週刊『前進』(1987号1面1)
「JR総連本部打倒」と黒田が宣言
分裂カクマル打倒し21世紀へ党勢の倍増に総決起しよう
1・27国労続開大会決戦へ全力を 改憲阻止・都議選勝利を
激動の二十世紀が幕を閉じ、新たな世紀が訪れようとしている。来る二十一世紀こそ、全世界の労働者階級と被抑圧民族人民が、死の苦悶(くもん)にあえぐ帝国主義を打倒し、スターリン主義を打倒して、プロレタリア世界革命の完遂をかちとる勝利の時代としなければならない。今や没落帝国主義=日帝は、世界大恐慌・ブロック化情勢への突入と争闘戦での敗勢にあえぎ、再び絶望的なアジア侵略戦争に唯一の延命の道を求めて、改憲攻撃に本格的に突進し始めた。ここに森第二次改造内閣の最大の本質がある。この日帝と全面対決し、転向した日本共産党をのりこえて、わが革共同こそが、六千万プロレタリアートのいのちと未来に全責任をとる真の労働者党として、飛躍的な成長をかちとる時が来た。黒田=カクマルによるJR総連へのファシスト支配が大崩壊を開始したことは、まさにその新たな時代の始まりを告げ知らせている。今こそ黒田=カクマルを完全打倒し、国鉄決戦の勝利と二〇〇一年都議選の勝利へ突撃しよう。改憲阻止闘争の大決戦化をかちとろう。その一切をかけて年末一時金カンパ決戦と機関紙拡大・党勢倍増へ総決起しよう。
第1章 21世紀は世界革命を完遂する激動の世紀
二十世紀から二十一世紀への歴史の転換点を迎えた今日、内外情勢の激動は、闘う労働者階級人民に、飛躍し挑戦すべき重大な課題をつきつけている。
今や帝国主義の基本矛盾が二九年型世界大恐慌とブロック化、争闘戦激化、新たな世界戦争として再び大爆発する時代がついに始まったのである。崩壊したスターリン主義(ロシア・東欧)と残存スターリン主義の危機は、世界の独占的分割・再分割、支配・再支配をかけた帝国主義国家間の争闘戦を激しく促進するものとなっている。
帝国主義は、各国の労働者階級を資本による極限的な搾取と収奪、大失業攻撃の中にたたき込み、被抑圧民族人民への凶暴きわまりない侵略戦争と民族抑圧・圧殺の攻撃に突き進もうとしている。それはついには新たな帝国主義戦争・核戦争=第三次世界大戦の爆発へと全世界を引きずりこむものとなる。
これに対して、一九一七年のロシア革命をもって現実に開始されながら、スターリン主義の歴史的大反革命、大反動ゆえにその完遂がおしとどめられてきたプロレタリア世界革命の事業を、今こそ継承し大発展させることが問われている。このことをはっきりと決意し、「革命の二十一世紀」へ断固として突入していく時を迎えたのだ。
実際に、帝国主義の危機は限りなく深まっている。米大統領選は、アメリカ国内を真っ二つに割る激しい党派的分裂と激突を繰り返す中で、米帝の政治危機、階級支配の危機を満天下にさらけ出すものとなった。ようやく決定したブッシュ新政権のもとで、米帝の世界支配の危機と国内の階級対立、民族的人種的諸対立が一層加速度的に深まっていくことは必至である。
その背後には、これまで基軸帝国主義として世界を支配してきた米帝の、その力の急速な後退がある。米経済のバブルが頂点に達し、その崩壊|世界大恐慌の本格化がいよいよ切迫してきているという大問題がある。大統領選に現れた米帝ブルジョアジーの大分裂と抗争は、これらにますます拍車をかけるものとなっている。
米帝ブッシュ新政権は、こうした内外の危機を突破するためにも、これまで以上に帝国主義間争闘戦、とりわけ対日争闘戦に一切をかけて激しく打って出てくることは必至だ。経済安保戦略を全面的に発動し、日帝の帝国主義としての弱体化、たたきつぶしを露骨に狙ってくる。そして日帝のアジア勢力圏化阻止とアジアにおける米帝の政治的軍事的覇権の再確立のために、朝鮮・中国への侵略戦争政策を一層凶暴に強めてくることは明白だ。
こうした中で日帝は、争闘戦での敗勢と経済危機・政治危機からの出口をまったく見出すことができず、帝国主義としての歴史的没落の危機にあえいでいる。日帝経済は九七〜九八年に恐慌過程に突入し、金融資本・大資本救済のための破滅的な超放漫財政の展開によってもそこからの脱出を果たしきれないままに、今や国家的破産とも言うべき状況に直面しつつある。
日帝ブルジョアジーにとって現状突破の道は、労働者階級人民への極限的な犠牲転嫁と対米対抗的なアジア侵略・ブロック化への絶望的な突進しかない。だがそれは、米帝との全面激突となり、アジア人民とのむきだしの激突、国内労働者人民との激突となる。しかし戦後憲法的制約をひきずったままでは、日帝はこの激突に勝ちぬけない。
日帝支配階級の体内から今日、ファシスト石原の登場を最先端として、憲法九条を撤廃して再び戦争のできる国家へと転換しようとする衝動が噴き出しているのはこのためである。
実際に、むきだしの武力=侵略戦争の発動に訴えて自らの権益を暴力的に確保し、米帝に対抗してアジアを政治的軍事的にも制圧しきる力をもつことなしに、日帝がアジアに独自の勢力圏を形成することはできない。
それは、かつての日帝が朝鮮・中国への侵略、侵略戦争から第二次大戦へと突き進んだのと同じ破滅の道である。朝鮮・中国・アジア人民大虐殺の道、最後は沖縄戦とヒロシマ・ナガサキの再現という破滅の道を、労働者人民は許してはならない。
闘う労働者人民は、これに対して、「戦争国家化阻止=改憲粉砕・日帝打倒!」「闘うアジア人民と連帯し、日帝のアジア侵略を内乱に転化せよ」「米軍基地撤去=沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒」の三本の戦略的スローガンを新たにはっきりと掲げ、日帝打倒と全労働者階級と被抑圧民族の世界史的な解放をかけた改憲阻止決戦に、総決起していかなくてはならない。これが、激動の二十世紀を締めくくる最後の結論だ。
第2章 改憲と大資本攻勢の超反動森政権を倒せ
十二月五日発足した第二次改造森連立内閣は、改憲と戦争国家化へと、なりふりかまわず全力でのりだそうとしている超反動政権である。また他方で、中央省庁の再編を突破口に、労働者階級への一大資本攻勢と戦後的諸権利の剥奪(はくだつ)を国家主導で暴力的に推し進めようとする政権である。
新内閣は、現首相・自民党総裁である森のほかに橋本、宮沢という二人の首相経験者、河野も入れて三人の総裁経験者を入閣させて発足した。日帝の体制的危機・政治危機の絶望的な深まりを前にして、階級闘争の圧殺と改憲攻撃への本格的な踏み込みを全ブルジョアジーの唯一最大の結束点として押し出すことで成立した政権である。
それを象徴するのが、五日の就任記者会見での高村法相の発言だ。憲法について、「不磨の大典というわけではないので、常に時代の流れに従って考えていかねばならない。時代に合わなくなっているものがあれば、改正は十分にあり得る」と公言し、その「機は熟しつつある」とさえ述べたのである。本来、憲法に従って行動することがその最大の職務であり義務であるはずの法務大臣が、率先して改憲を公然と叫んでいるのだ。
さらに、町村文相は同じく五日、教育基本法について「部分的に字句修正するのではなく、新しい教育基本法を書き下ろす心構えでやったほうがいい」と宣言し、教育基本法の改悪=改憲を自らの最大課題とする意思を明確にした。このことは、十二月二十二日に出される予定の教育改革国民会議の最終報告でも明示に打ち出され、奉仕活動の義務化(徴兵制と学徒動員への突破口を開くものだ!)や、「不適格教員」の排除など、戦後の反戦教育・民主主義教育の全面解体が、本格的な大攻撃として開始されようとしている。
また斉藤防衛庁長官は、「有事法制は必要だ。二十年以上研究しており、法整備が望ましい」と言い切り、次期通常国会から有事立法の攻撃に本格的に踏み出そうとしている。防衛庁の「防衛省」への昇格をも公然と要求してきている。空中給油機の導入についても「日本が後れをとってはならない」と言い、中曽根政権以来の大軍拡に踏み出すことを宣言した。
元首相の橋本が行革・沖縄問題担当大臣となったことも重大だ。橋本はそもそも新安保ガイドラインを締結し、沖縄に普天間基地の名護移設=新基地建設の攻撃を仕掛けた張本人だ。日帝・森政権が沖縄闘争圧殺のために、その橋本を再び先頭に立てて動き出すことを許してはならない。
こうした改憲攻撃=戦争攻撃と表裏一体の関係にあるものとして、労働者階級への大資本攻勢がこれまで以上に恐るべき勢いで吹き荒れようとしている。その最大のものは、言うまでもなく国労解体攻撃だ。
運輸省・建設省など四省庁を再編統合した国土交通省の初代大臣に就任した保守党の扇は、JRの二〇〇一年三月完全民営化を最重要課題として押し出し、そのためにも千四十七人闘争の圧殺・解体を狙ってきている。これと一体となってJR東日本が新たに二〇〇六年までの一万人合理化計画を打ち出し、第二の分割・民営化攻撃がいよいよ本格化する。
他方で、二〇〇三年郵政事業公社化を始め省庁再編に伴う一大リストラ攻撃や、社会保障制度の解体攻撃が決定的に激化している。石原都知事による都労連への攻撃、ファシストの正体をむきだしにした福祉解体攻撃や増税攻撃は、その最先端を行くものだ。
これらは、従来の雇用・賃金体系をすべて破壊し、労働者階級の戦後的既得権をことごとく剥奪して資本の無制限な搾取と収奪のえじきとしていく攻撃だ。大失業と飢餓賃金を強制し、そのために労働組合的な団結権を奪い、解体しようとしてきている。民間ですでに先行しているこの攻撃を、政府と国家の主導によってさらに大々的に展開し、労働者階級の闘う力と団結を根こそぎ圧殺することを狙っているのである。
だがそれは、裏を返せば、恐慌・大失業下で不可避に進行する階級対立の激化・非和解化の中で、日帝ブルジョアジーが労働者人民の怒りの爆発をいかに恐れているかの現れである。すでに、連合支配の大動揺と全労連をも巻き込んだ労働戦線の大流動の中で、階級的労働運動の新たな火の手が、次々と上がってくる情勢が訪れている。七・一臨時大会に始まった国鉄決戦の爆発と十一月労働者集会の成功は、その展望をはっきりと開いたのである。
森政権とファシスト石原を先頭とした改憲と戦争と反動の攻撃、大失業と生活破壊の攻撃に対し、労働者人民の階級的総反撃を断固としてたたきつけなくてはならない。一・二七国労続開大会決戦の勝利へと総決起し、「四党合意」粉砕の最後的勝利へ進撃しよう。教育改革攻撃と対決し、来春「日の丸・君が代」闘争の全国的大爆発に向かって突き進もう。二〇〇一年春闘の爆発をかちとろう。
名護新基地建設阻止を頂点とする沖縄闘争、三里塚闘争、北富士闘争などのさらなる発展をかちとり、有事立法粉砕・侵略戦争絶対阻止の闘いに立とう。あらゆる闘いの水路から改憲阻止への大運動を巻き起こそう。
来年六月の都議選は、それら一切の闘いの成否を決する闘いだ。結柴誠一候補を押し立て、二〇〇一年前半の最大の決戦として都議選の絶対勝利をかちとらなければならない。
第3章 「階級敵」とJR総連本部に白色テロ宣言
こうした情勢のただ中にあって、ファシスト・カクマルが分裂し、黒田=カクマルによるJR総連のファシスト支配がついに大崩壊する歴史的局面を迎えている。今後の日本階級闘争、労働運動を一変させる重大事態への突入である。
カクマル最大の組織実体であったJR総連のカクマル=黒田からの丸ごとの離反は、カクマル総体を大混乱と崩壊のふちにたたき込んでいる。同時に、カクマルのファシスト支配のもとに抑えつけられてきたJR労働者の階級的めざめと決起への弁を開け放ち、国鉄労働運動の新たな発展への諸条件を生み出す巨大な契機となりつつある。
さらには、七〇年代以来のK=K連合(警察=カクマル連合)を背景としたカクマルの労働者人民に対する白色テロ支配を最後的に打ち破り、逆に闘う全人民によるカクマル完全打倒の総蜂起の時が来たことを告げ知らせるものである。この決定的な情勢をつかんで逃さず、今こそ黒田=カクマルを完全打倒する闘いに全力を挙げて総決起しようではないか。
カクマルによるJR総連OB坂入充の拉致・監禁と「内部思想闘争」という名のテロルは、カクマルのファシスト的正体をあますところなく示した。カクマルはこの拉致・監禁を反革命通信紙上で公然と認め、居直った。しかもJR総連・小田委員長に脅迫状を送りつけて「次はお前だ」と叫んでいる。
自らと対立する者を拉致・監禁してむきだしのテロ・リンチを加え、必要とあれば虐殺し、その反革命暴力の恐怖をもって労働者や学生に屈服を迫り、人民の闘いを圧殺してきたのがカクマルだ。黒田はこの白色テロルを、おぞましくも「マルクス主義=ヒューマニズム」などと言いつつ、その「組織現実論」を物質化する最大のテコとして、自らの組織成員をもそのもとに支配してきた。
そして今、JR総連の離反に際し、「JR総連本部執行部ならびに九州労残存北執行部を階級敵と断罪し、これを打倒することを宣言する」(反革命通信第一六四九号、「わが同盟の戦闘宣言」)として、JR総連への白色暴力の満展開に総力を挙げてのめり込もうとしている。
だが、今日のJR総連の現実は、まさに黒田=カクマルの指導によってこそ生み出されたものではなかったのか。カクマル黒田が松崎明とともに国鉄分割・民営化を日帝と一体となって推進し、ファシスト的な労使協力路線を十数年にわたって物質化し続けてきたことが、日帝危機とJR資本の新たな大合理化攻撃への突入の中で大破産し、その矛盾と危機を大爆発させた。ここに問題の核心がある。起きているのは黒田と黒田路線の全面破産だ。このことに責任もとらず、下部の「未熟さ」に転嫁して、白色テロを振るうファシスト党首・黒田に、闘う人民が引導を渡してやらなくてはならない。
強大な党建設が勝利を開く
最後に、二十一世紀への突入を目前にして、わが革共同の強大な建設を今こそ飛躍的に闘いとることを訴えたい。
この二〇〇〇年、われわれは衆院選決戦、沖縄サミット決戦、国鉄決戦」十一月労働者集会を全力で闘い、森政権とファシスト石原による大反動を打ち破って、日本労働者人民の勝利へ向かっての新たな進撃の時代を切り開いた。これを可能にしたものこそ、反帝国主義・反スターリン主義プロレタリア世界革命の旗のもとに、真の革命的共産主義=労働者階級自己解放の思想を復権させて闘いぬいてきた、わが革共同の数十年にわたる革命党建設の営々たる歴史とその到達地平にほかならない。
われわれは労働者人民に呼びかける。スターリン主義日本共産党の歴史的大転向を始めとして、既成の全政党・全勢力が日帝の改憲攻撃の前に次々と屈服を深めている中で、帝国主義と対決し、労働者階級の階級的利害と未来のために断固として闘いぬく党は、わが革共同以外にない。わが党は、権力や反革命との幾多の内戦的激突の試練をへて、打ち鍛えられてきた党であり、必ず勝利する党だ。闘う労働者、学生、人民は革共同に結集しよう。ともに闘い、巨大な党へと成長させようではないか。
超長期の獄中同志を絶対に奪還しよう。
機関紙の大幅拡大、党勢倍増を実現しよう。年末一時金カンパ決戦に総決起し、二十一世紀への関門を押し開こう。
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週刊『前進』(1987号1面2)
JR採用差別北海道・九州事件高裁反動判決弾劾
十二月十四日、東京高裁第七民事部(奥山興悦裁判長)は、北海道・九州のJR採用差別事件についての控訴審判決を言い渡した。判決は、九八年五・二八東京地裁反動判決を追認し、中労委と国労の控訴を棄却した。十一・八本州事件高裁判決に続く反動判決であり、採用差別事件の判決の中でも最悪の超反動判決である。「国鉄に不当労働行為に該当する行為があった場合でも、設立委員ひいてはJRが不当労働行為の責任を負うことはなく、中労委命令は違法」と断じ、しかも「新規採用」であるから労組法七条一号の組合所属による不利益取り扱いについての「不当労働行為が成立する余地はない」とまで言い切っている。
「JRに法的責任なし」を核心にした「四党合意」を強要する国家権力の意を体し、裁判所自らが国家的不当労働行為の最凶悪の加担者になったと断じなければならない。憲法二八条、労組法および労働委員会制度を否定し、団結権を破壊し、日帝資本の大リストラ・首切り攻撃を奨励する許しがたい判決である。ILO九八号条約に違反していることも明らかだ。
国労闘争団は十一日から運輸省前座り込み行動を行い、運輸省・労働省に対して闘争団の「解決要求」を突きつけた。そして十四日には裁判所前に北海道・九州を始め百人を超える闘争団員、JR本体の組合員、支援が集まり、「不当判決糾弾」と腹の底からの怒りの叫びを上げた。闘争団員は「どんな判決が出ても不当労働行為の事実は消えない」「あらためて絶対に負けるわけにはいかない闘いだと決意した」「闘争団自らの闘いで要求を上げる闘いをやる」と訴えた。闘争団が政府に突きつけた要求を実現するために闘おう。
「四党合意」を承認した国労中央本部は、この判決にあらかじめ屈服しているのだ。十二・一四反動判決を徹底弾劾し、国労続開大会に向けて、「四党合意」絶対阻止、現本部執行部打倒へ闘おう。
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週刊『前進』(1987号1面3)
年末カンパへの圧倒的な協力を今一度訴えます
すべての労働者、農民、学生、市民の皆さん。革共同は、二〇〇一年を日本革命の勝利に向けた労働者階級の時代として切り開くために、より一層のご協力とともに、革共同へ年末一時金の多額のカンパを寄せられることを心から訴えます。
二十一世紀への突入を目前にして世界史は決定的な歴史的転換点に立ち至っています。帝国主義の基本矛盾が全面的に爆発する時代、戦争と革命の時代を迎えようとしているのです。この間のできごとは、米帝経済のバブルの破綻(はたん)が現実のものとなってきており、現代世界は、再び二九年型世界大恐慌の本格的爆発過程へと突入しています。
日本帝国主義もまた、膨大な過剰資本をかかえて、長期大不況の泥沼にあえぎながら、外からの争闘戦=帝国主義的重圧も加わる中で、一切の犠牲を労働者・人民に転嫁しつつ、同時に排外主義的攻撃を強めながら、体制的延命をかけて、朝鮮・アジアへの侵略・侵略戦争に突き進もうとしています。その頂点としての攻撃が、有事立法と改憲の攻撃としてかけられています。
一九三〇年代がそうであったように、大恐慌への突入の時代は、同時に数百万、数千万の労働者階級の怒りの決起が爆発する時代です。帝国主義とスターリン主義の抑圧に対する怒りの闘いが、東欧で、中東・パレスチナで、インドネシア、フィリピン、南朝鮮・韓国を始め、アジアでも開始されています。
腐敗し非人間性をあらわにしてのたうち回る帝国主義とスターリン主義を打倒し、人類史の前史に終止符を打つ展望が広がっています。
二〇〇一年の日本の労働者には、日本帝国主義を打倒するために、六〇年、七〇年安保闘争をはるかに超えるようなより広範で荒々しい闘いが求められています。二十一世紀の日本階級闘争は必ずそのような状況を迎えます。
すでに、日本共産党は労働者の「前衛政党」であることを放棄し、有事=戦争の時に自衛隊を使うことを認め、転向と裏切りの道をひた走り、スターリン主義としての延命を策しています。
現代のナチス=カクマルはJR総連の分裂や拉致事件として現れているように、後戻りできない深刻な内部矛盾・対立を激化させています。七〇年闘争以来、三十年にわたって革共同と労働者階級に白色テロをもって攻撃してきたファシスト・カクマルが最大の危機を迎えているのです。革命に向かってこれほど素晴らしい情勢はありません。ついに、カクマル打倒の絶好機が到来したのです。
社・共に代わる労働者の党=革命党、革命的共産主義運動の世界史的登場が切実に待ち望まれているのです。
問われているのは強大な革共同の建設です。すべての皆さんが、革共同とともに闘いに決起されることを訴えるとともに、熱烈な支持と資金カンパを寄せられることを心からお願いします。
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週刊『前進』(1987号2面1)
黒田路線と指導の誤りが危機の元凶 反省もせず下部に責任転嫁
今度は北(九州労委員長)の拉致未遂事件
カクマル支配打倒へ反乱拡大を
JR総連の全面離反に危機感を深める黒田=カクマルは、なりふり構わず白色テロにのめり込んでいる。JR総連OB・坂入充の拉致・監禁事件(十一月三日)に続き、カクマルによる新たな拉致・監禁未遂事件が発覚した。十一月二十四日にJR九州労の北弘人委員長を博多で拉致しようとして別人を捕捉し、間違いに気づいてほうほうの体で逃げ帰ったのだ。自らがつくりだした路線的破産を居直り、反対者の暴力的抹殺でのりきろうとするファシスト的で無責任なやり方は、黒田の常とう手段だ。坂入の拉致・監禁に対してJR総連の側は、「坂入さん救出にご協力を」というビラを、全国各地、都内JR各駅頭、さらに早稲田のカクマル解放社の周辺でまくという行動を起こしている。ついにJR総連の内部から燃え上がったファシスト・カクマル黒田打倒・一掃の反乱を拡大せよ。追いつめられたカクマルは、反革命通信『解放』最新号(十二月十八日付)で、監禁中の坂入をカクマルの追及集会に見せしめ的に引き出した時の写真を大きく載せ、同時に「JR総連本部執行部を階級敵と断罪し、打倒する」と「宣言」して、何の成算もない絶望的、自滅的な白色テロに一層のめり込んでいる。今こそ、闘う全労働者は奮い立ち、JR総連のカクマル支配を完全に粉砕するために闘おう。そして自治労・教労・全逓を始めとする全国全産別の組織・戦線、全国の学生戦線から、動揺と危機を深めるカクマル分子どもをたたき出そう。白色テロ集団、黒田=カクマルの完全打倒をめざし、年末から二〇〇一年の大攻勢に猛然と決起しよう。
OB会を狙って待ち伏せ別人を捕捉し慌てて逃走
JR総連OB・坂入の拉致・監禁、北委員長の拉致未遂、小田裕司JR総連委員長への脅迫など一切は、カクマル頭目・黒田寛一の指示で行われている。そして直接の実行者は、この間盗聴・窃盗・白色テロなど数々の悪行を繰り返してきたカクマル白色テロ部隊である。
北委員長の拉致未遂事件は、「JR総連通信」十一月二十七日付によると以下のとおりである。
二十四日、JR九州労福岡地本主催のOB会が博多グリーンホテルで開催された。会場周辺で待ち伏せしていた三人のカクマル分子は、出入りするJR九州労役員・OBを付け狙っていた。そして、北委員長らを発見するや駆け寄り、「北を捕捉した」と叫び、携帯電話で他のメンバーへ連絡を取った。
ところが、「本当にどうしようもなく間抜けなテロ集団・革マル派」は、北委員長と「大先輩OB」とを間違えたあげく、「お前たちこそ誰だ。名を名乗れ」と詰め寄られ、「人違いでした。すみません」と謝り、そそくさと逃げ去った。
カクマルは、東京から白色テロ部隊を動員して事件直前の二十二日にJR九州労の組合集会に押しかけ、集まった組合員に向かってば声を浴びせた。その同じカクマル分子が、二日後に北委員長の拉致を強行しようとして失敗したのだ。
JR総連は、「この事態は明らかに、北委員長の誘拐を狙った卑劣きわまりない犯罪行為である」と弾劾し、さらにカクマルを「労働者の゛前衛党″をかたる労働者の敵」とか「侵入、暴力、窃盗、拉致、監禁、盗聴、盗撮、尾行、張り込み等を繰り返すテロ集団」と言って弾劾している。
これが埼玉での坂入拉致事件と同様に、黒田の直接指示に基づくものであることは明らかだ。黒田は十月五日にJR九州労から組合員が大量脱退した直後に、寝首をかかれた怒りのあまり、反革命通信『解放』で「ダラ幹を突きおとせ、黒洞洞の闇へ」とか「奈落におとせ」とか「地獄に落せ」などという激しい言葉でJR九州労幹部を非難している。
黒田はこの憎悪の心情を、白色テロ部隊を動かして実行に移したのである。拉致・監禁している坂入にJR九州労組合員の大量脱退に至る経過を無理やり吐かせ、「四人組」の背後に北委員長がいたことを聞き出して激高し、北委員長の拉致を狙ったのだ。路線的破産を反革命暴力で打開しようとするのが、まさに黒田とカクマルの本性なのである。
「内部思想闘争」で坂入の抹殺狙うファシスト集団
黒田=カクマルは、もはや白色テロ、血の粛清にのめり込む以外に延命の道が一切ないという危機にたたき込まれている。だが、白色テロにのめり込めばのめり込むほど、カクマルの危機は一層全戦線に広がっていくのだ。
坂入がカクマルによって十一月三日に拉致・監禁されてから、すでに四十日以上経過している。
カクマルは『解放』と『進撃』(交運労働者委機関紙)紙上で、坂入を拉致し監禁したのが自分たちの仕業であることを、実にふざけきった口ぶりで公言している(写真参照)。いわく「おおっと! それだけではありません。かんじんなのは、南雲じしんの゛精神の病″の深刻さなのである」と。しかも「精神の病を治療するためには、なおかなりの時間を要する」とか、「この古参党員の精神的アルコール中毒と生理的アルコール中毒を治癒することはわが党がなすべき当然の任務である。彼の精神的生理的病いが治癒するまで、わが党は彼とのあらゆる闘いを続行する」(『解放』十二月十一日付)などと、カクマル特有のファシスト的な差別主義をむき出しに、内部思想闘争と称して白色テロルを振るい、今後も監禁し続けることを開き直って宣言している。
監禁されている坂入は、JR総連内で松崎に次ぐ大きな影響力を持つ古参メンバーである。この坂入に対して、黒田=カクマルは最近出した『日本労働運動に炎を』の冒頭論文で次のように坂入(南雲)に対する憎悪をむき出しにしている。
「六十歳の退職直前の時期に、ある会合で『労働者はなぜ搾取されるのだ?』などという愚問を発した一組合員(南雲)は、同時に六〇年代末葉においては……いわゆる『フラクションとしての労働運動』という偏向の権化でもあったのである。おのれが犯した過去の誤謬(ごびゅう)を理論的に反省しえない無能の今日的あらわれが、右のような愚問なのである。それだけではない。ごく最近になって、『会長は過去の人だ』などとほざくまでにこの面従腹背分子は腐敗しきっているのである」と。
坂入が「山本勝彦(黒田)は変質した」などとあからさまに批判したことに黒田は逆上し、肉体的抹殺すら狙っているのである。
自らに反対する者をすべて「病気」扱いし、「治療」「教育的措置」と称してテロ・リンチを加え、揚げ句の果てに粛清するのが、黒田=カクマルの卑劣な、差別主義的でファシスト的な手口であり、カクマル式「内部思想闘争」なるものの正体なのである。
九二年三月には沖縄高教組カクマルの高橋利雄を拉致・監禁しリンチを加えて殺害しながら、「自らの過失によって死亡した」と開き直った。
さらに、九三年七月から連続的に強行された「DI」ら賃プロ主義者に対する「血の粛清」。そして、同年七月には沖縄カクマル創始者・山里章を拉致し、それ以降一年以上にわたって監禁し「自殺」を強要し続けた。九四年十二月に山里は命からがら逃げ出し、沖縄に帰ったが、この直後から次々と沖縄カクマルメンバーが襲撃された。
こうした数々の内部テロが、黒田の「ツルの一声」で強行されてきたのである。黒田の「権威」なるものは、この白色テロ、粛清で反対者を屈服させ、抹殺することで維持されてきたに過ぎない。黒田哲学と「組織現実論」が革共同からの逃亡以降、急速に問題点を激化させ、日和見主義からファシストへ、そして最後に行き着いたのが「神戸謀略論」に示される「謀略論哲学」なのである。
解放社の周辺にJR総連がビラ
心臓病を病んでいる坂入の拉致、そして一カ月以上も監禁して無理やり、JR総連の組織問題の供述を迫り、さらに告発取り下げの手紙を書かせるというやり方に対して、JR総連は抗議のビラまき行動を大々的に展開している。十一日には東京・早稲田のカクマル「解放社」の周辺で、JR総連組合員が戸別ビラ入れを行うという画期的事態が起きた。
さらに十三日以降まかれたJR総連のビラは、「革マル派は『社会の敵』」「人命も人権も踏みにじるやり方は反社会的集団・オウムと同じです」と弾劾し、「坂入さんの救出にご協力を」と呼びかけている。
黒田=カクマルは、カクマルを埼玉県警に告発した小田JR総連委員長にも脅迫状を送りつけ、それを『解放』紙上にも掲載している。いわく「バリケードをこえた者にはまいもどる場所はないのだ。唯一の道は、最後の勇気をふりしぼって権力に助けを求めている己を打倒することだ。それをしないなら、我々が君を打倒する」などと。
「ダラ幹」化は「労使協力」路線推進の必然的な帰結
黒田=カクマルは、JR総連の離反したカクマルグループを「ダラ幹」とば倒し、「企業内組合主義あるいは右翼日和見主義の誤りに落ち込んでいる」と非難し、あたかも正義は自分たちの側にあるかのポーズをとっている。だが、それは黒田特有の自己保身と責任逃れの卑劣な手口である。
JR総連カクマルの総失陥、カクマルの文字どおりの「本来の戦線」の大崩壊は、革共同から脱落・逃亡して四十年間、黒田=カクマルが行ってきた反革命的理論と実践の総結果であり、その完全な破産を示すものだ。
黒田=カクマルがご都合主義的に「ダラ幹」などと非難するJR総連執行部の腐敗それ自体が、黒田のお墨付きのもとに松崎明(JR東労組会長、カクマル副議長)らが進めてきた国鉄分割・民営化への全面協力・屈服路線、その後の「ニアリーイコール=労使協力」路線の必然的な産物である。黒田と松崎にはその一切の指導責任こそが問われているのだ。
前述の新刊本の中で、黒田=カクマルは「動労・国労の(カクマルの)労働者たちは……たたかったにもかかわらず一敗地にまみれ、『国鉄改革』に協力させられることになった」などと書いているが、これほど破廉恥な言い方はない。
お前たちは、二十万人もの国鉄労働者の首を切り、二百人を超える労働者を自殺に追い込んだ分割・民営化攻撃の最も凶悪な先兵となって国鉄労働者に襲いかかったのだ。そして国労・動労千葉破壊、総評破壊を始めとする階級的労働運動破壊の先兵となったのだ。その反革命的大罪を、「協力させられることになった」などという、まるで他人がやったことのように、さらっと言い抜けるペテンが、いったいどこで通用すると思っているのか!
黒田・松崎の反革命的決断でカクマルが国鉄分割・民営化の最先兵となったことは、黒田・松崎・カクマルの体に刻み込まれた、永遠に消し去ることのできない階級的大罪なのだ。
そのことをごまかそうとして、今ごろになって「労使協力は労使協調とは違うのだ」とか「労使一体化は誤りである」とか、「路線どおりにやらないのは、学習を怠って俗人化しているからだ」などと言っても、まさにそれは黒田の卑劣な責任逃れでしかない。
JR総連カクマルの大失陥を生み出した決定的な要因は、動労千葉と国労闘争団を先頭とする国鉄労働者の営々たる闘いだ。これがカクマル=JR総連を分割・民営化、二十万人首切りの先兵となった階級的大罪の原点に引き戻し、労働運動世界での圧倒的な孤立をつくり出してきたのだ。
そして、それと結合してわが革共同が、「神戸謀略論」デマ運動を粉砕し、「鉄道謀略=列車妨害」がカクマルの自作自演劇であったこと、豊玉アジトが松崎直轄の白色テロ部隊の非公然軍事拠点であったこと、そして「カクマルは、盗聴と白色テロで労働者人民に敵対するファシスト集団だ」ということを全人民の前に暴いてきたことが、カクマルの圧倒的孤立をつくり出し、カクマルを追いつめ、JR総連の総失陥という歴史的事態をつくり出していったのである。
JR九州労からの脱退グループは、脱退にあたっての声明の中で「JR総連、JR九州労に対する様々な内外からの批判や指摘がなされ、民間労働組合としてのあるべき姿が問われてきました」と述べている。これはまさにカクマルの悪行の全社会的な暴露と弾劾の闘いが、どれほどJR総連カクマルを追いつめていったかを如実に示すものだ。
東労組カクマル絶対主義に反発
またJR九州労は、黒田・松崎のJR東労組カクマル唯一主義(他を犠牲にして東労組カクマルだけが生き残る反革命路線)に反発して、離反したのだ。
このように、どこから見ても今のJR総連の離反、カクマルの未曽有の危機は、黒田・松崎の反革命的基本路線そのものから必然化したものであり、カクマルの完全な党的破産を告げるものなのである。無責任な黒田が言うような、JR総連内のカクマル分子の「右翼組合主義」というレベルの問題ではないのだ。黒田哲学と「組織現実論」の反革命性、そのデタラメさの必然的な末路なのだ。
黒田=カクマルは、労働者階級を蔑視(べっし)し、せいぜいカクマルの党派的利益追求の道具、操作対象としか見ていない。カクマル新刊本の巻頭論文では、失業者やフリーターは「日本型ネオ・ファシズムの尖兵となり、またその予備軍となるものでしかない」とか、「完全に空洞化した一般的な市民的労働者たちは、戦前のような軍国主義のイデオロギーの洪水にみまわれるならば、たちまち現存支配体制にあみこまれるであろう」と、労働者階級に対する絶望的な不信、侮蔑(ぶべつ)の思想を表明している。そして、唯一カクマルだけが「俗人的生活から訣別し」「連鎖的に核融合反応をおこしている地上の太陽である」などと、まったく独り善がりの主張を展開しているのだ。
こんなものは、マルクス主義の労働者自己解放の思想とはおよそ無縁のファシスト思想である。
JR総連傘下の労働者は今やカクマルの反労働者的、ファシスト的正体を見抜き、目覚めて、立ち上がる時だ。そして、カクマルを打倒・一掃し、JR東資本の一万人大合理化計画を始めとする大リストラ攻撃への反撃に立とう。「一人の首切りも許さない」という労働組合運動の原点に立ち返り、階級的労働運動を職場によみがえらせよう。そして動労千葉、動労総連合、闘う国労組合員と連帯、合流して闘おう。
もはや黒田とカクマルに「二十一世紀」はない。あるのは労働者人民の階級的怒りで打倒される運命だけである。
JR総連内の残存カクマル分子どもよ。そして教労・自治労・全逓を始めとするすべての産別カクマルよ。学生カクマルよ。諸君は、黒田の反革命ファシスト運動、反米愛国主義の日帝擁護運動、闘う人民に対する白色テロと、内部テロ=血の粛清の共犯者の道を歩むのか。そして、黒田・松崎ともども労働者人民によって打倒される運命を選ぶのか。よく考えてみよ!
われわれは、到来した帝国主義の基本矛盾の全面的爆発の時代に、日本革命―世界革命勝利のための重要な跳躍台として、必ずやファシスト・カクマルを完全打倒する決意である。
すべての労働者人民の皆さん、国鉄労働者の皆さん! ともに闘おう!
【JR総連とカクマルをめぐる最近の動き】
10月5日 JR九州労から組合員651人が集団脱退。その後、17日に2度目の大量脱退が行われ、脱退者の合計は737人(全組合員数の8割)に。
9日 カクマル中央から派遣された小西・神保・浅野の3人が福岡の九州労事務所に侵入し、「狩生(副委員長)、北(委員長)はどこだ」と叫び、杉山書記長に暴行、組織重要書類を盗み出す
11月3日 カクマルが埼玉県で坂入充JR総連OB(JR労研中央事務局長)を拉致・監禁
4日 カクマルの男女2人が坂入宅を訪問し、心臓病の薬と印鑑を要求。男はカクマル最高幹部の木下宏(西条武夫)
16日 JR総連が埼玉県警に「告発状」を提出
JR総連が東京・晴海で緊急抗議集会
20日 カクマルが「海道錨」を名のって、小田裕司JR総連委員長に「告発を取り下げろ」「それをしないなら我々が君を打倒する」と脅迫状を送る
22日 JR九州労の組合集会にカクマルが押しかけ、会場入口で組合員にば声を浴びせる
24日 カクマルが博多で北弘人JR九州労委員長を拉致しようとしたが、人違いして未遂に終わる
27日 カクマルが監禁中の坂入から聞き出した内容を同日付の機関紙『解放』に掲載。また小田委員長に「告発を撤回せよ」と迫る
27日 小田JR総連委員長が、脅迫状の件でカクマル「海道錨」を埼玉県警に告訴
27日以降 カクマルが『進撃』(第4号)と題するビラをJR社宅などでばらまく。坂入の拉致を自認し、「治癒するためには、なおかなりの時間と革命的マルクス主義の薬が必要」と長期監禁を示唆
30日以降 JR総連が「尋ね人―坂入さん救出にご協力を!」というビラを主要駅の駅頭でまく
12月11日 JR総連が「尋ね人」のビラを東京・早稲田のカクマル解放社周辺に全戸配布
13日 JR総連が坂入救出を訴えるビラを駅頭配布。カクマルを「社会の敵」「人命も人権も踏みにじるやり方は反社会的集団オウムと同じ」と非難
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週刊『前進』(1987号2面2)
資本攻勢&労働日誌 11月22日〜12月7日
●JR東が1万人首切り案
●与党がNTT首切り提案
●私鉄総連が同額決着放棄 来春闘回答日は3月14日
●11月22日 日経連がまとめた年末賞与・一時金妥結状況によると昨年と比較して、金額で2439円、率で0.32ポイントそれぞれマイナス。
●24日 トヨタ自動車は2001年度から導入する60歳後の雇用延長制度の対象者を、技能系労働者だけでなく事務系労働者にも広げるが事務系は派遣・請負制度に。
●27日 健保連の発表によると、大企業の労働者が加入する健康保険組合の88.8%が、2001年度予算で赤字となり、赤字額は4109億円と過去最悪の見通し。
●28日 労働者派遣法の改悪で12月1日可能になる紹介予定派遣について労働省は「質問・回答」をまとめた。紹介予定派遣後の雇い入れは、3カ月などの有期雇用でも「差し支えない」としている。直接雇用ならいわゆる「正社員」でなくてもいいことに。
●29日 JR東日本が、2006年までの5年間の中期計画で、労働者1万人を削減すると発表した。
◇第2次NTT改革与党プロジェクトチームは、NTT東西地域会社の「過剰雇用」の早急な解消を求める報告案をまとめた。
◇松下電工の労組はストライキの際の賃金補てん用積立金の約6割(41億円)を組合員に返却する。
◇連合は定例の記者会見で、日経連との間で日本型ワークシェアリングについて労使の研究会を持つことで合意した、と述べた。
●30日 高齢者の患者負担に定率制を導入することなどを柱とする医療保険制度改悪関連法が参院本会議で可決、成立した。
◇日経連は、2000年春闘での「昇給、ベースアップ実施状況調査」の結果をまとめた(グラフ参照)。@ベア額は456円(0.1%)で過去最低、ベアを実施しなかった企業も52.4%で半数を超えるなど本来の賃上げである「ベア」が風前のともしび。連合集計(35歳)でもベアは493円(0.16%)で、大差ない結果。A昇給も下がり続けている。90年には2.5%あった昇給が2000年には1.9%にまで低下。年功的な昇給部分を縮小したことなどによる結果とみられる。
●12月1日 政府は特殊法人「改革」などを柱とする「行政改革大綱」を閣議決定した。
◇総務庁発表の労働力調査では、10月の完全失業率は前月横ばいの4.7%。完全失業者数は前年同月比3万人増の314万人で2カ月連続増加。労働省発表の有効求人倍率は前月比0.02ポイント増の0.64倍。
◇JC(金属労協)は協議委員会を開き、来年3月14日の水曜日が来春闘での大手労組の集中回答日になる見通しとなった。
●5日 中央職業安定審議会は、雇用保険3事業の給付金の見直しを求める建議を労相に提出した。
●6日 私鉄総連は中央委員会を開き、来春闘の賃上げ要求を「1人平均で2.2%(定昇相当分)プラス2900円(ベア分)引き上げる」ことにした。2年間続けた「30歳標準労働者方式」をやめ、1人平均のベア方式に変更。定昇は各組合バラバラなため、同額決着放棄を意味する。大手中央集団交渉が崩壊して5年目。文字通りの単組個別交渉になる。
●7日 昨年来、整理解雇4要件を骨抜きにする判決・決定を出している東京地裁への抗議・請願行動が1500人を結集して闘われた。
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週刊『前進』(1987号3面1)
「四党合意」撤回・現執行部総退陣へ渾身の総決起を
1・27国労続開大会決戦勝利へ
ILO勧告口実に受諾を迫る酒田東京地本委員長の策動粉砕せよ
国鉄闘争は、国労七・一臨大―八・二六続開臨大、さらに十・二八〜二九定期大会の偉大な闘いを引き継ぎ、「四党合意」撤回・現執行部打倒をかちとる大決戦に突入している。宮坂、新井らチャレンジ一派と革同上村一派は、政府、JR、JR連合の後押しを受け、闘争団を切り捨て国鉄闘争を終わらせるために「四党合意」を大会決定し、執行部に居座ろうと必死の形相であがいている。続開大会は来年一月二十七日に強行されようとしている。この大会が五・三〇「四党合意」以来のひとつの決着を求める大会になることは間違いない。年末年始の戦闘態勢を強化し、続開大会勝利、「四党合意」撤回・現執行部総退陣をかちとろう。
「四党合意」反対派こそ強力な多数派
続開大会に向けて以下の四点を確認したい。
第一に、「四党合意」撤回と現執行部総退陣が、妥協の余地がまったくない必須の課題だということだ。
「四党合意」を受け入れさせようとした敵の策動は根本的に破産している。政府権力の後押しを受けた宮坂・チャレンジ、上村革同の強行突破策動が三度も破産した最大の根拠は、「四党合意」が絶対に不正義であり、労働者階級の利害と非和解であるということにある。しかも、「四党合意」をあくまで推進しようとする確信犯は、宮坂・チャレンジ、上村革同の一握りの幹部だけである。「四党合意絶対反対派」は一番強力な多数派である。だから七・一以来の三度にわたる採決阻止の闘いが可能になったのだ。
宮坂・チャレンジ、上村革同はもちろん、自民党、政府・運輸省、JR資本は国労労働者の戦闘性に驚愕(きょうがく)し大打撃を受けている。何よりも闘うすべての労働者に限りない勇気を与えるものだった。
今必要なことは、このことにしっかりと確信を持って続開大会に総決起することだ。宮坂、新井、上村ら現執行部が「四党合意」をあくまで大会決定しようとするならば、さらに大きな怒りの決起は不可避である。このことを断固として突きつけ総決起しよう。
第二に、「四党合意」の持つ超反動性を徹底的に弾劾し、それへの怒りをバネに続開大会勝利へ断固として総決起していくことだ。
「四党合意」は、与党三党、すなわち政府が国労に対して「JRに法的責任がないことを臨時大会を開いて決定せよ」という支配・介入である。国家的不当労働行為の総仕上げをなす攻撃であり、今日の資本攻勢の頂点をなす大攻撃だ。
しかし、このような超反動的攻撃をもって国鉄闘争を解体しようとする策動にこそ敵の弱点がある。「四党合意」への怒りが国鉄労働者に充満すれば、「四党合意」は階級的決起を生み出す怒りのバネに転化するものなのだ。そのことを恐怖している政府権力は、ILOに脅しをかけ「中間報告」をひっくり返した「反動勧告」を出させ、高裁に反動判決を出させたのだ。
だから、今こそ「四党合意」の超反動性を徹底的に暴露・断罪し、これとの対決を鮮明にすることが重要なのだ。「四党合意」への怒りをバネに「四党合意」撤回・現執行部総退陣へ全力で総決起しよう。
国鉄闘争解体狙う完全民営化許すな
第三に、国鉄分割・民営化以来最大の大再編過程に突入した国鉄労働運動情勢を左から突き破る闘いとして、続開大会決戦への総決起をかちとることである。
「四党合意」を推進する森・自公保政権は末期的危機に陥り、労働者人民の不満と怒りは極点に達している。この中で第二次森内閣の国土交通相(運輸相)になった扇千景は、東日本、東海、西日本のJR三社を完全民営化するための「JR会社法改正案」を次期通常国会に提出すると表明した。JR東日本は、完全民営化をにらんで「ニューフロンティア21」という大合理化計画を打ち出した。
しかし、長期債務の元本返済のメドも立たず、三島・貨物会社の赤字問題、安全問題など国鉄分割・民営化の破綻(はたん)は誰にも明らかだ。だからこそ国鉄分割・民営化に反対して闘い続ける千四十七人を先頭にした国鉄闘争を解体する攻撃を激化させる。
今日、JR九州労の大量脱退や、カクマルによるJR総連OB・坂入の拉致・監禁事件が起こり、JR総連と黒田=カクマル中央との対立が決定的段階に突入している。カクマルのJR総連支配がついに大崩壊局面に突入したのだ。このことはまた、日帝権力とJR東資本が、大塚新体制のもとでの完全民営化のために、分割・民営化以来続けてきたカクマルとの結託体制を再編しようとしているということでもある。
国労に対して「四党合意を大会決定せよ」という攻撃は、こうした動向の最先端に位置する大攻撃である。完全民営化達成のために、「四党合意」をもって国労を変質させ、国鉄闘争をここで一気に解体しようとしているのである。
ところが宮坂・チャレンジは、゛警察と会社はカクマルを切ってくれる。そうなれば自分たちがJR連合と合流して受け皿になれる″という警察と資本を頼りにした実に浅はかな願望をふれまわっている。JR総連が大合理化攻撃に何ひとつ闘わないことに「平成採」を始めとした労働者の不満と怒りが噴出しつつある。国労が先頭に立って闘えば組織拡大が可能となる情勢を迎えているのだ。
にもかかわらず宮坂・チャレンジは、何ひとつ闘わないどころか、「四党合意」を受け入れ、国鉄闘争と国労を自己解体することで、カクマルに代わって完全民営化の極悪の先兵になろうと言っているのだ。
上村革同は、そのことを百も承知でチャレンジと結託し、「四党合意」受け入れの最先頭に立っているのだ。こんな連中に国労運動をじゅうりん、解体させては絶対にならない。
こうした国鉄分割・民営化以来の大再編情勢は、国労が一月続開大会において「四党合意」撤回・現執行部総退陣と国鉄闘争の再構築を図ることを決めるなら、国労の階級的再生と国鉄労働運動の階級的大転換が可能になるということだ。この情勢下で「四党合意」を最後的に葬り去り、「闘う国労」の旗を高く掲げ続けることの意義は計り知れないほど大きいのだ。続開大会決戦は、まさに国鉄闘争十四年の真価が問われる決戦である。
今、敵階級は国労運動の再生の予兆に脅えている。だからこそ、政府権力は、国労本部の「四党合意」受け入れをテコに、ILO反動勧告、本州、北海道・九州の採用差別事件の高裁反動判決をたたみかけ、そのことによって国鉄闘争を一気に解体する大攻撃に出てきているのだ。
日本政府がILOに対してやったことは絶対に許せない。「最大の資金拠出国」であることを利用してILOに脅しをかけ、゛国労も了承して四党合意のもとで和解が進んでいる″などというウソの報告まで行い、国労に有利な「中間報告」を覆した。
しかし、採用差別をされ首を切られた事実、配属差別、昇進・昇格差別をされた事実を消し去ることができるのか。断じて否だ。七・一以来の連続的総決起は、こんな攻撃では国鉄闘争の解体などできないことを示しているのである。
闘争団の解決要求実現に向け闘おう
第四に、チャレンジ一派の手のひらにのって「『ILO最終勧告』に従い『四党合意』を受け入れ、淡々と続開大会を開くべきだ。問題は執行部に反対派をどれだけ入れられるかだ」などと言う東京地本・酒田委員長らの策動を粉砕することである。
酒田委員長は、昨年三・一八臨大において「解決のメドが立った」と称して「われわれがヘゲモニーをとって改革法を承認すべきだ」と言い、先頭に立って「国鉄改革法承認」を強行した張本人だ。これ以来、敵に国労の足元を見透かされ、「四党合意」に至る今日の転落をつくりだした。
「ILO勧告が出たから従おう」などというのは断じて許すことができない。ILO勧告は国労への勧告ではない。日本政府に対する勧告である。しかもその内容たるや「四党合意」を「公正な補償を保証するもの」と言うとんでもないものだ。首切り責任が誰にもないことを認めて、いったい何の補償を要求できるというのだ。「公正な補償を保証する」どころか「放棄せよ」というものだ。「国労は広域異動に応じなかったのだから採用数に差があっても組合間差別とは言えない」に至っては断じて容認できないものだ。これはJR総連カクマルが言ってきた主張ではないか。
このような反動勧告に対して反撃の姿勢をひとつもとらないばかりか、「ILO勧告に従おう」などと投降を勧める酒田委員長らの主張は八つ裂きにしても足りない。酒田委員長は、「反対派」を装った許しがたい「四党合意」賛成派だ。「四党合意を淡々と受け入れよう」として、反対行動を圧殺し、東京地本組合員と闘争団を敵に売り渡そうとしているのだ。
三・一八臨大の愚を絶対に繰り返してはならない。宮坂・チャレンジ、上村革同、そして酒田東京地本委員長の「ILO勧告」を口実にした「四党合意」受け入れ策動を粉砕しよう。
国労闘争団全国連絡会議は十二月十一日、「全員の解雇を撤回・不当労働行為の是正のため、八七年四月一日にさかのぼり地元JRに採用の措置をとること」や不払い賃金の精算、厚生年金、社会保険の回復など総額四百七十億円の実損回復要求を始めとした「国労闘争団が求める解決要求」を運輸省、労働省に突きつけた。「四党合意」と闘争団の要求が相入れないことは明らかだ。この要求を高々と掲げて闘おう。
二〇〇一年冒頭、一月続開大会の大決戦で「四党合意」撤回・現執行部総退陣へ渾身(こんしん)の総決起をかちとろう。
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週刊『前進』(1987号3面2)
けしば杉並区議レポート
極右教育委員長の任命許さぬ 杉並区議会山田区長を徹底追及
侵略賛美する教科書の採択を狙った攻撃に怒り
杉並区議会の十一月定例会最終日の十一月三十日、区の教育委員の任命をめぐって、重大な攻防を闘いぬきました。
事の始まりは、山田宏区長が、杉並区教育委員会の五人の委員のうち三人を同時に辞めさせ、新委員を任命しようとしたことです。
新たに教育委員にしようとした弁護士の佐藤欣子、東洋大学教授の大蔵雄之助、幼稚園長の宮坂公夫の三人はいずれも右翼思想の持ち主として有名な人物です。佐藤と大蔵は、極右「自由主義史観」グループの中心人物です。佐藤は著作で憲法を攻撃し、「平和、自由、人権などは欺瞞(ぎまん)だ」「祖国のために戦った将兵たちは、その志にふさわしい地位を与えられなかった」と主張しています。大蔵は、勝共連合の機関紙『世界日報』に自らのコラム欄を持つ人物です。山田区長は、こうした極右的な人物で教育委員の過半数を占めさせようとしたのです。
そもそも、教育委員を一挙に三人も交代させること自体、法律違反です。地方教育行政法附則第八条は、教育委員が基本的には毎年一人ずつ交代するように四年の任期の終了時期を定めました。だから五人の教育委員のうち、一度に交代するのは多くても二人までです。また、首長が委員を勝手に罷免することもできません。
これは、首長が代わったとたんに教育行政や教科書が激変するようなことのないように、という趣旨で定められているものです。首長が右翼的な思想の持ち主に代わったらとたんに教育行政が右傾化する、という事態を予防するための措置です。
「自由主義史観」派の動きと呼応
山田区長の最大の狙いは教科書採択の問題です。
現在、二〇〇二年から始まる新教育課程で使用する教科書の検定が行われていますが、「自由主義史観」グループは、「新しい歴史教科書をつくる会」がつくった扶桑社発売(産経新聞社発行)の歴史と公民の中学校教科書を検定に申請しています。
この教科書は、侵略戦争も植民地支配も全面的に賛美し、「憲法改正」をあおり立てるという恐るべきものです。「(韓国併合は)国際関係の原則にのっとり、合法的に行われた」「侵略戦争ではなく自衛戦争だった」「(教育勅語は)近代日本人の人格の骨格をなすもの」などと書き連ね、南京大虐殺も日本軍軍隊慰安婦も、強制連行・強制労働の事実もすべて否定しています。
そして彼らは、この教科書を採択させるための運動を全国で展開しています。杉並でもすでに今年四月、「教科書採択に教職員の意見を反映させるべきでなく、教育委員会の権限でやるべき」という趣旨の陳情書の採択が文教委員会で強行されました。
彼らは、教職員の意向を踏まえて教科書を決めてきたこれまでのあり方を攻撃し、教育委員会の権限による教科書採択に変更することを求めています。まさに戦前・戦中の国定教科書の再来を狙うものです。
また今、「日の丸・君が代」攻撃を始め教育労働者に対する管理と支配が強まっていますが、教育委員の新人事とは、教育労働者への処分の乱発を狙ったものでもあります。
山田区長は、ファシスト石原都知事の「心の東京革命」運動や国立市の教育労働者への不当処分などの動きと連動して、その最先端で、教育委員会人事に手をつけようとしたのです。
この動きを知って、私たちは直ちに区役所前で連日ビラをまきました。教育労働者、保護者、家永裁判など教科書問題に取り組んできた人びと、在日朝鮮人団体など、闘いの火は一挙に広がりました。
多数の杉並住民が決起し大激突
十一月二十四日には、歴史学者で元都立大学総長の山住正已さんら十三人が呼びかける杉並の教育を考える学者・文化人の会が、「教育委員の選任に関するアピール」を発し、議会前日の二十九日までに二百二十三人の賛同者を集めました。また、二十九日には杉並公会堂で「新たな教育委員の任命問題を考える緊急集会」が開催されました。
三十日当日は、傍聴に区内外から七十人を超える人たちが集まりました。普段は人事をめぐってもめることはあまりないのですが、今回は午後三時に提案されてから夜八時過ぎまで続く大激突となりました。
こうした闘いの中で、山田区長は、任命しようとしていた三人のうち、極右で有名な佐藤欣子を事前に、自ら引っ込めざるをえなくなって、提案は残る二人となりました。
私はまず、そもそも三人の交代は地方教育行政法違反だと追及しました。
また、大蔵は『世界日報』に「マスコミ評論」というコラムを持っているほど、勝共連合・統一協会との関係が深い人物です。その点を追及すると、山田は「評論家なんだから、どこに書こうが自由だ」と開き直った上に、「大蔵さんはリベラリストです」なんてことまで言いました。
また、今年六月にアメリカのモンタナ大学で行われた「アジア太平洋戦争に関する日米対話」という国際会議で、大蔵は、「慰安婦なんていなかった。あれは売春婦だった」と暴言を吐きました。韓国から来ていた人が涙を流して抗議したにもかかわらず、彼は持論を曲げなかった。彼の発言は、後にこの会議の議事録から正式に削除されたのです。この点を追及すると、山田は、「本人は『そういう意図ではない。南京大虐殺や軍隊慰安婦の数についてはいろいろ見方の違いがある、と発言した』と言っている」と。公式の場において発言した事実そのものも否定し、居直りました。
さらに、原爆投下をめぐる主張です。大蔵は、『世界日報』紙上で、前述の国際会議において核兵器禁止活動家が原爆の悲惨さを訴えたことについて「これはまったく説得力がなかった。あの破壊力を体験せずに日本が降伏したかどうか」と記し、広島・長崎の原爆投下について「残虐性の点でも、東京大空襲の方が上回る」と主張しています。戦争を止めるために原爆は必要だという原爆肯定論であり、核兵器に戦争抑止力があるとする考え方です。原水禁運動の発祥の地の杉並において、こんな人間が教育委員になることが認められるのかと追及しました。
他会派も質疑と反対の意見表明をしました。与党会派の中からも反対の意見が表明され、反対票が投じられました。採決では、結果的に二人とも可決されたのですが、大蔵については反対十七人、退席十人で、区議五十二人のうち二十七人の過半数が異論を唱えたことになります。
結局、二人の教育委員の任命は強行されたわけですが、闘いはけっして終わりません。その後もさまざまな団体から抗議声明が寄せられています。「幅広い反対陣形をつくって、さらに闘いを広げよう」「リコール運動を始めよう」などの声も上がっています。
今回の教育委員任命の問題は、けっして杉並だけの問題ではありません。教育基本法改悪を始め、憲法改悪に向けて教育をつくり変えようとする動きが噴き出しています。森政権、石原都政と真っ向から対決する闘いそのものです。教育委員会を戦争推進勢力の手から取り戻すために、さらに闘いを大きく発展させていこうと考えています。
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週刊『前進』(1987号3面3)
動労総連合定期大会開く 飛躍かけ新体制
十二月三、四日、動労総連合の第一五回定期大会が開かれた。動労総連合は、今回の大会で君塚正治新委員長(動労千葉副委員長)−田中康宏新書記長(動労千葉書記長)を先頭とする新執行部を確立した。新たな世代が、動労総連合の指導部として登場したのだ。
平岡誠副委員長が開会の言葉を述べ、「九州労の大量脱退の根本原因は、彼らが分割・民営化に賛成したことにある。動労総連合の組織拡大のチャンスが到来した」と提起した。
あいさつに立った中野洋委員長は、「激しい組織破壊攻撃の中で、動労の旗を守って今日まで来た。われわれは、国労中央のように『闘っても勝てない』という立場には立たない。これまで、資本・カクマル結託体制を打破しなければ、千四十七人の勝利も反合・運転保安闘争の勝利もないことをはっきりさせて闘ってきた。その結託体制が大きく崩れている。蓄積してきた闘いを一気に爆発させる絶好のチャンスだ。これからはいかに組織を拡大するかが問われる」と訴えた。
来賓あいさつをした水野正美勝浦市議は、「JR戦線は面白い時代を迎えた。皆さんの奮闘に期待する」と大会参加者を激励した。
布施宇一書記長が総括と方針を提起し、討論に入った。動労西日本の代議員は、不当配転に対して春闘を三波のストで闘ったと報告し、JR総連・西労の崩壊をも見据えて、組織拡大の闘いに入ると述べた。
動労水戸の代議員は、新組合員を迎えて闘った十一・一〇ストを「これまでは攻撃されて団結を守るためのストだった。今回は攻勢的にストを設定した」と総括、この闘いが他労組にも大きな波紋を呼び起こしたと報告し、組織拡大につなげたいと発言した。
動労連帯高崎の代議員は、「カクマルに嫌気がさしている青年をどう引き付けるかが課題だ」と、奮闘を誓った。動労千葉の検修職場の代議員は、シニア協定−全面外注化攻撃に対して総反撃に立つ決意を述べ、貨物職場の代議員は、賃金格差とそれを容認する貨物労を弾劾した。運転職場の代議員は、青年労働者との交流が始まっていると組織拡大の展望を示した。
総括答弁をした中野委員長は、「核心はわれわれが多数派になることだ。各単組が競い合って頑張ろう」と訴えた。
運動方針案が承認され、新役員が選出された。
総連合結成以来、書記長を務めてきた布施さんが退任のあいさつをし、「動労千葉のストライキが千四十七人の闘いを切り開いた。闘いの根幹を担ってきたのはわれわれだ。JR総連がつぶれかかっている今、この地平を受け継ぎ、さらに闘いを発展させてほしい」と訴えた。
これを受けて君塚新委員長が、「数こそ力だ。動労総連合はきょうを期して組織拡大に総力を挙げる」と鮮明な決意を述べた。
新たな体制を整えた動労総連合は、本格的な組織拡大の実現へ、飛躍をかけた闘いに突入した。
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週刊『前進』(1987号3面4)
母の会が甲府で座り込み 山梨県弾劾しビラまき 12・6北富士
北富士忍草母の会は、山梨県議会が開かれている十二月六日から甲府市中央公園での座り込みに決起している。座り込みは、日帝・山梨県が林雑補償金や借地料を名目とした金で第二組合を買収し、北富士演習場維持のために入会地を奪い続けていることを弾劾したものだ。母の会は演習場入り口に設置した大看板わきでの座り込みも継続しており、同時並行の闘いだ。
吉田恩組(富士吉田外二ケ村恩賜県有財産保護組合)は、大看板とテントを撤去する仮処分を甲府地裁に申請した。十二月六日には仮処分をめぐる審尋が行われ、十二月二十日を書面提出の期限としており、年内にも決定を下そうとしている。母の会の座り込みは、この仮処分攻撃に対する怒りの反撃でもある。
午前十時過ぎ、母の会は座り込みへの突入にあたって決起集会を開いた。母の会の天野美恵事務局長が、演習場のために札束を積んで第二組合を買収するやり方を怒りを込めて弾劾し、「山梨県の天野知事を倒すために絶対に頑張る」とキッパリと表明した。全学連・反戦北富士現闘の代表は、仮処分攻撃を許さず、座り込みを断固として担いぬく決意を明らかにした。
婦人民主クラブ全国協の西村綾子代表は、「県民の税金を使って入会地を軍事基地にするような攻撃を許すわけにはいかない」と怒りの声を上げた。杉並区議の新城節子さんは、「忍草と結び戦争に向かう攻撃と闘う」と決意を述べ、さらに教育委員五人のうち三人を代えようとした山田区長の攻撃に反撃した区議会での闘いを報告した。大山尚行全学連委員長が、母の会の闘いと連帯し、「第二次森政権を労働者民衆の力でうち倒す」と表明した。
集会後、参加者は直ちに県庁前でのビラまきに決起した。ビラは次々と受け取られ、立ち止まってビラまき隊を激励する市民の姿があちこちで見られた。
終了後、再び中央公園に結集し、天野事務局長が県議会最終日の十九日に再び集会を開くことを提起し、結集を呼びかけた。
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週刊『前進』(1987号4面1)
革共同への反革命的敵対行動を売り物にする白井朗を粉砕せよ 下
白井『二〇世紀の民族と革命』の反革命的本質
島村伸二
第3章 レーニン主義世界革命論に対する憎悪込めた否定
(4)スルタンガリエフ批判=レーニンの一国社会主義論への転落というウソ
第三に、「ウクライナ民族の自決問題」や「グルジア問題」についての白井の歴史的総括も、以上のような゛帝国主義論確立以降ですらレーニンには問題があったのだ゜ということを「立証」する悪質な政治的意図をもって書かれているのだから、どれほど歴史的事実を並べても、一片の客観性もないのである。
何よりもここには、ロシア革命という偉大な闘いがもたらした革命的激動、さらに、国際帝国主義の白色テロル的介入による巨大な内戦下の動・反動の激突と、それゆえに発生する様々な矛盾・軋轢(あつれき)・大混乱に対する白井の根本的姿勢の問題性が露骨に表れている。白井は、共産主義者として、そのロシア革命の苦闘の真っ只中に自らを投入して、力量の小さなボルシェビキを措定して考え抜くことをまったくしていない。特に、「ボルシェビキ」という用語をここまで外在的に、なんの苦渋もなく、平然と、ただ批判の対象としてのみ語っていることは、白井がいったいどこに立ってものを言っているのかを鋭く表現している。
これが一介の学者の研究であるならば、一定の限定の上で読むことも可能である。だが、白井の場合には、そうはいかない。ボルシェビキ(つまり革命的共産主義者)の苦闘にリアルに身を置いて総括しないとしたら、それはそこからの離脱しか意味しておらず、我慢ならない問題なのだ。
日本のわれわれの「小さな闘い」の経験ですら、力関係のギャップが起こす矛盾や混乱は数多い。革命運動とはもともとそういうものだ。未熟であればあるほど、敵はそこを突いて攻撃してくる。激突・激動の中で党の未熟さなど、これでもかこれでもかと、徹底的に試練にさらされるのだ。しかし階級闘争は、そこで未熟であったり、矛盾が激化したり、混乱を起こすから問題があるのではなく、それを主体的にどのように総括して前進していくのかこそが問題なのだ。そういう問題がロシア革命の只中で、はるかに巨大な規模で起こったのだ。鋭い感性で自らをボルシェビキ的主体として措定しない総括など、あっという間に吹っ飛び、反革命の餌食(えじき)にされるだけだ。
実際白井は、ただ反革命の餌食にされただけではなく、今や居直ってそれを「理論化」することによって、自ら反革命へと転落したのだ。
われわれは、白井が書いているように、ここでボルシェビキ自身が大ロシア主義思想に染まっているがゆえの混乱を、いくつも見いだすことになる。それはそれで厳しく教訓化すべき重要な死活的テーマである。しかし、ロシア革命と革命後の国際的内戦の過程を、ただこの一点で全面的に否定的総括をすることなど、断じてできない。いわゆる「七・七問題」は階級性にかかわる重要な問題の一つではあるが、階級性のすべてではない。労働者自己解放理論に基づく共産主義思想の土台の上に、帝国主義段階の民族問題がつきつける「抑圧民族と被抑圧民族の区別」とそれに基づく〈血債の思想〉が、戦略的大きさをもつものとして位置づけられることが必要なのだ。ところが白井の歴史叙述は、マルクス主義の思想、帝国主義論の確立の決定的意義を太い軸にして総括するのではなく、その否定のために総括されているのである。
ここでは、スルタンガリエフ問題も、白井はこの総括の方法という次元で根本的に駄目であるということ、根本的姿勢に致命的な問題があるのだということを確認しておくにとどめる。それは、「スルタンガリエフの提起したアジア革命のロシア人ボリシェビキによる事実上の否定は、一国社会主義論の容認、プロレタリア世界革命の否定であり、労働者国家変質のメルクマールだという見解を本書で提出する」(一二一ページ)という文言に明白である。つまりボルシェビキは、レーニンの時代からスターリン主義に転落していたという見解である。
あるいは、ロシア革命とレーニン・ボルシェビキの政策(民族自決宣言など)こそが、巨大な規模でアジア・アフリカの民族運動を爆発させていったことを無視して、革命前の「レーニンの頭脳にはアジア、アラブ諸民族はまだしかるべき位置をしめてはいない」などと言い、レーニンの「みとおし」のなさ、「鈍感」などと平然と語っていることにも明らかである。
その上でコミンテルン第二回大会の「民族・植民地問題のテーゼ」に対して、白井が「帝国主義の時代総体を通じて生命力をもつテーゼとして扱うのは論外である」(二三二ページ)などとたわごとを言っているので、一言しておきたい。【この文言は、白井が革共同の「民族解放・革命戦争論」の形成にいかに非主体的であったかを示すものである。故本多同志や清水同志を先頭とする当時の革共同の指導的同志たちにとって、中国革命・ベトナム解放戦争の経験は決定的であり、この「民族・植民地問題のテーゼ」を重要な理論的手がかりにして、初めて革共同の「民族解放・革命戦争論」は形成されたのである。】
まず、レーニンとローイの論争において、レーニンもローイも従属国での革命運動と先進国革命とが、世界革命の成功、共産主義の樹立に向かって結合されなければならないという点では完全に一致していたこと、その上で、後進国・従属国における、現実に民族ブルジョアジーが主導する民族解放運動に対してどういう態度をとるべきかということと、ひいては民族解放と民主主義の課題に対する後進国・従属国の革命運動の方針が問題となったことを押さえておかなければならない。
この論争を経てレーニンは、世界革命と共産主義に向かって従属国のプロレタリア・農民の革命運動の意義でローイと一致しつつ、ローイの先進国プロレタリアートへの不信を示す表現には反対し削除している。同様に、ローイによって繰り返し出される植民地革命が世界革命の帰趨(きすう)を決するかのような表明も削除している。
しかしさらに重要なことは、ローイが、従属国の革命運動における民族解放の課題をブルジョア民主主義的課題として否定的に評価するのに対して、レーニンは、ブルジョア民主主義的課題であっても民族解放の課題を過小評価することなく革命的な農民・労働者の課題とすべきだと強調したことである。
白井は、ローイのこの過小評価が、自己の見解と異なるのだから詳しくあげて検討しなければならないはずである。ところが白井は、それを隠蔽(いんぺい)しているのである。そして「帝国主義を打倒するプロレタリアートに依拠した民族解放革命を主張したローイ」「ローイの指摘するとおり労働者・農民の利益にふまえた民族独立運動は当然共産主義者の肩に背負われる」(二三三〜二三五ページ)などと言っているが、まったくのペテンである。
あえて言えば、この論点こそレーニンの論点であり、ローイはこれに反対してレーニンから批判されたのである。白井は実に卑劣なデマゴギーをここで言っているのだ。これは白井が、あくまでレーニンをスターリン主義発生の起源としたいがため、スターリン主義に手を貸した者にしたいためのペテンなのだ。
そして白井は、ローイが先進国プロレタリアートに不信を表明し、植民地革命こそが世界革命の帰趨を決する、とした点を最も評価したいのである。しかし白井のローイ評価は、ローイの主張にはらまれる問題性との格闘を含まない評価であるために、単なるのっかりに過ぎず、したがってそこにある糾弾的要素への主体的受けとめも、まったくしようとはしないのだ。
(ここで白井がどれほどペテン的であるかは、『共産主義者』一二三号山村克(白井)の「自己批判」一三八n上段二一行目〜一三九n上段一七行目をあわせて読むとよく分かる。参照されたい。)
(5)ユダヤ人問題における悪意ある総括
第四に、白井はいたるところで「単一党」思想を承認するような口ぶりをしながら、実際には「単一党」思想を否定している。
スルタンガリエフとレーニンの対立のきわめて重要な核心に「単一党」か「連合党」かがある。それもけっして双方において単純ではなく、色々なデリケートな問題をはらんでおり、またスルタンガリエフも歴史的経過で意見が変わっていくところもある。ところが、白井は、このデリケートな問題を全面的に対象化して論争全体をつぶさに検討する方法をとるのではなく、レーニンだけを問題にし、スルタンガリエフはすべて正しかったかのような叙述をすることによって、結局は「単一党」思想を否定するのである。
われわれは、ロシア社会民主党の創成期における「ユダヤ人ブンド」の問題を、帝国主義論の確立とレーニン民族理論の飛躍的発展の地平からとらえ返し、そこにおけるレーニンとボルシェビキの民族問題に関する問題性をとらえ直すことはきわめて重要であると考える。しかし、そのことが、党組織論として争われた「単一の党」か「連合党」かの論争においてユダヤ人ブンドが正しかったということには断じてならない。これは、民族差別・排外主義を始め、あらゆる差別主義の問題の深刻さの認識に基づくがゆえに、さらにはっきりさせなければならないことなのだ。
このユダヤ人ブンド問題では、白井は七四〜八八ページで一項目設けて、レーニンによる「連合党」批判について、「ツァーリズムを打倒するたたかいを勝利に導くためには、『あらゆる民族のプロレタリアートのもっとも緊密な団結』の実現を図る必要があり民族ごとに党組織が区分されるという連合党では役にたたない、もっとも緊密な団結は中央集権的な単一党でなければならない」という主張を紹介している(八〇ページ)。
そして「その主張は一見合理的だが」として、しかし「それを判断するためにはこの時点において、レーニンがユダヤ民族の民族解放についていかなる理解をもっていたのかを具体的に検討しなければならない」と言っている。そして、そこで問題があるがゆえにレーニンの「連合党」批判には問題があったというこそくな論法を使って、事実上「単一党」論を否定しているのである。
白井は、けっして「単一党」の主張の正しさをがっちりと確認した上で(つまりユダヤ人ブンドの間違いをはっきりさせた上で)、民族問題を検討する方法論をとっていない。
そして、当時のレーニンとボルシェビキのユダヤ民族の解放闘争に関する問題性をもって、その批判をマルクス主義者そのものの問題性にまで一般化しようとする(八三ページ)。だがこの白井の批判は、白井自身が六四〜五年の日韓闘争の時はもちろんのこと、七〇年「七・七」弾劾以前において、(否、西山論文で鋭く暴かれたように、それ以降現在に至るまで)自己が一体どうだったのかを一片の反省もしない「高み」からのものでしかない。
白井は、レーニンを途中で「勇み足」「いきすぎ」などとあたかも゛好意的"に総括しているような形をとりながら、最後に、「(レーニンによって)事実上ボリシェビキに異論を唱える異民族はやっつけてしまえ、民族自決など問題外という精神だけを注ぎ込まれたと考えるべきではないか?」(八八ページ)などと、悪意ある総括をしている。白井の反革命的悪質さは、ここに鮮明に示されている。
(6)中核派をスターリン主義と規定することが白井理論の犯罪的な核心だ
第五に、白井が、一方で帝国主義論確立後のレーニンの民族理論の飛躍的発展を承認せざるをえないにもかかわらず、なぜこれほどにも帝国主義論の確立の意義について否定的なのかということである。それは、白井がわが党から脱落しただけでなく、権力の庇護(ひご)のもとに反党活動を推進することを決意したことと無関係ではない。
『民族本』の際立った特徴は、スターリン主義規定の変貌(へんぼう)である。白井自身が『民主派本』で正直に述べていることだが、権力に屈服した後の白井は、わが党への敵対行動を開始するために、わが党をスターリン主義呼ばわりすることにしたと言っている。実は、これが決定的変質の核心なのだ。この必要性から、スターリン主義規定をより一層、反革命的に変更したのだ。
白井は、わが党にいた時代は、「一国社会主義論とそれに基づく世界革命の放棄」というスターリン主義の本質規定を、相対化してはいても完全に否定してはいなかった。ところが、この本の最大の特徴のひとつは、それを完全に否定していることである。より徹底的にスターリン主義問題を民族問題に収斂(しゅうれん)させ、スターリン主義規定を「民族消滅論」に基づく民族抹殺思想であるとしている。
そしてその証拠として、レーニンの最後の闘争が「グルジアのスターリン批判」であったことと、九一年のソ連スターリン主義の崩壊が民族政策の破綻(はたん)であったことをあげ、すべて民族問題であったとしているのである。しかし、九一年のソ連スターリン主義の崩壊を、民族問題だけに収斂させるのは、事実にも反し、明白に誤りである。だが、白井は強引にそこにのみ収斂させて、スターリン主義の根本問題は民族抹殺思想であるとしているのである。
そしてすでに暴いたように、「グルジアのスターリン主義批判」以前のレーニンとボルシェビキ自身がスターリン主義的であったということを懸命に立証しようとしている。『民族本』を要約するならば、@「グルジアのスターリン批判」が決定的→Aそれまでのレーニンは帝国主義論確立後の民族理論はすごいけれどやはり問題があった→Bしたがってスルタンガリエフとの論争にみられるようにボルシェビキも全部問題があった→Cだからスターリン主義が生まれた、ということである。
そして、その証拠として、一国社会主義論を唱える以前から、スターリンとボルシェビキはグルジア問題で決定的犯罪を犯していた、すなわち一国社会主義論に先行してグルジア問題で犯罪を犯したことが決定的であり、したがってスターリン主義の本質は民族抹殺思想であり世界革命の放棄ではないという展開をしているのである。
しかし、スターリンが一国社会主義論をそれとしてうち出す以前も、〈国家権力をとった〉という現実、その党であるという現実を自己の官僚的利害から絶対化し、プロレタリア国家の防衛・強化のためという口実で自己の既存の権力を強化しようとする一国社会主義論的なロジックが、そこにはすでに働いていたのである。端的に言えば、〈国家権力を握った〉階級の党だということが、スターリンの排外主義的凶暴化を合理化し、一層強化していったのだ。このことを、白井はまったく踏まえていない。
一国社会主義論は、〈国家権力を握った〉階級の党とその理論的変質としてとらえるべきであり、それゆえに、それが社会主義の名のもとに行われることによって、民族抹殺や農業強制集団化などのよりすさまじい凶暴性を発揮するものになったのだ。
だが白井は、スターリン主義の本質として一国社会主義論があることを否定して、゛スターリン主義とは民族抹殺の思想である、スターリンの民族抹殺思想の根幹にはレーニンの「民族爆砕」論がある、したがって「正統マルクス・レーニン主義」に立脚する中核派はスターリン主義だ"というのである。このことが、『民族本』全体で、白井が民族理論の形をとって言いたいことの核心なのだ。
(7)白井の「西欧中心史観」批判の反動的正体
最後に、白井がわざわざ「終章」として別個に設け、『民族本』の全体をとおして述べている反「西欧中心史観」の反動的主張について一言しておく。
まず第一に、白井のこの主張が、マルクス唯物史観(その確立である『ドイデ』)の否定と直結したものであるという点で、マルクス主義の根幹を否定するものだということである。白井は、@ヘーゲルのギリシャ・ローマ・ゲルマンという西欧中心の図式、Aマルクスの奴隷制・封建制・資本制の発展段階説、Bスターリン主義によるその各国史への機械的適用を、ほとんど同列に並べて論じようとしているが、これは後日問題にしたい。ここでは、白井の唯物史観否定が、゛各国史に機械的にあてはまらない→世界史一般の歴史観としては反対だ”として、実に安直な歴史観の「創造」を唱えていることだけをおさえておきたい。
マルクスとともに、われわれにとっては、世界史一般がまず問題になるのではない。世界史の一定の段階で資本主義経済が(一定の必然性をもって)形成され、あるいは登場し、さらにその資本主義が帝国主義段階化し、世界をその原理で大きく支配している、または支配しようとしている現実こそが問題なのだ。主体的に言えば、そこでプロレタリアートの世界史的登場があり、その自己解放の思想として共産主義思想が生まれ、この共産主義の世界史的登場、その一般的普遍性の中で、こんにち世界史を根本的に転覆し変革することが可能になっているということが問題なのだ。このプロレタリアートの解放的世界観から、世界史の全面的とらえ返しもテーマとなり、「西欧中心史観」を打破した世界史の研究や整理が可能になっていくのであり、その拠点・論拠として唯物史観が武器になるのである。
ここからとらえ返すならば、西欧中心史観とは、世界史の資本主義的発展が西欧を中心にして始まったがゆえのブルジョアジーの自己合理化の史観であり、「支配階級の思想は、どの時代でも支配的な思想である。つまり、社会の支配的な物質的力である階級は、同時にその社会の支配的な精神的力である」(『新訳ドイツ・イデオロギー』七二ページ)ことを文字どおり証明しているに過ぎない。
第二に、白井のこの「西欧中心史観」批判は、六〇〜七〇年代の民族解放闘争の歴史的高揚の過程での新植民地主義体制諸国人民からの激しい弾劾と、それを受けた七〇〜八〇年代の歴史学界のある種の「流行」に、わが党が遅れているという意識に突き動かされている。特に、民族解放闘争の歴史的高揚過程ではそれが、一部にはマルクス主義否定をも強くはらんで展開されたが、白井は、それに無批判的にのっかったに過ぎない。七〇年「七・七」の時の鋭い弾劾と自己批判から身を避けて、けっして正面に立とうとしなかった白井は、ずっと後になって「西欧中心史観」批判に接して打撃を受け、マルクスの歴史的知識が、当然であるが十九世紀的限界に規定されていることからマルクスにも問題があると思ってしまい、なんとそれをもってわが党の中では大発見をした気分になっていたに違いないのだ。
白井は、『民族本』で、レーニンやボルシェビキを「ヨーロッパ人的偏見」にとらわれているとさかんに問題にしている。イスラム人民から突き出される歴史的事実に立脚して、イスラム文明の認識の欠如を執拗に問題にしているのだ。
しかし、ロシア(先進帝国主義)に対するタタール民族あるいはイスラム人民の弾劾を〈受けとめる〉ことと、それに〈のり移る〉こととは別である。白井が、〈ロシアとイスラム文化〉の問題を先進帝国主義とその人民への被抑圧民族からの糾弾と弾劾として受けとめるならば、日帝下の抑圧民族の人民としての痛みや反省を伴う文言なしでは、「西欧中心史観」批判など絶対に語れないはずだ。なぜならば、同じ「西欧中心史観」とはいっても、西欧でもないのに日本ほど「西欧中心史観」を取り入れている民族はほかにないからである。つまり、「西欧中心史観」が〈西欧対アジア〉の問題では断じてなく、資本主義問題であり、帝国主義と植民地問題であることを最も醜悪に示しているのが、日本の「西欧中心史観」なのだ。
だが、白井はただロシア人が問題にされているとしか理解せず、帝国主義の問題としてとらえず、レーニンやボルシェビキが大ロシア主義だと弾劾して見せるのだ。これは破廉恥以上である。白井がアジア人民からの弾劾に一度も向き合った歴史がないことを最もよく示しているのが、この「西欧中心史観」批判なのだ。
第三に、ロシアの帝国主義的民族抑圧へのタタール民族の弾劾は、抑圧された民族としての自己主張でもあり、資本主義的・帝国主義的歴史観への別の歴史的存在の対置でもある。したがって、それには〈受けとめ〉と反省的契機こそが必要なのだが、白井は、単純にその歴史的事実に〈のっかる〉こと、つまり取り入れることしかやっていない。そしてそれを取り入れたから、あたかも自己が西欧中心史観から無縁の立場に立ったかのように思っているが、実はそれがでたらめなのだ。
例えば『民族本』の三〇三ページあたりで「ギリシャ・ローマ文化はひとつの高い地点に到達していたことは疑いないが」としながら、あくまでも西欧中心史観批判を貫こうとして、「(しかし)ギリシアは……未だ民族的統一に達していない」とか、「ローマは巨大な征服王朝であって異民族を多数含んでおり、やはり統一民族とはいえない」、だから西欧中心史観は成り立たないのだなどと言い、でたらめというよりも白井の底の浅さを暴露してしまっている。
しかしまずひとつは、「ギリシャ文化」を即無批判的に西欧に入れているところに、白井自身が西欧中心史観から必ずしも自由ではないことを示している。また、ローマは「他民族を含んでいたから」というならば、白井が対置する、同じ秦・漢時代の中国はどうなのかと言いたい。殷が夏を滅ぼし、周が殷を滅ぼしたとき、互いに異民族であった。秦が帝国として統一したときは明白に多民族国家であった。秦を引き継いだ漢が越をインドチャイナ半島に追いやった時はどうか……。
このように中国でも多数の民族が統一されたり、追いやられたりしていたではないか。蜀漢の孔明が、異民族を次々と服属させていったことは、『三国志』にまで書かれているが、白井は読んだこともないとでも言うのか。つまり白井の西欧中心史観否定など付け焼き刃でしかないということだ。
西欧中心史観に対してイスラム文明が栄えた時代があったことを対置することは正しい。しかし、白井はただそれにのっかって、「トルキスタン、アフガニスタン、インドのかなりの地方、インドネシア、フィリピン南部にまで波及し、イスラム教徒としての信徒共同体へのつよい帰属意識が、ムスリムとしての民族的一体感を生みだし、アラブ民族を中核にイスラム文明へのつよい帰属意識をもつ人びとを世界各地につくりだした」(三〇五ページ)とまで言い、ムスリム文明をことさらに賛美するのである。だが、逆にこれはそれぞれの諸民族の多言語、多精神文化を無視した表現でしかない。
スルタンガリエフの主張には、「汎イスラム主義」的要求(タタールを軸にしてイスラム帝国の最も栄えた時代の全体的統一の復活要求)がはらまれているのだが、大ロシア主義批判へのレーニンの受けとめが、同時にこのスルタンガリエフの見解への同調とは必ずしもなりがたいのだ。現実にはきわめて難しい問題なのであり、実際、イスラム人民の中からも、スルタンガリエフの「汎イスラム主義」に対して批判と抵抗が相当あった。そうである以上、レーニンが即同調とはならなかったことは当然である。白井は、これをもって「ロシア人が判断する(あるいは党が判断する)思想がある」などという非難に転じているが、ここまでくると悪質な扇動である。重要なことは、白井の西欧文明に対するアジアの対置には、隠蔽(いんぺい)された大アジア主義の匂いがふんぷんとしていることである。
西欧よりも早くアジアが民族形成をなし遂げたかどうかが問題なのではない。繰り返すが、世界史と世界交通・世界市場が、どう形成されてきたかが問題なのだ。始まりは偶然だが、中国交易市場、地中海交易市場、東南アジア交易市場、インド洋交易市場、イスラムの地中海=インド洋=東南アジアの交易市場、モンゴル=中国=中央アジア=アラブの世界的・ユーラシア交易市場等々……が、それぞれ歴史的に継起しつつ、互いに刺激しつつ、相互に契機となりながら、最後的にいったんヨーロッパに収斂されることで「大航海」時代を開き、それによって世界市場へ、世界交通へと世界史が必然的に形成されてきたのだ。
そして、世界革命の前提としての世界市場・世界交通が、どのように諸文明によって形成され、それがどのように世界資本主義の転覆をとおして共産主義へと引き継がれていくか、それがわれわれの問題なのである。それ以外に、いったん人類史の前史で全面的に美化されるようなものがあるというのか。世界革命と労働者自己解放をとおした世界共産主義のみが、一切を止揚するのだ。それまでの歴史は、発展は悲劇として、進歩は反動として、解放は疎外としてしかありえないのだ。
最後に、白井の民族規定とりわけ「言語共同体」論と「民族の永続性」についても批判的に検討しなければならないことを付言しておきたい。この規定は、そもそも「在日」の二世・三世が日本語を母語化してしまっても、民族意識が強烈に育成されている現実にも立脚していない。これは、ひとつの例に過ぎないが、しかしわれわれにとってきわめて重要な事実である。さらに、民族規定も、資本主義における国民経済の成立、帝国主義の民族抑圧の中で問題になってくるのであり、それを近代以前の「民族」と二重写しにさかのぼって論じることはできない。
さらに白井の「民族の永続性」論は、抑圧と分断ではなく、〈融合がどうしたら実現できるのか〉の、困難ではあるが切実な問題を切り捨て、反対している点で断じて同調できないものである。
革共同への反革命的敵対行動を売り物にする白井朗を粉砕せよ。(了)
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週刊『前進』(1987号5面1)
もう許せない4人の超長期勾留 人質司法に満場の怒り
10万人署名運動が集会
十二月二日、代々木八幡区民会館で行われた十万人保釈署名運動主催の「知ってますか?人質司法の実態
無実の四人を取り戻そう十二・二集会」に参加しました。百二十人が結集し、今度こそ無実の須賀武敏さん、十亀弘史さん、板垣宏さん、福嶋昌男さんの四人をなんとしても取り戻そうという熱気に包まれた素晴らしい集会となりました。
司会者の御崎勝江さん、主催者あいさつの森山つとむさんがともに触れていたことですが、十一月二十四日に自由人権協会が出した意見書が、保釈署名運動に与えたインパクトは非常に大きかったということを実感しました。数年間にわたる保釈要求の闘いは、ここにきて新たな呼びかけ人が加わり、さらに弁護士、学者、宗教者を中心に三ケタにのぼる賛同者が形成され、大きな広がりを見せています。そうした中で自由人権協会が四人の未決勾留を「不当長期勾留」と批判し、「速やかな釈放」を要求する意見書を出したのです。世論が確実に動き始めたことを大きな喜びとして受けとめている二人が、まず印象的でした。
足立昌勝関東学院大学教授と岩手爆取裁判元被告で未決勾留八年の経験者の川崎正明さんとのジョイントトークは内容があるばかりでなく、二人の息がぴたりとあっていて、四人の保釈・奪還にむけて非常に効果のあるものでした。
足立さんは、検察立証が十三年も続いている長期裁判の問題性を指摘し、「これほど長期になっているのは証拠がないのに間接証拠の積み重ねと推論で有罪にもっていこうとしているから」であり、「検察が収集した証拠で有罪立証しなければいけないのに、それができないというのは裁判が破綻(はたん)しているということ」だと真っ向から断罪しました。また、公訴時効の制度との関係から言っても「本件は免訴の判決を出してもいい」という鋭い指摘もありました。
未決勾留については「未決勾留とはあくまで裁判を確保するためのもの。有罪が確定するまでは無罪推定を受ける。この原則はフランス革命から認められ、世界人権宣言でも明文化されている原則であり、それゆえ拘束は限定されたものでなければならない」。しかし、日本の現状は「人質司法」がまかり通っており、「身柄は検察立証が終わらなければ釈放しない」「国のやっていることに文句をいうのなら釈放しない」というものであり、「こんなことは先進国では日本以外ない」と、未決勾留十四年目に入っている状況を批判しました。
川崎さんは拘置所の拘禁生活の実態をかなり突っ込んで語ったのですが、その際あらかじめ資料として配られた、十亀さんが書いた房内および仮舎房運動場、さらには建築中の新舎房のスケッチは大いに役立ち、非常にリアリティーある実態暴露となりました。
二人が結論として強調したのは、四人の未決勾留の不当性、とりわけ長期の勾留で健康を害してしまっている現状に「健康を奪う権利など国家にはない。無罪推定を受けている人に対するこういう扱いは絶対に許せない」という点です。「四人を早く保釈させないとたいへんなことになる。ともに闘いましょう」という提起でジョイントトークを締めくくりました。
この後会場から、法政大学名誉教授の吉川経夫さんが「本件裁判は憲法違反の塊。十三年の未決勾留なんて聞いたことがない。爆取自体が憲法違反そのもの」という憤激の発言があり、また人権・環境問題で市民運動を長年続けてきた女性からも「集会に参加するたび日本の司法のひどさを痛感する。家族の方々の気持ちを考えるとなんとかしなければと、今日も署名を集めてもってきた。四人を取り戻すためにどうすればいいか、みんなで考えていきましょう」と檄(げき)が飛ばされました。
獄中の四人からのアピールは、この集会に対する心からの連帯であり、署名運動への大きな期待を痛感させられるものでした。
続いて家族から、今回の保釈闘争をとおしてなんとしても勝利しよう、保釈署名運動をさらに大きく広げていきましょう、力を貸してくださいと熱烈な訴えが行われ、ひときわ大きな拍手が会場に響きました。
最後に桜井善作さんがまとめと方針提起として、「十万人保釈署名というのはたいへんだが、あまりにも無法、違法なこの現実を街頭に出て訴えれば必ずわかってもらえる。ここに集まられたすべての人が署名運動に取り組んでいただければ必ず実現します。一日も早く四人を奪還しなければいけない。それが日本の司法を変えていく第一歩となる」と提起しました。
あらためて大きな拍手で参加者全員が四人の一日も早い保釈・奪還を誓い合いました。(投稿 K・M)
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週刊『前進』(1987号5面2)
橋本控訴審 「臭気選別」破産塗り隠す 検証を職権で決定
十一月十五日、大阪高裁で橋本裁判の控訴審第一〇回公判が開かれた。
許されないことに大阪高裁は、検察官による不当な「臭気選別」検証請求を職権によって決定した。「臭気選別」検証とは、裁判所が犬に実際に臭気選別をさせる実験である。これは、弁護側が一審と二審をとおして証明してきた本件臭気選別がデッチあげられた個別具体的な問題性を棚に上げ、「臭気選別」一般の抽象論に逃げ込もうとするものである。別の訓練をした別の犬による臭気選別など、本件臭気選別とはなんの関係もない。手品のカラクリを見破られた手品師が、観客に別の手品をやるからもう一度見てくれと要求するようなものである。
橋本事件とは、天皇の初の沖縄訪問を弾劾する一九九三年四月の革命軍によるゲリラ戦闘に対して、国家権力が三千院事件と青蓮院大日堂事件に関して、無実の橋本利昭同志を報復的にデッチあげた事件である。
検察官は、前回の第九回公判における弁論の中で、“臭気選別は自由自在にデッチあげることが可能であると弁護側が述べている”と主張しているが、橋本事件はまさにそうしてデッチあげられたのだ。
橋本同志は「犬の臭気選別」を唯一の証拠としてデッチあげられた。臭気選別の第一人者を自称するT訓練士は、サーカスの曲芸まがいの手法を意識的に臭気選別の中に滑り込ませ、証拠をねつ造することを専らとしてきた人物であり、およそ信用性のないことがこれまでの証人調べで完全に明らかになった。
選別台上の五つの臭布に濃度のコントラストをつけて選別させる訓練を行っていたという本件臭気選別の信用性の核心問題においても、T訓練士はそういう訓練を「やる」(著作)、「やった」(一審証言)、「やっていない」(他の事件での法廷証言)、「やった」(本控訴審検察主尋問)、「やっていない」(弁護側反対尋問)と、証言をくるくると変えている。検察官の弁論はもはや、本件臭気選別の信用性やT訓練士証言の信用性を真っ向から争うことを放棄し、裁判所に対する恫喝と哀訴に終始した。
今回の「臭気選別」検証請求は、本件臭気選別の信用性問題で完全に敗北した検察官が最後のかけに出てきたものである。大阪高裁は、それを認め、迎合し、逆転有罪の手掛かりを得ようとしているのだ。
この検察官による「臭気選別」検証要求に対して、弁護側は、“裁判所はただちに審理をうち切り検察控訴を棄却すべきだ”と主張してきた。第九回公判において弁護人は、控訴審での検察官によるこれまでの立証によっても一審が不合理であると指摘した問題点、また疑問点として指摘した問題点を何ひとつ解明・立証していないことを明らかにした。弁護団は、検察官の弁論に対して弁論内容の削除申し立てを行い、「過去に臭気選別で冤罪が生まれた事実はない」という虚偽の弁論を弾劾した。
また今回大阪高裁が「臭気選別」検証のやり方について、法廷外における裁判官、検察官、弁護人三者の折衝で検討したいとしてきたことに対して、弁護団が被告人である橋本同志の同席を要求し認めさせた。このことは、事後審という建前で、被告人の意見陳述の機会を奪うことが通例化している控訴審において、刑事訴訟法にもとづく原則的訴訟手続きを行わせたものであり、この間の橋本同志による意見陳述の実現とともに当然の刑事裁判のあり方を回復させる第一歩を切り開いたものである。
今回の「臭気選別」検証の決定によって、当面の攻防はその具体的なやり方、条件をめぐる法廷外の折衝に移されることになった。高裁は、公開の裁判における人民の監視から逃れられると思っているかもしれないが、われわれは人民の目からのこのようなこそくな逃亡を絶対に許しはしない。今こそ、裁判に対する全人民的監視を強めなければならない。
「犬の臭気選別」とは、どんなねつ造も可能なものであり、本質的にも現実的にも刑事裁判の証拠とすることができないものである。橋本裁判は「犬の臭気選別」を「補助的証拠」としたこれまでの裁判と異なり、それを唯一の主要証拠とした初めての裁判である。国家権力は、この原審無罪判決に対する控訴を強行し、控訴審での「逆転有罪」を政治的にかすめ取ることで、「犬の臭気選別」を万能のデッチあげ手段にまで高めようとしているのだ。
橋本同志の無罪確定をかちとり、「犬の臭気選別」を裁判の証拠から永久に追放しなければならない。
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週刊『前進』(1987号5面3)
教育労働者が現場から批判
動き出した「奉仕義務化」 東京都が「奉仕体験」を来年度から実施の方針
教育基本法改悪と対決する闘いを
東京都は、国に先駆けて来年度から、すべての公立校で「奉仕活動体験」を開始する方針を固めた。東京の教育労働者・安田律子さんにその批判を語っていただいた。(編集局)
カリキュラムに位置付けて全員に強制
十二月四日の東京新聞に、「都、公立校に奉仕活動」という大見出しで、東京都の教育改革の動きが報じられました。その内容は実に恐ろしいものです。「政府が教育改革の一環で導入を検討中の『奉仕活動』について、都が先駆けて公立小中学校のカリキュラムに位置付け、児童・生徒全員に介護、保育、地域美化などの奉仕活動を体験させる方針を固めた」「二〇〇一年度から段階的に実施したい考え」「『道徳』『特別活動』『総合学習時間」といった正規の授業の中で実施する。場所は老人ホームや障害者施設、病院などを使う」となっています。
教育改革国民会議が中間報告で「奉仕活動体験」を打ち出したのが九月。それからほんの三カ月で、ファシスト石原が国に先駆けて実施を決めたんです。しかも「二〇〇一年度から段階的に実施したい」と言っている。来年度からです。大変なことですよね。
ここで重要なのが「カリキュラムに位置付け」「正規の授業の中で」奉仕活動をやらせる、という点です。そもそもは夏休みなど、カリキュラムの外でやらせるという話が出ていたわけですが、カリキュラムに位置付けるということは、それ以上に、全員一律のものすごい強制力をもつことを意味します。
学校現場に即して言うと、たとえば小学校六年生では今、以前あった修学旅行に代わって「移動教室」があります。これはカリキュラムの中に位置付けられていて、基本的に全員参加です。でも五年生の夏休みの「林間学園」は、学校行事ではないので、自由参加です。夏休み期間は、本人の意思や家庭の裁量という扱いなんです。
つまりカリキュラムに位置付けて行うということは、拒むことができない状況をつくるわけで、ものすごい強制力を持つわけです。
道徳の授業を徹底化させる攻撃と一体
カリキュラムのどこでやらせるのか。「道徳」と「総合的学習の時間」です。
道徳というのは、もう四十年来の大論争になっている焦点です。時間割の中に道徳が置かれたのは一九五八年のことなんですが、当時から「道徳の設置は戦前の修身の復活だ」と、教育労働者は反対し続けてきました。
そして道徳授業を無力化・形骸化させるための闘いは、今も続いています。道徳の時間は一応週一時間あるんだけど、組合員じゃない人も含めて、道徳授業を一生懸命やろうなんていう教師は、ほとんどいません。しかも道徳は、他の教科と違って評価の対象じゃない。通知票にも道徳の成績の欄はありません。教科書もありません。
私たちは、カリキュラムをめぐって“授業内容は学校現場の裁量で決める”と、教育課程の自主編成権を掲げて頑張ってきました。今ではずいぶん厳しくされてしまっているけれども、それでも道徳の時間をどう使うか、というようなことは結構担任の裁量で融通がきくわけですよ。
文部省や反動勢力にとっては、「道徳授業をちゃんとやれ」とどんなに旗を振っても、どうにも言いなりにさせられない関係がある。東京都が「心の東京革命」で打ち出した「道徳授業の地区公開」は、地区に公開するというかたちで、道徳授業をいやが応でもやらせようとしているものです。
だから、奉仕活動を道徳の時間にやらせるということは、私たち教育労働者の教育課程の自主編成権をはく奪して、道徳授業を強制する攻撃でもあるんです。子どもたちに奉仕活動を強制するという問題と、子どもたちに奉仕活動をやらせることを教育労働者に強制するという、二重の意味をもつ攻撃だと思います。このものすごい強制力について、私はとても危機感を持っています。
かつての学徒動員と徴用と同じではないでしょうか。教育改革国民会議の「奉仕活動の義務化」の報道を見て、ある子どもが「これって、私たちにただ働きさせようってこと?」と言っていました。まさに直感的に感じ取っているわけです。
ボランティア活動をめぐる10年来の攻防
しかし実は、「奉仕活動の体験」が、すでにさまざまな口実のもとに進められています。
都内のある区立中学校では、一年生から三年生まで一日がかりで一斉に「企業訪問」を実施しています。目的は「一年は見学、二年は学ぶ、三年は体験」。「体験」では、たとえば病院や福祉施設などで働かせるわけです。他の県でも実施されているところがあります。農業、林業、漁業、スーパー、銀行、福祉施設などを訪問して、実際に働く。奉仕活動義務化の先取りです。
この背景には、十数年来の攻防があります。一九八七年の臨教審答申で「心の教育」「子どもの健全育成」が言われた後、「ボランティア」っていう言葉が飛び交いました。
また九二年に自衛隊のカンボジア派兵が問題になった時に、政府はカンボジアにおけるボランティア活動を一生懸命に組織しようとしましたよね。
このとき日教組は、「カンボジアに学校をつくろう」という運動をやろうとしたんです。組合員に「ティーチャーズ・カード」というカードを持たせて、買い物をするたびに貯まるお金を使ってカンボジアに学校を建てようとした。
自衛隊の派兵に反対するのであれば、本来その派兵そのものに反対闘争を組むのが筋ですよね。そういう闘いは放棄して、代わりに「学校をつくろう」。
これに対して私たちは「ボランティアもPKO派兵と一体のものであり、侵略行為そのものだ」と訴え、「ボランティアとはそもそも南北戦争の時の南軍の義勇兵のことだ。結局戦争参加なんだ」とか、革命的祖国敗北主義をめぐる議論も含めて、真っ向から反対した。反対の声が内部から噴き出して、結局日教組の方針もぐちゃぐちゃになって終わりました。
しかしボランティアでは結局、全員に強制できない。そこで、ボランティア活動が内申書に記されることになった。
たとえば夏休みに老人ホームや福祉施設でボランティア活動をしたことが、内申書の本人評価の欄に記載される。これは高校などでは始まっています。
そして次に「総合的学習の時間」です。「生きる力を育てる」などと掲げて、行うテーマは「国際理解、情報、環境、福祉・健康」の四つです。「ボランティア活動の体験が、子どもたちの生きる力につながる」という論理です。
こうした十年あまりの流れがあって、そして今の「奉仕活動」なんですよ。曽野綾子が「ボランティアと奉仕活動とは違うんだ」と言っているとおり、奉仕活動とは文字どおり上からすさまじい強制力をもって押しつけるものなんです。しかも評価の対象にすることで、拒否できない状況に追い込むものです。
「奉仕活動」がすでに始まっているという認識を持って、しっかり対決していかなければならないと思います。名前はいろいろでも、「企業訪問」も「体験学習」も「総合的学習」も、その本質は一緒なんです。
そして今、いよいよ全員一律の強制に踏み込み、それを石原都政が先取りしようとしているということに、本当に危機感を持たないといけない。
教育基本法改悪阻止、そして憲法改悪阻止に向かって、こういう具体的なテーマで労働者の闘いを発展させていくことが重要だと思います。
教育労働者の団結した力で反撃に立とう
今かけられているさまざまな攻撃は、別々のものではありません。
学校評議会が今、どんどん立ち上げられています。まだまだ形だけのものですけど、構成メンバーからして、実体は学校監視団体そのものです。
学校評議会の設置、道徳授業の地区公開がセットだし、教育課程の編成権の問題、総合的学習の導入、奉仕活動の問題、すべてがセットなんです。そして反対を押し切ってこれらを強行するために、管理運営規則を改悪して校長権限を強める。
さらに、人事考課制度を導入して職場の団結をこわし、一人ひとりをばらばらにする、抵抗させないということです。「不適格教員」のレッテルを張って闘う人は排除する。自由主義史観グループの教科書攻撃もある。そういうことがすべてセットなんです。
敵がこれだけ激しく、次から次へと攻撃してきているという中で、職場はふたつに分かれていますね。
ここ数年、多忙化による健康破壊、管理強化による精神的苦痛、管理規則の改悪と管理職の横暴等々、あまりの大変さの中で、休職や退職がものすごく増えています。定年まで十年近くあるような人たちが多い。だから東京都全体の義務制(小・中学校)の新規採用が、昨年は百人だったのが今年は四百五十人と、四・五倍になりました。休職や退職が激増したからです。
また「不適格教員」というレッテルを張られて、都立教育研究所送りになって研修を受けさせられて、それでも「職場復帰不能」と言われて強制的に免職処分を受けていく人がいます。
しかし私たちは、意地でも負けられない、ここで負けたら今までなんのためにやってきたのか、なんとしても踏みとどまって、ことの本質を訴えながら闘っていこう、とつくづく思います。子どもに真実を教えるために執念を持って頑張っている人もいる。職場の中で頑張って、負けない人がいるかぎり、敵の思惑どおりにはいきません。
敵の攻撃が激しくて、しかもそれが現場で具体的な形で現れている。だから敵が見える。自分が何と闘っているのかが見えている。団結することが一見難しくされているけど、しかしその中で団結できれば、団結するということのものすごい力が、今まで以上にまわりの人にわかる。
教育労働者の団結を強化しながら、すべての労働者とともに「教育改革」−教育基本法改悪、そして憲法改悪と対決する大きな闘いをつくりだしていくということだと思います。そのことなくして私たちの未来はありません。
二〇〇一年、「日の丸・君が代」をめぐって、教育基本法改悪との闘いをめぐって、待ったなしの年になりそうです。
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週刊『前進』(1987号5面4)
2000年日誌 阻もう!戦争への動き 12月6日〜11日
海自が空母型護衛艦導入へ 民主党がPKF参加を提案
●海自が空母型護衛艦導入へ 防衛庁が次期中期防衛力整備計画(二〇〇一−〇五年度)に、近く退役するヘリコプター護衛艦(DDH)二隻の後継艦を「ヘリコプター空母型護衛艦」とし、約一万五千dの護衛艦二隻の導入を盛り込むことを決めた。ヘリ三機を同時運用するため、広い飛行甲板を持つのが特徴。指揮通信機能を強化し、自衛艦隊の指揮艦になる。(6日)
●普天間代替2400bを想定 防衛施設庁が米軍普天間飛行場の代替施設の工法などに関し、技術的な基礎資料の収集を民間の部外団体へ委託すると発表した。また滑走路の長さについては沖縄県が要望している中型ジェット機の離着陸が可能な約二千四百bの長さを想定していることを明らかにした。(6日)
●「脅威与えぬ」と防衛庁長官強弁 斉藤斗志二防衛庁長官が長官就任のインタビューで「日本の戦闘機は諸外国と比べ、対地攻撃能力は限定的だ」と述べ、空中給油機を導入しても、周辺国には脅威を与えないと強弁した。(6日)
●韓米地位協定交渉決裂へ ソウルで開かれていた韓米地位協定(SOFA)の改定協議が環境条項などをめぐり意見が対立し、決裂した。(7日)
●民主党がPKO改悪案 民主党の外交・安保部門会議が国連平和維持活動(PKO)参加についての改悪案を了承。自衛隊の国連平和維持軍(PKF)本体業務への参加凍結の解除に加え、現地に派遣された文民警護も新たに任務に加えるよう求めている。警護対象者や自衛隊の装備を防護するための武器使用も可能とするなど武器使用基準を緩和し、紛争当事者の明確な停戦合意がなくても、国連の安保理決議などで停戦合意が担保されれば、参加は可能としている。(6日)
●衆院で憲法調査会 衆院憲法調査会が松本健一・麗沢大教授と渡辺昇一・上智大教授を参考人に「二十一世紀の日本のあるべき姿」について意見交換した。(7日)
●実名報道禁じた少年法改悪を検討 高村正彦法相が「可塑性のある少年について、健全育成から更正ということを考えないといけないと同時に、片方では国民の知る権利がある。二つのバランスの問題を法務省としても、幅広い観点から衆知を集めて検討したい」と述べ、実名報道を禁じた少年法六一条の改悪を検討する考えを示した。(8日)
●オスプレイの購入決定延期へ 米海兵隊の次期主力機と言われる最新鋭垂直離着陸機MV22オスプレイの購入決定が、同機の運用上のコスト問題や事故率の高さなどから延期されたことが明らかになった。米海軍が同機の調査データの再調査を求めており、今月中旬以降まで判断が持ち越されることに。(7日)
●名護で23日に討論会 ヘリ基地反対協と普天間基地・那覇軍港の県内移設に反対する県民会議が、米軍普天間飛行場の移設に賛成する団体などに呼びかけ、諸課題を話し合う討論会を二十三日に名護市の労働福祉センターで開く、と発表した。討論会は、海上ヘリ基地建設の是非を問うた名護市民投票三周年記念イベント「やんばる平和まつり」の一環。関連企画として二十一日には名護市庁舎包囲行動を予定。(7日)
●着工までに15年問題解決と稲嶺知事 稲嶺沖縄県知事が県議会で使用期限十五年問題について、なんの進展もなしに、棚上げされたままで進むことはありえないと繰り返し答弁し「なんらの進展もなしにというのは、着工までにという趣旨だ」と説明した。(8日)
●新イージス艦さらに2隻導入 政府は次期防に新イージス艦二隻の導入を盛り込む方針を決めた。現在、海自は四隻のイージス艦を保有しているが、新たに導入するイージス艦は、日米で共同研究を行っている戦域ミサイル防衛(TMD)を視野に、従来より格段に向上した電子システムやレーダーシステムを装備できるようにする。(8日)
●那覇市長が空自フェスに出席 翁長雄志那覇市長が自衛隊那覇基地で開かれたエアーフェスティバルに出席した。那覇市長が、自衛隊の公式行事に出席するのは復帰後初めて。(10日)
●沖縄周辺で共同訓練 航空自衛隊(那覇基地)と米空軍(嘉手納基地)が、夜間暗視装置などを使用した共同の救難訓練を三日間行った。勝連町浮原訓練場で輸送機が事故を起こし、大量の負傷者が出たことを想定。また沖縄本島周辺の空海域での航空機遭難の捜索活動に当たる。(11日)
●国民会議の最終報告案 森首相の私的諮問機関「教育改革国民会議」が今月二十二日に首相に提出する最終報告案が国民会議の総会に提出され、大筋で了承された。最終報告案は、「政府も教育基本法の見直しに取り組むことが必要」とし、奉仕活動については「小・中で二週間、高校で一か月、十八歳以降に一年を検討」と義務化を提言している。(11日)
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週刊『前進』(1987号5面5)
11・30国会闘争に参加して 東北の学生から
学生の決起を見せつけよう 栗山秀樹
十一月三十日の、国会の外ではあれだけの人が反対の座り込み・集会をしているのに、国会の中では石原が憲法調査会で意見を言って、また船舶検査法が強行採決されるという状況を見れば、いかに今の国会、国家がブルジョアジー帝国主義者のものであるか、支配階級が被支配階級を抑圧するためのものであるかが、ますます鮮明になったと思う。
そして、そうやって日帝が生き残りをかけて反動を強めれば強めるほど、国会が外的なものになればなるほど、学生は立ち上がるんだ、労働者は決起するんだ、人民は革命に突き進んでいくんだということを、世界中のブルジョアジー・帝国主義者どもに、そして目の前をとおった時に「ふざけんじゃねえ」とか「ぶっ殺すぞ、こら!」とか、われわれに無内容な言葉しか投げつけられなかった反革命カクマルに見せつけて、思い知らせてやろうと強く思いました。
辛さんの言葉一言一言胸に 月山詩野
三十日、国会前座り込みの時に、辛淑玉さんから発言がありました。辛さんは、淡々と語る口調の中に、石原への怒り、侵略への怒りを込めていました。私たち日本人は、辛さんの言うとおり「国家の自己決定権をもって、多くのアジア人民を虐殺」しました。今政界では、軍事大国への大転換が公然と叫ばれ、反対の声を押し切って再び侵略が狙われている、その象徴的位置に十一月三十日があると思います。
私の大学では、十一・三〇闘争の後、「十一・三〇の歴史的重要性」という題でビラをまきました。石原発言が翼賛され、臨検法案が反対の中強行成立し、宋神道さんの慰安婦訴訟の控訴棄却があり、教育改革国民会議が最終報告の案を打ち出しました。
そんな反動の吹き荒れた一日を、私たちは真に危機感を持って受け止め、またそんな日に、辛さんや宋さんを始めとする在日の方々に励まされたことを、自己の七・七路線を革命的に貫徹していくという姿勢の再確認、そして排外主義の嵐という状況を許してしまっていることへの自己批判をもって受け止め、辛さんの一言一言を忘れてはならないと思いました。私たちはアジア人民に対して抑圧者であるという現実をしっかり見据え、日帝打倒へ、アジア人民、在日人民と連帯して闘っていくことを、今以上に意識を高めていく義務があると感じました。
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週刊『前進』(1987号6面1)
遺伝子組み換え食品の脅威 生命への影響計り知れず食糧支配かけ帝間争闘戦
今秋、アメリカから輸入しているトウモロコシに遺伝子組み換えトウモロコシ「スターリンク」が混入していることが判明し、トウモロコシ輸入に関して食品業界に大きな混乱が生じた。この事件は遺伝子組み換え食品の脅威が、すでに取り返しのつかないところまできつつあることをあらためて示した。以下、都議選の闘いの一環として遺伝子組み換え食品をめぐる問題点は何か考えてみたい。
7作物29品種を食品に認可
まず、スターリンクをめぐる事実経過はどういうものであったか。
九月十八日に米環境団体が食材にスターリンク混入と発表し、十月二日には米政府がフランスのベンティス社に全量回収を指示した。十月十二日には米環境保護局が栽培認可を取り消した。十月二十五日に日本の市民団体「遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン」が市販製品からスターリンクを検出したことを発表した。厚生省は十一月七日にスターリンク混入の事実を認めたが、実際には九月上旬にこの事実をつかんでいたが隠していた。検査結果は、食料用はサンプル十八検体のうち七検体から、飼料用は十五検体のうち十検体から検出されている。スターリンクについては日米間で混入防止策として船積み前検査を実施することが決まった。
だが、このスターリンクはアメリカで栽培が認められている遺伝子組み換えトウモロコシ十三品種のうちの一つに過ぎない。厚生省が食品として認めている遺伝子組み換え作物は、トウモロコシ、菜種、大豆、綿、トマト、ジャガイモ、テンサイの七作物二十九品種に上る。また農水省が飼料として認めているものが五作物二十八品種ある。
日本の遺伝子組み換え作物の輸入は九六年から始まったが、その段階ではアメリカでの作付け面積は、大豆一・六%、ジャガイモ一%、トウモロコシ〇・七%だった。その後急拡大し、九八年にはアメリカでの組み換えの作付けが、大豆二七%、トウモロコシ三四%、カナダでの菜種三八%となっている。
日本はトウモロコシや大豆などはそのほとんどを輸入に頼っており、輸入量にしめるアメリカの割合は、実にトウモロコシ九七・八%、大豆八四・四%となっている(九五年)。
殺虫性・除草剤耐性もつ作物
では、この遺伝子組み換えや遺伝子組み換え作物とは一体どういうものか。
遺伝子とは生物の細胞内にある生命活動の基本となっている単位のことで、一部のウイルスを除いてDNA(デオキシリボ核酸)と呼ばれるものである。二本鎖のらせん構造をもっており、その鎖の上に四種類の塩基が並んでいる。その塩基の並び方にしたがってタンパク質がつくられ、その構造が決定される。
遺伝子組み換えとはある生物の遺伝子の一部を切り取って別の生物の遺伝子に組み込み、新しい性質を持った生物を作り出すものである。たとえばヒラメから耐冷性の遺伝子を切り取ってトマトに入れ、寒さに強いトマトを開発するといったものである。
その方法には、@アグロバクテリウムというバクテリアを用いて組み換えられた遺伝子を植物の中に入れるアグロバクテリウム法と、A細胞壁を取り去って溶液に入れ、その溶液に電圧をかけて別の遺伝子を入り込ませるエレクトロ・ポレーション法、B金の微粒子に遺伝子を張り付かせ空気銃のようなもので細胞内に打ち込むパーティクルガン法の三つがある。実際に組み込まれたかどうかを確認するために抗生物質耐性遺伝子を一緒に入れ、抗生物質にさらして、この遺伝子が働いていない細胞は死ぬので、生き残ったものだけを選別する。
いずれの方法によっても導入した遺伝子がどの部分に組み込まれたのか、別の遺伝子が組み込まれたことによって遺伝子のどの部分が破壊されたのかは、まったくわからない。自然界には種の壁があり、種の壁を越えて遺伝子が移動することはない。この種の壁を越えて遺伝子を移動させるのが遺伝子組み換えである。
現在つくられている遺伝子組み換え作物は、除草剤耐性作物と害虫抵抗性作物が大半で、そのほかにも日持ち向上のトマトなどがある。さらに牛成長ホルモン剤や食品添加物にも遺伝子組み換えが使われている。
(1)まず、除草剤耐性作物を米モンサント社のラウンドアップ耐性大豆を例に見てみよう。ラウンドアップは植物のアミノ酸生成を阻害しすべての植物を枯らしてしまうという強力な除草剤である。これを土壌に散布し、生き残っている微生物を見つけだしてその微生物の中から除草剤を分解して無毒化する遺伝子を取り出し、大豆に組み込み、ラウンドアップを散布しても枯れない大豆を作り出す。除草剤を空中散布して省力化が図れるという。この大豆はラウンドアップを散布しても枯れないが、別の会社の除草剤では枯れるので、ラウンドアップとセットで使うことになる。
ラウンドアップは一時期環境に優しい農薬のように宣伝されたが、裁判でその宣伝は正しくないとされて禁止された。非イオン系の界面活性剤の急性毒性が強く、生産者に被害をもたらす危険が大きい。日本でも死者が出ている。
(2)次に、害虫抵抗性作物というのは、BT菌(バチルス・テューリンゲンシス菌)という土壌微生物が作り出す毒素が蛾や蝶の消化管に穴をあけて殺してしまうという作用を利用し、BT菌の毒素をつくる遺伝子を作物の遺伝子に組み込み、この作物を食べた虫を殺すというものである。
38人が死亡の事件も発生!
以上のことからも想像がつくように、遺伝子組み換えの危険性は計り知れないものがある。何よりも自然界には存在しないまったく新しい生物がつくられることである。それがどのような影響をもたらすかは何もわかっていない。また虫を殺す毒素をもった食品を人間が食べ続けて安全なはずがない。さらに遺伝子組み換えによってどんな予期せぬ物質ができるかもわからないのだ。その危険性を如実に示したのがトリプトファン事件だ。
新潟水俣病で知られる昭和電工が八八年から八九年にかけて製造した健康食品トリプトファンが、アメリカで大規模な被害を起こした。この健康食品を食べた六千人(推定)が好酸球増加筋肉痛症候群(EMS)と呼ばれる症状を起こし、三十八人が死亡した。
トリプトファン自身は必須アミノ酸で大量に摂取しなければ健康被害はない。ところが昭和電工は、その生産性を上げるために、生産に使われるバチルス・アミロリクファキエンスに枯草菌(納豆菌の仲間)の遺伝子を組み込むという操作を行ったのだ。そのために予期しない有毒物質ができたと考えられている。
遺伝子組み換え作物の危険性は、さらにアレルギーを引き起こす、抗生物質が効かないなど、重大な健康被害が指摘されている。それだけではなく、自然の生態系を根本的に破壊する危険性がある。すでに殺虫作物が目的とした虫以外の昆虫を殺すことや土壌微生物やミミズなどを減らすことが報告されている。また遺伝子組み換えでウイルスから植物に遺伝子が入れられた場合、別のウイルスがその植物の遺伝子を取り込むことが確認されている。
遺伝子組み換え作物は、すでに例に挙げたモンサント社の除草剤耐性大豆に見られるように、化学企業の農業支配を目的に開発されてきた。除草剤耐性作物ではその種子と除草剤をセットで売ることができ市場支配力は強まる。同時にそれは世界の農業と食料を支配しようとする国家戦略に基づいて推進されてきた。
遺伝子特許が“国家戦略”に
農家に対する支配力をさらに強めるために遺伝子組み換えを使ったターミネーター技術が開発されている。ターミネーターとは終結させるものという意味だが、この技術によって作られた種子は、一度は発芽して成長して種子をつけるが、その種子を撒いても発芽し始めた段階で死ぬというものである。これによって農家が自家採種した種子を完全に使えなくなる。毎年新しい種子を買い入れなければならないのだ。
従来のF1品種は、種子ができにくく、できたとしてもそれを撒いても同じ優れた性質をもった作物にはならないというものであった。しかしこのターミネーター技術による種子は、複雑な遺伝子組み換えによって企業では発芽する種子を採種できるが、農家に出荷する種子には抗生物質を作用させて先に述べたような性質を持たせるのである。
ここ数年で遺伝子組み換え作物の作付けが急速に拡大している。遺伝子組み換えが始まった当初はその危険性が論議され、厳重に実験を規制する実験指針が作られた。P1からP4までの物理的封じ込めとB1、B2の生物学的封じ込めである。その後規制がどんどんゆるめられ、九二年には米食品医薬品局(FDA)が、「実質的同等性」の確認という新しい安全性評価の考え方を打ち出した。それは、姿、形、主要成分、性質などでほぼ同等であれば元の作物と同等とするというものだ。まったく新しい遺伝子をもった新しい生物であることは、完全に無視されている。
遺伝子組み換え技術が企業のみならず国家戦略として重大になった背景に遺伝子に特許が認められるようになったことがある。八〇年に人工的な遺伝子に特許が認められるようになっていたが、九一年に米大統領競争力強化委員会が『国家バイオテクノロジー政策報告書』をまとめ、生命特許を戦略として打ち出した。このときから解読された遺伝子そのものが特許となる流れができた。それ以来各国、各企業が遺伝子解読にしのぎを削っている。
「食といのち」守る闘いを
まさに遺伝子組み換え技術が帝国主義間の争闘戦の武器となり、戦場となっているのである。EUは遺伝子組み換え食品を厳しく規制しつつ、独自に開発を続けている。日本ではJAS法による遺伝子組み換え食品の表示制度が来年四月から始まるが、表示義務が一部に限られており、何の規制にもなっていない。
日帝は食料自給率が四〇%しかなくて輸入に頼らざるをえず、遺伝子組み換え食品を拒否できないということと同時に、自ら積極的に遺伝子組み換え作物を開発することによって米帝に対抗しようとしている。
今や、労働者人民の「食といのち」を守るためには帝国主義を打倒する以外にないのである。
〔柿坂信二〕
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週刊『前進』(1987号6面2)
女性国際戦犯法廷「天皇と日本は有罪」
日本政府は法的責任認め謝罪・賠償を行えと勧告
現在も続く戦時性暴力断ち切ろう
東京高裁は十一月三十日、在日朝鮮人元「慰安婦」国家賠償請求裁判において宋神道(ソンシンド)さんに控訴棄却判決を下し、続く十二月六日にはフィリピン「従軍慰安婦」補償請求裁判でも控訴棄却判決を強行した。日帝はまたも国家責任を回避、一切の救済の道を閉ざした。そして十二月八日、「日本軍性奴隷制を裁く『二〇〇〇年女性国際戦犯法廷』」が東京で開幕。最終日の十二日、「日本の戦争戦略の一環として政府の政策で導入し、女性たちを性奴隷化した慰安婦制度は、当時の国際法や国際慣習法に違反する」と、昭和天皇ヒロヒトと日本国家に対する有罪判決要旨が発表された。
十二月八日から十二日まで開かれた「女性国際戦犯法廷」は、バウネット・ジャパン(「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク)、韓国挺身隊問題対策協議会、女性の人権アジアセンター・フィリピンによって構成された国際実行委員会が主催、七十五人以上の被害生存者が出廷、連日千二百人の傍聴者が見守る中かちとられた民間法廷である。実に世界三十五カ国・地域から参加者が集まった。
「二〇〇〇年女性国際法廷」憲章前文は、この民間法廷の使命として「日本の植民地支配と侵略戦争の一環としてアジア太平洋全域にわたって日本軍が犯した性暴力、とくに『慰安所』で『慰安婦』たちを性奴隷にしたことについて、真実を明らかにし、関与した諸国家や個人の法的責任を明確にすること」を掲げた。
日本軍軍隊慰安婦制度の被害者を抱える南北朝鮮を始め中国、台湾、フィリピン、マレーシア、インドネシア、東ティモール、オランダの検事団が日帝の戦争犯罪を告発する起訴状を作成し、天皇ヒロヒトを筆頭に東条英機、松井石根、板垣征四郎、岡村寧次ら二十五人を戦犯として起訴した。南北朝鮮は合同検事団を構成して参加した。
アジア被害女性の証言を軸に民衆法廷の審理は進んだ。北朝鮮から参加した朴永心(パクヨンシム)さんは、工場で働けば稼げるとだまされて南京の慰安所へ、そして四二年にはビルマへと連行された。米軍が捕虜となった四人の「慰安婦」を写した一枚の写真がスライドで紹介された。その一人こそ妊娠していた若き朴永心さんだった。
中国の万愛花さんは、証言直後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)のために倒れてしまった。心身に受けた傷の深さといまだ続く苦しみ、そのくびきから解き放たれるためにも、日本政府による〈真相究明、公式謝罪、賠償、責任者処罰、教育と記念事業〉を実現させなければならない。
現代の紛争下で
十一日には、法廷の一環として、「現代の紛争下の女性に対する犯罪」をテーマとする国際公聴会が、ジェンダー正義を求める女性コーカスの主催で開かれた。これは、日本軍軍隊慰安婦制度として半世紀前に行われた女性に対する戦争犯罪と、日帝の責任放棄、つまり戦時性暴力の不処罰が、いかに多くの犠牲者を生み出してきたかを問い直すものだった。
公聴会ではビデオ証言を含めて、ベトナム、ビルマ、グアテマラ、ブルンジ、東ティモール、沖縄、コロンビア、ソマリア、アルジェリア、チアパス(メキシコ)、バングラデシュ、アフガニスタン、コソボ、シエラレオネ、パレスチナなど、十四の国・地域から勇気ある証言が行われた。
内戦が続くブルンジから来た二十歳の女性は、「私が死に至るまで」として、昨年十二月にフツ族反乱軍に誘拐されて拷問と性暴力を受けた後、保護されたツチ族政府軍からも暴行を加えられた末に妊娠、今は家族の信用もない、「感情も崩壊した」とその傷の深さを訴えた。
沖縄の女性は八五年に受けた被害事実を語るとともに、「少しずつ傷も癒えてきたように思っていた一九九五年九月に、まだ小学生の少女への暴行事件が起こりました。私は、何時間もテレビの前に座り込み、泣き続けました。この事件が起きたのは、強姦されても逃げることしか考えずにいた私のせいのように思いました」と振り返り、「戦争によって悲しみの鎖がつながっています。犯罪国である日本から一歩を踏み出していきたい」と結んだ。
証言者たちの語る被害事実の残酷さ、痛ましさ、そして彼女たちがのりこえてきたものの大きさが聞く者に響いてくる。今この時も世界のどこかで起きているのではないかと震える。
人道に対する罪
十二日、日本青年館に会場を移して開かれた戦犯法廷で、裁判長を務めたガブリエル・マクドナルド判事(旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷前所長)を始め四人の裁判官は、判決要旨を読み上げた。
その冒頭、「一九九〇年代、アジアの女性たちが沈黙を破った。勇気をもって話し始めた女性たちに感謝する」と述べ、生存者たちの証言を再確認した。
そして「天皇は、(南京大虐殺など)日本軍の犯罪行為を知っていたか知るべき立場にあり、性暴力をやめさせる手段を講じるべきだったのに、それを怠った」と断罪し、当時の国際法ならびに国際慣習法違反の「人道に対する罪」と認定した。
最後に、日本政府に対する八項目の勧告を行った。@完全で誠実な謝罪を行い、法的責任を認め、再犯防止の措置をとること。A法的責任をとり、生存者に補償すること。その場合、適切な金額を。Bすべての情報を公開すること。C人的資源を確保し、全機構をつうじての調査。D生存者の尊厳回復のために図書館、博物館、記念碑を建てること。生存者と話し合い、平和と和解の委員会を設置すること。E教育制度の確立、すべての教科書に記述し、若い人たちに事実を知らせること。F性の平等性の確立。G元連合国は、すべての軍事法廷において、なぜ慰安婦制度の訴追をしなかったのか。日本政府は、昭和天皇の犯罪を極東軍事裁判に提出することを怠った理由を明らかにすること。なお判決全文は、来年三・八国際婦人デーに公表される予定だ。
天皇ヒロヒトと日本国家に対する有罪判決が出されると、傍聴者は立ち上がり、大きな拍手の渦となった。喜びが会場を覆った。
なぜこの判決が日本の裁判所には出せないのか! 日本軍軍隊慰安婦とされた被害女性たちの闘いが、確実に世界を動かしている。戦争責任追及を果たすとともに、再び朝鮮・中国・アジア侵略戦争に突き進もうとする日帝を打ち倒そう。
判決後ただちに街頭へ出た。青山通りから表参道へと長蛇のデモが進む。色とりどりのプラカードや旗が陽光に映える。解放感にあふれるデモにたじたじの右翼の妨害をはねのけ、「日本政府は法的賠償を実施せよ」とシュプレヒコール。二十一世紀へ向かって力強い闘いに踏み出した。
(室田順子)
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週刊『前進』(1987号6面3)
「障害者」差別・抹殺強める人クローン規制法成立弾劾
政府提案による「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」(人クローン規制法)が十一月三十日、会期末ぎりぎりの国会で、社民党を除く各党の賛成で可決・成立した。
この法律は、日帝が水面下で推し進めてきた人胚(ヒトはい、受精後から胎盤形成・着床前までの間の人の生命の初期発生段階)研究や中絶胎児をも使った人体実験の数々をその商用化をも含めて公然と解禁する悪法である。また「英米に先を越された」と叫びながら国際的な医療関連市場への帝国主義的争奪戦への踏み込みを宣言し、「遺伝子解析」や「人体再生医療」などを掲げた「ミレニアムプロジェクト」(新しい千年紀プロジェクト、首相決定)への千二百億円の投入を標榜しながらその科学技術振興を押し立て、いっそうの侵略と労働者人民への搾取・収奪を国内外に宣言するきわめて大国主義的な法である。
また、これは「優秀なものを保持し劣性を絶つ」という優生主義的な人体改造を推し進め、断種や「安楽死」を強制した三〇年代的な「障害者」差別・抹殺政策に道を開き、世界不況と恐慌、世界戦争の危機に身構える日帝の社会保障制度解体、改憲・ガイドライン推進、有事立法制定を始めとした戦争体制構築の攻撃と一体となった反動立法である。徹底して弾劾し粉砕しなければならない。
第一に、人クローン規制法は名前に「規制」とつくが、その目指すものは人胚・生殖細胞の研究・人体実験・商用化の徹底した国策的奨励であり、そのもとでの特許合戦にもかられた人クローンづくりを含めた全面解禁である。
法は確かに人や動物の胚・生殖細胞を使った様々な生命操作実験のうち遺伝子を同じくした人をつくり出そうとする人クローンや人と動物との交雑個体(キメラ、ハイブリッド)の発生をもたらす技術は「その胚を胎内に移植(子宮移植→妊娠)してはならない」と、さしあたっては禁止(第三条)している。しかしそれは逆に個体発生の直前であったり、発生させても破棄したり、あるいは発生の事実を公然化させなければまったくフリーという抜け道がある。また法はこうしたクローン胚を含めた各種胚を「特定胚」と称してその「取扱い規定」を別途関連指針を設けながら来年六月の施行を目指すという。文部科学大臣の指定でいつでも変更でき(第四条)、五年後の法改定も狙う(附則)という代物だ。
第二に、この法の要旨は動物胚を含めた人胚への人為的な研究・実験のことごとくを認めた。研究・実験の元になる人胚は、結局は不妊治療と称して女性から排卵誘発剤を多用してその採卵を強いた体外受精用の「余剰胚」である。輸入胚を含めたとしても、女性からの人為的な採卵行為を激しく加速する法である。
「不妊治療」の現場がこの研究・実験の標的とされるのである。しかも患者の治療への願望を逆手にとって「無償提供」という同意手続きを取りながら胚操作への翼賛的賛同すら強制しようというのである。
第三に、この人胚研究それ自身がなんら賛美すべき「先端科学」ではなく、人為的な淘汰=出生前診断の強化であり、「障害者」差別・抹殺の推進法である。
今日一方で厚生省が推し進めている「生殖補助医療技術」なる検討会では十二月に、第三者からの精子や卵子の提供を認める報告書が提出されている。精子や卵子バンクを容認し、人工授精や体外受精への誘導をあおり、「障害者」抹殺とその思想を植えつけようとしているのである。他方、科学技術庁や文部省も人遺伝子(ゲノム)解析や胚操作技術の検討を進め「がん、痴呆症治療」などと叫びながら結局は遺伝子の優生的選択を推し進め、「障害者」の出生前の抹殺を強めようとしてきている。これらは他方、母体保護法での胎児条項新設への衝動をかりたて、胎児が「障害児」の場合は中絶できるという条項にむけて技術的な外堀を埋めることを狙う攻撃となっているのだ。
第四に、この法の柱の一つである人クローンづくり研究と同時に、「無限に増殖する万能細胞(多能性細胞)」などとマスコミで騒がれる胚から抽出・培養した胚性幹細胞(ES細胞)や死亡胎児から取得するEG細胞を活用しての再生医療と称した移植用臓器づくりや新薬開発が公然と推進されようとしている。しかし、これらはいずれもがん細胞との区別がまったく未知数で危険であるばかりか、人に対する遺伝子組み換えの実験的な器として積極的に作り出されようとさえしているのだ。
国際的な特許競争の裏で数々の人体実験と「障害者」抹殺が繰り返されようとしている。「価値なきもの」の抹殺をあおる臓器移植法のさらなる改悪策動の阻止とともに、人クローン規制法を徹底弾劾し闘おう!
(関東「障害者」解放委員会)
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