ZENSHIN 2006/05/08(No2245 p10)

ホームページへ週刊『前進』月刊『コミューン』季刊『共産主義者』週刊『三里塚』出版物案内販売書店案内連絡先English

週刊『前進』(2245号7面1)(2006/05/08)

 戦争協力に突き進む連合路線と対決し 改憲阻止へ大運動を

 9条破棄と基本的人権解体のクーデター狙う日帝との決戦

  坂本千秋

 小泉政権による戦争と民営化(労組破壊)の攻撃は、憲法9条の撤廃を柱とする全面的な改憲攻撃として展開されている。イラク侵略戦争参戦と米軍再編・基地強化の攻撃、公務員労働者の大量首切りや社会保障制度の全面解体、労働者人民の生活の極限的破壊、治安弾圧激化などの攻撃は、そのすべてが現憲法の実質的な破壊・解体の攻撃として襲いかかっている。そして今や、教育基本法の改悪を突破口に、直接の改憲攻撃がついに開始された。それは日本帝国主義が60年前に行った戦争を再び一層残虐に繰り返すものとなる。絶対に許してはならない。逆に一切の侵略と戦争と搾取と抑圧の根源である帝国主義を、労働者階級の団結の力で今度こそ打ち倒すべき時代が来ているのだ。改憲粉砕=戦争国家化阻止・日本帝国主義打倒へ! 教労・自治体・全逓・国鉄の4大産別を先頭に闘おう。9条改憲阻止の大統一戦線を形成しよう。この巨大な闘いの扉を押し開くために、すべての労働者階級人民、とりわけ青年労働者と学生の総決起を訴える。

 第1章 改憲阻止決戦は現実的に戦争か革命かを問う闘い

 憲法は、国の基本法である。それは単に、法律の最高位にあるものという意味にとどまるものではない。国家権力と人民との基本的関係を定め、国と社会のあり方の根幹を決めているものだ。この憲法を根本から変えることは、体制の大変革を意味する。いわば一個の「革命」ないしクーデターである。
 今日の改憲攻撃はまさに、日本の支配階級(政財界)の側からの、そうした根底的な体制転覆の要求としてかけられている。その先頭に立っているのは日本経団連に代表される日本の金融資本・巨大独占資本だ。戦後憲法の平和主義・民主主義的制約とそのもとでの階級的諸関係を全面的に破壊し解体して、彼ら帝国主義ブルジョアジーが労働者階級を無制限に搾取することができ、新たな侵略戦争・世界戦争に動員できる国と社会の体制をつくり出そうとするものである。
 現憲法の制定以降、この半世紀間に、憲法改悪への動きは何度か浮上した。戦争放棄を規定した憲法9条と自衛隊や日米安保条約との矛盾をめぐり、「憲法の方を現実に合わせるべきだ」といった主張が歴代の自民党政権下で繰り返し展開されてきた。だが現在の攻撃は、その単純なむしかえしではない。昨年秋に出された自民党新憲法草案が示すものは、もはや憲法の一部を変えるといった話ではない。現在の憲法を完全に破棄して、それとはまったく異なる「新憲法」をつくろうとする攻撃だ。
 その背景には、資本主義・帝国主義の体制があらゆる面で破綻(はたん)し、その根本的な矛盾と危機を全世界的な規模で爆発させているという問題がある。とりわけ日本帝国主義の危機の絶望的なまでの深さがある。これが小泉政権と財界を改憲へと突き動かしている原動力だ。彼らは自ら生み出した危機と矛盾の一切を、労働者階級と被抑圧民族人民に極限的な犠牲を押しつけてのりきり、さらに新たな世界戦争の道に突き進むことで必死に生き延びようとしているのだ。
 改憲攻撃の持つこの大きさ、激しさとその階級的な性格を、まず徹底的にはっきりさせたい。

 (1)世界大恐慌の全面爆発と国家破産の危機に恐怖する日帝

 第一に、日帝の危機はすでに国家破産を突きつけられる状況に達している。
 今日、国と地方の公的債務残高は05年度で1059兆円に達し、GDP(国内総生産)の約2倍というとんでもない額に膨れ上がっている。政府予算の歳入の40%近くが新たな国債の発行によってまかなわれ、しかもその新規国債の3分の2は過去の国債費の償還に充てられている。借金を返すためにさらに借金を重ねるサラ金地獄のような状態に、国全体が陥ってしまっている。
 この途方もない財政破綻の責任はどこにあるのか。その最大の原因は、日帝が恐慌対策として空前の規模で繰り広げてきた帝国主義ブルジョアジー救済の政策にある。銀行や大企業の救済に、国家財政を十数年にわたって湯水のように注ぎ込んできた当然の結果だ。08年には、1997年の金融恐慌時に大手銀行に大量の資金をつぎ込むために発行した国債が償還期を迎え、その返済だけで134兆円もの国債を新たに発行しなければならないと言われている。
 日帝の金融資本・大資本はこの間、バブル崩壊後の長期不況にあえぐ中で、国家の総力を挙げたこうした財政投入と、やはり空前のゼロ金利政策の展開に支えられて生き延びてきた。さらに、労働市場の一大変動をもたらす規制緩和・民営化政策のもとで労働者への徹底したリストラを行い、極度の低賃金化と非正規雇用化を暴力的に推進してきた。
 その結果、今や労働者の4人に1人が年収150万円以下の生活を強いられ、貯蓄ゼロの世帯が全世帯の4分の1だ。超長時間労働が常態化し、過労死や自殺者が続出し、病気になっても医者にもかかれない人が増えている。政財界の上層や高級官僚が民営化で発生する新たな利権などに群がって蓄財を進める一方で、労働者階級全体の貧困化が急激な勢いで進み、「格差社会」と呼ばれる現実がますます拡大してきている。
 しかしながら、それによっても日本経済が長期低迷から脱することは結局できていない。昨今の「景気回復」も、こうした極度のリストラと搾取強化による企業利潤の拡大と、アメリカや中国経済のバブル的膨張にのっかった資本輸出などの拡大によるもので、本質的にはきわめてもろいものでしかない。
 そもそも世界経済全体が、その中心であるアメリカ帝国主義を筆頭に、新たな世界大恐慌の断崖(だんがい)絶壁の上に立ち、その全面爆発をかろうじて押しとどめているにすぎない。米国の経常収支は8千億jを超える大赤字、財政赤字も4千億j、対外純債務は04年末でなんと3兆jを超えると言われる。本来ならとっくに破産が宣告される状態だ。それでもドルが大暴落せずにいるのは、借金を重ねながら消費を拡大しているこの米経済に他の全世界が依拠し、その維持のために各国が米国に資金を供給し続けるという仕組みが続いてきたからだ。
 だがこんな綱渡り的なあり方がいつまでも続くはずがない。現にこの間の原油価格の高騰が、インフレと新たな金融危機の爆発を引き起こす懸念が高まっている。第2次大戦後の半世紀を超えて積み重ねられてきた帝国主義の諸矛盾がもはや解決不能の限界に達して、いつどこからでも世界経済全体の崩壊を引き起こしかねない情勢にある。それは何よりも日帝を直撃する。これへの恐怖が日帝支配階級を追いつめている。
 今や、彼らにとって選択肢はただ一つしかない。それは、資本家階級が自ら生み出してきた今日の国家的な危機と破産の一切を、ひたすら労働者階級に犠牲を押しつけてのりきることだ。公務員労働者の大量首切りを始めとして、全労働者に一層極限的なリストラと文字どおりの飢餓賃金を強制し、社会保障制度を全面解体して最低限の生存権さえ奪い、さらに大増税を押しつけることだ。最後は労働者の人格そのものも否定し、帝国主義の完全な「奴隷」として再び天皇の名のもとに侵略戦争に総動員することだ。これが今、小泉構造改革として現に吹き荒れてきている攻撃の正体だ。
 しかしそれは、これまでの国家体制の反革命的でファシスト的な転覆を伴うことなしには、全面的に貫くことはやはり不可能である。現在の憲法が掲げるブルジョア民主主義の理念や形式それ自体をも否定し解体して、日帝の大独占ブルジョアジーが完全に独裁的で絶対的な権力を手中にする、極反動的な国家支配体制をつくり出すことを必要とするのだ。だからこそ改憲なのである。

 (2)イラク侵略戦争は帝国主義による新たな世界再分割戦の開始

 第二に重要なことは、米ブッシュ政権によるイラク侵略戦争突入が、帝国主義の危機が新たな世界戦争に転化していくその引き金をすでに引いていることである。このプロセスに自らも強大な帝国主義的軍事力を縦横に駆使して参戦していくことができなければ、今始まった世界の強国による資源・市場と領土・勢力圏のむきだしの略奪戦、再分割戦からはじきとばされる。この危機感が、日帝ブルジョアジーを改憲=憲法9条撤廃に駆り立てている最大の要因だ。
 米帝ブッシュはなぜイラク侵略戦争を開始したのか。直接の目的は、イラクの石油の略奪と、それをテコとしたアメリカ帝国主義による中東石油の独占的な支配体制の再確立にある。だが最大の本質は、米帝の歴史的な没落の急速な深まりと帝国主義間争闘戦での敗勢を前にして、米帝が戦争に訴え世界の再分割戦に公然とのりだしたということだ。
 本年1月31日のブッシュの一般教書演説と2月に発表されたQDR(4年ごとの戦力見直し)などで打ち出されていることは、米帝がイラクで始めた戦争をどんなに行き詰まろうとも長期にわたって続けるという宣言である。イラク戦争の泥沼化の中で次にはイランに攻撃を拡大し、必要なら核先制攻撃も辞さないとしている。さらに、「対テロ長期戦争」「圧政の終焉(しゅうえん)」を掲げ、北朝鮮やシリアなど5カ国を名指しして、政権の転覆を露骨に狙った侵略戦争を次々としかけることを策動し、対中国の戦争、世界戦争の準備にも公然と踏み込むにいたっている。
 自動車やハイテク製品など米国が世界に誇ってきたはずの産業が世界市場で軒並み敗退し赤字に転落する中で、米帝にとってもはや軍事力だけが世界を支配するために残された唯一の力だ。米帝はこの力を武器に侵略戦争に次々とのりだし、武力で世界を制圧することで、失われ始めたドルの威信を必死に回復しようとしているのだ。
 米帝がイラクで開始した戦争は、そうした意味でまさに帝国主義による新たな植民地・勢力圏獲得のための古典的な侵略戦争だ。それは強国が小国を武力で抑えつけ、滅ぼし、その資源や土地をほしいままに略奪する正真正銘の強盗戦争だ。被抑圧民族人民を大量に虐殺し、かいらい政権のもとで徹底的に抑圧し収奪して、アメリカの石油資本や軍需産業や、その他の大資本がそこから法外な利益を得ていくための戦争だ。
 「対テロ」「大量破壊兵器」などはその口実にすぎない。必要ならブッシュが今回やったように、いくらでもデッチあげるものである。
 帝国主義世界体制の盟主、基軸国である米帝が、自ら率先してこの軍事力による世界の再分割戦に突入したことが、世界を一変させている。それは、EU(欧州連合)や米・日のそれぞれによる世界経済のブロック化への動きに一層拍車をかけている。さらに、日米英独仏などの帝国主義にロシアや中国をも加えた世界の強国・大国を、それぞれの利害をかけた力ずくの勢力圏争奪戦に一斉に駆り立てるものとなっている。
 これは、第1次大戦、第2次大戦を不可避とした歴史の流れを再び繰り返すものだ。すでに米帝は、イラク侵略戦争が泥沼化する中で逆に自らの危機を一層深め、それを突破するためにも戦争の新たな拡大を狙っている。次にはイランを標的にし、さらに対北朝鮮など東アジアでの侵略戦争をも開始する準備を強めている。それは結局は中東全域、中国大陸を含むアジア全域、そして全世界へと拡大していく以外ない。最後は帝国主義同士が世界支配をめぐって真っ向から激突する第3次世界大戦を不可避とする。
 この情勢は、日本帝国主義を、国際帝国主義の中で最弱の存在に一挙にたたき落とすものである。憲法9条の戦争放棄条項を一日も早く撤廃して、この侵略戦争・世界戦争過程に介入し参戦していくことができなかったら、日本の資本家階級は従来の権益を保持し続けることもできないのだ。昨年1月18日発表された日本経団連の改憲提言は、まさにそうした焦りと危機感に満ち満ちている。
 そもそも、今日に至る日本の「経済大国」としての発展は、実際には朝鮮戦争やベトナム戦争、パレスチナや中東での戦争を始めとする、米帝を先頭とした国際帝国主義の被抑圧民族への絶えざる侵略戦争と政治的軍事的支配を前提にして成り立ってきたものだ。日帝の戦後の「繁栄」なるものは、実はアジアや中東の人民の生き血を吸って得られたものなのだ。日帝はその一部を国内の帝国主義的労働運動指導部への買収費として使うことで、労働者階級の反乱をも体制内に押し込めてきたのである。
 だがこうしたあり方はもはや通用しない。日帝の改憲攻撃とはこの全体をかなぐり捨てることであり、日帝自身が再び最も凶暴な帝国主義として、アジアと世界の人民の前に登場することを意味する。それ自身が世界の人民と日本の労働者階級に対する反革命的挑戦だ。絶対に許すことはできない。

 (3)労働者階級の団結と決起こそ戦争を阻み歴史を変える力だ

 第三に、ぜひとも確認したいことは、このことは日本の労働者階級に何をつきつけているのかということだ。
 日帝の改憲と戦争への必死のあがきは結局は、第2次大戦での敗戦をはるかに上回る破局に行き着くしかないものだ。しかもそれは、今日の現実からすれば、間違いなく核戦争による破局となる。人類史上に例のない、恐るべき殺りくと破壊の地獄に行き着くことになる。
 労働者階級と世界の人民は、生きるためにはもはやこの帝国主義の体制を実力で打ち倒す以外にないのだ。帝国主義の完全な打倒、プロレタリア世界革命が、この21世紀初頭における労働者階級の現実の、火急の課題となったのだ。
 かつて、第1次大戦時にロシアの労働者階級は帝国主義戦争を内乱に転化し、1917年のロシア革命の勝利を実現した。第2次大戦では、ロシア革命を変質させたスターリン主義の大裏切りによって帝国主義国の戦後革命は流産させられたが、アジアと世界の被抑圧民族人民は中国革命を頂点に、植民地支配のくびきをはねのける民族解放闘争に続々と決起していった。そして今日、戦後60年にして、世界はついに新たな革命的激動期に入った。今こそ「万国のプロレタリア、団結せよ!」の旗のもと、全世界の労働者階級の国際的な団結をつくり出し、闘う被抑圧民族人民との連帯のもとに、世界革命の勝利に向けて断固とした闘いを開始する時だ。
 すでにその火ぶたはいたるところで切られている。何よりもイラク人民の不屈の武装解放闘争の継続と発展は、米帝・米軍を底なしの泥沼に追いつめている。開戦から3年を経ても、首都バグダッドの制圧すらできず、かいらい政権の樹立もままならない。逆に米国の若者が大量に戦場に駆り出される中でブッシュへの怒りと不信が爆発し、米帝自身の巨大な体制的危機を生み出している。
 さらに、パレスチナを始め各地で帝国主義の世界支配に対する反乱が続々と始まっている。韓国では民主労総が、非正規職撤廃を掲げてノムヒョン政権との非和解の激突を繰り広げている。
 そしてついに、帝国主義の本拠地、その心臓部から労働者階級の新たな世界史的な決起が始まった。アメリカでの移民労働者を先頭とした350万人の大デモ。資本に無制限の解雇の自由を与える法案を全国ゼネストの力で撤回させたフランスの学生と青年労働者の大決起。イギリスでの1926年以来といわれるゼネストの爆発。ドイツでの公務員労働者の無期限スト。
 革共同が本年1・1アピールで「世界の労働者が帝国主義に対して真っ向から立ち上がらざるをえない情勢にある」と指摘したことが急速に現実となっているのだ。日本の労働者階級は今こそ4大産別決戦を突破口に、改憲阻止・日帝打倒の闘いに総決起しよう。労働者階級の団結した力こそが歴史を変えるのだ。何よりもこの5〜6月を、教労・自治労を先頭にその大決戦の扉を押し開くために闘おう。

 第2章 「自衛軍」保持と海外派兵を求める自民新憲法草案

 (1)9条2項の廃止は戦争放棄の精神とその保障を破壊する

 昨年秋に自民党が結成50周年の大会で採択した新憲法草案には、日帝の改憲攻撃の最も核心的な狙いが貫かれている。それは大きく分けて二つある。ひとつは言うまでもなく憲法9条の撤廃だ。いまひとつは、基本的人権の全面解体と天皇制攻撃の前面化を柱とする憲法原理の反動的大転換である。
 この二つは次の一点で完全に表裏一体だ。すなわち、日本を再び戦争のできる国にすること。それも世界大戦級の大戦争を、1945年以前をも上回るようなすさまじい国家総力戦として闘いぬける国に根本から変えてしまうことである。
 まず憲法9条の問題からみていこう。
 現在の憲法は第2章に「戦争の放棄」の章を設けている。この章は第9条ただ1条からなる。その1項は、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」を永久に放棄すると宣言している。さらに2項では、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と明記している。
 ここではあらゆる軍事力の保有とあらゆる種類の戦争参加がすべて否定されている。歴代の日本政府は実にインチキな解釈によってごまかしてきたが、自衛隊の存在自体が憲法違反なのだ。
 自民党の新憲法草案は、まず第2章の表題を「戦争の放棄」から「安全保障」に変えている。そして9条の1項はそのまま残すが2項は完全に廃止した。そして新たに「第9条の二」として「自衛軍」に関する次の規定を新設した。
 第9条の二(自衛軍) 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する。
 2 自衛軍は、前項の規定による任務を遂行するための活動を行うにつき、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
 3 自衛軍は、第一項の規定による任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
 4 前二項に定めるもののほか、自衛軍の組織及び統制に関する事項は、法律で定める。
 小泉ら自民党は、戦争放棄をうたった現行の9条1項はそのまま残すから現憲法の平和主義を変えるものではないと言うが、まったくのペテンだ。第9条の核心は2項の〈戦力不保持・交戦権否認〉にある。これと切り離された1項は、ただの飾り文句になってしまう。
 戦争放棄を抽象的に宣言するだけならば、1928年のいわゆるパリ不戦条約にも同様の文言がある。だがこの不戦条約は「自衛のための戦争」を例外とすることで、逆に各国が1930年代の侵略戦争に次々と突入していく決定的な引き金を引くものとなったのだ。ナチス・ドイツの東方侵略も日本の中国侵略戦争も、すべて「自衛戦争」の名で強行された。「つくる会」の教科書は、日本がかつて行った戦争をまさに「帝国の自存自衛」の戦争だったとして正当化し美化しているではないか。
 そもそも「自衛」と言い「国の安全」と言うが、この「国」とは帝国主義国家である現在の日本国家を指している。一握りの帝国主義ブルジョアジーが全権力を手中にし、労働者階級や他のすべての人民をその前にねじふせ、全世界に巨大な網の目のような利権を抱えて支配している国家なのだ。この国家の「自衛」=「国益を守る」とは、彼ら支配階級が自らの階級の利益を力ずくで守ることしか意味しない。そしてそれは、この日本社会に生活する圧倒的多数の労働者階級人民の利害とは絶対に相入れない、非和解的に対立するものだ。
 現在の9条2項を破棄して「自衛軍」と「自衛戦争」を認めることは、自衛隊を正真正銘の侵略の軍隊に変え、侵略戦争をやるぞと公然と宣言することだ。それこそ現憲法の戦争放棄の精神の完全な破壊だ。9条の全面撤廃だ。
 憲法9条の本質とは何か。ここであらためてはっきりさせておきたい。
 〈戦力不保持・交戦権否認〉という9条2項の規定は、帝国主義国の憲法としては本来ありえないものだ。帝国主義としての自己否定にも等しい条項が日本の憲法になぜ書き込まれたのか。
 その理由を改憲派は、現憲法が米占領軍=GHQによって日本に「押しつけられた」結果だと言う。確かに当時の天皇と日帝支配階級にとっては、憲法9条はまさしくその意に反して無理やり強制されたものだ。だがそれを強制したのは何よりも、日本の労働者階級の戦後革命への爆発的な決起の開始であり、日帝の侵略犯罪・戦争犯罪に対する朝鮮・中国―全アジア人民の火のような告発と糾弾の決起である。GHQはこの闘いが日帝打倒のプロレタリア革命へと発展することに恐怖して、それを未然に阻止して天皇と日帝を逆に救い出すためにこそ、9条を柱とする戦後憲法の制定を絶対に必要としたのである。
 日帝が引き起こした侵略戦争は、アジア人民2000万人を虐殺し、日本の人民310万人を犠牲にした。それは「殺しつくし、奪いつくし、焼きつくす」という三光作戦や南京大虐殺、朝鮮・中国人民への強制連行や軍隊慰安婦政策などが示すように、その残虐さと犯罪性において際立っていた。それらは、ナチスのアウシュビッツとも並ぶ他民族絶滅の許すことのできない戦争犯罪であったと言っていい。日本の労働者人民もまた、天皇制テロルの支配下で根こそぎ戦争に動員され、沖縄戦やヒロシマ・ナガサキや東京大空襲の惨禍を強制された。憲法9条を日帝に強制したものは、これへの怒りの激しさだ。
 すなわち、憲法9条を掲げること(それはまた、沖縄の分離・軍事支配を担保としてのみ可能だったが)なしには、日本帝国主義の戦後の延命は対外的にも対内的にも不可能であった。言い換えるならば、「二度と戦争はしない、軍隊も持たない」という誓約は、日本とアジアの人民が戦後革命の敗北と引き換えに、日帝支配階級に科した万力のような締め付けとしてあったのだ。
 したがって9条2項の破棄とは、日帝がこの制約を公然とはねのけ、かつての侵略責任・戦争責任をも真っ向から開き直ることを意味している。過去の戦争への反省をすべて投げ捨て、逆に日帝が生き残るためには必要で正当な「自衛の戦争」だったとし、新たな侵略と戦争に猛然と突き進んでいくことになるのだ。それはかつての戦争犯罪をより大規模に繰り返すものだ。「つくる会」教科書による歴史の歪曲と戦争賛美の攻撃は、まさにそのためにある。単に過去の歴史の歪曲にとどまるものではない。

 (2)米軍再編・基地強化の攻撃と一体で集団的自衛権を解禁

 日帝がすでにイラクの戦場に自衛隊を送り込んでいる中で、憲法9条に手をつけることは直ちに重大な事態を引き起こす。それは、日米安保の本格的な帝国主義軍事同盟への質的転換、世界戦争へ向けた日米反動枢軸の強化を決定的に促進する。直接にも米帝のイランや北朝鮮・中国への侵略戦争拡大への動きに火をつけ、各国の大軍拡や核武装化への動きに拍車をかけるものとなる。
 現在進行している米軍再編は、米帝がその世界戦争戦略と先制攻撃計画に基づいてより実戦的・攻撃的な戦争体制をつくり出そうとするものだ。その中心は東アジアでの在日米軍と在韓米軍の再編であり、沖縄のこれまで以上に巨大な、恒久的な軍事要塞(ようさい)化だ。そこでは「長期の対テロ戦争(=中東など世界各地への侵略戦争)」と、とりわけ中国や北朝鮮への侵略戦争発動を実際に想定した上で、日米が「共同して戦う」こと、すなわち自衛隊の役割拡大と日米共同作戦の遂行が大前提になっている。
 9条2項の破棄と「自衛軍」の保有を明記した自民党の新憲法草案が、米軍再編の中間報告公表とほとんど同時に発表されたのは偶然ではない。その核心は、集団的自衛権の全面的解禁にある。軍事同盟関係にある帝国主義国の一方が第三国との戦争に突入した場合、他方もそれを「自国の戦争」とみなしてともに戦うというのが「集団的自衛権」である。
 実際に日米の再編協議では、米軍と自衛隊の「融合・一体化」が掲げられ、それに基づく両者の役割分担の見直しや基地の共同使用が打ち出されている。米軍と自衛隊が「一緒に訓練し、一緒に出兵し、一緒に生活する」ことが必要だと米帝は叫んでいる(元米太平洋軍海兵隊司令官の発言)。それは、これまでのように日本が米軍への基地提供や後方支援を行うにとどまるものではない。自衛隊が米軍と完全に一体となって出撃し、戦場での殺し殺される戦闘行動に突入するということだ。
 自民党新憲法草案の「第9条の二」はその3項で、「自衛軍」の任務として、自国防衛のほかに「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動」と、「緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動」の2種類を挙げている。前者はまさにこの集団的自衛権の発動を実質的に明記したものだ。日帝が米帝と組んで、「国際平和を守る」と称してイラク型の侵略戦争、帝国主義の強盗戦争をどしどし仕掛けていくことがここでは想定されている。後者はそのものずばり、軍隊による治安出動の規定である。反戦闘争の爆発を戒厳令を敷いて鎮圧するためだ。
 ここでいまひとつ重要なことは、軍の治安出動という場合、その最大の対象として想定されているのは沖縄だということである。
 日米帝の戦争計画は、沖縄基地の恒久化なしには成立しない。日米両政府は沖縄を今後も米軍の最重要の戦略的要衝として確保し続けることで合意し、辺野古崎への新基地建設を始めとした攻撃を、どんな抵抗も排除して強行すると居丈高に宣言している。それは日帝による新たな「琉球処分」であり、沖縄を文字どおりの戦場の島に変え、「第2の沖縄戦」を沖縄人民に強要しようとするものだ。これへの島ぐるみの怒りの爆発、基地労働者を先頭とする米軍基地実力解体への巨大な決起は不可避である。
 これに対して自衛隊を「基地防衛」の主力として差し向けることが狙われているのだ。すでに日米の役割分担で、「在日米軍施設の警護」を自衛隊の任務とすることがはっきり確認されている。
 自民党草案はさらに、「自衛軍」の活動の具体的な内容やその組織と統制に関する事項は「法律で定める」と規定している(「第9条の二」の2項・4項)。そこでは驚くべきことに、国会の承認すら実は必要としていない。2項で「国会の承認その他の統制に服する」となっているが、「その他」とわざわざ入れていることは、国会の承認は絶対必要とはされていないのだ。シビリアン・コントロールは完全に否定されている。これもとんでもないことだ。
 このように、憲法9条2項の破棄=9条の全面撤廃は、日本が強大な帝国主義的軍事力をもつ軍事大国となり、日米安保同盟をもテコに、むきだしの武力を使ったアジア支配に再び乗り出すことを意味している。それは、日帝の大財閥と軍部が天皇制のもとで軍事独裁体制を敷き、1930年代の中国侵略戦争から第2次大戦へと突入していった暗黒の歴史を、形を変えて繰り返すものだ。
 現にこの4月、朝鮮固有の領土である独島(トクト、「竹島」)の略奪を狙って、海上保安庁が「海洋調査」を名目に韓国への露骨な挑発を仕掛ける事件が発生した。これは砲艦外交そのものだ。次には軍隊の出動に必ず発展する。
 さらに、ここでは詳述しないが、現在の日米枢軸体制のもとで、むしろこれから日米帝国主義間の本質的な対立と矛盾がますます激化していくことは避けられない。この点もきわめて重大である。その一切が、侵略戦争の一層の凶暴化、世界戦争への拡大の要因となっていくのである。

 第3章 「公の秩序」の名で基本的人権も主権在民も圧殺

 憲法9条の解体と並ぶ改憲攻撃のもう一つの核心は憲法の原理的転換である。
 フランス革命を始めとしたブルジョア市民革命によって打ち立てられた近代立憲主義の原理は、一言で言えば、国家権力と人民との基本的関係を、国家は人民がその意思によってつくるものと規定するものであった。そして人民の基本的人権を守るために、国家権力の行使に縛りをかけるのが憲法の役割であるとしてきたのだ。だが今日の攻撃は、この関係を根底からひっくり返し、憲法を逆に国家権力ではなく人民の側を縛るものに変えてしまおうと狙っている。
 そのキーワードが、「公益及び公の秩序」という言葉だ。現憲法第12条は基本的人権について、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」とした上で、「常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」という言葉を濫用(らんよう)へのいましめとして置いている。自民党草案はこの後半を、次のように言い換えている。
 「国民は、これを濫用してはならないのであって、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚しつつ、常に公益及び公の秩序に反しないように自由を享受し、権利を行使する責務を負う」
 この自民党案は、現在の第12条の内容とその思想を正面から破壊し転覆するものだ。現憲法の「公共の福祉」も、日帝権力によってしばしばねじ曲げられて人民の権利の制約に利用されてきたことは事実である。だがその本来的意味は、基本的人権の行使は他人の基本的人権を侵すものではないという、人権の内部に自然に内在する制約を表現したものだ。しかし自民党案ではこれが「公益及び公の秩序」に変えられ、「責任」が「責務」に変えられている。第12条の性格が、人民の権利を保障するものから「国民の義務」「責務」を定めるものにすり替わっている。
 そもそも「公(おおやけ)」という言葉は「公共」とは意味がまったく違う。「公共」という言葉は「社会一般」を指す。だが「公」を広辞苑で引けば、第一の意味は「天皇」である。次が「朝廷」「政府」でありそして「国家」だ。「公の秩序に反しないように」とは国家の秩序に歯向かうな、治安を乱すなということだ。国家権力があらかじめ認める範囲内でしか基本的人権の行使は許されないものとしていくのだ。
 これは、国家を限りなく人民の上に置き、人民あっての国家ではなく、国家あっての人民であるとしていくものだ。本質的には主権在民とブルジョア民主主義そのものの否定と解体なのである。現在の憲法が保障する思想・言論の自由や集会・結社の自由、権力による無差別逮捕や拷問を防ぐための人身の自由、法のもとの平等といった基本的人権は、ここではその思想ともども、完全に掃いて捨てられる。
 そして基本的人権のいまひとつの核心には、憲法28条の労働基本権や25条の生存権といった労働者階級の社会的諸権利がある。これが根本的に解体されていくのだ。例えば国鉄1047名の解雇撤回闘争も国鉄分割・民営化という「公益」の名において憲法的次元で否定される。動労千葉のストライキや安全運転闘争は「公の秩序を乱すもの」として国家権力によって禁圧される。まさに戦時下の暗黒の体制がつくり出される以外ない。

 激化する天皇制攻撃

 重要なのは、この攻撃が天皇制攻撃や靖国神社参拝攻撃、「日の丸・君が代」強制攻撃などの画歴史的な激化と結びついていることだ。そしてこれらの攻撃が、朝鮮人民や中国人民への帝国主義的民族排外主義の一大キャンペーンと結合して、極右勢力によって激しくあおり立てられていることだ。
 そこでは、「このままでは日本の国が滅びる」といったファシスト的な危機感が、「人権や平等や個人主義の行き過ぎ」といったデマゴギーとともに扇動され、戦後民主主義とそれを支える憲法が諸悪の根源だとして、その全面的な解体が叫ばれている。個人の権利の尊重や男女平等などの価値観を掲げること自体が彼らの攻撃の対象となり、これに替わるものとして、「日本は万世一系の天皇の国、神の国」というとっくに破産した天皇制イデオロギーが再び前面に押し出されているのである。
 この間の改憲攻撃は、日帝の9条撤廃への衝動とともに、こうした動きに激しく突き動かされてきた。@憲法の前文を書き換え、そこに天皇を中心とする「日本の歴史・文化・伝統」を盛り込もうとする策動。A天皇の国家元首化の策動。B婚姻と家族生活における両性の平等を規定した憲法第24条の改悪策動。C法のもとの平等を規定した憲法第14条から「門地」という言葉を削除し、家柄や血統による差別の禁止を取り払おうとする策動。――こういったきわめて露骨な天皇制・天皇制イデオロギー強化の攻撃が、自民党の新憲法草案起草の過程で実際には続出していたのだ。
 昨秋決定された草案では、これらの項目はまだ直接盛り込まれてはいない。しかしこの自民党草案も、憲法の前文を丸ごと書き換えてそこに「象徴天皇制は、これを維持する」という決定的な一文を置いている。たった1行とはいえ、これは実に重大な攻撃だ。
 戦前の天皇制が象徴天皇制に姿を変えて生き残ったことは、日本の労働者階級が戦後革命に敗北し、憲法9条の制定と引き換えに天皇の戦争責任の免罪を許した結果である。その意味で憲法がその第1章に天皇に関する規定を掲げていることは、現憲法の最大の問題点だ。だがそこでは、天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意に基づく」となっている。これは国民の意思によっては廃絶もありうることを含む書き方だ。だが今回の草案は憲法の前文で、この憲法の原理原則を示すその冒頭に天皇制を掲げ、これを「維持する」と言い切った。
 これは天皇制をあらためて日本国家の不可侵の中心にすえるものだ。天皇制をまさに日本の「国柄」として位置づけるものだ。「象徴」の2文字はあっても、これまでの象徴天皇制とは似て非なるものと言うべきだ。この間の皇室典範改定=女性天皇容認をめぐる様々な動きも、結局はここに直結する。統治形態の大転換にもつながっていく可能性を持つものとして、断じて許してはならない。
 草案はさらに、書き換えた前文に「日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有し……」という文言を入れた。愛国心を盛り込み、「国防の義務」をこのような形で明記したのだ。
 ここで言われている「帰属する国や社会」とは、〈万世一系の天皇を中心とする歴史・文化・伝統の上に成り立つ国と社会〉を意味するものだ。そこでは独立した個人の存在と価値は最初から否定され、人は生まれながらに国家に属するものとみなされる。しかもその国家は遠い過去から連綿と続くほとんど無限の存在であり、諸個人の生き方をもその根幹で規定している存在だとされている。恐るべき全体主義のイデオロギーだ。
 このような国家を「自ら支え守る」とは、この国のために喜んで命を差し出すことを最上の美徳とする価値観を再び強制するものにほかならない。そしてこれこそ天皇制イデオロギーの核心だ。
 小泉の靖国神社参拝も、戦死者を「国に命をささげた英霊」として美化し、新たな戦争に全人民を動員するためだ。自民党草案はここでも、憲法第20条3項の政教分離の規定を解体し、靖国公式参拝の合法化、ひいては国家神道の復活に道を開くものとなっている。

 教基法改悪が突破口

 日帝はまた、憲法に先立って教育基本法を改悪し、そこに「愛国心」を盛り込もうと躍起になっている。公明党との合意で作成された法案は、第1条(教育の目的)から「個人の価値」という言葉を消し去り、新設した第2条(教育の目標)に「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできたわが国と郷土を愛する」との文言を入れている。それは自民党新憲法草案の文面とも合致する内容だ。教基法改悪は改憲攻撃そのものであり、教育労働者に再び教え子を戦場に送れと強制するものだ。絶対に粉砕しつくそう。
 この章の最後に、憲法第96条の改正手続きの緩和の持つ意味について確認しておきたい。自民党草案はこれを、「総議員の3分の2以上の賛成」から「過半数の賛成」に変えた。改憲案の発議も国会議員なら誰でもできるとした。これは、この新憲法草案をいったん通してしまえば、その後はいくらでも新たな改憲のエスカレーションを可能にすることを狙ったものだ。その意味でも現憲法の完全な解体に道を開くものである。

 第4章 連合の改憲勢力化粉砕へ4大産別先頭に総決起を

 (1)改憲反対の声と運動の圧殺を狙う国民投票法案提出を許すな

 日帝の改憲攻撃とはこのように、日本の労働者階級人民に対するまさに一個の反革命クーデターとしてしかけられようとしている。だが日帝は、このクーデターがほとんど抵抗らしい抵抗も受けずに成功するなどとは思っていない。逆である。たとえ改憲派が国会の圧倒的多数を制圧して完全な翼賛議会を実現したとしても、攻撃の本質が明らかになれば、労働者階級の怒りの炎は爆発的に燃え上がることを知っているからだ。
 その闘いは、日帝の支配を実力で打ち倒すものへと必ず発展する。なぜならそれは日本の労働者人民を、戦後革命期の原点に一挙に立ち返らせるものとなるからだ。このことに、支配階級はいま心底から恐怖している。
 これに対して政府・自民党と日本経団連などが画策している悪らつな策動は、基本的には次の二つだ。ひとつは、国民投票法や共謀罪の制定をテコに、改憲阻止の闘いを事前の治安弾圧によって封じ込めることだ。いまひとつは、日教組や自治労など4大産別の労働運動をたたきつぶし、連合を丸ごと改憲勢力化して、闘いの主力である労働者階級の組織的決起を未然に抑え込むことだ。この攻防は今や一大決戦に突入している。
 自民・公明の与党は現在、04年12月に作成した国民投票法の法案骨子を一部修正し、今通常国会への提出とその成立をあくまで狙っている。またそれに先立ち、共謀罪を何がなんでも今国会で押し通そうと全力で動き出している。
 この国民投票法案は、改憲阻止闘争禁止法案とも呼ぶべきものである。憲法96条は憲法を変える手続きとして、衆参各院の総議員の3分の2以上の賛成で国会が改憲案を発議し、国民に提案してその承認を得ることが必要と定めている。国民投票法はそのための単なる手続き法だというのが、政府・自民党の理屈だ。だがそれは口実だ。改憲反対の声と運動をあらゆる手段で抑え込むための運動規制と言論規制こそが狙いなのだ。
 その柱は@公務員・教員の運動を「地位利用」の口実を設けて弾圧すること、A外国人の運動の禁止、B報道・言論機関への統制と弾圧、C「国民投票の自由妨害罪」などの罪を設けてささいなことで片端から逮捕・投獄できるようにすることだ。違反者は重罰を科される。他方で政府による改憲宣伝は自由勝手に行い、投票率がどんなに低くても有効投票数の過半数の賛成で承認とする。20歳に満たない青年には投票権も認めない。
 「虚偽報道の禁止」などのメディア規制についてはさすがに批判が集中したため、メディア側の「自主規制」を求める内容に変えたが、それを法をもって強制すること自身が圧力だ。与党案の本質は修正後もなんら変わってはいない。
 だが、どんな厳重な規制や弾圧も、それが効力をもつのは労働者人民がその脅しに屈する時だけだ。逆に弾圧をはねのけて闘いが爆発すれば、そんなものは一瞬にして無力化する。むしろこんなとんでもない規制や弾圧なしには通せない改憲案=新憲法案とはいったい何かということだ。それこそ改憲攻撃の反人民的で極反動的な正体を示すものとして満天下に暴き、広範な人民の怒りを徹底的に組織することが重要だ。
 改憲反対の立て看板撤去の攻撃に端を発した法政大学での闘う学生と当局との激突は、まさにこの国民投票法案をめぐって不可避化する全社会的な激突の始まりだ。学生と青年労働者を先頭に総決起し、国民投票法案の国会提出そのものを阻止しよう。共謀罪を実力で廃案に追い込もう。

 (2)7・14連合見解―1・19中執決定は戦争協力推進の宣言だ

 連合の改憲勢力化に向けた動きは、昨年から一気に激化した。連合は昨年7月14日、「国の基本政策に関する連合の見解(案)」を中央執行委員会の名で発表した。それは憲法の改悪、それもずばり9条改憲を正面から容認する内容であった。容認しただけでなく、連合中央自身が率先してこれを推進する側に身を置くと宣言したのだ。そしてこの7・14見解を昨年10月の連合大会で正式に採択することが策動された。
 だが日教組大会や自治労大会で、これに対する組合員の怒りと危機感が噴出する中で、10月連合大会はこの改憲方針を決定できなかった。さらに極右改憲派の高木剛(UIゼンセン同盟会長)の連合新会長への選出に、3分の1もの反対票が投じられた。
 高木は9条改憲と海外派兵、徴兵制を主張する完全な日帝の手先だ。それが連合のトップの座に就いたことは重大事態である。連合中央はこの高木新体制のもとで、ひとまず先送りにされたとはいえ連合を組織丸ごと改憲勢力化することに全力を挙げてきた。本年1月19日には新たな中執決定を出し、7・14見解をめぐる議論の集約は(抵抗が強いので)当面やらないとする一方、現実に進行する改憲攻撃への具体的対応はすべて三役会か中執で決めると宣言した。
 この1・19決定について、連合中央があたかも7・14見解をいったん「撤回」したものであるかのようなデマが、日本共産党の『赤旗』やカクマルなどから流されている。これは連合・高木体制への許されない悪質な美化だ。1・19決定の核心は、改憲問題についての連合としての態度決定の一切を執行部に一任せよと宣言したことにある。高木らのフリーハンドを認めよということだ。そして事実、国民投票法案については制定賛成の民主党と「協議して対応する」と、賛成に回る方針を決定しているのだ。
 7・14見解の重大性は、「日本の領土・領空・領海において攻撃が行われた場合、日本は自衛権を発動する」と真っ向から打ち出したことにある。日本の自衛隊が「自衛」の名で戦争に突入することを労働組合として公然と支持し、戦争に協力すると宣言したのだ。しかもその際「日米安保条約に基づき、米軍とともに行動する」としている。さらに、「国連による集団安全保障活動への参画」は憲法が禁止する「国権の発動たる戦争」には当たらないとし、PKF(国連平和維持軍)への参加や国連決議のもとでの多国籍軍参加も認めた。この一つひとつが戦争推進への恐るべき踏み切りだ。自民党の新憲法草案の内容ともほとんど百パーセント合致するものだ。
 連合中央のこの転換を受けて、民主党はすでに独自の改憲案作成に動き、自民党とその内容を競い合うところに行っている。前原の登場、続く小沢一郎の登場はそれを一層促進している。民主党はもともと、小沢自身に代表されるように自民党を右側から分裂させて新たな保守党結成へと向かう流れの中で生み出されてきた党だ。その内部には、自民党以上にファシスト的な勢力が一定の力を持ってうごめいている。旧社会党系グループがそれに屈服し容認していく許しがたい役割を果たすことで、連合と民主党の改憲推進派への変質がどんどん進むという構図になっている。
 だがこうした流れがそのまま進むものでは断じてない。昨年の闘いはこのことを決定的に突き出した。
 そもそも連合中央の動きの根底にあるのは階級対立の非和解化が急激な勢いで進行し始めていることへの恐怖なのだ。帝国主義の危機の爆発、社会的諸矛盾の噴出、資本家階級の腐敗と労働者階級の貧困化、既成秩序の崩壊と治安弾圧の激化の中で、労働者階級の怒りは今や沸騰点に達しようとしている。その大爆発と階級闘争の実力闘争的、内乱的発展は不可避だ。しかもそれは教育労働者の「日の丸・君が代」不起立闘争を先頭とする職場からの決起として、すでに続々と始まっている。これが自治労本部などを含む連合幹部の労働貴族としての地位を揺るがし、脅かすものとなっている。ここから彼らは、バリケードの向こう側に完全に移行することを決断したのである。
 それは、労働組合の中央権力をテコにして、労働者階級を戦争に動員する立場にはっきり移行することだ。そしてそのことは、資本に対する労働組合としてのあらゆる闘いをも同時に投げ捨てることだ。小泉の民営化攻撃、構造改革攻撃にもろ手を挙げて賛成に回ることだ。
 実際に1・19連合中執決定は、戦争協力路線の推進と同時に公務員制度改革=行革推進法案の受け入れをも事実上決定した。公務員労働者の大量首切りとともに、憲法28条の労働基本権の一層の剥奪(はくだつ)に応じるものであり、断じて許されるものではない。
 今や、日教組本部は教基法改悪案の国会提出という重大事にもかかわらず、闘争放棄を決め込んでいる。自治労本部は行革攻撃に「新たな質の高い公共サービス」論を対置して、自治体労働者の階級意識を解体する攻撃に率先してさおさしている有り様だ。JPU中央は、郵政民営化に全面屈服・転向して労働者への大量首切り推進の手先となった。国鉄戦線では動労千葉の反合・運転保安闘争の爆発や国鉄1047名闘争の大前進が闘いとられる一方で、JR総連の腐敗が限りなく進行し、国労本部もJR資本への屈服と危機を深めている。
 この情勢はしかし、闘う労働者が職場からの不退転の決起によって腐敗した幹部を打倒し、自ら組合の実権を握って、労働組合と労働運動を階級的に再生していく決定的なチャンスが訪れていることを示している。4大産別をめぐる決戦は今や、日帝による戦争と民営化・労組破壊の攻撃を真っ向から打ち破る決戦であると同時に、連合中央打倒の決戦だ。改憲阻止決戦そのものだ。この闘いに断固として勝ちぬき、それをテコに全労働者階級の改憲阻止への巨大な決起をかちとろう。

 (3)日本共産党中央の妨害許さず9条改憲阻止の大統一戦線を

  この重要な情勢下で、日本共産党中央は、国民投票法案阻止・改憲阻止の闘いを党として本気で取り組み、大爆発させようとはしていない。逆に9条改憲阻止の一点で巨大な全人民的な統一戦線をつくり出して闘うことに、およそ理由にならないきわめてセクト的な理由で敵対し、妨害と分裂への策動を深めている。この態度は実に許しがたい。
 日本共産党は国民投票法案について、形式的には反対を掲げるが、制定を絶対阻止する方針はとっていない。むしろ「国民投票で勝つ」ことこそが重要で、そこに闘いの焦点を絞るべきだと言っている。これは、改憲阻止の壮大な闘いの担い手である労働者人民の実践を単なる投票行動に切り縮めるものだ。しかも敵の攻撃の狙いを見ればとんでもない敗北主義でしかない。改憲反対の運動や宣伝の手段が根こそぎ奪われようとしている時に、これに全力で反撃し粉砕することなしに、どうして国民投票で「勝てる」のだ。この一事に、最後は必ず闘いを裏切る日本共産党中央のスターリン主義の本質が表れている。
 さらに、動労千葉などの闘う労働組合を「過激派」と呼んで、その排除を叫んでいることを絶対に許すわけにはいかない。彼らが動労千葉を敵視するのは、動労千葉が資本や権力と徹底的に対決し、労働組合としての階級的なあり方を最も原則的に貫き通しているからだ。その闘いの発展が、帝国主義との闘いをとっくに放棄し裏切って体制内野党として生き延びることだけを考えてきた、彼らスターリン主義官僚の基盤を掘り崩すものとなるからだ。その危機感は、連合の労働貴族とほとんど同じものなのだ。
 こうした敵対と卑劣な妨害を粉砕し、改憲への怒りと危機感を持つあらゆる人びとの知恵と力を今こそ下から大胆に結集して、9条改憲を実際に阻止する力ある統一戦線をつくり出そう。その中心に何よりも、4大産別を先頭にした闘う労働者と労働組合が立とう。
 また同時に、沖縄を始めとして、米軍再編・基地強化の攻撃と闘う全国の人民がこの闘いの推進軸となって立ち上がろう。全国300万学生はゼネストに決起し、大学を改憲阻止の最大の砦(とりで)に変えて闘おう。あらゆる戦線での闘いを結合し、この5月の憲法闘争を突破口に改憲阻止の大運動を作り出そう。
 この闘いは、日本人民だけの闘いではない。全世界の労働者階級人民、とりわけ朝鮮・中国・アジア人民との共同の闘いだ。06〜07年改憲阻止闘争の大爆発をとおして日帝打倒・プロレタリア世界革命への大道を切り開こう。

-----------------------------------------

5月憲法闘争案内

「とめよう戦争への道! 百万人署名運動」の主催で、憲法9条の改悪に反対して新たな署名運動を立ち上げるための全国集会が5月20日に呼びかけられています。
 呼びかけにこたえて、全力で結集しよう。

5・20全国集会
 憲法9条を変えるな! 署名運動で風をおこそう!

 5月20日(土)午後1時〜4時(開場12時30分)
 東京・千代田公会堂(東京都千代田区九段南1-6-11、地下鉄九段下駅) (参加費500円)

 講演1 永井憲一さん(法政大学名誉教授・憲法学) 「いまなぜ改憲か」(仮題)
 講演2 若桑みどりさん(美術史家・元千葉大学教授) 「戦争とジェンダー」
 あいさつ 玉田雅也さん(全国港湾事務局次長)
 呼びかけ人アピールほか

 主催 とめよう戦争への道!百万人署名運動

5・2憲法集会―国益と排外に憲法は屈するのか
 つぶせ!国民投票法案 阻止しよう!憲法改悪  

 5月2日(火)午後6時開場、6時30分開会
 なかのZEROホール (参加費800円)
 ◆講演
   植野妙実子さん(中央大学) 「戦争の放棄」から「安全保障へ」―再び戦争への道が開かれようとしている
   足立昌勝さん(関東学院大学) 現在の治安維持法―共謀罪を葬れ
 ◆報告 憲法改悪と闘う現場から
   桧鼻達実さん(原子力空母の母港化に反対し基地のない神奈川をめざす県央共闘会議事務局長)
   教育労働者
   国鉄千葉動力車労働組合

 主催 「戦後50年を問う8・15労働者市民の集い」全国統一実行委員会

 

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2245号7面2)(2006/05/08)

 教基法改悪案 国会提出弾劾

 政府は4月28日、教育基本法改悪案の閣議決定―国会提出を強行した。小泉は特別委員会を設置し、今国会で成立させようとしている。教基法改悪は「わが国と郷土を愛する態度を養う」を教育の目的とし、戦争に向かって社会のあり方を根本的に転換させようとするものであり、絶対成立させてはならない。改憲攻撃そのものであるこの大反動と総力で対決し、5〜6月大決戦に立とう。国会包囲の大闘争を爆発させ絶対に廃案に追い込もう。

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2245号9面1)(2006/05/08)

 青年労働者・学生は5・15沖縄闘争へ

 名護新基地建設を絶対阻止しよう 日帝の沖縄圧殺政策に総反撃を

  片瀬 涼

 米軍普天間飛行場の代替基地建設をめぐり、重大情勢を迎えている。現地住民と労働者・学生の闘いを恐怖する帝国主義権力は、うそとペテンと懐柔と恫喝で事態をのりきろうとしている。これを打ち破るため、全国の青年労働者・学生は5・15沖縄闘争に立とう。

図 辺野古新基地建設をめぐる動き

 ペテンと恫喝のV字沿岸案

 滑走路2本

 沖縄県の米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移設をめぐり、防衛庁長官と名護市の島袋市長は4月7日、同市にある米軍キャンプ・シュワブ沿岸部にV字形に滑走路を2本建設する修正案(V字沿岸案)に合意した。日米政府は昨年10月、在日米軍再編の中間報告で普天間をシュワブ沿岸部に移設する案を住民の頭越しに合意。シュワブの兵舎地区を取り壊し、制限水域を埋め立てL字形とする基本的な形は修正案も同じだが面積はさらに拡大する。
◎島ぐるみ闘争
 1995年、3人の米兵による少女暴行事件が発生した。これをきっかけに沖縄で在沖米軍に対する大規模な反対運動が起きた。72年の「本土復帰」後も繰り返される殺人・強盗・婦女暴行などの米兵犯罪や事故に対する沖縄県民の怒りは頂点に達していた。同年10月21日に行われた県民大会に結集した県民の数は8万5千人(写真下)。「もうこれ以上我慢できない」という怒りの強さを示していた。「島ぐるみ闘争」が始まった。反戦地主は米軍用地の契約を拒否し、大田知事が強制使用の代理署名を拒否した。
 追いつめられた日米政府は、その年に設置された沖縄に関する日米特別行動委員会(SACO)で普天間基地の全面返還を発表した。しかし、この全面返還は、代替施設として沖縄東海岸の海上に1300bの滑走路を備えたヘリポートを建設することが条件だった。
 ここから、新基地建設を阻む闘いが始まった。97年の名護市民投票では投票率が8割を超え、反対が過半数を超えた。
 その後、岸本市長や稲嶺知事の受け入れ表明、沖縄サミットなどを経て、04年4月19日、ついに防衛施設局が辺野古沖でボーリング調査を開始した。急を知って駆けつけた住民によって調査は阻止された。以後、500日を超える阻止闘争が始まった。高齢者や若者が海に身を投げ出し、体を張って作業船に立ち向かった。座り込みから502日目の昨年9月2日、ついに防衛施設局は、海上に建設したボーリング調査用のヤグラ4基を解体し、撤去した。海上案は人民の実力闘争で粉砕された。
◎無制約の飛行
 「建前と本音を使い分ける時代は過ぎた。当然、振興策の継続と新たな振興策をお願いしていく」(宮城・東村長)――日本政府は今回、沖縄同士を分断する巧妙なやり方で名護市に基地建設を強要した。振興策や新たな基地交付金と引き換えに周辺町村の同意を先に固め、名護市が受け入れざるをえない状況にした。そして今度は名護市長も含めて、知事を落とす、という手法である。
 そもそも島袋市長は、選挙公約で「沿岸案反対」を主張した。それが「海上案のバリエーション」へ変わり、辺野古、豊原、安部の上空の飛行ルートの回避、と巧妙に変わった。約千人の住民で「沿岸案反対の村民大会」を開催した宜野座村長は、3日後には一転して沿岸案を受け入れた。
 日本政府は、地元の声に耳を傾けると言いながら、はなから話し合いを拒否、「政府案が基本」という姿勢を固持。名護市長や周辺町村長を呼び出して譲歩を迫る形で進められた。
 今回の新沿岸案には、いかなる意味でも負担軽減という要素はない。騒音や危険は不可避だ。2本の滑走路で基地面積は拡大し、使用期限もご破算になった。住宅地が基地に近接し、航空機事故の危険はさらに高まった。米軍の基地使用にはなんら縛りはなく、永久に固定化される。
 政府は、離陸用と着陸用に使い分けると説明している。しかし、普天間基地のある宜野湾市の伊波市長は「普天間基地では日常的にタッチアンドゴー訓練(着陸、離陸を続けて実施する訓練)を行っている。その機能を考えるとV字滑走路は実態に即していない。着陸と離陸の別々の滑走路から行うというのはナンセンス」と指摘する。額賀防衛庁長官は周辺事態など有事の際には例外措置が適用されると言っている。
 新沿岸案は「基地のない島に」という沖縄県民の願いに完全に逆行する。SACO最終報告で明記された「撤去可能な海上基地」や99年の閣議決定でうたわれた「軍民共用」「15年使用期限」は今度は、見向きもされない。無条件、無制約で、2本の1800b滑走路を備え、空母も接岸できる軍港も併設する、恒久的な巨大基地の建設を狙っているのである。

 恒久的な巨大基地建設狙う

 米軍再編

◎75%が沖縄に
 沖縄の面積は、日本全体の0・6%で人口は1%ほどである。その沖縄に、今なお全国の米軍専用施設の75%があり、沖縄本島の約19%を米軍基地が占めている。沖縄を中心にして2千`の円を描くと、仙台、ピョンヤン、北京、香港、マニラなどが圏域内に位置する。このために戦後、米帝は、アジア軍事支配の「太平洋の要石(キーストーン)」と呼び、沖縄を分離して軍事支配下に置き、広大な軍事基地を建設したのだ。
 在沖米軍の75%は海兵隊である。海兵隊は敵前上陸作戦で橋頭保を築くのが主任務で、いわゆる「なぐり込み部隊」だ。03年のイラク開戦時に海兵隊はバグダッド攻略戦を行い、陥落後はイラクから撤収した(その後、兵力不足のために再投入された)。
 米軍は、三つの海兵遠征軍をいつでも編成できる体制を持っている。そのうち米本土以外では唯一沖縄だけに、第3海兵遠征軍の主力と司令部が配備されている。中心となる3個連隊のうち、沖縄には2個連隊が配備されている。海兵遠征軍の司令部はうるま市のキャンプ・コートニーに置かれ、海兵隊の作戦を支える各種支援部隊が沖縄の各所に配備されている。北部演習場やキャンプ・ハンセンは、ジャングル戦や対ゲリラ戦、ヘリコプター訓練などを行う演習場だ。
 海兵隊は基本的に歩兵部隊であるため支援火力が必要だ。その主力が海兵航空部隊で、ヘリコプター部隊や戦闘攻撃機で構成される。その性格上、海兵隊航空部隊は地上部隊の近くにいなければならない。特にヘリコプター部隊は、185`以内が必須条件とされる。だから普天間の県外・海外移設は認めないのだ。
 普天間飛行場は、沖縄県宜野湾市の中心にあり、市面積の4分の1を占有する海兵隊基地である。2800bの滑走路を持ち、攻撃ヘリなど70機以上が配備され、日常的に離着陸訓練を行っている。騒音問題だけでなく何度も航空機事故が起こっている。
 今回、新たな移設先とされたキャンプ・シュワブには第4海兵連隊が駐留し、近くには海兵隊用の辺野古弾薬庫もある。1997年9月に国防総省がまとめた新基地の運用構想では、滑走路だけでなく戦闘機装弾場が記されている。飛行機に銃弾や爆弾を積み込む施設で、人が所在するどの建物からも約380bは離れていなければならないとされる。現在は嘉手納基地にしかないのでヘリコプターは普天間から嘉手納に飛んで弾を積んでいる。
 米軍が欲しいのは滑走路だけではなく、この装弾場と軍港の3点セットだ。米軍再編の中間報告で合意された沿岸案には「燃料補給用の桟橋及び関連施設」とあるが、それはまさしく軍港であり、水深20bを超える大浦湾には原子力空母が接岸できる。
 結局、日米帝国主義は、広大ではあるが老朽化が著しい在沖米軍基地を、基地の整理統合縮小を名目に、よりコンパクトなハイテク最新鋭基地につくり変えようとしているのだ。
◎軍事要塞化
 米軍トランスフォーメーション(変革・再編・再配置)の狙いは、日本を中国・北朝鮮侵略戦争の作戦指揮の一大拠点とすることだ。今回の在日米軍再編は、対中国・北朝鮮の戦争態勢構築のために米軍戦力を再確立し、指揮系統を強化することが目的だ。
 神奈川県のキャンプ座間には米陸軍第1軍団司令部を移転し、前方展開司令部として直接作戦を指揮する。米空軍は、ハワイに「戦闘司令部」と言われる新しいタイプの司令部を置き、グアムのアンダーセン基地には戦闘機48機、最新鋭無人偵察機3機など約70機を常駐させる。これによって朝鮮半島や台湾海峡への緊急派遣も可能となる。米海軍は、横須賀の空母キティホーク(後継は原子力空母)に加え、もう1隻をハワイかグアムに配備する。そのために佐世保の空母母港化を狙っている。
 この中で、沖縄では、辺野古への新基地建設を柱に、浦添市の牧港補給基地など中南部の諸米軍施設を北部地域に再編・集中しようとしている。これは北部地域を軍事要塞(ようさい)化するものだ。8千人の海兵隊削減も司令部要員とその家族だけであり、実戦部隊は沖縄に居座る。司令部機能を撤退させるのは北朝鮮・中国への侵略戦争を現実に想定しているからだ。まさに沖縄を戦場化することになるのだ。
 また、嘉手納基地を自衛隊が共同使用しようとしていることも重大だ。
 「対テロ戦争」という名の帝国主義侵略戦争を世界中に拡大し、朝鮮半島や台湾海峡で米軍と自衛隊が一緒に戦争するための臨戦態勢をつくろうとしている。

 差別と犠牲押しつけの歴史

 日本と沖縄

 沖縄への差別的な基地押し付けはどういう歴史的経緯で成り立っているのか。日本帝国主義と沖縄の関係を少し振り返りたい。
◎琉球処分
 近世以降、琉球(沖縄)は、薩摩の支配下にあったが、清(中国)とも朝貢・柵封関係が続き、独自の文化や経済を持つ独立した王国だった。1868年に成立した明治政府は、琉球王国を廃して「沖縄県」を新設しようとしたが、琉球の抵抗と宗主権を主張する清の抗議で容易に意図を実現できなかった。
 明治政府は1874年、宮古の年貢運搬船が台湾に漂着した際に乗組員が殺害された事件を理由に台湾に出兵した。その結果、日本は、清に50万両の賠償金を支払わせ、琉球が日本領土であることを認めさせた。翌年、明治政府は、300人の兵士、160人余の警官を率いて「琉球処分」を断行、沖縄県を設置した。 強権的な琉球王朝の廃止に続く「旧慣存置」の政策によって沖縄社会はその発展を抑制された。
 15年戦争の進行とともに皇民化教育が強まり、「標準語」や教育勅語、「日の丸・君が代」を通じた皇国臣民意識が強要された。
◎沖縄戦
 沖縄は第2次大戦末期、日本で唯一、地上戦の戦場となった。昭和天皇の指揮のもとに「国体(天皇制)護持」の時間かせぎとして沖縄戦を構えたこと自体が許されない差別的大罪だ。
 米軍は沖縄戦に約54万人の大部隊を動員した。日本軍は約9万6千人。戦力差は歴然で勝敗は戦う前に決まっていた。
 しかし、大本営は、沖縄戦を「捨て石作戦」と位置づけ、米軍戦力の消耗と時間かせぎを自己目的化した。そのため首里の司令部を撤退した後も日本軍は降伏せず、住民を巻き込んで戦闘を長びかせた。日本軍の組織的抵抗が終了した後も、牛島司令官は「一般住民も最後の一人まで戦え」と命令して自殺した。
 沖縄県外出身の6万5千人の兵士と沖縄県出身者約2万8千人、民間人約9万4千人が犠牲に。住民の犠牲者の方が多かった。強制連行された朝鮮人も約1万人が犠牲になった。日本軍による住民追い出し、スパイ容疑などでの住民虐殺や「集団死(集団自決)」の強要も起きた。県民の4人に1人が犠牲になった。
◎沖縄売り渡し
 1945年8月に日本がポツダム宣言を受諾し、連合国軍の占領下に入った後も、沖縄では米軍による単独占領が続いた。日本の非武装化が進められたが、それは沖縄の分離軍事支配と米軍の戦略拠点化と不可分だった。マッカーサーは、沖縄を米軍が支配し、空軍の要塞化すれば、日本が非武装国家になっても軍事的真空地帯になることはないという考えを持っていた。昭和天皇が「アメリカが、日本に主権を残し、租借する形式で、25年ないし50年、あるいはそれ以上、沖縄を支配することは、アメリカの利益になるのみならず日本の利益になる」というメッセージを送り、自らの延命のために沖縄を売り渡したことが決定的だった。
 その後も米帝の対沖縄政策は一貫して、沖縄の軍事戦略上の価値をいかに維持するかにあった。
 中国革命(50年)の勝利が決定的となるころ、沖縄の米軍基地の建設は本格化し、朝鮮戦争(50〜53年)中に締結されたサンフランシスコ対日平和条約(52年4・28発効)によって法的にも沖縄は日本から分離された。沖縄の米軍は、武装兵を出動させ、農民の抵抗を排除して、「銃剣とブルドーザー」による軍用地の強制収用を強行、恒久的な基地建設を推し進めた。沖縄の軍事支配と米軍基地の存在を要(かなめ)として、米軍の戦後アジア・太平洋支配が行われた。
◎「本土復帰」
 65年、アメリカ帝国主義は北爆(北ベトナム爆撃)に踏み切った。沖縄はベトナム戦争の前線基地になった。沖縄の主要な道路は、軍需物資や兵隊を満載して港に向かう軍用トラックや戦車でいっぱいになった。B52戦略爆撃機が渡洋爆撃し、ベトナム人民を大量虐殺した。
 沖縄人民は、基地の「即時・無条件・全面返還」を掲げ、「核も基地もない平和な沖縄」を望んだ。そして、教公2法(教育労働者の政治行為の制限、争議行為の禁止など)阻止闘争や基地労働者の労働組合である全軍労の24時間ストライキなどの闘いが高揚した。
 68年11月のB52の墜落炎上事故に対してゼネストが決定されたが、日本政府の圧力や総評などの働きかけで、ゼネストは挫折。その後、70年12月の反米軍のコザ暴動、71年5月19日の沖縄返還協定粉砕ゼネストなどが闘われた。
 本土では学生・青年労働者が「沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒」を掲げ70年安保・沖縄闘争を闘った。
 日本政府は、沖縄人民の「米軍支配のもとにいるのはイヤだ」という本土復帰の願いを逆手にとって基地を永久に固定化する「施政権返還」を日米で合意、72年5月15日にペテン的「沖縄返還」が行われた。しかし、米軍基地はそのまま存続し、一部には自衛隊も使用することとなった。
 「返還」後34年の現実は基地がなくなるどころかさらに新設されようとしているのである。

 労働者の闘いが基地を阻む

 5・15の課題

◎600日間の闘い
 今年の5・15沖縄闘争は、重大な歴史の岐路の中で迎えている。
 基地建設に反対する住民らが海上基地建設阻止の座り込みを始めて、4月19日で丸2年を迎えた。日本帝国主義は、名護市長と住民に圧力を集中し、甘言、うそ、脅迫、金、暴力とあらゆる手段を使って屈服させようとしている。在沖米軍の再編を沖縄に飲ませ、全国的な米軍再編を貫こうとしているのだ。
 600日に及ぶ座り込み闘争で辺野古沖への新基地建設を実力で阻んだ闘いを踏まえ、辺野古・命を守る会、二見以北10区の会を全国の学生・労働者の闘いで防衛し、新基地建設と米軍再編を粉砕しよう。世論調査でも沖縄県民の7割以上がV字沿岸案に反対だ。3万5千人が集まった3・5県民大会に続き、今度こそ10万、20万人規模の県民大会をともに実現しよう。
 確かに小泉政権の攻撃はこれまでの次元をもはるかに超えている。小泉は「一歩も妥協するな」「地元の合意がなくても強行する」「1千億円の振興策がなくなってもいいのか」と露骨に脅迫している。あらためて新沿岸案阻止をめぐり、闘いの強化と発展、本土・全国の学生・労働者の決起が求められている。
 敵の暴虐に対し、今こそ労働者の体を張った闘い、巨万の労働者階級の階級的な決起が必要だ。労働者階級を中軸とした島ぐるみ決起が歴史的要請となっている。本土の労働者の態度が問われている。沖縄人民と本当の意味で連帯し、沖縄闘争を内在化した本土の労働者階級の闘いが必要だ。現地に駆けつけて闘うことも必要だ。
(写真 防衛施設局が夜間に金網を張った。事態を知った反対派はヤグラを奪い返した【05年4月26日 辺野古沖】)
◎全軍労の闘い
 労働者が立ち上がる時、いかなる力を発揮するのか。そもそも労働者はいかなる力を持っているのか。
 1960年代、米軍の北ベトナム爆撃の開始とB52戦略爆撃機の墜落事故が起きた。当時の沖縄の基地労働者には、団交権も争議権もなかった。一方的な解雇通告や組合指導者に対する米軍の監視、有無を言わせぬ労働条件の切り下げなど、労働者としての権利が著しく制約されていた。その中で、全軍労は1968年、歴史的な「10割年休闘争(事実上の24時間ストライキ)」を組織し、沖縄全島60数カ所の基地ゲートに赤旗を立てた。このストで陸軍司令部や那覇軍港のコンピューターは機能を停止し、戦場への補給物資が途絶えて、日米両政府に大きな衝撃を与えた。
 この闘いは基地労働者に自信を与えた。基地労働者のストライキこそ、米軍基地の機能をストップさせ、米軍の沖縄支配を根底から揺るがす最大の武器であることを示した。「米軍はいまベトナムで苦戦している。沖縄からの補給が途絶すれば、その間、彼らは解放戦線の包囲に裸でさらされる。沖縄ではストの効果は目に見えないかもしれないが実際の影響はベトナムで現れる」と言われた。
 基地労働者は、沖縄人民の置かれた現実の象徴的な存在だった。沖縄人民は戦後、米軍の収容所に送り込まれ、その間に、土地を奪われ、基地依存の経済と生活を強制されてきた。生きるために基地で働くことを余儀なくされたのだ。
 しかし、沖縄人民の上に重くのしかかる基地は、労働者が決起した時、帝国主義の「太平洋の要石」であった沖縄が逆に最大の弱点に転化したのだ。自らの手で巨大な基地機能をストップさせた経験は、労働者階級の階級的な力を自覚させた。社会の真の主人公は労働者であり、労働者が決起した時、社会を変えることができる。
 基地労働者(本質的には沖縄全体もそうだが)は、自己の生存の糧を得る職場が最も非人間的な軍職場というジレンマの中にある。基地撤去は自己の生活基盤の否定でもある。しかし、基地労働者は「死すべきは基地、労働者は死ぬべきではない」「首を切るなら基地も返せ」と闘った。それは帝国主義の軍事要塞である沖縄の現実を内側から食い破る闘いだった。
 労働者階級が立ち上がった時、帝国主義の沖縄支配を大きく揺るがすことができる。労働者階級は自らの力によって、この社会を変革できる力を持った存在だ。基地も含めて、すみずみに至るまで社会を実際に動かしているのは労働者である。労働者階級が団結し、基地労働や戦争協力を拒否し、沖縄人民の自己決定として、帝国主義の沖縄支配を打ち砕き、基地のない沖縄を実現できるのだ。
 基地労働者を始め、自治体労働者、教育労働者などが立ち上がり、10万人の県民大会、ゼネストへ発展する展望は確実に存在する。沖縄の怒りのマグマはまさに噴き出そうとしている。
 岩国、座間、横須賀を始め、米軍再編と対決する闘いが始まっている。学生・青年労働者は新たな安保・沖縄闘争、改憲阻止の闘いに決起しよう。

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2245号10面1)(2006/05/08)

 フランス CPE撤回させた闘いの教訓

 スト・デモ・街頭闘争が爆発 学生と労働者の実力決起が勝利開く

  藤沢明彦

 フランスの学生と労働者は、3月28日と4月4日の2度におよぶ300万人デモとストライキの爆発を頂点とする3カ月にわたる闘いによって、政府の若者雇用政策=初期雇用契約(CPE)を撤回させる勝利をかちとった。労働者階級のストと街頭闘争の威力が議会で成立した法律を覆した。団結して闘えば勝てる!――この真理をフランスの労働者階級は実践し、その革命的伝統をよみがえらせた。階級間の力関係は大きく変化している。だが、シラク−ドビルパン−サルコジ政権と雇用機会均等法そのもの、昨年夏に制定された新雇用契約(CNE)は残ったままだ。反CPE闘争はフランス帝国主義打倒に至る永続的な闘いの始まりでしかない。CPE撤回闘争の勝利の地平、教訓と展望を明らかにし、フランスに続く日本の労働者階級の闘いを4大産別を基軸につくり出し、日本革命―世界革命の大道を切り開こう。

 2度の300万人デモはどう実現されたか

 ドビルパンが今年1月下旬、若者向け雇用政策としてのCPEを含む雇用機会均等法を国会に提出すると、直ちに全国の大学生、高校生からCPE反対の声がわき起こった。
(写真 4月4日、フランス南部トゥールーズ市のサンミシェル橋を行く9万人の反CPEデモ。この日、2度目の全仏300万人デモが闘われた)
 CPEは、15歳から25歳までの労働者は最初の2年間、企業から理由を告げられることなく解雇されうるという雇用契約だ。「郊外」の若者の「蜂起」を未然防止する狙いも込められた。機会均等法は、14歳からのフルタイム見習い労働契約と15歳の深夜労働を容認する時代逆行、搾取強化の悪法である。若者失業者のための警察と軍隊での訓練の推進、母親への福祉手当の剥奪(はくだつ)までも定めている。
 全国の反CPE闘争の最先端を切り開いたのは、フランス北西部、ブリュターニュ地方の中心都市レンヌの第2大学の学生たちだ。レンヌ第2大学では2月初め以来、学生らが教室を占拠し、そこに寝泊まりして闘ってきた。机やいすをひっくり返してバリケードを作り、そこに自爆決起する青年の人形を飾った。
 語学コースの1年生の目が赤い。道路や鉄道をブロックした時、警察が撃った催涙ガスのせいだ。「毛布にくるまって毎晩数時間の睡眠でがんばってきたからだろう」と本人は言う。
 彼は決意も固く語った。「絶対に屈服しない。これはCPEの問題にとどまらない全面的な問題だからだ。われわれ若者は使い捨て世代にされてきた。フランスの政治体制を完全に変えなければならない。第5共和制に終止符を打たなければならない。すでにそれはわれわれの目の前で死につつある」
 「ホールB」はCPE反対の大衆運動の発端となった場所だ。2月7日、数千人の学生が建物を襲い、封鎖し、座り込んだ。それ以来、全講義が中止され、建物が5千人の学生によって管理された。200人の戦闘的学生が講堂で毎晩寝泊まりした。
 4月4日の機動隊と学生の衝突をもってレンヌ大学実力占拠はほぼ終わった。しかし5日、マスクを着けプラスチック銃を持った学生たちが「われわれはけっして武装解除しない」と書いたボードを前に講義室で記者会見を行った。戦術を変えながら闘い続けるという。6日には、開講していた法学部を襲い、政府の新雇用法を支持する右翼学生同盟の事務室を破壊した。
 レンヌ第2大学の学長は「学生の闘いを支持し、政府のCPEに抗議してフランスのすべての大学の学長は辞任しよう」と訴えた。また、100人を超す学生と失業者が共同でレンヌ市の中央広場に「闘争村」をつくり、司令部にした。
 レンヌ大生は「雇用しやすく解雇しやすい法律は失業問題の解決にならない。アングロサクソンモデルはフランスでは機能しない。われわれの生活様式に合わない」と言う。彼はブルターニュの農村出身で、大学に通う間の生活費を稼ぐために短期雇用の仕事に就いている。
 彼は「短期雇用の仕事に就いたら、次の雇用主は履歴書を見て、その人を終身雇用にしないだろう」と予測する。「だから失業補償を受けざるを得ない。CPEのもとでは生きていけない」と弾劾する。
 政治学科の学生は「われわれ若いフランスの知識人は自由主義への転換の犠牲にされている。われわれの要求は失業問題のまともな解決の戦略だ。しかしフランスの左翼も右翼もそれを提起していない」と批判する。

 全国学生代表会議が方針

 学生たちは、不安定雇用政策を強め企業を優遇する右派政権への怒りを率直に語っている。同時に政府に屈服する既成の「左翼」政党や労働組合運動を批判し、自らの行動で未来を切り開こうとしている。
 学生、高校生の全国団体は何度も合同で全国代表者会議を開いて闘争方針を決め、それを実行し、主体的に情勢を動かした。社・共・緑の党などの既成政党を完全にのりこえて階級闘争全体の実際の指導部になった。労組指導部を突き上げ、学生の闘いへの労働者の合流をつくり出した。2度にわたる300万人デモと全国ストライキとの結合はこうして実現された。
 学生たちは、1968年以来の街頭実力闘争を復活させた。大学にバリケードを築き、実力占拠し、街頭で機動隊と激突した。道路、鉄道、駅を止め、社会と生産を機能不全に追い込んだ。この大衆的実力闘争の爆発は、CPEの修正はあっても撤回はしないと言い続けたシラク―ドビルパンが撤回を最終的に決断するための一撃となった。
 反CPE闘争は、昨秋の3週間にわたった「郊外」の若者たちの「蜂起」と連続している。「蜂起」は人種、民族、貧困、住所を理由にした就職差別、警察権力の日常的暴力支配、社会からの疎外への抑え難い怒りの爆発だった。
 ドビルパンは、爆発した「郊外」問題の解決策と称してCPEで「郊外」の若者を雇いやすく首にしやすい使い捨ての労働力にしようとした。
 他方、警察権力は今回、デモに私服刑事を潜入させて卑劣な弾圧を行った。大学当局は機動隊を大学に導入してバリケードを襲撃・破壊し、逆封鎖した。
 学生・労働者と「郊外」の若者は、警察の暴力と失業・不安定雇用拡大に対する怒りを共有している。

 CNE(新雇用契約)・機会均等法撤回へ闘い継続

 闘いが3月28日と4月4日の300万人デモへと上り詰めると、与党指導者が労組指導部、学生団体代表に話し合いを求めた。4月5日から話し合いが始まったが、進展はなかった。
 4月8日、大学・高校各団体の地域代表は全国会議をもち、CPEの完全撤回を求め、「第2CPE」への置き換えに反対すると宣言した。機会均等法と移民権利制限新法の撤回を要求として掲げた。与党との話し合いを即時中止し、要求実現までデモとストを続けようと呼びかけた。
 しかし、4月11日、政府・与党と野党・労組とが事実上合意し、CPE撤回、代替雇用政策導入が決まると、2大学生団体の学生同盟(CE)とフランス全学連(UNEF)の指導部も闘争終結にかじを切った。ストライキとバリケード封鎖を解き、もうデモはしないと宣言したのだ。卒業試験に間に合うように授業を再開する方針だ。
 こうした中、4月11日の学生デモ(労組は不参加)はパリとその他を合わせて4万1千人にとどまった。しかし実力行動は闘われた。数百人の学生がボルドー郊外の有料道路を封鎖し、無料で車を通した。若者たちがダンケルク近くのTGV(フランス新幹線)の線路上に侵入し、乗客と集会を持った。学生たちがナントの空港の滑走路を一時占拠した。闘争継続の意志が示された。
 4月中旬2週間の復活祭の休みが終わると、多くの大学・高校で授業が再開され始めた。封鎖解除か否かをめぐる投票で多くの大学で意見が分かれた。
 レンヌ第2大学でも4月21日の投票で賛否が真っ二つに割れた。1票1票数えた結果、わずかに封鎖解除賛成が上回ったことが判明した。半数の学生が闘争継続を望んでいるということでもある。
 戦闘的な学生たちは、封鎖解除・授業再開が決まってもCNEと機会均等法などの撤回・廃止を求めて闘いを継続することを呼びかけている。

 ソルボンヌ前が全国の焦点

 多くの大学と同様、パリ第4大学(ソルボンヌ)でもパリ大学本部の命令によって4月24日に5週間ぶりに校舎が開かれ、授業が再開された。警備への学生証提示が義務になった。
(写真 3月12日、警察によるソルボンヌ大学のバリケード破壊と学生逮捕・排除に抗議し、機動隊と対峙する学生)
 しかし、戦闘的な学生たちは学生総会で授業再開に反対し、再度の占拠闘争を決定した。午後、パリ大学の複数のキャンパスから集まった200人の学生が警備を突破し、キャンパスに突入、バリケードを築き、授業を中止させ、校門前の広場に陣取った。
 占拠した学生たちは、雇用機会均等法とCNEの撤回、移民・亡命者の権利を制限する新法の撤回、教員資格試験の改革、反CPE運動で起訴された者の釈放をスローガンに掲げた。
 実力占拠に決起したソルボンヌの社会学科の3年生は闘争継続の理由を説明する。「われわれとしては運動は終わっていない。最初から機会均等法全体に反対して闘ってきた」。女子学生が付け加えた。「総会でソルボンヌの占拠に賛成したのは、運動を再興させるのに十分なインパクトを加えたいからだ」。闘いへの固い意志が示されている。
 パリ大学本部は「200人の非妥協分子は彼ら自身しか代表していない」と占拠闘争を誹謗(ひぼう)し、警察に機動隊導入を要請した。機動隊が4月24日午後8時半ごろ構内に侵入し、占拠学生を暴力的に排除した。占拠闘争に共感する学生たちは阻止線を張られて遠ざけられていた。25日、授業は再開された。
 ソルボンヌは攻防の焦点だ。3月9日と10日、すでに閉鎖されていたソルボンヌに数百人の学生が構内に入り、バリケードを築いて占拠した。11日未明に機動隊が構内に侵入、バリケードを破壊し、学生を追い出した。以来、当局による封鎖が続いてきた。しかしソルボンヌの校門前の道路は、闘う学生たちが全国から集まり情報交換する活気に満ちた場所となった。

 現場労組員が自信を回復

 労組指導部の多くは、4月10日の政府のCPE撤回宣言に安堵(あんど)して闘争を終結させた。指導部の政府・資本との協力関係を再強化するためだ。
 労組指導者は、資本家団体のフランス企業運動(MEDEF)とともに「社会的パートナー」としてCPE危機から「教訓を引き出し」、将来の「自由市場」改革の計画案を作るために会議をもつことで合意した。だがMEDEFは、よりフレキシブルな雇用契約の導入を要求するだけであろう。労組にとってMEDEFとの話し合いは何の利益にもならない。
 労組指導部の思惑はどうであれ、反CPE闘争の勝利でランク・アンド・ファイルの労組員は明らかに自信を取り戻している。戦闘的な行動は無駄だと思ってきた人びとがそれは逆であることを経験をつうじて理解した。勤労学生を始め労組加盟者が増えている。
 最大労組のCGTは左に動揺している。CGTは4月24―28日の大会でCPE撤回闘争の勝利を確認し、CNE撤回を新たな目標として引き続き闘うことを決めようとしている。そのためには国際的な強力労組の統一的権威が必要となるとして、大会に招いたヨーロッパの諸労組と協議を始めた。今年末に新組織を誕生させることを目標にする。
 CGT指導部は、反CPE闘争の大爆発を契機に対決路線への転換を図ることで組織拡大にはずみをつけたいと考えている。だがそれは、交渉=屈服路線のもとに労働市場の「自由化」で仏政府、欧州労連(ETUC)と合意したことと矛盾する。CGT指導部は選択を迫られている。

 若者雇用政策の破綻で危機に陥った仏帝

 フランスの失業問題は深刻だ。名門大学を出てもなかなか就職先が見つからない。大学を卒業して数年間、正規雇用の職を得るまでの間、短期雇用と失業を繰り返して食いつなぐ人も多い。高校さえ卒業していない「郊外」の貧窮者や移民系の若者の場合、なおさら就職は困難だ。15歳以上26歳未満の層の失業率は23%だ。「郊外」の若者の失業率は50%を超える。
 フランス帝国主義は、ユーロの維持と拡大EUの統合強化のために、財政赤字の縮小、公共支出の削減、民営化を図ってきた。雇用政策では、企業に有利な不安定雇用、非正規・短期雇用を拡大し、労働市場の「自由化」=規制緩和を進めてきた。企業が労働者を雇いやすく首にしやすい施策を強めてきた。
 シラク−ラファラン政権は2002年、若者雇用政策として、公共部門中心の青年雇用契約(CEJ)を漸次廃止し、その代わりとしての民間企業雇用契約(CJE/16歳から23歳が対象/正規雇用)やそれを補強する社会参入雇用契約(CIVIS/18歳から22歳が対象/非営利団体、公共サービスなどとの3年間の雇用契約)などを導入した。これらは企業に対する社会保障負担免除、雇用奨励金補助金を政府財政支出で賄う政策だったが、効果は上がらなかった。
 昨年5月の国民投票でEU憲法条約批准が否決されると、ドビルパンが首相に就任した。
 東欧など新規EU加盟国から低賃金労働者が自由に流入し、雇用機会が奪われることになる、と労働者が危機感を抱いたことがEU憲法条約への主な反対理由だった。そこでドビルパンは昨年6月、「雇用のための緊急計画」を発表し、特に零細企業における雇用創出を促進する政策としてCNEを打ち出した。
 CNEは、従業員20人以下の企業(フランスの96%を占める)は契約の最初の2年間、理由を告げずにどんな年齢の労働者も解雇できるという雇用契約だ。(この2年間を終えると無期限雇用契約、正規雇用に移る)
 企業は人材をフレキシブルに採用できるためCNEを歓迎した。しかし、労働者、労働組合の側は▼CNEでいつ解雇されるか分からない▼企業に人種、民族、宗教で差別する自由を与える▼労働者が銀行ローンを組むことやアパートを借りることが難しくなる▼失業率の改善にはならない――と激しく批判した。
 ところがドビルパン政権は、ほとんど国会審議にかけることなく多数与党の力でCNEを成立させ、昨年8月の夏休み中にCNEの施行を強行した。
 そして今年1月、ドビルパンはCPEを含む機会均等法案を国会提出し、またもほとんど審議を経ず、3月初めに成立させた。
 ところでCNEとCPEも正規雇用(CDI)のカテゴリーに入れられる。従来の正規雇用は試用期間は1〜3カ月に限定されていたが、CNEとCPEでは事実上の試用期間(「職業補強期間」と詐称)が2年間に大幅延長され、この間、解雇が雇用者の自由となる。企業がより有利になる大幅な雇用規制緩和だ。
 シラク大統領の指示でCPEの撤回を宣言したドビルパン首相に代わって、内相で与党・国民運動連合(UMP)党首の極右サルコジが主導権を握り、CPE代替案を議会に提出、4月12日に国民議会(下院)で可決した。この代替策は、技能や学歴のない16歳から25歳の若者らを雇った企業に補助金(06年に1億5千万■=約210億円)を与え、若者向け職業訓練所を設けることによって雇用促進を図る旧来型の施策だ。しかもほとんど効果がない見せかけだ。

 EUリスボン戦略の粉砕を

 フランス帝国主義は、若者の失業問題を解決する有効な施策を提起できず、完全に行き詰まっている。しかしシラク−ドビルパンの右派政権は、戦後的な社会保障政策や労働者保護政策をアメリカ帝国主義並みの水準にする戦略を放棄することができない。自らが主導する欧州連合(EU)のグローバリゼーションを推進する「リスボン戦略」(2000年導入、2010年目標達成予定)以外に延命戦略がないからだ。
 これは、貧困対策や環境政策を含む一方、ヨーロッパの資本の利益水準を規制撤廃や民営化、法人税引き下げをつうじて引き上げることを目的としている。資本主義の「持続的な成長」のために加盟国に財政赤字を削減させる。最初に年金・社会保障費を削減し、労働者を犠牲にする。
 このリスボン戦略こそ拡大EUにかけるフランス帝国主義の最大の延命策であり、階級闘争の対決点だ。
 フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、韓国を始め全世界の労働者階級が帝国主義の危機の中で戦争と民営化、労働条件切り下げの攻撃に同じように直面し、「闘わなければ生きていけない」と叫んで一斉に立ち上がっている。反CPE闘争の勝利でフランス帝国主義打倒に向かって巨大な進撃を開始したフランス労働者階級に続く闘いを日本で実現しよう。

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2245号10面2)(2006/05/08)

 コミューン 6月号 崩壊する米軍支配

 イラク侵略戦争開戦3周年を迎え、米帝の占領支配体制は、米軍が軍事的に戦略的敗勢に追い込まれている中で、総崩壊の危機にたたき込まれている。今月号の特集は、この点について豊富な具体的資料を駆使して徹底的に暴露している。
 第1章は、米軍のイラク軍事支配と米軍自身の崩壊的危機について、米軍死傷者の急増、動員体制の危機、募兵の危機など、日本の商業新聞がほとんど言及しない資料の分析をつうじて明らかにしている。また米帝が無差別空爆戦略への転換、巨大基地の建設とそこへの立てこもり政策の採用などによってこの危機ののりきりを策していることも暴露している。
 第2章は、米帝の危機のりきりのための凶暴な軍事作戦と分断支配政策を原因とする内戦的事態の勃発(ぼっぱつ)の中で、そうした困難に屈せずますます激しく展開されているイラク人民の民族解放戦争の現状について分析している。自衛隊「撤退」を掲げながら、実際にはイラク侵略戦争に深々と介入しようとしている日帝の動向と、イラク人民の自衛隊への攻撃の激化の中で深刻化する派兵部隊の危機の実態についても明らかにしている。
 翻訳資料は、今号から3回連続で掲載する予定の06年QDR(4年ごとの戦力見直し)の第1回である。米帝の軍事面での世界戦略を分析する上で絶対不可欠の必読資料。詳細な翻訳文を掲載するのは、唯一『コミューン』だけである。

------------------------TOPへ---------------------------