ZENSHIN 2001/06/04(No2007
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週刊『前進』(2007号1面1)
都議選必勝へ全力疾走を 小泉反革命とファシスト石原都政を打倒せよ
改憲阻止、集団的自衛権=侵略戦争反対、「つくる会」教科書白紙撤回へ
闘うけしば氏を都議会に送ろう
六月十五日の都議会議員選挙告示まであと三週間を切った。杉並では、「小泉改革ノー!」「石原都政ノー!」を真っ向から掲げ、「自民党政治を終わらせよう」「戦争賛美の教科書は使わせない」というスローガンを軸に闘いが大前進している。民主党は小泉反革命と「改革」のペテンの前になすすべもなく沈黙し、日本共産党は、石原都政に「是々非々」を掲げ、実質的には石原与党に成り下がっている。今こそ、戦争と改憲と大リストラの小泉反革命と真っ向から全面対決し、小泉政権打倒へと決起し、極右小泉と一体の石原都政に革新の風穴を開ける時だ。六月二十四日の投票日に向けてすべての同志、労働者人民は都議選必勝へ全力疾走しよう。「石原都政下の都議会にけしば誠一氏を送り込もう」の大旋風を杉並区に巻き起こそう。絶対に勝利をかちとろう。
第1章 小泉「構造改革」とは恐慌・倒産・大失業だ
小泉政権というウソとペテンのとんでもない反革命的な極反動政権を生み出したものは、日本帝国主義と自民党政治の未曽有(みぞう)の危機である。その根底には、帝国主義(資本主義)そのものの基本矛盾の全面的爆発がある。
帝国主義は今や二九年型世界大恐慌、いやそれ以上の史上空前の大恐慌・大不況に向かって危機を爆発させている。帝国主義間の争闘戦、対立・抗争がこの中で激化し、戦争への転化の動きが現実に始まっているのである。
戦争へと進む米帝ブッシュ
それを何よりも鋭く示しているものが、米帝経済の巨大なバブルの崩壊の開始であり、その中で登場したブッシュ政権のむき出しの戦争政策の展開なのだ。
結局、米帝ブッシュにとって残された延命の道は、帝国主義間争闘戦の激化と戦争しかない。他帝国主義に打撃を集中し、「強い米帝」を押し出し、米帝とドルの威信を強引に防衛するしかない。その最大のターゲットが日帝なのである。
すでにUSTR(米通商代表部)は「二〇〇一年版外国貿易障壁報告」において日本問題に最大の焦点を置き、日本への圧力を強めている。ことあるごとに日本の不良債権問題を押し出し、早期の「不良債権処理」を要求している。
こうした経済的争闘戦と国際的な政治的軍事的争闘戦が一体で進んでいる。
四月一日の米軍スパイ機による中国軍機への接触・墜落事件、五月一日の米帝ブッシュの新ミサイル防衛構想発表、五月七日のラムズフェルド国防長官によるアジア重視の新戦略発表、五月十五日の米シンクタンク「ランド研究所」による「米国とアジア―新たな戦略と軍の態勢について」の報告書――これらはまさに米帝ブッシュの戦争政策の急展開を告げている。
とりわけ「ランド研究所」の報告書は、米帝の最大の懸案が中国の軍事的台頭と中台武力衝突の可能性であるとし、「五・一五沖縄」にぶつけるかのように、沖縄県下地島など琉球諸島での米帝空軍力の増強やグアム島に大規模な空軍の拠点を構築することを提言している。
そして米帝の集団的自衛権の要求は、日本海に展開する米原潜、台湾海峡に展開する米軍部隊の防衛を要求するということだ。米戦争戦略に沖縄を始めとする日帝・自衛隊を大動員するものであり、これは日帝にとっては中国・朝鮮侵略戦争への参戦そのものとなるのである。
二九年型世界大恐慌の現実化が始まり、世界経済のブロック化と争闘戦がいよいよ激化してくる中で、崩壊したスターリン主義圏と残存スターリン主義圏の取り込みをめぐって争いが具体的に激化していく時、帝国主義対帝国主義の対立は、帝国主義が帝国主義である限り、侵略戦争、第三次世界大戦へと突き進まざるをえないのだ。
危機が生んだ極右小泉政権
こうした大情勢の激動化の中で、危機を深める没落帝国主義・日帝の延命をかけた政権として、戦争と改憲と大リストラの極右・小泉政権が誕生した。それは森政権で絶体絶命のふちに追い詰められた自民党が生み出したウルトラ反革命である。
そもそも小泉は政治的には中曽根・石原と連携している極右・反動政治家だ。中曽根は「私と小泉君、石原君は同じDNAだ」と、同じイデオロギーを持つ極右政治家であることを認めている。ファシスト石原とほとんど同じ主張の人物がついに日帝の首相となったことは超重大事態である。
自民党政治への大衆の怒りの根底には、腐敗・汚職を伴う利権政治・派閥政治への怒りと閉塞(へいそく)感があり、小泉がここで何か打破してくれるのではないかという期待感が激変の核心にある。しかし、これはまったくの幻想だ。
この利権政治=派閥政治は、実際は、政治家と官僚と業界の癒着構造的なものである。この利権政治=派閥政治を代表してきたのが橋本派だが、橋本派と闘っているポーズをとっている小泉も実際は橋本派となんら変わらない派閥政治をやってきたのだ。小泉は派閥(森派)から離脱したと言うが、閣僚人事では露骨な派閥政治が展開された。
小泉は「改革者」などではまったくない。@そもそも小泉なる人物は、破綻(はたん)した橋本政権の厚生大臣であったこと、その時に小泉がやったことは、介護保険を導入したことであり、人民に高額の介護保険料を強制することであった。「改革」などとは最も無縁な人物だ。Aまた小泉は森政権を支えた森派の会長であった。森と小泉の間には一ミリほどの違いもない。派閥政治の頂点にいて派閥政治にどっぷりつかっていた人物だ。Bさらに小泉は、KSDの議員連盟の副会長だったのであり、KSD汚職の当事者だ。橋本派と同様、利権と腐敗と汚職にこれまたどっぷりつかった人物なのだ。
Cそして今回のハンセン病患者に対する熊本地裁判決への態度である。結果として「控訴せず」となった。しかしこれは大衆的怒りで追い詰められた結果である。ハンセン病患者隔離の問題はかつてない人権無視であり、国家の犯罪であり、憲法上の問題である。にもかかわらず、日帝・法務省や厚生労働省の官僚と自民党政治家連中は「控訴」を決めており、小泉も容認していたのだ。ハンセン病患者が首相官邸に必死に面会を求めに行った時の小泉と官邸の態度は、悪代官そのものの許しがたいものだった。
結局、大衆的な怒りと行動が小泉を控訴断念に追い込んだということである。
「小泉改革」なるものはまったくペテンであり、スタンドプレーであり、幻想である。また小泉に人民が望む改革をやる思想も能力もありはしない。
しかも「小泉改革」が掲げる政策の中身は、実に反人民的、反労働者的なものである。
第一に、小泉の「聖域なき構造改革」なるものは、労働者人民大衆に犠牲をすべて押しつけて大銀行と大企業を救済するものであり、「痛みに耐えろ」と、労働者にリストラと大失業、賃下げ、福祉切り捨てと大増税を強制する以外の何ものでもない。
小泉がやろうとしている最大のものは、大リストラ攻撃である。労働者階級の階級としての解体、労働組合破壊攻撃である。NTT大合理化、郵政民営化、公務員制度改悪、特殊法人解体、JR完全民営化が示すように、日帝政治委員会の最先頭に立って大資本攻勢、大失業攻撃をかけて延命していくことである。
第二に、小泉は、「一、二年はマイナス成長でもいい」と公言してきたが、不良債権の処理などの小泉の経済政策は日帝の経済危機を一層激化させ、恐慌と不況を促進し、中小企業などの倒産を続発させるものでしかない。財政的にもピンチになる。そしてこれがすべて労働者人民へのリストラ、大失業、福祉破壊、増税となって転嫁される。
第三に、「小泉改革」の最大の反革命は、改憲(九条改憲)と戦争、戦争国家化の攻撃である。
小泉は歴代首相の中で初めて改憲を、しかも九条改憲を公然と主張している。しかもそのための突破口として首相公選制を唱え、大統領的な独裁体制を確立することを狙っている。
さらに小泉は集団的自衛権行使への踏み切り、靖国神社への公式参拝、有事立法着手、教育基本法改悪をむき出しの形で主張している。国会でこうした歴史的な大反革命をナチス・ヒトラーよろしく絶叫している。まさに国家主義、愛国主義、排外主義をあおって、日本を戦争国家化し、再びアジア侵略戦争、帝国主義戦争へと引きずり込むことが、小泉反革命の本質であり、正体なのだ。
第2章 東京杉並で戦争賛美教科書の採択阻止を
こうした小泉反革命との現下の最大の攻防点が、「つくる会」教科書採択阻止と教育改革関連法案粉砕の闘いである。
教科書問題では、小泉は、韓国政府の三十五項目の修正要求、中国政府の八項目の修正要求を拒否して戦争賛美教科書を押し通そうとしている。これら両国政府の要求は朝鮮・中国人民の最低限の要求であり、政府は無条件で受け入れ、「つくる会」教科書の検定合格を白紙撤回すべきだ。
五月二十九日に学校教育法改悪、社会教育法改悪、地方教育行政法改悪の教育改革関連三法案の衆院本会議での趣旨説明と質疑が行われ、審議入りすることが確実な情勢になった。この攻撃に対し、「つくる会」教科書の七月採択阻止の闘争と一体のものとして全力で闘わなければならない。
この三法案で日帝が狙っているのは、@奉仕活動の義務化、A「不適格教員」の免職制度、B「問題児童」の出席停止制度、Cエリート教育のための「飛び入学制度」の新設である。
「つくる会」公民教科書は、全編が基本的人権・民主主義・平和主義に反する「国民の道徳」を展開し、゛公民である以上、社会のルールを守れ、国防の義務を守れ″と叫んでいる。
奉仕活動の義務化とは、この公民教科書の「道徳内容」を日常の学校生活の中で実践することにある。それは徴兵制と勤労動員につながっている。
「不適格教員」免職制度の攻撃は、「日の丸・君が代」、「つくる会」教科書、奉仕活動の義務化、教員への人事考課制度などと一体となって、これらの日帝・文部科学省の方針に従わないで抵抗し、闘っていく教育労働者を「不適格教員」として首を切る超反動法案である。この攻撃は東京都の石原のもとですでに最も先行して進んでいる。
「日の丸・君が代」に反対する国立の教育労働者が研修所に送られ、免職攻撃をかけられている。そして広島で卒入学式の「日の丸・君が代」闘争への大量処分攻撃があった。これも「不適格教員」攻撃と一体のものである。
「つくる会」教科書は教育内容を戦争賛美に一変させる。そしてそのもとでエリート教育を持ち込み、学校に制度として差別・選別教育を持ち込み、これまで以上に子どもたちを分断・管理・支配し、エリートは最初から「エリート」として金をかけ、労働者は労働者として無駄な金をかけないで育成しようとしている。そして学校に反発する子ども、「日の丸・君が代」や「つくる会」教科書や奉仕活動に反発する子どもを「出席停止処分」にしようとしているのだ。
小泉が公言する靖国神社公式参拝の攻撃は、これらの教育改革攻撃とまさに一体のものである。青年たちに再び銃を持たせ戦場に送るための政治的、イデオロギー的な大攻撃なのだ。
さらに小泉は、現在、行政改革の焦点として、「道路特定財源」問題と地方交付税交付金の問題を取り上げ、橋本派らの族議員との派閥抗争を強め、「改革断行」を唱えている。しかし、これは、財務省の意を背景に地方自治を切り捨て、戦争国家体制の確立を狙うことに本質がある。
小泉の最悪の先兵が石原だ
こうした小泉反革命の最大のファシスト先兵となっているのが石原である。石原都政は戦争と排外主義、軍需経済化、ナチスばりの大公共事業、リストラ、福祉切り捨ての極悪都政であるが、特に石原は現在、「つくる会」教科書の採択攻撃の先頭に立つ知事である。「つくる会」教科書を使わせない闘いは東京・杉並が最大の天王山であり、それが都議選の最大の攻防点となっているのだ。
「つくる会」歴史教科書は歴史歪曲・戦争賛美・皇国史観の教科書である。また「つくる会」公民教科書は、歴史教科書の戦争賛美に「国と天皇への忠誠心と国防の義務」という魂を吹き込むためのものだ。
公民教科書は、“社会のルールを守り、社会奉仕の精神を持て。社会の一員である以上国防の義務がある゜“混乱する時代を乗り越えるためには日本の文化と伝統、すなわち天皇制に立ち返り、天皇のもとに一致団結して闘え゜と教え、最後には“国を守るためには核を持て。命を捧げよ゜とたたき込む、とんでもない教科書だ。
すでに石原は「心の東京革命」と称して「七つのしつけ」などという道徳教育を始めている。奉仕活動も積極的に導入している。「不適格教員排除」攻撃のための人事考課制度の導入、「指導力不足教員」の認定制度、処分された教育労働者への研修所送り制度など教育改革関連法案の先取り攻撃を進めている。すべてが戦争動員計画としての教育攻撃なのだ。
こうした教科書攻撃、教育改革攻撃と一体のものとして「第三国人」の排外主義発言とその実動演習として昨年九・三自衛隊の治安出動演習が行われたのだ。
その石原が東京都という巨大自治体の権力を握り、首都圏に、全国に反動の風吹かせているのだ。石原がつくった諮問機関「東京の問題を考える懇談会」には「つくる会」の中心的メンバーである藤岡信勝、小林よしのりや、曽野綾子、福田和也などの札付きの右翼反動分子が集まり、石原を翼賛している。この事態を危機感をもってとらえなければならない。
石原個人は実にけちくさい、くだらない、臆病で動揺的人物であるが、石原が今まさに日帝の政治支配体制の危機の中で果たしつつある極悪の役割の大きさは絶対に過小評価できない。極右政治家・小泉が首相となり、その先兵にファシスト石原が立っていることに怒りと危機感を爆発させ、小泉=石原打倒に猛然と決起しなければならない。
だから東京都で、とりわけ杉並区で、「つくる会」教科書の採択を阻止することは重大で決定的な攻防点なのである。
介護保険制度に反対する住民の会の闘い、学校給食の民間委託化に反対する父母や区職員の闘い、「つくる会」教科書に反対する区民たちの闘い、こうした労働者住民とともにけしば氏は立ち上がっている。
今こそ都議会に小泉=石原打倒を真っ向から掲げ、民衆の利害を真に代表する闘う都議会議員を送り込むことである。都議会に「石原ノー!」の鮮明な旗を登場させよう。小泉や石原に屈服して闘えない日共や民主党では、まったくダメなのだ。「大リストラと改憲|戦争の小泉政権打倒!」「小泉自民党に民衆の怒りを」「戦争美化教科書の採択狙う石原都知事と真っ向勝負!」「自民党を全員落とせ」「六月都議選必勝で、小泉政権打倒せよ」を掲げ、これらの一切を「石原都政下の都議会にけしば誠一氏を送り込もう」に絞り上げて闘おう。
小泉反革命と真っ向から対決し、小泉打倒、小泉=石原打倒を訴えて、全党・全人民が都議選勝利に向け全力疾走することを熱烈に訴えたい。
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週刊『前進』(2007号1面2)
5・15沖縄 ”新基地建設阻止を” 29年目の「屈辱の日」怒り新た
平和市民連絡会が集会
二十九年目の「五・一五」。沖縄平和運動センターなどが県民大会などの闘いを放棄したことに抗して、「沖縄から基地をなくし世界の平和を求める市民連絡会」が、「屈辱の日」への怒りも新たに闘いぬいた。小泉新政権のもとで、沖縄情勢も新たな決戦情勢に突入した。反戦共同行動委員会と沖縄労組交流センターは、名護新基地阻止と那覇軍港の浦添移設阻止を掲げてともに闘った。(5面に関連記事)
“平和の破壊者に挑むマグマ”
五月十五日は、台風1号が過ぎ去った、うだるような一日だった。
「沖縄には、平和を破壊する者に対して果敢に挑むマグマが存在する。日米が強引な手法での基地強化を手がける時、そのマグマは大きな力となって爆発することだろう」(基地の現実を問う五・一五平和集会アピール)
沖縄から基地をなくし世界の平和を求める市民連絡会が十五日夜、那覇のNTT沖縄会館で開催した五・一五平和集会には、約二百人の労働者・市民が参加し、「新たな戦前・戦争のできる国づくり」への動きと新基地建設を阻止しようと誓い合った。
冒頭、元那覇市議の島田正博さんが「五月十五日は沖縄にとって屈辱の日。七二年五月十五日は、どしゃぶりの雨の中を国際通りをデモした。二十九年目にして初めて独自の取り組みとなった」と開会あいさつ。
崎原盛秀事務局長が基調報告に立った。九五年以来の攻防を押さえ、現在も続く沖縄差別支配を弾劾した上で「沖縄を基軸にアジア民衆連帯の基地包囲網が形成されつつある。アメリカは基地を手放そうとはしないだろうが、民衆のエネルギーを結集し、基地の新設を絶対に許さない闘いを進めよう」と力強く語った。
各地で闘う運動体からの発言が続いた。名護のヘリ基地反対協の宮城幸代表は「基地とは共存できない。沖縄は戦争のための要(かなめ)石になりたくない。平和のための要石になる」と語り、来年の名護市長選挙で「わったー(私たちの)市長を選ぼう」と市長候補公募の運動が進められていることを紹介し、支援を呼びかけた。
宜野湾市民の会の中村信嗣代表、普天間基地反対を闘っている「カマドゥ小(グァ)たちの集い」の国政美恵さん、軍港反対浦添市民の会の渡久山朝一浦添市議が決意を語った。したたかに闘う沖縄の怒りがほとばしるものだった。
まよなかしんやさんがギターをもって登場、歌で盛り上がった後、デモに出た。那覇地裁前を通り国際通りへ、「五・一五を闘うぞ!」と呼びかけた。
デモに参加した「万人(ウマンチュ)の力で星野文昭さんを取り戻す会」は、星野再審を訴えるビラを国際通りで配った。
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週刊『前進』(2007号1面3)
波照間、下地島空港の米軍機使用弾劾
在沖縄米海兵隊は、フィリピンで行われる合同郡司演習に参加するために、給油を名目に、往路(四月二十八日)と復路(五月十六日)に、二回にわたってAH1軽攻撃ヘリなど米軍機を下地島(伊良部町)と波照間(竹富島)の両民間空港に離着陸させた。住民を始め沖縄人民の反対を押し切って強行されたこの攻撃は、米帝ブッシュが中国侵略戦争に向かって中国・台湾に近い宮古(下地島)八重山(波照間)をも郡司基地の島に変え、沖縄全県を基地化しようとするものだ。現に米国防総省シンクタンク「ランド研究所」は十五日、中国をにらんで下地島などでの軍事力増強を提言している。沖縄闘争を圧殺し、普天間基地の名護移設や那覇軍港の浦添移設を暴力的に貫徹する意志を示した。断じて許すことはできない。沖縄と本土の共同の闘いで、沖縄基地強化攻撃を粉砕しよう。
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週刊『前進』(2007号2面1)
闘争団切り捨て絶対許さぬ 解雇撤回が「分裂行動」か!
国労本部の団結破壊を粉砕し 小泉の国鉄闘争解体と対決を
国鉄決戦の五月攻防は、「聖域なき構造改革」という名の大リストラ推進を掲げる小泉新政権の登場によりJR完全民営化に向けた国鉄闘争解体攻撃が強まる中で、激しい攻防が展開されている。与党三党と社民党は、五月十四日に四党協議を行い、あらためて国労に無条件降伏を迫った。国労本部は、「四党合意」に抗して闘う闘争団と組合員、支援共闘に対する恫喝を強め、八月定期大会(または臨時大会)に向けて、闘う闘争団と反対派をたたきつぶし、ゼロ解決受諾=国鉄闘争終結を図ろうと策している。とりわけチャレンジ一派は、露骨に闘争団切り捨ての道を突き進んでいる。これと対決し、闘争団とともに闘うJR本体組合員の総決起をかちとろう。
四党によるゼロ解決強制に屈服する本部
五月十四日の四党協議は、自民党を始めとする与党三党が小泉新政権のもとで、あらためて国鉄闘争をたたきつぶす反革命的意志を示したものだ。
百万人にも及ぶ労働者を新たに失業に追いやってでも国家的大リストラを強行しようとする小泉政権にとって、千四十七人の解雇撤回闘争が闘い続けられることは絶対に容認できない。完全民営化による国鉄分割・民営化の完遂=第二の分割・民営化をなし遂げようとしているJR資本にとっても、なんとしても今ここで国鉄闘争を解体しなければならない。
だから、与党三党は社民党に対し、@条件闘争に持ち込むべきではない、A法的ではなく人道的見地から、B最高裁判決が出るまでが事実上のタイムリミット||などと迫ったのだ。 三月の四党協議で国労に突きつけた「一発回答」、すなわち、どんな低水準の回答でものむこと、しかも「人道的」であって解雇撤回・JR復帰はあり得ないことを再び明確にしたのである。さらに、反対する闘争団を抑え込むことを迫り、その反革命的役割を社民党が担うことも確認した。
ここには、やはり一・二七国労大会に機動隊千三百を導入して「四党合意受諾」を強制した国家権力の階級意志が表れている。同時に、国家権力がこの間の闘争団を先頭とする不屈の反転攻勢に追いつめられていることを示している。
だが国労本部がやっていることは、この国家権力にひれ伏し、ひたすら闘う闘争団と組合員の決起を抑えつけ、支援共闘を排除することだけである。
国労本部は、四月十二日の「指示二八号」で、闘う闘争団の行動に対して「解決を阻害する『反組織的行動』」と決めつけたのに続いて、五月一日付で闘争団員全員の自宅に高嶋委員長名の「闘争団組合員及び家族の皆さまへ」と題する手紙を送りつけた。
国労本部は、「闘争団の一部の人たちは、全国大会の決定に反対して、国労とは全く別に、『解雇撤回・地元JR復帰を闘う闘争団』という組織をつくり……独自の行動をしようとしています」「分裂行動は交渉を破壊するだけでなく、十四年間の闘いの中で培ってきた私たち国労の団結を破壊する」などと、闘う闘争団を口をきわめてののしっているのだ。
だが、誰が国労の団結を破壊し、分裂を持ち込んでいるのか。誰が解雇撤回・地元JR復帰という要求を投げ捨ててゼロ回答を受諾しようとしているのか。国労本部ではないか。
さらに国労本部は、五月十八日付で全労協、中央共闘、東京地評加盟組合に、闘う闘争団に対する支援をやめろ、五・三〇集会や最高裁署名活動に協力するなという「要請書」を送付した。五月二十一日付「指示四〇号」では、闘う闘争団の行動に「参加・取り組みの恐れのある共闘」に対して各級機関が直接、切り崩しを行えと指示している。
「反合闘争」を口実に採用差別を全面容認
この国労本部のあがきは、逆に闘う闘争団とJR本体の組合員、そして支援共闘が固い団結を打ち固めてひるまず闘うなら、四党合意によるゼロ解決=闘争団切り捨てを打ち砕くことができるということだ。闘う闘争団とともに総決起・総結集することこそ、国労を守り抜く道なのだ。
こうした中で、チャレンジ一派は、闘争団切り捨て|JR連合合流路線を露骨にしてきている。分裂した協会派の一方をチャレンジ路線で徹底的に純化し、旧社会党党員協(クラブ社会)から反対派を一掃していくことさえ狙っている。
社会主義協会の機関誌『社会主義』五月号は「国鉄闘争十四年と現段階の国労運動の課題」という特集を組み、「国鉄闘争の意義と総括に向けた一考察」と題する「山田あつし」論文や、協会本部と各エリアのチャレンジ一派による座談会などを掲載している。
これらの反動的核心は、「差別と不当労働行為の闘いの限界」を押し出し、「JR内の反合理化闘争」を対置することで不当労働行為との闘いを投げ捨てることを正当化することにある。闘争団とJR本体組合員を分断し、闘争団を切り捨てるための、へ理屈をデッチあげているのだ。
山田論文は、許せぬことに次のように言う。
「差別と不当労働行為に対する闘いは、主要な戦術の一つであって、闘いの戦略目標ではない。……不当労働行為の摘発の闘いから地労委と中労委へ、そして裁判闘争で止まることが許されなければ政治的解決への方向に進むしかない。これは、生首を切られた一〇四七名を支える側の、JR内の反合理化の闘いが中心とされないばかりでなく、主戦場はJRの職場であるにもかかわらず、職場からしだいに遠ざかっていく流れでもあった」
「差別と不当労働行為が闘う目標自体になると、JR全体の労働者の『合理化』の実態に対して無自覚・無方針となり、国労の優位性が発揮されず労働者間の分断を容易にしてしまう」
言うまでもなく、差別と不当労働行為との闘いは、国鉄闘争十四年、いや国鉄分割・民営化攻撃が開始されて以来二十年間の闘いの核心である。これは闘争団だけでなく、国労組合員全体の闘いである。労働委員会闘争も裁判闘争もJR職場の組合員も含めて団結を打ち固める闘いである。
これを「政治解決へ進むしかない」として、和解路線を無理やり闘いの「目標」にすえて「職場から遠ざけ」、職場の闘いを抑圧してきたのはいったい誰か。この数年、ストライキを放棄してきたのは誰か。保守部門の全面外注化や貨物の春闘ゼロ回答、格差賃金などに対して職場からわき起こるスト要求を、「政治解決を妨げる」として足げにしてきたのは誰か。チャレンジ一派ではないか。
だから、「JR内の反合理化の闘い」と言ってみても、その方針はまったくない。むしろJR職場の闘いを否定するために言っているのだ。『社会主義』の座談会では、「東日本の柴田」なる人物が「『合理化』というのはイコール反対なんだと。反対イコール戦術は、ストライキ、大衆行動……とインプットされている」と言っている。「合理化反対」でストなどの闘いをやってはならないと言いたいのだ。
山田論文では「(向坂の言う)窮乏化作用を認識する」ことが反合理化闘争であるかのように言っている。職場闘争と切り離されたところでの学習会での「認識運動」がすべてなのだ。これでは、左翼的言辞をもてあそびながら合理化とは一切闘わず、資本と結託して推進するJR総連カクマルとどこが違うのか。
チャレンジと革同打倒し 闘う指導部を
さらにチャレンジ一派は、こうした転向路線を正当化するために、国鉄闘争についてのとんでもない総括を行っている。
山田論文は、「分割民営化の国鉄闘争は、総資本から強いられた階級闘争であった。『タコつぼ』に入ってのがれることができず……避けられない体制的合理化であった。だとすれば、この二〇年間の国鉄闘争のように全力で闘うしかなかった」「(三池闘争と比較して)分割民営化当時の国鉄闘争には、これらの強大な支援と連帯、取り巻く情勢の有利さはなく、むしろ足を引っ張られた」「独走が強いられた情勢だった」などと言う。
分割・民営化に対して「闘うしかなかった」と言うが、「タコつぼに入って」という言辞には、本当は闘いたくなかったという心情がにじみ出ている。自ら闘ったはずの国鉄闘争をさげすみ、総評解体|連合結成後も多くの支援を集めて闘われている国鉄闘争の意義をまったく否定しているのである。
さらに、現在ではもっと不利な情勢にあって、闘い続ける展望などないという敗北主義をあおっている。そして、この間の意見の対立は、こうした情勢をふまえた討論ができなかったからだと総括する。座談会で、協会本部の善明は「『補強五項目』から『四党合意』をめぐって、我々としては階級闘争としての『中間的妥協はある』ということを、『取り巻く情勢と到達点』として正直に組合員に言えば……必ず理解してくれる」などと言っている。「補強五項目」も正しいと居直り、それをあらためて組合員に提起すべきだということなのだ。
これは、もはや単なる敗北主義ではない。なおも闘おうとする組合員を暴力的に排除していく論理となるのである。実際に協会派内では、“四党合意に反対する者は同志ではない゜というように、反対派のたたき出しが公然と叫ばれているのだ。
だが、ことは破産した協会派内部の問題では済まされない。チャレンジ一派は、国労大会に向かって革同一派とともに、闘争団切り捨て派で国労を制圧していこうとしているのだ。断じて許してはならない。
チャレンジ一派と革同一派を打倒し、今こそ闘う指導部・執行部を打ち立てて、国労を階級的に再生させなければならない。そのためにも、闘争団とともにJR本体組合員の総決起をかちとろう。
五月末から国労大会に向けて全力で闘おう。
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週刊『前進』(2007号2面2)
首切り・賃下げ・大増税が竹中経済相の『経済学』!?
これが「小泉改革」の正体だ
小泉首相が「構造改革断行」の目玉として登用した竹中平蔵経済財政担当相(元・慶応大教授)は、「経済学」と称して大リストラ|首切り・賃下げ、消費税増税、社会保障解体を主張する、とんでもない人物だ。小渕政権の「経済戦略会議」や森政権の「IT戦略会議」のメンバーでもあった御用学者である。
以下、主に『竹中教授のみんなの経済学』(二〇〇〇年十二月刊)から、首切り・賃下げ、消費税増税、社会保障切り捨てを主張する部分を暴露・批判したい。(以下、断りなき引用は同書から)
■三つの過剰
「日本の企業にとって、いま必要なリストラとは、バブル時につくった過剰な債務・過剰な設備・過剰な雇用の削減です」
「『リストラ』……この言葉には、解雇や給料カットという、あまりよくないイメージがあります。しかし……本来非常に前向きなものであって、それほど悪い言葉ではありません」
「過剰な雇用の削減」とは、もろに首切りのことである。竹中は、「リストラというのは非常に痛みを伴うもの」と言いつつ、平然とそれを「前向き」に受け入れろ、と労働者に強要しているのだ。
不良債権処理で百万人を超える失業者が出るという試算があるが、竹中は百万人どころか一千万人の首切りすら主張している。『経世済民|「経済戦略会議」の一八〇日』(九九年三月刊)では次のように言う。
「過剰雇用の調整は避けられないし、同時に必要なプロセスとも言える。失業者三〇〇万人に加え、企業内失業がその数倍あるとすると、現実問題として一〇〇〇万人近くの人々が再訓練を受けて、労働市場に再挑戦することが必要な状況にある」と。
■賃金我慢を
その上で竹中は、賃金引き下げを主張する。
「失業問題を拡大させないようにしながら、雇用面でのリストラを進めるというのは、非常に難しい問題です。その解決策……は、やはり給料を抑えるという方法でしょう」
これを正当化するために、まず「国民はバブルのピーク時よりもいまのほうが、よい生活をしている」というデマゴギーを展開する。その根拠は、「この一〇年間で日本人一人当たりの所得は一〇%程度高くなっている」というものだ。
だが実態は、この十年間で労働者階級の生活は悪化を続けている。厚生労働省の国民生活基礎調査によると、九九年の世帯当たり平均所得は、前年比四・五%減で、九一年の水準をも下回る。五〇・七%が、生活について「大変苦しい」か「やや苦しい」と感じている。しかも、世帯間の所得格差が一層広がり、最も所得の低い層がより減少率が高くなっている。
竹中は、こうした労働者階級の苦しみを無視するばかりか、所得が下がったのは競争に負けた者の責任であり、格差がつくのは当然という主張の人物なのだ。
竹中はまた、賃下げの根拠として「労働分配率」を持ち出している。
「九〇年代、労働分配率は〇・六から〇・七に上がっています。つまり、労働者の取り分である賃金は相対的に増えてきた……今度は労働分配率は下げなければいけなくなります。……労働組合は賃金を上げろというかもしれませんが、いままでもう十分に上げたのです。……今度は逆に、労働者が賃金を我慢する必要に迫られます」
日本の労働分配率が九〇年代に上昇したのは事実だが、アメリカ、ドイツ、イギリスと比べて九四年までは圧倒的に低かった。この三カ国よりも高くなったのは九七、九八年の二年間だけ。日帝資本はバブル期まで、他帝国主義と比べてより多く労働者から搾取し、利潤を上げてきたのだ。労働者に犠牲を強要し、資本の取り分を増やさなければ生きられない資本主義などノーということである。
■消費税14%
竹中はさらに、「財政赤字がこれ以上増えないようにするためには、最低でも消費税率は一四%に引き上げる必要があります」と主張している。『経世済民』では、経済戦略会議が「将来の消費税引き上げの明確な道筋を描けなかったこと」を「悔い」ていると繰り返し述べている。
社会保障については、「年をとったら当然年金はもらえるものだ、それは人間の当然の権利だというような主張もありますが、そうではないでしょう。年をとるのはわかっているのですから、本来はその分は自分で備えるというのが原則です」と言い放っている。
このように竹中の「経済学」が描く社会は、一千万人が失業し、賃金が引き下げられ、一四%もの消費税をむしり取られ、仮に景気が回復しても、全体としての賃上げはあり得ない、競争に勝つごく一部の者だけが高収入が得られる、老後の資金も自分で備えておくべき、というものなのだ。
これこそ「小泉改革」の正体だ。労働者階級の怒りの決起で粉砕しよう。
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週刊『前進』(2007号2面3)
“大胆な組織化へ” 労組交流センター女性部が全国大会
全国労働組合交流センター女性部の第八回定期全国大会が四月二十九、三十日、千葉市内で開かれた。
三、四月の卒・入学式闘争を果敢に闘いぬいた教育労働者、杉並区での学校給食の民間委託四月実施を阻止した東京・西部地区交流センターの女性労働者を始め、全国から参加した代議員・傍聴者が各地の闘いを報告し、熱心な討論を交わした。大会の最後に、労組交流センター推薦のけしば誠一氏の都議選必勝をかちとる決議を採択した。
女性部長があいさつに立ち、改憲とリストラの小泉内閣は森以上の反動政権であると弾劾し、「つくる会」教科書の採択を絶対に阻止しなければならないこと、そのためにも都議選勝利は決定的だと訴えた。
新城せつ子杉並区議からの「都議選勝利のためにともに闘おう」という力強いメッセージが読み上げられ、拍手で確認された。
執行部が大会議案を提起し、昨年度の活動を次のように総括した。「『大失業攻撃に立ち向かう職場実践・組織化に全員がふみだそう』を合言葉に、日常不断の職場闘争を土台にすえた闘いを軸にしながら、沖縄サミット闘争、『四党合意』絶対反対−国鉄闘争、改憲攻撃、『日の丸・君が代』強制との闘い、等々の先頭に立って奮闘してきた。時代が要請する課題と私たちの力量の間にはまだまだ大きな差があるが、この一年間の奮闘は、新たな飛躍の基礎を築いてきたと確信できる」
二〇〇一年度運動方針案では、@「四党合意」強行粉砕、支援する会運動を推し進め、全労働者の力で国鉄千四十七名闘争に勝利しよう、A職場から闘いと団結をつくり出そう、B教育闘争を基軸に戦争国家化=改憲攻撃阻止の統一戦線をつくり出そう、Cファシスト石原(東京都知事)と対決し、労働者階級の代表を都議会へ、D階級的労働運動路線で武装し交流センター女性部運動をつくりあげよう、の五点を挙げて、「あらゆる攻撃と矛盾が集中している女性労働者の広範な決起が不可避な時代に入った。二〇〇一年を交流センター女性部建設の本格的開始の年としよう」と提案した。
次いで、一年間の闘いの総括と今後の課題という視点から、自治体労働者が「学校給食を考える」、教育労働者が「広島の教育現場の現状」と題してそれぞれ特別報告を行った。
一日目の最後に、中野洋労組交流センター代表が「二〇〇一年労働者を取り巻く情勢の特徴と私たちの任務」というテーマで講演し、小泉内閣の登場は戦りつすべき事態であること、その中での都議選の決戦性を訴え、情勢は資本とのむき出しの激突関係に入ったと提起した。そして、「正しい路線−思想を持たなければならないが、路線だけでは勝てない。力が必要だ。力は数だ。二〇〇〇年の闘いをきちんと総括することだ」と強調して、「失敗を恐れるな。感性を研ぎ澄ませ」と結んだ。
一日目の質疑討論、二日目の三つの分散会では活発な討論が行われ、各地の女性部からは、独自の学習会や職場聴き取り学習会など組織強化の取り組みが報告された。また、三・八国際婦人デー学習会で、連合、全労連をのりこえる新潮流運動の先頭に立つ女性部の闘いについて考える視点をもったことや、産別と地区交流センターが一体となり組織強化を図っていることが訴えられた。介護ヘルパー労働者は、仕事でフラフラになりながら、一人の仲間を変革する闘いの大変さをユーモアを混じえて報告した。職場ストライキの報告もあった。
転籍攻撃や男性との賃金格差の実態、産休取得の闘い、医療ミスなどに見られる労働強化の実態、「日の丸・君が代」強制への保護者と一体となった闘いなどについても報告され、女性労働者が激化する資本攻勢に苦闘しながら、職場・地域の仲間を組織し団結をつくり出して闘っていることが明らかになった。
二日間にわたる討議で、女性部は今年も交流センターの先頭に立ち、交流センターの方針を体現して、そのもとに女性労働者を大胆に組織していく決意が固められた。さらに女性労働者の半分が非正規雇用という現状の中で、非正規労働者の組織化が重要な課題であることも確認された。
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週刊『前進』(2007号2面4)
資本攻勢&労働日誌 5月1日〜17日
●NTT東西が労働者半減
●解雇推進へ3年有期雇用
●連合が公務員制度で見解
“多数の失業発生も”日経連総会で奥田会長
●5月1日 全労連、全労協系のメーデーが全国各地で行われ、労働者が決起した。韓国では、ソウルで民主労総約3万人、韓国労総4000人余りが決起した。韓国と北朝鮮の労働者が金剛山で南北分断後初めての共同のメーデー式典を行った。ロンドンでは、数千人が「反資本主義」を掲げたデモで警官隊と衝突。パリで2万人、ウィーンで10万人、ドイツでは全国で50万人、ロシアでは全国で30万人が参加した。
●4日 米労働省発表の4月の失業率は4.5%で前月より0.2ポイント悪化し雇用者数も10年ぶりに大幅減。
●7日 NTTは、現在約11万3000人いるNTT東西の労働者のうち、約6万人程度を子会社に異動させ、3年後をめどに半減させる経営合理化案を固めた。
●8日 総務省発表の2000年度家計調査(全世帯)では、一世帯あたりの消費支出は31万7267円となり、実質で前年度比0.5%減。5年連続で前年度を下回った。
●9日 全動労組合員に対するJR採用差別事件に関して、中労委の救済命令を取り消すようJR西日本が求めていた訴訟で、東京地裁は命令を取り消す不当判決を行った。
●10日 健保連によると、主に大企業の社員が加入する健康保険組合の約3分の2が2000年度の決算で赤字を計上、その額は全体で約1273億円となる見込み。
●11日 小泉首相は、厚労省事務次官らと協議し、@2、3年の期限付き雇用の対象拡大、A解雇ルールの明確化について検討するよう指示。小泉は「終身雇用を前提としている制度を見直せ」「2、3年の期限付きの雇用ができたり、社員の解雇をやりやすくすれば、企業はもっと人を雇える」との考えを示した。これを受け、坂口厚労相は検討すると語った。
●14日 政府の公務員制度改革に対して、自治労や日教組、全逓などでつくる連合官公部門連絡会は「二十一世紀社会にふさわしい公共サービスの担い手をめざして−公務員制度の民主的で抜本的な改革を求める私たちの提言」を発表し、「国家戦略スタッフ群」を容認する姿勢を明らかにした。
●15日 総務省・郵政事業庁は、今後5年間で郵便事業に携わる約14万人の常勤職員の約1割にあたる1万4000人を削減するリストラ案を固めた。
●16日 NTTは、すでに固めているNTT東西の労働者約6万人の削減に加えて、東西の子会社についても今後3年間で約4万人を削減する追加リストラ案を固め、労働組合と協議に入った。
●17日 日経連は、第54回定時総会を開いた。あいさつした奥田碩会長は、不良債権処理の推進を求め、その過程で「かなりの失業発生は避けられない」との認識を示した。(要旨別掲)
日経連定時総会での奥田発言
n小泉の「構造改革」全面支持
わが国全体が、強い閉塞感におおわれている。「構造改革なくして日本の再生と発展はない」という理念を明確かつ強力に打ち出した新しい政権が誕生したことは、まさに必然。
n多数の失業もしかたない
(不良債権処理のためには)法的整理などの道をとらざるを得ないこともあるが、そのような場合には、多数の失業の発生も、いたしかたない。
n二次的解雇で社会がメルトダウン
再建された企業との競争上の必要から、健全な企業で二次的な解雇が行われたり、便乗して解雇を行うようなことになると、スパイラル的に失業が拡大し、社会全体が便乗解雇のためにメルトダウンしかねない。
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週刊『前進』(2007号3面1)
軍需による経済活性化¥・え 戦争への旗振る石原
「つくる会」教科書の採択阻止を
石原都政と真っ向勝負 けしば氏を都議会へ
小泉新政権の登場という中で石原都政との対決がいよいよ重要な位置をもってきている。小泉政権は、極右中曽根元首相、ファシスト石原都知事と一体化した超反動政権である。ファシスト石原は、「つくる会」教科書の採択や「指導力不足等教員」の研修所送りという形で、戦争に反対して闘う教育労働者を現場から排除する攻撃をかけてきている。゛軍需経済化による経済活性化″を唱える石原の主張と政策の最大の核心は、排外主義と戦争である。こうした攻撃と闘う革命的議員が今ほど求められている時はない。けしば誠一氏を都議会に送り、小泉・自民党打倒、石原都政打倒へ大きな一歩を切り開こう。
独自のミサイル開発で景気回復をと叫ぶ
石原都知事は、日帝経済危機の戦争への転化を推進する恐るべき極右勢力であり、ファシストである。
(1)福祉を削り、労働者に首切り・リストラ攻撃を加える一方で、大資本のために十兆円の大型公共事業を計画している。事実上凍結になっていた外郭環状道路や放射五号線、さらには圏央道などの大型道路建設を進め、羽田空港の沖合拡張を進めようとしている。「都市の防災機能強化」として電線の地中化なども計画されている。
ナチスばりの大型公共事業
こうした大型公共投資は、直接的に大企業やゼネコンを救済するためである。それは財政破綻(はたん)を一層拡大し、そのすべての付けは労働者人民の負担増に転嫁されるのだ。
しかも、こうした政策が、一方では戦争のための政策として進められていることをはっきりとさせなければならない。大型道路はヒトラーのアウトバーンにも比すべき軍用道路であり、羽田の沖合拡張も軍事利用が狙いである。石原は、大資本のための景気対策と軍事政策を一体で進めようとしているのだ。この点では、経済活性化のための軍需生産を主張していることはきわめて重大だ。
(2)石原は、三月十二日付の米紙「ロサンゼルス・タイムズ」のインタビューで「日本は独自のミサイル防衛を開発すべきだ。そうすれば日本経済は活性化する」と発言した。同じ趣旨の主張は、石原の新著『「アメリカ信仰」を捨てよ―二〇〇一年からの日本戦略』や『勝つ日本』の中でも繰り返している。
『「アメリカ信仰」を捨てよ』では次のように述べている。
「要するに日本は自前のTMD(戦域ミサイル防衛)をつくってしまえばいいのではないかと。新たな軍拡競争を招くとか、費用対効果が疑わしいというが、いずれも的はずれの議論です」「アメリカとの二国間協力による開発もいいが、……開発に遅延をきたす可能性があるときは躊躇(ちゅうちょ)なく自主開発の道を開いて、日本の完全防衛のためのシンボリックなものにしていくべきなのだ」
また『勝つ日本』では次のように言っている。
「自立し、自分の戦略を持つためには、例えば、結局アメリカはやらなかったが、SDI(戦略防衛構想)を日本がやることです。一種の日本版TMD(戦域弾道ミサイル防衛網)をです」
二つの著書では、ミサイル防衛網の開発それ自身を強硬に主張しているが、米紙とのインタビューでは「経済の活性化」をその口実にしている。それは主張を和らげたということではなく、独自のTMD開発を貫くために、米帝に対してどう主張するか、人民を軍需生産の拡大にどう動員していくのかという観点から出されたものである。それは、帝国主義が経済的な土台から戦争化していく必然性を示している。
すでに日帝経済はバブル崩壊以来十年以上にわたって危機的状況を続けている。日帝ブルジョアジーの必死の景気浮揚策もなんら効果をもたらすことなく、今年に入ってからは経済危機は一層激化している。こうした中で石原は、経済危機を使って゛軍需経済による景気の活性化″を声高に叫んでいるのだ。
軍需生産の拡大による景気対策は、一時的にほんのわずかだけ経済を活性化させることはあっても、すぐにより大きな反動がやってくる。軍需は生活に役立つことも、他の生産に役立つこともないから、国家予算の投入を止めたとたんに深刻な不況が襲ってくるのだ。しかも軍需生産を拡大し続ければ、財政赤字は拡大する一方になり、その分を他の予算を削ることによって民需が減る。
軍需生産の拡大のために国債を増発すれば、その分は市場から資金が引き揚げられることになり、そこでも民需が減ることになる。国債の償還のために税負担を上げればますます民需が圧迫されていくことになる。軍需生産の拡大によって危機は激化するのだ。
そうした中で、軍需生産を握ったただ一握りの大資本だけが巨額の利益を得るのだ。しかも巨大独占資本と一部の政治家がわいろと利権で結びつくことによって、ますます一部の大資本のための戦争政治が拡大していくのである。
そして武器の生産を「役立て」ようとすれば戦争によって他の諸国から略奪するか、戦争による権益の拡大を図る以外になくなっていくのだ。武器の「消費」は戦争という破壊であり、それ自身は経済の拡大をもたらすどころか、より大きな破壊をもたらすだけなのだ。そうした中で帝国主義の生き残りをかけた商品市場、資本市場、植民地争奪の泥沼的な戦争が不可避に拡大していくのである。
二九年世界大恐慌から第二次世界大戦の過程がまさにそうしたものだった。
「今度は日本が原爆」と対米戦争をあおる
(3)しかも石原は、そうした戦争への道を意図的に追求しているのだ。石原は日帝が戦争国家として自立し、米帝との争闘戦に勝ちぬくことをめざしている。
石原は、『宣戦布告「NO」と言える日本経済』で次のように言っている。
「もちろん生半可な相手ではないだけに知恵と度胸の総力戦になるだろう。古い世代は自分たちの胸の内にしまい込んだままになっている、是非とも伝えたいはずのもろもろをこの際反省の上に熱をこめて現役のそれらの世代に語ってほしいと思う」「場合によってはアメリカと正面から差し違える覚悟でやる。それまでに私たちは私たちの背後に東アジアの同盟国を置いておく」
ここで石原が言っているのは単なる経済の問題ではない。二九年型世界大恐慌過程への突入の中で、例えば石原が言うような日帝が持っている米国債を売り払うという行為は、世界恐慌をより一層深刻で苛烈(かれつ)なものにすることは明らかであって、日帝にとっても強烈な打撃となって跳ね返ってくるものである。にもかかわらず石原がそれを主張しているのは、゛これによってアメリカに第二次世界大戦での敗北の仕返しをする″ということなのだ。しかも「アメリカと正面から差し違える覚悟」と戦争を辞さないことを前面に押し出している。
石原は、雑誌『現代』の一九九九年十二月号で「(アメリカに)原爆を落とされたのだから、今度は日本が原爆を落としてもいいような話だ」と、露骨に対米戦争の発言をしている。日帝が生き延びるために凶暴な侵略戦争に訴え、再び米帝と戦争をして勝てる国になれと主張しているのだ。
小泉政権の成立によってファシスト石原の対米争闘戦に勝ちぬいて侵略と戦争に突き進もうとする路線が、日帝の政策として貫かれようとしている。中曽根や石原が持論としてきた首相公選制を小泉が強硬に打ち出しているのも、戦争国家化に向けて首相に権限を集中して独裁的に戦争路線を推し進めようとするものにほかならない。
戦争賛美する教科書許すな
(4)石原の戦争国家化に向けた策動で今ひとつ重大であり、現在最大の焦点となっているのは、「つくる会」教科書の採択を強行しようとする策動である。石原は中曽根から都知事になって教育改革をやれと言われたということを各所で書いている。教育改革を強行して改憲に突き進もうという攻撃である。その一環として現場の教師の意見を排除して教育委員会が教科書を一方的に採択する形に変え、「つくる会」教科書を採択させることによって侵略教育を強制しようとしているのだ。そして「つくる会」教科書をそのまま使わない教師は「指導力不足等教員」として研修所送りにし、「反省」しない場合には職場から追い出そうとしている。まさに戦争に反対する教師の「レッドパージ」の攻撃に出てきているのである。
とりわけ杉並区が「つくる会」教科書採択攻撃の焦点になっている。杉並区の山田区長が大蔵雄之助など統一協会に連なる人物を教育委員に据え、「つくる会」教科書の採択を強行しようとしているのだ。日帝のアジア侵略とそこでのアジア人民大虐殺の歴史を抹殺し、侵略と戦争を賛美し、天皇中心の歴史を暴力的にたたき込むことで子どもたちを戦争へと動員しようとしている。この攻撃が「つくる会」教科書どおりに教えない教師を排除する攻撃と一体となって強制されようとしているのだ。
石原戦争政治と闘う民衆議員が絶対必要
今こそ石原の戦争政策、小泉政権・石原都政との闘いに全力で決起しなければならない。そのためにも石原の戦争政策と真っ向から闘う革命的議員・けしば誠一氏を都議会に送り出すことが決定的である。労働者階級人民の未来をかけて都議選決戦に勝利しよう。
けしば誠一氏は、労働者民衆の立場に身を置き、労働者民衆とともに闘い、行動してきた。高齢者から介護を奪う介護保険に反対し、介護と福祉を取り戻すために住民とともに闘いぬいてきたけしば氏、子どもたちの命を守るために学校給食の民間委託に反対して闘いぬいているけしば氏、何よりも「つくる会」教科書の採択に反対し、侵略教育と闘うけしば氏こそ労働者民衆の代表だ。このような民衆議員こそ今最も求められている。
二九年型世界大恐慌の過程に突入し、日帝の経済危機は日帝政府のあらゆる景気対策にもかかわらず一向に改善するどころか、いよいよ本格的な恐慌へと突入しつつある。このような中で既成政党のような議員の特権を利用して一部の人間に利益誘導して票をかすめ取り、その裏で利権に群がるような政治家のあり方が通用しなくなっており、労働者民衆の弾劾を浴びているのだ。
小泉・自民党は「改革」を押し出すことであたかも自民党政治が変わるかのように押し出し、「構造改革」によって景気回復があり得るかのように人民をだまして侵略と戦争へと突進しようとしている。自由党や民主党などのブルジョア政党は言うに及ばず、すべての既成野党も日帝危機のあまりの激しさの前に闘う気概も思想もなく、この攻撃に屈服している。とりわけスターリン主義反革命・日本共産党は、国旗・国歌の法制化を提唱して日帝の「日の丸・君が代」攻撃を引き出し、「有事の自衛隊活用」を唱えて完全な日帝の先兵に転落している。
一切の犠牲を労働者人民に転嫁して侵略と戦争に突進しようとする日帝の攻撃に対して真っ向から闘えるのは労働者民衆とともに行動し、闘うけしば議員だけである。労働者民衆が主人公となる社会を実現しようとする思想とそのために闘う立場がなければ日帝の攻撃とまったく闘えない時代に突入している。民衆とともに身をとして闘う議員だけが日帝の攻撃と対決して労働者民衆の利益を守ることができるのだ。
さらに、ファシスト石原が首都東京の知事として日帝の戦争国家化攻撃の先頭に立っている中で、これとの闘いが決定的に重要になっている。石原と真っ向から闘う革命的議員が都議会に登場することが求められている。労働者人民は石原のファシスト性に気付き始めており、石原への怒り、不支持が急速に拡大している。今こそ石原の反人民性、反動性を暴き出し、石原都政打倒へ突き進もう。
「石原都政と真っ向勝負」「熱い心で都政革新」を掲げたけしば誠一氏こそ石原都政と真っ向から闘いぬける議員である。けしば氏を都議会に送り込もう。都議選投票日まであと四週間、闘う労働者人民の総決起でけしば氏の当選をかちとろう。
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週刊『前進』(2007号3面2)
大蔵教育委員は勝共連合と関係=@杉並区議会文教委員会 けしば区議が断罪
極反動の教育委員・大蔵雄之助の辞任を求める杉並区民の闘いが前進している。大蔵は、山田宏杉並区長が「新しい歴史教科書をつくる会」の侵略賛美教科書を杉並区で使わせるために、昨年十一月に教育委員に任命した人物で、「従軍慰安婦なんていなかった。あれは売春婦」などと発言している極悪の差別者、排外主義者だ。
五月二十一日、杉並区議会文教委員会で、けしば誠一議員は大蔵委員の極右団体とのつながりを示す新事実を暴露し、「教育委員にまったくふさわしくない」と断罪した。
この日、自民党の今井譲文教委員長は都革新の質問を封殺するためにあらかじめ審議時間の制限を行い、日頃質問しない与党会派に順番に質問させるという卑劣な議事運営でのりきろうとした。
けしば議員は、この妨害を打ち破って追及に立った。まず学校給食民間委託化の九月強行と、それによる給食調理員への犠牲の押しつけに絶対反対し、区当局の姿勢をただした。そして、大蔵および佐藤欣子(山田区長が教育委員任命を狙って粉砕された極反動の弁護士)について、以下の事実を暴露した。
▽勝共連合=統一協会系の雑誌『アイデアル・ファミリー』一九九八年五月号で、大蔵が「手に負えない校内暴力は警察に任せよ」という文章を執筆し、「アメリカでは普通になったスクール・ポリスの導入を、日本も検討すべき」と主張していること。また、同誌の昨年七月号では、佐藤欣子が「国のために立ち上がる女性に」と題する巻頭言を書いていること。
▽一九七〇年に自衛隊に乱入し反革命クーデターを呼びかけて自殺した三島由紀夫を追悼する「憂国忌」の発起人に、大蔵と佐藤が名を連ねていること。
▽勝共連合の偽装団体「野の花会」の本拠地が杉並区下井草にあり、杉並区が「つくる会」の採択運動の主要目標となっていること。
けしば議員は、このような勝共連合や極右団体とつながり、学校に警察を入れよと主張する人物は、教育委員に到底ふさわしくないことを浮き彫りにした。
そして、この大蔵を「そのような方ではない」と、右翼団体とのつながりを否定して教育委員に任命した山田区長のうそを指摘し、教育委員会に新たな対応を求めた。
区と教育委員会は責任逃れの答弁で言い逃れようとしたが、けしば議員は教育委員会自身による調査・究明を要求した。
大蔵委員を辞任させ、改憲と戦争のための「つくる会」教科書採択を絶対に阻止しよう。
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週刊『前進』(2007号3面3)
“土地収用法の改悪許さぬ” 反対同盟が国会行動
三里塚闘争や沖縄反基地闘争など住民の抵抗手段を奪う土地収用法改悪を阻止するため、三里塚反対同盟が国会闘争に決起した。
自民党総裁選の影響ですべての法案審議がストップしていた国会は、五月十四日の衆院予算委員会から審議が再開された。反対同盟は十六日から三日間、国会行動に決起し、国会前に座り込んで土地収用法の改悪阻止を訴えた。
初日の十六日には北原鉱治事務局長を先頭に萩原進さんと鈴木幸司さんが決起した。午前九時半に衆議院第二議員会館前に到着した一行は、ときおり降る雨をものともせず、マイクを握り、ビラを配布して市民に呼びかけた。
北原事務局長は、今国会に土地収用法の改悪案が提出されていることを訴え、この改悪が一坪共有運動や立ち木トラスト運動など公共事業に反対する住民運動をつぶすものであることを明らかにした。「収用法の改悪は時代を戦前に戻すもの。国の一存で軍用地に使う土地を強制収用できるように変えられようとしている」と弾劾し、廃案に追い込もうと訴えた。
鈴木幸司さんが交代でマイクを握る一方、萩原進さんは議員会館内の議員事務所を訪問し、国会議員に改悪阻止への取り組みを要請した。この日は葉山岳夫弁護士、動労千葉の繁沢敬一副委員長や動労水戸の国分勝之委員長、学生などもかけつけ、ともに改悪阻止を訴えた。
葉山弁護士は「公共事業の本質は『公共』の名を隠れみのとする利権にある。ゼネコンと銀行、利権議員救済のために、市民の権利が奪われる事態は憲法違反。この問題は小泉内閣がうちだした憲法『改正』と有事立法にもつながっており、議員がこれを認めることは戦争協力を意味する」と訴えた。
二日目の十七日は三浦五郎さんと小林なつさんが決起。小林なつさんが議員事務所をまわった。葉山、一瀬、大口弁護士、婦人民主クラブ全国協議会、動労千葉、都政を革新する会、「障害者」解放委員会、部落解放同盟全国連茨城県連、反戦共同行動委などが激励に訪れ、ともに改悪阻止を訴えた。
三日目は鈴木幸司さんと郡司一治さん、伊藤信晴さんが決起し、鈴木さんが議員事務所をまわった。この日は静岡から白鳥良香元静岡県議がかけつけ、マイクを握り改悪阻止を呼びかけた。また群馬の青柳晃玄さん、動労干葉、沖縄一坪反戦地主が激励しともに行動した。
また、沖縄反戦地主会の知花昌一さんから、米軍用地特措法と同じく憲法二九条(財産権)違反の土地収用法改悪を阻止する闘いに対する敬意と連帯を込めたメッセージが寄せられた。
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週刊『前進』(2007号3面4)
街宣隊、杉並区内駆ける
“けしばさんとともに政治変えよう”と訴え
けしば候補に声援と握手
今、杉並のけしば誠一候補を押し立てた街頭宣伝隊にものすごい注目が集まっている。けしば候補が演説を始めると立ち止まって聞く人、握手を求めてくる人、あいさつをする人、拍手や声援がかつてなく多い。街宣隊は「子どもたちに危険な教科書は使わせない」ののぼり旗を林立させ、「つくる会」教科書採択に反対する署名を呼びかけながら宣伝活動をしている。「小泉『改革』で良くなるものはひとつもない」と訴えた看板は、立ち止まって見ていく人の絶え間がない。
街宣隊には多くの街の声が寄せられている。
小泉政権発足から一カ月たち「小泉改革」の中身が徐々に明らかになる中で、不安、疑問が広がり始めている。大半の人は「小泉人気」に浮かれているわけではまったくなく、小泉が何をするのか、真剣に見極めようとしている。「何とも言えないけど、憲法を変えると言っていたのは聞き捨てならない」(二十代女性)、「小泉になっても自民党は過半数を割ってほしい」(二十代男性)、「消費税が上がるのは問題」(五十代女性)、「おれは小泉に反対だよ。もう少しすれば化けの皮がはがれるんじゃないの?」(七十代男性)という声もある。
改憲と戦争の動きへの危機感も大きい。「小泉さんは憲法九条とか戦争とか、大変なこと言ってる。菅さんも弱い」(五十代男性)、「世界でも類を見ない平和憲法を変えるというのは納得できない」(男性)。六十代の男性は「昔原水禁運動をやっていた。兄が広島で亡くなった。今もまだ平和を言い続けなきゃいけないなんて、戦後はいったい何だったの」と訴えた。高校二年の男子は「小泉さんは憲法九条を変えると言っているタカ派だ。おれは絶対戦争に行きたくない」と署名をして、友達にも署名を呼びかけた。
若い世代から大きな反響
「つくる会」教科書をめぐっては十代、二十代の若い世代が最も鋭い反応で、続々署名を寄せている。「(TBSテレビの)『ココが変だよ日本人』で中国から来た人と論戦していたのを見た」(女子学生)、「やはり犠牲者の立場に立たないといけない」(二十代男性)。ある女子高校生は「小泉さんってコワイ。全体主義みたい」と言って署名した。女子中学生の三人組は、「(『つくる会』教科書は)戦前のジャパンみたいでこわい。二度と戦争はしたくありません」と署名した。ある女子中学生は「私、学校で七三一部隊のことを調べたの。私たちと同じくらいの年の子が『マルタ』として生体実験されたんでしょ?」と話した。
介護保険の問題も深刻だ。「介護保険料十月値上げだけは許せない」(六十代男性)、「介護保険はすぐに廃止して」(元ヘルパーの女性)、「低年金の人から保険料天引きなんてひどすぎる。小泉が厚相の時に導入したこと知ってるわよ。許せるもんですか!」(六十代女性)。三十代の福祉労働者は「介護保険は最悪。廃止すべきです。喜んでいるのは金を持っている人だけですよ」と話した。
怒りや不安を訴える労働者
深刻な生活破壊が襲いかかっている労働者の不安と怒りは激しい。
阿佐ケ谷駅駅頭でけしば候補の演説を聞き、うなりながらビラを読んでいた五十代の男性は「仕方ないんだよ。リストラしなきゃ企業はもたない。でもおれもサラリーマンだし家族もいて失業したらたまんない」と訴えた。街宣隊が百万人もの失業者を出す「小泉改革」について話すと、「資本主義がだめなら根底からひっくり返すしかないんじゃないの」という言葉が返ってきた。三十代の男性は「不良債権を処理してもダメだ。処理したらゼネコンがつぶれる。つぶれたらおれたちは職がなくなる。でもどうしたらいいのかってことがあんたたちのビラにも書かれていない。自民党にとって代わってやれるのか」と訴えてきた。
こうした訴えがいたるところで寄せられている。「景気がよくなってほしい」「自分の職はどうなるのか」「介護やいのちが切り捨てられることは耐えられない」「子どもの未来はどうなるのか」――広範な労働者人民が、ぎりぎりの生活の中で「この現状を変えなければ生きていけない!」と心底思っている。
こうした真剣な思いにはっきりこたえる闘いが、今回の選挙戦だ。「都議選で小泉政権に審判を下そう」「けしばとともに立ち上がり、政治を変えよう」「労働者とともに闘うけしばを都議会に送り出そう」という街宣隊の訴えが、労働者人民の中にじわりと浸透してきている。街宣隊は、けしば勝利に向かっての前線部隊として日々区民に熱く訴えかけ、奮闘している。
告示まで二週間、杉並の街頭をけしばムーブメントで埋めつくし勝利しよう。
(本紙・大西 晶)
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週刊『前進』(2007号4面1)
夏期一時金カンパの訴え
都議選決戦に絶対勝利し改憲=戦争への道を阻もう
革命的共産主義者同盟
すべての同志の皆さん。支持者、読者の皆さん。夏期一時金支給時にあたり、革共同は圧倒的なカンパを寄せられることを熱烈に訴えます。
けしば候補の必勝のために
今期カンパ決戦を闘うにあたって、革共同が訴えたいことは、以下の点です。
第一は、六月都議会議員選挙でのけしば誠一氏の当選をめざして全力を尽くして闘おうということです。今回の都議選(|七月参院選)は、極反動・小泉政権打倒、ファシスト都知事・石原打倒の最大の闘いです。それは日本労働者階級人民の未来を決定する大きさを持つ政治決戦です。労働者人民の歴史選択が問われています。
この闘いでは何が争われているのでしょうか。
ひとつは、侵略戦争の道を再び繰り返すのかどうかということです。自民党の中でも小泉首相は極右の政治家です。改憲を主張し、「つくる会」教科書を推進し、靖国神社参拝を使命とし、かつてのアジア侵略戦争を肯定し、集団的自衛権を叫び、アメリカ帝国主義と競って再びアジア侵略戦争をたくらむ政治家です。
石原都知事は、「三国人」発言に見られるように朝鮮・中国・アジア人民、在日朝鮮・中国・アジア人民を敵視する排外主義者です。「ヒトラーのようになりたい」「ミサイル開発すれば日本経済は活性化する」「日本はいまいちど第二次大戦をやって、今度はアメリカをうち負かすべきだ」と強弁するファシストです。石原は今、「つくる会」教科書の採択に必死となり、教科書採択にあたっては現場教員の意見を排除せよと策動しています。
もうひとつは、資本家階級、反動分子どもの救済のために労働者階級人民、その家族が犠牲にされることを認めてしまうのか、それともそれを拒否するのかという決戦です。リストラ・首切りの強行、中小企業の倒産、介護・年金・福祉・医療の切り捨て、消費税率アップを強行しようとしています。こういう人物が首相、都知事におさまっている現実を、どうして許すことができるでしょうか。絶対にできません。
特に、「つくる会」教科書の承認や、靖国神社公式参拝の宣言は断じて許すことができません。小泉首相は、「つくる会」教科書の検定合格に対する朝鮮・中国人民、アジア人民の抗議、弾劾に対し、「外国からとやかく言われる筋合いはない」などと居直っています。アジアの人びとは、この問題の部外者なのでしょうか。とんでもありません。日帝軍隊の残虐きわまりない侵略行為を受けた当事者そのものです。その告発と抗議と糾弾に対しては、最も真剣に耳を傾けなければなりません。
また、小泉首相が靖国神社を参拝し、戦死者を「英霊」化する狙いは、帝国主義侵略戦争であったことを隠し、肯定するためです。人びとを再び侵略戦争に駆り立てるためです。
最近、歴史学者の藤原彰氏が日本軍軍人・軍属戦死者約二百三十万人のうち六割にあたる百四十万人が栄養失調による病死ないし餓死だったという調査報告を出しました。飢餓地獄の中で野垂れ死にしていった悲惨な現実を押し隠し、「英霊」として美化することなど断じて認められません。
しかも、それよりもはるかに大きな憤り、怒り、悲しみが朝鮮、中国、アジアの人びとの上を覆っているのです。アジア人民は日帝の侵略戦争によって二千万人が虐殺されました。こういう人びとの深く大きな怒り、悲しみを平然と踏みにじる小泉、石原、帝国主義者どもは、絶対に許せません。
けしば誠一氏を当選させる闘いは、こういう小泉、石原を打倒してやまない決戦です。
屈服と裏切りを深める野党に期待することはできません。教育改革粉砕・改憲阻止、「つくる会」教科書採択阻止の闘いは、アジア人民に対する日本労働者階級人民の、まさに血債のかかった決戦です。この闘いをともに闘うことを熱烈に訴え、圧倒的なカンパをお願いするものです。
日帝の侵略を許さぬ闘いを
第二に、二度と日本帝国主義の侵略戦争を許さない闘いに決起するのは今だということです。すべての労働者人民が生涯をかけた闘いに立つべき時なのです。
米帝バブル経済の崩壊は、矛盾を先延ばしに延ばしてきた結果の爆発であり、まさに二九年型大恐慌への突入にほかなりません。それは米帝にすさまじい戦争政策と巨大な失業攻撃をもたらしています。米帝経済のバブル崩壊は九一年以降の長期大不況に打ちのめされた日帝経済に一層致命的な打撃を与える引き金となっています。
小泉極反動政権は、この戦後最大の危機を反革命的に突破することを使命として登場した政権です。小泉の言う改革とは、まったくのペテンです。その狙いはもっぱら資本家階級と自民党を救済し、延命させるためです。働く者の権利を奪い、雇用を不安定化させ、失業・低賃金・強労働の地獄にたたき込もうとするものです。
かつて二九年大恐慌が生み出したものは、ファシズムの登場であり、帝国主義の侵略戦争であり、帝国主義世界戦争でした。日本では天皇制ボナパルティズムの暗黒支配が敷かれ人民を侵略戦争に駆り立てていきました。
今、そういう歴史が再び繰り返されようとしているのです。第二次帝国主義世界戦争を引き起こした根源は、いまだ除去されていません。帝国主義の危機は、思いもかけない速さで排外主義化と戦争の風潮を生み出します。今こそ力の限りを尽くして反撃に立つべき時です。「闘うアジア人民と連帯し、日帝のアジア侵略を内乱に転化せよ」という闘いを爆発させなければならないのです。
反帝・反スタの旗を掲げて
第三に、帝国主義の危機の爆発は、同時に労働者階級を先頭とする膨大な人民の歴史的反撃が巻き起こる時代だということです。革共同はこの歴史的決起が爆発する時代に反帝国主義・反スターリン主義の旗を掲げて、革命の勝利のために最先頭で前衛の任務をまっとうする決意です。
二九年大恐慌に続く一九三〇年代は、階級闘争の爆発した時代でした。世界の何百万という労働者階級人民が街頭や職場でファシストと対決し激しく闘いました。こういう巨大な階級決戦がまさに到来しようとしているのです。革共同は、スターリン主義の裏切りによって敗北させられた三〇年代階級闘争の血の教訓を真に踏まえ、反帝・反スターリン主義プロレタリア世界革命の勝利の道すじを切り開くべく闘います。
都議選決戦を、このような歴史的な階級決戦の革命的突破口とすべく闘おうではありませんか。
カクマル完全打倒への展望
こうした情勢の中で、わが革共同が四十年近くにわたって生死をかけて闘ってきた階級敵であるファシスト・カクマルは、ついに黒田・カクマルと松崎JR総連カクマルとに真っ二つに大分裂し、醜く敵対しあうというかつてない危機に突入しています。カクマルの存在がどれほど階級闘争の前進を妨害してきたかは、計り知れません。カクマル頭目・黒田寛一は、その破産の末に反米民族主義、右翼国粋主義の日本礼賛を満展開しています。JR総連松崎は、国鉄分割・民営化攻撃の率先協力者として延命してきた路線が行き詰まり、今や日帝・JR資本との一体化を一層進め、反労働者的な本性をさらけ出しています。今こそ、カクマルを完全打倒する時です。
今期夏期大カンパは、何よりも都議選決戦の勝利のためです。石原都政下の都議会になんとしてもけしば氏を送り込みましょう。
さらに、教育改革粉砕・改憲阻止、「つくる会」教科書粉砕、沖縄闘争・三里塚闘争勝利、差別主義・排外主義粉砕の闘い、国鉄決戦、大リストラ攻撃と闘う労働運動を推し進めるカンパです。
また長期獄中同志を何がなんでも奪還するために巨額の資金が必要です。とりわけ何千万円も想定される保釈金を集めなければなりません。非合法・非公然体制を堅持・防衛し、本格的な労働者党建設を進めるためにも資金が必要です。
革共同は、闘う人びとの期待を担い、労働者階級の解放にむけ屈することなく闘い抜くことを誓うものです。心から圧倒的な夏期カンパを訴えます。
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週刊『前進』(2007号4面2)
広島卒・入学式闘争への大量不当処分を弾劾する
不屈の決起への恐怖と憎悪
「是正指導」の3年間の破産と敗北の宣言
五月十一日、広島県教育委員会の辰野教育長は、二〇〇〇年度卒業式・二〇〇一年度入学式において「君が代(国歌)斉唱時に不起立し、歌わなかった」ことが職務命令違反・信用失墜=地方公務員法に違反するとして、七十八人の小中高教職員に対して昇給三カ月延伸の実損を伴う戒告処分を強行し、さらに入学式(だけ)に不起立した二十九人に対する文書訓告の計百七人の不当処分を行った。
この攻撃は、辰野教育長による「文部省是正指導」三年間の総仕上げの攻撃である。昨年末、県教育委員会辰野教育長は、広報紙『クリップ』とホームページを使って、卒業式・入学式の際に「日の丸を正面に掲揚し、君が代斉唱時には起立して歌うこと」を「職務命令」として打ち出し、命令違反者には処分を行うと恫喝した。しかし卒業式では、教職員・保護者・生徒の着席者(不起立者)は数百人を超え、完全に粉砕されたのだ。
辰野教育長は卒業式における決起に恐怖と憎悪をもち、百九十三人の文書訓告で闘いを押しつぶそうとした。さらに入学式は何がなんでも百パーセント実施ということで、憲法違反・教育基本法違反の職務命令を乱発したが、再びみじめな敗北に終わったのだった。
そこで辰野教育長は、前代未聞の大量の戒告処分を強行した。しかしこれは、いかなる恫喝的処分にも屈せず不退転に闘う教職員の強固な存在を示す数字であり、相当数の校長・教育委員会職員が抵抗していることを示す数字であり、いわば辰野教育長の「三年間の是正指導の破産と敗北の宣言」にほかならない。
広教組・広高教組はただちに抗議の声明を発表し、不服申し立て・人事委員会闘争などあらゆる法的手段をもって被処分者を守り闘い抜くことを宣言している。両教組の闘いと連帯する広島を始め全国の労働者人民は、両教組に対する激励、県教育委員会への抗議行動(申し入れ・抗議電話・FAXでの抗議文)に立ち上がっている。
全国の闘う労働者人民は、処分撤回|辰野打倒に総決起しよう。
今回の大量戒告処分とこれに先立つヒロシマつぶしの攻撃は、教育を戦争の道具とし、戦争を担う青年をつくるための攻撃だ。「再びアジア侵略、ヒロシマ・ナガサキ、オキナワを繰り返すな!」の決意のもとで闘い取ってきたヒロシマ教育(広教組・広高教組)に代表される民主教育・反戦平和教育・解放教育を根絶やしにするものである。
「繰り返すな」の誓いを貫くヒロシマ教育
広島の教育労働者は、戦時教育への転換を図ろうとする日本帝国主義・文部科学省・辰野教育長に対して、「教え子を再び戦場に送るな!」「再びアジア侵略、ヒロシマ・ナガサキ、オキナワを繰り返すな!」「天皇賛美の『君が代』は歌わない」のやむにやまれぬ決起を貫いた。そしてこの原点的決起を土台として、労働者人民の手に教育を奪還し解放していく労働者階級としての自己解放性にあふれた闘いをかちとりつつある。
この闘いこそ労働者階級人民の共感と連帯と団結を呼び起こし、日本帝国主義の侵略と戦争の政治の正面に立ちはだかり、今なお崩すことのできない強固な民主教育と戦争反対のとりでを築いている。
広島の教育労働者は、「繰り返すな!」の決意に燃えて血と汗を流して闘い取ってきた教育を再び戦争の道具とさせてはならないと、度重なる処分などの組合破壊の攻撃を歯をくいしばり全力で打ち返している。ヒロシマの闘いは、被爆者を先頭とする労働者人民の反戦・反核・被爆者解放闘争の地平を引き継ぎ、広教組・広高教組を始めとする全国の労働者階級人民の広範な八・六共同行動を大発展させてきた。改憲と戦争に反対する広島の闘いに、教育労働者を始め全国の労働者が合流し、「教育を改憲と戦争の道具にするな!」の全人民的闘争となって爆発している。
この闘いの発展をかちとることが、処分撤回闘争の勝利の核心なのだ。そして全国で「つくる会」教科書を粉砕する道である。
改憲と戦争に突き進む小泉政権を倒せ!
四月二十六日、日本帝国主義の危機突破をかけた極右反動小泉政権が登場した。小泉政権に労働者人民の未来を託すことはできるのか。断じて否である。
小泉政権は歴代自民党政権の中でも最も反動的であり、改憲と戦争、リストラと大失業の地獄に労働者をたたき込む極右戦争突撃内閣である。小泉は、改憲派の最先兵・山崎拓を幹事長にすえ二〇一〇年をめどに改憲を行うと明言した。
さらに「日本人としての誇りと自覚を持ち、新たなる国づくりを担う人材を育てるための教育改革、教育基本法の見直し」と所信表明し、改憲の中身そのものである教育基本法の改悪を政権の第一義的課題としている。
今回の大量戒告処分攻撃は、まさに、小泉政権の教育改革・改憲攻撃の先取りとして階級決戦的にかけられたものである。
不当処分撤回へ闘い、教育関連法阻止を
すでに野党の総屈服の中で教育二法案が可決され、残る四法案が五月二十九日より審議され六月二十九日までに可決されようとしている。まさに事態は風雲急を告げているのだ。この攻撃の階級的本質を徹底的に全人民的に暴露し、教育労働者を先頭に全労働者階級の団結の力でなんとしても阻止しなければならない。
「日の丸・君が代」強制−処分攻撃と「つくる会」教科書採択攻撃(韓国・中国政府の再修正要求拒否)と教育改革関連六法制定攻撃は完全に一体の攻撃である。教育基本法改悪・改憲に突き進む突破口であり、実体的先取り攻撃である。その狙いは、戦争に反対する教職員、民主的教職員の免職・追放・排除と日教組運動の解体をとおして教育(現場)を戦争の道具に変えるところにある。
教育改革関連法案は、@その軸に「不適格教員の免職」制度のための地方教育行政法改悪をすえ、A奉仕活動の義務化・強制のための学校教育法・社会教育法の改悪、B「問題を起こす子ども」の出席停止の制度化のための学校教育法の改悪、C学区制廃止と飛び級入学=差別・選別教育のための地方教育行政法と学校教育法の改悪を行おうとするものである。まさに教育(現場=教職員、教科書、子ども)を戦争の道具にかえて、戦争を担える青年をつくる以外の何ものでもないのだ。
こんな法律が、自衛隊を認め、安保条約を認め、自衛のための戦争=侵略戦争を認め、天皇制を認め、教育改革と改憲(調査会に参加した)を認める日本共産党を始めとしたすべての与野党国会議員によって、国民不在の状態でこの五〜六月過程で可決されようとしているのだ。
今まさに世界の労働者階級人民と子どもたちの未来がかかった階級決戦が到来している。一人教育労働者ばかりでなく、すべての労働者人民が人間としての生きるか死ぬかのすさまじい情勢に突入している。「絶対にアジア侵略戦争を繰り返させてはならない! ヒロシマ・ナガサキ、オキナワを繰り返させてはならない!」というスローガンのもとに、すべての労働者が団結して決起すべき時がきたのだ。
☆広島の教育労働者を先頭に処分撤回闘争を爆発させよう。全国の労働者は、広島の闘いを支援しよう。
☆「教え子を再び戦場に送るな!」「再びアジア侵略戦争、ヒロシマ・ナガサキ、オキナワを繰り返すな!」を共同のスローガンとして、命がけの総力決起で教育改革関連法案−教育基本法改悪・改憲攻撃を粉砕しよう!
☆朝鮮・中国−アジア人民の再修正要求を断固支持し、「つくる会」教科書採択を全国で粉砕しよう!
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週刊『前進』(2007号4面3)
学生が闘いの先頭に 京大で教科書集会 「つくる会」教官にデモ
京都大学を始めとした京都の大学で、「つくる会」教科書を粉砕する取り組みが大きく前進しています。
四月二十七日には百万人署名運動京大連絡会の主催で「つくる会教科書をぶっとばせ!大集会」と題した新歓集会をやりました。新入生三十人を始めとした五十人の参加で白熱した集会になりました。署名に参加してくれた学生が集まり、また多くの飛び入りで成功しました。兵庫県で教員をしていた伊井孝雄さんを招いて「学徒出陣や勤労動員は犬死にそのものだった」「教育と学問を切り離す動きは戦争そのもの」「二度と侵略戦争を繰り返してはならない」という講演を受け、この教科書は絶対に止めようと決意を打ち固めました。集まった一回生を結集させて、さらにひとまわり大きな運動を広げていくつもりです。
さらに、この日の昼休みにはキャンパス内で「つくる会」の教官に対するデモをやりました。京都大学には「つくる会」の『公民』教科書を執筆した佐伯啓思教授、また読売新聞や産経新聞で連日「つくる会」教科書を推進し改憲をあおり立てている中西輝政教授がいます。私たちは「京大を戦争の拠点にさせてはならない」として、二人の研究室へのデモを、全学の注目の中でやりぬきました。正門前で署名運動を監視している私服刑事にも弾劾のシュプレヒコールをたたきつけました。
五月二日には京都学生連絡会の主催で、京都の中心街・四条河原町で街頭宣伝を行いました。小泉の高支持率が報道される中で、一方では改憲発言に対して危機感が広がっており、ある女性は「小泉は平成のヒトラーだ!」と語っていました。一時間で四十筆の署名が集まりました。
続く五月十一日には、京都市教育委員会に申し入れ行動。マスコミが見守るなかで「つくる会」教科書粉砕のゼッケンをつけて「戦争のための教科書は使うな」と申し入れました。対応した市教委の企画労務課長は「申し入れ書を市教委に手渡すかどうかもこちらの判断次第」とふざけた対応でしたが、これをはねとばす怒りでやりぬきました。その後、市役所前で市職員へのビラまきを大々的にやりました。
私たちは「つくる会」を粉砕する行動をさらに大きくつくりだしていきます。連日キャンパスで署名が集まっています。「つくる会」を追い詰め、京大から全国の労働者民衆を揺り動かしていく決意です。国会を包囲する闘いを全力でやりぬきます。
全国のみなさん。戦争国家化=改憲を阻むためともに頑張りましょう。
(投稿/京大 花島燐)
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週刊『前進』(2007号4面4)
川田悦子さんを招いて法大自治会が新歓
法政大学法・文・営・二教自治会は四月二十四日衆議院議員の川田悦子さんを講師に新歓講演会を開催し、大成功しました。(写真)
川田さんは、次男龍平さんがHIVに感染した過程を具体的な日付を交えながら、ていねいに講演しました。その一つひとつの事実から、ミドリ十字や厚生省が血液製剤からHIV感染の危険性を事前に知っていたこと、それを回収するのではなく「在庫を整理するため」という一部の人間の利益のためだけに使われ続けたことを暴露し、それらの政官財の癒着によるこの薬害は、裁判で争点になっている業務上過失などではなく、「HIV感染者に対する『ホロコースト』だ」と断罪しました。まったくそのとおりです。今までに二千人以上が感染し、そのうちの半分が十七歳以下の子どもであり、すでに五百人が亡くなっています。HIV感染者を人とも思わないような国のあり方は絶対に許せません。
次に川田さんが裁判闘争に参加された過程や、龍平さんが実名で裁判を闘い始めたことを話しました。「エイズ」という病気が世間で認知され始めるのと同時に、HIV感染者、血友病患者に対してまさに人を人とも思わない差別攻撃が始まり、「生きる」ために闘いに立ち上がったこと、龍平さんはそれに対して「隠れて生きるのはおかしい」と実名で立ち上がったことです。人間として当たり前に生きる、その強い意志に本当に学ばなければならないと思いました。
そして、その闘いに多くの若者が共感し、自分たちの意志で合流してきて、厚生省を三千五百人の若者が包囲したときに情勢が動いたと話しました。若者が立ち上がれば社会を動かせるということがはっきりとしました。
さらに現在の国会の状況を語りました。盗聴法がもう国会を通過していることや、何十本という危険な法律が出されているが何の審議もなしに通過していることです。「こういう動きにこそ若者が、行動を示していくことが必要なのではないか」と訴えました。
参加者のアンケートでもほとんどの学生が「これからは社会に対して声をあげていかなければならない」と書いており、学生がどうあるべきかということが非常にはっきりした、有意義な講演会となりました。
(投稿/法大 N)
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週刊『前進』(2007号4面5)
2001年日誌 阻もう!改憲=戦争への動き 5月16日〜22日
波照間、下地島に再び米軍機
「外交断絶も」が韓国の世論
●波照間・下地島に米軍機15機が着陸 フィリピンとの合同演習に参加していた米海兵隊のヘリと空中給油機が、沖縄県の自粛要請や地元の抗議を無視して再び波照間、下地島の両空港に飛来した。(16日)
●北朝鮮が軽水炉建設の見直しをけん制 北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国の朝鮮中央通信は、ブッシュ政権が北朝鮮政策の見直しを進めていることに対して、「米国が枠組み合意の修正を唱えるのは軽水炉(建設)遅延の責任を回避し、合意を破棄へと追い込むもの」と非難した。(16日)
●中国政府が「つくる会」
歴史教科書の修正を要求
中国外務省は「つくる会」歴史教科書について八項目の記述の修正を日本大使館をとおして日本政府に要求した。(16日)
●中国政府が靖国参拝にも抗議 中国の王毅外務次官は、阿南惟茂駐中国大使を呼び、小泉首相が八月十五日に首相として靖国神社に参拝すると明言していることについて「深刻な事態だ」と参拝を自粛するよう要求した。(17日)
●「つくる会」教科書採択のために超党派議員連盟
自民党有志議員による「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」(中川昭一代表)は、教育労働者の意見を排除し、教育委員の専決で小中学校の教科書を採択するよう働きかけるために民主党も含めた超党派の議員連盟の発足を目指すことで一致した。(17日)
●米が原発推進へ転換 ブッシュ大統領は「国家エネルギー戦略」を発表し、原子力発電の推進、核廃棄物処理の技術的な対応強化など、一九七九年のスリーマイル島事故以来事実上凍結されていた原発政策を転換することを明らかにした。(17日)
●米英がイラク空爆 米中東軍司令部によると、米英両軍はイラク南部の飛行禁止区域内のアルアマラーにあるイラク軍の防空施設を空爆した。米英軍のイラク南部空爆は四月十九日以来約一カ月ぶり。(18日)
●イスラエルが初のF16投入 イスラエル軍は「イスラム原理主義組織ハマスの自爆テロへの報復」として、初めてF16戦闘機を投入してパレスチナ自治区を攻撃した。パレスチナ側によると、この攻撃で少なくとも十二人が死亡、百人以上が負傷した。(18日)
●「基地容認」が反対上回る? 内閣府が二月に実施した「沖縄県民の意識に関する世論調査」で米軍基地容認が初めて反対を上回ったという。沖縄米軍基地に関する質問で、@日本の安全にとって必要九・八%、Aやむをえない三五・九%、B必要でない二〇・六%、Cかえって危険二三・八%、Dわからない九・九%で、@Aの合計が四五・七%となりBC合計の四四・四%を初めて上回った。ただし@の「積極的容認」よりBCの「積極的否定」が四倍以上も上回っている。男性より女性の方が基地反対が多い。本土の理解度では「深まっていない」が前回の一七・五%から一八・二%に増加し、復帰当時と比べた経済・社会の発展度でも「順調に発展していない」が一六・九%から三〇・四%に急増した。(19日)
●那覇市が復帰後初めて「日の丸」掲揚 那覇市は市制八十周年記念式典を市民会館ホールで開催し、初めて会場に「日の丸」を掲げ、「君が代」を斉唱したほか、米軍、自衛隊関係者らを招待した。(20日)
●米が生物兵器交渉も撤退へ ニューヨーク・タイムズは今年十一月までの策定を目標に作業が進められている生物兵器禁止条約の検証議定書をめぐり、米政府が現在の議定書交渉から撤退するとの見通しを報じた。(20日)
●教員の海外ボランティア参加後押し 文部科学省が今年度から、青年海外協力隊への現場教員の参加を増やすために、筆記試験を免除したうえ帰国後もすぐ現場復帰できるよう配慮した「現職教員特別参加制度」を外務省、国際協力事業団とともに創設したと、読売新聞が報じた。文科省は青少年の奉仕活動を促進するために現役教員の指導力向上を期待しているという。(21日)
●「外交関係断絶も考慮すべき」が韓国の声 韓国の夕刊紙・文化日報は、日本の歴史教科書について回答者の五九・二%が、韓国政府に対し「外交関係断絶も考慮して臨むべきだ」と対日強硬姿勢をとるよう求めた世論調査の結果を報道した。(21日)
●「改憲など軸に政界再編が必要」 中曽根康弘元首相が都内で講演し「参院選後は、憲法、教育基本法、国家安全保障、財政構造改革といった問題で、日本の骨組みをつくる政治勢力を結集したい」と政界再編への意欲を語った。(21日)
●ハンセン病訴訟原告らが小泉首相に面会要求 国の責任を認め賠償を命じた熊本地裁の判決を受け、原告の元患者ら約四百人が国の控訴断念を訴えるために首相官邸を訪れ、小泉首相との面会を求めた。(21日)
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週刊『前進』(2007号5面1)
小泉「構造改革」で恐慌激化 労働者には倒産と失業の嵐
「緊急経済対策」のウソと破綻性
島崎 光晴
小泉は「構造改革なくして景気回復なし」と言うが、小泉の「構造改革」で景気回復はない。日帝は不良債権問題を先延ばししてきたが、米バブル崩壊と世界大恐慌の進展という情勢下で、ついに不良債権を処理する以外になくなった。しかし、実際には不良債権の゛本丸″には手をつけようとしていないし、つけられない。結局は経済恐慌を一段と深める結果となるだけだ。日本経済は九〇年のバブル崩壊以降、最大の危機を迎えた。労働者人民にとって小泉「構造改革」は、大銀行救済、倒産・リストラ・大失業、福祉解体と大増税だ。都議選でけしば氏の当選をかちとることが、いよいよ死活的となった。以下、「緊急経済対策」のペテンと破綻性を暴く。
生産の急降下 株安で金融の危機も再噴出
九七年秋から恐慌に突入した日本経済は、空前の恐慌対策と米バブル依存によって、九九年春から若干の小康状態にあった。しかし、今年一−三月をもって恐慌が再激化し始めた。
何よりも、実体経済が再び下降し始めた。一月の鉱工業生産は九三年以降では最大の四・二%低下(前月比)となった。九七−九八年のどの月よりも落ち込みが急角度だ。四半期で見ても、一−三月期の鉱工業生産は前期比三・七%の低下で、九九年四−六月期以来のマイナスとなった。九九年四−六月期というのは、恐慌が若干の小康状態に入ったころである。生産の急下降の最大要因は、米バブル経済の崩壊で対米輸出、対アジア輸出が減少していることにある。
また、一−三月には金融危機が再噴出した。三月には株価が一万二〇〇〇円を割り、バブル崩壊後の最安値をつけた。三月末の株価は一万三〇〇〇円を割り、決算期としては八五年以来十六年ぶりの安値となった。株価の急落は、銀行の不良債権問題を再び噴出させた。株安で金融機関の株式含み益が消え、逆に含み損に転じてしまったからだ。含みのある保有株を売り、そのカネで不良債権を処理するという従来のやり方は崩れ去ってしまった。
銀行の経営が9月期へ緊迫
このように一−三月をもって、恐慌が実体面でも金融面でも再び激化し始めた。ただし、単なる九七−九八年の繰り返しではない。もっと深刻だ。
第一に、米バブル経済が崩壊し続けている。九七−九八年には、米バブルがなお維持されていたため、日本は対米輸出の増加で恐慌の全面化をひとまず防ぐことができた。しかしそれはもうありえない。逆に、日米の恐慌が相乗しあいながら世界大恐慌を促進する局面に入りつつある。
第二に、九七年以来の恐慌の要因である過剰資本・過剰生産力、銀行の不良債権、企業の過剰債務は、さらに悪化している。しかも九八年以降に空前の恐慌対策を発動した結果、国家財政が解体的危機に陥っている。さらに、米欧資本による日本市場への攻め込み・侵食は一段と強まっている(『共産主義者』一二八号の島崎論文を参照)。
第三に、銀行経営が危機的になっており、金融恐慌の再激化も切迫している。
何よりも、不良債権を処理しても、新しい不良債権が発生して総額としては増え続けている。景気の悪化で倒産が増加しているうえ、地価続落で担保価値が減少しているからだ。表で言うと、「要注意先」債権の「要管理先以外」に分類されていた債権が、「要管理先」に転じている。四月に金融庁が発表した問題企業向け融資は総額百五十兆円(昨年三月末)にも及ぶ。このため、「不良債権処理は賽(さい)の河原の石積みのようだ」(東京三菱銀行幹部)との絶望的悲鳴が上がっている。
しかも、今年度から時価会計の完全実施となったが、それが九月中間決算での大問題を引き起こしつつある。保有している株式に評価損が出ると、その約六割に当たる額を自己資本から差し引く必要があるからだ。そうすると、株式配当に充てる剰余金が枯渇し、十分な配当ができなくなる可能性がある。
公的資金の注入を受けた銀行の場合、配当できなくなると国の直接管理下に置かれる取り決めになっている。実質破産だ。ある試算では、大手十六行のうち十行が配当不能となるという。これだけで金融恐慌を再爆発させるほどの問題だ。
再び恐慌対策 不良債権問題を放置できず
このように一−三月から、米バブル崩壊の日本直撃、日本の恐慌の再激化、金融恐慌の再激化の切迫、日米の恐慌の相互促進という局面に完全に入った。日帝ブルジョアジーは、こうした情勢に震え上がった。ことここに至って、もはや不良債権問題を先延ばしすることはできなくなった。不良債権を放置するなら、日本の金融システムは今度こそ全面的に崩壊してしまう。いや日本だけにとどまらず、日米相乗で世界大恐慌が全面化しかねない窮地を迎えたのである。
こうした切羽詰まった中で日帝は、九八−九九年の恐慌対策に次ぐ第二次の恐慌対策に動き始めた。その柱は三つだ。@不良債権の本格的処理に踏み込むことである。しかし、それは企業倒産と失業者の激増、株式の暴落、銀行破綻の続出という事態を招きかねない。
そこで、同時並行的に銀行救済策をとろうとしている。具体的には、A金融緩和で銀行に潤沢な資金を提供し、B銀行が保有している株式を公的資金で買い取ることである。この銀行救済策こそ、小泉「経済構造改革」の決定的な狙いだ。
Aが三月の日銀の新金融政策と金融の量的緩和であり、@とBが四月の政府・与党の「緊急経済対策」に盛り込まれている。
ゼロ金利下で資金供給続く
まず、日銀の新金融政策について。日銀は九九年二月から〇〇年八月までゼロ金利政策をとっていた。今回は、金融機関から手形などを買い取って、金融機関に大量の資金を供給する手法に踏み込んだ。金利がゼロになった後もさらに資金を供給する政策だ。
そのために、日銀による国債の買い入れを増やすことを決めた。これは実質上の日銀引き受けだ。従来は日銀自身が抵抗してきた。今回そこに踏み切ったことは、財政上の歯止めを外す重大な意味を持つ。
さらに、この政策を消費者物価上昇率がゼロ以上になるまで続けるとした。ゼロ金利は事実上、無期限になった。無期限のゼロ金利というのは、帝国主義史上前例がない異常事態だ。
たしかに、この量的緩和策によって短期金利は実質ゼロになった。銀行が今後、経営危機に陥っていく時、この量的緩和策は銀行を救済する役割を持つ。
しかし、金融緩和によって経済全体が刺激されているかというと、全然そうなっていない。じゃぶじゃぶの資金は金融機関内にとどまり、市中に出回っていない。銀行が不良債権で痛んでおり、貸し出しを減らし続けているためだ。いわば゛蛇口を全開にしても水道管が詰まっているため水が出ない″状態である。
大銀行の救済 “本丸”の不良債権手つけず
次に不良債権処理について。緊急経済対策では、「破綻懸念先と破綻先の不良債権について、既存のものは二年で、新規のものは三年で最終処理する」とされた。最終処理とは直接償却を指す。従来の不良債権処理は、貸倒引当金を積むという方法が主だった。この間接処理では、帳簿(貸借対照表)上には債権は残っている。これに比して最終処理は、帳簿上からも切り離すことを意味する。
その方法として、銀行が債権放棄をして債権を切り離すやり方がある。また、民事再生法や会社更生法などを用いて債務者企業を倒産させ、債権を切り離す方法もある。いずれも銀行による企業の切り捨てだ。
では、この政策で不良債権問題は解決するのか。絶対に解決しない。
第一に、そもそも実際にできるのか。もし、実質をもつほどにやれば、恐慌が爆発的に深まる。
破綻懸念先と破綻先・実質破綻先の債権(表のCとAとB)は、合計三十四兆円だが、今回の償却対象となるのはそのうち大手行の十二・七兆円である。しかし、この十二・七兆円の債権分について、引当金が一・六兆円も不足しており、それを工面する必要がある。さらに、償却に伴って不動産担保も処理することになるが、゛担保の減価で三〜五兆円もの損失が出る″と試算されている。合計で四・六兆円以上ものカネが必要になる。大手行の年間業務純益は約三兆円だから、これで穴埋めするとほぼ一〜二年分の業務純益が吹き飛ぶ。大手行が資本不足に陥りかねない。
しかも、これまで債務企業が抱えていた担保不動産が売りに出されでもすれば、地価がさらに下がる。そうなると、またまた不良債権処理を上回るペースで新規の不良債権が発生せざるをえない。
資本不足であれ、新規不良債権の発生であれ、いずれも銀行の経営危機を極限化する。たちまち金融恐慌が再爆発しかねない。日帝は不良債権に手をつけざるをえなくなったが、実際にそこに踏み込むと即、恐慌を深める結果にしかならないのだ。
第二に、直接償却が一定の規模で行われるなら企業倒産、リストラ、失業を激増させることになる。ある試算では、゛不良債権を二十二兆円処理すると失業者は百三十万人増加し、完全失業率は一・九%も上昇する″という。
しかも、不良債権処理で直接に失業が増えるにとどまらない。あらゆる予想を超えて、金融機関の破綻や企業の連鎖倒産が起きる可能性が非常に大きい。
さらに重大なのは、小泉政権が直接償却という露骨な企業切り捨て策に完全にかじを切ったことだ。それがもたらす全社会的影響はすさまじいものがある。
かつて国鉄分割・民営化の時、首相だった中曽根は「一人も路頭に迷わせない」と言った。しかし実際にやったことは、二十万人にも上る国鉄労働者の首切りだった。今回は、小泉が「痛みに耐えろ」と言いながら、企業切り捨て策を大々的に打ち出しているのだ。NTTが大合理化案を決めたのは、小泉の所信表明演説と同じ日だった。そこに、今後の大リストラが浮き彫りになっている。
旧住専関連を処理するだけ
第三に、仮に十二・七兆円の不良債権を処理すれば、不良債権問題は解決するのか。まったく違う。
この十二・七兆円の債権の対象はほとんど、旧住宅金融専門会社(住専)の融資先である。経営危機に陥って、営業活動を塩漬けにしている不動産会社やノンバンクなどが多い。しかもヤクザが絡んでいる。つい最近、住吉会会長と不動産会社「麻布建物」の社長が逮捕されたが、「麻布建物」は旧住専の大口融資先だった。
大手・準大手ゼネコン、大手流通などの不良債権・問題債権は、「要注意先」(表のDとE)に分類されている。ここが不良債権問題の゛本丸″であるにもかかわらず、まったく手がつけられようとはしていない。すでに債権放棄を受けたゼネコン関係者の中では、「これで一息つけますね」と安心感さえ漂っている、と言われる。
今さら旧住専関連の不良債権を処理して、何が「構造改革」か。日帝にとって、不良債権問題の抜本的解決はもはや不可能なのだ。そして、不良債権問題がなんの解決もしないかぎり、再び金融恐慌が爆発するのも不可避である。
株式買い上げ 銀行に第2次公的資金投入
さらに、銀行からの株式買い上げについて。これは銀行に対する第二次公的資金投入だ。
緊急経済対策では、@銀行の株式保有を、例えば自己資本の範囲内とし、それを超えて保有する株式は一定期間内に処分する、A処分する株式を買い取る「銀行保有株式取得機構」(仮称)を創設する、B株式買い取りに要する資金に対する政府保証等公的な支援を検討する、とされた。要するに、自己資本以上の株式を銀行から吐き出させ、それを公的資金で買い取るということだ。
九九年の銀行に対する公的資金の投入は、銀行が新規に発行する株式を政府が引き受ける形で行われた。今回は、もともと銀行が保有している株式を買い上げる形をとる。本質的にはまったく同じだ。まぎれもなく第二次の銀行への公的資金投入である。小泉は「民間にできることは民間に」(所信表明演説)などと言いつつ、再度の公的資金投入による銀行救済を狙っているのだ。
昨年末で金融機関が保有する株式は四十四〜四十六兆円で、自己資本三十五兆円を十兆円も上回る。都銀だけをとると、株式は自己資本の一・七倍にも及ぶ。実際に保有株式を自己資本内に収めようとするなら、十兆円強を公的資金で買い取らなければならない。今の財政危機下で、それほど巨額のカネをどうやってひねり出すというのか。
仮に強行したなら、株式市場への人為的介入という点で、帝国主義史上でも前例がない事態になる。日本の株式市場は大ダメージを受けるに違いない。
借金減らせず超放漫財政へ
最後に、小泉の「財政構造改革」について。小泉の所信表明演説では、゛来年度予算では国債発行を三十兆円以下に抑えることを目標とし、その後、例えば、過去の借金の返済以外の歳出は新たな借金に頼らないことを次の目標にする″とした。過去の借金の返済費とは国債費であり、新たな借金とは新規発行国債のことである。これを同額にするという案である。
しかし、かりに新規国債発行額=国債費が実現できたとしても、借金残高はまったく減らない。今年度末の国と地方の長期債務残高は六百六十六兆円、国債発行残高は三百八十九兆円に上る見通しだ。本来の「財政構造改革」とは、この破滅的な残高を減らすことを指す。ところが、小泉はこれをはぐらかしている。
しかも新規国債=国債費という方針にしても、「例えば」という言葉をつけて逃げている。小泉自身、「景気状況を見ながら進めていく。何がなんでもこの枠から一歩も離れないということではない」と公言した。このどこが「財政構造改革」なのか。問題外だ。
にもかかわらず、小泉はあたかも「財政構造改革」ができるかのようなペテンを振りまいている。その大うそで社会福祉費の削減、消費税の増税、郵政民営化、財政的矛盾の地方自治体への押しつけなどを強行しようとしている。
しかし、日帝がどうあがいてももはや「財政再建」など絶対にできない。ひたすら労働者人民への犠牲転嫁があるだけだ。しかも恐慌の深まりにつれて、再び財政支出増加に舞い戻るのは必至である。結局、日帝の財政は超放漫財政、国債の無制限発行、国債の日銀引き受けに行き着くしかない。日銀の新金融政策はそれを準備する意味を持っている。要するに戦争への破滅的コースだ。
総じて、小泉の言う「構造改革」は、景気回復をもたらすものではない。まったく逆だ。米バブル経済崩壊の打撃が今後、本格化していく時、この小泉政策は日本の恐慌を促進していくものとなるのだ。恐慌の全面化は避けられない。労働者人民には倒産・リストラ・大失業、福祉解体と大増税が襲いかかるだけだ。
もはや自民党支配を打倒し、日帝ブルジョアジーを打ち倒す以外に労働者の生きる道はない。そのために都議選でけしば氏当選をなんとしてもかちとろう。
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週刊『前進』(2007号5面2)
改憲阻止決戦シリーズ 今、問い直す侵略と戦争の歴史
第1部 第二次世界大戦(5) 日帝にとっての大戦(上)
侵略と戦争通じて帝国主義化
今回から、日帝にとって第二次世界大戦とは何だったのかを考察する。
日帝は一八九四−九五年の日清戦争で台湾を植民地化し、一九〇四−〇五年の日露戦争でサハリン南半分と遼東半島の租借権を奪った。さらに一九一〇年、韓国併合で朝鮮を植民地化した。資本の蓄積や資源と市場の確保など、日本の資本主義化は朝鮮・中国侵略戦争、アジア侵略戦争によって支えられていたのだ。
一九一四年に勃発した第一次世界大戦は日帝に空前の好景気をもたらした。大戦景気にわく米国への輸出や、欧州の輸出激減によりアジア市場への輸出が急増した。国際収支は大幅な黒字に転じた。一方で、日帝は日英同盟をたてに第一次大戦に参戦。ドイツが勢力範囲としていた山東半島を占領し、中部太平洋のドイツ領を攻略した。翌一五年には二十一カ条要求を袁世凱政府に強要し、中国侵略に突き進んでいった。
争闘戦での敗勢
ところが、第一次世界大戦後、朝鮮・中国の民族解放闘争の爆発や欧米帝国主義による対日争闘戦、戦後恐慌などによって日帝は危機へと突入していく。
一九一九年三月一日、朝鮮では三・一独立運動が爆発した。同年五月四日、北京での二十一カ条取り消しと山東返還を要求するデモ(五・四運動)が中国全土に広がっていった。二一年には中国共産党が創立された。二六年には、日帝と中国北方の軍閥、特に日本が支援する張作霖の奉天軍閥に対する北伐が始まる。
さらに米英帝からの巻き返しを受けた。一九二一年〜二二年のワシントン会議では、中国問題について、大戦中に築かれた日帝の独占的地位を抑制し、中国での各国帝国主義の門戸開放・機会均等をうたった九カ国条約が調印された。日英同盟は解消され、日本は二十一カ条要求で奪ったドイツ利権の大半を放棄させられた。このワシントン体制は何よりも、ドイツを封じ込めたベルサイユ体制に対応する、米英による強力な日帝抑え込みの戦後体制だった。
一方、第一次大戦からしばらくは、中国などの市場で日帝は大きな割合を占めていたが、戦後、欧米帝が中国市場へ復帰してきた。日帝の経済力ではとうてい太刀打ちできず、しだいに市場が狭められていった。
こうした中で、日帝は二〇年三月の株価暴落に始まる戦後恐慌へと突入していく。以後二二年の恐慌、二三年の震災恐慌、二七年の金融恐慌と一九二〇年代に日帝は連続する恐慌に直面した。そして残された中国東北部の権益にしがみつきながら、蒋介石の北伐に対抗して二七年、二八年の山東出兵など中国侵略と戦争を展開していった。
29年世界大恐慌
一九二九年アメリカの株式恐慌から始まった世界大恐慌は、日本経済を直撃した。三〇年一月一日に、浜口雄幸内閣は金(輸出)解禁を実施して金本位制に復帰したばかりだった。大恐慌により綿糸・生糸の輸出は激減し、金が流出した。金本位制は放棄され、未曽有(みぞう)の大不況に突入していく。
株価は、三一年十一月には二九年六月の半分以下になった。貿易は、二九年から三一年にかけて輸出入ともに四〇%以上減少した。国民総生産は、二九年を一〇〇とすると、三一年には八〇・六となった。失業者も激増し、三〇年には二百三十七万人、失業率は八%を超えた。
労働運動・農民運動も拡大し、労働争議は三一年に戦前最高の二千四百五十六件を記録した。東京市電や東洋モスリンの争議など歴史的な大争議が激発した。
中国侵略の拡大
二〇年代の他帝国主義の対日争闘戦と朝鮮・中国人民の民族解放闘争の高揚、大恐慌・大不況と階級闘争の激化で、文字どおり存亡の危機に直面した日帝は中国への侵略戦争に活路を見いだそうとする。
三〇年末から「満蒙生命線」論が叫ばれるようになった。翌三一年九月十八日、関東軍が謀略で柳条湖事件を起こし、「満州国」デッチあげ−中国東北部侵略に突入していく。
三一年十二月の犬養内閣で蔵相に就任した高橋是清は、恐慌からの脱出と中国侵略へ向けた軍備増強のため、公債の日銀引き受けによる積極財政、いわゆる高橋財政を推進した。高橋財政で歳出予算は一挙に膨張、三二年度予算は五億円増加の十九億五千万円に達した。財政膨張の最大の要因は軍事費だった。三二〜三六年度の歳出に占める軍事費の割合は三五〜四七%に達した。
これによって、軍需産業、重化学工業は息を吹き返し、三二年後半から日本経済は回復に転じる。また高橋財政の重要な柱に十一億円におよぶ「満州」への投資があった。「満州」を重化学工業資本のための原料供給地や資本輸出市場とするのが目的だった。
さらに為替ダンピングによって日本商品は競争力を強めた。綿織物を中心とする日本商品の集中豪雨的な輸出攻勢は、争闘戦を激化させた。
一九三二年、またもや謀略による日本人殺傷事件を利用して日帝は三個師団を中国に派遣する。この「第一次上海事変」は、他の帝国主義や国際連盟の注目を関東軍の「満州国」デッチあげからそらすためのものだった。
三月一日、関東軍は清朝最後の皇帝溥儀(ふぎ)を担ぎ出し、「満州国」の建国宣言を行わせる。国際連盟のリットン調査団は、「満州国」は中国人の自発的な独立運動によるものではなく、日本の軍隊によるものと報告した。そして中国東北部を、日本を中心とする列国の共同管理下に置くという趣旨の勧告をした。だがこれに対して日帝は国際連盟を脱退する。
このころ、関東軍は熱河省、さら万里の長城を越えて河北省にまで侵略し、北京・天津に迫った。国民政府は塘沽(タンクー)停戦協定を結び、河北省東部に非武装地帯を設けることを承認させられる。
「満州国」のデッチあげは、米英と対立しつつ中国人民の民族解放闘争を軍事力で圧殺して強行された。同時に日帝が、第一次大戦後の世界「秩序」−ワシントン体制から離反していく決定的な一歩だった。
(片瀬涼)
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週刊『前進』(2007号5面3)
“軍港建設阻止を” 5・15浦添で基地周辺デモ
十五日午後、「軍港移設を問う!浦添市民行動実行委員会」が、キャンプ・キンザー周辺をデモ行進し、軍港建設阻止を訴えた。
デモ行進に先立って行われた浦添市西洲(いりじま)でのフィールド・ワークでは、呼びかけ人のまよなかしんやさんが、豊かなリーフが広がる美しい海を前に、「昨年日本全国で行われた埋め立て工事の二五%が沖縄。ウチナーの海をつぶすことは、ウチナーの心をつぶすことだ。キャンプ・キンザーを解放させ、取り戻す闘いを実現しよう」とアピールした。
デモの後に一坪反戦地主会浦添ブロックの黒島善市代表幹事が「環境を破壊する乱開発を許さず、戦争につながる一切のものに反対し、行動を」と訴えた。
派遣団と沖縄労働者 交流集会開く
十六日、沖縄労組交流センターと反戦共同行動委の呼びかけで交流集会が開かれた。
実行委員会の基調提起が「二十一世紀の五・一五宣言」として行われた。日米安保体制と五・一五体制こそ、日帝の体制的支柱であり、最大の弱点だと喝破し、「今日の日帝の沖縄政策(沖縄圧殺=SACO貫徹)はこの破綻(はたん)した五・一五体制を日帝国家の総力をあげて居直りと買収政策で沈静化しようとしている。こうした中で、沖縄の既成党派『指導部』は総崩れとなり、沖縄闘争の貫徹か、日帝のアジア侵略の実現かの二者択一が求められる情勢に突入している。あくまで米軍基地の全面撤去を要求し、日米安保体制を粉砕すること、それは同時に『明治』以来の全歴史を総括し、日本−沖縄関係を根底的に問い直すことだ」と述べた。
基調報告に続いて、基地労働者、NTTに働く労働者などから感動的な闘いが次々と報告された。柿本博人バヤリース労組委員長は、二年間の解雇撤回闘争を振り返り、「勝利は自分たちの団結でかちとっていくものだ」と総括した。
反戦地主で読谷村議の知花昌一さんが連帯のあいさつに立ち、九五年の闘いが爆発して米軍がらみの事件・事故が三分の一に減ったと紹介し、「五月下旬には『象のオリ』の強制使用に対する沖縄県収用委員会の裁決が出る。ともに闘いましょう」と訴えた。
派遣団からも力強い発言が続いた。
金は一時、基地末代 名護市内街宣
十六日、沖縄労組交流センターと反戦共同行動委沖縄派遣団は辺野古の命を守る会を訪問し、交流会をもった。
金城祐治代表は、「稲嶺知事や岸本市長はアメリカに行って何を決めてくるのか危機感を感じる。二度と戦争をしてはいけない。新しい基地など絶対に認められない」と語った。
闘いの決意を深めた後、名護で最も人通りの多い為又(ビーマタ)交差点周辺に展開し、街頭宣伝を行った。「金は一時、基地は末代。名護新基地建設を絶対に阻止しよう」と宣伝カーで呼びかけた。
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週刊『前進』(2007号6面1)
「鉄血勤皇隊」「ひめゆり学徒隊」「殉国美談」にすり替え
「新たな沖縄戦」の強要狙う
「つくる会」歴史教科書沖縄戦記述を暴く
「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書は、日本の近現代史を貫く侵略と植民地支配の歴史を賛美し、新たな侵略戦争に人民を動員しようとするものである。日帝・小泉政権は韓国や中国からの再修正要求を踏みにじって、これを教科書として採択させることを狙っている。絶対に許してはならない。今回は「つくる会」教科書による沖縄戦の歪曲・美化を暴露・弾劾し、沖縄戦とは何だったのかをあらためてはっきりさせたい。
県民犠牲者を軍人より少ないと歪曲
「つくる会」歴史教科書の沖縄戦の記述は、教科書でわずか五行半。しかも半分が戦艦大和の話だ。
一九四五年(昭和二十年)四月には、沖縄本島でアメリカ軍とのはげしい戦闘が始まった。日本軍は戦艦大和をくり出し、最後の海上特攻隊を出撃させたが、猛攻を受け、大和は沖縄に到達できず撃沈された。沖縄では、鉄血勤皇隊の少年やひめゆり部隊の少女たちまでが、勇敢に戦って、一般住民約九万四千人が生命を失い、十万人に近い兵士が戦死した。
いったいこれが沖縄戦の記述なのか? 沖縄戦が戦艦大和の話に続けて書かれ、まるで日米戦争の戦況報告のようだ。戦艦の撃沈も、人民の死も、ただの戦力の喪失だとでもいうのだろうか。自衛隊筋の軍事研究者の間では沖縄戦は太平洋戦争の諸作戦の中で最も成功した作戦のひとつとしてきわめて評価が高いという。天皇制護持のための「捨て石」作戦として徹底的にやり遂げたというのだ。これはあたかもそうした帝国主義者から見た沖縄戦の論評だ。
沖縄戦の最大の特徴は、住民が戦火の中にほうり出され、根こそぎ戦場に動員されたために、日本軍の戦死者よりも住民の犠牲がはるかに多かったことだ。当時の沖縄県民のおよそ三分の一にあたる十五万人以上が殺されたのだ。これを歪曲することは、沖縄戦のすべてを否定するものだ。
「一般住民の犠牲者約九万四千人」という表記は、当初「十万人」となっていたのを文科省の修正意見でさらに改悪したものだ。
文科省と「つくる会」は、沖縄現地で召集された防衛隊、勤労奉仕隊や学徒隊などの沖縄人民の犠牲者を日本軍の戦死者に含めることで、あたかも日本軍の戦死者が住民犠牲者よりも多かったとしているのだ。
しかし、沖縄県平和祈念公園の「平和の礎」に刻名されている戦死者数は沖縄県出身者が十四万八千二百八十九人、他県出身者が七万五千二百十九人(二〇〇〇年六月二十三日現在)であり、圧倒的に多くの沖縄県民が殺されたことは明白になっているのだ。
さらに「鉄血勤皇隊」や「ひめゆり学徒隊」までが「勇敢に戦った」などとしていることは断じて許すことができない。沖縄の少年少女らは自分の意志で戦闘に参加したとでも言うのか。これから恋愛を経験し人生が始まろうというような少年少女を、強制的に召集し、無理やり死ぬことを強制しながら、「勇敢に戦った」などとはよくも言えるものだ。この教科書は、若者は天皇と国家のためにもう一度銃をもって戦場に行けと言っているのだ。
沖縄戦記録フィルム一フィート運動の福地曠昭副代表はこれを「沖縄戦を殉国美談に仕立て上げる」「県民への冒とく」だと弾劾している。「殉国美談」とは、沖縄戦での少年少女のむごたらしい死を「国(天皇)のため命を投げ捨てて戦った尊い、価値ある行い」として描きあげようとするものである。沖縄戦の体験者やそれを語りつがれてきた沖縄人民は、全身でこの「殉国美談」を拒否しているのだ。再び戦争に駆りたてようとする「つくる会」の底意がそこには透けて見えるからだ。
ひめゆり学徒のひとりで平和祈念資料館証言員の宮良ルリさんは「よくも勇敢などと…。私たちは看護要員として戦争に巻き込まれた。戦争を美化してはならないし、ひめゆり部隊という言葉自体、認識の誤り」「また元の悲惨な時代にかえって行く」ものだと怒りと危機感を表明している。
「軍隊は住民を守らない」の真実を隠蔽
最大の問題は、沖縄戦の実相や本質を完全に抹殺していることだ。
いったい沖縄戦とは何だったのか。
日本帝国主義は沖縄を「琉球処分」として武力で統合し、天皇制暴力をもって徹底した差別政策と皇民化教育を行い、アジア侵略の拠点として動員していった。その行きついた先が沖縄差別の極致としての沖縄戦だった。
それは日帝の敗戦が確実になる中で、天皇制を護持する講和の条件を引き出すためだけの「捨て石」作戦であった。したがって最初から勝つあてもなく住民を巻き添えにして犠牲にすることで、米軍に消耗戦を強いて時間稼ぎをするための最悪の戦争であった。沖縄の人民は、“鉄の暴風゜の中をさまよわされたあげく、日本軍にスパイとして殺されたり、「集団自決」を強要されるなどしたのだ。それは悲惨な戦争史の中でも類例を見ないほど残酷な戦争であった。
(1)天皇制護持のための「捨て石」作戦
「つくる会」教科書は、昭和天皇ヒロヒトの人物コラムに二ページ使い、「たとえわが身がどうなってもポツダム宣言を受諾すべき」という天皇の「聖断」によって戦争は終結したなどと恥知らずな天皇賛美を行っている。
だが実際はどうだったのか。四五年二月二十四日に近衛文麿が戦争の終結を勧めたことに対し、ヒロヒトは「もう一度戦果を挙げてからでないと(天皇制護持)は難しいと思う」と述べて、天皇制護持のための「捨て石」として沖縄戦を強行したのだ。ヒロヒトは七月二十六日にポツダム宣言がでた後も、天皇制護持を保障する条項がないからと受諾を渋り続け、広島・長崎の原爆投下などでさらに多くの人民の命を奪った。そして敗戦後にはマッカーサーに「天皇メッセージ」を送り、自分の戦争責任の免罪・天皇制護持と引き換えに、沖縄をアメリカに売り渡したのだ。
(2)現地自給の総動員作戦
沖縄戦は初めから現地自給の総動員作戦として計画され、実行された。「現地物資を活用し、一木一草と雖(いえど)も之(これ)を活用すべし」というのが日本軍の方針だった。一九四四年三月に沖縄守備軍・第三二軍が創設され、学校や公民館、民家までが兵舎として接収され、食糧や家畜も徴発された。飛行場や陣地の構築も、沖縄全域から召集された勤労奉仕隊や強制連行された朝鮮人軍夫などによって作られた。
日本軍は兵隊も「現地調達」した。沖縄本島の守備隊約十一万人のうち現地召集の補助兵力がおよそ三分の一を占めた。徴兵令による兵役からもれた満十七歳から満四十歳の男子が防衛隊に召集されたが、実際には十五歳の少年から老人までも駆り出された。中学生以上の学生は学徒隊として駆り出され、男子は「鉄血勤皇隊」に、女子は「従軍看護婦隊」に編成された。男子生徒は戦場の最前線での通信兵や特攻切り込み兵などをやらされ、約半数の八百九十人が戦死した。女子生徒は日本軍とともに戦場を行動させられ、集団自決などに追い込まれて約六割の三百三十四人が悲惨な最期をとげた。
(3)軍隊による住民虐殺
沖縄戦から学ぶべきことは、軍隊は住民を守らないということだ。日本軍は沖縄人民を守るどころか、食糧を略奪し、土地や家屋を奪って人民を丸ごと戦火の中にほうり出した。さらに「沖縄住民は国防意識が希薄でスパイになる」と差別意識をあらわにして、八百人にもおよぶ住民を虐殺した。日本軍は“方言を使う者、敵と接触する者はスパイと見なし処分せよ゜との命令を出した。そして“スパイの汚名を着たくなければ自決せよ゜と沖縄人民に死ぬことを強制したのだ。
例えば慶良間諸島ではどうだったか。四五年三月二十三日に米軍が上陸すると、日本軍は住民を陣地から追い返し、住民に自決命令を通達した。食糧もなく、行き場を失った住民たちは、軍の命令によって家族・親戚ぐるみでの自決に追いやられた。手りゅう弾のない者はカミソリ、鎌、包丁などで殺し合った。
こうして渡嘉敷島で三百二十九人、座間味島で百七十一人、慶留間島で五十三人が「集団自決」を強制された。また日本軍が降伏する八月下旬まで日本兵による住民虐殺、朝鮮人軍夫の虐待・虐殺が行われた。
(4)時間稼ぎの長期持久戦
四月一日に米軍は日本軍からの反撃もなく沖縄本島の中部西海岸に上陸した。翌日には東海岸に達して沖縄本島を南北に分断、米軍は北部と中南部に分かれて攻勢をしかけた。北部では国頭支隊が配置されていたが、敗残兵同様に山中を転々とし、避難民の食糧を強奪しながら逃げのびていた。スパイ処刑を名目にした食糧強奪が行われた。
中南部戦線では、四十日余にわたる激しい攻防が展開された。五月二十二日、沖縄守備軍はついに首里城地下の司令部壕を放棄して島尻の喜屋武半島へと撤退し、南部に避難していた一般住民をも巻き込んだ「玉砕」戦にうって出た。
六月二十三日、司令官の牛島満は「最後の一兵まで戦い続けよ」と言い残して自決し、沖縄戦を終わりのない持久戦に持ち込んだ。そのため戦闘はその後も続けられ、日本軍が正式に降伏したのは九月七日であった。
(5)マラリヤや飢餓による犠牲
米軍が上陸しなかった宮古・八重山でも、住民は日本軍によって山岳地帯に追いやられ、マラリヤや食糧不足で殺された。波照間島では島民の三分の一がマラリヤで亡くなった。
(6)朝鮮人の虐待・虐殺
忘れてならないのは、沖縄に強制連行されてきた朝鮮人軍夫や朝鮮人軍隊慰安婦たちが、一万人以上犠牲になったことだ。朝鮮人軍夫は飛行場建設や陣地構築、戦場での弾薬運搬などに従事させられた。逃げようとしたり、反抗するものは容赦なく殺害され、時には「スパイ嫌疑」「食糧統制違反」を口実に、見せしめの銃殺・斬殺が行われた。また沖縄(五十一カ所確認)には朝鮮人軍隊慰安婦が連行されてきており、悲惨な最期を遂げた。運良く生き延びても祖国へ帰れず孤独に死んでいった。
こうした事実を沖縄戦の歴史として正しく学び、二度とこのような戦争をくり返してはならないことを次の世代に伝えていかなければならないのだ。ところが「つくる会」はこれを隠ぺいし、逆に沖縄戦を賛美する教科書をつくっているのだ。絶対に許せない。
沖縄人民の闘いに連帯し 採択阻止へ
日帝・小泉政権は、集団的自衛権の行使と有事立法の制定を狙い、中国・朝鮮侵略戦争に積極的に参戦しようとしている。そのために名護に巨大な米軍基地を建設し、下地島、波照間を米空軍の基地にして、沖縄全県をアジア侵略の最前線基地にしようとしている。
これと一体の攻撃として、いま日帝は沖縄戦と沖縄差別政策の歴史を歪曲・美化しようとしているのだ。それは新たな沖縄戦を強要するものだ。
八二年の教科書検定で日帝の中国侵略が「進出」に書き換えられたとき、同時に沖縄戦から「日本軍の住民虐殺」が抹殺された。このとき沖縄は島ぐるみの闘いに立ち上がり、これを粉砕した。沖縄と本土を貫く闘いで、沖縄戦の歴史を闇(やみ)に葬る策動を粉砕しよう。沖縄人民の闘いに連帯し、名護基地建設阻止・全県基地化粉砕の新たな沖縄闘争の発展のためにともに闘おう。
小泉政権は教科書攻撃で改憲と戦争に向かっての正面突破をはかろうとしている。これに対し韓国政府、中国政府から再修正要求が突きつけられた。この背景には、日帝のアジア再侵略宣言に対する韓国人民、中国人民の命がけの決起がある。日帝・小泉政権はこの再修正要求を拒否し、産経新聞などの御用マスコミを使って「内政干渉だ」「修正が必要なのは韓国の教科書だ」などと盗人猛々しい暴言をはいている。恐るべき事態だ。日帝はアジア人民の闘いなど力ずくでたたきつぶせ、と主張し始めているのだ。このような居直りを認めていいのか。
いま問われているのは日本人民の階級的立場だ。「連帯し侵略を内乱へ」と革命的祖国敗北主義の立場に立った「二度と戦争は許さない」という決意と闘いが必要なのだ。
韓国・中国の再修正要求支持。「つくる会」教科書を白紙撤回せよ。「つくる会」教科書の七月採択を絶対に阻止しよう。教育改革関連法案の成立阻止・「つくる会」教科書粉砕の国会闘争に立とう。
小泉・石原の教科書攻撃と闘う大衆運動をさらに発展させ、教育改革|改憲攻撃をうち破って、都議選決戦の勝利を開こう。
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週刊『前進』(2007号6面2)
田宮武さんを追悼する 革共同への信頼と支援に必ず報いる
革命的共産主義者同盟
田宮武さん(関西大教授)が、五月五日急性心不全のため逝去された。享年六十八歳だった。われわれは、田宮さんの急逝を心から悼むとともに二十年以上にわたる革共同への支持・支援に深く感謝し、部落解放運動、三里塚、動労千葉を先頭とする闘いへのかかわりに対して、敬意の念を新たにするものである。
田宮さんと革共同との関係は、一九七八年の権力によるデッチあげ弾圧粉砕の闘いからである。本多書記長虐殺に対する復讐戦の一環として戦取されたカクマル関西地方委の指導部松井完全せん滅の戦闘に対して大阪府警は、同戦闘とは無関係の関大出身の垣端同志をデッチあげ逮捕・起訴した。田宮さんは無実の垣端同志救援の呼びかけ人として中心的に活動してくださった。無罪判決をかちとる上で田宮さんの闘いはきわめて大きいものがあった。
デッチあげ弾圧の権力犯罪を許さない姿勢は終生変わらず、九五年の橋本同志に対する犬の臭気選別を利用したデッチあげ弾圧に対しても「支える会」の呼びかけ人として決起していただいた。
革共同に対する破防法攻撃に対して、「破防法裁判を支える会」の陣形づくりに尽力された。また、八六年の泉佐野市議選弾圧で休職・解雇攻撃を受けた労働者の復職闘争を先頭で闘っていただいた。
田宮さんは、革共同が労働者人民の前衛党として議会に登場することを期待して、これまでの杉並選挙にも何度も足を運び応援演説に立ち、同窓会名簿で教え子を探し、電話や手紙で支持を依頼してくださった。
田宮さんにとっては、「三里塚と荒本が自分にとっての原点」であった。部落解放同盟本部派の三里塚闘争からの絶縁宣言と三里塚集会への参加を理由とした荒本支部への統制処分と再建派のデッチあげに対して、断固として荒本支部を支持して闘われた。
八三年に瀬川支部長が初めて立候補した東大阪市議選では、解同本部派などの激しい恫喝をはねのけて公然と選挙応援された。
七〇年代中期に関大で発生した部落差別事件に対する糾弾会で何人かの教員の一人として糾弾を受けて、それまでの自己の生き方を根底から自己批判的にとらえ返して以来、田宮さんの部落解放運動へのかかわりは真剣そのものであった。
この過程で三里塚闘争にも参加されるようになり、その中で、六〇年安保闘争、七〇年安保・沖縄闘争当時は、本人の言によれば「ノンポリ」でまじめな学究の徒であった田宮さんが、国家権力の暴力と不屈に闘い抜く反対同盟農民をとおして、階級闘争の非和解性を理解していかれた。
動労千葉のジェット燃料輸送阻止闘争を支援された。ストライキ闘争で解雇された労働者の支援運動にも協力された。
田宮さんは、学問的情熱をもって報道の自由と人権・プライバシーの侵害・部落差別問題を探求し、実践された。労働者人民大衆の闘いとともに生き闘い、何よりも革共同の思想と路線、闘いに共鳴され、革共同集会にも参加された。カクマルの嫌がらせ電話にもその都度毅然として対決され、革共同に対する信頼は終生変わらなかった。
われわれは、あらためてこの支持・支援に心から感謝し、田宮さんが待ち望んでいた都議選の勝利をかちとり、強大な労働者党として飛躍し日本革命・世界革命の勝利=共産主義の実現をもって田宮さんの遺志にこたえてゆく決意である。
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週刊『前進』(2007号6面3)
治安国家化との対決を 5 警察体制の戦時的転換−生活の全面的管理と統制
警察による戦争動員の攻撃
犯罪集団
一九九九年の神奈川県警厚木署集団警ら隊における隊員への集団暴行事件の表面化以来約二年、警察の組織的腐敗は依然、次々に表面化し続けている。昨年十二月には、福島県公安委員会委員長の交通違反もみ消し事件が明らかになった。まさに公安委員会のトップから末端警察官まで、警察権力は腐敗と犯罪にまみれているのだ。
二〇〇〇年に処分された警察官は、前年より百九十人増え、五百四十六人となったことが発表されている。だが、これも氷山の一角にすぎない。
日帝は、支配体制の維持のために日常的に警察を人民の闘いの破壊に奔走させている。それが、警察官一人ひとりの人民蔑視(べっし)と警察の組織的腐敗を生み出しているのだ。帝国主義国の警察は本質的に腐敗した犯罪集団なのである。
権限強化
こうした警察腐敗に対する人民の怒りが拡大する中で、日帝権力は二〇〇〇年三月、氏家斉一郎日本テレビ社長を座長に、中坊公平など六人で警察刷新会議を設置し、刷新会議は同年七月十三日に緊急提言をまとめた。これを受けて国家公安委員会と警察庁は八月二十五日、警察改革要綱を決定した。
要綱は、「改革」の第一の柱として「警察行政の透明性の確保と自浄機能の強化」をあげる。その具体的内容は、「厳正な監察の実施」「公安委員会の充実」などである。
人民による外部監視は絶対に認めないということであり、公安委員会を使った警察の中央集権的統制と将来的な自治体警察の解体=FBI型の国家警察の復活に狙いがある。
第二に、「『国民のための警察』の確立」と称して「国民の身近な不安を解消するための警察活動の強化」「被害者対策の推進」などが掲げられている。
これは警察権限の露骨な強化要求であり、警察が先頭に立って社会防衛主義をふりまき、人民を警察のもとに動員、組織化していこうという超反動的狙いをもつものである。具体的項目に設置があげられた警察署評議会は、警察署単位で警察が地域住民を組織する機関である。原則として全国千二百六十九カ所の警察署すべてに、今年六月一日までに設置される。
そしてこの緊急提言の中で、「『民事不介入』についての誤った認識の払拭」が明言されたことを重視しなければならない。警察の人民生活への介入に対する歯止めである「民事不介入原則」を解体し、これまで戦後警察が踏み込めなかった、人民のあらゆる人間関係、経済・社会関係に介入し、規制、統制しようというのだ。特に、労働争議への警察の介入が加速されるに違いない。
第三に、「新たな時代の要請にこたえる警察の構築」として、「組織犯罪との対決」「ハイテク犯罪対策の抜本的強化」「広域犯罪への的確な対応」「安全かつ快適な交通の確保」が掲げられている。
大失業と戦争動員の攻撃のもとで、全国あらゆるところからさまざまな手段で労働者人民の怒りの決起が生み出されてくる。警察はそれらを「組織犯罪」として身構え、それを圧殺しうる強大な警察機構の構築を必死で追求しているのだ。そのために、五年間で一万数千人という警察官の大幅増員も着手されている。
とりわけ警察は、人民の新たな交通手段として重要性を増しているインターネットを規制しきれていないことに危機感をもち、サイバー犯罪条約締結や電子メール盗聴や暗号規制などによって弾圧を強めようとしているのだ。
戦争動員
日本の警察は、当初から犯罪捜査機関=司法警察ではなく、支配体制防衛のための政治警察=行政警察として内務省のもとに形成された。そして、全国津々浦々にまで配置された交番、駐在所をとおして人民を生活のすみずみまで監視・統制し、天皇制支配体制のもとに屈服させ、自警団的に動員・組織する機関として存在してきたのだ。
とりわけ、日帝の侵略戦争の拡大と帝国主義戦争への突入の中で、警察は、産業報国会の結成などをとおして人民の戦争動員の第一線機関としてその位置を高めたのである。
敗戦と労働者人民の戦後革命への決起は、内務省の解体と中央集権的警察の分割として、特高警察を頂点とする日帝の治安弾圧体制に大きな打撃を与えた。
それゆえ、特高警察を公安警察に転換してかろうじて延命させた日帝警察は、中央集権警察の再建、行政警察権限の拡大を、戦後一貫して追求してきた。九四年、九六年の警察法改悪は、警察の管轄区域制限の事実上の撤廃=広域捜査権の獲得による中央集権制の強化と、「生活安全局(生活安全部)」「地域課(地域部)」設置などをとおした公安警察による全警察機構の支配として、そのひとつの到達点を作り上げた。
そして今や日帝・警察は、人民の団結解体と警察のもとへの組織化、戦争動員と全生活の警察的統制という新たな質をもった攻撃に出てきているのである。
昨年十二月十五日に日本記者クラブで警察庁長官・田中節夫は、「現在の都道府県警察のあり方を見直す」として、FBIのような国の警察組織の設置を主唱した。盗聴法、組対法、団体規制法などの治安弾圧法と一体となった警察権力の強化が図られているのである。
戦争国家化と対応した治安(法)の強化=政治警察との厳格な対決は、革命党と労働者階級の第一級の義務である。警察の腐敗の露呈で呼び起こされた警察への人民の怒りの先頭に立ち、日帝・国家権力の暴力装置である警察を人民の広範な統一した力で解体しよう。
(武上四郎)
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