鮮への排外主義などが「健全な社会常識」とされていくのは明白だ。
 司法審の中間報告では「(国民には)国家への過度の依存体質から脱却し、公共的事柄に対する能動的姿勢を強めていくことが求められる」と説教を垂れている。要するに「お上に面倒を見てもらうばかりでなく、お国の立場に立って義務を果たせ」ということだ。すべての労働者を対象に一切の諸権利・社会保障などを切り捨て、国家総動員体制で危機をのりきろうというのだ。
 これこそ裁判員制度による「司法への国民参加」の本質である。まさに改憲攻撃と一体の、戦時における統治形態の抜本的転換そのものだ。
 ではこの裁判員制度の導入によって裁判の現場はどうなるのか。
(写真 「憲法と人権の日弁連をめざす会」は改憲阻止の国会行動を闘っている【4月11日】)

 被告人の権利は破壊される

 @何より被告人の権利は徹底的に解体される。
 司法審の意見書では「新たな参加制度は、個々の被告人のためというよりは、国民一般にとって、あるいは裁判制度としての重要な意義を有するが故に導入するもの」と言い切っている。“被告人の防御権などは、「国民一般」の利益や裁判の権威という「公」の立場から切り捨てよ”ということだ。(具体的問題点は表を参照)
 アメリカなどの陪審制度は曲がりなりにも「疑わしきは被告人の利益に」という粉飾をこらしているが、裁判員制度はこれとはまったく異なる。被告人の人権など壊滅させられる。
 A「公判前整理手続」で裁判が儀式化され、防御権・弁護権が圧殺され重罰が強制される。
 「裁判員に負担をかけさせたくない」という理由で連日公判が強行され、「7割程度の事件は3日以内に終わるだろう」(最高裁のPR)と言われている。
 この「迅速」裁判のために、裁判官と検察官・弁護人が密室で公判の打ち合わせをする「公判前整理手続」が導入された。ここで証拠や証人尋問の順番まで決めてしまう。争点はここで整理され、黙秘は「争点整理への協力義務違反」として事実上認められなくなる。
 B裁判員候補者に対する裁判長の質問によって、思想・信条など人格のすべてが国家管理のもとにおかれる。
 裁判員制度での質問事項は公表されていないが、アメリカの陪審員制度では、家族構成や学歴は言うに及ばず、信仰・支持政党・死刑問題への意見・習慣、身近な者に刑事事件で逮捕されたものがいないかなどが質問事項とされている。(『裁判員制度はいらない』高山俊吉著より)
 裁判員制度とは「国民の司法参加」の名目で、国家が人民を強制動員する、まさしく「現代の赤紙」である。 

 「司法改革」攻撃の本質とは 帝国主義の危機突破のため統治形態の全面転換を策す

 裁判員制度の導入は、小泉から安倍へと引き継がれてきた「司法制度改革」の柱をなしている。それを貫くものは「国民の一人ひとりが、統治客体意識から脱却し、自律的でかつ社会的責任を負った統治主体として……この国に豊かな創造性とエネルギーを取り戻そうとする志」(司法審最終意見書)というイデオロギーである。
 この「統治客体から統治主体への転換」とは何か。これこそ、戦争と革命の時代における全人民の国家動員、すなわち大政翼賛の基本思想であり、改憲攻撃そのものである。
 この意見書では「(法曹の役割とは)個人や企業等の諸活動……が法的ルールに従って行われるよう助力し、紛争の発生を未然に防止するとともに、更に紛争が発生した場合には、これについて法的ルールの下で適正・迅速かつ実効的な解決・救済を図ること」と明言している。また、「国際社会に対する貢献として、アジア等の発展途上国に対する法整備支援を引き続き推進していく」とも言っている。
 帝国主義は最末期の危機に突入し、もはや労働者を食わせることも生きさせることもできないところにきている。生き残りをかけた帝国主義同士の死闘戦が激化し、軍事をはらんだ激突に発展している。こうした中で、日本帝国主義が国際競争に勝ち抜き、帝国主義国家として生き残るために、資本家が労働者を賃金奴隷としてこき使う体制を防衛し抜き、一切の「紛争」(労働者階級の反乱のことだ)を圧殺することが「法曹の役割」だ、という宣言だ。
 そしてアジアへの新たな侵略と侵略戦争に司法が積極的な役割を演じるべきだ、とまで言っている。この「植民地司法」は日本経団連が唱える「東アジア経済圏構想」とまったく一体だ。「司法の中立性」などかなぐり捨て、司法権力が資本家階級の完全な代弁者として「内への階級戦争、外への侵略戦争」を推進するというのだ。
 さらに次のようにも言及している。
 「その成功なくして21世紀社会の展望を開くことが困難である」
 そこには敗戦帝国主義としての脆弱(ぜいじゃく)性の突破を「司法改革」にかけ、戦争国家づくりの環にする、という意志がある。そしてプロレタリア革命に対する資本家どもの恐怖感が反映されている。
 この攻撃との闘いはまさに労働者階級の課題であり、労働組合の課題であることがはっきりする。共謀罪新設との闘い、そして裁判員制度との闘いで戦時司法の構築をうち砕こう。

 裁判員制度とどう闘うか 推進派の「国家翼賛」粉砕し労働運動の力で反撃しよう

  戦前、日本でも陪審法によって1928年から43年まで陪審裁判が行われていた。28年と言えば、17年ロシア革命と昭和金融恐慌が直撃し危機にのたうちまわる日本帝国主義が、一方では日本共産党への大弾圧で階級闘争の絶滅に打って出て、他方では山東出兵による本格的なアジア侵略にのり出した年だ。この年に治安維持法が改悪され死刑・無期が追加されたが、これと一体で陪審法が施行された。その精神について、陪審員候補者の全国団体が刊行した『陪審手続』で次のように述べている。
 「国民をして国政の一部に参与せしめられましたのは、全く天皇の大御心の発露に外ならないのであります。素人である一般国民にも、裁判手続の一部に参与せしめたならば、一層裁判に対する国民の信頼も高まり、同時に法律知識の涵養(かんよう)や、裁判に対する理解を増し、裁判制度の運用を一層円滑ならしめやうとする精神から採用されることになった」
 まさに今日の司法審答申とうり二つの主張である。天皇制国家のもとへの「国民」統合の重大な一環として、陪審制度が発動されたのだ。
 ところが裁判員制度を推進する勢力はこの事実を百八十度ねじ曲げ、裁判員制度があたかも「民主主義の理想に近づく」かのように主張する。この攻撃の前にあらゆる既成政党が屈服し、裁判員法は全会一致で国会を通過したのだ。
 とりわけ許せないのが日本共産党であり、裁判員制度の積極的な推進者になり果てている。
 「司法だけがいつまでも『お上のなさること』であっていいはずがありません。……司法に裁判員制度を根付かせるため、政府は、裁判員に指名された人が心おきなく参加できるよう制度の充実に力を尽くすべき」(赤旗06年5月7日)
 この主張は「国民が司法においても『お上』(支配階級)の立場で関われるよう制度を充実させよ」ということだ。だが、日共のこの権力翼賛の立場をのりこえて、多くの労働者や法曹関係者が”裁判員制度反対”を掲げて立ち上がっている。
 連合中央も労働者階級の立場をかなぐり捨て、裁判員制度を全面賛美している。今、問われていることは労働者階級の立場に立って「司法改革」に立ち向かうのか、それとも国家総動員体制を補完する立場に転落するのか、ということだ。
 司法権力が「三権分立」の建前さえかなぐり捨て、支配階級の完全な代弁者として登場していることに対して、労働者階級人民の回答は鮮明だ。吹き荒れる資本攻勢や治安弾圧に真っ向から立ち向かい、資本や国家権力と徹底的に闘って階級的労働運動を実践し、真の団結をつくり出して資本主義社会そのものを根底的に転覆しよう。
 今国会に、被害者の刑事裁判参加制度を盛り込んだ刑事訴訟法の改悪案が提出されている。これは私的復讐を厳禁した近代国家の基本理念を破壊し、「健全な社会常識」を動員して被告人への攻撃を集中するものだ。絶対に阻止しよう。
 裁判員制度との闘いを労働者・労働組合が自らの課題とし、改憲阻止闘争の一環として闘おう。「裁判員制度はいらない!大運動」が6・29集会(午後6時開会/東京・四谷区民ホール)を呼びかけている。ともに闘おう。

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 裁判員制度の問題点 ―戦時下の国家動員だ―

◆国家奉仕活動の義務化

・裁判員とされれば拒否できず
・裁判員の人格すべてが国家管理
・知り得た情報を漏らせば重罰

◆被告人の防御権を破壊

・評決は全員一致ではなく多数決
→「少数者の疑問」は評決から排除
・評決に裁判官が入っていないと無効
→裁判員の意見は軽視される
・裁判員の素性は非公開
→人を裁く重さがないがしろに

◆即決裁判で重罰化

・連日公判で弁護活動は大幅に制限
・裁判員が量刑判断にも加わる

◆刑事裁判の儀式化

・密室審理ですべてが決められる
・黙秘権の実質的な否定

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