ZENSHIN 2005/05/30(No2199
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週刊『前進』(2199号1面1)(2005/05/30)
都議選勝利へ全国の力を
「戦争賛美の教科書」採択阻止!
戦争と民営化と福祉破壊の石原ファシズムを打ち倒せ
革命的共産主義者同盟政治局
第1章 危機を深め世界戦争へ突き進む帝国主義
現代帝国主義の危機が深まっている。アメリカ帝国主義・ブッシュ政権によるイラク侵略戦争の継続・激化の政策を軸に、世界は新たな帝国主義侵略戦争、世界戦争の道へと突き進んでいる。
世界経済は過剰資本・過剰生産力状態の歴史的重圧下で、世界大恐慌過程に半ば突入している。各国は今や、その全面的爆発の恐怖におののいている。そしてその過程は、帝国主義による世界経済の分裂化・ブロック化と一体のものとして、相互に強めあいつつ進行している。
その中で、勢力圏形成と石油などの資源の独占的支配(再支配)をめぐる帝国主義間争闘戦が激化し、すでにイラク侵略戦争を引き金に、新たな世界戦争への道が始まっている。中国・北朝鮮などの残存スターリン主義国との対立とその転覆・再支配を狙う策動が、帝国主義の侵略と戦争への突進に拍車をかけている。
何よりも、今日の世界経済をかろうじて支えてきたアメリカ経済の強引な景気浮揚の引き延ばしが、ついに万策尽きて大破局を迎える局面に突入した。米経済はこの間、ブッシュ政権による大減税と超低金利政策という空前の恐慌対策のもとで、ITバブル崩壊後も一定の成長を人為的に継続してきた。だがそれは、財政赤字と経常赤字の天文学的な巨大化をもたらし、経常収支の赤字は08年にはGDP(国内総生産)の10%に達し、10年後には対外純債務の支払いがGDP比5%にも達すると言われている。こうした中でドル不信がすでに進行し、今やIMF(国際通貨基金)がその報告書でドル暴落の危険をストレートに警告するという恐るべき情勢に入っている。
EU経済、日本経済の危機も一層深まっている。ドイツの失業者は05年に入って500万人を超えた。これはヒトラーが政権を奪取した1933年に匹敵する数である。EU経済の停滞と米・EU間の対立は一層進行している。この間の日本経済の若干の「景気回復」も、労働者階級への徹底したリストラ攻撃と対中国輸出の大展開に依拠した一時的なものでしかない。根底的には、米帝以上に野放図な国債発行とゼロ金利的な超金融緩和政策のとめどもない続行によって支えられているものでしかないのだ。この矛盾は、国家的破産のもとでの小泉政権と奥田・日本経団連による「構造改革」攻撃=「骨太方針W」貫徹の攻撃として、ますます激しく労働者階級に襲いかかってくることは明白である。
さらに重大なことは、今日の世界経済における中国経済の位置の大きさと、帝国主義とりわけ日帝との関係の構造的な激変である。
中国は今日、政治のみならず経済の根幹をもスターリニスト官僚が依然として牛耳る残存スターリン主義国家でありながら、日本を抜いてアジア最大の貿易国となり、膨大な外貨準備高をもつ国家となっている。だがその輸出の半分は、中国経済に帝国主義的に食い込んだ日本などの外国企業によるものだ。日帝は特に03年以降、奥田の「東アジア自由経済圏」構想のもとで中国経済へののめり込み(経済侵略)を激しく強め、今日それはすでに量的・質的に一定の限界を超える水準に達している。このことが日帝の帝国主義的軍事大国化への焦りに満ちた動きに決定的な拍車をかけている。
他方で、米・英・日帝国主義によるイラク侵略戦争はますます激化し、泥沼化している。米帝は昨年のファルージャ大虐殺の血の河の上に、「イラク民主化」を名目としたかいらい政権デッチあげを必死に策動してきた。だがその破産が明白になる中で、イラク・ムスリム人民の民族解放戦争がこれまでをはるかに上回る勢いで大爆発している。米帝はこれへの危機感を強め、米軍トランスフォーメーション(世界的大再編)の推進をテコに、一層凶暴な侵略戦争・世界戦争政策へと突き進もうとしてきている。
こうした中で日帝は、帝国主義間争闘戦における最弱の環の現実にあえぎながら、その突破をめざしてきわめて凶暴な、激しい動きを開始した。日帝・小泉政権は、イラク侵略戦争への参戦を継続し激化するとともに、北朝鮮・中国スターリン主義政権の体制転覆を狙った侵略戦争の策動をますます強めている。今や、朝鮮・中国への直接的な領土・資源略奪の侵略戦争をも策動し、北朝鮮への経済制裁(北朝鮮は事実上の宣戦布告とみなすと言っている)発動へ向けた具体的行動に踏み切り始めている。
この間の韓国・中国での反日帝・抗日の大デモの爆発はまさに、日帝が新たな侵略と侵略戦争の道に一歩踏み込み、朝鮮・中国人民に襲いかかろうとしていることへの怒りにみちた民族的=階級的反撃の爆発である。
内外情勢はいよいよ激しく加速度的に動き始めた。歴史の歯車の回転速度が大きく変動したのだ。これは革命論的立場からみれば、いわゆる革命的情勢への急速な接近(その成熟過程の一挙的進行)である。今日、多くの人びとから語られている表現で言えば、戦時下階級闘争の開始ということである。今や、日本の労働者階級は(その先頭で闘う革命的労働者党であろうとする党派も)この戦時下階級闘争の現実を直視し、それとがっぷり四つに組んで闘いを発展させる道を切り開かなければならない。
第2章 帝国主義を打倒するしか真の出口はない
この戦時下階級闘争での闘いにとって最も大切なポイントは、次の二つの点にあることを、この間の実際的闘いの経験を踏まえて確認しておきたい。
一つは、帝国主義への怒りである。帝国主義を体制として打倒するしかない、それだけが真の出口を与えるのだというプロレタリア革命の戦略・方針・考え方を白熱的・圧倒的に確認することである。このことを労働者階級全体にむかっても断固はっきりさせ訴えていくことである。原理的・思想的には、マルクス主義とプロレタリア自己解放闘争への無限の信頼である。その可能性と現実性への確信である。
この原点に立ち切った時、今最も必要とされている革共同の戦略的スローガン、すなわち〈闘うイラク人民・ムスリム人民、中国・朝鮮・アジア人民と連帯し、日帝のイラク・中国・朝鮮・アジア侵略戦争を内乱に転化せよ〉というスローガンを、真に生き生きと主張し、物質化していくことができる。
戦時下階級闘争を闘いぬいていくためには、労働者階級は何よりも、自国帝国主義によって展開される帝国主義間争闘戦に勝ちぬくための戦争と民営化(労組破壊)の攻撃に、徹底的に反撃する立場に立ち切らなければならない。そして、この闘いをやりぬくためには今や、帝国主義を打倒しプロレタリアートの全面的解放をかちとっていくプロレタリア革命の道しかないという思想と理論で完全に武装していくことが求められている。
この帝国主義打倒=世界プロレタリア革命の立場に立つ時、初めて、帝国主義国のプロレタリアートは、被抑圧・被侵略諸国人民の怒りを本当に真っ向から受けとめることができる。侵略と侵略戦争に対する闘いに真に連帯するためには、その侵略と戦争の根源となっている帝国主義という体制をその内部から転覆し、打倒していかなければならない。「帝国主義が生き残り、祖国を守るためにはこの戦争が必要だ」という論理を根底から打ち破ることなしに、真に反戦・反侵略の闘いを展開することはできない。
逆にまた、その立場に立つ時、侵略と戦争に反対する被抑圧民族の反帝国主義の解放戦争(闘争)が、世界帝国主義を打倒していく上での決定的な闘いであることが明白となる。いや、それこそほかならぬプロレタリア世界革命の主体的担い手そのものであることが明白となる。
このような階級的論理構造にしっかりと立って進む時、初めて、帝国主義の展開する恐るべき排外主義と愛国主義の洪水のような攻撃に対して、労働者階級は確固として拒否し、のりこえて前進していくことができる。それだけではない。長い帝国主義の支配の歴史の中で、労働者階級自身に植えつけられ、しみ込んできた排外主義的な意識や考え方と真剣に対決し、階級内部の厳しいイデオロギー闘争をやりぬき、自己反省的・自己変革的に革命的な階級的=国際的な連帯の立場を打ち固めていくことが可能となる。
もちろん、その中では被抑圧人民からの厳しい糾弾・批判を真に受けとめ、それを学んでいくという立場、連帯してともに闘っていく立場がきわめて重要となる。そしてその闘いは、すぐれて革命党によって意識的に推進されていく必要がある。われわれが70年7・7自己批判をとおしてつかみとったものは、このような論理構造の内部で生き生きと発揚されていかなければならない。
01年の革共同第6回大会での「特別報告W」(入管闘争に関する特別決議)は、このような、労働者階級の自己解放闘争としての共産主義を根拠として成立している。そして、労働者階級はその自己解放闘争、帝国主義打倒の現実の階級闘争の中に、その一環として入管闘争をしっかりと位置づけ、階級闘争全体の勝利に向かって全力で闘いぬくことを提起しているものである。
いま一つは、革命的情勢への急接近情勢が進めば進むほど、労働者階級の階級的な決起はさまざまな紆余(うよ)曲折を経つつも、必ず成長してくるということである。この時決定的となるのは、先に述べたマルクス主義・レーニン主義で徹底的に武装した党が、〈労働組合の革命論的意義〉について鮮明な認識と立場をもち、その観点から労働運動・労働組合運動の戦闘化と階級的発展のために、あらゆる統一戦線戦術を駆使し、また時に党的組織的力量を駆使して、柔軟にかつ大胆に闘いぬくことである。
この〈労働組合の革命論的意義〉の明確化は、05年1・1政治局アピールでも言及しているように、スターリン主義のもとで明らかに妨げられ歪小化されてきたものである。革共同は、その歪曲の突破と反スターリン主義・革命的共産主義運動による克服をかけて、この間、労働組合論についての理論的な深化と実践を積み上げ、その内容を次第に深めてきた。それは、まだ端緒的であるとはいえ、革共同が91年5月テーゼの路線を真に物質化していく上での現実的な運動組織論として、ついにつかんだ革命的環ということが言える。
04年春以来の1年間を総括する時、決定的な総括軸となるものは、〈労働組合の革命論的意義〉をつかんでの新指導路線の全面的展開の開始ということである。これこそが04年の11・7労働者集会に至る大進撃を推し進める起動力となったものだ。また何よりも、11・7をバネにしての05年1〜3、4月の「日の丸・君が代」決戦、教労決戦を先頭とする4大産別決戦を推進した起動力となったものであることは明白である。
今日、戦時下階級闘争に深々と突入し始めている中で、以上の二つの点、すなわち革命的情勢の到来と革命的な戦略・思想での全党の武装を踏まえ、〈労働組合の革命論的意義〉の明確化を核心とする新指導路線を物質化していくならば、05年11月の労働者大統一行動を万余の画期的な大結集としていく決定的な力となる。「日の丸・君が代」決戦と4大産別決戦の闘いをさらに通年的に発展させよう。その立場を堅持して闘おう。その上で、05年5〜6、7月の都議選決戦を労働者階級の「つくる会」教科書粉砕闘争の決定的環として闘いぬき、必ず選挙戦に勝利し、石原都知事と杉並の山田区長、小泉政権と奥田・日本経団連に階級的痛打を与えよう。
「日の丸・君が代」決戦によって可能となった都議選・教科書決戦を、新指導路線のもとで労働者階級の根底的決起としてかちとるならば、都議選の勝利は必ず切り開かれる。そして都議選の勝利は、新指導路線下の闘いの一大飛躍を切り開き、05年11月労働者集会への大道を押し開くことは間違いない。
第3章 「日の丸・君が代」決戦の戦闘的勝利的貫徹
戦争と民営化に反対する闘いは、昨年11・7の巨大な地平の上に教労を先頭とする4大産別決戦として闘われてきた。05年の「日の丸・君が代」強制拒否の決戦は、都高教を先頭に、革命と反革命の激しい攻防に勝ちぬいて戦闘的・勝利的に貫徹された。この勝利は限りなく偉大である。この勝利をがっちりと確認することによって初めて、今後の闘いの革命的展望を切り開くことができる。
石原を痛撃した教育労働者の不屈の決起
「日の丸・君が代」の攻撃は、ファシスト石原都知事(および文科相・中山)のもと、都教委の03年「10・23通達」をふりかざした巨大な教育攻撃・政治攻撃であり、教育基本法改悪と憲法改悪の先取り攻撃である。その核心は職務命令をもってする戦争教育の強制の攻撃である。それは同時に、労働者階級の階級的団結・労働組合的団結の破壊であり、個々の教育労働者の組合性と労働者性の解体、ひいては主体的人間としての人格そのものの破壊の攻撃なのである。いやそれどころか逆に、教育労働者を戦争教育の主体的・積極的担い手に改造し染め上げていく攻撃なのだ。
これとの闘いは、労働運動的に言えば戦時下階級闘争の始まりそのものである。戦時下の苛烈(かれつ)な政治闘争・イデオロギー闘争であり、職場抵抗闘争である。一言で言えば戦争協力拒否闘争である。このきわめて苛烈な階級的決戦が、あらゆる反動と抑圧をはねのけて、都高教を最大の焦点とした首都決戦を軸とする全国的決戦として、教育労働者を先頭に4大産別の労働者、全労働者人民を結集してかちとられたのだ。それは次のようにきわめて中身の濃い、内実のある決戦としてかちとられた。
@昨春に続き、全都の都立校では3月の卒業式で52人が不起立を貫き、4月入学式でその数はさらに拡大した。その7割以上が今回初めて不起立した人びとである。都教委が不起立闘争圧殺のためにありとあらゆる攻撃を加え、最後は不起立で闘おうとする労働者の多くを式場外任務に意図的に配置してまで闘争つぶしに全力を挙げた中で、その全攻撃をはね返して闘いが爆発し、しかも新たな決起が大量に生み出されたのだ。
これに対して都教委は再び不当な懲戒処分を加えてきたが、これにも即座の反撃がたたきつけられ、闘いはますます継続・拡大し、不屈に発展している。
Aさらに05年卒業式では、高校生(卒業生)自体の決起がきわめて内容豊かにさまざまな形態で闘いとられた。
B革共同の党的な総決起を軸に、大衆的な支援のビラまき闘争が全面展開され、教育労働者を圧倒的に励まし、その闘いを支えるものとなった。これは、戦時下階級闘争としてみた場合、ひとつの教訓を示している。
職場内の労働者が激しい怒りに燃えて闘いを求めているが、組合の執行部を握る腐敗した労組幹部が労働組合としての抵抗を組織しない。この中で、権力・当局(教育委や校長ら)の重圧をはねのけて、本来なら組合が取り組むような闘いとして、労働者の意見や怒りを的確に表現するビラが組織的・系統的・計画的に配布されることは、非常に大きな力をもつ。また、これへの権力・当局の弾圧は、巨大な大衆的怒りを爆発させるということである。
今回の場合、二度にわたる権力の逮捕攻撃が、教育労働者・保護者を始め労働者階級と市民の激しい怒りをつくりだし、早期釈放を強制した。これが職場内に大きなインパクトとして働いた。
C不起立闘争は東京だけでなく、全国的にも強力に展開された。大阪、広島、九州などの決起が都高教や教育労働者全体に与えたインパクトは大きい。また特に、神奈川の教育労働者の、日教組運動の階級的再生へ向けた画歴史的な挑戦と決起も、「日の丸・君が代」決戦と一体のものとしてかちとられた。それは、都の決戦として闘われた05年の「日の丸・君が代」決戦に、全教労決戦としての重厚さを加えるものとなった。
4大産別決戦爆発と一体で実現した勝利
以上の闘いは、戦時下の階級闘争の発展にとってどのような意義をもつか。
第一に、「日の丸・君が代」強制の攻撃が教育労働者の団結(組合的団結)を破壊し、さらに個々の教育労働者の労働者性さえ解体し、逆に戦争教育の主体的担い手へと改造しつくそうとするファシスト的攻撃である中で、これと真っ向から不起立を貫いて対決する闘いとしてかちとられたことである。
カクマルは、不起立闘争を組織するのは「挑発行為」であるという反革命的主張をもって、不起立闘争の発展を圧殺するために「告訴・告発」運動なるものさえデッチあげたが、しかし、05年の闘いの現実そのものが彼らの反革命性を鋭く暴露した。戦時下においては、帝国主義は労働者階級の階級的団結をトコトンまで破壊・解体しつくそうとするのであり、敵の攻撃に恐怖してひたすら逃げても組織の防衛にはならない。ずるずるとどこまでも後退し、ついには産業報国会的な存在になり果てる道しかない。だが権力やファシストの超反革命的攻撃に対して、一定の処分攻撃をも恐れず、多様なゲリラ的闘いを組織して立ち向かうならば、逆に巨大な全階級的・全人民的な怒りを引き出すことが明白となった。
実際、04年と05年の都の教育労働者の闘いをみる時、05年の闘いは明らかに04年以上に、石原・都教委の「10・23通達」に基づく「日の丸・君が代」強制攻撃のファシスト的突出性を激しく弾劾する闘いとして発展したということができる。05年の闘いはしたがって、06年にはさらに大きな反撃を組織していく条件もまた存在していることを示した。この闘いを組織的・通年的にしっかりと強めていけば、処分恫喝や処分そのものによっても抑え切れない教育労働者の闘いが圧倒的に生み出されてくることは必至である。そしてその力を結集していけば、日教組運動の階級的戦闘的再生は必ず可能になることがはっきりした。
第二に、「日の丸・君が代」決戦の勝利的貫徹と教労・全逓・自治体・国鉄という4大産別決戦の爆発が、本質的にも現実的にも一体のものとしてあることが、実践をとおして明らかになった。
動労千葉は、「日の丸・君が代」決戦との革命的呼応関係の中で、05春闘を革命的に貫徹した。戦争と民営化(労組破壊)の攻撃に対する最も原則的で階級的な反撃の闘いを打ち抜いた。動労千葉のこの闘いは、「日の丸・君が代」闘争の爆発に大きく支えられて闘われると同時に、動労千葉ストの貫徹が「日の丸・君が代」闘争のさらなる発展に最も大きな援助を与えるものとなったのである。そして4大産別の全体においても、こうした展開が追求された。
さらに、動労千葉とともに3労組共闘の一翼を担う全日建運輸連帯労組関西生コン支部への大弾圧に対する反撃が、「日の丸・君が代」決戦の革命的息吹の中できわめて戦闘的に展開され、戦時下の労組弾圧への大衆的反撃を日帝にたたきつけるものとなった。
第三に、3・20国際反戦闘争への6000人決起の重要性である。昨年11・7から今春3月の「日の丸・君が代」闘争爆発に至る闘いの流れの中で、動労千葉の決起と百万人署名運動の努力をとおして、3・20が陸・海・空・港湾労組20団体の再決起を軸にかちとられた意義はきわめて大きい。これは、改憲闘争への道を切り開くものとなりつつある。
第四に、その上で最も決定的なことは、「日の丸・君が代」決戦自体が、05年3月での圧殺という敵の狙いを百パーセントぶち破って、05年通年的に闘いぬく力を自ら獲得したことだ。教育基本法改悪阻止決戦の巨大化への展望がここに大きく切り開かれた。また、都高教を始めとする教育労働運動、日教組運動の再生への重要な突破口が開かれた。
第五に、第四で述べたことの一環でもあるが、「日の丸・君が代」闘争の勝利的貫徹はその継続・激化の闘いとしての05年「つくる会」教科書粉砕決戦への道を切り開いた。しかもそれは、教科書決戦の最大の戦場が杉並区である中で、都議選決戦を教科書決戦としてかちとり、都議選の勝利が石原・山田に決定的な打撃を与え、「日の丸・君が代」決戦、教労決戦への巨大な貢献となるという構図をつくりだすものとなっている。
第4章 労働者階級の階級性解体狙う教科書攻撃
われわれは今、「日の丸・君が代」決戦を闘いぬいたからこそ、教科書決戦の抜き差しならない絶体絶命的な階級的意義と重要性をつかみとることができた。都議選決戦への闘う労働者の総決起を本当にかちとるためにも、この教科書決戦を、「日の丸・君が代」決戦の継続・激化・拡大として、教育労働者および全労働者階級とともに闘いとる立場をしっかりともつことが大切である。
さし迫った教科書決戦は、教育労働者にとっても、避けて通れない決定的な闘いである。「日の丸・君が代」が卒・入学式の当日の闘争であるとすれば、教科書問題は365日続く戦争教育の中身そのものの強制との闘いである。また、教基法改悪が教育内容への国家権力の介入権の明文化そのものであるという時、教科書問題はまさにその介入権行使の中身との闘いということである。戦前の教育労働者が直面したテーマと同じ問題が、今日的に突き付けられてきているのだ。
もちろん、仮に「つくる会」教科書が実際に導入されたとしても、その時にどう闘うかという問題はある。しかし、現在はまさに「つくる会」教科書導入を阻止する決戦の段階である。この段階で闘う方が何百倍も闘いやすいし、阻止する可能性も大きいのだ。教育労働者ひいては全階級にとって、本当に、現時点こそ教科書決戦の決定的な決戦段階である。「教え子を戦場に送る」ための教育が、この教科書とともに強制されるのだ。
教科書決戦のこの巨大さの前に、革共同自身が「震撼せよ」ということだ。党が党として総決起してこそ、全教育労働者・全階級とともに、この教科書問題と取り組む条件と前提が生まれてくる。
「戦争のできる国民」を作るための教科書
「つくる会」教科書による反革命とは何か。それは、日帝がすでに新しい侵略戦争(新しい15年戦争―新しい世界大戦)のプロセスに突入している中で、日帝にとって戦争教育への全面的突入の攻撃が今や必須不可欠なものとなったということである。したがって、この反革命はけっして一部の右翼的突出分子の攻撃などではない。
すでに、日本経団連が05年1・18の「わが国の基本問題を考える」という改憲提言を出す段階に入っている。イラク参戦ははてしなく続く。それどころか中国・朝鮮への資源・領土略奪の侵略戦争的攻撃さえ始まっている。「つくる会」教科書の採択攻撃はこの中で、小泉=奥田路線の最先兵として石原と山田が強行している攻撃であり、中山文科相も全面的に推進している攻撃なのだ。
しかも、今日、開始されている日帝の戦争は、戦後帝国主義体制の危機が異様に深まり、帝国主義間争闘戦が相互絶滅戦としての性格を強め、日帝が最弱の環となる中で、敗戦帝国主義としての軍事的制約性をなんとしてもかなぐり捨てなければ帝国主義として滅び去るしかないというどん詰まりにおいて、始まっている戦争なのである。そのためにも、日帝は戦後体制を反革命的に転覆し、「戦争のできる国家」をつくり、「戦争のできる国民」をつくりあげることを迫られているのだ。帝国主義が存亡の危機の中で切羽詰まって、反革命的本質もむきだしに労働者階級人民に襲いかかってきたものが、今日の教科書反革命だ。この視点を全党−全階級のものにするために、懸命になる必要がある。
この反革命の直接的な本質は、〈国家・国益を守るためには戦争も必要だ、国家の危機に際しては国民は国家のために死ぬことができなければならない、それができてこそ真の人間であり国民だ>という思想を鼓吹することにある。
そのためにも、明治から第2次世界大戦に至る「大日本帝国」のもとで行われた戦争が、帝国主義ブルジョアジーの階級的利害のための戦争であること、すなわち帝国主義の侵略戦争であることを全面的に否定し、歴史から消し去ろうとしているのである。そして日帝の行った上記の戦争が、朝鮮・中国を始め被侵略国・被抑圧諸国の人民に恐るべき災厄をもたらすものであったこと、また、日本の労働者人民にもとてつもない犠牲を強制するものであったことを、全面的に抹殺しようとするのである。
その上で、明治以来の日本について「近代化」とか「列強の仲間入り」とか言って、口をきわめて賛美する。そのためのイデオロギーが国家主義であり、インチキな「共同体」論であり、「社会ダーウィニズム」論なのである。
すなわち、日帝の危機を帝国主義(資本主義)の危機・行き詰まりととらえるのではなく、「日帝の危機=日本国家の存亡の危機=祖国の危機」として、虚偽のイデオロギー操作をして、ナショナリスティックな危機意識を鼓吹し、国家をあたかも有機的生命体ででもあるかのように描きあげるのだ。その場合、国家=民族のロジックをバネに、国家をいかにもひとつの「共同体」ででもあるかのように描いていく。そして、この「共同体」的なものは個人の生命以上の価値をもつかのようにうたいあげ、人間はそのためだったら死ねるといった論法で、国家のために死ぬことのできる人間をつくろうとしているのである。
だが、これは徹頭徹尾反革命的なイデオロギーだ。現実の社会は階級分裂と階級対立の社会である。社会が階級的に非和解的に分裂してしまっているからこそ国家が生まれ、確立されてきたのだ。したがって国家はどこまでも支配階級の国家であり、インチキのペテン的「共同体」でしかないのだ。あくまで支配階級の道具でしかない。
こうした国家主義や社会ダーウィニズムの考え方は、虚偽のイデオロギーである。こうしたイデオロギーは、帝国主義の危機と行き詰まりが激しくなり、戦争をすることによってしか延命できなくなり、現実の階級社会の分裂が本質的に深まり、労働者階級が台頭し、革命的変革による新しい労働者国家の建設を求めてくるという歴史の巨大なうねりに直面した帝国主義的支配階級やそのもとにくっついている反動的小ブルジョアジーの危機意識を体現するものでしかない。
だからこそ彼らは、自らのよって立つ基盤の本質的な弱さともろさのゆえに、労働者階級の団結(党的・組合的な団結を始めとする)や、労働者的なものへの抹殺衝動に駆られているのである。したがって、これらのイデオロギーは、ファシスト的テロルや国家的テロル(天皇制テロル)などの白色テロル的行為や、国家権力のテロル的行使(合法的テロル)とつねに一体となって登場する。
侵略と戦争の歴史を美化し、改憲を扇動
「つくる会」の「歴史」と「公民」の教科書の最大の核心は、日本の近現代史を全面的に歪曲・美化し、戦後憲法と戦後体制の反革命的転覆を要求する内容となっていることだ。
日本の明治以来の資本主義化は、ほとんど同時に帝国主義化として進行した。すなわち、日本の場合、その後発性から、明治維新をとおして成立した国家は、初めは旧体制的勢力(半封建的土地貴族)とブルジョアジーの階級的均衡において成立した絶対主義天皇制であった。そしてこの絶対主義天皇制は、1896年(明治29年)の選挙、少なくとも1898年(明治31年)の隈板(わいはん=大隈・板垣)内閣の成立以降、大正期にかけて、台頭するプロレタリアートへの恐怖のもとで、ブルジョアジー(および全所有者階級)とプロレタリアートの階級的均衡の上に立つ天皇制ボナパルティズム(ブルジョア的ボナパルティズム)へと推転(変質)していった。
そして、すでに絶対主義天皇制の時代から、世界史的な帝国主義への移行期に対応して、明治政府は侵略戦争を開始していたが、天皇制ボナパルティズムへの移行をとおして、帝国主義侵略戦争をますます激しく推進していった。さらに、1930年代〜1940年代には、天皇制ボナパルティズムは、日本帝国主義の未曽有(みぞう)の侵略戦争、帝国主義世界戦争を遂行する政治形態として、恐るべき階級的役割を演じたのである。
日本はまさにこうした天皇制絶対主義と天皇制ボナパルティズムのもとで、明治以来、侵略戦争、帝国主義戦争を激しく展開していったのである。その行きついたところが、第2次世界大戦での日帝の全面的敗北であった。
そして、戦後の日帝は、米帝を盟主とする帝国主義世界体制の中で、敗戦帝国主義として、日米同盟のもとで帝国主義的「発展」をみたものである。その戦後体制が、新憲法(その裏側には日米安保体制がある)のもとでの議会制民主主義の政治体制であった。
「つくる会」教科書をテコとする反革命は、この日本の敗戦帝国主義としての制約をなんとしても振り払い、戦前の「大日本帝国」(とりわけ明治期〜第1次世界大戦期)を無条件に賛美しつつ、戦後の平和と民主主義の体制を転覆し、今度は戦争に負けないような新しい「大日本帝国」を建設しようと狙って、この教科書攻撃を仕掛けてきているのだ。
そのことは、「歴史」教科書での明治国家の徹底した美化、「大日本帝国憲法」や「教育勅語」の美化と、日清・日露戦争を始めとする一連の侵略戦争(侵略行為)の全面的な肯定・合理化・美化・居直りの中に示されている。そこでは、弱肉強食(強者生存)の社会ダーウィニズム的ロジックを用いて、あらゆる侵略行為を合理化・美化することが平然と行われている。韓国併合も、第1次世界大戦と山東出兵も、「満州事変」や「日中戦争」もすべて、日本が帝国主義列強の一員であり続けるための当然の行為として説明されるのだ。
第2次世界大戦に至っては、日帝の侵略戦争のアジア・太平洋全域への拡大が、なんと「植民地解放を促した戦争」にすり代えられて礼賛されている。
南京大虐殺の否定、日本軍軍隊慰安婦問題の完全抹殺を始め、731部隊、創氏改名、強制連行など、侵略と植民地支配の加害の歴史はすべて消し去るか、逆に肯定し公然と居直っている。そればかりか日本の労働者人民の犠牲も抹殺し、戦争を限りなく美化して描いている。
「公民」教科書には、戦争教育、改憲攻撃、教育基本法改悪攻撃などの全内容が盛り込まれている。ここでも明治憲法を賛美する一方、憲法9条を公然と攻撃し、天皇制・天皇制イデオロギーを日本の「歴史・文化・伝統」として露骨に中学生に植え付けようとしている。「公(おおやけ)」の名による基本的人権の粉砕をも打ち出し、国家主義的イデオロギーを満展開させている。
これらは、戦後の「主権在民・民主主義・平和主義」を真っ向から否定し、その破壊を狙う全面的な反革命だ。改憲と戦争の肯定だ。自民党などの改憲案と比較してみれば、その内容がほとんどこの教科書の中に実体として入っている。ある意味で「歴史」教科書よりもひどい。
さらには、独島(「竹島」)問題、釣魚台(「尖閣諸島」)問題、拉致問題や「不審船」問題をセンセーショナルに取り上げ、北朝鮮や中国への戦争をむきだしにあおり、けしかけている。文科省は検定でこれを容認したばかりか、逆に独島問題では領土略奪を正当化するため一層の改悪を要求した。
闘う朝鮮・中国人民と連帯し採択阻止を!
この「つくる会」教科書をめぐる攻撃は、「日の丸・君が代」攻撃をもはるかに超えるとてつもない大反革命だ。この反革命は、革命党としてのわが革共同にストレートに突き付けられた刃であり、これと真っ向から対決して粉々に粉砕しないなら、党としての死を意味する。これは本来的には労働者階級そのものに突き付けられた刃であり、労働者階級の階級性を真っ向から一掃しようとするファシスト的反革命そのものだ。
この教科書が全都・全国で一般の中学生に配布され、教育労働者はそれを強制的に教えさせられることを想起してみよう。これに反対し、反する動きを少しでも示せば即処分・放逐の攻撃となる。今まさに学校教育がそうしたものに変えられていく時代に突入したのだ。これを許せば、労働者階級自体の階級意識に大変なゆがみや混乱が押し込まれていくのである。この教科書反革命のすさまじさの前に既成指導部はどんどん屈服し、大政翼賛会的方向に突っ走ろうとしている。
この「つくる会」教科書反革命はまさしくとてつもない一大階級攻撃であり、教育労働者を先頭に全労働者の決起をなんとしてもかちとらなければならない。
また、すでにこの教科書問題は朝鮮人民・中国人民の激しい糾弾の対象となっている。われわれは、この巨大な糾弾を断じて過小評価してはならない。中国・朝鮮人民は、日本が帝国主義として侵略戦争の過去を居直りつつ、再び戦後的発展を武器として中国・朝鮮・アジアに向かって侵略の牙を突き立ててきていることに、怒りを爆発させている。
今日すでに日帝は、とてつもない規模で中国・朝鮮に経済的侵略の手を伸ばして、中国・朝鮮人民を搾取し、収奪し、国家の経済の中心に食い込んでいる。その上で、イラク侵略戦争に参戦し、改憲を狙って動き出し、国連常任理事国にものし上がろうとしている。さらに資源・領土について、かつて日帝が戦争と軍事の力で略奪した歴史を根拠にして、今再び軍事力の動員もふくめて略奪・確保への動きを開始している。そして、日本の中学生向けの「つくる会」教科書(他の出版社も大きくはこれに追随している)をもって、こうした動きを公式に打ち出してきているのだ。
中国・朝鮮人民の大デモは、反日・抗日を真っ向から掲げている。これは反日帝であると同時に、日帝の動きに反対せず同調して帝国主義の側に取り込まれている日本の労働者人民にも、抗議と糾弾を加えているものとして受けとめるべきだ。もちろん、激しい糾弾は、労働者人民に対しては同時に、この日帝の動きに階級的に反撃して決起していくことへの激励としても存在している。
昨年11・7の大統一行動をともに闘った民主労総の労働者も、歴史教科書問題や独島問題で怒りをもって立ち上がっていることに、われわれは真っ向からこたえなければならない。さしあたって最も重要なことは、この教科書決戦で革共同が最先頭で闘い、闘う労働者の総決起をかちとってこれに勝利していくことだ。すなわち、自国帝国主義に対して「音の出る闘い」をたたきつけて勝利していくことが連帯の前提をつくりだすものとなる。もとよりその決起は、日帝と日帝下の労働者人民の歴史についての階級的総括(自己批判的総括)を、きちんとやりぬくことなしには不可能であろう。
第5章 杉並で都議選勝利と採択阻止かちとろう
以上の点をおさえた上で、今次の教科書反革命との激突がすぐれて東京、それも杉並区そのものを決戦的な戦場として闘われるという事実が重要である。
杉並区の山田区政や区教委の危機的現実を真っ向から見すえることを、全教育労働者、いや全階級に向かって声を大にして訴えたい。とりわけ杉並区内の全教育労働者がこの事実を知って、闘いの中軸となって決起するよう心から訴えるものである。そして「日の丸・君が代」闘争を闘った都の教育労働者全員が、杉並区であるとないとにかかわらず、事態の緊迫性を知って総決起することを呼びかける。また、教基法改悪阻止の闘いに立ち上がっている中心的な人びとにも、杉並区情勢を訴えたい。
また、とりわけ次の点をぜひとも提起したい。すなわち、都議選決戦を教科書決戦として闘うこと、そしてその都議選決戦に勝利することが、杉並区において教科書決戦を全面的に爆発させ、教科書決戦全体を勝利させていく上で重要なテコになるのである。都議選で教科書決戦を徹底的に闘い、それをやりぬく人が選挙に勝利して都議会に議員として乗り込んでいくことが、石原−山田体制にどれだけ強烈な打撃となるかは明白である。このことをすべての教育労働者と労働者階級に強く訴えたい。心から共同の闘いへの決起を呼びかける。
逆に、都議選を闘いぬく立場からすれば、杉並区の教科書決戦を全区民のものとして、ひいては全都・全国の人民の決戦としていく方向で選挙戦をかちとっていくことが大切である。これが都議選の勝利の方針となる。別の言い方をすれば、教科書決戦として石原−山田体制と激突し、これを根底から揺るがしていくことを軸にして進むことで、石原都政・山田区政への「住民の会」や「親の会」の闘い、また「障害者」解放闘争の闘いなどとの大きな統一戦線を形成して闘いぬくことができるということである。
今春の「日の丸・君が代」決戦においては、「史上最大の作戦」という形で実現された党の蜂起と、闘う都の教育労働者を先頭とした全階級・全人民の決起との「戦闘的合流」と言えるような情勢をつくりだすことができた。それが「日の丸・君が代」強制拒否の闘いの勝利に大きな貢献となった。
このことを都議選決戦に適用すれば、革共同が今ここで、きわめて重く厳しい教科書決戦のその全重圧を、党として正面から引き受けて決起し、都議選の形式をとって、「日の丸・君が代」決戦時以上の「史上最大の作戦」を真っ向から挑むということである。
労働者階級の階級的自己解放の論理構造の中には、労働者階級の一部隊としての「党」が、その持つ力の総力をあげて決起することが決定的意義をもつということがある。それが闘う労働者階級との有機的関係を堅持して実現されるならば、労働者階級の総決起のために意義のある大きな役割を果たすことができるのである。革共同が杉並区内の労働者や全都・全国の労働者の闘いの最先頭で、その闘いの発展のために最も必要でかつ苦闘する部分を率先して担って猛奮闘し、勝利への突破口を切り開くことこそが決定的なのだ。階級的総決起の内在的エレメントとして、党が先頭で闘いぬくということである。もともと、選挙にはそういう側面がある。革命的議会主義と大衆運動の爆発には、こういう論理構造が横たわっていると言えよう。
このような闘いとして今次都議選決戦で圧倒的勝利をかちとるならば、それは必ず、杉並区と全都・全国の労働者階級、ひいては全人民の素晴らしい階級的高揚と決起の情勢を切り開く。また「日の丸・君が代」決戦、教労決戦が、「日の丸・君が代」―教科書―教基法―改憲決戦として、さらに決定的に前進していく。そのことは4大産別決戦の全体にとっても同じだ。そして何よりも、05年11月労働者大統一行動への決定的ステップとなるということだ。
確かに、今日、4大産別決戦はそれぞれに5〜6〜7月の重大な決戦段階に入っている。最大のものは郵政民営化阻止の全逓決戦である。これは文字どおり5〜6〜7月が決戦だ。5・15有明コロシアムでの集会を郵政民営化絶対反対集会に塗り替える闘いとしてやりぬいた地平に立って、JPU(全逓)中央本部打倒と物ダメ・ストライキの貫徹へ猛然と総決起しなければならない。
教労では、処分反対闘争や教科書決戦そのもの、あるいは日教組の改憲勢力化をめぐる攻防の問題がある。自治労も8月大会に向かって、全国に吹き荒れるリストラ攻撃と対決し、自治労の改憲勢力化を阻止する重大な攻防に突入する。国鉄でも尼崎事故への怒りを今こそ爆発させ、JR体制の打倒とJR総連を始めとする腐敗労組幹部の打倒・一掃に向かって、1047名闘争陣形と国労5・27臨大闘争弾圧裁判陣形を柱に断固として闘いぬく時だ。
さらに、沖縄・辺野古現地での名護新基地建設阻止の激烈な攻防を最先端に、米軍トランスフォーメーション=日米安保の大改定と対決する闘い、イラク反戦の闘いを継続・激化・発展させていくことがますます求められている。
革共同は、これらの闘いにこれまで以上にしっかりとかみ込み、闘いぬく。しかし、そのことをおさえた上で、4大産別を含む全産別の労働者が地区の同志の先頭に立って、また、全国の同志と一体となって、都議選の総蜂起戦に全力で決起することをがっちりと確認したい。
1〜3月に、他の一切の成否をもかけて「日の丸・君が代」決戦に総力突入したあの徹底性が、今こそ都議選に対して貫かれるべきである。都議選・教科書決戦の勝利が新指導路線をめぐる全体の戦線に決定的なプラスとなることがこれだけはっきりしている時に、ここで勝負をかける革命党としての党的執念が燃えないようでは、他のどんな闘いでも勝利することはできない。
革共同政治局は、とりわけ全党の労働者同志に心から強烈に訴えます。新指導路線下の革命的議会主義のあり方を実現すべき最大最良のチャンスが、今ここに革共同に対して与えられている。全労働者同志が、この間の闘いの全成果をふまえて、都議選・教科書決戦の画歴史的勝利をかちとり、その勝利の力で新指導路線の一層決定的な爆発局面を自らの手でたぐり寄せる闘いに、一人の例外もなく総決起しよう。都議選の勝利をもって、革命的議会主義の本格的な発展を切り開こう。
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週刊『前進』(2199号2面1)(2005/05/30)
「つくる会」の記者会見 外国特派員が厳しい批判
侵略の事実つきつけられ 八木・藤岡逃げに終始
右翼ファシスト団体「新しい歴史教科書をつくる会」が5月10日、東京の外国特派員協会で記者会見を行った。答えたのは八木秀次会長と藤岡信勝副会長。そこでの外国人記者とのやりとりは、「つくる会」のファシスト的な二枚舌と卑劣さを示し、侵略と戦争を美化する「つくる会」教科書が国際的にまったく通用しないものであることをさらけだした。
八木と藤岡の自賛のスピーチのあとの質疑応答では、外国人記者から次々と厳しい批判が集中した。
まず韓国の記者が質問した。「従軍慰安婦や強制連行を削除する運動を行ったり、創氏改名を正当化したり、日本大使館前で抗議する従軍慰安婦の人たちを“北朝鮮のスパイ”などと扇動することが教育者として適切なのか。日本と韓国の友好関係を築く上で適切なのか」。これに藤岡は、「削除したのはうちだけではない」「(軍隊慰安婦の問題は)証拠によってサポートされていない」などと開き直り、軍隊慰安婦や強制連行の歴史的事実を抹殺し、教科書から削除する運動を展開してきたことを正当化しようとした。藤岡自らが証拠もなしに“北朝鮮のスパイ”呼ばわりしていることへの批判には沈黙したままだ。
「なぜつくる会の教科書はあまり採用されないのか」とのイギリス人記者の問いに八木は、「二つの教職員団体が、いずれもマルクス・レーニン主義を信奉しており、教科書を選ぶ時に大きな影響力を発揮する」からと答えひんしゅくを買った。01年に全国542の全採択区で採用されなかった(都と愛媛県の養護学校のみ採用)のは、「つくる会」教科書があまりにも歴史を歪曲し、戦争を賛美し教科書としてふさわしくないと、労働者人民が声をあげ教育委員会も無視できなかったからだ。
彼らは中国・韓国の記者を前にして、「(つくる会教科書は)戦争を美化していない」「戦争の悲惨さを書いている」などと二枚舌を使って批判をかわそうとした。日帝の対米戦争、アジア・太平洋侵略戦争を、「つくる会」教科書で記述しているように「日本の自存自衛のためだった」「アジア諸国の独立を早めた」と、正面から主張できなかった。ここに彼らの卑劣さと弱点が示されている。
中国の新華社通信の記者が「おじいさんやおばあさんの口から、当時の日本軍隊の残虐な行為を聞いた。村の子どもたちから年寄りまで男性を全部殺した」「日本軍が中国にもたらした災難をあまり紹介せず、戦争を反省していない歴史教科書から教訓を学び取ることができるのか」と質問すると、藤岡は「あなたの言うことが事実かどうか確定できない」と逃げることしかできなかったのだ。
「つくる会」の狙いに反して、彼らの強弁は多くの外国人記者の失笑と怒りの的となった。こんなこそくな立ち回りを許さず、採択を阻止しよう。
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週刊『前進』(2199号3面1)(2005/05/30)
「つくる会」教科書採択要綱 勝手に改変
杉並 “山田区長と区教委は横暴”
新城区議 採択阻止へ区民と追及
5月17日、杉並区議会文教委員会で都政を革新する会の新城節子区議が杉並区の教科書採択要綱改定問題について、山田区長の「つくる会」教科書採択のための独裁的で区教委をだまし区議会をも無視するやり方を厳しく追及した。杉並区が教科書採択要綱を改変し、山田区長の独断で「つくる会」教科書を強引に採択しようとしているクーデター的策動が完全に暴き出された。駆けつけた区民は激しい怒りに燃え、絶対に「つくる会」教科書の採択を阻止しようという決意をさらにうち固めた。
この日、多くの区民が杉並区役所に詰めかけた。昼休みに区役所前で「つくる会」教科書採択を阻止しようと宣伝活動を展開し、区議会に臨んだ。
新城区議は、教科書採択要綱改定問題で杉並区が文教委員会にもきちんと報告もせず、ウソをついて手続き・内容を変えたことについて怒りを込めて厳しく追及した。特に「区立学校教科用図書の採択に関する規則」については文教委員会に「報告した」と答弁していたにもかかわらず、実際には報告もしていないことが暴かれた。
昨年4月28日の教育委員会で「小中学校事務処理要綱」が審議され、若干の意見が出されて了解された。ところが、杉並区はそれについては区議会文教委に報告せず、「2004年小学校教科書調査事務処理の流れ」なるものを示しただけで、要綱を変えたことについては隠していたのだ。
さらに5月26日の教育委員会では「要綱」ではなく、「区立学校教科用図書の採択に関する規則」を決定したが、その際、内容を大きく変えていながら教育委員には「教育長権限に偏っているので」と枝葉の説明だけで、「調査委員会の協議」や「研究部会は、専門的な観点での調査研究」「小中学校長は、所属教員の意見を聞き」「情報公開」といった文言を一切抹殺したことについては完全に隠していたのだ。
この事実を新城区議が明らかにすると傍聴席からは驚きの声が上がった。「杉並区はひどすぎる」。杉並区当局は鋭い追及に何度も答えに窮し、最後は、「教育委員会の権限ですから」と居直り、「調査委員会の報告は十分に反映されます」と平然とウソを繰り返した。
新城区議は、さらに厳しく追及した。「『要綱』から1カ月で『規則』に変えたのは調査委員会を単なる調査機関に変える点が不徹底であり、再び改悪したのではないか」。区当局はウソでごまかそうとしたが、調査委員会の報告に縛られずに「つくる会」教科書を採択するためであることは明白なのだ。
新城区議は昨年の小学校教科書採択での教育委員会審議の内容を明らかにした。算数の教科書で東京書籍と啓林館のうち、現場の専門家の評価は東京書籍が望ましいと書いた。にもかかわらず、教育委は「報告書の中の欠点は長所」「なんで使いにくいのかな。私は教壇に立った経験はないからわかりませんが、ちょっと理解できない」「使いにくいのはダメ教師」などという審議で種目別部会や調査委員会の意見とは反対に啓林館の図書を採択したのだ。区はこの追及に対して、なんの根拠も示さず、「適正に処理された」と居直った。
新城区議は、区の教科書採択要綱改定の策動が山田区長と「つくる会」によるものであることを暴いた。「つくる会」は、“リベンジ”と称して05年の教科書採択では10%以上をめざしており、そのため「採択システムの適正化」を主張している。新城区議は「つくる会」が「直接採択権限を有する教育委員と、間接に政治責任を負う首長に協力を求める対話活動」を行っていることを追及した。
さらに山田区長が「つくる会」放送局の「チャンネル桜」で講演し、区が後援していることを突きつけ、区を追及した。
新城区議の追及で、山田区長が調査委員会などを完全に無視して素人の教育委員だけで「つくる会」教科書を採択するために、「採択要綱」を「規則」に変えたことが明白になった。居直る山田区長・教育長・教育委員会を許さず、「つくる会」教科書採択を阻止するために全力で決起しよう。そのためにも都議選で長谷川英憲さんの当選をかちとろう。
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週刊『前進』(2199号3面2)(2005/05/30)
浜渦副知事問題
石原ファシズム都政の独裁専横と矛盾が爆発
オール与党体制も同罪だ
5月12日の都議会調査特別委員会(百条委員会)は浜渦武生副知事が3月の同委員会で証人として話した内容を「偽証」と認定する議決をした。都知事ファシスト石原は、この問題について翌13日に記者会見し、浜渦の「専横」を認めるかのようなポーズを取りながら、浜渦を擁護し、都政に対するファシズム独裁支配の維持を図っている。しかし都議会では浜渦や民主党都議への刑事告発問題へと発展している。石原都政がついに破綻(はたん)し始めたのだ。
この問題の発端は、東京都社会福祉事業団の社会福祉総合学院の補助金をめぐって浜渦が都議会の民主党に質問を依頼したというものである。浜渦は質問の依頼を否定したが、都議会議長や都庁職員が議会で証言し、民主党議員などからも依頼があったという発言が出ている。今回の問題の核心はどこにあるのか。
民営化と福祉破壊が根底に
第一に、石原が都社会福祉総合学院問題を取り上げることによって民営化をさらに強権的に進め、福祉を全面的に切り捨てる一方で膨大な利権を得ようとしていることである。
そもそも問題の発端となっている社会福祉総合学院は、介護保険制度実施に伴って東京都高等保育学院や東京都社会事業学校など五つの学校を廃止して、代わりに新たな人材養成機関として設立されたものである。それ自身福祉切り捨てのごまかしのためのものであった。都の土地を30年間無償で貸与し、学校の建設費は都が全額補助し元利を支払うことになっている。それが01年の実施段階では都の外郭団体の同事業団の運営とされ、翌02年には民間学校法人の敬心学園に委託された。当初は昼夜間とも授業を行うとしていたが、スタート時点では夜間と土曜日の開講に変えられ、さらに委託を受けた法人は、専門学校を設立し、昼間の空き教室で授業を行っている。総合学院そのものは「受講者が少ないコースの閉鎖」や移転がすでに問題になっている状態だ。
この経過自身が石原と浜渦のもとで行われてきたことであり、これに一番責任がある石原や浜渦は運営などに「不正がある」などと言える立場ではないのだ。
同総合学院の建設費は約19億円にものぼる。そして専門学校の経営で民間資本はばく大な利益を得る。これ自体が膨大な利権であり、そこに都議会の反動議員と都の役人が群がっている。また同事業団は利権の巣窟(そうくつ)とも言われている。石原は民主党を抱き込んで、この利権構造を自分たちに都合のいいように変えようとしたのだ。
もう一つの問題は包括外部監査という手法である。石原は外部監査を使って都の労働者が奪い返していた権利などを剥奪(はくだつ)し、労働者の屈服を迫ってきていた。それと同時に外部監査を使って都の施設や土地を民営化に使って資本が膨大な利潤の餌食にし、その利権に石原らが群がってきた。
今回直接表面に出たのは同事業団であるが、石原は指定管理者制度導入によって民営化による利権あさりをさらに大々的に進めようとしているのだ。すでに次々と指定管理者制度が導入されているが、それは労働運動破壊の大攻撃であると同時に、そこに群がって利権をあさる資本やブルジョア政治家たちの腐りきった狙いがあるのだ。
しかもこうした民営化は、JR西日本尼崎事故に見られるように安全破壊そのものでもある。石原は、運転士の資質に問題があるとふざけきった暴言を吐いたが、運輸大臣として国鉄分割・民営化にかかわった石原こそ107人を虐殺した下手人なのだ。
ファシストの恐怖独裁支配
第二に、石原の都政に対する強権的独裁支配があまりにもデタラメな中でついにほころび始めたということである。
都庁と都議会では浜渦の「専横」と「恐怖独裁支配」に対して不満や怒りがうっ積していた。その「恐怖独裁支配」というのは、「石原知事とのパイプを独占する自分(浜渦)と会えないと都庁幹部は困る」ということで都の幹部らに恐怖を植え付け、都庁を支配するというものである。しかもこれは浜渦が勝手にやっていたことではなく、石原自身が都政を強権的に支配するためにやっていたことなのだ。石原ファシズム都政の実体は、石原・浜渦独裁だということである。
石原は、ほとんど都庁には姿を見せず、記者会見などの「パフォーマンス」に赴くだけで、雑誌などで「尖閣諸島に自衛隊を派兵せよ」「アメリカを巻き込んで中国に戦争を仕掛けよ」などと許しがたいファシスト的暴言を繰り返すことに腐心しているのだ。
そもそも今回の問題は浜渦が勝手にやったことではなく、石原がやらせたことである。石原は「(民主党の)名取幹事長にある席で会ったときには、『民主党もこの問題について考えてほしい』と言いました。それで『詳しくは監理団体担当の浜渦から聞いてくれ』ということで、その後、彼が呼ばれて経過というか、いずれにしろ説明したと思います。そのとき、その質問をやってほしいとの依頼はしてないはずです」と説明した。石原自身が民主党に対して“この問題を取り上げろ”と要求したのだ。
石原の「恐怖独裁支配」は浜渦だけではない。その体制の中には、教育長の横山がいる。横山は「ヒトラー」と呼ばれているが、まさに石原がヒトラーだからこそ、その先兵の横山が教育行政関係者の前にはヒトラーとして現れるのである。さらには警察官僚であった竹花が副知事となり、治安弾圧強化の警察支配を敷いている。この石原ファシズム支配の矛盾が噴出し始めたのである。
全会派が石原を支えてきた
この石原を自民党も公明党も、民主党も「市民派」も日共も、一体となって支えてきた。腐りきった都議会のあり方が石原の恐怖政治をつくりだしたのだ。石原とのツーショットのポスターで選挙に当選しようとしてきた連中に「恐怖支配」などと口にする資格はまったくない。
しかも許しがたいことに、日本共産党も生活者ネットも自民党・公明党と一体となって社会福祉総合学院の運営には問題がないとしている。都政と都議会の利権まみれの腐敗を隠蔽しているのだ。都議会を刷新しなければならない。
ファシスト石原と闘えるのは、「石原知事に挑戦状」を真っ向から掲げる長谷川英憲氏のみだ。「つくる会」教科書採択阻止、ファシスト石原打倒、都議選勝利へ総蜂起しよう。
◆浜渦武生(はまうず・たけお)
1948年生まれ。関西大学卒業後、72年に衆院議員・石原慎太郎の秘書になる。00年副知事就任。石原の腹心中の腹心。
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週刊『前進』(2199号3面3)(2005/05/30)
(3)価値観の転覆
●「国民はよく戦った」と称賛
「戦争の罪悪感」一掃狙う
戦犯裁判を非難
「つくる会」の歴史教科書は、子どもたちに再び「お国のために命をささげよ」と教えるものである。したがって、過去の戦争への反省の記述は一切ない。それどころか、日本がかつて行った侵略と戦争への反省は第2次大戦後に米占領軍=GHQによって押しつけられたものだとして、次のように述べるのである。
「GHQは、占領直後から……日本の戦争がいかに不当なものであったかを、マスメディアを通じて宣伝した。こうした宣伝は、東京裁判と並んで、日本人の自国の戦争に対する罪悪感をつちかい、戦後の日本人の歴史に対する見方に影響をあたえた」
さらに、東条英機以下の戦時中の国家指導者が戦争犯罪人として裁かれたことについても、「これは、自衛戦争でない戦争を開始することを罪とするものだったが、こうした罪で国家の指導者を罰することは、それまでの国際法の歴史にはなかった」と、きわめて不当なことであるかのように述べている。日帝が強行した残虐きわまりない侵略戦争・帝国主義戦争を逆に、「自存自衛の戦争」「アジア解放の戦争」と百八十度歪曲し美化して描き出し、“反省する必要などまったくない”としているのだ。
これは、小泉首相の靖国公式参拝の強行とも完全に対応した攻撃としてある。戦後の平和主義を「GHQに押しつけられたもの」だと言いなして攻撃し、それを正面から否定して、帝国主義戦争を全面美化する価値観への反革命的な転換を狙うものである。
虐殺の事実抹殺
こうした戦争賛美を貫くために、「つくる会」教科書は戦争の実態をことごとく隠蔽(いんぺい)する。「つくる会」と文科省はとりわけ今回、日本軍軍隊慰安婦問題の完全抹殺に全力を挙げ、ついにすべての教科書からその記述を追放してしまった。その上で「つくる会」の教科書は、アジア人民に対する日帝の侵略戦争と植民地支配の数限りない加害の事実をすべて、抹殺するか、あるいは公然と正当化している。
1937年の南京大虐殺についても、「このとき、日本軍によって、中国の軍民に多数の死傷者が出た(南京事件)。なお、この事件の犠牲者数などの実態については資料の上で疑問点も出され、さまざまな見解があり、今日でも論争が続いている」としている。南京を占領した日本軍が約2カ月にわたって放火・略奪・強かんの限りを尽くし、生まれたばかりの子どもまで含めて30万人を虐殺した戦争犯罪を、戦時下の単なる一事件として、ことさら問題になることではないかのように描くのだ。資料にも疑問があると書き、“大虐殺は中国側のデッチあげ”とする「つくる会」のデマを全面的に持ち込もうと狙っている。
さらに今回の教科書は、01年版とも違って、日本の労働者人民が戦争で受けた被害も極力抹殺している。ヒロシマ・ナガサキの被爆について「8月6日、アメリカは世界最初の原子爆弾を広島に投下した」とわずか1行書くだけで、死者の数も載せていない。東京大空襲の記述も1行半。沖縄戦は2行半だ。広島で14万人、長崎で7万人が一瞬にして灰となり、東京大空襲で10万人が焼け死に、沖縄戦で全住民の3分の1が日本軍の盾とされて犠牲となった、その具体的な惨状は一言も語らない。
強制動員を隠蔽
このように、帝国主義の行う戦争の悲惨さとむごたらしさをすべて意識的に否定し抹殺した上で、日本の労働者階級人民は一人残らずこの戦争に喜び勇んで協力していったかのようなデタラメを述べる。これがこの教科書の特徴だ。
とりわけ許せないのは、第2次大戦末期についての次のような記述である。
「日本軍はとぼしい武器・弾薬で苦しい戦いを強いられたが、日本の将兵は敢闘精神を発揮してよく戦った」「物的にもあらゆるものが不足し、寺の鐘など、金属という金属は戦争のため供出され、生活物資は窮乏をきわめた。しかし、このような困難の中、多くの国民はよく働き、よく戦った。それは戦争の勝利を願っての行動であった」
ここには、他の教科書が書いているような、戦時下の国家総動員体制のもとで労働者人民がどんなすさまじい弾圧と抑圧を強いられたかを教える姿勢はまったくない。「大本営発表」の大ウソのもとで、戦争の真実を伝える報道は一切禁止されたこと。戦争に批判的な者は「非国民」とされて特高警察により片端から獄にぶち込まれたこと。労働組合や政党は解散を命じられ、思想・学問の自由や信教の自由もすべて奪われ、天皇をひたすら「神」としてあがめることがむき出しの暴力をもって強制されたこと――これらはすべて意図的に覆い隠されてしまっている。
また「生活物資は窮乏をきわめた」と言うが、その最大の原因は、政府による経済統制のもとで軍隊への食糧と物資の供給が一切に優先され、人民への配給は極度に切り縮められていったことにあるのだ。実際には、労働者人民が飢えに苦しんでいる中で、政府・軍部と結託した一部の資本家階級は軍需生産で大もうけし、法外な利益を吸い上げてさえいたのである。
こうした真実をおし隠し、「よく戦った」などと全面美化することは、まさに新たな帝国主義戦争に子どもたちを駆り立てるためにほかならない。都知事・石原と同じく「戦争は社会の原理」として逆に積極的に肯定する考え方を吹き込んで、再び大量の軍国少年・軍国少女を育成しようとしているのである。
(検定合格した05年版「つくる会」歴史教科書より)
▼「(GHQの宣伝は)東京裁判と並んで、日本人の自国の戦争に対する罪悪感をつちかい、戦後の日本人の歴史に対する見方に影響をあたえた」
▼「日本の将兵は敢闘精神を発揮してよく戦った」
▼「……生活物資は窮乏をきわめた。しかし、このような困難の中、多くの国民はよく働き、よく戦った。それは戦争の勝利を願っての行動であった」
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週刊『前進』(2199号4面1)(2005/05/30)
「つくる会」教科書の採択阻止へ
次世代の労働者階級を洗脳し戦争へと駆り出すクーデター
革共同教育労働者委員会
「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史・公民教科書の採択をめぐる攻防が激化している。日帝の新たな侵略戦争突入の中で、この闘いは、排外主義と戦争か、国際連帯と帝国主義打倒かをかけた闘いであり、一大イデオロギー闘争である。教科書や教育の問題を超えて、教基法改悪・改憲阻止闘争の当面の激突点であり、全労働者階級人民の課題である。最大の戦場は杉並だ。都議選決戦に勝利し、杉並での採択を阻止しよう。この決戦の歴史的・階級的意義を明らかにし、全労働者、とりわけ教育労働者の総決起を訴える。
教基法改悪・改憲阻止へ最大の攻防
第一に、「つくる会」教科書阻止闘争は、日帝の新たな侵略戦争突入との闘いであり、教基法改悪・改憲攻撃との闘いの当面する最大の焦点である。
「つくる会」の歴史教科書は、朝鮮・中国人民への蔑視(べっし)をあおり、日本の帝国主義列強入りを誇らしげに語り、侵略戦争と植民地支配を百パーセント居直り、正当化している。太平洋戦争を「大東亜戦争」と呼び、アジアの人びとの「独立への夢と希望を育んだ」「日本の将兵は敢闘精神を発揮してよく戦った」「国民は戦争の勝利のためによく働きよく闘った」などと総括している。「日本は天皇中心の国」と描き上げ、「武士道」を最も価値ある日本の精神文化として「公=国」のために命を投げ出すことを最高の美徳として生徒にすり込もうとしている。そこには、いま日帝が準備しつつある新たな侵略戦争を同様の論理で正当化し、青少年を動員しようとする意図があからさまに貫かれている。
公民教科書は、改憲を政治主張として明確に掲げている。明治憲法を絶賛し、現行憲法を押しつけ憲法、「世界最古の憲法」と揶揄(やゆ)し、改憲を先取りした憲法解釈を展開している。北朝鮮脅威論をあおり、領土問題をけたたましく叫び立て、「国防は崇高な義務」と説いている。
中国や韓国の批判に対して、町村外相や中山文科相は「国定教科書ではない」「検定制度が理解されていない」などと開き直っている。だが、高校では教科を問わず大量の検定不合格が出ており、96年度検定で高校家庭科が18点の申請本のうち4点が不合格となったことは記憶に新しい。
日本軍軍隊慰安婦記述をすべての教科書から一掃する一方、「つくる会」教科書を検定合格させたことは、日帝が国家意思として「戦争への反省」をかなぐり捨てる新たな侵略戦争宣言以外の何物でもない。
戦後史を通じて、改憲攻撃と教基法改悪策動と教科書攻撃は、連動した三位一体の攻撃としてかけられてきた。55年の第1次教科書攻撃と自主憲法制定を掲げた自民党の結成、中曽根の「戦後総決算」攻撃と連動した80年代の第2次教科書攻撃しかりである。第3次教科書攻撃は、95年の藤岡信勝らの自由主義史観研究会の発足と97年の「つくる会」結成に始まる。
今日の教科書攻撃は、97年の新安保ガイドライン締結を起動力とし、00年衆参憲法調査会と教育改革国民会議の発足をもって本格化した教基法・改憲攻撃と連動している。教科書「偏向」攻撃と検定制度をテコとした記述の改悪という形で行われてきた教科書攻撃は、「つくる会」教科書の登場で新たな段階を迎えた。
「つくる会」教科書は、戦後の「平和と民主主義」に代表される戦後的価値観と戦後憲法体制を真っ向から攻撃する教科書ならざる政治文書である。それが公教育に公然と持ち込まれようとしているのだ。これは、教基法改悪、改憲を待たずに、次世代の労働者人民を洗脳し戦争に駆り出すクーデターと言うべきである。この攻撃を許しておいて、教基法改悪反対も改憲阻止もない。
排外主義と対決し国際連帯を貫こう
第二に、「つくる会」教科書阻止闘争は、排外主義の嵐と対決し、中国、朝鮮人民の新たな抗日闘争との国際連帯をかけた闘いだ。
中国の労働者人民の新たな抗日闘争は、「つくる会」のスポンサーとなっている財界人・企業の商品の不買運動として始まった。それは、米帝の世界戦争戦略と日米枢軸を結び、台湾有事、朝鮮有事を想定した侵略戦争にのりだした日本帝国主義に対する根底的な怒りの爆発であり、「東アジア経済圏」構想のもと、洪水のように中国に進出する日帝資本に対する階級的決起の始まりである。
韓国・民主労総傘下の全教組は、「つくる会」教科書の検定合格に対して「日本政府のこうした露骨な行為は、歴史を歪曲してでも、これ以上第2次大戦の侵略国であり、敗戦帝国主義であるくびきには縛られないという宣言であり、今後日本が軍国主義の旗印を鮮明にさせてゆくことを表明するものである」と攻撃の本質を鋭く喝破している。
「侵略」を「進出」に書き換えた82年の教科書攻撃に対し、中国・韓国の労働者人民の怒りの爆発が外交問題に発展し、政府は「批判に十分に耳を傾け、政府の責任で修正する」との見解を表明し、検定基準に「近現代史の扱いに国際協調の見地から必要な配慮がなされていること」を加えることで収拾をはかった。
だが、小泉は村山談話を口先だけで繰り返しつつ、靖国神社参拝も「つくる会」教科書検定合格も領土・資源略奪も開き直り、中山文科相にいたっては、逆に“中国の反日教育が問題だ”と攻撃している。マスコミも野党も「反日デモ」への排外主義をあおり、石原を先頭に領土強奪戦争さえ扇動している。日帝支配階級は、日帝の再侵略・戦争国家化の前に立ちはだかるアジア人民との関係でも、力ずくの正面突破を決断しているのである。
藤岡信勝などは、「反日が強まるほど、逆スパイラルでわれわれにとってプラスになる」とうそぶいている。反対運動内部にも、領土問題をめぐる排外主義に屈服する傾向が生まれている。4年前の採択時に比べて、拉致問題、有事法制を通じて、戦時下の排外主義・愛国主義が堤防決壊的に広がり、労働者人民内部にも浸透し始めていることを見すえよう。教科書決戦は、日本階級闘争と労働運動の命運を決する階級的試金石となった。
日帝が準備しつつある戦争が、まさに資源・市場強奪のための帝国主義強盗戦争であり労働者階級への階級戦争であることを暴露しなければならない。中国人民の抗日闘争が、日本の労働者階級の共通の敵に対する共同闘争であることを訴えよう。戦争によってしか生き延びられない帝国主義を打倒することこそ、「つくる会」教科書に対する労働者階級の回答である。
政府・自民党・財界の総がかりの攻撃
第三に、05年採択をめぐる攻防は、日帝支配体制そのものとの闘いである。
日本経団連は、1月18日の改憲提言で、経済大国として利害を貫くためには、帝国主義的軍事力を保持・行使すべきだと言い、「冷戦の終結後、国家間の競争は、軍事力、経済力、情報力といった国の総合力の優劣が問われる時代になっている」と総力戦の論理を主張している。憲法9条の改悪を主張し、しかも「集団自衛権の行使は、一刻を争う課題。憲法改悪を待つことなく、早急に手当てせよ」と叫んでいる。
この提言は、政策別の重要課題のトップに教育問題を取り上げ、教育基本法の改悪を主張した。「教育内容の見直し」として真っ先に「戦後の教育で不十分であった日本の伝統・文化・歴史に係わる教育を充実させること」を挙げ、「国を誇る気持ちを育め」「権利と義務は一体であることを強調せよ」と要求した。
戦争突入を決断したブルジョアジーは、集団的自衛権の解禁と並んで、新たな世界戦争の時代に対応した帝国主義的ナショナリズムの形成と公教育での注入を火急の死活的課題としている。まさにこの日帝ブルジョアジーの要求にこたえる国定イデオロギーとして、「つくる会」教科書が登場してきたのである。
「つくる会」勢力は、今や一握りの極右勢力ではなく、政府・支配階級と深く結びついている。昨年6月、自民党の安倍幹事長(当時)は「歴史教育は国家の将来に関わる重大な課題」「歴史教育の問題は憲法改正、教育基本法改正と表裏一体の重要課題」として、都道府県連に通達を出し、「つくる会」支援を訴えた。自民党は今年度の運動方針の重点政策に「偏った歴史観やジェンダーフリーなどに偏重した教科書の適正化」を盛り込んだ。改憲団体の「日本会議」や教基法改悪をめざす民間教育臨調と重なり合いながら、自民党と民主党が超党派の議員連盟を結成し、文科省や全国の教育委員会に活発に働きかけている。
採択区を恣意(しい)的に変更したり、「つくる会」教科書の評価を上げるため選定資料の「調査の観点」を改悪したり、「教育委員会の採択権限の明確化」と称して調査研究機関の評価に教育委員会はまったく拘束されないとするなど、着々と採択の布石を打っている。文科省は4年前の敗北を総括し、04年6月の通知で「静ひつな採択環境を確保していくため、各採択権者が警察等の関係機関と連携を図りながら、毅然とした対応をとること」と反対運動への弾圧を指示した。
政府・支配階級は、「つくる会」教科書の採択を教基法改悪・改憲攻撃の突破口と位置付け、体制の存亡をかけて総力でのりだしてきているのである。
不起立闘争継承し石原打倒する闘い
第四に、「つくる会」教科書阻止闘争は「日の丸・君が代」闘争を引き継ぎ発展させる石原打倒闘争だ。
排外主義と戦争扇動の先頭に立ち、小泉=奥田の戦争と民営化攻撃を突出して牽引(けんいん)しているのがファシスト石原である。「東京から日本を変える」と豪語して知事に就任した石原が全体重をかけて推進してきたのが教育改革であり、国立(くにたち)の教育に対する攻撃から10・23通達にいたる「日の丸・君が代」強制攻撃と「つくる会」教科書の採択であった。
01年の採択では、学校現場の希望・意見を排除する採択制度の改悪を指示するとともに、「中学校社会科歴史は、学習指導要領の『我が国の歴史に対する愛情を深め、国民として自覚を育てる』という観点で選べ」と、「つくる会」教科書を推奨する通知を市区町村教委に出した。杉並を先頭とする反対運動の前に、一般中学校での採択は阻止されたものの、都教委が採択権を持つ都立障害児学校で「つくる会」歴史・公民教科書の採択を強行した。
都教委は、昨年、台東地区中高一貫校での採択を強行した。「日本人としてのアイデンティティの育成」を教育目標とし「日本の伝統・文化教育」を特色として掲げるこの学校は、「つくる会」教科書を採択するために設置された学校である。三浦朱門や米長邦雄を顧問にすえ、採択にあたっては「学校の特色を考慮」した調査研究項目を設定し、「日本の伝統・文化」や「神話・伝承」を扱った個所数を数値化することで、「つくる会」教科書の評価をあげる手口が仕組まれた。こうしたやり方は、「つくる会」によってお手本として全国に紹介され、各地で追随する動きを引き起こしている。石原・都教委は、自ら率先垂範して各地教委に採択を督促し、さらに来年度開設される中高一貫校3校での採択を策動している。
全都、全国の突破口として位置づけられているのが杉並区である。山田は、自らのホームページを極右衛星テレビ「チャンネル桜」とリンクさせ、特攻隊を賛美し、議会で公然と「大東亜戦争」「シナ」発言を繰り返すなど、まさに小・石原としての言動を繰り返している。山田は「区長命令」で教育行政を牛耳り、「日の丸・君が代」でも23区では唯一、10・23通達と同内容の通知を出して徹底した強制を進めてきた。
山田は、都教委の「教師養成塾」にならって、「杉並師範塾」と称する区独自の教員養成講座を来年度から開設しようとしている。そこでは「育てたい教師像」として「日本人が本来持っている資質や能力を活かすとともに、わが国の歴史と伝統を尊重し、日本を大切にする教師」を掲げている。カリキュラムの内容は、「戦後教育の再点検」「戦前教育を生かす」「我が国の精神文化、歴史、伝統」などの講義、奉仕体験や企業体験、寺社での修養体験(座禅・写経)という代物である。
「つくる会」勢力は、7月下旬に予定している杉並区の採択を全都全国での反革命一斉蜂起の合図として位置づけている。まさに杉並は最大の天王山だ。
今年の卒・入学式闘争は厳戒体制をうち破って闘われた。重処分をものともせず、2度目、3度目の不起立で闘う教育労働者が登場し、新たな不起立者が続々と登場した。高校生の抗議着席や都教委批判、保護者、地域住民のかつてない規模の申し入れなど総反乱が生み出された。石原・都教委は、強制反対のビラまきに警察を差し向け、NHK報道にかみつくなど、追いつめられた末期的姿をあらわにしている。
石原のファシスト政治は揺らぎ始めている。「日の丸・君が代」闘争に続いて、教科書闘争の爆発で石原と横山教育長を打倒しよう。被処分者が教科書闘争の先頭に立つとともに、都高教に続いて義務制労働者の総決起をかちとろう。
戦争協力を拒否し闘う日教組再生を
第五に、この闘いは、教育労働者の戦争協力拒否闘争であり、日教組運動の階級的再生をかちとる闘いである。
「つくる会」教科書の採択は、教育労働者に侵略イデオロギーの注入を強制する攻撃であり、「日の丸・君が代」以上にあからさまな戦争動員攻撃である。教科書使用義務違反が懲戒免職事由となることは、すでに伝習館事件での最高裁判例がある。ここでも処分、免職の脅しで教育労働者に侵略教育が強制される。
戦前の教育労働運動は、国定修身教科書を逆用した反戦教育実践を果敢に展開したが、治安維持法弾圧の餌食(えじき)となった。現在は教育委や校長の管理体制のもとで、週ごとの指導計画の提出、使用するビデオやプリントの事前検閲制など、教育実践はがんじがらめにされている。教科書から抹殺された歴史的事実を教えることさえ、地域反動による通報と処分の対象になりかねない。不退転の決意で絶対阻止の闘いを組まなければならない。
教職員組合は従来、組合として教科書の調査研究を行い、それに基づいて各学校の希望・意向を提出し採択に反映させる取り組みを行ってきた。「つくる会」勢力は、これを「日教組の教育支配」と攻撃し、教育行政は採択権を現場から奪ってきた。ことここに至って組合が反対運動の前面に立たず、「つくる会」への名指しの批判さえ回避するのは、闘わざる敗北の道でしかない。
現場教員の意向は無視され、管理職中心の調査研究機関の評価さえ教育委員会によって恣意的に覆されている。杉並区の昨年の小学校の採択審議では、「調査報告がいう欠点は、長所だ」「使いにくいなどというのは駄目教師」という放言がまかり通っている。中学社会科だけの問題ではない。「教育の専門性」も「教師の職務権限」も一切否定し、国が決めた教育内容を忠実に教える教師づくりがめざされているのである。都の「東京教師塾」、杉並区の「杉並師範塾」など、新規採用教員の囲い込みによるファシスト教師づくりを進め、日教組を解体することこそ、教科書攻撃の核心的狙いなのだ。
「つくる会」教科書は教科書ならざる政治文書であり、改憲と戦争を扇動するむきだしの政治攻撃である。教育労働者の誇りにかけて断固たる拒否宣言を発し、「日の丸・君が代」闘争に続く戦争協力拒否闘争として採択を絶対阻止しよう。教育委員会に押しかけ、大衆団交をかちとろう。地域にうって出、広範な保護者、市民、労働組合と共闘しよう。
教科書闘争の爆発こそ、日教組本部の「論憲=改憲」路線と職能団体化を吹き飛ばし、日教組運動の階級的再生をかちとる闘いである。
「つくる会」教科書とJR大事故は、労働者階級に襲いかかる戦争と民営化攻撃の象徴である。教育現場でもJR西の日勤教育と同様のいじめで新採教員が自殺に追いやられている。労働者は闘わなければ殺される。あげくの果てに侵略戦争に駆り出されるのだ。資本と一体化してリストラを進める労働組合、文科省をパートナーとして教育改革に突き進む教職員組合の犯罪性は明らかだ。今こそ戦争と民営化と対決する労働運動をつくりだそう。
教科書闘争の先頭に立つ長谷川必勝へ
第六に、教科書闘争の爆発のために6月都議選を総力で闘い、勝利しよう。
「日の丸・君が代」闘争を先頭に開始された4大産別決戦は、社共にかわる労働者党の建設を必須の課題としている。ファシスト石原を打倒する大衆運動、戦争と民営化攻撃と対決する都労連運動の形成のために、石原打倒を真っ向から訴える都議会議員を登場させなければならない。
石原のファシスト政治をまかり通らせているのは、オール与党体制であり、日本共産党や社民党が石原に迎合・屈服しているからである。
共産党は、排外主義に迎合し、反日デモを非難し、教科書問題を争点にしていない。卒業式に招待されて「君が代」斉唱時に起立するような都議は、教育労働者の味方ではない。石原に挑戦状をたたきつけ、教科書闘争の先頭に立つ長谷川英憲候補こそ、闘う労働者の代表である。すべての闘う教育労働者、とりわけ不起立闘争を闘った全国の教育労働者に、都議選決戦への総決起を訴える。
全国で「つくる会」教科書絶対阻止の闘いをつくりだしながら、最大の天王山=杉並の攻防に総力を集中して勝利しよう。杉並の熱い闘いの成果を還流して、全国で採択を阻止しよう。
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週刊『前進』(2199号5面1)(2005/05/30)
5・15沖縄 2万4千人が基地を包囲
普天間と辺野古を結んで 米軍再編=基地永久化と対決
“即時閉鎖し撤去を”
沖縄の怒り「人間の鎖」に
ペテン的「本土復帰」から33年の5・15沖縄闘争は、沖縄米軍基地の再編・強化=永久基地化を許すのかどうかをかけた歴史的な決戦となった。
米日政府は、2月の日米安保協議委員会(2プラス2)で米軍再編のための理念となる「共通戦略目標」を定め、日米枢軸で世界戦争に突き進むことを確認した。第2段として6月には自衛隊と米軍の役割分担を定める。それは、米軍と自衛隊を軍事的に一体化させ、民間空港・港湾の優先使用などで日本全土を世界戦争推進の「戦略展開拠点」とするものだ。さらに第3段として、沖縄米軍基地の再編と座間(神奈川県)への第1軍団司令部移転と横田の空軍司令部強化を軸に、北朝鮮・中国侵略戦争のために沖縄と在日米軍基地全体の機能を再確立しようとしている。
昨年8月の沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事故は、米軍基地の存在が沖縄県民の生命・生活と相入れないことを示した。名護市辺野古の新基地建設を阻止する闘いは、24時間の昼夜を分かたない海上での実力闘争として闘われ、ボーリング調査を阻止し続けている。
今年の5・15闘争は、普天間基地撤去と名護新基地建設阻止をひとつの闘いとして、米日帝の米軍再編=世界戦争路線と対決する「米軍基地撤去=沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒」の新しい発展を切り開くものとなった。
5月15日午後、宜野湾市で「普天間基地包囲行動」が行われた。この包囲行動は95年、98年、04年に続き4回目だ。今回の包囲行動は、昨年8月13日の沖国大の米軍ヘリ墜落事故への怒りと危機感で、前回を約8千人も上回る過去最多の2万3850人が参加した。
5、4、3、2、1、0――午後2時15分、ラジオのカウント・ダウンを合図に2万人余が一斉に手をつないだ。普天間飛行場の周囲約11・5`を「人間の鎖」が包囲。第1回目からの成功が伝えられると、どっと歓声が起こった。そしてウエーブが何度も行き来した。その後、全部で3回の人間の鎖が完成した。
実行委員長の山内徳信さんが「普天間飛行場の即時閉鎖・返還が市民、県民の心からの願いであることが内外に示せた」と成功を宣言、「この勢いで返還実現をかちとろう」と訴えた。
県民大会で“新基地阻止”
包囲行動の高揚感がさめやらない中、「普天間基地撤去・基地の県内移設に反対する県民大行動県民大会」が宜野湾市の海浜公園野外劇場で開かれた。包囲行動や5・15沖縄平和行進の参加者を中心に約7500人が大会に参加した。青年労働者が大半を占め、大勢の人が会場に入れず、外の芝生の広場にあふれた。
山内実行委員長が「私たちは歴史的な闘いを進めてきた。普天間と辺野古の闘いに決着を付け、勝利する日まで頑張ろう」と主催者あいさつをした。
宜野湾市の伊波洋一市長は「世界一危険といわれる普天間飛行場は、5年から7年という返還期限を過ぎてもう9年目になる。一番恐れていた(昨年8月の)事故が起きてしまったからには、普天間飛行場をこのままにはしておけない」と普天間の即時撤去を訴えた。ヘリ基地反対協議会の安次富浩共同代表は「ボーリング調査を体を張って阻止してきた」と辺野古現地の闘いを報告、全国から人とカンパを辺野古現地に送るよう呼びかけた。
社民党の又市征治幹事長、社大党の喜納昌春委員長、日本共産党の志位和夫委員長、民主党の岡田克也代表が発言。連合沖縄、沖縄県労連が決意表明した。
平和市民連絡会の平良夏芽代表世話人は、「辺野古のおじい、おばあが守り続けてくれた2639日、そして昨年の4月19日から今日まで392日間。本当に激しい毎日だったが、いまだにくい一本打たせていない。私たちは本気になって新基地を止める。全国の皆さん、辺野古につながり続けてください」と訴えた。
普天間基地爆音訴訟原告団の島田善次団長が「自分たちが苦しんできたこの基地を辺野古に移すことは絶対にしない。物言わぬ民は滅びる。一緒に頑張ろう」と力強くアピールした。
沖縄平和運動センターの山城博治事務局長が県民大会決議案を読み上げ、拍手で採択された。同決議は「普天間基地包囲行動」の成功を確認し、@普天間基地の即時閉鎖・撤去、A名護市辺野古沖移設の断念・県内移設に反対、B日米地位協定の抜本改定――などを日米政府に要求した。
135万円を超える辺野古カンパが集まったと報告され、最後に平和運動センターの崎山嗣幸議長が「普天間基地の撤去と基地の沖縄県内たらい回しを許さない」と決意を述べ、団結ガンバローで締めた。
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週刊『前進』(2199号5面2)(2005/05/30)
辺野古の闘い 24時間続く
青年労働者・学生が合流
海上で実力闘争担う
防衛施設局が夜間作業に突入して2週間余り。地元のおじい、おばあを先頭に全国から集まった青年らは24時間体制でやぐら上での座り込みを続けている。米軍再編協議のタイムリミットが迫る中、辺野古沖への新たな海上基地建設のためのボーリング調査を阻止する闘いが続いている。
海上に設置されたボーリング調査用の鉄パイプで組まれた約4b四方の足場(単管ヤグラ)は、さび付き、大きな波できしむ。ここに反対派は24時間座り込んでいる。悪天候でいつ足場が崩落してもおかしくない。夜の寒さや寝不足、施設局や業者と対峙する緊張は、座り込みをする者に厳しい消耗を強いている。
4月26日未明の夜間作業で足場の周囲には金網が張り巡らされた。金網の中に人が入った状態で落雷したこともあった。施設局は四つの足場に加え、さらに二つの足場の設置を狙っている。気を抜けば、すぐにも工事業者が襲ってくる。しかし、体を張った実力闘争は、いまだ一本のくいも打たせていない。
「本土復帰」から33年の5月15日を迎え、平和行進や普天間包囲行動など沖縄中が「闘いの日」となる中でも、追いつめられた防衛施設局は「遠慮会釈なく」作業強行を狙い、海上での24時間の攻防が続いた。
5月16日、平和行進や包囲行動に参加した青年労働者や学生ら数百人が辺野古現地の闘いに合流した。現地の闘いを可能な限りともに闘い抜きたいと普天間基地包囲行動の後、直ちに辺野古に急行し、前夜から泊まり込みの闘いに合流した青年労働者の姿もあった。早朝4時から船で海上ヤグラに向かった。他の者も辺野古漁港での座り込みに参加、作業船が現れると堤防の先端に集まって、「いのちの海を人殺しに使うな」「作業をやめろ」と声をかぎりに叫んだ。
厳しい攻防で体調を崩していた命を守る会代表の金城祐治さんも姿を見せ、「これからを背負って立つのは若い皆さんです。私たちも残りわずかな人生ですが頑張っていきたい。君たちの子や孫のために頑張りましょう」と青年労働者や学生と交流した。
海に飛び込み作業船を阻む
この日、第3ヤグラでは午後から激しい攻防となった。午前中に「立入禁止」の看板設置を拒否された工事業者が4隻の船団でヤグラを急襲。これに対し、平和市民連絡会代表世話人の平良夏芽牧師ら3人のダイバーと11人の死守隊が必死に阻んだ。海に飛び込んで作業船の接近を阻止したり、金網に看板がくくりつけられるのを、手の甲が傷つくのもかえりみず、全員が一丸となって闘った。
業者は、「立入禁止」看板を付けられず、「フェンスにさわるな」の看板一枚をアリバイ的に付けるのがやっとだ。「たかが看板設置でここまで闘う必要があるのか」と泣き言を並べる工事責任者に、夏芽さんは「どんなことでも、工事を強行すれば徹底的に闘う。夜間工事は許さない」ときっぱり言い渡した。
この日の闘いで、さらに多くの学生・青年労働者の決起を誓った。
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週刊『前進』(2199号5面3)(2005/05/30)
“団結して社会を変えよう”
5・14沖縄市 青年労働者200人が誓う
5月14日夜、沖縄市民会館で「全国青年労働者交流集会 OKINAWA」が開催され、200人を超える青年労働者が参加した。沖縄平和行進の最中の自治体労働者や教育労働者を始めさまざまな産別の労働者が集まり、「青年労働者の団結で、この社会を変えよう!」とエネルギーに満ちあふれた集会になった。
冒頭、東京の教育労働者が開会あいさつに立った。「今の日本と世界は本当に危うい状況です。自衛隊がイラクに居座り、憲法改悪のための国民投票法制定が狙われ、学校では愛国心が押しつけられている。『いつか歩んだ戦争への道』そのものです。今、青年労働者は大変な状況にいます。JR尼崎事故は利益・効率を優先してきた結果。教育現場でも初任者は研修漬けで『命令を聞け』と強制され、埼玉や東京では若い教育労働者が自死に追い込まれた。こんな状況に対抗する唯一の手段が、労働者の団結です。青年労働者が団結して、この現状に立ち向かう力をつくり出そう」
次に、名護市・辺野古で連日、24時間の海上阻止行動を闘いぬく青年が「辺野古が世界を動かしていく」と題してアピールした。「これまで80代、90代のおばあたちが『基地建設が始まったら海に座るさぁ』とテントに座り込んでいました。でも今は平均年齢が20代。僕たちは辺野古に来てこの世界の現実を知り、闘いで世界を変えられることを知った。だから希望を持って闘い続けられます。辺野古の闘いは確実に基地建設を追い込んでいますが、まだ足りない。力を貸してください。僕たちは現場で命がけで止め続けます。みなさんも職場で訴え、辺野古に仲間を送り出してほしい。世界を変えるためにともに行動しよう」。熱烈な訴えにこたえ、13万円を超えるカンパが寄せられた。
続いて、桑江テル子さん(うないネット・コザ主宰、とめよう戦争への道!百万人署名運動・沖縄の会共同代表)が、「沖縄うない60年」と題したひとり芝居を熱演した。沖縄戦の現実、沖縄売り渡しと27年間の米軍支配、由美子ちゃん事件や国場くん事件を始め数え切れない強かん・暴行事件。72年5・15でも平和への夢はかなわず、95年に再び起きた少女暴行事件、そして辺野古の新基地建設。桑江さんは最後に「戦争をさせてはならないということさ」と結んだ。
動労千葉の田中康宏委員長が、「尼崎事故をくり返させない! 闘う労働組合運動の再生を」と題して講演。「107人を殺したのは国鉄分割・民営化であり、資本の手先になった労働組合だ」と断罪し、「事故や戦争は、労働者が団結して闘うことによってしか防ぐことはできない」と強調。さらに「『平和』と思っていた社会が一夜にして急転し、戦争が現実化する過程に入った」と警鐘を乱打し、「この現実を変えるのは青年労働者。戦争と民営化に反対する大統一行動、国際連帯行動が必要です。11月労働者集会に1万人結集を」と訴えた。
基地撤去・民営化阻止へ決意
全国各地の青年労働者が決意を表明した。初めに沖縄の教育労働者が「私たちの願いは子どもたちが安全に学べる社会をつくることです。46年前、米軍ヘリコプターが宮森小学校に墜落して多くの死傷者を出し、昨夏もヘリが大学構内に墜落。私が教えた生徒もほんの1時間前まですぐ隣でテニスの練習をしていたんです。一日も早く普天間基地をなくそう」と訴えた。
自治労の青年労働者は「平和行進に参加して、沖縄戦を二度とくり返さないために、おじいやおばあの話をもっと若い世代に伝えていくことも私たちの役割だと痛感しました。これからも全国の仲間と交流していきたい」と述べた。
東交の青年労働者は「現場では外注化が進んで、福知山線の運転士とまったく変わらない現実です。1〜2分の遅れやオーバーランで、なぜ地獄のような仕打ちを受けなければならないのか。こんなことを許さないために民営化を阻止し、反戦・反基地闘争を闘います」と発言した。
JPU(全逓)の青年労働者は「郵便局では今、本務者と非常勤のゆうメイトを争わせようとしている。尼崎事故を見て、郵政も民営化されたら同じようなことが起きるのではないかと心配です。理不尽な命令には毅然(きぜん)と闘い続けます」と表明した。
医労連の青年労働者は「職場で人事考課制導入が提案されたが、白紙撤回を求める署名に大半の職員が応じてくれました。若い労働者もけっして無関心ではありません。今回の沖縄行動で知ったことを、自分の言葉で身近な人に伝えていきたい」と発言。
沖縄のパート労働者は「この1年、二つの組合破壊攻撃に直面しましたが、職場の仲間からエネルギーと勇気をもらって闘いぬいた結果、組合員が2倍に増えました。職場の労働者を信じることを学び、『団結するとはこういうことだ』と実感しています。強まる資本の攻撃も、労働者が団結すれば跳ね返せると確信しています」と述べた。
最後に広島の教育労働者が「『つくる会』歴史教科書はまるで修身の教科書。『日の丸・君が代』闘争を闘った力で『つくる会』教科書の採択を阻もう。7〜8月、みんなの力で『つくる会』と石原を串刺しにして、8・6ヒロシマでまた会いましょう」と呼びかけ、参加者が大きな拍手でこたえた。「普天間包囲行動、辺野古行動を闘いぬき、8・6ヒロシマへさらに大きな闘う青年労働者のネットワークをつくり出そう」という呼びかけで団結ガンバローを三唱し、勇気と感動を胸に散会した。
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週刊『前進』(2199号5面4)(2005/05/30)
那覇で学生が集会
全国から1年生中心に
那覇市の沖縄県青年会館で5月14日夜、全学連の主催で全国学生交流集会が行われた。初めて沖縄の地を踏んだ1年生を中心に40人が集まった。
特別企画で全学連沖縄対策部長として70年安保・沖縄闘争を闘った黒島善輝さんが「世界史のクロスロード沖縄で何をつかむか」と題して講演を行った。
黒島さんは「ひめゆりやチビチリガマ、嘉手納基地を見てきたということですが、膨大な人民の血が流された所に、世界にも例のない巨大な米軍基地があるのは本当におかしい。しかも辺野古では沖縄のためとして新しい基地がつくられようとしている。こうした沖縄の現実を現代世界の根本的な矛盾としてつかむ必要がある」と問題提起。
さらに「米日の支配階級は、帝国主義としてもう一度世界戦争をやる時が来たと決断している。沖縄の現実にその生々しい意志が現れている。中国侵略戦争になれば、沖縄は60年前と同じ状況になる」「今後、教基法改悪・改憲をめぐる決戦と安保・沖縄決戦が同時一体で進む。労働者は闘わねば生きられない歴史的決戦に入りつつある。さらにイラク、朝鮮・中国でも、巨大な反乱が起こる。今起きているのは、世界戦争に踏み切った帝国主義を打倒し、二度と戦争を起こさない社会をつくる闘い。問われているのは日本での闘い。米軍再編をめぐる全体の動きが、沖縄のこれからの数カ月の闘いで決まる。このことを念頭に今回の沖縄での経験を自分のものにしてほしい」と訴えた。
続いて、辺野古現地で闘う学生の報告が行われた。「辺野古の闘いは、今日で8年プラス391日を迎えています。海上のヤグラを徹夜で占拠して工事を阻止しています。絶対に負けられません。今、本当に決起する人が必要です。ぜひ辺野古に駆けつけて欲しい」
沖縄出身の宮城啓君(大阪市大)がアピール。「辺野古の闘いが、帝国主義の世界戦争への突進を阻んでいる。本土の労働者・学生の決起がカギを握る。沖縄の基地撤去、世界戦争阻止とは、帝国主義を打倒し、労働者が主人公の社会を建設すること。辺野古の闘いは、そういう歴史的闘いの最先端だ」と訴えた。
全国の1年生や初参加者が発言に立った。
「初めて沖縄に来て衝撃の連続。ひめゆり資料館で語り部の『平和を守ってください』の訴えが強く印象に残った」(東北大1年)
「沖縄の基地をなくすのに必要なことを考え、行動したい」(法政大1年)
「沖国大の米軍ヘリ墜落現場を案内してくれた女性に『私は自分の子どもを犠牲にしてあなたたちを守るつもりはない』と言われたことが衝撃だった」(富山大3年)
「平和行進を見て、沖縄では町ぐるみで住民が決起していることに感動した」(京都大1年)
「米軍基地が住民に与える被害を実感。見ること聞くことが許せないことばかり」(広島大1年)
誰もが沖縄の歴史と現実から受けた衝撃と行動による変革への意欲を語った。
翌15日、全国の学生は、普天間基地包囲行動に参加し、16日には辺野古現地の闘いに合流。海陸で闘い、この日の工事を完全に阻止した。夜も4人の学生が現地にとどまり、夜間の海上攻防を闘った。
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