ZENSHIN 2000/05/22(No1957 p06)

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週刊『前進』(1957号1面1)

 帝国主義の戦争会議=沖縄サミット粉砕へ

 5・28芝公園に全国総結集を

 森=石原打倒、介護保険廃止へ6月衆院選決戦に総決起せよ

 日本共産党のりこえ長谷川氏当選を

 森・自公政権は、六月総選挙の強行をとおして現在の危機的な日帝政治委員会の再確立をはかり、七月沖縄サミットから有事立法・改憲、アジア勢力圏化に突き進もうとしている。小沢自由党の分裂と連立離脱に示される支配階級の階級意思の分裂激化、さらに小渕、竹下、梶山の病気・引退や警察腐敗の露呈、長期大不況、財政危機、株価下落、日米争闘戦激化などで、日帝は未曽有(みぞう)の危機に突入している。この突破をかけた攻撃と対決し、戦争と大失業によってしか延命できない日帝を打倒し、労働者階級の自己解放を切り開くために、六月総選挙と沖縄サミット粉砕決戦に全人民の力で勝利しよう。五・二八芝公園に全国から総結集せよ。

 第1章 有事立法・改憲叫ぶ超反動=森との対決

 森政権は総選挙日程について、六月冒頭衆院解散―十三日公示―二十五日投票とする方針を最終的に固めた。そして特別国会を七月四日から四日間開き、七月八日のサミット蔵相会合から一連のサミット日程に臨もうとしている。
 闘う労働者人民は、衆院選で森・自公政権とファシスト石原を打倒し、沖縄サミットを吹っ飛ばしてしまう大勝利をかちとろうではないか。
 その全国最大の戦場が、長谷川英憲氏の当選をめざす東京八区(杉並区)だ。ここで、自民党の石原伸晃を落選させ、森政権とファシスト石原を串刺しにする勝利を実現するのだ。国会の総翼賛状況を打ち破る革命的議員を誕生させよう。
 長谷川氏当選のためにあと四十日間、全国から杉並現地に駆けつけ、闘おう。また全国で長谷川勝利のためのあらゆる闘いを展開し、絶対に勝利しよう。
 森・自公政権は断じて許せぬ超反動的政権だ。森は四・七所信表明演説で「国益を守るため創意をもって能動的に外交に取り組む」「北東アジアを中心とした平和の創造に取り組む」と言いなし、帝国主義間争闘戦と朝鮮・中国―アジア侵略戦争の反動的決意を表明した。そして今、アジア勢力圏化と、「日本新生プラン」と称する反動的国家改造=戦争国家づくりを全力で進めている。天皇制と戦争賛美の「教育勅語」復活を「教育改革」の目玉として押し出し、有事立法・改憲を公言し、沖縄への差別意識をむき出しにして、サミット戒厳体制をてこに沖縄圧殺攻撃を強めている。
 森は、四月末から九日間で欧米七カ国を回り、クリントンら各国首脳と会談し沖縄サミットへの協力を要請した。さらに五月十四日に沖縄にのりこむのに続いて、二十九日に韓国を訪れ、金大中大統領と会談しようとしている。日帝・森政権はサミットで失敗することが帝国主義間争闘戦で日帝の致命的打撃となることに恐怖している。だから、沖縄サミットを日帝のヘゲモニーでやり遂げること、また「サミットの成功に日本国家の威信がかかっている」という挙国一致の論理で衆院選を押し渡ることに全力をあげている。
 この日帝・森政権の最大の敵は、労働者人民の闘いである。だからこそサミット厳戒態勢をもって、沖縄と本土で、闘う勢力・労組とわが革共同への破防法的弾圧を強めているのだ。
 森の欧米訪問と同時に、宮沢蔵相はタイを訪問して「円経済圏」づくりをねらう通貨スワップ協定拡充策を打ち出し、また深谷通産相はシンガポールで「自由貿易協定」締結の構想を打ち出すなど、日帝は排他的なアジア勢力圏づくりの策動を全力で強めている。

 第1節 30年代超える危機の大爆発

 だが、そのアジアの危機と激動は、いよいよこれから未曽有の激しさをもって爆発しようとしている。とりわけ三月台湾総統選での国民党支配の崩壊と、六月南北首脳会談による朝鮮南北分断体制の護持と動揺過程への突入は、ソ連崩壊に続いてついに東北アジアでも戦後世界体制の崩壊過程が始まったことを意味する。それは中国・北朝鮮のスターリン主義体制の崩壊にとどまらず、確実に帝国主義戦後体制の大崩壊につながるものである。まさに一九三〇年代をもはるかに超える帝国主義の危機(基本矛盾)の全面的爆発の時代が到来しているのだ。
 大恐慌過程の深まりは、全世界の労働者人民の貧困・生活苦を耐え難いまでにしている。五月七、八日にタイで行われたアジア開発銀行(ADB、日本の大蔵省出身者が歴代総裁を務める日帝のアジア侵略機関)の総会には、タイの労働者・農民・学生ら数千人が「日本など先進国の融資が貧しい者をますます貧しくしている」と抗議し会場のホテル前に座り込んだ。
 今年のメーデーには全世界で労働者が決起し、ロンドンやハンブルクでは警官隊と衝突した。また同日、韓国で、戦争中に三菱重工に強制徴用され被爆した朝鮮人元労働者六人が、未払い賃金の支払いと賠償を求める訴訟を釜山地裁に起こした。侵略戦争の謝罪もせず責任もとらず、開き直って新たなアジア侵略戦争に乗りだそうとしている日帝に対して、アジア人民の怒りに燃えた闘いが広がっているのだ。
 「闘うアジア人民と連帯し、日帝のアジア侵略を内乱に転化せよ」「米軍基地撤去=沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒」の路線のもとに日本労働者階級が総決起することが、今こそ求められているのだ。
 その闘いの突破口が六月総選挙決戦であり、七月沖縄サミット粉砕の闘いだ。二十一世紀を「帝国主義打倒、労働者階級自己解放の世紀」とするために、分水嶺(ぶんすいれい)をなす二〇〇〇年決戦の勝利を全力でかちとろう。

 第2章 ファシスト石原の打倒をかけた決戦

 衆院選東京八区の闘いは森・自公政権打倒の闘いで
あるとともに、日帝の戦争国家化攻撃のファシスト先兵=石原都知事の打倒をめざす決戦である。この決戦で、「親父と一緒に東京から日本を変える」などと言っている息子の石原伸晃を落選させ、長谷川氏を当選させることで、「ファシストの登場を絶対に許さない」という労働者階級の階級的な決意と力を、日帝支配階級、ファシストどもに断固としてたたきつけてやらなくてはならない。
 石原が都知事の名において行っていることは恐るべき排外主義的攻撃の扇動である。
 「不法入国した三国人が災害時に必ず騒擾(そうじょう)事件を起こす」「東京の犯罪はどんどん凶悪化している。誰がやっているかと言えば全部三国人」というデマゴギーこそ「流言飛語」そのものだ。関東大震災(一九二三年九月一日)の時に朝鮮人・中国人六千六百人以上を大虐殺したやり方なのだ。
 石原は「三国人という言葉はもう使わない」などと言っているが、それで済む問題ではない。「三国人」という差別語を使わなくても、石原は四・九暴言の後も公の場で同じ「流言飛語」を繰り返しているのだ。関東大震災時と同様の朝鮮人・中国人・アジア人民の大虐殺を、都知事の立場から扇動しているのだ。
 石原は、在日本大韓民国民団(民団)の抗議にも完全に開き直った四・二〇差別文書を出している。絶対に許してはならない。

 第1節 9・3治安出動演習粉砕せよ

 この石原の九・三「東京都総合防災訓練」=三軍統合治安出動演習を絶対に阻止しなければならない。演習の内容は、陸海空自衛隊四千人が参加、車両八百台、航空機五十機、輸送艦など艦艇数隻が出動し、銀座など都心部を含む都内十カ所で演習を展開する。統幕会議が防衛庁新庁舎(市谷)の新中央指揮システムを使って三自衛隊を統合運用し、都庁の「災害対策本部」と首相官邸危機管理センターを結んで指揮にあたるというのだ。
 十カ所の演習地域とは、白髭西(荒川区)、葛西(江戸川区)、江戸川河川敷の篠崎緑地(同)、舎人(とねり、足立区)、木場(江東区)、晴海(中央区)、銀座(同)、駒沢(世田谷区)、新宿・都庁、立川だ。在日朝鮮人、アジア人労働者が多く居住している東京東部地区などが中心だ。ここに自衛隊が出動し制圧行動を行うのだ。石原は「戦車とか装甲車で街を封鎖する訓練もしてほしい」(『正論』三月号)などともうそぶいている。
 6面につづく 

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週刊『前進』(1957号1面2)

 サミット粉砕に全国で立つ

 4・28沖縄統一行動

 ゛戦争を止める決意で″

 反戦共同行動委員会が呼びかけた四・二八全国統一闘争が、東京、大阪、広島、仙台、富山を始め全国各地で闘われた。各地とも衆院選決戦勝利、沖縄サミット粉砕へ大進撃開始の号砲となる闘争として大成功した。

 第1節 渋谷の街をデモ

 東京・渋谷の宮下公園では四月二十八日夕、百五十人の労働者・学生が結集し、総決起集会が開かれた。
 反戦共同行動委事務局長の滝口誠さんのあいさつ、沖縄青年委員会の新城峯子委員長の報告の後、沖縄から駆けつけた知花盛康さんが発言した。「五二年四月二十八日のサンフランシスコ条約で沖縄は米軍に売り渡された。七二年の本土復帰では核と基地、自衛隊まで押しつけた。サミットをヤマトの人と一緒に粉砕する。数千数万のヤマトの民衆を沖縄に送ってもらいたい。戦争を止めていく決意で立ち上がる」と訴えた。
 在日台湾人元日本兵の林歳徳さんは「石原慎太郎は『支那』という差別語を使って『中国をバラバラにしていい』と言った。九月には台湾人、朝鮮人を徹底的につぶそうという訓練をやろうとしている。徹底的に闘う」と燃え上がるような怒りのアピールを行った。
 全学連の大山尚行委員長が基調報告を行い、五・二八全国総決起闘争への大結集を呼びかけた。
 反戦自衛官の小多基実夫さんのカンパアピールに続き、決意表明が行われた。長谷川英憲さんは「総選挙は森政権打倒、サミット粉砕、介護保険廃止、石原打倒の大決戦となった。なんとしても勝利しよう」と訴えた。青年アジア研究会、労組交流センター東京地方協議会、法政大学の学生の決意表明が続いた。
 集会後、渋谷の街を一周するデモを貫徹した。

 第2節 大阪で216人

 四月二十九日、大阪日本橋の関谷町公園で、関西反戦共同行動委員会主催の全関西総決起集会が二百十六人の結集でかちとられた。
 東灘区住民の会の山本善偉代表が、開会あいさつを行い、「日に日にきな臭い世の中になるが、最も問題になっているのは沖縄の問題だ。全力で闘おう」と呼びかけた。
 関西反戦共同行動委の国賀祥司事務局長が基調報告を行い、五・二八全国闘争、七月沖縄現地への総決起と、森・自公政権と石原打倒を訴えた。沖縄青年委員会の発言に続き、関西労組交流センター教労部会、部落解放同盟全国連合会荒本支部の阪口克己書記長が闘争報告を行った。兵庫労組交流センターの教育労働者、東灘区住民の会、全学連の西野善久書記次長と、力強い決意表明が続いた。
 集会後、日本橋の電気屋街を抜けて難波までのデモを貫徹した。

 第3節 広島で集会開く

 四月二十九日、広島市南区民文化センターにおいて、広島反戦共同行動委員会主催の「四・二九広島集会」が開催された。
 反戦被爆者の会の大槻泰生会長、百万人署名運動広島連絡会の下田禮子事務局長が連帯のあいさつを行った。大槻さんは「オキナワとヒロシマがひとつになって戦争の道をくい止めよう。広島から沖縄サミット反対のうねりをつくりだそう」、下田さんは「政府はサミットで『戦争終結宣言』を出すと言っています。こんなペテンは許せません。戦争協力を拒む広範な運動を」と訴えた。
 基調報告の後、全国被爆者青年同盟、解同全国連広島支部、婦民全国協広島支部、広島労組交流センター、広島大学反戦委員会より、力強い決意が表明された。広大の新入生は「入学式での友達の『日の丸・君が代』拒否に感動し、平和の問題を考え始めた。全力で頑張る」と発言した。
 中四国地方では、他にも各地で集会が開催された。

 第4節 仙台市内をデモ

 四月二十九日、仙台市の勾当台公園で、みやぎ反戦共同行動委員会主催の沖縄デー全国統一行動・宮城集会を闘った。(写真右上)
 冒頭、当日朝亡くなった婦民全国協宮城支部代表の洞口啓子さんに黙祷(もくとう)を捧げ、全員がその遺志を継いで闘うことを誓った。山形大学の学生が、四月二十五日の学寮生四人不当逮捕を弾劾し、即時奪還をアピールした。
 東北大生が基調提起を行い、七月沖縄サミット決戦への総決起が勝利の道であることを明らかにした。
 労組交流センター、東北大学学生自治会、東北大学日就寮の力強い発言に、拍手が集中した。集会後は仙台市内をデモ行進し、圧倒的注目を集めた。 (M)

 第5節 富山駅前で訴え

 四月二十九日、陽光が降り注ぐ中、富山大学の学生と北陸労組交流センターの労働者は繁華街の富山市西町に集まりました。石原暴言を弾劾してリレーアピールしながら、沖縄基地反対の署名を集めました。次々に市民がビラを受け取り、署名に応じていく姿に、新入生も元気よく宣伝活動を貫徹しました。
 一時からデモに出発。「石原暴言弾劾」「戦争のためのサミット反対」と響きわたるシュプレヒコールに市民がふり返っていきます。(写真右下)
 最後に富山駅前で、動労西日本の出口威副委員長が「労働者が立ち上がれば戦争は阻止できる。森の地元・北陸から政権打倒ののろしを上げよう」と訴えました。  (富山大 I)

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週刊『前進』(1957号2面1)

 長谷川英憲氏当選へファシスト石原都知事&伸晃打倒を

 石原伸晃は父親の大暴言にどういう態度をとるのか?!

 伸晃は福祉解体と戦争の道

 第1章 「親父と一緒に東京から日本を変える」

 ファシスト石原都知事の排外主義暴言・自衛隊治安出動の策動が強まる中、息子の石原伸晃(東京八区)は、父親のキャッチフレーズである「スピード」「強い意志」とともに「東京から日本を変える」を自己の衆院選政策として正式に表明した。それは、伸晃が父親と政治的・路線的に一体であることを自認し、ファシスト石原の路線を国政の場で実行する急先鋒(せんぽう)となることを宣言したものだ。石原伸晃は、父親の四・九暴言(および民団への居直りの四・二〇回答=差別文書)、朝鮮人・中国人への排外主義襲撃の扇動と九・三自衛隊治安出動演習に対してどう考えるのか、全人民の前に態度を明らかにする義務がある。石原伸晃を支持することは、まさに福祉解体と戦争への道だ。石原伸晃を打倒して長谷川英憲氏の当選をかちとろう。
 ファシスト石原は、自衛隊記念式典での暴言を完全に居直り、九月三日の自衛隊治安出動演習をあくまで強行しようとしている。
 マスコミが石原発言問題を基本的に「三国人」という差別語を使った問題としてのみ取り上げていることを突いて、石原は「差別的意図はなかった」というウソと、「もう使わない」というペテンで切り抜けようとしている。
 だが、実際には石原は、自衛隊の治安出動演習をなんとしても強行し、自衛隊による首都制圧状況をつくりだそうとしているのだ。それによって自衛隊を実際にアジア侵略戦争と内乱鎮圧をやりぬける軍隊に大転換し、日本を戦争国家へとつくりかえようとしているのである。石原発言の凶暴な狙いをさらに全面的に暴露し、九・三自衛隊治安出動演習を絶対に粉砕しなければならない。
 ファシスト石原は、「外国人が騒擾(そうじょう)事件を起こす」とデマ宣伝し、自衛隊の治安出動でアジア人民を大虐殺し、労働運動・反戦闘争を圧殺し、そのことによってアジア侵略戦争に突入し、自衛隊を侵略戦争を担える軍隊に変貌(へんぼう)させ、日本を戦争国家に大転換させようとしているのだ。それは何よりも、新安保ガイドライン体制づくりを一挙にやりとげようというものである。米日帝による朝鮮・中国侵略戦争において日帝は、「難民や在日アジア人民が騒擾を起こす」とか「ゲリラ・コマンドウ攻撃」などというデマ宣伝をとおして、在日朝鮮人・中国人への襲撃・大虐殺を狙っているのだ。
 「大災害が起こったら朝鮮人・中国人を始めとする外国人が騒擾を起こす」などということは百パーセントありえない。一九二三年の関東大震災の時には、軍や警察が民衆をも扇動して朝鮮人・中国人を大虐殺したのだ。事態はまったく逆なのだ。
 石原伸晃は、「東京から日本を変える」というスローガンを父親と一緒に唱えて衆院選に立候補する以上、父親の差別暴言と自衛隊治安出動演習について民衆の前に態度を明らかにする義務がある。この「東京から日本を変える」というスローガンこそ、自衛隊の治安出動と朝鮮人・中国人大虐殺と労働運動解体によって自衛隊を「国家の軍隊」として登場させ、戦争国家への大転換を図ろうとするものなのだ。

 第2章 社会保障はぜい沢と切り捨てる人物

 石原伸晃は、選挙向けのリーフレットで、父親と同様のウソとペテンで人民をだまし、実際には一切の犠牲を人民に押しつけ、侵略と戦争に突進していこうとしている。
 伸晃のペテンの第一は、福祉・社会保障解体の先頭に立ちながら「強い意志で社会保障を」などと宣伝していることである。昨年末、小渕・自自公政権は介護保険の第一号被保険者の保険料徴収の半年間延期、その後一年間の保険料半減という総選挙のためのペテン的対策を打ち出した。これに対して、介護保険突破議員連盟をつくり、その代表として介護保険の完全実施を主張したのが石原伸晃だ。伸晃は、介護と福祉切り捨ての最先兵の役割を担ってきた人物だ。
 伸晃は、その選挙リーフレットの中で、「年金・医療・介護が、いま曲がり角を迎えています。何から何まで国が面倒をみれば、現役世代の負担は莫大(ばくだい)です。国は必要最小限をまかない、残りは個人と地域の協力で行う『共助』で、百年間は大丈夫な社会保障システムを作ります」と言っている。
 要するに、国は面倒をみない、個人と地域で自分たちでやれ、ということなのだ。今後百年間は国は福祉や社会保障はやらない、ということだ。
 伸晃は「国が面倒を見れば」などと、あたかも福祉は「施し」でもあるかのように言うが、介護や福祉は人民の当然の権利であり、国や地方自治体の義務なのだ。それは憲法二五条や老人福祉法でも規定されていることである。
 介護保険制度は、こうした国の義務を完全に放棄し、福祉を解体して労働者人民の生きる権利を奪うものだ。それだけでなく、保険料を強制的に取り立てて、大衆から無慈悲に収奪しようとする、とんでもない悪政なのである。
 今日の財政危機の原因はどこにあるのか。日帝が大資本救済のために野放図な赤字放漫財政を行い、膨大な国債を発行してきたことに最大の原因がある。小渕政権の間だけでも、百兆円を超える国債が発行されたのだ。にもかかわらず伸晃は、財政危機の原因はあたかも介護や福祉、社会保障にあるかのように言って、それを全面的に切り捨てようとしているのである。
 石原都知事は、都財政の危機は労働者の賃金が高いことによってもたらされたかのように言いなして賃下げ攻撃をかけてきた。だが、都労連労働者の闘いは、「都に財政危機の責任がありました」と言わざるをえないところに石原都知事を追いつめた。ところが伸晃は、賃下げ攻撃を強行するために父親が用いたのとまったく同じペテンを、再び持ち出してきているのである。
 伸晃のペテンの第二は、こうした大衆収奪のための「財政再建」を、あたかも次世代のためであるかのように打ち出していることである。
 自民党政治は、「財政再建」と称して介護・福祉や社会保障を全面的に切り捨てようとしている。介護保険制度はその突破口である。これに続いて年金制度改悪、医療制度改悪、雇用保険改悪などの攻撃を矢継ぎ早にかけてこようとしている。石原伸晃のリーフレットでは、「甘い考えをしないで現実を直視」だとか「贅沢(ぜいたく)をしているだけ」「我慢すべきところは我慢し」などとして、犠牲を甘受しろと人民に要求している。伸晃は、労働者民衆の生活の苦しさ、経済的に追いつめられた状態などはまったく意に介さない。こんな政治家を選んだら労働者人民に未来はない。
 この間、小渕・自自公政権の間だけでも大企業のために百兆円以上の国債が発行された。大企業救済のためには湯水のような金が使われた。その一方で労働者には産業再生法や民事再生法、商法改悪など会社分割法制によって、一層の首切り攻撃がかけられている。
 伸晃は四月に発行した『羅針盤』という表題の宣伝紙やインターネットのホームページで、自分は税制問題の専門家であると宣伝している。ところが、昨年自民党が行った税制改革とは、固定資産税や相続税の軽減措置であった。まさに資本のため、ブルジョアジーのための減税だ。伸晃は、確定拠出型年金制度を自分の成果であると押し出しているが、それは労働者にとっては生涯賃金の切り下げであり、資本にとっては負担の軽減、首切りの容易化だ。
 他方で、消費税増税の上に介護保険料の強制徴収を行い、より一層の大衆収奪を強めてきた。深刻な不況と首切り・賃下げ攻撃の中で、労働者人民の生活はきわめて深刻な状態になっている。これに対して石原は、「贅沢をしているだけ」と言い放ち、さらに「税を『取られるもの』から『国家運営のために国民が自ら分担するもの』へ」などと主張しているのだ。
 それはまさに、労働者や中小商店など民衆に犠牲を押しつけ、大資本と資本家たちの利益を図ろうとするものにほかならない。

 第3章 国家主義と侵略のイデオロギー扇動

 伸晃の第三のペテンは、「国政改革」や「地方分権」などの言葉を使いながら、アジア侵略と戦争の道に突き進もうとしていることである。
 石原都知事の外形標準課税は地方分権を進めるものであるかのように伸晃は言う。しかし、外形標準課税は赤字の中小商店や中小企業からも税金を取れるようにするための税制であり、大衆収奪そのものである。大資本の利益だけを図り、大衆収奪を強める政治によって、中小の商店などは赤字になり倒産することは必至だ。
 前述の『羅針盤』で伸晃は、「二一世紀はコンピューター社会といわれます。オセロゲームのような、カドを取れば黒と白が一瞬のうちに入れ替わる世界です。そんな社会では先に有利な位置を占めれば圧倒的に優勢になります」「国家としての戦略を立て、それを国際社会の場ではっきりと主張する。そんな新しい政治を」などと言っている。これは父親とまったく同じ「日本がアジア侵略をしなかったらヨーロッパから侵略されていた」という帝国主義の論理そのものである。
 石原伸晃は、「東京から日本を変える」「スピードのある政治」「強い意志」と称して、排外主義と国家主義をあおりながらアジア侵略の路線を推し進めている。それは、一挙に朝鮮・中国侵略戦争へと突入することのできる新ガイドライン体制をつくりあげようとするものだ。そして、侵略戦争突入を契機に、朝鮮人・中国人を始めとした在日アジア人民を大弾圧し虐殺しようとしているのだ。
 石原伸晃は、選挙向けの宣伝では「国政改革」などの言葉でこうした極悪の反動的狙いを巧妙に隠しながら、その実それを全面的に推進しようとしているのである。
 石原伸晃への支持は、まさに福祉解体と生活破壊と戦争への道であり、労働者人民に果てしない犠牲を強制するものだ。ファシスト石原都知事と石原伸晃を打倒し、長谷川英憲氏の当選をかちとろう。衆院選決戦勝利から九・三自衛隊治安出動演習粉砕へと闘おう。

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週刊『前進』(1957号2面2)

 5・4 杉並住民のつどい

 介護保険廃止へ力強く

 ゛この運動を大きな流れに″

 五月四日、集会実行委の主催による「とりもどそう! 人間らしい介護と福祉 杉並住民のつどい」が、杉並勤労福祉会館で開かれた。高齢者を始め四百三十人が集まった。
 始めに、住民の会世話人が「四月二十七日に杉並区と交渉したが、区の担当者は厚生省の役人のような答弁をした。みんなの力で立派な福祉を取り戻したい」とあいさつした。
 区との交渉の先頭に立ってきた区民や、介護保険に反対する医療関係者からのメッセージが紹介された。
 パネルディスカッションでは、福寿会在宅総合ケアセンター所長の土肥徳秀さん、九州大学助教授の伊藤周平さん、元都議会議員の長谷川英憲さんが問題提起をし、討論を交わした。
 土肥さんは、「二百五十万人が介護保険の申請をして認定結果が出た。『要介護3』より重い人が三五%になった。厚生省は、要介護度の分布はもっと低い方に片寄ると予測し予算を組んでいた」と実際の数字をあげ、介護保険は財政的にも最初から破綻(はたん)していると指摘した。
 また、コンピューターでの一次判定は、自立の度合いが低いほど認定が軽く出る“逆転”が随所で起きることを具体的に暴露した。
 さらに、介護保険は厚生省の「社会福祉基礎構造改革」という福祉の全面切り捨て計画に沿って強行されたことを明らかにし、制度の一層の改悪が狙われていることや、医療保険の改悪にも連動していることに警鐘を鳴らし、「先手を打つ運動を」と訴えた。
 伊藤さんは、「厚生省は混乱なく制度がスタートしたと言っているが、『とにかくやめてくれ、生きていけない』という悲痛な声が上がっているのが実態だ」「介護保険導入で自ら命を絶った方もいる。そういう社会にしてしまったのが介護保険だ」と弾劾した。
 また、実施後の福祉の現場について「すべてが金、金、金になっている。利用者がデイサービスに行かないとキャンセル料を取る業者もいる。三十分刻みの介護では事故があっても対応できない。福祉に意欲を燃やしてきた人が疲弊してやめていく。福祉の現場はズタズタだ」と訴えた。
 そして「福祉を保険で行うのは間違いだ。福祉の危機的な状況について学習し、広く伝えていくことが必要だ」と呼びかけた。
 長谷川さんは、介護と福祉を要求する杉並住民の会(準備会)は、介護を奪われようとしている一人の区民の切実な要求を全員の力で実現しようと住民がまとまってつくられたと紹介した。そして「介護保険は廃止。必要な人に必要な介護を。介護は全額公費負担で」という闘いの基本方針を明らかにし、「この旗のもとに集まる人が増えている。一つひとつの水滴を大きな流れに」と訴えた。
 さらに、「介護保険廃止を衆院選の大きな争点に」と述べ、既成の全政党が介護保険を容認している中で、自ら衆院選に出馬し勝利する決意を表明した。
 会場からは、「介護を切り捨てられるある一人の区民を助けられない杉並の住民ではいけない」という発言が行われた。
 これを受けて、土肥さんは「介護保険は長生きしたいという高齢者の欲求を押しつぶすもの」と訴え、伊藤さんは「人間の尊厳が奪われる中で、やむにやまれず立ち上がることから運動が始まる。この運動を広くつなげていこう」と呼びかけた。長谷川さんは、この間の区交渉で着実に勝利を積み重ねていることを基礎にして、さらに大きな団結をつくり出そうと訴えた。
 その後、全国の運動からのあいさつが続いた。
 東大阪からは、国保と健康を守る会・介護要求部会の住民とともに闘いを貫く医療労働者が発言。「わずかな年金で食事もきちんととれない高齢者にも自己負担を強いる介護保険は廃止以外にない。要求実現のために団結を」と訴えた。
 高槻からは、高槻市議で富田町病院院長の小西弘泰さんと健康を守る会の副代表が発言した。小西さんは、「五月一日は介護保険メーデーとして百三十人の集会・デモを行った」と報告し、「杉並で全国の先頭に立つ運動が始まったことに励まされた」と述べた。
 続いて、杉並住民の会の世話人九人が登壇。代表して発言した区民は「私のこの手は熱い手、確かな手なんです。一人の仲間がめそめそしていたら皆で励まし合おう。老人は大志を抱き、自信を、確信を持ちましょう」と力強く発言し、大きな拍手を浴びた。
 最後に、新城節子杉並区議が集会アピールを読み上げた。
 五月四日をもって介護保険廃止の全国運動へ、大きな一歩が切り開かれた。

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週刊『前進』(1957号2面3)

 ゛長谷川英憲氏を国会へ″

 都革新後援会 熱気溢れ1周年集会

 四月二十九日、都政を革新する会後援会は、杉並区内で「都政を革新する会後援会結成一周年 長谷川英憲を国政へ」の集会を百二十人を集めて開いた。
 まず後援会長が、「投票日まで一人ひとりが長谷川さんの手足になってがんばろう」とあいさつした。
 区内在住の声楽家によるミニコンサートが開かれた。闘う人びとへのメッセージを込めた「ひたむきに生きる人たちへ」、都革新のテーマソング「TOGETHER」のほか、今回初めて披露された「春に」が歌われた。
 富田町病院院長で高槻市議の小西弘泰さんが駆けつけ、「介護保険は何としてもつぶしたい。そのために長谷川さんを国政へ」と激励の言葉を述べた。
 長谷川英憲氏が出馬の決意を表明、総選挙の課題を四点にわたって訴えた。
 第一に、総選挙を「戦後史上かつてない決戦」と位置づけ、「森・自公政権は有事立法・改憲や教育基本法改悪を強行しようとしている。総選挙は絶対に負けられない」と述べ、「総選挙勝利で沖縄サミットと名護新基地建設にノーを突きつけよう」と訴えた。
 第二に、石原都知事の差別・排外主義暴言と九月三日の自衛隊三軍による「防災訓練」を弾劾し、「石原伸晃候補を倒し、朝鮮・中国−アジアの民衆に連帯して闘う」と述べた。
 第三に、総選挙は介護保険実施など社会保障の全面解体攻撃との闘いだと提起した。介護と福祉を要求する杉並住民の会(準備会)の結成は、民衆の主体的な決起の始まりだ。「最初は一粒の水滴からかすかな流れになり、支流となり、やがて奔流へ」と、この闘いの拡大を訴えた。
 第四に、ガイドライン・有事立法・改憲の問題を選挙の争点とせず、介護保険にも賛成する日本共産党を弾劾し、「新しい大衆の動きと結びつく、新しい未来ある勢力が登場しなければならない」と述べた。
 その後、後援会会員の音頭で、必勝を期しての乾杯が行われた。
 革共同の天田三紀夫書記長は、「長谷川さんの当選はその背後にいる数百万の民衆の力を示すことです。革共同は全国の力を杉並に集中し、皆さんとともに当選をかちとる」と述べた。
 後援会の会員が次々に発言した。ある会員は、自作の詩を朗読して闘いにかけた決意と情熱を語った。「労働者の力になるのは連合の推す候補ではなく長谷川さん」という労働者や、「南京大虐殺はなかったと言う人が知事になり、自自公はありったけの悪法を作った。民衆が声を上げるべき時」「憲法も変えられようとしている。戦争のない世界のためにがんばろう」などの発言が続いた。
 これらの発言を受け、新城節子杉並区議が「国会に私たちの意思を体現する議員がいないことに憤懣(ふんまん)やるかたない思いでいた。長谷川さんを民衆の闘いの槍の穂先として国会に送ろう」と訴えた。
 結柴誠一区議は、「勝利の手がかりをつかみつつある。自民党の石原伸晃候補は楽勝だと高をくくっている。共産党や民主党は勝とうと思っていない。私たちが区民の心をつかめば勝てる」と述べた。
 最後に、後援会副会長が「後援会の私たちが力を出すことが勝利のカギだ。ただちに行動を」と訴えた。
 熱気あふれる集会をかちとり、後援会は衆院選本番へ意気高く突入した。

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週刊『前進』(1957号2面4)

 メーデー

 労働者に資本への怒り

 闘い抑圧する連合指導部

 五月一日、全国各地でメーデーの集会が開かれた。激しい首切り・賃下げ攻撃の中で、今年のメーデーは労働者階級の資本への怒り、闘いを抑圧する連合、全労連指導部への怒りのかつてない高まりを示した。
 労組交流センターは、各会場で階級的労働運動の新潮流の形成を訴えた。
 他方、メーデー破壊のために押しかけたカクマルは、労働者から徹底的に弾劾され、消耗しきった姿をさらした。
 連合系の第七一回メーデー中央大会は東京・代々木公園B地区で行われ、約十万人が集まった。
 連合は、来年からメーデー行事を四月末に移すという反動的方針を決めている。これへの怒りが噴出する中で、連合中央は昨年は中止した結集デモを、今年は公式行事として復活せざるをえなかった。結集デモに先立つ各単産の集会では、連合中央のメーデー解体方針への怒りがあふれた。労働者は「春闘勝利」「行革リストラ反対」「石原発言弾劾」などのプラカードを手にデモを貫徹した。
 鷲尾悦也連合会長は、「階級的労働運動から民主的労働運動へ、対抗型労働運動から協調型労働運動への転換を進めてきた連合のメーデーに労相が欠席するとはどういうことか」などと、連合支配の崩壊の危機におびえつつ権力に泣きごとをたれ、労働者階級を抑圧する連合の本質を自己暴露した。
 全労協系の「日比谷メーデー」には約二万人が参加。石原暴言を批判する横断幕が目立ち、「ISHIHARA NO!」のプラカードを掲げる外国人労働者の姿も見られた。
 主催者代表の酒田充国労東京地本委員長は、反リストラ、国鉄闘争勝利や石原発言弾劾、憲法改悪阻止、沖縄米軍基地撤去などを訴えた。矢沢賢都労連委員長は「石原都政と対決し、今年もストに決起する」と決意表明。「石原やめろネットワーク」の辛淑玉(シンスゴ)さんは「石原発言は新しいファシズムの始まり。今、立ち上がらなければメーデーもやれなくなる。一緒に反ファシズムの闘いを」と訴えた。また、神宮義秋国労闘争団全国連絡会議長が、ILO勧告を受けて全面勝利をかちとる決意を表明した。
 デモ隊には、都政を革新する会の長谷川英憲元都議が声援を送った。
 全労連系は東京・亀戸中央公園で中央メーデーを開き、約八万人が参加した。
 だが、小林洋二全労連議長は「総選挙に勝利を」と言うだけで大失業攻撃との闘いを提起せず、不破日本共産党委員長は“ルールある資本主義を”という日共の闘争放棄の路線を空叫びし、支配階級に屈した日共のもとに労働者を囲い込もうとした。
●連合大阪メーデーで中核派が大宣伝
 中核派は、大阪地方メーデー会場の大阪城公園に六十人で登場し、大宣伝を貫徹した。「森・自公政権−石原を打倒せよ! 帝国主義の戦争会議 沖縄サミット粉砕! 連合=JR総連を打倒し首切り・リストラ・大失業とたたかう労働運動を」の大横断幕を掲げ、労働者の圧倒的な注目が集まった。
 権力に守られて会場付近に来たカクマルは、サミットにも石原発言にも一切言及しないビラをまき、反革命的正体をあらわにした。

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週刊『前進』(1957号3面1)

 長谷川英憲氏当選へファシスト石原都知事&伸晃打倒を

 公然と改憲を主張する政党 介護保険の推進でも急先鋒

 民主党に幻想は全く持てぬ

 民主党は、「自公政権に代わる政権政党」をキャッチフレーズに衆院選に臨もうとしている。だがはたして民主党は、労働者人民が支持すべき政党なのだろうか? 労働者人民の利害をわずかでも代弁する政党なのだろうか? 断じて否である。民主党は、有事立法・改憲の政党であり、介護保険制度の積極的推進者である。労働者人民のいのちと暮らしを破壊する政党、自民党と基本的に同じブルジョア的保守政党である。しかもそれらを連合とともに労働者人民に強制するところに、民主党の悪質な役割がある。六月衆院選で日本共産党と民主党への一切の幻想をはぎとり、石原伸晃を打倒して、長谷川英憲氏の当選をかちとろう。

 第1章 政府案より反動的「緊急事態法制」案

 民主党の「緊急事態法制検討プロジェクトチーム」(座長・上原康助)は六月衆院選を前にして五月四日、「緊急事態法制の枠組みについて」と題する試案をまとめた。この試案は、一九八一年と八四年に政府が発表した「有事法制研究」には不備があるとして、戦時における自衛隊の行動権限を強化し、労働者の戦争動員をもっと拡大すべきだと主張している。
 政府研究では、防衛庁所管の法令について、有事法制の適用を「自衛隊の防衛出動」に限定しているが、民主党試案ではそれ以前の「防衛出動待機命令時」の段階から有事法制を発動すべきだとしている。これは朝鮮・中国侵略戦争の準備の段階から自衛隊が日本国内で自由に行動できるようにしようということだ。
 しかも、平時の民間防衛、有事後の災害復旧も対象にするなど、自衛隊の行動権限をより一層強めるべきだと、政府研究よりも有事法制の適用時期を早め、適用対象も広げるべきだと主張している。
 また、有事の民間協力として自衛隊法で定めている「従事命令」の対象を、現行の医療、土木建設工事、輸送だけでなく、港湾・空港従事者、サイバーテロや装備品ハイテク化に対応する民間技術者などにも拡大すべきだとしている。
 さらに同プロジェクトチームは、領域警備に関して自衛隊出動の新たな概念と武器使用の規定を盛り込んだ「素案」をまとめた。これは、@防衛出動以前に、自衛隊出動の新しい規定として「警備出動」を定めて、自衛隊法も改悪する、A自衛隊に、警察官職務執行法(警職法)に限定しない武器使用権限を与えるというものだ。
 現在は海上保安庁による対処が困難な場合、自衛隊が「海上警備行動」として警察行動に準じて出動するとされている。ところが民主党素案では、「海上警備出動」なるものを新設し、自衛隊に警察行動を超える任務規定を認め、行動目的や権限を自衛隊法に明記すべきだとしている。そして、警職法七条を準用している自衛隊の武器使用権限を見直し、国際法規・慣例に準拠した武器使用基準(ROE=交戦規則)の策定や危害射撃(相手に危害を与える射撃)に関する特例措置の検討も打ち出している。陸上警備についても同様の主張をしている。
 要するに、「不審船」に対して発砲し、撃沈し、せん滅すべきだ、「武装ゲリラ」対策と称して自衛隊は治安出動しろ、「領域警備行動」=戦争の発動に自衛隊はどんどん踏み込むべきだと主張しているのだ。日帝の戦争への突入を積極的に扇動する最悪の戦争挑発というほかない。
 民主党は、選挙を前に、わざわざこうした試案や素案を発表し、政府の有事法制の研究では生ぬるい、民主党こそが侵略戦争体制づくりのできる政党だと、日本帝国主義ブルジョアジーに売り込んでいるのだ。

 第1節 自民党と同じ第二保守政党

 次に民主党は、選挙公約に改憲を掲げて、総選挙に臨もうとしている。
 民主党代表の鳩山由紀夫が、昨年九月の代表選で、「(憲法)九条はまず『陸海空軍その他の戦力は保持する』と一番目の項目として明記すべきだ」と、憲法九条を「戦力不保持」から「戦力保持」へ百八十度改悪することを主張して代表になったことに示されるように、民主党は根っからの改憲政党、第二保守党だ。
 憲法調査会でも、民主党は、「国際的に自衛隊の海外派遣など応分の負担をしなければならないのに、憲法九条との関連で自衛隊は軍隊であるのか、ないのか、違憲か合憲かの論争が存在する。国家のサイズに合う憲法に仕立て直すべき時期に来ている。十年をめどに憲法を見直すことをすべきだ」(四月十九日、吉田之久参院議員)などと九条改悪論を展開している。
 横路孝弘や江田五月らもペテン的に「憲法は不磨の大典ではない。時代の変化とともに議論されるのは当然」などと「論憲」を唱えながら、実際は憲法改悪論議を推進している。
 森・自公政権は、所信表明演説を始めとして、国会の場でも繰り返し有事立法・改憲に踏み込むことを公言し、戦争と侵略の道へと突き進んでいる。
 民主党は、この反動森政権と反動ぶりを競い合って、有事立法・改憲を推進しているのである。
 民主党の犯罪的性格は、有事立法・改憲の主張を掲げるにとどまらず、連合の労働者支配をフルに活用して、労働者階級に有事立法・改憲の承認を強要するということにある。改憲政党支持を労働者に強制する連合は、民主党ともども絶対に許すことができない。

 第2章 「社会的介護・地方分権」うたうペテン

 民主党は、菅直人が厚相の時に介護保険制度を導入し、今また介護保険推進本部なるものを設置し、介護保険制度を積極的に推進する急先鋒(せんぽう)でもある。
 四月実施を前に労働者人民の怒りや不安が高まる中、小渕・自自公政権は昨年十月、第一号被保険者の保険料を最初の半年間は徴収せず、その後の一年間は半額にするという保険料徴収の一時棚上げを行った。もちろん、これは介護保険制度の中止でも何でもなく、介護保険制度を強行実施するためのインチキでしかない。しかし民主党は、介護保険制度の積極的推進の立場からこれを批判し、「延期」「一時凍結」などの動揺的な動きに対しても、あくまで四月完全実施を主張し続けた。
 民主党は、介護保険制度導入の目的を、@家族介護から社会的介護への転換、A要介護高齢者の人権の確立と高齢者の自立支援、B措置制度からサービス選択可能なシステムへの転換、C社会的入院を解消し、在宅介護を充実、D民間活力を利用して、良質かつ大量のサービスを生みだすものだ、と主張している。
 しかし実際には、介護保険制度の四月実施によって、これまで受けてきた介護すら受けられないというのが現実である。高額の自己負担が支払えなくて、受けるサービスを縮小したり、あるいはあきらめた人が続出している。「社会的介護への転換」などでは断じてなく、逆に福祉・介護の全面的切り捨てでしかない。
 「民間活力を利用し」などと言うが、これも実際には介護をビジネス=営利事業にするものでしかない。介護の必要な高齢者をもうけの対象としてしか見ず、「寝たきりの方がもうかる」「死なない程度に重度のまま、長生きしてもらう」と、高齢者の要介護度をより重くした方が金になると考えている業者がたくさんいる。「選択可能」どころか、業者の側が要介護度の低い高齢者を排除するという事態が広範に起こっているのだ。このような制度のどこに「要介護高齢者の人権の確立」があるのか。
 民主党は、保険料(医療保険も含めて)の抑制をはかるために、社会的入院の解消(病院からの叩きだし)や、介護保険の適用となる療養型病床群の数に歯止めをかけるべきだなどと主張している。つまり、病院や施設から高齢者を叩き出すことが保険料の抑制になるというのが民主党の考え方だ。
 また、介護保険制度は地方分権の試金石であると、国の介護・福祉に対する全面的な責任放棄を免罪し、保険者となる市町村の「やる気」や「姿勢」に一切の問題があるかのように描き出している。
 民主党は「地方分権」や「住民参加」などの言葉を、きわめてイデオロギッシュに使って、労働者人民に介護保険を強要しようとしている。民主党のインチキな反階級的イデオロギーを粉砕せよ。
 四月一日の介護保険実施後、このままでは生きていけないという切実な要求が噴き出している。制度の矛盾・混乱が拡大している。民主党はこれらを、「多少の混乱」と言い放ち、労働者人民はそれらを甘受せよと、主張しているのだ。

 第3章 石原暴言を擁護し居直りに手を貸す

 民主党の今ひとつの反人民性は、ファシスト石原の差別暴言を擁護し、石原の居直りに手を貸していることだ。石原の「三国人」暴言についても、民主党は当初、発言の撤回と謝罪、議会への説明を石原知事に求め、場合によっては臨時議会開催を提案する構えを見せていた。しかし石原が、都議会民主党に対して「遺憾の意」を文書で表明するや、早々と「謝罪、撤回という文言はないが、文脈から実質的に撤回、謝罪に相当するものと判断した」と言って、臨時都議会の開催要求を見合わせた。
 民主党は、日本共産党とともに、石原に対する怒りやリコールの声と闘いの高揚に敵対し、石原の延命に手を貸しているのだ。
 民主党の階級的正体は、自民党や自由党となんら変わらない反動保守政党だ。旧社会党出身議員がいるとか、連合が支持しているからといって、労働者階級の利害がわずかでも反映されるということではまったくない。むしろ逆に、労働者階級の階級性を解体して日本帝国主義の利害を強制することをその反革命的任務とするところに、民主党の本質がある。日共と民主党への一切の幻想はうち砕かれなければならない。
 民主党は、労働者階級人民が支持すべき政党では決してない。百パーセント打倒対象である。革命的議員の誕生は、それがたった一人であっても、民主党、日本共産党の反動的正体、転向・屈服ぶり、欺瞞を満天下に暴き出すであろう。
 日本共産党、民主党の候補を引きずり下ろし、石原都知事と一体の現職の石原伸晃をうち倒し、長谷川英憲氏の当選をかちとろう。
〔片瀬 涼〕

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週刊『前進』(1957号3面2)

 福祉を切り捨て大増税

 介護保険は廃止せよ(3)

 要介護認定の関門

 ランク付けで介護奪う 「自立なら給付はなし」

 介護保険は、必要な介護を切り捨てる制度である。そのことを露骨に示しているのが介護認定の制度だ。
 医療保険なら、保険証を持って医者に行けば、本人の訴えによる診察と、それに基づく医療は直ちに受けられる。だが、介護保険はこれとは異なり、認定という狭い関門をくぐり抜けた人だけにしか介護は行われない。

 第1節 「客観的基準」

 介護を受けようとする人は、まず要介護認定を受けなければならない。
 認定の申請を受けた市町村は、調査員を派遣して訪問調査を行う。調査の内容は、立ち上がれるか、寝返りが打てるか、排泄(はいせつ)や食事はどうか、物忘れはあるかなど八十五項目をマークシート方式でチェックするというもの。これをコンピューターにかけて第一次判定を行う。一次判定の結果と主治医の意見書、調査員が記入した特記事項に基づき、各市町村に設けられた介護認定審査会が第二次判定をする。こうして「要介護5〜1」と「要支援」「自立」という七段階のふるい分けがなされるのである。
 要介護認定の結果によって、保険給付には厳しい枠がはめられる。「自立」とされれば給付は一切受けられない。「要支援」では施設介護は受けられない。要介護でも、それぞれの段階に応じて利用限度額が決められている(表参照)。限度額は実際に必要な介護サービスの費用に比べて、きわめて低く抑えられている。この限度額を超えて介護を受けようとすれば、その利用料は全額自己負担だ。
 初めて会う調査員が高齢者の心身の状態をこと細かく聞くこと自体が、人格を傷つけるものとなるのだ。厚生省が定めた訪問調査のマニュアルでは、「室内で五b歩ければ『歩行可能』」「立てなくても、いざって移動できれば『移動可能』」「植物状態なら『物忘れはない』」などとされている。
 本人や家族の要求に基づく介護を行うのではなく、「客観的基準」なるもので介護を必要とする高齢者をランク分けすること自体が、人間の尊厳を傷つける行為である。
 とりわけ問題なのは、その人の生活環境全般を考慮することなく、心身の状態だけで介護の必要性を決める判定の方法だ。これまでの福祉では、その人の生活環境、経済的な困窮の度合い、住宅事情や家族の状況などを総合的に勘案して、介護の必要性を判断してきた。介護保険では、そうした要素はまったく考慮されない。
 驚くべきことに、介護保険推進派は“経済状態とは関係なく心身の状況だけで介護度を判断するのが真の公平”などとうそぶいている。厚生省に至っては、二次判定をする介護認定審査会の運用基準で、年齢や住宅環境、家族介護者の有無などを理由に一次判定の結果を変更してはならないと定めているほどだ。

 第2節 悲痛な叫びが

 こうした判定方法は、きわめて深刻な事態を引き起こしている。身体介護の必要性だけに重きを置く一次判定の方法では、アルツハイマー症のように身体機能にあまり問題がないが、徘徊(はいかい)などの問題があって、常に家族が見守っていなければならない高齢者の介護度はきわめて低く判断されてしまう。
 杉並のある区民は、「アルツハイマーの母を家族で見てきたが、言葉では尽くせないほど大変だった。症状には波があり、行政の人が面接に来ると、しっかりした態度をとったりする。実際の介護と生活をともにしなければその大変さは分からない。コンピューターの審査では、そんなことは理解できないだろう」と怒りの声を上げている。
 誰が見ても、最も手厚い介護が必要な状態にある人が、低い認定しか受けられない事態も生じている。
 杉並に住むAさんは、脊髄(せきずい)損傷による下半身まひで二十四時間介護を必要とする1級の「障害者」だ。これまでは、家族に支えられつつ、区の高齢者福祉施策と自費負担での介護サービスを併用して、自宅での生活を送ってきた。そのAさんに出された認定が「要介護3」である。これでは、下半身が完全にまひしているAさんにとって絶対に必要な排便介護も、週三回から二回に減らさなければならない。
 Aさんと家族は、認定結果に納得できず、再申請を行ったが、結果は再び「要介護3」だった。Aさんの家族は、「今、水が必要なのに井戸を掘るまで待てというのですか。断崖の上に立っているのにロープがないというのですか」と訴えている。
 介護認定は、介護を削減し、切り捨てるためだけの制度である。厚生省の推計でも、これまで訪問介護を利用してきた人のうち四万人が「自立」と判定されて介護を打ち切られ、特別養護老人ホームに入所している人のうち一万五千人が「自立」「要支援」と判定されて、五年間の経過措置のうちに施設を追い出されることになるとしている。
 施設からの追い出しはすでに始まっている。介護度が低く認定された高齢者が自殺するという痛ましい事件も起こっている。高齢者に、「家族に負担をかけないよう早く死んだ方がいい」と悲痛な叫びをあげさせる非人間的な制度が介護保険なのである。

 第3節 一層の改悪も

 介護認定によって必要な介護を切り捨てられる人は、すでに膨大な数に上っている。朝日新聞が行った調査では、三月三十一日現在で認定を申請した人の数は全国で約二百三十四万人、そのうち「自立」と判定された人が六%、「要支援」は一一%、要介護1は二〇%、同2は一四%、同3は一二%、同4は一四%、同五は一二%だった。全国で約十四万人が「自立」として保険給付から全面的に排除され、約四十万人が「自立」「要支援」として、施設介護は受けられないとされたのだ。
 だが、この認定結果さえ、厚生省の予測よりは重めに出ている。厚生省の当初のもくろみでは、「要支援」と「要介護1」で要介護者の六割を占め、「要介護5」は五%に抑えるというものだった。今日、厚生省は認定調査を厳しく行うよう、市町村に対する締め付けを強めている。それでも厚生省の思惑どおりにならなければ、今後は一次判定ソフトの改悪などにも踏み込もうとしている。
 労働者人民の闘いがなければ、介護保険はより一層改悪される。介護保険廃止と介護を奪い返す闘いだけが、労働者人民のいのちを守り抜く道だ。(T・N)

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週刊『前進』(1957号3面3)

 5・3東京

 改憲阻止へ130人

 ゛今こそ立つ時″と熱気

 五月三日、東京・飯田橋のシニアワークで開かれた「断罪、『この国のかたち』五・三憲法改悪反対労働者市民のつどい」に参加しました。(写真)
 初めに主催者の「戦後五十年を問う八・一五労働者市民の集い全国統一実行委員会」を代表して、葉山岳夫弁護士が「『政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないように』立ち上がるべき時がきました」と、危機感と使命感を込めてあいさつしました。
 平和遺族会全国連絡会事務局長の西川重則さんは、国会の憲法調査会を毎日傍聴した報告をもとに「憲法調査会は、二一世紀の『国のかたち』として、憲法を変えるために設置されました。九条を否定し、自衛権を明記して、有事立法下の日本へ変えようとしています。努力と学びと具体的な行動で、この動きを止めましょう」と訴えました。
 弁護士の佐藤昭夫さんが「譲れない!憲法・平和・人権」と題して講演。「憲法は民衆にとって、権力が民衆を苦しめることを許さないよう押しつけるべき掟(おきて)です。戦争で被害を受けるのも、戦争を支える後方支援を担うのも労働者です。今こそ声をあげましょう」と訴えました。
 次に「司法改革の正体」と題して、司法改革に反対して闘う弁護士が「今進められている改革とは、財界を下支えするため、治安管理強化のための司法への改悪です。弁護士の反対運動が燃え広がっています。民衆の立場に立つ弁護士として、みなさんとともに闘います」と発言しました。
 元都議会議員の長谷川英憲さんは「石原の差別暴言は絶対許せません。石原は九月三日に自衛隊四千人で首都を制圧する治安訓練を行おうとしています。労働者の闘いを強めて、石原を辞めさせよう。さらに総選挙・東京八区で石原伸晃をたたき落とし、私が勝利したい」と述べました。
 続いて「日の丸・君が代」反対闘争と沖縄闘争が報告されました。国立の元教育労働者は「卒・入学式の『日の丸・君が代』押しつけに、組合と保護者と子どもたちが一緒になって反撃しました。今も闘いの渦中です。焦点になっている国立二中には四月、右翼が車六十三台で押しかけて街宣を行いました。教育基本法改悪反対の闘いと結び『日の丸・君が代』闘争を闘います」と語りました。
 全学連名護現地行動隊で闘ってきた学生は「沖縄では今、サミット粉砕を鮮明に掲げて登場する勢力が求められています。沖縄の闘いに本土の労働者・学生が連帯して立ち上がれば、日本の現実は絶対に変えられます」と、沖縄サミット決戦を訴えました。
 沖縄民権の会の座覇光子さんは「先日大阪で行われた古波津英興さんの一周忌に参加した時、新幹線沿線の家々を見ながら『一体どれだけの人が沖縄のことを真剣に考えているだろうか』と思いました。名護新基地建設について、動労千葉の中野委員長が『労働者階級が黙っていてはいけない。辺野古の人たちにまかせておいてはいけない』と発言していたことに、私は感動しました。沖縄の人びとの本音は、サミットを倍する反対の闘いを実現することです。七月には、是非沖縄に乗り込んでください」と呼びかけました。
 最後に三角忠さんが、「戦争や改憲の動きに対し、はっきりと断罪する声がまき起こっています。確信を持って闘いましょう」とまとめました。
 連休のまっただ中にもかかわらず百三十人の労働者・市民、学生が参加しました。有事立法・改憲の大逆流を打ち破るような、熱気あふれる集まりでした。
 (投稿 M・O)

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週刊『前進』(1957号3面4)

 ゛関空二期を中止に″

 泉州住民の会が総会開く

 四月二十三日、泉佐野市で、関西新空港絶対反対泉州住民の会の二〇〇〇年度総会が行われた。九十人の住民が集まり、会場は満杯となった。
 森田恒一代表が「会創立当初は会員はわずかだったが、今は地元の会員でいっぱいになり感慨無量です。情勢は今まで以上に非常に緊迫している。関空二期、成田、名護への攻撃はすべて朝鮮・中国への侵略の手はずを整えるため。反対運動が大切な意味を持っている」とあいさつした。東灘区住民の会の松原康彦事務局長は「神戸空港も関空二期も戦争のため。大阪湾一帯を巨大な基地にすることが狙われている。神戸を基地の街にさせない」と連帯のあいさつを行った。
 活動報告では、九九年、関空の軍事使用と二期着工に全力で対決し、三里塚や神戸、饗庭野(あいばの)、伊丹、戦争法反対の国会闘争にかけつけ闘ってきたことの意義を確認した。
 国賀祥司住民の会事務局長が、「二〇〇〇年度は二期事業の中止を求めて闘おう。全日空も国際便を撤退し、赤字は増大している。地盤沈下で近い将来『海面より低い空港』になろうとしている。この上二期に一兆五千六百億円も投入するのは軍事空港のため。住民の会の主張が浸透し賛同が増え、会を強化する時。新ガイドライン、関空の軍事使用に反対し、沖縄の闘いに連帯しよう」と運動方針を提案し共に誓い合った。
 新役員を迎えた体制を確立し、「二期工事を中止せよ、関空の軍事使用を認めるな」の総会決議を採択、ただちに関空会社と運輸省に抗議申し入れに立ち上がることを拍手で確認した。
 続いて名護市議の宮城康博さんが「沖縄・名護からの報告−ジュゴンの海に軍事基地はいらない」と題して講演した。宮城さんは「関空は『完成したら大阪空港を閉鎖する』『海上しか飛ばさない』という当初の約束を反故(ほご)にしている。『民間空港』でもそうなのに軍事空港ならなおさら」と語り、九七年名護市民投票の経過、SACOが沖縄米軍基地機能の拡大強化であること、新基地計画と地域振興策のデタラメさを丁寧に訴えた。「市民投票では九割近くが反対を表明し、反対意志の強さに確信を持った。名護市民は基地は絶対つくらせません。受け入れ表明した市長は辞めさせようと考えています。市長リコール署名の受任者は市民投票の時をはるかに超えている。市長候補は基地反対運動の中から生まれてくると確信しています」と語った。
 参加者から「沖縄の基地はどのように使われているのか」「『日の丸・君が代』の状況は」など活発な質問や感想が出された。宮城さんは、海兵隊やNBC(核・生物・化学)兵器の訓練が日常的に繰り返されている実相を話し、「日米安保は米国の戦争に沖縄から出動するためのもの。それに手を貸しているのが日本政府」「基地や戦争をやめさせる決意を持った一人ひとりが集まって闘うことが本当に大事」と話した。
 全参加者が、沖縄闘争と連帯して、関空二期事業粉砕を闘う決意を固めた。

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週刊『前進』(1957号4面1)

 闘争団守りぬき国鉄決戦勝利へ

 「JR総連=カクマル」むき出し反革命的純化深める黒田=松崎

 分裂激化→打倒へ大攻勢を

 二〇〇〇年決戦の激闘は、国鉄決戦の場においてはJR総連=カクマルの危機とJR結託体制の崩壊的危機をつくり出している。JR東日本経営陣の新人事で、松田現社長が代表権のない会長に退いて大塚現副社長が社長に昇格し、現最高顧問の住田が取締役をはずれて相談役に退くことが確定的となった。JR資本とカクマルの結託体制は、国鉄分割・民営化以来最大の危機を迎えたのだ。これに対してカクマルは「葛西=大塚体制を許すな」などと絶叫し始めた。断末魔のJR総連=カクマルを打倒し、JR結託体制を崩壊させ、国労の階級的再生をかちる、国鉄決戦の最大最高の決戦期が訪れたのである。

 第1章 日帝の資本攻勢激化と労務政策の転換でJR労資結託が危機

 JR東の新人事は、四月十四日にマスコミ報道、二十四日に二階運輸相に報告・了承され、二十五日に正式発表された(五月中旬の閣議了解を経て六月株主総会後の取締役会で正式決定)。住田・松田というJR体制のかなめに位置した二人が退くとともに、山之内会長が取締役相談役に退き、住田・松田が社長に推した原山副社長や、松崎の相棒・花崎常務が退任し、関連会社に飛ばされる。
 今回のJR東の新人事が自民党幹事長・野中広務らの日帝権力中枢の決断により、JR西日本の井手会長ら自民党竹下・小渕派に連なる人脈によって画策されてきたことからも日帝の国家意志は明らかだ。
 結論から言うとこれは、一方で日帝権力が、十三年間のJR結託体制の抜本的転換に踏み出したものであり、他方でJR総連=カクマルを使った国労解体攻撃から、いわば日帝権力が直接にのり出した新たな国労解体、国鉄労働運動解体攻撃に踏み込んだという両面を意味するのである。
 この情勢は、二〇〇〇年決戦の激烈な階級決戦情勢の中で起こっている。体制的危機のもとで小渕がダウンし、より反動的な森・自公政権が登場し、同時に石原都知事がファシスト的に突出している。何よりも日帝は、長期大不況と恐慌過程で、今春闘での賃下げ攻撃や社会保障解体などの資本攻勢を激化させ、戦後的な階級支配を転換させる攻撃に踏み込んでいる。これは、従来の労資協調の御用組合の存在、連合の存在すら許さないという攻撃だ。NTTのベアゼロ、組合費のチェックオフ禁止策動などはそれを象徴している。
 他方で、労働者人民の怒りが高まり、全逓での連合指導部に対する怒りの噴出を始め、連合支配を蹴破って反乱を開始する機運も生まれてきている。
 こうした日帝の危機と階級支配の転換は、JRをめぐっても例外ではない。いや、国鉄分割・民営化という希代の反革命、大リストラ攻撃を最先端で強行し、しかもJR総連=カクマルというファシスト労働運動との結託体制によって成り立ってきたJR体制は、この十三年をとおしてよりすさまじい矛盾をかかえ込み、危機を累乗化させているのだ。貨物や三島会社の経営問題や安全問題が爆発し、何よりも不屈に闘い続ける国労闘争団や動労千葉の闘いによって、国鉄労働運動の圧殺という分割・民営化攻撃の最大の目的が貫徹できていない。このままでは「完全民営化」どころか、JR体制の崩壊に行き着きかねない。
 しかも、闘争団を先頭とする国鉄闘争がJR体制の危機を突いて闘い続けられるならば、国鉄闘争を先頭として階級的労働運動を再生させてしまいかねない。
 ここから、日帝国家権力が、これまでのJR結託体制を転換・再編するとともに、同時に千四十七人問題に最後的に決着をつけ、国労(および動労千葉・動労総連合)を解体する新たな攻撃に決定的に踏み込んできたのである。
 われわれは、この日帝権力とJR資本の動向の中に、彼らのかつてない危機を見ることができる。JR総連=カクマル打倒の決定的なチャンスが訪れているのだ。

 第2章 「大塚新体制」に対し「対決」か支持かで新たに「対立」が激化

 追いつめられたJR総連=カクマルは、危機感をむき出しにし、躍起になってこの事態に対応している。
 まず、カクマルの「党」の側の激烈な反応である。
 反革命通信『解放』一六一七号(五月一日付)は、「JR東・大塚新経営陣の新たな労組破壊攻撃を打ち砕け!」「野中・亀井を黒幕とする『葛西=大塚体制』というべきもの」「JR労働運動の破壊のために登場した大塚新体制と対決し、東労組(JR総連)の戦闘的強化のために奮闘しよう」などとけたたましく叫んでいる。
 同時に、JR東の新人事発表直後の一連の列車妨害事件を、またぞろ「鉄道謀略」だとして「謀略論」デマを展開している。
 また、この『解放』と軌を一にして、カクマル作成の『主張』四月二十五日付では、「葛西―大塚の会社派フラクによる労組破壊策動をうち破ろう」と、同様の主張を展開している。
 だが、JR東労組は「組合」として、これと一見、正反対の態度を表明し始めた。しかも、カクマルが『主張』をもってJR社宅を個別訪問していることを弾劾しているのである。
 まず、JR東労組千葉地本が、四月二十四日付の「『主張』(古文書クラブ)の戸別訪問弾劾!」というビラで「『国鉄改革完遂』のために住田=松田=大塚体制を強化し、さらなる労使関係を構築しよう!」と言い出した。
 同東京地本の四月二十五日付のFAXニュースでも次のように言っている。
 「我々は、国鉄改革完遂に向けあらゆる組織破壊や組織介入を許さず強靱(きょうじん)な労使関係をJR東日本会社との間に築いてきた……四月十四日、マスコミに発表された『大塚体制』になってもいささかも変るものではない。支持をしていく!」と。
 なんと、JR東労組は、住田が取締役をはずれ、松田も代表権のない会長に退いたにもかかわらず、「住田=松田=大塚体制」だと強弁したり、「大塚体制」になっても従来の労使関係は変わらない、支持するなどと言い張っているのだ。
 この間、あれほどけたたましく「松田社長を守れ」と叫んできたJR東労組が、その舌の根も乾かぬうちに、今度は「大塚体制」を支持するというのだ。
 それにしても、こんなデタラメで組合員をだまし、JR総連・東労組のもとにつなぎとめようなどというのは浅はかこの上ない。
 さらに、「『主張』が革マル派によって配布されました。そして、あろうことか全戸を『ピンポン攻撃』(訪問)されました。革マル派によるこのような行為は、東海・葛西らの利権屋グループとその尖兵であるJR連合・国労からの攻撃に手を貸す行為です」(千葉地本ビラ)とまで言う。
 これは、今年初め以来の自作自演の「対立劇」以上に、一層深刻化したJR総連=カクマルの危機を示すものである。「カクマルとの区別だて」という反革命的思惑を超えて、組合的かつ組織的対立に発展しているのである。

 第3章 国労中央の総屈服を許さず日帝の新たな国労解体攻撃粉砕を

 この間、JR総連=カクマルと国家権力、JR資本とのあつれきが激化する中で、JR総連=カクマルは権力・資本との関係を修復しようとあがいてきた。JR総連とカクマルとの関係が問われたのに対して、「JR総連はカクマルではない」という「あかし」を立てるために、自作自演の「対立劇」を演じてきた。JR総連に対するカクマルのビラまきなどを「労組への介入だ」として批判し、それに対して、カクマル『解放』が「労組への介入ではない」などと反論するという茶番劇がそれだ。
 だが今や、そんな余裕もなくなり、カクマルはJR総連を「戦闘的労組」と賛美し、「JR総連=カクマル」であることを自ら押し出し、反カクマルの経営陣やJR総連内の反カクマル、非カクマル勢力を恫喝・鎮圧し、また、カクマル内の動揺分子をも抑え込んで、黒田=松崎路線でカクマル組織の強化、ファシスト労働運動の一層の反革命的純化で延命するために全力を挙げてきている。
 こうした中で、JR東労組=カクマルは、三・一「シニア協定」を締結するという大裏切りにのめり込んだ。六十歳以上の「雇用」については関連会社を知らせるだけで、JR東は一切の責任をとらず、しかも鉄道業務の外注化を全面的に進め、総額人件費を大幅に削減するという資本の悪らつな攻撃を全面的に受け入れ、それを先頭に立って推進することで、資本の先兵として延命しようとしたのだ。しかも、「第二の雇用安定協約」と称して国労や動労千葉を解体するテコにしようとした。それでなんとか、結託体制を維持しようと狙ったのだ。
 だが今や、日帝は、ファシスト・カクマルとJR資本のこれまでのような結託体制すら容認できなくなっているのだ。
 ここに至ってJR総連=カクマルはファシストとしての正体をむき出しにし、しかも『解放』や『主張』ではJR東労組指導部を公然と批判して、実際にJR総連・東労組内やカクマル内部を恫喝し、黒田=松崎=カクマル路線の純化で突っ走ろうとしているのだ。
 だから『解放』一六一七号では「『JR総連・東労組=革マル派』というキャンペーン……これに真っ向から対決することを回避し、『革マル派との区別だて』をおしだすことに腐心する一部ダラ幹たちの傾向をのりこえることが必要なのだ」と言い、同一六一八号でも「『JR総連は革マル派とは関係ない』などという弁解的で防衛的な態度をとるのではなく」などと言っているのである。
 『主張』四月二十五日付でも「自分達を『革マル派』と区別立てすることで、この攻撃をかわすという考えも自分達を敵の土俵に追い込む敗北の道でしかない」などと言っている。
 ここに現れているのは、この間、わが革共同を先頭にして「JR総連=カクマル」であることを徹底的に暴露・弾劾してきたことが彼らを決定的に追い詰めているということである。
 それは、分割・民営化攻撃の反革命的突撃隊となることでJR総連という組合の権力にありついたファシスト労働運動のこれまでのあり方が決定的に行き詰まったことを意味する。もともとファシストとは、権力・資本とは一定の独自性をもって、労働者人民に襲いかかるものだ。JR総連=カクマルは、それを単なる労資協調ではなく、「労使協力」(ニアリー・イコール)と称してきた。今、こうした労資結託のあり方を権力・資本の側から転換しようとしているのだ。この中で、ファシスト労働運動としていかに延命するかをめぐって内部の矛盾を激化させながら、絶望的にあがいているのだ。
 カクマルがやろうとしていることは今一層のJR総連の反革命化、ファシスト的純化ということである。
 こうしたJR総連=カクマルのファシスト労働運動を打倒する力は、何よりも国鉄労働者の中にある。国労中央、チャレンジ一派や上村革同のように、闘争団を切り捨てJR連合と合流し、カクマルに代わって資本に取り入ろうというのはとんでもない大裏切り、国鉄労働運動の解体である。
 求められているのは、「JR総連=カクマル」をさらに徹底的にはっきりさせ、彼らが帝国主義的労働運動としての連合指導部を上回る権力・資本の先兵であり、ファシスト労働運動そのものであることを徹底弾劾し、国鉄労働者を先頭に全人民の包囲・弾劾を集中し、労働者の実力で打倒することである。
 権力・資本による国鉄闘争解体・国労解体攻撃を打ち破り、闘う国労の組織拡大、闘争団防衛を貫き、今こそJR総連=カクマル打倒へ総決起しよう。

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週刊『前進』(1957号4面2)

 カクマルに降伏し癒着する白井朗を絶対に許さない!

 ゛謀略論″認めろ 懇願し破産したカクマル

 第1章 「黙秘は意味がない」と大転向

 カクマルは『解放』一六一七号(五月一日付)に、“白井朗を捕捉し、自己批判と組織暴露をかちとり、継続討論を確認した”などという記事を掲載した。
 そこで明らかになっていることは、@カクマルにとって白井は平和的な話し合い・取引の対象であるということ、Aそれを前提に、白井がファシスト・カクマルに全面的に屈服し、革共同の指導部であった当時に知り得たという“組織情報”(その内容はまったくとんちんかんである!)なるものを提供したということである。
 カクマルは、階級闘争の革命的発展に一貫して敵対し、七五年三・一四本多書記長虐殺を始め白色テロルをもって革共同や闘う人民に襲いかかってきた反革命である。このファシスト・カクマルによって本多書記長を始め数多くの同志が虐殺され、傷つけられ、これとの命がけの戦闘が戦いとられてきた。そのようにして闘う人民と革共同は革命と階級的立場を守りぬいてきたのである。
 このカクマルとの闘いは現在、まさに闘う人民と革共同によるカクマル完全打倒の決定的な情勢を迎えている。
 白井は七〇〜八〇年代の内戦過程に革共同の指導部として存在していた。ところが、今回、白井はカクマルの口先だけの脅しと形ばかりの「自己批判要求」に対していとも簡単に屈し、すでに転向しているがゆえに守るべき節操もなく、まったく卑劣にも自己保身の一点で対応したのである。
 カクマルに屈服し、ヘラヘラと組織暴露的な「話し合い」に応じるということなど絶対に許せないことである。白井は階級移行し腐敗しきっている。白井の階級的罪状はいま一つ深まった。
 白井は、九八年の金沢での権力による拘束に対して、完黙の思想を投げ捨て、取り調べに全面的に応じた。しかも権力は、中核派破壊の先兵にするという目的で白井を釈放した。中核派と同じように権力と闘う立場をもち、権力にとって脅威になる人物であるならば、権力が短期で釈放することなどおよそ考えられないことである。
 この点について、白井自ら次のように語っている。
 「失火事件は事実なのですべて取り調べに応じて、一旦はその件は終了した。しかし翌二八日正午頃、ホテル宿泊が偽名であったため旅館業法違反で逮捕状を執行された。……漸(ようや)く五月一三日に略式起訴・罰金刑の判決をうけ罰金を支払って釈放された」「このかん私は熟考した末に……黙秘は意味がないと判断した」「一六日間の留置場生活ののち、漸く五月一三日に釈放された」(先ごろ出版した『中核派民主派宣言』と称する反革命的な出版物の八三〜八五n)
 何が「事実なのですべて取り調べに応じ」た、だ。何が「黙秘は意味がない」だ。完黙・非転向の闘いは単なる対権力での対応技術では断じてない。権力と闘う根本的思想問題なのだ。白井には権力と闘う立場や思想がなく、投獄の恐怖から逃れるために権力に屈服しべらべらしゃべったということではないか。権力に屈服し取り調べに応じたという一点で、白井は階級闘争を闘う立場を失ってしまっているのだ。革共同にいた者がこの原則を知らないとは絶対に言わせない。
 「略式起訴・罰金刑の判決」とは、完黙・非転向の立場を投げ捨て、自分のことや組織のことを供述した見返りとして、現場決着で釈放されたということである。わずか十六日間の勾留なのに、何が「漸く釈放された」だ。この言葉の中に白井の度しがたい脆弱(ぜいじゃく)ぶりが浮き出ているではないか。
 四半世紀を超える獄中闘争を闘う星野文昭同志を始めとする多くの同志や、革命軍とみなされたり、革共同の指導的同志というだけで無実なのに指名手配されたり、起訴された同志がいることを、白井が知らないとは言わせない。権力と闘う思想を堅持して完黙・非転向で闘う者には二十三日間の勾留がつけられ、さらにデッチあげで起訴されるのだ。それは完黙が権力にとって許せないことであり、階級的憎悪の対象だからだ。
 白井は長期投獄という恐怖にうち震え、そうならないために権力に対して「もう革共同はやめました」と弁解し、その証明のために組織情報を提供し、釈放を懇願したのだ。こういうのを権力に情報を売った(スパイ行為)と言うのであり、転向と言うのである。
 わずか十六日間の勾留で音を上げ、べらべらしゃべりまくったような人間には、階級闘争について語る資格などまったくない。「略式起訴・罰金刑・釈放」の文言に、白井の転向と投降がはっきりと刻印されているではないか。中核派のメンバーで、これまで旅館業法違反で略式起訴で釈放されて出てきた者など誰一人いない。
 階級的な感性、権力と闘おうという意志を持った者なら、逮捕されて供述し、それでも「スパイでも転向でもない」などと抗弁することは、考えられないことである。階級的良心を失っているとしか言いようがない。階級移行しきったとはいえ、白井の言動はあまりにも見苦しいと言うしかない。

 第2章 白井一人だけの脱落・逃亡

 前述の白井の反革命的出版物は、白井が過去に発行した二冊の小冊子(赤パンフ)をベースに加筆し、一層権力受けするように中核派をデマゴギッシュに描き上げ、しかも中核派破壊を売り物にするため「中核派」という言葉を表題として大きく写し出した絶対に許せない反革命的出版物である。
 白井は、自己崩壊しブルジョア的な生き方を求めて革共同から逃亡した自分の行為を、あたかも理論的問題や路線問題が原因であるかのように描き出し、革共同指導部が分裂しているかのごとくに書いている。白井一人の脱落・逃亡をあたかも分派闘争のように描き出すことで、権力にその役割を売り込んでいる。もちろん白井は、現在、革命運動に取り組んでいるわけでは毛頭ない。ただただ革共同とその運動を破壊するために悪あがきしているだけである。
 革命運動から身を遠ざけた者がその瞬間から陥る資本主義体制の擁護者への道を、白井も転げ落ちてしまった。革共同の指導部にいて得た情報をデマゴギッシュに売り物にする一層あくらつな売文屋=反革命スパイの役割を果たしているのが、現在の白井だ。
 そして、プロレタリア自己解放の立場を否定して、階級的解放と民族解放とを意図的に対立させ、帝国主義国のプロレタリアートと被抑圧民族人民の対立をあおっているのである。
 今日の白井は、在日朝鮮人・中国人の民族性を貫く闘いを破壊するために、日本国籍取得を繰り返し呼びかけるなど、日帝と同じ立場に立った許せない輩(やから)だ。民族を口にして、民族性の堅持と民族解放闘争に敵対している人物だ。
 白井は今や革命の対極に立って、レーニン主義に悪罵(あくば)を投げつけ、プロレタリア革命を否定し、プロレタリア独裁を否定している。アメリカ帝国主義の民主主義を至上の位置におしいただいて、資本主義の物質力の前に完全屈服し、ブルジョア思想に降参したことを告白し、そのことで権力から容認されている。
 白井は自ら階級闘争を担う気持ちなどひとつもないくせに、権力の意を体して革共同破壊の目的で二冊の小冊子(赤パンフ)を出した。カクマルがそれに飛びつき、白井別動隊となって自らパンフを増刷してばらまいた。そして、カクマル自身が、白井の名をかたったデマ小冊子(青パンフ)を大量に作り、白井の名で郵送したのであった。
 白井のこの行為が、まさに、カクマルに「白井政治局員を支持する会」なるデマビラやニセ『百万人署名運動ニュース』の発行などを可能とさせ、白井は大衆運動破壊の水先案内人となったのだ。
 昨九九年、米日帝による朝鮮・中国―アジア侵略戦争の歴史的切迫情勢の中で、革共同および闘う人民がガイドライン攻撃と必死に闘い、大衆運動の爆発のために全力を挙げている時に、日帝の侵略戦争政策と一切闘わない者が、革共同と大衆運動の破壊のためにだけ、躍起となったのだ。それがカクマルであり、白井なのである。
 自己崩壊の末に革共同から逃亡し、権力の懐に飛び込んだ白井が、今度はファシスト・カクマルに投降したことは最も腐敗した恥ずべき行為であり、革共同ならびに闘う人民にとって絶対に許せないことである。
 今回の事態は、白井がファシスト・カクマルと野合し、革共同や闘う人民に敵対する存在になりはてていることを誰にでも分かる形で明らかにした。この白井朗を絶対に許さない。同時に、白井との「合作」に埋没しているファシスト・カクマルを打倒しよう!

 第3章 デマで内部を欺くカクマル

 ところで、白井朗がファシスト・カクマルに簡単に屈服し、“組織情報”を提供したことに対し、カクマルもまったく腰が入っていない。その証拠に、『解放』紙面には、カクマルお得意の“自己批判書の写真”が載っていない。
 それは、今回の事態が階級移行した白井とファシスト・カクマルとのいちゃつきであり、“反革命に転落した白井とファシスト・カクマルとの取引・合作”でしかないからである。『解放』によれば、白井とカクマルは「全面的自白を前提とした論議の継続を確認した」というのである。
 このことは、白井が革共同のそれ自体まったくとんちんかんな“組織情報”を提供し、カクマルが白井の「対カクマル戦には、直接タッチしていないのでよくわからない」という対応を受け入れていることに示されている。お互いが利用し合う関係だということである。白井にとって、三・一四反革命がカクマルによる本多書記長に対する「虐殺のための虐殺」であったことなどなかったことなのだ。怒りもまったくない。カクマルとのおぞましい癒着である。
 「革共同憎し」の一点で、カクマルと白井は利害を一致させて、いちゃついているだけなのである。
 カクマルには、これまでにない危機に陥っている反革命的「謀略論」の修復のために白井との「合作」がなんとしても必要だったのである。
 『解放』には、白井の口から「革命軍はない」とか、「赤色テロルは謀略だ」とかの言辞が出てくることを、カクマルが期待している様子がありありと見える。しかし、カクマルの追及に対して、白井は「考えさえてくれ」と応じ認めなかったという!
 カクマルは、これまで繰り広げてきた荒唐無稽(こうとうむけい)の「中核派解体」願望を、白井の言葉をもって組織内部に信じこませたいと必死で白井に訴えたということである。
 カクマルが語ってきた中核派「万年分裂」論、「組織崩壊」論の願望は、何の根拠もないカクマルの捏造(ねつぞう)であり、今日までの唯物論的事実で完全に粉砕されている。カクマルは常に組織内部に向かってデマ情報操作(「中核派はもう崩壊する」「中核派の指導部は分裂している」など)を行って組織を持たせてきた。またぞろ言い出した「今世紀中の一掃」もまったく根拠のないシロモノである。かつての「勝利宣言」以下のものでしかない。そのために白井から決定的言辞を引き出そうとあがいたのである。
 われわれは、このカクマルの脆弱さを見抜き、危機ゆえに白色テロルに走るファシスト・カクマルの完全打倒に決起する決意である。そして階級移行した白井朗を絶対に許さない!
 二〇〇〇年三大決戦に総決起し、六月衆院選決戦での長谷川氏当選をなんとしてもかちとろう!

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週刊『前進』(1957号5面1)

 ガイドライン発動許すな

 東北アジア情勢の激動に軍事的介入を策す米日帝

 シリーズ 第3回 朝鮮・中国侵略戦争阻止を

 シリーズ第一回、第二回で七月沖縄サミット(主要国首脳会議)が、帝国主義強盗どもが世界支配のために行う戦争会議であること、とりわけ米・日帝国主義が朝鮮・中国への侵略戦争を宣言し、その発動のために沖縄人民の基地撤去闘争を圧殺し、それを踏み台にしようとしていることを暴いた。第三回では、巨大な流動を開始した中国−台湾情勢、朝鮮半島情勢に、米日帝が日米新安保ガイドラインを発動する準備を具体化することをもって朝鮮・中国侵略戦争の歴史的切迫を加速させていくものであることを暴く。

 第1章 朝鮮南北首脳会談と台湾総統選の衝撃性

 七月沖縄サミット粉砕決戦の世界史的大きさをとらえるうえで確認しなければならないことは、第一に、台湾総統選における国民党支配の崩壊と六月南北朝鮮首脳会談の始まりによる南北分断体制の瓦解過程への突入によって、ソ連崩壊に続いてついに東北アジアで戦後世界体制の崩壊過程が具体的に始まったという決定的事実である。
 台湾総統選における国民党支配の歴史的崩壊は、帝国主義とスターリン主義の支配体制としての戦後支配体制崩壊の中国的現実そのものである。中国共産党と国民党の対立と共存こそが戦後中国を支えてきた政治的枠組みであった。その一方の担い手が瓦解したということは、その枠組みの全面崩壊の始まりであり、もう一方の担い手であった中国スターリン主義にもものすごい衝撃を与えている。
 そして中国スターリン主義自身は、「改革・開放」による危機の一時的脱出策がついに行き詰まり、スターリン主義体制がもつ矛盾に加えて、「改革・開放」政策自身が蓄積してきたすさまじい矛盾を同時に爆発させる過程に突入してしまっている。さらに、これに戦後帝国主義の大崩壊=世界恐慌的危機の爆発と戦争的様相をますます強めている争闘戦の激化が襲いかかっているのだ。
 戦後体制の崩壊が、アジア=日本・朝鮮・中国をとらえたとき、世界恐慌も侵略戦争も相互に促進しあって、恐るべき巨大な爆発となる。そうした爆発過程が具体的に始まったのだ。
 このような過程で開かれる南北首脳会談は、それがどのような経過をたどろうとも、南北朝鮮の支配者たちがどう考えているかとは独自に、必ずや、戦後世界体制の決定的支柱であった朝鮮半島南北分断体制の大瓦解の始まりに転化する。このドラスティック性、これがもたらす激変性には恐るべきものがある。
 北朝鮮スターリン主義の側では、この会談は米帝による戦争重圧の下で進展した体制のあまりの絶望的危機からの脱出をかけたものであることは明白だ。それは、体制的危機と一体の絶望的選択にほかならない。
 南朝鮮・韓国の金大中体制の側もまた、九七年以来の危機の脱出をかけたものとして位置づけている。一方において「財閥改革」で資本家に対して「改革」を強要し、他方においてリストラ=大失業攻撃を推進し、労働者に犠牲を集中する外資導入政策が、恐るべき国内階級支配の危機をもたらしており、体制的危機の対外的転嫁のための疑似南北統一政策でしかなく、その破綻(はたん)は不可避である。その破綻が即体制的危機となるぎりぎりの綱渡り的なものなのだ。
 こうした情勢の発展が、日米帝国主義の争闘戦をはらんだ侵略戦争となって爆発することは確実である。同時にそれは中国危機の爆発と中国侵略戦争へとたちまちのうちに転じていくことも確実なのである。
 こうした東北アジアでの戦後世界体制の崩壊過程の具体的始まりは、単にスターリン主義の崩壊にとどまらず、確実に帝国主義戦後体制の大崩壊と一体のものとして進展していく。今やどのような契機であっても、米帝経済のバブルの崩壊に転ずるという情勢に突入している。また逆に米帝経済のバブルの崩壊は帝国主義戦後体制の崩壊の過程を激烈化する。こうした点で、ソ連崩壊のとき以上に巨大で、激烈な歴史的過程が始まっているのだ。
 七月沖縄サミットが、こうした巨大な歴史的転換点の始まりの中で開かれることを腹の底から確認しなければならない。世界恐慌と侵略戦争が相互促進的に激化する中で、帝国主義強盗どもは、それぞれに生き残りをかけて激突しようとしているのである。

 第2章 ゛全世界への侵略戦争準備゛打ち出した米帝

 第二に、こうした中国危機の爆発と朝鮮半島南北分断体制の瓦解過程への突入に対して、米帝がこれへの全面的介入・コントロールのために全力を挙げ始めていることである。そのためにも日米新安保ガイドライン体制の発動に向かって突き進んでいることである。
 (1)四月末に退任したキャンベル米国防次官補代理の発言がそのことを鮮明に示した。(資料1)
 キャンベルは、九六年日米安保共同宣言、SACO(沖縄に関する特別行動委員会)最終報告や九七年新ガイドライン協定締結を、米国政府の実質的責任者として取り仕切ってきた重要人物である。
 五月五日の日米首脳会談の内容についてキャンベルは、「中国と台湾との関係について情勢認識をつきあわせたい。朝鮮半島情勢、特に(六月の)南北首脳会談の意義についても意見を交わす」とし、とりわけ、「台湾情勢について……ここ数カ月で事態は変わった」と強調したのである。
 さらに「ガイドラインを実施に移す作業の継続、さらに、より頻繁でかつより踏み込んだ形の、ハイレベルな戦略対話への道筋を話す」ことが重要なテーマであることを提示。「戦略対話」の中身は「台湾海峡問題、朝鮮半島問題、ロシアの不確実性といった地域の重要な変化を検討し、日本の防衛費、米国の前方展開戦略など米日同盟の構成要素についても協議する」ことだと言明した。
 キャンベルは、台湾総統選における国民党支配の崩壊と南北首脳会談の開始によって情勢が激変したことを強調し、これに対して、「ガイドラインを実施に移す」ことで対応すること、すなわち朝鮮・中国侵略戦争を発動する態勢を早急に構築することを唱えたのである。そのために、日帝の有事立法・改憲の策動について、「日本が独自の国家戦略を考えることと、米国との同盟を維持することとは矛盾しない」とあくまで米帝のヘゲモニーの下でと制限を付けつつ、積極的に日帝の戦争国家体制づくりを促したのだ。
 さらに、普天間基地問題は「サミットが終われば、再び前進が図られると期待している」と沖縄サミットの重圧とサミット厳戒体制で沖縄人民の基地撤去闘争を圧殺し、名護新基地建設に着手するべきだと言い放ったのである。
 (2)他方、この背後で、米帝は戦後世界体制の最後的崩壊の局面において覇権を再確立するための軍事戦略を練り上げつつある。それを示すものが、米国防長官の諮問機関である「二一世紀国家安全保障委員会」が四月二十日に公表した「第二報告書」だ。(資料2)
 米帝は、一方でヨーロッパとアジア太平洋での米軍の前方展開が不可欠とし、米帝の軍事的覇権の下に欧州の帝国主義と日帝をあくまで補完的に動員することを柱に据えつつ、他方では「同盟国や友好国が危険にさらされたとき」に始まって、世界に生起するあらゆる「有事」に介入することを宣言している。これはまさしく米帝の全世界への軍事介入、侵略戦争をもっての軍事的覇権確立の宣言にほかならない。
 そして、特筆して「米国はいまや、朝鮮半島の統一の可能性に備えて計画を立案すべきだ。一部の米軍は再統一後も、地域を安定させ、安心させる要因として、そして再統一朝鮮を確実に非核化する目的も含めて残留すべきである」といっている。これこそ、米帝が朝鮮半島に侵略戦争を発動し軍事力による支配をうち立て、さらに中国侵略戦争の拠点としつつ、日帝の軍事的介入を許さず、東北アジアに米帝の支配権を確005保しようとするものである。
 そうした軍事戦略の発動のためには、@核戦力、A大規模戦争に必要な通常戦力、B遠征・介入能力、C治安維持能力、D人道救援・警察能力、の五種類の軍事的能力を必要とするとした。それは侵略戦争のための「介入・遠征」戦争、戦域での大規模戦争、さらに「必要とあれば、戦争(帝国主義間戦争のことだ!)に迅速かつ決定的に勝利する軍事力が求められている」と結論づけた。
 米帝は戦後世界体制の決定的崩壊に対応して、帝国主義間戦争を含む全面的な戦争準備に突入しつつあるのだ。その力を背景に米帝は沖縄サミットに登場し、朝鮮・中国侵略戦争を宣言しようとしているのだ。そのための戦略的拠点として沖縄基地の半永久的固定化を宣言しようとしている。

 第3章 有事立法・改憲攻撃と石原の反動的突出

 第三には、戦後世界体制の崩壊がアジア=日本・朝鮮・中国をとらえ始めていることに対して、日帝はどんづまりの危機にあえいでいるからこそ、超反動的な内外政策に訴えていることである。日帝は帝国主義国家としての生き残りをかけて、新安保ガイドライン体制の構築=発動に向かって全力を挙げつつある。そして七月沖縄サミット議長国として、朝鮮・中国侵略戦争突入を宣言しようとしているのである。
 そもそも、サミットの沖縄開催こそ、ガイドライン貫徹=沖縄圧殺の攻撃そのものであることは、すでにシリーズの中で明らかにした。世界恐慌と侵略戦争が相互促進的に進展し、米帝による対日争闘戦が激しく展開される中で、日帝にとって延命の道は、朝鮮・中国|アジアへの侵略=勢力圏化と侵略戦争の道しかないのである。だから日帝は死活をかけて、朝鮮・中国−アジア侵略戦争を決断し、新安保ガイドライン体制構築に走ったのである。
 それを強行してきた小渕・自自公政権は、労働者人民の怒りの決起の壁にぶちあたり、自滅し、崩壊した。それを受けた森・自公政権は小渕以上の反動性、反革命性をもって日帝の危機突破をもくろんでいる。
 その最大の攻撃が、有事立法・改憲攻撃だ。森は、戦後の首相所信表明演説で初めて、有事立法制定を公言した。また、改憲、教育勅語の復活、教育基本法改悪を放言し続けている。そして、これらの攻撃の成否をかけて沖縄闘争圧殺のために「沖縄では君が代を教えていない」という差別暴言を吐いたのだ。
 日帝の危機突破をかざして、日帝の本音中の本音をさらけだしているのが、ファシスト石原慎太郎だ。「中国を分裂させなきゃいけない」「北鮮(ママ)なんて、ばか(ママ)なこと始めたら一撃で壊滅する」「新ガイドラインが始動するときに……私は文句なしに協力する」。これらの発言で石原は、日帝の新ガイドライン発動=朝鮮・中国侵略戦争への突入こそ、日帝の生き残りの道だと扇動しているのである。
 新ガイドラインの発動とは、自衛隊の海外派兵であり治安出動だ。この点でも石原の「九・三自衛隊の治安出動訓練」計画と「三国人の騒擾(そうじょう)に自衛隊は治安出動を」という排外主義扇動こそ、日帝の反革命的突撃を代表するものなのだ。
 東北アジアの大激動に、帝国主義諸国、とりわけ日米帝は朝鮮・中国侵略戦争への突入で対応しようとしているのである。それを七月沖縄サミットで宣言しようとしているのだ。
 今こそ「闘うアジア人民と連帯し、日帝のアジア侵略を内乱に転化せよ」「米軍基地撤去=沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒」のスローガンを掲げて、七月沖縄サミット粉砕に猛然と立ち上がろう。
 〔井場啓史〕

 ●資料1
キャンベル前米国防次官補代理の発言(朝日新聞五月四日付け)
【普天間基地問題】
 (沖縄サミット前の)今は極めてデリケートな時期であり、当面、両国政府は同盟維持という、より大きな課題に注意を向けるべきだ。サミットが終われば、再び前進が図られると期待している。
【五日の首脳会談の内容】
 まず中国と台湾との関係について情勢認識をつきあわせたい。朝鮮半島情勢、特に(六月の)南北首脳会談の意義についても意見を交わす。二国間問題では、米国が沖縄問題の進展を願っていることを話し、ガイドラインを実施に移す作業の継続、さらに、より頻繁でかつより踏み込んだ形の、ハイレベルな戦略対話への道筋を話す。
【日米戦略協議】
 向こう一年間、両国が取りうる最も重要なステップは、本格的な戦略協議を始めることだ。中国の台頭、台湾海峡問題、朝鮮半島問題、ロシアの不確実性といった地域の重要な変化を検討し、日本の防衛費、米国の前方展開戦略など米日同盟の構成要素についても協議する。……
 (台湾問題は)日本にとって、これ以上にデリケートな問題はないだろう。……ここ数カ月で事態は変わった。より緊密な協議が必要になっている。
【新ガイドライン】
 旧ソ連の脅威から日本を守るための同盟から、より用途が広く政治的基盤も強いものに作り替えるのに成功した。……
 日本が独自の国家戦略を考えることと、米国との同盟を維持することとは矛盾しない。抑えようとすると反発を招き、かえって関係を傷つけかねない。日本が米国とは別に、ユニークな役割を果たす分野は、アジアでも世界規模でもあると思う。米国はそれを脅威に感じるべきではなく、むしろ後押しすべきだ。

●資料2
米21世紀国家安保委第二報告書・国家安保戦略要旨
【戦略についての考察】
……米国は、国力保持のため賢明に投資しなければ、二十五年もしないうちに力が低下、国益に対する挑戦をいま以上に受け、影響力も衰えるだろう。繁栄の確保は特に不可欠だ。
【主たる戦略目標】
1 大量破壊兵器の不拡散は、今後四半世紀の国家安全保障政策の最優先課題。予防と抑止が失敗した場合に備え、防衛手段が必要。
2 経済的競争力、技術的創造力、軍事力の維持。
3 米国は中国に対し建設的関与政策をとるべきだ。……アジア太平洋地域においては抑止力と同盟体制も維持すべきである。
4 略
5 EUの防衛政策の進展をNATOの結束と両立する形で支持する。欧州前方展開の米軍はNATOに不可欠の要素だ。アジア太平洋地域では、日米同盟は米政策のかなめ石であり続けるべきだ。……米国はいまや、朝鮮半島の統一の可能性に備えて計画を立案すべきだ。一部の米軍は再統一後も、地域を安定させ、安心させる要因として、そして、再統一朝鮮を確実に非核化する目的も含めて残留すべきである。
6 米国はまず予防外交に頼るべきだが、同盟国や友好国が危険にさらされたとき、大量破壊兵器が民間人住民に著しい危害を及ぼしそうなとき、世界経済に決定的に重要な資源の利用が脅かされたとき、ある政権が米国の国益に大損害を与えるとの意思を明確にしたとき、大量虐殺が起きているときなどには、他国と共同の軍事行動をとる用意がなければならない。
【国家安全保障政策】
 米国は新しい国際情勢に対応して、核戦力、治安維持能力、大規模戦争に必要な通常戦力、遠征・介入能力、人道救援・警察能力という五種類の軍事的能力を必要とする。委員会は二つの大規模戦争に同時に対処できる「二正面対応」という物差しで米軍事力を測るのでは、今後も増えるとみられる多様かつ複雑な有事に対応する能力は身に付けられないと考える。遠征しての介入や安定化作戦をしばしば要請されるこれらの有事では、戦域での大規模戦争を想定したものとは異なる機動的な軍事力が不可欠だ。迅速に展開でき、遠征行動や長期間の安定化作戦そして戦域での大規模戦争で圧勝できる軍事力、戦争を抑止し、危機が大きな紛争に発展するのを阻止し、必要とあれば、戦争に迅速かつ決定的に勝利する軍事力が求められている。

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週刊『前進』(1957号5面2)

 JCO臨界事故で被曝

 篠原さん虐殺を弾劾する

 核燃料サイクル計画粉砕へ

 四月二十七日、昨年九月三十日の茨城県東海村臨界事故で大量被曝(ひばく)したJCO労働者の篠原理人(まさと)さんが、東大病院で息をひきとった。四百人以上の労働者住民に中性子線・放射能を浴びせ、大内久さんに続き篠原さんを虐殺した日帝支配階級の階級的犯罪を新たな怒りをもって徹底的に弾劾する。

 第1章 責任転嫁許すな

 「独自の核武装化」路線(核燃料サイクル計画)推進のもとで安全無視の核燃料生産を許可し、命令した日帝政治委員会・科学技術庁・原子力安全委員会・核燃サイクル開発機構、住友・JCO資本に、臨界事故の一切の責任がある。
 核武装化政策の崩壊、階級的支配の破綻(はたん)に恐怖した小渕政権は、警察・自衛隊を出動させ三十一万人の周辺住民の自主的避難を封鎖し屋内退避=中性子線被曝を強制した。さらに致死量・半致死量の放射線を受けた篠原さんたちを科技庁放医研―東大医科研病院―東大病院に隔離した。先端医療が投入されたが、それは日帝の事故責任を隠ぺいし、核政策の維持と労働者階級人民の怒りの爆発の回避のためだった。
 篠原さんは、一般人年間「許容」量の一万倍にあたる十シーベルトという高線量を被曝した。体内深く直進した中性子線は内臓器官や全身の組織の細胞再生機能を破壊していた。皮膚の著しい硬化、胃からの出血、肺・腎臓の機能低下、肺炎と症状は悪化した。激しい痛みが続き鎮痛剤の大量投与で意識が低下するなか、多臓器不全を起こし息をひきとった。
 腹部を中心に十八シーベルトという大量の中性子線の直撃を受けた大内さんは昨年十二月二十一日に東大病院で亡くなった。
 「被曝者として研究対象となり、モルモットになった気分だ」という篠原さんの言葉が「治療」のすべてを語っている。数カ月に及ぶ激痛と闘いながら、壮絶な死を強いられた二人の労働者の無念を強く胸に刻まなければならない。
 搾取のために臨界安全対策を省略し、危険労働を強い無差別大量被曝を引き起こしたJCO・住友資本は、被曝した労働者の大内久さんと篠原さんに事故責任を全面転嫁した。そして『事故調査委員会最終報告』は「直接の原因は全て作業者の行為にあり、責められるべきは作業者の逸脱行為である」とこれを追認、日帝国家・資本の労働者・住民殺傷行為を完全に免罪し居直ったのだ。

 第2章 核武装への突進

 アジア支配をめぐる日米争闘戦は非和解的に激化している。その中で日帝は対米対抗的な軍事力の形成、日米安保同盟政策・新安保ガイドライン体制をとおして、朝鮮・中国―アジア侵略戦争への主体的参戦を決断した。ガイドライン関連法の強行成立―JCO臨界事故を機に、核武装に向けた動きが一挙に噴出し始めている。
 住民救出を名目とした核戦争演習の開始、非常事態宣言法としての原子力災害特措法の成立、中性子線遮蔽(しゃへい)車両・衣服の研究・開発、防衛庁の「特殊武器(核・生物・化学兵器)研究官」設置決定、六ケ所村再処理工場や全国の原発への自衛官の視察開始、核武装扇動の西村発言、そして破産寸前の核燃サイクルへの固執(プルサーマル計画実施・六ケ所再処理工場への使用済み燃料本格搬入の策動、もんじゅ反動判決・運転再開攻撃)とレーザーによるウラン濃縮・核融合研究の推進……。自衛隊の核戦争部隊化とそのための核兵器の原料のプルトニウム・ウランの備蓄・高度化にやっきとなっている。
 有事立法・改憲を始め超反動攻撃の強行を狙う森・自公政権は、東海村臨界事故―篠原さんの被曝死に対し「安全と防災の抜本的な強化に努力を傾注する」と居直り、核燃サイクル継続を宣言した。

 第3章 虐殺免罪の連合

 臨界事故直後開催された第六回連合定期大会は、日帝資本による連合茨城傘下のJCO労働組合員と住民への憎むべき重大核犯罪に対し、抗議の議案提出・決議すら放棄した。戦争協力の新政治方針を採択し大転向をとげた連合は、日帝国家・資本のJCO労働組合員の虐殺を免罪した。
 また自衛隊とその核武装を認める反革命カクマル=JR総連は、臨界事故の元凶・原子力安全委員会委員の住田による労働者への水抜き作業=被曝強制突撃命令を絶賛している。労働者階級の生活と生命は守られないどころか破壊され殺されてしまう――これが連合の帝国主義的労働運動、JR総連=カクマルの0051ファシスト労働運動なのだ。
 だが、「東海村臨界事故を繰り返すな! 大内さん・篠原さんの虐殺を許すな!」「核燃サイクル粉砕! 日帝の核武装阻止!」は、今や、東海・六ケ所・敦賀を始め全国の労働者人民のときの声となった。巻原発、芦浜の原発の阻止闘争の勝利と結合し、労働運動の新潮流と合流しつつ新たな反核の決起が始まっている。大衆的反核(=反戦)闘争の発祥の地=東京杉並では、介護保険制度廃止やファシスト石原打倒などとともに〈核事故・核兵器開発の原発・核燃サイクル絶対反対〉を掲げて闘う長谷川英憲さんを国会へ送る大運動が力強く前進している。
 闘うアジア人民、闘う沖縄人民と連帯し、衆院選決戦、沖縄サミット決戦、核燃サイクル粉砕の反戦・反核闘争の勝利へ断固進撃しよう。

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週刊『前進』(1957号5面3)

 2000年日誌 阻もう! 戦争への動き

 4月25日〜5月8日

 読売新聞が第二次改憲試案

 緊急事態法制を狙う民主党

●森が有事法制必要と答弁
 森首相が参院予算委員会で「自衛隊が文民統制の下、国家・国民の安全を確保するためには必要な法制だ。法制化を目指した検討を要請している与党の考え方を十分に受けとめながら今後の対応を考えていきたい」と述べた。(25日)
●被ばくの篠原さん死亡
 茨城県東海村の核燃料加工会社「ジェー・シー・オー(JCO)」東海事業所の臨界事故で、大量の放射線を被ばくした同社社員の篠原理人(まさと)さんが入院先の病院で死亡した。事故の死者は昨年十二月の同社員、大内久さんに次いで二人目となった。(27日)
●違法射撃十数人が参加
 陸上自衛隊の幹部自衛官とその友人らによる違法射撃事件は、十数人前後の自衛官が加わっていたことが、防衛庁の調べで明らかになった。事件は陸上幕僚監部の人事部の主導で組織的に隠ぺいされ、自衛隊内の警察組織である警務隊は捜査しなかった。防衛庁は二十四人の処分を発令し、将官三人は近く引責退官する。(27日)
●衆院憲法調査会で初の自由討論 衆院の憲法調査会が委員による初の自由討論をした。自民、保守、自由などから改憲発言が相次いだ。(27日)
●米軍水陸両用車が漁場に侵入 沖縄県宜野座村松田の沖合のもずく養殖場などを在沖米海兵隊所属の水陸両用車六台が「施設間の移動」を名目に航行し、海底のさんご礁などを損傷させた。漁民が付近海域で操業している最中だった。事前通知もなかったことに加え、米軍や那覇防衛施設局からの謝罪や説明もなく、地元漁協などから怒りの声があがっている。(27日)
●改憲を選挙政策にと鳩山
 民主党代表の鳩山由紀夫が講演で、「首相公選制を憲法改正の主要なテーマとしてとらえていく。知る権利も憲法の中に位置づけることが大事だ。できれば、総選挙の政策の目玉の一つに取り入れられないか検討している」と述べた。(30日)
●元GHQ民政局員が証言
 参院憲法調査会は、現憲法の草案作成に携わった元連合国総司令部(GHQ)民政局のリチャード・A・プール、ベアテ・シロタ・ゴードン両氏を参考人として招き、憲法制定の経緯などについて意見を聴いた。(5月2日)
●シンガポールが自衛隊に基地提供 瓦力防衛庁長官がシンガポールを公式訪問し、トニー・タン副首相兼国防相と会談し、自衛隊が東南アジア地域で在外日本人の救出や国連平和維持活動(PKO)を行う場合に、シンガポール国内の基地を使わせてもらうことで合意した。(2日)
●読売が第2次改憲試案を発表 読売新聞社が憲法改正第二次試案を発表した。緊急事態条項を設けたほか、自衛隊を「軍隊」とはっきり認め、その保持を明記している。(3日)
●普天間代替施設の工法検討はサミット後 沖縄県の米軍普天間飛行場の代替施設の基本計画を検討する国、県、地元三者による協議機関の設置を、七月の沖縄サミット後に先送りする方針を決めた。(3日)
●次期中期防策定で米と事前協議 瓦防衛庁長官が、次期中期防衛力整備計画(中期防=二〇〇一−〇五年度)の策定で、中、長期的な装備、編成のあり方などについて、米国との事前協議を行うことを明らかにした。米国と事前協議するのは初めて。(3日)
●民主党が緊急事態法制試案 民主党緊急法制検討プロジェクトチームが「緊急事態法制の枠組みについて」と題する試案をまとめた。有事における民間協力(従事命令)の対象をハイテク技術者などにも拡大したり、有事における米軍の円滑な行動を確保するための法制の必要性などを盛り込んでいる。(4日)
●空自が長距離機導入へ
 瓦防衛庁長官は、海外で騒乱、武力衝突が起きた際の在外日本人救出や国連平和維持活動(PKO)などでの自衛隊の海外派遣を円滑に実施するため、航空自衛隊に航続距離の長い「要員用輸送機」を新たに導入するとの方針を明らかにした。(4日)
●日米首脳会談で15年問題に触れず 森首相は米クリントン大統領と会談。普天間飛行場の代替施設について「日本政府は沖縄の要望を重く受けとめ、日米特別行動委員会(SACO)の最終報告と日米安保共同宣言を踏まえ、緊密に米国政府と協議していきたい」と述べ、十五年期限問題については避けた。(5日)
●稲嶺が「15年期限」方針転換を示唆 沖縄県の稲嶺知事は普天間飛行場の代替施設の十五年使用期限について「沖縄が戦後担ってきた平和と経済繁栄のための負担について、政府が日本国民にもっと説明し、(十五年の期限を求めている沖縄県の主張について)コンセンサスを得ることが必要だ。対米的な交渉はそれからだ」と述べた。(8日)

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週刊『前進』(1957号6面1)

 1面からつづく

 石原が警察ではなくて軍隊に治安対策を指示したということは、「取り締まり」ではなくて外国人を敵国からの潜入者としてせん滅せよということなのだ。これは結局、アジア侵略戦争に突入しアジア人民を再び大虐殺していく思想そのものである。「中国を分裂させよ」「北鮮(ママ)は一撃で壊滅する」「そのために新ガイドラインには全面協力する。羽田空港でも何でも使わせる」と公言する石原が、日帝の先兵となってガイドライン戦争国家体制づくりのために、まず東京で戦争訓練を強行しようとしているのだ。
 まさに九・三治安出動演習は、新ガイドライン発動、中国・朝鮮―アジア侵略戦争の第一歩の攻撃なのだ。全都の労働者が労働組合が、ゼネストで対抗すべきような大反動だ。
 都労連の労働者は、九・三演習を中止させるために組合ぐるみで闘おう。東交労働者は、地下鉄大江戸線を使った自衛隊兵士の輸送訓練(練馬駐屯地から木場まで)を断固拒否しよう。自衛隊兵士は在日アジア人民と労働者人民に銃を向けるな! 侵略戦争の銃を握るな! 治安出動演習を拒否し、労働者とともに立ち上がろう。
 この闘いの勝利のためにも、「父とともに、強い意志で東京から日本を変える」などと超反動的に主張し、戦争と福祉解体の張本人である石原伸晃を打倒し、六月衆院選で長谷川氏の当選をかちとることが決定的に重要である。
 最近の杉並区内の世論調査によると、まだだれに投票するかを決めていない有権者が八割を超える。これは自公政治とこれに屈服している野党への批判の高さを示すものである。また「何を候補者選択の基準とするか」の問に四割の人が「人物」と答え、三割の人が「公約」をあげた。「政党」をあげた人は二割にすぎない。「政策要求」については「介護保険・福祉」が四割、「景気対策(くらし)」が二割、「教育」が二割である。
 こうした数字が示すことは、「森・自公政権打倒、石原打倒、介護保険制度廃止」を政策の中心にすえ、〈平和・くらし・福祉・教育・いのち〉を公約に掲げた長谷川氏の政策綱領は、杉並の有権者の意識と要求にがっちりとかみ合っているということである。長谷川陣営が、既成の政党に自らの代表を見出すことのできない圧倒的多数の労働者・住民と結びつくならば、勝利の展望は十分にあるということである。一切は、これから四十日間の闘いにかかっているのだ。

 第1節 介護保険廃止の大衆決起へ

 勝利のかぎは何か。
 第一に、政治宣伝戦の圧倒的強化だ。森・自公政権とファシスト石原の政治の反人民性を全面的に暴露しその打倒へ労働者人民の怒りを組織することである。
 衆院選でもしも自公が勝利し、石原を勢いづかせることになったら、戦後史は「新たな戦前」へと一挙に暗転していくのだ。この巨大な政治決戦を広範かつ強烈に訴えて闘うことだ。
 また日共スターリン主義は安保・自衛隊・新ガイドラインを承認し、沖縄サミットに翼賛し、介護保険を「国民的大事業」と絶賛し石原都政に全面屈服している。こんな日共を信じて支持したら、人民は戦争に総動員されてしまう。日共や民主党は、森政権とファシスト石原の戦争政治の共犯者である。このことを声を大にして訴え、長谷川氏への支持を熱烈に訴えよう。
 第二に、介護保険制度廃止の一大人民運動を巻き起こすことだ。四月から強行された介護保険制度は、介護と福祉の全面的破壊であり、怒りとうらみの声は全国に広がっている。杉並でも高齢者を先頭に怒りの決起が始まった。介護保険闘争への数千、数万という大衆決起を実現し、勝利へ地殻変動を起こそう。
 第三に、〈平和・くらし・福祉・教育・いのち〉の五つの方針をもって労働者住民の中に入り、議員を先頭にじかに訴えるとともに、人びとの話を聞き、結びつき、溶け合うことである。内外情勢の危機を訴え、いま長谷川氏とともに立ち上がることの重大性を懸命に訴えるならば、労働者人民は必ずこたえてくれる。あと四十日間、総力で蜂起戦的に闘いぬこう。

 第3章 米大統領が沖縄に来るのを許せるか

 選挙戦と完全に一体の闘いとして、沖縄サミット粉砕、ファシスト石原打倒の五・二八全国総結集闘争に全力で決起しよう。
 七月沖縄サミットは、断じて歓迎の対象ではなく粉砕の対象である。帝国主義強盗どもの、軍事力を背景にした世界の市場と勢力圏の分捕り合いをめぐる会議である。特に日帝・森政権はサミット歓迎=戒厳体制によって沖縄闘争を圧殺し、新ガイドラインを発動し、SACO合意貫徹=名護新基地建設をもって侵略帝国主義として飛躍しようとしている。これを許すなら有事立法・改憲――そして朝鮮・中国侵略戦争へと突き進むのだ。絶対に粉砕する以外にない。
 だいたい、米軍基地に日々苦しめられている沖縄の労働者人民が、どうしてクリントンを歓迎しなければならないのか。昨年ユーゴスラビアを連続爆撃してユーゴ人民を大虐殺し、いま名護に巨大軍事基地を建設しようとしている張本人ではないか!
 三月に嘉手納基地からイラク監視飛行に出撃した米空軍F15戦闘機部隊が、四月六日にイラク南部の町を爆撃し市民十四人を虐殺したのだ。このように沖縄の米軍基地は、沖縄の人民の日々の生活と命をじゅうりんし、米帝の侵略戦争の出撃拠点として今この時も臨戦態勢にある。その張本人がクリントンではないか。クリントンや、沖縄差別発言を開き直る森ら帝国主義者どもによる七月サミットを、本土・沖縄を貫く人民の怒りの爆発で粉砕しよう。
 このサミット粉砕闘争に真正面から敵対しているのが日本共産党だ。日共の二・一六「報告と訴え」=サミット協力宣言は、岸本名護市長リコール運動を圧殺する狙いをもって出されたものだ。日共は、沖縄サミットは「沖縄基地の現状を心おきなく世界に見てもらう政府の意思表示」などと最大限に日帝を美化し、サミット歓迎運動の先頭に立つと表明したのだ。日共の裏切りを断じて許さず、沖縄サミット粉砕へ進撃しよう。
 こうした決戦と同時に、いよいよ国鉄決戦と日本労働運動をめぐる文字どおりの正念場が到来した。チャレンジや革同上村一派を屈服させILO勧告前の国労解体を狙う日帝の攻撃を絶対に粉砕しよう。またJR労資結託体制の転換・再編の大危機の中で、なりふり構わず反革命的に純化し、戦争協力とファシスト労働運動に突き進むカクマル=JR総連を打倒しよう!
 七月代議員選の勝利から八月末国労大会へ、闘争団を守りぬき、国鉄決戦勝利と国労の戦闘的再生のために総力で決起しよう。
 動労千葉を先頭とする階級的労働運動の前進、闘う新潮流運動の拡大が待ったなしに求められている。日帝資本の首切り・賃下げ、労働運動圧殺の大攻撃の激化と対決し闘おう。

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週刊『前進』(1957号6面2)

 迎賓館・横田爆取デッチあげ裁判

 治療拒否、保釈却下を弾劾

 3同志が怒りの更新意見

 四月二十八日、東京地裁刑事第一一部(大渕敏和裁判長)で、迎賓館・横田爆取デッチあげ裁判の第一四一回公判が開かれた。左右の両陪席裁判官交代にともなう更新手続きが行われ、須賀武敏、十亀弘史、板垣宏三同志と弁護団が更新意見を陳述した。これはまた、三月二十七日に保釈却下決定を下した大渕裁判長への徹底弾劾でもあった。
 十三年(通算十四年)という、まったく不当な長期勾留攻撃に屈せず、日帝国家権力の凶暴な爆取デッチあげ攻撃と戦闘的に闘う三人の革命的共産主義者の陳述は、裁判官と検察官を圧倒し、法廷を感動の渦に巻きこんだ。
 初めに須賀同志が、二年を超える間、椎間板(ついかんばん)ヘルニアの治療を行わず裁判を受ける権利を不当にはく奪し、また今年二月に行われた医療鑑定の結果を無視して保釈を却下し、その後も治療を保証せず、放置している裁判所の責任を追及した。
 四月初めから心臓病の疑いのある左胸の激痛発作にみまわれ、血便が何回も出ているなど健康上の問題が発生していることを明らかにした。そして、それにもかかわらず、この日の出廷過程で、東拘の看守がこれまでどおりの車いすの使用を認めず、裁判所の階段を松葉づえで上り下りすることを強制し、それを拒否すると、看守が四人がかりで須賀同志の体を持って暴力的に動かしたことは、自らの生命にかかわる暴挙であると激しく弾劾した。断じて許すことができない。
 三同志の保釈奪還は生命のかかった死活的問題だ。一日も早くかちとろう。
 続いて、十亀同志、板垣同志がそれぞれ更新意見を陳述した。検事は証拠もないのにデッチあげ起訴し、裁判官は予断と偏見に基づいて検事のなすがままの違法な立証を追認し続けてきた。両同志は、そのデッチあげの階級的意味と全経過を根底から暴いた。
 まず、「共謀共同正犯」としながら「共謀」を立証する証拠がないことは第一回公判ですでに明らかになった。にもかかわらず「証拠がないのは被告が隠したから」(中谷裁判官)という許すことのできない予断と偏見に基づく裁判が今日まで強行され続けていることに激しい怒りをたたきつけた。
 続いて、両同志は、これまでの不正・不公平な訴訟指揮を徹底的に弾劾した。
 「岩手借家のすべてが証拠」だという検事のでたらめな主張を認め、岩手借家押収物の証拠調べに膨大な時間を費やした。しかし、「メモ」についてはどこで誰が押収したかも立証できなかったのだ。この危機に登場した警視庁公安刑事の星隆夫の偽証も容認し、岩手借家押収物を違法に証拠として採用した。
 さらに数々のいいかげんな御用鑑定や押収立証されていないメモ、証拠として請求もされていないメモを対象とした筆跡鑑定の審理を行ったのだ。
 検事立証はどこまでいっても、だれが、いつ、どこで、何をしたか明らかにできない。結局は証拠と称する物の数の多さによってそれらしい雰囲気をつくり、それを「間接立証」と称しているにすぎない。
 何より、十三年の長期勾留はどんな根拠をもってしても絶対に不当だ。「正当な十三年」などない。両同志は、保釈却下決定を激しい怒りを込めて弾劾した。
 現在、迎賓館・横田爆取デッチあげ裁判は、違法な筆跡鑑定の証人尋問が行われている。今後行われる検察側立証をすべて粉砕し、保釈奪還、無実・無罪をかちとる闘いに決意も新たに決起しよう。

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週刊『前進』(1957号6面3)

 公安庁抗議集会に300人

 市民活動への監視に怒り沸騰

 解体へ向け闘い呼びかけ

 四月二十五日の夕方から東京・飯田橋のシニアワーク東京の講堂で、「スパイされる市民活動−恐るべき公安調査庁−」と題した集会が、集会実行委員会の主催で開かれました。
 マスコミなどで明らかにされた近畿公安調査局の内部文書によって、公安調査庁が反原発運動、人権運動など広範な市民活動を調査していることが暴露されました。この治安弾圧法=破防法すら踏みにじる公安調査庁の反人民的違法活動に怒る広範な労働者、市民ら三百人が通路までぎっしり埋め、熱気あふれた抗議集会となりました。
 まず、作家の佐野洋さんや評論家の佐高信さん、人材育成コンサルタントの辛淑玉さん、暉峻(てるおか)淑子埼玉大学名誉教授が壇上に並び、第一部のトークが始まりました。
 佐野さんは、手紙まで検閲されて届いた戦前の体験や警察による東大教授の行動調査が暴露された東大ポポロ事件を紹介し、「こんな嫌な思いは絶対に許せない」と訴えました。
 佐高さんは、「『うそをつくのは良くない』という教育は国民を丸裸にする」という物理学者の武谷三男さんの言葉を紹介し、運動を守るために「権力に対してうそをつきかえす」必要性をユーモアを交えて強調しました。
 辛さんは、「ファシズムの流れをとめなければいけない時期にきた」と力強く訴えました。
 暉峻さんは、かつての東ドイツの例を紹介し、「公安調査庁が市民団体を調査する社会は密告社会」「公安調査庁はなんの規制もなしに人びとを監視し、多くの市民にスパイ活動させている。東ドイツの秘密警察とちがわない」と警鐘をならしました。
 第二部では、海渡雄一弁護士が、元公安調査庁職員の野田敬生さんにインタビュー。
 野田さんは、暴露された内部文書は公安調査局長会議に向けた資料だと断言し、「あらゆる団体のデータベースも作成している」と警告しました。また、裁判官・検察官任官希望者や民間企業への就職希望者の身元調査など、公安調査庁の広範な反人民的活動の実態を明らかにしました。
 第三部のリレートークでは、内部文書で調査対象と名指しされた日本ペンクラブなどが公安調査庁を怒りを込めて弾劾しました。
 日本消費者連盟の富山洋子さんが行動提起を行い、「公安調査庁をつぶすための活動の一つ」として、人権救済申立運動への参加を訴えました。福島瑞穂参議院議員が飛び入りで発言し、公安調査庁を弾劾して闘う決意を述べました。
 最後に「公安調査庁の市民活動へのスパイ活動をすぐやめさせよう」という集会アピールを拍手で採択。
 二十七日、福島議員ら四議員・議員秘書と市民十四人が、この集会アピールを携えて、公安調査庁に抗議の申し入れを行い、「調査対象団体の構成員調査のためなら市民団体調査も当然」と居直る公安調査庁を弾劾しました。
 内部文書は、戦時治安体制への転換の中で、公安調査庁が戦争動員に協力しない労働者市民のあらゆる運動を直接の解体対象としていることを示しました。今こそ、組対法、第二破防法発動や「共謀罪」新設などの組対法改悪攻撃と闘い、公安調査庁解体をかちとらなければならないとの思いを新たにしました。
(投稿 H・Y)

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週刊『前進』(1957号6面4)

 紹介

 共産主義者 124号

 沖縄サミット決戦論

 ●ガイドライン下の反軍闘争 芝田論文

 ●戦時型入管攻撃との対決を 横山論文

 第1節 闘争方針を提起

 特集「沖縄サミット決戦」の企画は、衆院選と一体でサミットをより反動的に貫こうとしている森政権との対決によって、いっそう重要性が増した。巻頭の大山論文とこれを補強する沖縄県委員会論文、野田論文(アジア情勢論)の三つで特集を構成している。
 「巻頭論文」は、「世界革命の二十一世紀」への転換点における沖縄サミットの世界史的位置と大きさを明確にし、闘うアジア人民との連帯をかけたサミット粉砕決戦への決起を訴えた鮮明な路線論文である。
 核心点は、第一に、沖縄サミット決戦そのものの歴史的重大性・決戦性。
 帝国主義の危機の本格的爆発、朝鮮−中国・台湾情勢の歴史的激動を背景にした日米帝の争闘戦の激化を軸に、世界最大の侵略戦争の基地・沖縄で開かれる帝国主義首脳の戦争会議の反動性をえぐった。朝鮮・中国侵略戦争突入の転換点になろうとしているサミットとの激突を日本プロレタリアートの階級的命運をかけた課題として突き出している。
 第二に、沖縄闘争=安保闘争として闘われる本決戦の課題と核心を二〇〇〇年決戦の全体像のなかで鮮明にした。
 日帝の戦争国家への転換の攻撃のなかで、SACO(基地の県内移設)貫徹=名護新基地建設攻撃に立ちふさがる沖縄の闘いを圧殺するものとしてのサミットと、これに屈した日本共産党スターリン主義の裏切りの構図を暴ききり、名護・辺野古住民の主体的決起との連帯を軸に、沖縄サミット=新基地建設阻止決戦の勝利の展望を力強く打ち出している。
 「県委員会論文」は、市長リコール運動が中断・延期となった名護新基地建設阻止の一−三月の激闘の全面的総括である。
 「野田論文」は、サミット決戦を規定するアジア情勢をインドネシア・朝鮮・中国情勢に踏み込んで論じ、新植民地主義体制の危機と激動を裏付けている。
 特集全体をとおして次のことが強調されている。
 ひとつは、国益主義と祖国防衛にのみこまれた既成指導部にかわる新たな指導部を日本の階級闘争が真に求めていること。ふたつには、何よりも名護市民・東海岸住民の闘いが不屈に闘い抜かれていることだ。
 革共同は、この試練を命懸けの飛躍と沖縄民衆との共同の闘いによって必ずや突破することを勝利の確信にみちて宣言した。この精神が特集全体を圧倒的に貫き全人民を鼓舞している。

 第2節 革共同集会報告

 本号のもうひとつの柱は、三・一二革共同政治集会報告。天田書記長の基調報告と革共同救援対策部の特別報告である。
 「基調報告」は、二〇〇〇年決戦の三大方針が、二十一世紀へむけての世界革命の現実性の中で、反スターリン主義・革命的共産主義運動の真の発展期、勝利の段階における実践であることをスケール大きく提起。四−七月の本格的段階を指導する立場から衆院選決戦と沖縄サミット決戦について重点的に展開。とくに大衆運動的実践を十分ふまえ、介護保険制度を突破口にした社会保障制度解体攻撃との対決の重要性を、革命的情勢の成熟論を基調にすえて訴えている。
 「特別報告」は、長期下獄闘争の報告と即時奪還の訴え。不屈の獄中闘争が日帝を根底から揺り動かし勝利を指し示していることを伝えており圧巻である。

 第3節 攻撃の実態暴露

 滝山同志の「入管論文」は、本年二月施行された改悪入管法と三月に策定された「第二次入管基本計画」にみる戦時入管攻撃の実態を暴いた。
 今日の攻撃の狙いがガイドライン体制の一環としての朝鮮有事を想定した「難民」排除とそれへの日本人民の排外主義的動員にあることを弾劾している。これと対決する主要な攻防点を挙げて日本人民の連帯と決起の死活性を訴えている。
 芝田同志の「反軍闘争論文」は、七〇年以来の反軍闘争の地平に立ち、本格的発展期を宣言した反軍戦線の重要アピール。新ガイドラインのもとで侵略出兵と治安出動と真に対決する労働者階級の課題として、労働者階級の階級的組織化と一体に隊内兵士を階級的に組織・包囲することを強く訴えている。革共同の党派性・革命性が際立っている。
 「浜田論文」は、二〇〇〇年日経連労問研報告と今春闘の結果を検討し、昨年来の日帝ブルジョアジーの賃下げ攻撃の真の狙いを暴露。賃金闘争の意義を掘り下げている。
 日帝の福祉切り捨て攻撃と対決する「林論文」は、四月から実施された介護保険制度批判。あわせて破産が明らかとなっているドイツと比較検討し、新たな試みをおこなっている。
  労働運動関係では、樋口同志の都労連決戦総括と津田同志の国鉄論文。どちらも昨秋|今春過程における労働運動の白熱的攻防を生き生きと伝えている。
 「三里塚インタビュー」は萩原進さん。暫定滑走路阻止の二年間決戦を高らかに宣言した。

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週刊『前進』(1957号6面5)

 ″私は無実だ″と宣言

 福嶋裁判更新手続

 検事立証のうそ暴く

 四月二十七日、東京地裁刑事第三部(服部悟裁判長)で、福嶋裁判の裁判官交代のための更新手続きが行われた。
 福嶋昌男同志は、迎賓館・横田爆取デッチあげ裁判を、須賀、十亀、板垣三同志らとの併合が認められず、一人で闘いぬいている。八年間におよぶまったく不当な長期勾留をはねかえして元気に登場した福嶋同志は、一時間半におよぶ更新意見陳述を堂々と闘いとった。
 冒頭、「私は無実である。私は迎賓館・横田事件に一切関与していない。爆取デッチあげ裁判と長期勾留を怒りをこめて弾劾する」ときっぱり宣言した。そして、「『戦争と革命』の時代に完全に突入した。今こそ資本主義社会を根底的に批判し、労働者階級自己解放の思想と理論であるマルクス主義が生きてくる。その今日的、現実的実現として、衆議院総選挙、沖縄サミット粉砕を全力で闘い勝利しよう」と訴えた。さらに、裁判での「証拠調べ」は完全に破産していること、にもかかわらず裁判所が長期勾留を続け、予断と偏見をもった訴訟指揮を繰り返していることを徹底的に弾劾した。続いて弁護団が更新意見を陳述し、福嶋同志の無実・無罪を鮮明にした。
 第一に、両戦闘で使用したとされる「信管」と岩手借家から不当押収した物の「ネジの切削痕(こん)が一致した」という「鑑定」がデッチあげであることを暴いた。
 警視庁科学捜査研究所の大町茂の「鑑定」は、主観的で非科学的なねつ造である。切削痕が異なり一致しない多くの部分について、光の当て方が違うとか、汚れがついているからと口実をつけて不問に付してしまう。そして「光の当て方を加減したり、要するに、左右同じ痕跡を出すように努力をしています」との大町自身の証言が示すように、似ている反射映像が写せるよう作為をこらして「一致」写真をデッチあげているのである。
 第二に、岩手借家押収物とされる「メモ」に福嶋同志の指紋がついていたという検察官の立証もでたらめであると暴露した。  権力は、二つの指紋が同じである根拠として、指紋の端や分岐点の位置が十二カ所で一致していることをあげている。ところが科捜研の石川俊一は反対尋問で、自らの「鑑定書」であげている一致点について、一致していないことを認めてしまった。石川は、ごみの付着や指紋採取時の手違いを口実に、十二カ所で一致していなくても同一であると、窓意的な主張を行っているだけなのだ。
 福嶋同志は無実である。「メモ」を書いていないし、「メモ」に触れてもいない。「指紋鑑定書」は完全なねつ造であり、断じて許すことができない。
 第三に、「メモ」の内容も、なんら両戦闘と関係のないことを明らかにした。  検事は「メモ」が、「飛距離の三倍化を計画した報告書」だとか、「独自の弾道計算をしている」とさもさもらしくいうが、これは作り話でしかない。警視庁公安機動捜査隊の安田敏夫証人への反対尋問によって、「メモ」は作成時期が不明な上、記載されている 数字になんの意味もなく、計算などまったくしていないことが暴かれたのだ。
 弁獲人は最後に、「このような明白なデッチあげに固執する検察官は、人間として許されず、実に愚かなことである」と厳しく弾劾した。
 福嶋裁判闘争はいよいよ正念場に突入した。福嶋同志と固く連帯し、デッチあげ粉砕へ全力で闘おう。

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