ZENSHIN 2000/05/01(No1956 p06)

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週刊『前進』(1955号1面1)

 6月衆院選勝利・7月沖縄サミット粉砕へ

 5・28全国から首都総結集を

 労働者の決起で森・自公政権とファシスト先兵=石原打倒せよ

 サミットを翼賛する日共許すな

 日帝・森自公政権は、自らの政権基盤の危機性を自覚しているからこそ、一転して六月衆院解散―総選挙に打って出て、その「勝利」をもって本格的な有事立法・改憲政権へと変貌(へんぼう)しようとしている。民主党や日共スターリン主義を完全に屈服させ、七月沖縄サミット|名護新基地建設を狙っている。これをファシスト的に推進するものとして四・九石原暴言があった。六月衆院選はまさに戦後史上最大の政治決戦だ。森・自公政権打倒、石原打倒、沖縄サミット粉砕、介護保険制度廃止の一切をかけて、東京八区(杉並区)で長谷川英憲氏の当選をかちとろう。四・二八沖縄闘争全国統一行動、五・二八サミット粉砕全国総結集闘争を爆発させ、六月衆院選―七月沖縄サミット決戦を連続的に闘い抜こう。

 第1章 世界恐慌の爆発に震撼する帝国主義

 米帝バブル経済がまさに大崩壊の瀬戸際に立っている。四月十四日の米株式市場は、ダウ工業株三十種平均と店頭株のナスダック総合株価指数がそろって史上最大の下げ幅を記録した。暴落は欧州市場に波及、週明けの東京株式市場やソウル、香港、シンガポールなどアジア市場も軒並み急落し、世界同時株安となった。
 その後、市場は小反発して推移しているものの、米株価は依然として不安定な乱高下を繰り返し、バブル大崩壊とドル暴落の接近を告げ知らせている。
 ワシントンで十五日から開かれたG7(先進七カ国蔵相・中央銀行総裁会議)など一連の国際通貨会議で、大統領選を控える米帝が、バブル経済の崩壊を避けるために激しい対日争闘戦を展開し、日本からの資金の流入を維持するため日帝にゼロ金利政策の維持と一層の景気回復政策(赤字=積極財政)を要求した。日帝は、三〇年代的な大恐慌過程の深まりと日米争闘戦の激化にグラグラに揺さぶられながら、その犠牲をすべて労働者人民とアジア人民に押しつけることで必死に生き延びようとしている。
 米帝バブル経済の崩壊を引き金とする二九年型世界大恐慌の時代への本格的突入は不可避である。そのもとで帝国主義世界経済は分裂化・ブロック化を深め、帝国主義間争闘戦を激化させ、そこから勢力圏・市場の奪い合いをめぐる侵略戦争と帝国主義間戦争、世界戦争が不可避となる。
 大恐慌過程の深まりによって全世界の労働者が首切りと賃下げ、生活破壊の攻撃にさらされ、貧困と飢餓の中にたたき込まれつつある。まさに労働者階級は、闘わなければ生きていけない時代に入っているのだ。

 第1節 アジア情勢が大激動に突入

 こうした中でアジア情勢が大激動している。三・一八台湾総統選における国民党の敗北は、米帝・日帝のアジア支配の破綻(はたん)を突き出し、中国スターリン主義の危機を一層促進し、「中国大乱」情勢を加速している。
 また、四月十日に南北朝鮮で同時発表された六月南北首脳会談開催は、闘う朝鮮人民の南北分断打破=革命的統一の要求を根底から踏みにじるものである。これは直接には、崩壊的危機に立たされている南北朝鮮の双方がそれぞれ延命のためにとった策であり、本質的には米・日帝国主義による朝鮮侵略戦争の歴史的切迫情勢(帝国主義による戦後アジア新植民地主義的支配の破綻とその暴力的再編の攻撃の激化)がもたらしたものである。
 情勢は今後、曲折が大いにありうるが、朝鮮をめぐる帝国主義間争闘戦の一層の激化は確実であり、中国大乱情勢とも相まって、米帝・日帝は、一層、朝鮮・中国―アジア侵略戦争へと突き進んでいくのである。
 日帝は表向きの「歓迎」とは裏腹に、日帝にとって唯一の対北朝鮮政策とも言える経済支援問題での優位が崩れ、対米対抗的なアジア勢力圏化に大打撃となることに危機感を深めている。ここから日帝・森政権は一層凶暴に対北朝鮮政策、新安保ガイドライン攻撃、沖縄圧殺攻撃を強めることになるのだ。
 今こそ日本の労働者階級人民は、「闘うアジア人民と連帯し、日帝のアジア侵略を内乱に転化せよ」「米軍基地撤去=沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒」を実現するために全力で闘おう。

 第2章 有事立法と改憲の意志を公言する森

 森・自公政権の反動性、反人民性は、日々明らかになりつつある。まさに、森政権は小渕政権を超える超反動的で本格的な有事立法・改憲政権への脱皮をめざしているのである。
 第一に、小渕が倒れたことを逆転的に利用して強行しようとしている六月衆院解散―総選挙自体が、沖縄サミットを前にして政治支配の危機をのりきり、反動的政治支配体制への転化を狙う大攻撃である。「国民的支持を得た」として沖縄サミット―名護新基地建設、有事立法・改憲に向かおうというのである。
 第二に、沖縄サミットを強行し、サミット戒厳体制のもとで沖縄人民の闘いを圧殺し、名護新基地建設を強行しようとしている。森は三月二十日の石川県での講演で、「沖縄出身の歌手は天皇即位十周年式典で君が代を歌えなかった」「沖縄では君が代を学校で教わっていない」「何でも政府に反対、国に反対する」と、沖縄人民への敵意と差別意識むき出しの発言をした張本人だ。この森が沖縄に乗り込み、サミット=戦争会議を主催し、「日米安保は重要」などと言って沖縄人民に一層の基地の矛盾を押しつけようとしているのだ。絶対にこんな攻撃を許してはならない。
 森は、五月十四日に首相になって初めて沖縄を訪問し、サミット会場「万国津梁館(しんりょうかん)」の完成式に出席しようとしている。五・一四訪沖を許さず、七月サミット粉砕へ突き進もう。
 第三に、森・自公政権はすでに有事立法・改憲を公言している。森は歴代首相として初めて所信表明で「有事立法」に言及し、十一日の参院本会議でも「ぜひとも必要な法制」と強調した。それは、「周辺事態=日本有事」と称して運輸労働者や医療労働者を侵略戦争に強制動員し、物資の徴発、私有地の強制使用、家屋の破壊や言論統制、集会・デモ禁止などで、労働者人民を暴力的に戦争体制のもとに組み敷く攻撃だ。
 これと同時に改憲攻撃が国会の憲法調査会での審議を軸に急ピッチで進められている。森は雑誌『Voice』五月号で「今の憲法は、阪神・淡路大震災の後につくった仮設住宅のようなもの」と述べ、四・一九党首討論では、「戦後五十年たった今日、憲法や教育基本法など今までの仕組みを思い切って変えていかなければ二十一世紀に対応できない」と改憲の意図を明確に述べた。しかも、森は「平和主義では日本は生きていけない。国民は国家のために滅私奉公せよ。血を流して侵略戦争を戦え」という帝国主義的、国家主義的イデオロギーを真正面から押し出し、「教育勅語の一部復活」さえも提唱しているのだ。
 第四に、社会保障解体、福祉切り捨てをさらに強行しようとしている。
 四月一日から介護保険制度が強行されたが、全国の介護を必要とする高齢者とその家族から、悲痛な叫び、怒りの声が上がっている。公的介護で生活してきた年金暮らしの要介護高齢者の中で、何倍にも膨れ上がる利用料を負担できず、やむを得ずホームヘルプサービスや訪問入浴など介護サービスの回数を減らす、あるいは全部やめる人が続出している。これまで必要だからこそ行われてきた介護を削り込むことは、高齢者にとって生命の危険に直結するのだ。
 一日も放置できないこうした現実を前にしながら森は、「大きな混乱もなく制度をスタートできた……引き続き円滑な実施に努めていきたい」(四・一一国会答弁)などと、ヌケヌケと語っているのだ。本当に許せない。
 「介護保険制度絶対反対! 一切の自己負担をなくし、介護は全額公費負担で! 必要な人には誰でも必要な介護を! 十分な介護体制の確立を!」のスローガンを掲げて全国的運動を巻き起こし、介護保険制度を絶対に廃止させよう。
 第五に、森内閣は賃下げ・リストラ強行内閣である。本人同意なしで、資本家の一方的都合で転籍を強制する会社分割法案(商法改悪案)と労働契約承継法案が今国会に提出されている。これは労働基準法改悪、持ち株会社解禁、産業再生法、民事再生法などに続く一連のリストラ支援の総仕上げと言われる大攻撃だ。
 6面につづく

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週刊『前進』(1955号1面2)

 暴言居直る石原を断罪する

 9・3「三軍大演習」絶対粉砕へ

 四月九日、都知事・石原慎太郎は、志方俊之参与(元陸自北部方面総監)とともに陸自練馬駐屯地での創隊記念式典に初めて出席した。小銃を抱えて千二百人の隊員が行進し、大型戦車やジープが進み、上空には対戦ヘリが飛ぶという観閲式で石原は、福田忠典師団長とともに壇上に立ち、各隊の敬礼を受けた。そしてその場で、朝鮮人・中国人への差別・排外主義と襲撃を扇動した。
 その大暴言が報道されるや、ただちに抗議行動が起こった。だが怒りの弾劾を浴びながら石原は「誰に謝罪するのか」と謝罪を拒否し、居直り続け、一層の暴言を繰り返している。
 わが革共同は、石原発言を徹底弾劾するとともに、この差別・排外主義者、ファシスト石原と真っ向から対決し、階級的怒りの爆発で石原を包囲し、必ずや東京都知事の座から引きずり降ろすことを宣言する。
 ファシスト石原の暴言の第一の断罪点は、その発言が、意図的意識的に実行された朝鮮人・中国人に対する襲撃と虐殺の宣言であることだ。しかも石原は、都知事として災害時に自衛隊の出動を要請する権限を持つ立場であることを自覚して、自衛隊に向かって扇動したのである。
 石原は、朝鮮人・中国人を呼ぶのにあえて「三国人」という差別蔑称(べっしょう)を意図的に用い、「三国人や外国人の凶悪犯罪が繰り返されており、災害時には大きな騒擾(そうじょう)事件さえ想定される」と言った。これは単なる暴言では断じてない。この発言を聞いた瞬間、体に電気が走るような恐怖を在日朝鮮人・中国人、アジア人労働者に強制したのだ。この発言そのものが一個の襲撃として物質力をもっているのだ。
 一九二三年の関東大震災に乗じて凶行された日本の官民による朝鮮人・中国人襲撃と、朝鮮人六千人余、中国人六百人余と言われる大虐殺。しかし日帝は、賠償・謝罪どころか、真相究明すら行わずに来たのだ。今も荒川河川敷を始め朝鮮人・中国人の遺骨が埋まったままのこの東京で、再びこの歴史を繰り返すと石原は宣言したのだ。絶対に許してはならない。
 今やアジア人民の解放を求めて闘うエネルギーを軸に、世界大恐慌過程への突入の中でアジア情勢は、本格的激動に突入している。
 ここに日帝と自らの未来、すなわち労働者人民の階級的怒りで打倒される運命を見る石原は、反米と反中国・反アジア感情をむき出しに、デマとウソを並べ立て、ファシスト的に突出しているのだ。
 石原暴言の第二の断罪点は、今秋九月三日、石原が本部長となり、新宿・都庁を軸に首都東京を制圧する陸海空三軍統合の大演習、「治安出動訓練」を強行すると宣言したことである。
 小渕を引き継いだ森・自公政権は、解散・総選挙反革命に訴え、沖縄サミット強行、有事立法・改憲、ガイドライン体制の構築を狙う超反動政権である。
 この森・自公政権のファシスト先兵として、石原は首都東京を軍都につくりかえようと狙っているのだ。そのために、実際に侵略戦争に手を染めることのできる実戦部隊としての自衛隊に、差別・排外主義を扇動したのである。
 今や求められているのは、首都の労働者人民の階級的決起であり、自衛隊内部での革命的反軍闘争の組織化である。
 石原暴言の第三の断罪点は、アジア侵略と戦争国家化のための「東京大改革」をうたう石原都政の狙いが、戦争と福祉切り捨てと賃下げ・リストラだということである。財政危機突破のために、労働者人民に犠牲を集中しようというのが石原都政だ。そしてファシスト石原が究極的に狙っているのは労働組合と労働運動の解体である。
 現在、福祉解体の介護保険推進に対する怒りは日を追うごとに増している。今や自公政権と石原を打倒することなしに、労働者人民の生活といのちを守ることはできないのだ。
 ファシスト石原は、人民の中にある怒りと不安を反動的に組織し、差別主義・排外主義に労働者人民をからめとり、アジア人民虐殺の加担者にしようとしている。だが逆に労働者人民が階級的に団結し、ファシスト打倒に立ち上がる時、脆弱(ぜいじゃく)な姿をさらさざるを得ない。
 昨年十一月、石原の大幅賃下げ提案の白紙撤回を要求して、ストライキに立ち上がった都労連の闘いを見よ。あのごうまんな石原が唯一、都労連の闘いの前には頭を下げるしかなかったのだ。ここに石原打倒の力がある。
 日本の労働者階級の真価が問われている。再び関東大震災の時の大虐殺を繰り返すことなど絶対に許されない。再び朝鮮・中国−アジア侵略に向かって、自衛隊の治安出動で東京を軍都にし、日本を戦争国家化する策動を絶対に許してはならない。
 闘うアジア人民との連帯は、今、石原暴言を徹底追及し、石原辞任をかちとる中にある。すでに石原追及の先頭に立つ在日を始めとする人士に対する差別的排外主義的攻撃すら始まっている。右翼の排外主義攻撃を真っ向から粉砕し、ファシスト石原を打倒しよう。
 革共同はその最先頭に立ち、総力で決起する。

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週刊『前進』(1955号1面3)

 衆院選へ熱烈スタート

 天田書記長が基調報告 長谷川氏の必勝へ檄

 革共同は、四月十六日に都内で「衆院選必勝総決起集会」を開き、三百五十人が結集した。この集会をもって衆院選決戦の本番に全党をあげて突入した。
 森・自公政権は、六月総選挙を強行し、沖縄サミットを突破口に有事立法・改憲、ガイドライン発動体制の確立へと突き進み、また、リストラ・首切り、大増税と福祉解体の大攻撃を激化させようとしている。革共同は、この一大反革命を迎え撃つ六月衆院選決戦を、戦後最大の政治決戦として闘い抜く全党総決起態勢を確立したのである。
 天田三紀夫革共同書記長が基調報告を行い、「衆院選必勝へ、党のあり方を革命的に変革し、あらゆる力を投入して闘う」と宣言した。
 そして、九九年|二〇〇〇年の闘いを総括し、「革命的情勢の急速な接近」の中で、二〇〇〇年の三大決戦方針が二十一世紀への革命的展望を切り開きつつあることを訴えた。五月テーゼ以来の、労働者階級の中に党を建設し、労働者階級の闘いの先頭に党が立ち、「革命的大衆行動」の組織化に全力をあげる闘いが、いよいよその真価を問われる時を迎えたのだ。
 とりわけ、総選挙闘争を二〇〇〇年決戦の中にしっかり位置づけ、介護保険絶対反対を軸に闘ってきた一−三月の実践が、ついに杉並の地で大衆自らの闘争と運動体を生み出したことを明らかにした。
 さらに、今日の情勢を全面的に解き明かし、七月沖縄サミットが帝国主義の朝鮮・中国|アジア侵略戦争準備会議として開かれようとしていることを弾劾し、名護新基地建設阻止へ必死に闘う沖縄人民にこたえ、なんとしても沖縄サミットを粉砕しようと訴えた。
 そして、「衆院選必勝へ二カ月間の最高の総蜂起戦に全党は総決起を」「革命情勢の急速な接近の中で革共同が国政に挑戦し必勝することは絶対的な課題である」と提起した。
 満場の拍手の中で発言に立った長谷川英憲氏は、「決戦は目の前に迫った。これまでにない区民の強い支持を感じている。森・石原打倒と介護保険絶対反対は労働者人民の課題になった。介護保険反対の区民の決起が始まっている。勝利への執念をみなぎらせて闘う」と決意を述べた。
 さらに、結柴誠一杉並区議が、「国政に挑戦する勢力として今こそわれわれが躍り出る時だ」と訴えた。
 会場からは、「石原の在日朝鮮人・中国人への差別暴言を許さない。衆院選勝利で石原を打倒する」「沖縄闘争に敵対し、石原にも屈服した日本共産党に代わり、われわれこそが労働者人民の真の代表に飛躍する時だ」「介護保険に対する区民の自主的な運動と団結が形成された。これが勝利の基礎的な力になる」「衆院選は階級的団結をめぐる攻防の一環だ」など、闘志あふれる発言が続いた。
 日帝・国家権力の七・二一体制(沖縄サミット弾圧体制)を完全に粉砕して闘われたこの集会で、全参加者は二カ月間の蜂起戦を貫く不抜の態勢を固めた。

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週刊『前進』(1955号2面1)

 JR結託体制の危機で一層の反革命化

 「JR総連=カクマル」居直り黒田=松崎路線がむき出しに

 断末魔の凶暴化を粉砕せよ

 権力、JR資本とファシスト・カクマルとの矛盾・軋轢(あつれき)が激化する中で、二〇〇〇年年初以来、JR総連とカクマルの「対立劇」が繰り広げられてきた。これは「JR総連はカクマルではない」ことの「あかし」をつくり、JR結託体制を修復するという意図をもって仕組まれた、まさに自作自演の「対立劇」であった。それは、JR東の「シニア協定」に明らかなように、日帝の一大資本攻勢の最凶悪の先兵となって延命しようとするファシストどもの断末魔のあがきと居直りを示すものである。だが彼らが「対立劇」をやればやるほど、逆に紛れもなく「JR総連=カクマル」であることを自己暴露している。同時にそれは、JR総連のカクマル過疎支配の危機、JR総連の「分裂」の危機、そしてJR総連内外のカクマル組織の危機を一層深刻化させる自己破綻(はたん)的、自滅的な行為だ。今やJR総連=カクマルを打倒する決定的なチャンスが到来している。国鉄労働者を先頭に総決起しよう。

 第1章 カクマル「党声明」でJR総連を全面賛美

 四月に入り、JR総連=カクマルをめぐる新たな重大事態が発生した。
 @カクマルの反革命通信『解放』第一六一五号(四月十七日付)に「新『民主化同盟』を打ち砕け!」とJR総連防衛を絶叫する「党声明」が出された。
 Aカクマル作成の『主張』(現代古文書クラブ発行)なるビラ(四月十日付「JR総連運動の前進のために」)には、これまでのJR東労組会長・松崎の講演ではなく、JR総連の一部幹部(=カクマル)を「批判」するJR総連組合員(=カクマル)の「投稿」が掲載された。
 B四月十四日には、JR東日本の経営陣の人事内定が報道された。カクマルとの結託体制の先頭に立ってきた松田が社長を退き、代表権のない会長に就任。社長には大塚副社長が昇格する。また、JR東の初代社長で最高顧問の住田が取締役をはずれ、相談役に退く。〔この社長人事は、五月に閣議了解を得て、六月末の株主総会後の取締役会で正式決定される〕
 これら一連の事態は、JR総連=カクマルの一層の危機と破綻、住田=松田=松崎体制に象徴されるJR結託体制の危機と、崩壊の始まりを示している。
 『解放』の「新『民主化同盟』を打ち砕け!」は、かのカクマル議長・植田の声明(第一六〇八号、二月二十八日付)に続いて、事実上の党声明として出されている。直接には、JR連合・東日本鉄産労、JR連合・ジェイアールグリーンユニオン、国労東日本本部が三月二十九日に発表した「JR東日本の『民主化』を実現する三組合共同声明」を「新『民主化同盟』」だとして、「弾劾」するものである。
 そもそもこの「三組合共同声明」なるものはカクマルと真っ向から闘おうとするものではない。国家権力やJR資本の一部経営陣にカクマルを切ってくれ、と哀願するものであり、その本質は、国労内チャレンジ一派による国労の自己解体・連合化である。基本的に資本とカクマルに屈服するものでしかない。
 にもかかわらず、これに対するJR総連とカクマルの反応は激甚であった。それほどに彼らの危機が深いということなのだ。
 『解放』には、カクマルの「声明」と同時に、「新『民主化同盟』に対するJR総連の見解」をそのまま掲載している。カクマルとJR総連の両者が「三組合共同声明」に対して「新『民主化同盟』」というまったく同一の規定をしていることは、カクマルとJR総連の一体ぶりを示すものだ。ともに五〇年代の反共民同(民主化同盟)になぞらえて「『民主化』なるスローガンは……戦闘的労働組合を破壊するために持ち出してきた常套(じょうとう)文句」(『解放』)、「組織破壊を目的にした彼らの常套句は『民主化』」(JR総連見解)などと言い、表現もそっくりだ。
 しかもその上で、『解放』は、次のようにかつてない表現で、JR総連を賛美している。
 「国鉄および動力車労働組合の戦闘的な闘いを受け継ぐことを意志した組合員たち(カクマルのこと)にささえられて、『連合』労働貴族のもとで『救国』産報運動と化した今日の日本労働運動の変質に抗して、『憲法九条擁護』『民主主義・基本的人権の擁護』そして『謀略との闘い』などの運動を地道におしすすめているのがJR総連とその傘下のJR東労組をはじめとする諸労働組合にほかならない」
 すでに植田議長声明で、JR総連を「一九六〇年安保闘争いらい戦闘的闘いを続けてきた国鉄および動力車の労働運動の伝統をうけついだ組織的転換形態としてのJR総連、とりわけ東労組の労働組合運動」と賛美していた。今回はこれをも上回り、JR総連を「戦闘的労働運動」と規定し、しかもそれは、カクマルによって支えられていると公然と認めたのだ。
 言うまでもなく、JR総連が「戦闘的労働運動」であるとか連合に抗して闘っているなどというのは、ファシストの正体を「左翼」の仮面で押し隠すためのカクマル特有のデマである。
 実際には、JR総連は国鉄分割・民営化という最大の首切り攻撃の先兵になることで延命したファシスト組合であり、今日、JR東の「シニア協定」にみられるように、日経連の「総額人件費削減」を最も悪らつに推進する、連合を上回る資本の先兵なのだ。さらに、昨年八月の「連合政治方針見直しに対するJR総連の対案」では安保・自衛隊容認、国連の武力行使容認を表明し、JRの軍事輸送―戦争に協力することすら宣言しているのだ。
 カクマルは、これらのことを百も承知で、JR総連を「戦闘的労働運動」などと持ち上げて、JR総連のやっていることは正しい、防衛すると宣言しているのである。これまではJR総連に直接言及する場合、「労使協調路線にのっとっている」とか「連合の枠内で」とか、カクマルとは一定の距離を置く表現をとっていたが、それを一変させた。JR総連のやっていることは、国鉄分割・民営化に協力してJR総連をつくったことを始めとして、「国鉄および動力車の伝統を受け継ぐことを意志した組合員」(カクマル)が支え、カクマルの方針でやっていることだ、それは全部正しいと居直ったのだ。
 この間、「JR総連はカクマルではない」という「あかし」をたてるために、JR総連とカクマルの自作自演の「対立劇」を必死になって演じてきたのだが、今回の『解放』とJR総連の「見解」には、そうした「対立」を示す表現は皆無だ。カクマルと、労働組合としてのJR総連を「意図的に二重写し」にした「『JR総連=革マル』キャンペーン」が問題とされているだけであって、JR総連の方針がカクマルの方針そのものであっても、「党」と労働組合を「二重写し」にしてイコールだとするのは問題だ、と言っているにすぎない。
 その上で『解放』は、こうしたキャンペーンを張る国家権力とJR資本、JR連合や国労などの「三位一体の戦闘的労働運動破壊の攻撃を、JRの戦闘的労働者たちは全国全戦線のたたかう労働者と連帯して、断固として打ち砕くために奮闘すべき」だとわめいている。要するに、JR総連内のカクマルと全戦線のカクマルが総力を挙げてJR総連防衛のために闘え、と絶叫しているのである。

 第2章 松崎指揮の『主張』でJR総連幹部を批判

 こうしたJR総連=カクマルの危機と凶暴化は、『主張』四月十日付を見ると一層明らかになる。
 この間の『主張』はJR東労組会長・松崎の各種集会での講演をJR東労組の機関誌などからそのまま転載したものだったが、今回はそれを読んだJR総連傘下の組合員らの「投稿」と、JR東労組東京地本書記長・鳴海の昨年九月二十七日の東京地本青年部定期委員会での講演を掲載している。
 JR九州労一組合員は、「東労組幹部に官僚主義の影?」という見出しで、鳴海講演への「疑問と強い危惧(きぐ)」を表明している。鳴海には、JR東労組内の「組織破壊者」との闘いにおいて、「攻撃を仕掛けてくるのは、JR連合だけでなく、JR資本当局であり、自民党政府や国家権力でもある」という構造がとらえられていないと「批判」し、『主張』三月一日付の松崎講演で「『JR連合万歳』なんてほざく奴、そんな虫ケラみたいなものは問題にしなくていいけど、その背後にいるものが問題だ」と言われていることを持ち上げ、これを学び反省すべきだ、と言う。
 「形式民主主義と官僚的恫喝では組合員を強化できない」と題するJR東労組組合員の「投稿」も、同じく鳴海講演をやり玉に挙げ鳴海のように「チビ官」になってはいけないと言う。
 また、西労組合員は「西労執行部は何をしているのか?」と、JR西労本部書記長・長田を「批判」し、「もはや変質したとしか言いようがないわが西労幹部を眼前にして、私はいてもたってもいられない」などと嘆いている。
 また、「松崎会長の講演を配ってもらえるとありがたい」という「読者からの声」が掲載されている。
 だがここでやり玉に挙げられている鳴海と長田は、ともにれっきとしたカクマル分子だ。つまり、JR総連内のカクマルが同じくJR総連内のカクマル、しかもゴリゴリのJR総連幹部を「批判」しているのだ。
 重要なことは、松崎講演を持ち上げ、〈松崎=カクマル〉であることを押しだし、松崎講演に学ぶべきだとしていることだ。また、「A・O」なるやからは、「本当に労働者、農民の党ができなければこの国の将来は非常に危ない」という松崎講演(『主張』三月一日付)に「深く共鳴」したとして、「革命的労働者の党組織(カクマル)づくりに邁進(まいしん)することを、強く訴えたい」などと言っている。ここではカクマル頭目・黒田の『組織論序説』まで持ち出している。黒田や松崎に学んでカクマル組織づくりをやらなければ、「組合分裂策動」に敗北させられるのだと危機感をあおっているのだ。
 ここに示されていることは、〈黒田=松崎〉ということであると同時に、JR総連内のカクマル組織内に〈黒田=松崎〉路線を貫徹しようということである。そうしなければ、JR東の労資結託体制の崩壊と東労組の「分裂」にまで行き着く断末魔の危機にカクマルはあるということなのだ。
 松崎自身が、これに先立つ『主張』三月二十日付の「たたかいのみが未来を拓く」という講演(九九年十一月九日「99政策フォーラム」)で、「この会社の発展を妨害する連中とは徹底的にたたかう」「今の経営幹部の堕落、官僚主義と闘わなければ駄目です」「労使関係の危機です。大変な危機に陥っています」と、かつてない調子でJR東の結託体制の危機を叫んでいるほどなのだ。
 『解放』の「声明」も、まさにこの『主張』の松崎講演とまったく同じ立場で闘え、と言っているのだ。

 第3章 非カクマル的勢力の鎮圧狙いテロの忖喝

 以上のように、この間のJR総連とカクマルの「対立劇」以降の事態は、まさにカクマルの歴史にとって、また国鉄分割・民営化―JR総連結成以来の最大の危機を示している。
 事態の本質は第一に、権力、資本に対して、JR総連とカクマルを形式的に区別だてすることを強調し、JR総連は即カクマルではないとするための自作自演劇である。しかし第二に、それはJR総連とカクマル自体の危機の激化が恐るべきものとなっていることを示すものである。したがって第三に、JR総連内の勢力、反カクマル、非カクマル勢力へのファシスト的テロルの恫喝だということだ。そうでもしないと抑えられないという危機意識にふるえている。第四に、だからこそカクマル内部に対しJR総連=松崎路線の絶対的正しさを内外に向かって確認しきることを強制し、踏みきらせようとしていることだ。
 一言で言えば、今回の「対立劇」はJR総連の危機とカクマルの危機が激化する中で、JR総連=カクマルをむしろ開き直ることで、JR総連の非カクマル的勢力を鎮圧し、カクマル内の動揺分子を鎮圧しようとした、徹頭徹尾JR総連防衛方針だということだ。
 しかし、これは、自滅的・自己破綻的な絶望的行為である。「JR総連=カクマル」ということから逃れようとして、ますます「JR総連=カクマル」が明確になり、これから逃れるためにはもっと「対立劇」を激化させないといけないが、「対立劇」のあまり激しい進行はカクマル内の動揺を激化させてしまうというジレンマに陥りながら、あがいているのだ。そして、ますます日帝資本の先兵、戦争協力のファシスト労働運動へと純化しているのだ。
 JR総連=カクマルの危機は、わが革共同を先頭とした闘う労働者人民のカクマルとの闘いの地平であり、何よりも国鉄分割・民営化攻撃に屈せず不屈に闘い続けてきた国鉄労働者の闘いがJR体制を追いつめてきた成果である。
 今こそこの地平に立って、JR総連=カクマルをさらに徹底的に追撃し、カクマルの最大の実体であるJR総連、とりわけJR東労組を大分裂・大崩壊に追い込まなければならない。
 衆院選決戦、沖縄サミット粉砕決戦と一体の闘いとして国鉄労働者を先頭にJR総連=カクマル打倒に総決起しよう。

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週刊『前進』(1955号2面2)

 カクマルは批判にこたえてみよ!

 ゛他企業と根本的に異なるJR東日本「シニア協定」(『週刊労働ニュース』)″

 『週刊労働ニュース』四月三日号は、今春闘で焦点となっている六十歳以降の「雇用延長」について、三菱電機とJR東日本の事例を紹介し、次のように解説している。
 「これまで大手電機、繊維メーカーなどで発足を決めた六十歳以降の再雇用制度の対象者は基本的に希望者全員で、採用試験は課されていない。その意味で、JR東日本のケースは電機などとは根本的に異なる」
 「JR東日本の場合、多数の希望者が採用試験を受け、その結果、仮に再雇用になる従業員がゼロでも、会社側は採用試験の結果が悪かったからと言える」
 企業本体で再雇用せず、関連会社などを紹介するだけで、しかも試験で選別するJR東日本の「制度」は、「雇用延長」とは「根本的に異なる」ものであり、労働省関係の特殊法人発行の『週刊労働ニュース』もその問題点を指摘せざるを得ないのだ。
 この「シニア協定」を「大きな成果」として率先して妥結したのがJR東労組である。
 カクマルはJR総連・東労組を「戦闘的労働運動」と呼ぶのだから、彼らが最大の成果とする「シニア協定」を一緒に賛美すればいいではないか! だが、『解放』は「雇用延長」で妥結した電機連合などを「ワークシェアリングへの加担」などと批判している。だから、それより悪いJR東の「シニア協定」も批判しなければならないのではないのか?! さあカクマルよ、どうする?!

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週刊『前進』(1955号2面3)

 労働契約承継法を廃案に

 分社化攻撃への抵抗封殺狙い転籍拒否権をはく奪

 森・自公政権は、会社分割制度創設のための商法改悪法案と労働契約承継法案の審議入りを強行し、なんとしても今国会で成立させようとしている。
 この二法案は、日帝が矢継ぎ早に強行してきた金融再生法、産業再生法、民事再生法などの一連の企業再編法を集大成して、国家的なリストラ攻撃をさらに激しく推進し、また、国鉄分割・民営化型の攻撃を全産業に拡大するものである。
 大失業・賃下げ攻撃とねばり強く闘い抜き、二法案を廃案に追い込もう。

 第1章 今春闘で階級関係転覆の大攻撃

 今春闘で資本は、「総額人件費削減」と「市場原理の徹底」を叫んで賃金切り下げと社会保障の解体に本格的に踏み込んだ。これは、戦後的階級関係の転覆をかけた一大攻撃である。
 二月の完全失業率は四・九%と史上最悪になり、大失業情勢は一層深まった。
 こうした中での米株価の暴落と急騰は、米帝バブルの崩壊が目前に迫っていることを告げ知らせている。
 ますます深化する大恐慌を、資本は労働者階級へのさらなる犠牲転嫁でのりきろうとしている。そのためにも、労働者の階級的団結の破壊に攻撃の重心を据えてきているのである。
 今日資本は、合併や分社化、営業譲渡などをめまぐるしく繰り返している。それは、不採算部門を切り捨て、首切りと賃下げを強行し、労働者を一層激しい競争にたたき込みつつ、企業のあり方をも再編して、戦後的な労資関係の総体を転覆しようとするものだ。
 会社分割のための商法改悪は、国家の力を背景に、こうした攻撃をさらに大規模かつ急速に行うことが目的だ。企業再編をとおして、首切り、賃下げと団結破壊を資本の意のままに行おうというのである。

 第2章 会社分割は労組つぶしの新手段

 労働契約承継法案は、この商法改悪案と完全に一体のものである。この法案のポイントは、分割された新会社への転籍を命じられた労働者は、それを拒否できないとしたことだ。これは、労働者階級が闘いとってきた「転籍時には労働者の個別同意が必要」との民法に基づいた判例法理すら踏みにじる暴挙である。
 この法案は「労働者の保護を図る」ためのものでは断じてない。
 この法案で、分割された新会社への移行を拒否する権利が労働者に保障されるかのように言われているが、それはまったくのうそであり、ペテンだ。法文の上でも、労働者が転籍を拒否できるのはごく一部のケースにすぎない(表参照)。しかも、ここで言う「主として従事する労働者」かどうかなどというのは、資本の都合でどのようにでも解釈できるものでしかない。
 要は、今ある転籍拒否権をはく奪し、分社化への労働者の抵抗をあらかじめ封殺することが狙いなのだ。
 こんな法案が通ったら、不採算部門の切り捨てが容赦なく進むだけでなく、労組役員や活動家をあらかじめ特定部門に集中させておけば、会社分割という名目でそのまま会社から排除することができるのである。
 今日でも、一部門を丸ごと分社化し、全員解雇して、労働条件を大幅に切り下げた上で選別・再雇用するという攻撃があらゆる産業で吹き荒れている。
 だが、労働者が団結を堅持し、不屈に闘い抜けば、こうした攻撃を打ち破ることは可能である。不抜の団結を固め、職場闘争を基軸に、地域の労働者と結び、資本・権力と徹底的に闘えば、今日の一大資本攻勢と司法反動のもとにおいてさえ、勝利を切り開くことはできるのだ。
 だからこそ日帝は、会社分割法制の導入に必死なのである。これによって、労働者の抵抗を奪い、階級的団結を切り裂き、今日の階級的力関係を一挙に転覆しようとしているのだ。
 日帝は、五・二八反動判決で、国鉄改革法二三条を盾にとってJR不採用の不当労働行為を居直り、労組法を根本的に否定した。これと同様に、会社分割という手続きさえ踏めば、一切の不当労働行為、労働者の権利はく奪ができるようにするのが日帝の狙いだ。

 第3章 企業再編に屈服した連合・民主党

 連合は、労働契約承継法案について「労働者保護法として不十分」などという談話を出した。だが、この法案が「労働者保護にとって十分か否か」などという議論そのものが、労働者を敗北に導く反動なのだ。労働契約承継法案は会社分割法制の不可欠の一環だ。会社分割法制は労働契約承継法案と一体となることで初めて、資本にとって意味を持つものになるのである。
 連合は今日、民主党が議員提案として国会提出した「企業組織の再編における労働者の保護に関する法律案」の支持運動へと労働者階級の闘いをねじ曲げている。だが、民主党案は会社分割制度の導入自体には反対せず、それを前提にしたものでしかない。連合は、資本の側に立ってリストラ・首切りを強行しようとしているのだ。そもそも、階級的団結を自ら破壊しておいて「労働者保護法の制定を」などと唱えること自体が許しがたい裏切りだ。
 こうした連合の裏切りの先頭にあるのが、JR総連=カクマルのシニア協定締結、全面外注化の推進だ。
 他方、日本共産党が国会提出した「企業組織再編に伴う労働者保護法案」もまた、分割を含む企業再編を容認したものでしかない。
 連合、全労連の裏切りを許さず、会社分割二法案粉砕へ闘い抜こう。
 敵の狙いが団結破壊にある以上、労働者が階級的団結を守り抜いて闘えば、そのもくろみは根底的に破産する。国鉄闘争は、五・二八反動判決以来のあらゆる逆流に抗し、闘争団を先頭に不屈に闘い抜かれている。これを支え、これに続く階級的労働運動の新潮流の大発展をかちとろう。

 表
 転籍拒否権はく奪が法案の狙い
 (1)分割される会社に移される場合、(2)従来の会社に残される場合
 A 分割される部門に主として従事する労働者
 (1) 拒否権なし。  (2) 拒否権あり
 B それ以外の労働者
 (1) 拒否権あり   (2) 拒否権なし

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週刊『前進』(1955号2面4)

 三一闘争 80人で団交要求

 交流センターが春闘統一行動

 四月十日、三一書房労働組合と東京労組交流センターに結集する支援の労働者約八十人は、鈴木経営が逃げ込み、仮事務所として使っているヨーマツが入った千代田区神田神保町のビルの前に結集し、鈴木経営に対する団交要求行動を断固として闘った。この日の闘争は、東京労組交流センターの春闘統一行動の一環として闘われた。
 午前十一時に仮事務所近くに結集し、ただちにヨーマツの前に宣伝カーとともに陣取った。そして、支援の拍手とシュプレヒコールに送られて、代表団が鈴木経営に対して団交要求を行った。これに対して、鈴木経営は卑劣にも居留守を使ってきた。団交要求書を読み上げ、団交拒否に抗議した後、支援と合流した。そして、労働者を不当解雇し、ロックアウトを行い、現に今も不当労働行為を続け逃げ回る鈴木経営に弾劾のシュプレヒコールを浴びせかけた。
 その後、三一労組と支援は、近くの神保町交差点に移動し、正午から午後一時までの街宣活動を行った。日経連の「総額人件費削減」路線による賃下げ攻撃に対して、労働者階級の怒りは充満している。不当解雇撤回を訴える三一労組のビラは、神保町を通行する出版産別を中心とした労働者に吸い込まれるように受け取られた。
 二月十八日の都労委の審問途中から逃げだした鈴木経営は、三月二十三日の都労委からも逃亡し、一方で分社化で組合を排除し、資産の最後的整理を狙っている。労働者を犠牲にして資産を山分けにしようなどという攻撃を許してはならない。四月二十四日午後三時からの都労委を闘いの焦点にしつつ三一労組は団結を固めさらに闘い抜いている。
 本社(本郷)と朝霞倉庫の防衛闘争と財政闘争を当該とともに強化しよう。支える会千五百口達成を中心軸に支援の闘いを圧倒的に強化しよう。

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週刊『前進』(1955号3面1)

 「国民的大事業の発足」と介護保険を絶賛する不破

 日共の大裏切りを許すな

 ゛改善要求″も次々に後退

 やはり闘う国会議員が必要

 日本共産党スターリン主義は、日帝の介護保険の四月実施強行、社会保障解体・福祉切り捨て攻撃の先兵となっている。日共は、介護保険への人民の不満を取り上げ、代弁するかのようなポーズをとり、ペテン的な批判や改善要求を行っているが、もともと介護保険制度そのものに反対したことはただの一度もない。それどころか、介護保険を「国民的大事業」として賛美し、介護保険廃止の闘いに敵対し、闘いを推進運動へとねじ曲げようとしている。日共は、安保・自衛隊問題、「日の丸・君が代」問題での大裏切りに続いて、社会保障問題でも大裏切りに踏み切った。この日共スターリン主義反革命を打倒し、介護保険を廃止させ、日帝の社会保障解体攻撃を粉砕しよう。介護保険廃止の大運動をつくり出し、衆院選決戦で東京八区・長谷川英憲氏の当選をかちとろう。

 第1章 「老後を支えるしっかりした制度」とは何事か

 「多くの期待と希望をになって、せっかく実施にいたった介護保険の制度ですから」「国民的な大事業の発足」「老後をささえるしっかりした制度の一つとなるように改善の真剣な努力を尽くす義務がある」――これは、不破・日共委員長が四月十一日の衆院代表質問で介護保険に関して述べた言葉だ。
 介護保険は、人民の命と権利、福祉と介護を奪い、介護を利潤追求のビジネスにするものであり、保険の名による新たな大増税であり、直ちに廃止させる以外にないものである。
 ところが、日共は介護保険の積極的推進者となっている。不破は代表質問で、介護保険制度の強行を最大限に賛美し、制度の整備・確立・定着のために党を挙げて奮闘する立場を明らかにした。しかも、介護保険によって高齢者にあたかも明るい未来が保障されるかのような幻想をあおっている。絶対に許すな。
 一九九七年十二月に介護保険法が成立し、介護保険制度の二〇〇〇年四月実施が決まった以上、日帝・厚生省に全面的に協力し、この制度を「よりよいものに」していくために努力する、というのが日共の基本的な立場なのである。
 日共は、昨年十月二十六日に自自公三党が「半年間の高齢者からの保険料徴収の凍結、家族介護の支援」で合意したことを「日本共産党の提案の方向」と賛美した。また日共は二月二十二日に「介護保険の充実・整備」を求める立場から「改正案」を国会に提出した。杉並区議会では三月十六日に「介護保険条例修正案」を提出し、趣旨説明で介護保険賛成を表明した。
 日共は、「日本改革論」を掲げ、資本主義の枠内での改良路線、安保容認論へ転向し、民主党を軸とした野党連立政権への参加を目指すことに必死になっている。このため日共は、介護保険制度を主導して四月実施=保険制度維持を強硬に主張してきた民主党に対して、介護保険の推進のために奮闘する姿を示し、売り込みを図っているのだ。
 そこで不破の代表質問は、沖縄サミット強行、有事立法・改憲、「教育改革の国民運動」、大失業・リストラ攻撃、社会保障解体という森首相の所信表明演説になんら反論や批判を加えず、逆に翼賛するものとなった。とりわけ、日帝の政策的破綻(はたん)点であり、人民の命と権利、福祉を奪う介護保険を森政権との対決点として暴き、森打倒の闘いを組織する観点はみじんもないのである。
 不破は介護保険について、「当面緊急に必要な対策」として、実態調査、利用料軽減、サービス不足解消、介護認定制度の改善を挙げている。さらに「抜本的検討が必要な課題」として、高齢者から半年後に保険料徴収を開始するかどうか検討すること、国による財源の確保を掲げている。
 だが、これらはすべて基本的に政府・厚生省と同一の立場に立った上での要求である。四月一日の実施強行で、問題が噴出・激発している現状を鎮静化し、介護保険制度をいかにスムーズにスタートさせ、制度として整備し確立していくのかという問題意識からの改善提案なのである。

 第2章 これまでの改善要求さえ大幅に後退させる日共

 不破代表質問は、森・自公政権と介護保険制度の強行、福祉の解体・切り捨て・ビジネス化、増税への賛成・擁護なのだ。
 しかも、不破の掲げた要求は、日共がこれまで幾度か提案してきた要求からさえ大幅に後退している。
 不破代表質問の内容を具体的に見てみよう。
 @不破は、介護保険の実施によって利用者の負担が耐え難く増大することに対し、「利用料負担の軽減」を要求しているが、利用料負担をなくせと要求しているわけではまったくない。
 A保険料徴収が増税であるという暴露・批判も全然ない。九割の人が保険料の掛け捨てになることへの批判もない。保険料滞納者に対する健康保険証取り上げの制裁措置を暴露・弾劾することもない。不破はこれらを当然のこととしているからだ。
 B不破は「半年後の高齢者(六十五歳以上の人びと)からの保険料の徴収を開始してよいかどうか」ということを「抜本的検討が必要な課題」だという。
 高齢者からの保険料徴収の廃止の要求ならまだしも、徴収を開始してよいかどうかが「抜本的検討課題」というのはおかしい。
 昨年十一月三十日の日共提案は、住民税非課税の高齢者・低所得者の介護保険料を免除すること、当面一年間は介護保険料の徴収を凍結することを「最小限」の要求として掲げていたが、不破は今回の代表質問でこれらをあっさりと引っ込めてしまっている。住民税非課税の高齢者・低所得者からの保険料徴収や、四月からの四十歳から六十四歳までの人びとからの保険料徴収を認めた上で、六十五歳以上の人びとからの半年後の保険料徴収開始についても、せいぜい「検討」を要求するだけで抵抗しないことを約束したのだ。
 C不破は代表質問で「国の負担を二千三百億円も削減するやり方を是正し、国民的な大事業の発足にふさわしい財源を国が確保する」ことも「抜本的検討課題」としている。
 これも昨年十一月の提案からの大幅な後退である。十一月の提案では、介護給付に対する国庫負担の比率を二分の一にすることを「最小限の課題」として要求していた。ところが不破は今回、国庫負担比率の「二分の一」への引き上げという具体的な目標数字を挙げていないのだ。
 不破・日共は、四月一日の介護保険実施強行の中で一切の抵抗をやめたのである。「最小限の課題」さえ引っ込め、政府がクリアできる低レベルの改善要求に切り縮めてしまった。四月十七日付の「赤旗」は、政府が衆院選を前にして利用料負担を小刻みに軽減したことを囲み付きで紹介し賛美しているありさまだ。
 日共・不破は、代表質問で介護保険制度の積極的推進者としての日共の立場を明確にし、森・自公政権の先兵となることを宣言した。徹底的に弾劾せよ。

 第3章 問題点の指摘や不満の声掲載は闘うポーズだけ

 もともと日共は、介護保険を原則的に承認し、「国民的大事業」として位置づけてきた。今年一月一日付「赤旗」第三部は、「介護保険元年」なる大見出しを掲げている。政府広報か、はたまたコムスン(投機的なぼろもうけが狙いの大手介護事業会社)の広告かと見紛うばかりではないか。介護保険制度実施の前日の三月三十一日付の「赤旗」は、「介護保険あすスタート」として「利用ガイド」さえ載せている。批判的な論調は皆無であり、介護保険の発足で日本と人民の未来が明るく希望のあるものになるかのごとく描き出している。四月以降も同じである。
 「赤旗」は四月九日―十七日、四回にわたってドイツの介護保険制度に関するルポルタージュを連載した。なんとそこで、ドイツの介護保険制度は「いまでは社会と市民生活のなかに深く根をおろした不可欠の存在となっています」「高齢者にも人間らしい生活を保障するという考え方を感じる」と大賛美している。
 しかしドイツでは、介護保険制度のもとで民間企業が介護事業に参入した結果、あるいは介護保険を運営する疾病金庫の給付抑制によって、多くの高齢者が床ずれを放置されたり、虐待されて殺されている。こうした恐るべき現実を前にして、介護保険に対する人民の怒りと闘いが広がり、ドイツの保健相は介護保険制度の見直しを表明せざるをえなくなっている。完全に破綻しているのだ(本紙三月十三日付一九四八号、『コミューン』四月号を参照)。
 そもそもこの連載は冒頭で、ドイツの保健相が「日本のかたに、五年たったドイツの教訓について聞かれますが、問題山積で、アドバイスできるような状況ではありません」と述べていることを紹介している。にもかかわらずドイツの介護保険が成功しているかのように描いたのだ。
 その一方で「赤旗」は、介護保険実施に伴って高まる人民の不満と怒り、不安の声を連日報道している。
 だがこれは、なんら介護保険の廃止のためのキャンペーンではない。介護保険の問題点を追及しているかのように装い、介護保険の改善を目指しているのだ。
 よりよい介護保険などというものはありえない。介護保険は、福祉の切り捨てであり、根本的に福祉の対極にある制度であり、政府が老人医療費への財政負担を軽減し、介護事業に参入した資本をもうけさせるために労働者人民を犠牲にする制度にすぎないのである。このことを「介護の社会化」の美名で押し隠そうとしているのである。日共は、政府・厚生省と一緒になって、噴出する批判、不満、不安を圧殺し、問題の本質を隠蔽(いんぺい)しようとしているのだ。
 日共は、多くの高齢者、「障害者」が苦しみ、生命さえ奪われようとしている時に、介護保険の廃止を呼びかけ、そのために闘うのではなく、党を挙げて「介護保険のスタート」に賛成し、「国民的大事業」と位置づけてその推進に力を注いでいる。だが、高額の保険料を強制的に取られ、九割の人が掛け捨てとなり、仮に要介護認定されても、さらに利用料を取られるだけでろくに介護を受けられない。介護保険は廃止させる以外にないのだ。
 介護を必要としている人には必要なだけ介護を受けられるように保障しなければならない。一切の自己負担をなくし、全額公費負担で介護を保障しなければならない。それは国家の義務である。必要な介護を受けることは基本的人権であり、命の要求だ。
 日共スターリン主義の反人民的な大裏切りを粉砕し、日共を打倒せよ。介護保険廃止の大衆運動をつくり出し、介護保険を廃止に追い込もう。

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週刊『前進』(1955号3面2)

 福祉を切り捨て大増税

 介護保険は廃止せよ (1)

 何が起きているか

 自治体に殺到する抗議

 闘いを杉並から全国へ

 今号から、介護保険廃止に向け要点解説のシリーズを始めます。今回は介護保険強行に渦巻く怒りと闘いに立ち上がった住民の声。
     *

 第1節 自己負担重圧

 介護保険が強行されていよいよ怒りが高まっている。「介護の社会化」と宣伝していたことがまったくのペテンであり、介護の切り捨てそのものであることが鮮明になっている。
 厚生省の集計で、実施二週間で全国の市町村に寄せられた抗議が二千三百五十八件にのぼっている。
 この間の新聞報道に現れた事例だけでも事態はきわめて深刻だ。江戸川区の女性Aさん(五七)は、要介護2の母(八一)が週一回通っていたデイサービスの利用をやめた。デイサービスは先月までは区の事業として行われていて一回につき食費の四百円しかかからなかった。ところが介護保険が実施になって食費、必要経費、利用料などをあわせて一回約千六百円になったのだ。Aさんは「この違いは経済的に大きいんですよ。これから保険料を払うようになるのに高くなるなんて」と話している。
 大阪枚方市の女性Bさん(九〇)は、脳卒中の後遺症で一日中ベッドで過ごし、一日に六、七回ヘルパーに来てもらっていた。これまでの自己負担はゼロだったが、介護保険の料金で計算すると月額約六十九万円になる。要介護5と認定されたが、従来と同じサービスを受けると、限度額を超えた分など自己負担は三十五万円近くになる。枚方市では限度額を超えた自己負担分の半額を市で助成することにしているが、それも月十五万円までが限度。市の助成を受けても従来どおりのサービスを受けようとすれば二十万円近くかかる。結局ショートステイに変えて十万円程度の自己負担ですむようにした。家族はBさんを在宅で介護することにしており、年金や貯金を使っても足りない分は、将来、今住んでいる土地を売ることにしているという。
 苦情の中で、介護が営利ビジネスの金もうけの手段となったことに関連するものがかなり多い。「訪問入浴介護で事業者が一時間半も遅れてきたので、他のサービスを受ける時間にずれ込んでしまった」「ショートステイで急な発熱のため入所を取りやめたが、キャンセル料をとられ、納得ができない」などの苦情が寄せられている。
 江東区の女性Cさん(四〇)は、義母(八三)がアルツハイマーの症状があり、要介護2に認定された。昨年暮れにケアプラン作成を依頼したのに、やっとケアマネジャーが調査に来たのは三月末で、ケアプランができないまま四月一日を迎えた。週一回二時間のホームヘルプサービスなどは無事受けることはできた。しかし、その後ケアマネジャーが完成したケアプランを持ってきたが、Cさんが「ヘルパーがどこから来るのかわからないのは不安なんですが」といったところ、ケアマネジャーは「疑問があるなら他の事業者に替えてもいいんですよ。替えるなら変更用紙を持ってきます」といってケアプランを持ち帰ってしまった。Cさんは別の事業者を探しているが、どこも手いっぱいだといって引き受けない。

 第2節 労働者の解雇

 こうした介護の切り捨てや利用者負担の激増と同時に労働者への攻撃が強められている。世田谷区の特別養護老人ホームでは今月いっぱいで調理員九人が解雇され、食事の調理が民間会社に委託される。残る職員もボーナスの四割がカットされ、年収が五十万円以上減る。退職者の補充で正規職員から非常勤職員への置き換えも行われている。
 国の基準を上回る職員配置のために自治体から補助金の加算が行われていたところでは、介護保険とともにこの加算がなくなり、労働者への攻撃が一層強められようとしている。介護保険の推進派は、民間ビジネスになることで介護の水準が上がるかのようなデタラメを並べ立てていたが、労働者の労働条件が保障されなくていい介護ができるということはありえない。

 第3節 運動が始まる

 介護保険への労働者人民の怒りの中で「介護はいのちの要求。あたりまえの権利」というスローガンが人びとの心をとらえ、廃止に向けた闘いも広がっている。杉並では介護保険が強行実施された四月一日に、介護保険の廃止を求める杉並行動が多くの高齢者を先頭に三百二十人の結集で闘われた。その後、「介護と福祉を要求する杉並住民の会(準)」が結成され、住民が主体となった運動の大きな展望が開かれている。
 その中で、以下のような訴えが行われた。
 「寝ているお年寄りも起きたくなるような、希望を持てる、だれでもやれる、やりたいと思う明るい見通しがこの運動によってできた。私は『老年よ大志をいだけ』と言いたい。ここにのろしを上げましょう」
 「当たり前の人間の生活がないところにいい介護はできません。困っている者どうしが温かく助け合う。この人間味のある団結というものこそ、真っ先に取り戻さなくてはならないものだと思います」
 「まず杉並区からこの運動を始める。それが一つの輪になって、東京二十三区に、他府県に、そして日本全国へと広げていきましょう。介護保険は三年もすればつぶれると思う。でも私たちはそれまで待っていられないじゃありませんか」
 「杉並区の三十六町から一人ずつ大使を出さなければ。『老年よ大志をいだけ』の大志は、大きな志と同時に、『大使』つまり代表ということですよ。杉並区民を代表する大きな運動にしていきましょう」
 杉並での住民の運動は力強く発展している。介護と福祉を要求するこの高齢者やその家族の運動を基礎に、全国の労働者人民の闘いに発展させ、介護保険を絶対に廃止させよう。
(K・S)

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週刊『前進』(1955号3面3)

 4300人が核廃止誓う

 4・9青森 反戦共同も先頭で参加

 四月九日、青森市で開催された四・九反核燃集会は、地元六ケ所住民を始め全国から四千三百人もの労働者人民が結集してかちとられた。闘いは、反核燃闘争・反核闘争の敵=反革命カクマルの介入破壊策動を一切許さず、大成功した。
 十五年前の四月九日、青森県知事北村(当時)は、県政史上初めて県議会に機動隊を導入、反対する人びとを排除し、核燃料サイクル基地の六ケ所村への受け入れ決定を強行した。以来、四月九日は反核燃の「怒りの日」とされ、集会やデモなどの闘いが毎年闘われている。

 第1節 ■5000人市民集会

 (青森市文化会館)
 午前十時、青森県内の反核燃闘争を闘う諸団体・人士で構成する「反核燃の日」五千人市民集会実行委員会が主催する集会が青森市文化会館で開催され、全国から大勢の人びとが参加した。
 県内からの発言では、地元六ケ所村の核燃から漁場を守る会の坂井留吉さんが「ここへ来てだんだん変化がでてきた。これから今後の運動にさらに頑張っていきたい」と語った。もうひとりの住民も「この十五年間、核燃はいらないと叫びつづけてきた。白紙撤回まで闘い続ける」と不屈の決意を表明した。
 元衆議院議員の関晴正さんは、もんじゅと核燃サイクルの問題性を明らかにし、核燃に反対する国会議員の必要性を訴えた。
 核燃サイクル阻止一万人訴訟原告団代表の浅石紘爾さんは、六ケ所の再処理工場を止めることは全国の原発を止めることになると反核燃闘争の重要性を強調した。
 このほか県内各地で闘う人びとが報告した。
 次に県外からの報告が行われた。全国被爆者青年同盟は「被爆責任を認めない政府は許せない。二度と侵略戦争を起こさせないために今後も六ケ所とともに闘っていきたい」と発言した。相模原反核市民の会は「核武装をやって戦争ができる国をつくろうとしている。六ケ所と連帯して闘っていきたい」と述べた。仙台の全金本山労組は「東北の地でともに闘っていきたい」と発言した。
 また、台湾で反原発闘争を闘っている台湾成功大学教授の呉慶年さんが参加し、台湾での闘いを紹介、「地球はひとつ、一緒に頑張っていきましょう」と呼びかけた。
 さらに、宮城県の女川原発や北海道の泊原発に反対する団体など全国からの報告が続いた。

 第2節 ■5000人集会

(青森市民体育館)
 午後一時から青森市民体育館で青森県反核実行委員会などの主催による「四・九反核燃の日」五千人集会が開催された。
 午前中の市文化会館での集会参加者のほかに、国労、自治労、全逓など県内の平和労組会議に結集する労働者を始め、東北や全国から多くの労働者人民が結集した。
 会場前で反戦共同行動委員会と労組交流センターの仲間たちが「反核燃、核武装化阻止、沖縄連帯、春闘勝利、カクマル=JR総連弾劾」のアピールを大型バスで続々結集する労働者人民に呼びかけた。
 集会では、まず主催者代表の今村修さんが「屈辱の日から十五年がすぎた。反核燃の運動を強固にしていこう」とあいさつした。
 各地からの報告として、まず福井県の代表は、先のもんじゅ訴訟の判決について触れ、「まったく旧動燃・国の主張の丸写しだ。高裁での逆転判決を必ずかちとる」と発言した。茨城県の代表は、JCO臨界事故時の国・県の対応を批判し、「事故を風化させてはならない。今後もともに運動を闘っていく」と述べた。青森県下北ブロック反核実行委員会の木下さんは「核燃サイクル―大間、下北原発建設阻止の闘いを盛り上げていく」と発言した。全体で集会アピールを確認、団結ガンバローを三唱して集会を締めくくった。集会終了後、市内中心部までのデモを行い、反核燃・反原発、核武装化阻止、森・自公政権打倒を訴えた。
 昨年九月の東海村JCO臨界事故―大内久さん虐殺を契機に、今、六ケ所住民を始め全国の人民は日帝の核武装化政策に巨大な怒りのうねりを巻き起こしている。
 輸送容器のデータ改ざんや度重なる事故隠しなどによって、プルサーマル計画は当初予定を大幅に延期せざるをえない状態にたたきこまれている。三十七年間におよぶ三重県・芦浜住民の原発反対の闘いは、ついに原発計画の白紙撤回の勝利をかちとった。この勝利は、六ケ所住民を始め反核燃を闘う人びと、全国の反核・反原発闘争を闘う人びとを鼓舞激励している
 沖縄・三里塚の闘いとともに反核・反原発の闘いは現在大きく高揚している。

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週刊『前進』(1955号4面1)

 全逓労働者の怒り示した113中委

 破産した連合全逓路線粉砕し中央本部打倒、民営化阻止を

 マル青労同全逓委員会

 全逓第一一三回中央委員会が二月十六、十七日、伊豆長岡で行われた。今一一三中委では、二〇〇〇年春闘のただ中で、連合全逓中央に対する怒りがついにせきを切ったように噴出した。日帝の大資本攻勢に対する労働者階級の怒りの高まりが、資本の先兵として大転向を進める連合指導部への怒りの反乱となったのだ。今日、連合路線を最先頭で突き進む連合全逓指導部に対する反乱は、全逓十六万労働者のみならず、連合八百万労働者の大流動と一大反乱を推し進めるものとなるだろう。全逓労働者はその先頭に立ち、連合全逓中央を打倒しよう。七月全国大会に向かって全逓の階級的再生を実現するために総力を集めよう。今、その絶好のチャンスなのだ。

 第1章 現場の疑問と不安訴える中央委発言

 全逓一一三中委の討論は、現場全逓労働者の怒りが抑えがたいまでに充満していることをはっきりと示した。九地本十一人の発言者すべてが、疑問と不安を訴える発言を行った。項目別に次のようなものだ。
〈民営化問題〉 郵政公社に向けての制度設計の姿が見えてこない。二〇〇三年までの道筋はできたというが、その後はどうなるのか。ニューユニオンの輪郭が感じられない。組合員は、公社移行時に全員が一緒にいけるのか、自分たちが生き残れるのか、不安を感じている。
〈地域区分局等五千人削減=非常勤化、総合担務、貯金・保険事務センターの廃止などの合理化〉 問題が噴出している。事業の将来展望なしに省の計画通り進めることに対しては反対だ、強く修正を求める。
〈省の経営責任〉 経営戦略を示さないままの省の施策は納得できない。郵便事業の赤字体質に問題があり、労働条件の切り下げをもって現状を乗り切ろうとする省の経営感覚を厳しくただすべきだ。将来展望に日差しが見えないならば、省の経営責任を厳しく問う必要がある。
〈企業性追求の全逓方針と組合の存在意義〉 組織人員の減少の大きな原因は、企業性を追求して省の施策に賛成するがゆえ、組合員にとって組合の存在意義がわかりにくいものになってきたからだ。本務労働者の労働意欲が下がっている。
〈強権的労務政策〉 職場では、管理者による処分や業務命令が横行している。施策をはさんで労使間のトラブルが発生している。原因は旧態依然の労務対応にある。人事交流の凍結を。
〈中央本部の組織運営〉 現場のさまざまな不安や意見を踏まえ、現場との往復運動をせよ。離職専従役員は現場を離れて長い。専従研修に「現場労働」を入れろ。働く仲間の意識を持つことが必要で、見て見ぬふりをすることは労組の責務を果たしていないことだ。

 第1節 答えられない執行部の見解

 ほぼ全員が専従者であり、連合全逓路線の支持者であり実践者である彼ら中央委員の発言は、現場労働者の不安、悩み、怒りを無視しては「労組の責務が果たせず、存在意義が問われる」ことを実感して、中央に必死に訴えているものである。自覚的でないとはいえ、その発言は本当は連合全逓の路線そのものを問い直すものだった。
 しかしながら、これ対して高頭―竹林執行部は真正面からこたえることができず、中執七人の「本部見解」も、竹林書記長の「決意表明」も、「不安解消に向け交渉強化」「存在感ある行動展開」「周辺状況を慎重に見極めて民営化に対応」「二〇〇三年公社化へラストチャンスとしての組織拡大」という空疎な弁明に終始したのだ。

 第2章 〈公社→民営化〉を公然と認めた高頭

 連合路線の最右翼である連合全逓路線は、何よりも日帝の経済的・体制的危機に起因する戦争国家化攻撃と一大資本攻勢に屈服し、加担するものである。
 彼らが、郵政民営化攻撃に対して「国営形態の維持」を主張する本当の目的は、民営化後における労働貴族としての地位延命と権益死守ということでしかない。この点で郵政官僚と利害が完全に一致している。「労使共同」や「オール郵政」などというふざけきった言葉にそのことが完全に示されているのだ。
 全逓中央は、〈郵政事業庁→郵政公社〉が民営化の道であることをはっきりと認めた上で、「行革対応」を打ち出している。これこそ、実質的民営化攻撃である郵政省の諸施策(人員削減、強制配転、賃金体系改悪など)への労働者の協力と犠牲を強要する隠れみのでしかないのだ。
 だが、連合全逓指導部に対する現場労働者の離反が進み、全逓中央を使った郵政省の労働者支配は破綻(はたん)している。そして、ますます激しくなる暴力的・強権的職場支配に対して、現場労働者の怒りは爆発寸前である。
 一方、連合全逓路線の現実的な破産が進んでいる。高頭委員長自身が次のように告白している。
 「郵政事業もいろいろな形で変化するのは当然。世界的に生き残れる郵便事業体はいくつもない。客観的にそうした状況にある」(『公益企業レポート』一月二十日付)
 「依然としてある郵政民営化の動き。民間企業との激しい競争。郵便局の信用だけでは事業を支えることは出来なくなっている」(一一三中委あいさつ)
 これらは、〈郵政公社→郵政民営化〉を「客観的状況」の認識としてついに自分の口で認めた決定的な発言である。発言の直接の狙いが事業危機の労働者への犠牲転嫁の強要にあることはもちろんだが、同時にこの発言の中に連合全逓路線の現実的大破産を見てとることができる。
 さらに、一一三中委で全逓中央は「『総合生活支援ネットワーク事業』への転換を求めて、大胆な政策提言を行う」(高頭委員長)と言い出した。これは、全逓総研の『郵便事業の経営分析と改革の視点』(九九年十二月)での「競争(商品の豊富さによる差別化)戦略と協調戦略のミックスとしてのコーペティション事業戦略」が基になっている。また、郵政省は郵便局ネット戦略を「コンビニとのすみ分けは可能か」として調査・研究してきた(九九年七月、郵政審議会提出)。全逓中央と郵政省の双方の研究(共同研究)に共通しているのは「郵便事業は成熟しており成長は望めない」という認識だ。ここから、郵便局のコンビニ化推進を打ち出したのだ。
 この新たな政策提言こそ、郵政三事業の現場部門と労働者の切り捨てであり、民営化への道なのだ。
 今や、連合全逓路線の破産とともに高頭執行部の命運は尽きた。彼らの破産を強制したものは、何よりも全逓労働者の怒りであり、四・二八反処分闘争陣形を始めとする戦闘的労働者の闘いである。そしてそれらとガッチリと結びつき、中央本部を打倒して全逓を階級的労働組合に改革しようという路線である。

 第3章 ニューユニオンは選別再雇用の攻撃

 全逓中央の「ニューユニオン」構想は、現在、全郵政との組織統一にしぼられている。連合全逓と全郵政との間には、今日では政治方針と運動路線の違いは基本的にない。全逓は組合綱領を捨て規約も変えた。しかし、昨年の大津大会で高頭が「実現を阻む障害の克服」を訴え、全郵政は組織統一の絶対条件として四・二八陣形を始めとする戦闘的全逓労働者の排除を要求している。
 「組合員資格の継続」の最高裁判決をかちとった四・二八被免職者に対し、全逓中央は一時金と引き換えに組合員権放棄を迫ってはいるが、それを拒否されたからといって除名することもできない。このように、闘う組合員が脱退しない限り、「ニューユニオンの実現を阻む障害」は取り除くことなどできない。
 だから全逓中央は、大津大会前後から「郵政公社発足時には今の労働協約は全部破棄される」「全員が郵政公社に行けると思うな」(菰田中執ほか)と、全員解雇―選別再雇用を認める発言を始めている。「ニューユニオン」は〈郵政公社→郵政民営化〉と同質の攻撃と化したのだ。
 「ニューユニオンは、吸収でなく、合併・統一でなく、全逓でも全郵政でもない。全逓は社会主義も捨てたが、旧態依然で変革できなかったところは取り残される。職場討議をして積み重ねるということではなく、トップダウンで決めることもありうる」(竹林)と連合全逓中央は言う。
 「トップダウンで決めることもありうる」というのは、全郵政の統一条件を百パーセント飲む、だから組合員の猛反対にあう職場討議―機関決定という手続きは取れないということだ。結局、全逓労働者の怒りと反対で「ニューユニオン」をつぶすことがまったく可能ということなのだ。
 一一三中委に示されたように、「人事交流」と「ニューユニオン」攻撃はその激しさにもかかわらず、今や郵政省と連合全逓中央のアキレス腱(けん)となっている。「人事交流」を逆手にとり、強制配転された怒りを逆バネにして団結を強化しよう。もちろん、「人事交流」攻撃をただちにやめさせるために奮闘しなければならない。
 「ニューユニオン」と郵政公社移行のための、全逓中央の全員解雇―選別再雇用を絶対に許してはならない。全逓労働者の総意として、戦闘的労働者・病弱者の排除攻撃および連合全逓路線と専従指導部をもろとも打ち砕こうではないか。戦闘的全逓労働者が存在し、不退転の闘いがあるからこそ、全逓改革―連合全逓打倒の現実的展望があるのだ。そのチャンスが今二〇〇〇年から二〇〇一年―二〇〇三年に向かって広がっている。

 第1節 4・28反処分闘争の強化を

 全逓改革=連合全逓中央打倒、郵政民営化阻止の闘いを闘うにあたって、四・二八反処分闘争(陣形)の一層の強化を推し進めよう。四・二八闘争は、何よりも現場労働者の団結と闘いの軸である。七九年四・二八処分は、七八越年反マル生実力闘争に対する報復処分であり、戦闘的全逓運動の背骨をなす現場労働者を職場からたたき出し、全逓本部の屈服と職場支配の確立を狙ったものだった。
 連合全逓中央による、九〇年八・二二文書での四・二八闘争清算方針=裁判取り下げ、再受験と外郭団体への就職あっせんと、九一年六月の組合員権剥奪(はくだつ)=組織からの排除攻撃にも屈服せずに闘う被免職者、そしてともに闘う現場労働者の闘いは、現場労働者の団結の闘いの軸であり、全逓改革と民営化攻撃との闘いの拠点である。国鉄闘争における闘争団の位置を持つこの闘いは、今日的には争議団闘争においても大きな位置を占めている。大失業時代の中にあってますます重要になっているのだ。全力で闘いぬき、陣形を強化しよう。
 組合員権を確定した被免職者は、本部の権利制限を追及しながらますます意気軒高と闘っている。裁判闘争もいよいよ正念場にかかってきている。全逓中央は、卑劣な被免職者の分断策動に出てきているが、これにめげずに闘う被免職者と四・二八闘争を闘う労働者が存在する限り、勝利の道は大きく開かれている。
 全逓四・二八連絡会主催の「不当処分二十一カ年糾弾! 四・二八反処分集会」に結集しよう。四・二八集会から七月広島全国大会へ攻め上ろう。
 われわれはこれらの闘いを二〇〇〇年決戦の一環として闘う。国鉄決戦を先頭に、教育労働運動、自治体労働運動と一体のものとして闘う。四・二八反処分集会を四・二八沖縄闘争全国統一闘争とともに成功させ、五月沖縄闘争―六月衆院選決戦―七月全国大会闘争―七月沖縄サミット決戦を闘い、そのすべての成果を十一月労働者集会に結実させなければならない。
 この二〇〇〇年階級決戦は、戦争か革命かが問われる時代の労働者の生き方をかけた闘いである。森・自公政権と資本家どもがしかけている戦争と大失業、首切り、賃下げ、社会保障解体攻撃に対して、労働者と家族の生活と生命をかけて反撃に立とう。そのために労働者と労働組合の団結を基礎に、闘う労働運動の新しい潮流をつくろう。
 すべての全逓労働者のみなさん。マル青労同全逓委員会とともに闘おう。

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週刊『前進』(1955号4面2)

 4・17三里塚

 農民の生活破壊−追い出し狙う

 迂回道路着工に反撃

 反対同盟、連続決起宣言

 四月十七日、運輸省と空港公団は小見川県道迂回道路の着工を強行した。この暴挙に対して、三里塚芝山連合空港反対同盟を始め、三里塚闘争を闘う全学連など九十人が反撃の着工阻止緊急闘争に立ち上がった。
 「十七日に東峰生活破壊道路の工事用フェンス設置が始まる」の報に、反対同盟は全戸動員で決起した。これにこたえて、闘う労働者、学生も怒りを燃やして早朝から続々と敷地内・天神峰の市東孝雄さん宅の作業場に結集した。
 午前九時半、工事着工への抗議集会が始まった。北原鉱治事務局長は「きょう敷地内農民たたき出しの工事が始まった。しかも工事開始を十四日に通告し、デモ申請が間に合わないようにして強行した。断じて許せない」と弾劾。「だがこれは、敵が追い詰められた結果だ。敵にはなんの成算もない」と勝利の確信を高らかに宣言した。そして、「反対同盟は逮捕も、流血も恐れない。実力闘争で成田空港廃港まで闘う。正義はわれわれにある」と決意を語り、四・二〇現地緊急闘争への決起を訴えた。
 これを受けて反対同盟からの発言が続いた。三浦五郎本部役員は「生活・営農破壊の工事は許せない」と弾劾、鈴木幸司本部役員は「われわれの土地に一歩でも踏み込まさせない」と宣言した。郡司とめ婦人行動隊長は「心を一つに天神峰・東峰を守り抜こう」と訴え、小林なつ婦人行動隊副隊長は「今日から連続的に闘おう」と呼びかけた。
 共闘団体の発言の最初に大山尚行全学連委員長が立ち、「四−六月、日帝の朝鮮・中国侵略戦争攻撃に三里塚から反撃を。七月沖縄サミット粉砕決戦へ、三里塚から勝利の血路を切り開こう」と訴えた。
 日帝国家権力のデモ禁止策動を打ち破って、集会をかちとり、「生活破壊道路建設阻止」のシュプレヒコールをとどろかせた。

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週刊『前進』(1955号4面3)

 ゛盗聴法を廃止へ″

 4・15 署名実が新宿街宣

 四月十五日、おりからの雨をついて、盗聴法の廃止を求める署名実行委員会の労働者・市民は、新宿西口で、三回目の街頭宣伝に立ち上がった。
 工夫をこらした看板を掲げ、かぶり物などを身に着けた宣伝隊は、「前代未聞の大悪法、盗聴法を廃止しよう」と呼びかけるビラを通行人に次々に手渡した。次から次へと明らかになる警察腐敗に対する人びとの怒りは深い。その警察に「盗聴法を与えてもよいのか」と問いかけるビラは、労働者・市民の圧倒的な関心を呼んだ。受け取ったビラに歩きながら目をとおす男性や家族連れなど、多くの積極的反応が見られた。
 八月とも言われる盗聴法施行を前に、盗聴法廃止署名実行委員会は、二月二十三日の第一回行動で約一万千筆の署名を国会に提出したのに続き、四月二十六日には二回目の署名提出行動を予定している。社民党など三党と無所属の超党派九十七議員は、すでに三月二十一日に共同で盗聴法廃止法案を国会に提出した。盗聴法の施行前の廃案はまったく可能だ。労働者・市民の警察腐敗に対する怒りをかきたて、盗聴法・組対法三法の廃止をかちとろう。

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週刊『前進』(1955号4面4)

 ゛移送制度″実施を弾劾

 阻止共 厚生省前でビラまき

 「処遇困難者専門病棟」新設阻止共闘会議(阻止共)は四月十日、四月一日施行の改悪精神保健福祉法による「精神病者」の応急入院指定病院(精神病院)への「移送制度」に反対し、またこれと一体となった三觜(みつはし)前精神保健福祉課長による「保安処分推進発言」の撤回を求めて、東京・厚生省前で抗議のビラまきを行った。各地から集まった「病者」を先頭に十五名で一時間に約千枚のビラをまき、マイクで厚生省を徹底弾劾した。
闘う「病者」は、「精神病者」差別を切り口にした労働者人民の差別分断攻撃との対決を訴え、ともに保安処分(治療処分)粉砕に向け闘うアピールを発した。
 日帝・厚生省は現在、「精神病者」の強制入院の強化や、精神科十万床削減計画と一体となった保安処分新設の攻撃を本格化させている。「危険な精神病者の隔離・収容」キャンペーンを展開し、「精神障害者が犯罪を犯しても、病気を理由に無罪になるのはおかしい。裁判所が刑期のような収容期間を定めて拘禁施設をつくり、再犯予防にくみするべきだ」などと、「治療処分」(保安処分の一つ)の新設・導入案を吹聴してきた。
 昨年八月には当時の厚生省課長が、日本精神病院協会の講演で「基本的には重犯罪を犯した患者さんを刑法上は無罪としても、治療処分的なものの入口、出口を司法で決め、治療は国公立を中心とし、保安要員を含めて整備したい」という見解を発表した。しかもこの発言は、精神保健福祉法の改悪作業と時期も一致する。こうした一連の精神保健福祉法改悪―保安処分新設攻撃の突破口に、今回の「入院を拒む患者の車での搬送」を合法化した患者「移送制度」の実施強行がもくろまれてきたのだ。
 厚生省は「患者移送はこれまで家族が民間警備会社などに自費を払って頼んで、しかも無謀に行われてきた。今後はこの作業を行政で一括してとり行う」と「改革者」ぶりを装い強行してきた。しかし、実施直前になってそのメッキもはげ落ち、結局は「警官の協力を得なければ患者を搬送できない」と、ガイドラインを改変した。さらに保健所・福祉施設・自治体窓口などでの患者監視活動と「移送制度」準備のための保護者探しなど、通報・密告制度を労働者人民に押しつけようとしている。

 第1節 4・9学習会

 四月九日、東京八丁堀の労働スクエアで阻止共主催の拡大会議と学習会が開かれた。四十名が参加して、午後一時半から五時まで、四月施行の「移送制度」廃止、保安処分弾劾と厚生省抗議行動に向け活発な討論が行われた。
 「移送制度は家族・保護者・地域住民などの通報から開始され、嫌がる患者を無理やり車に閉じ込めるものだ。新たな怨恨を拡大させる」「警察の暴力による介入は許せない」「保安処分は既になした行為への刑罰ではなく、『再犯の予防』を掲げ、これをまず『病者』に適用しようとするものだ。改憲反対と同じくらいの大闘争が必要」「精神神経学会などで、『精神病質』(ナチスの「病者」ガス室送りを合法化した言葉)の『人格障害』への言い換えが進められているのは許せない」などの討論が行われた。精神保健福祉法の撤廃、保安処分新設阻止へ、さらに闘い抜こう。

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週刊『前進』(1955号4面5)

 2000年日誌 阻もう! 戦争への動き

 4月12日〜17日

 石原知事の居直り、暴言続く

 「教育基本法見直しも」と森

●代表質問でも有事立法・改憲の答弁 森首相が参院本会議での各党代表質問に答えて、有事法制の整備について「自衛隊が文民統制のもとで、国民の安全を確保するために必要なもので、平時においてこそ備えておくべきものだ」と述べ、憲法改悪に関して「憲法九六条は改正手続きを規定しており、憲法が永久不変のものとは考えていない」と述べた。(12日)
●「地震時の暴動、日本でも」と石原が英紙に 石原東京都知事が英紙ガーディアンのインタビューで「ロサンゼルス地震では黒人やヒスパニックが強盗したでしょう。このようなことは日本でも必ず起きる」と発言した。これはデマで、実際には一九九四年のロス地震では深刻な略奪や暴動は起きていない。(12日)
●「東京はゲットー化」と石原 石原都知事が視察先で「(三国人は)不法に入国した外国人という意味で使った」と居直り、さらに「部分的には東京はゲットーになっている。ロスとか見ても、そういうものに対処しなければならない」と述べた。(13日)
●民主党が核政策 民主党が他国による日本への核攻撃に先立って米軍が核兵器を使用しないことを日米両国政府で合意すべきとした独自の核政策案をまとめた。「日本が核攻撃を受ける可能性がある以上、日本の意向を無視して核兵器の使用が決定されるべきではない」と、日米間で先制不使用について合意すべきだと提唱している。また北東アジア地域を非核地帯と宣言する構想を掲げている。(13日)
●日航と全日空がサミット期間中の減便を検討 日本航空(JAL)と全日空(ANA)が七月のサミット期間中の沖縄路線の減便を検討していることが明らかになった。減便か例年どおりかの最終結論は月末までに出す方針。他の航空会社は現在のところ検討していない。(13日)
●元GHQ関係者を参考人に 参院憲法調査会が現憲法起草に携わったGHQ(連合国軍総司令部)の三人の元スタッフを五月二日の同調査会に参考人招致することを決めた。(13日)
●原発地域に振興策 自民党が検討してきた、原子力施設のある地域への新たな振興策を盛り込んだ法案の原案が明らかになった。今国会に提出の見込み。原発などのある自治体へはすでに特定財源から交付金などが支給されているが、同法案は道路、鉄道など大型の公共事業のために一般財源からの支出を可能とし、原発建設を押しつける狙いがある。(14日)
●森と稲嶺が会談 森首相と稲嶺沖縄県知事が首相官邸で会談した。森は普天間飛行場移設に伴う代替施設の十五年使用期限問題については言及しなかった。また森は五月十四日に沖縄県を訪問し、サミットのメーン会場となる名護市の万国津梁館の完成式に出席する意向を示した。(14日)
●強制使用の手続きを開始
 那覇防衛施設局が米軍用地の強制使用手続きを定めた「米軍用地特措法」に基づき、来年三月三十一日で使用期限が切れる沖縄県読谷村の楚辺通信所(象のオリ)と浦添市牧港補給地区内の一部の土地を所有する地主に意見照会の文書を送付した。(14日)
●教育基本法見直しも検討と森 首相の私的諮問機関「教育改革国民会議」の第二回会合が開かれ、森が初めて出席、「教育基本法の見直しも含め、教育、学校は何のためにあるのかを率直に議論すべき時期に来ている」と述べた。(14日)
●自衛隊の航空燃料を米と同種に 防衛庁が自衛隊で使用している航空燃料JP4を米軍機と同じJP8に転換する方向で本格的な検討に入った。今年度中に航空自衛隊の純国産エンジンで燃焼実験を行う。JP8への転換で、ガイドライン発動の際の日米の相互融通が容易になる。(15日)
●「有事医療」を強化 防衛庁が生物兵器などの対策で、次期中期防衛力整備計画(二〇〇一−五年度)で自衛隊の有事医療体制を抜本的に強化する方針を固めた。具体的には、核・生物・化学兵器への対処能力の向上を図るほか、@自衛隊中央病院の建て替えによる傷病隊員への医療整備、A遠方の各部隊から患者の情報を通信機器で受信し、診断し、処置を支持する「遠隔医療」の実現に力点を置く。(15日)
●4・17集会に200人 「沖縄から基地をなくし世界の平和を求める市民連絡会」が那覇市内で「沖縄から平和を呼びかける四・一七集会」を開いた(写真上)。約二百人が集まり、「サミットを利用した基地の県内移設反対」などを訴えた。(17日)

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週刊『前進』(1955号5面1)

 サミットとは戦争だ

 朝鮮・中国侵略戦争への沖縄圧殺と基地強化狙う

 シリーズ第1回 ゛平和の発進″などあり得ぬ

 革共同は全人民に七月沖縄サミット粉砕に立ち上がることを訴える。全世界の闘う人民の最先頭に立って、渾身(こんしん)の力を振り絞って立ち上がることを革共同は宣言する。沖縄サミット粉砕決戦を、「闘うアジア人民と連帯し、日帝のアジア侵略を内乱に転化せよ」「米軍基地撤去=沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒」の旗を高々と掲げて闘い抜く。帝国主義の戦争会議にかけた日帝の野望を暴き出し、打ち破らなくてはならない。そのために今号から五回シリーズで「つぶせ! 戦争会議」を掲載する。

 第1章 日帝は侵略戦争への踏み切り宣言を画策

 第一に明確にしなければならないことは、七月沖縄サミットは、帝国主義強盗どもの戦争会議であり、その中で日帝の日米新安保ガイドライン攻撃=朝鮮・中国侵略戦争攻撃、戦争国家への改造攻撃の歴史的転換点をなす一大反革命だということである。
 それは同時に、この攻撃をとおして沖縄人民の闘いを圧殺し、再び沖縄人民、日本の労働者階級人民を侵略戦争に動員しようとする許しがたい攻撃だということである。“平和の発信”など断じてありえない。
 二〇〇〇年サミット沖縄開催を決定したのは、九九年四月二十九日であった。「四月中旬には福岡でほとんど決定していた」サミット開催地を、小渕は強引に沖縄開催としたのである。それはいうまでもなく、新ガイドライン法案=戦争法案が衆院本会議で可決された直後だった。このことの中に沖縄開催の階級的意図が鮮明に示されている。
 日帝・小渕政権は、新安保ガイドライン体制を構築し、帝国主義国家として再び朝鮮・中国−アジアへの侵略戦争に打って出ることを決断し、それを世界に宣言する場として沖縄サミットを設定したのである。二九年型世界大恐慌過程が深まり、帝国主義間争闘戦とりわけアジア勢力圏化をめぐる米帝の対日争闘戦圧力が日増しに強まっている。その中で、日帝は帝国主義として生き延びるために、朝鮮・中国−アジア侵略戦争の道に踏み出したのだ。
 日帝は、戦後世界体制が全面的に崩壊し始めた中で、帝国主義間争闘戦にかちぬき、生き残るために、自らの軍事力の発動の宣言をもって、国際政治の場に登場しようとしている。
 外へ向かって新ガイドラインを発動して侵略戦争を強行し、内へ向かって労働者階級人民をこの侵略戦争に動員する攻撃を開始したのだ。新ガイドライン法成立が持つ歴史的転換性はそこにある。
 米帝は、中国と朝鮮半島においてアジア勢力圏化を争う日帝をたたき落とすためにも、世界大戦級の侵略戦争を構え切っている。
 日帝を新ガイドラインのもとに補完的に動員し、米帝のヘゲモニーを確立し、アジアにおける軍事的覇権確立を追求している。そのために沖縄米軍基地を再編・強化しようとしている。「基地の整理・縮小」と言いなし、名護市での最新鋭の海兵隊基地建設を日帝に突きつけているのである。クリントンは露骨に「(サミットは)日米同盟の戦略的重要性を示す良い機会」だと、沖縄米軍基地が米帝の朝鮮・中国侵略戦争の戦略的重要基地であることを全アジア人民に居丈高に言い放っている。
 日帝はこれにこたえる形をとって、沖縄人民に新基地建設を差別的に押しつけ、沖縄人民を新ガイドライン体制のもとに組み敷くばかりか、再び日帝の侵略戦争の最前線を担わせようと画策しているのだ。
 この日帝の新ガイドライン発動=戦争国家化の前にたちはだかっているのは、沖縄人民を先頭とする労働者人民の闘争だ。琉球処分−沖縄戦−日帝・天皇による沖縄売り渡しによる軍事監獄−そしてペテン的沖縄返還。日帝による戦争政策の犠牲を差別的に強制された歴史をけっして繰り返してはならないと、沖縄人民は自己決定権を掲げて立ち上がっている。
 また、日本の労働者階級人民も「二度と自国政府の侵略戦争は許さない」とガイドライン闘争に立ち上がっている。九五年十・二一十万人決起、九七年軍用地闘争、ガイドライン闘争、九九年ガイドライン決戦と闘いは成長し、第三次安保・沖縄闘争が大いに発展してきたのである。
 日帝・小渕はこうした労働者人民の闘いをたたきつぶすために沖縄でのサミット開催を決断したのだ。森新政権もこうした日帝の階級的決断を貫くことを宣言している。日帝の新ガイドラインの発動=朝鮮・中国−アジア侵略戦争宣言を許すのか否かが問われているのである。今こそ「朝鮮・中国侵略戦争宣言を強行する沖縄サミットを粉砕せよ」の大運動をつくりださなくてはならない。

 第2章 ユーゴ爆撃とケルンサミットに全本質が

 第二に明確にしなければならないことは、サミットとは帝国主義の強盗どもが、軍事力を誇示して、自らの市場と勢力圏の分捕りあいのための争闘戦を行う場だということである。
 このことは昨年のドイツのケルンで行われたサミットが如実に示した。ケルン・サミットは、九九年三月二十四日に開始され六月十日に停止宣言が出されたNATO軍のユーゴスラビア空爆の直後に行われた。
 そこでは、米帝とEUの帝国主義、日帝がユーゴスラビア侵略戦争を「コソボ自治州のアルバニア系住民の人権」や「ヨーロッパの民主主義を守るため」の「正義の戦争」と宣言し、空爆後のコソボ自治州の軍事分割占領を正当化した。
 米帝とEUの帝国主義、とりわけドイツ帝国主義は九七年以降にNATOに新規加盟したポーランド、チェコ、ハンガリーの三カ国と、将来の加盟を希望しているスロバキアやルーマニア、それにバルト諸国といった中欧・東欧諸国の勢力圏化をめぐり激しく争っている。また、旧ソ連のベラルーシ、ウクライナ、中央アジア諸国での帝国主義的権益をめぐって激しい奪い合いを展開している。
 ユーゴスラビア侵略戦争は、国際帝国主義が中欧・東欧、旧ソ連諸国や中東までをも自国の勢力圏に収めようと、その軍事力の優劣を競う前哨戦だった。帝国主義強盗どもが力を競い、力に応じて分け前を分配することを目的にして、サミットが開催されたのだ。
 こんな帝国主義の強盗どもの分捕りあい、分割戦のために、なぜ労働者人民が犠牲にならなくてはならないのか。労働者人民は、帝国主義の奪い合いの戦争に動員させられることを拒否し、帝国主義を打倒する以外に生きられない時代になったのだ。帝国主義諸国の談合であるサミットなど粉砕の対象である。
 それは、軍事分割占領後のコソボ自治州で起こっていることを見れば明白だ。帝国主義列強のコソボ軍事占領後、アルバニア系住民によるセルビア系住民に対する襲撃が相次いでいる。ところが帝国主義は「セルビア系住民の人権」や「民主主義の秩序」が「破壊されている」ことは問題にもしない。それどころか、米帝は軍事占領したコソボ自治州に軍事基地(ボンドスチール基地)を建設し、ヨーロッパでの侵略戦争の拠点を建設している。
 帝国主義の強盗どもは、コソボ自治州の「民族問題の解決」を目的にして「軍事介入」したのではなく、明らかに帝国主義的権益と中欧・東欧、旧ソ連諸国、中東の分割のために侵略戦争を行ったのである。その談合が、ケルン・サミットなのだ。
 ケルン・サミットから一年。今度は沖縄サミットで、国際帝国主義が米帝を筆頭に世界とアジアでの覇権をめぐって相互に争闘戦を行おうとしている。
 日帝はここで、アジア唯一のサミット参加国、サミット議長国として、アジアを支配する帝国主義国家として名乗りを上げようとしている。日帝は沖縄サミットで「日本はアジアの盟主」として登場しようとしているのだ。台湾、朝鮮半島、中国東北部を植民地とし、そこを兵站(へいたん)基地にして全面的な中国侵略戦争を強行し、ついには第二次世界大戦に突入していったあの歴史を繰り返すことを宣言しようというのだ。こんなことは断じて許すことはできない。

 第3章 世界の支配、搾取と収奪をめぐり争闘戦

 第三に明確にしなければならないことは、そもそも帝国主義とは世界支配と世界の搾取・収奪のための体制であり、サミットとは歴史的な生命力の尽きた帝国主義が、その延命をかけて凶暴な帝国主義間争闘戦を繰り広げる場だということである。したがって、サミット粉砕決戦の勝利こそがプロレタリア世界革命への血路を切り開くのだ。
 帝国主義サミットは一九七五年に始まった。一九七四−七五年恐慌の爆発、米帝のベトナム侵略戦争での敗北の確定による、戦後体制の根底的動揺の現実化と帝国主義の行き詰まりへの対応として、国際帝国主義がこの危機を突破しようとして始まった。このことは決定的に重要である。
 帝国主義サミットを提唱したのはジスカールデスタン・フランス大統領(当時)だった。ジスカールデスタンは一九三三年六月に開かれたロンドン国際経済会議をモデルとして帝国主義サミットを構想した。このロンドン会議には六十六カ国、百六十八人の代表が集まり、世界恐慌対策を協議した。しかし、この会議は、金本位制復帰(国際通貨制度)、自由通商、第一次大戦の戦債問題の解決などについて帝国主義列強の意見がことごとく対立し、七週間の会議は結論を得ないまま無期休会となった。そこから世界は、為替の切り下げと高関税競争、排他的ブロック化へと突き進み、第二次世界大戦へ突入していったのである。
 戦後のサミットもまた、帝国主義の世界支配体制の動揺の中で、帝国主義国家の生き残りをかけた激しい争闘戦の場として設定されたのである。とりわけ、ソ連スターリン主義崩壊後の九〇年代にはその争闘戦は、激烈を極めている。
 米帝は今、世界の覇権国家として、その軍事力を最大の武器にして、「一つか二つの帝国主義をまるごとたたきつぶす」激しさで争闘戦を展開している。ヨーロッパにおいてはドイツ帝国主義が、アジアにおいては日本帝国主義がそのターゲットだ。日独の帝国主義的勢力圏形成の野望をたたきつぶし、そこでの米帝の覇権の確立、再確立に全力を挙げているのだ。
 他方では、金融と情報技術の開発、その商業化の独占的優位を武器に、「世界経済のグローバル化」を掲げて世界に覇権を確立しようとしたのである。
 その矛盾の爆発は、帝国主義として最弱の日帝を直撃しただけではない。今日、新植民地主義体制諸国の経済を全面的に破綻(はたん)させ、体制的危機を生み出している。
 それに対し、貧困と債務にあえぐ新植民地主義体制諸国とその人民は、「世界経済のグローバル化反対! 最貧国の債務を全面的に放棄せよ!」という要求を国際帝国主義に突きつけている。全世界から多くの労働者人民が、今回も「帝国主義は新植民地主義体制諸国人民からの搾取と収奪をやめろ」と要求して沖縄サミットに駆けつけようとしている。
 帝国主義はそれが蓄積してきた矛盾と危機の爆発から生じる戦争と恐慌の犠牲を世界の労働者階級と被抑圧人民に押しつけようとしている。数千万人、数億人の労働者階級人民を犠牲にしなければ生き延びることのできない帝国主義を打倒する時がきたのだ。
 沖縄サミット粉砕決戦を反帝・反スターリン主義世界革命に向かっての突破口としよう。闘うアジア人民と連帯し、沖縄人民と連帯して、世界人民の先頭で沖縄サミット決戦爆発のために総決起しよう。
 〔井場啓史〕

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週刊『前進』(1955号5面2)

 迎賓館・横田爆取裁判

 3同志の保釈却下弾劾

 13年の勾留を「不当に長期ではない」と居直る裁判所

 第1章 保釈許可求める広範な声を無視

 東京地裁刑事第一一部大渕敏和裁判長は、三月二十七日、迎賓館・横田爆取デッチあげ弾圧裁判を闘う須賀武敏同志、十亀弘史同志、板垣宏同志の保釈請求を却下する許しがたい決定を下した。さらに、東京高裁第一一刑事部荒木友雄裁判長は、抗告申立を四月十二日に棄却した。
 無実の三同志に対する十三年間にもおよぶ長期の未決勾留を開き直り、三同志の健康問題まで無視した日帝・東京地裁、東京高裁をわれわれは断じて許すことができない。この決定を満腔の怒りをこめて徹底弾劾する。同時に、われわれはどこまでも不屈に、三同志と福嶋昌男同志(東京地裁刑事第三部で裁判中、勾留八年)の保釈・奪還を求めて闘いぬくことを宣言する。四同志を奪還することを固く誓う。
 昨年十一月五日に保釈請求を行って以降、三同志と弁護団を先頭にわれわれは五カ月間の保釈決戦を全力で闘いぬいた。
 この間の五回の公判では、毎回、三同志が長期勾留を弾劾し、ただちに保釈を許可せよという火の出るような意見を大渕裁判長にたたきつけた。弁護人は裁判所との保釈面接を繰り返し行った。家族、支援者、友人たちは、裁判所への申し入れ行動や、東京拘置所への面会行動を闘った。裁判所正門前では二十回をこえるビラをまいた。「保釈要望はがき」が全国から裁判所に多数送られた。
 そうした中で、須賀同志の医療鑑定をかちとり、鑑定医からの鑑定書が裁判所に提出された。鑑定書は、須賀同志が「腰椎(つい)間板ヘルニアで、左足の広域におよぶ感覚障害、筋萎縮(いしゅく)、筋力低下」があり、治療が必要であると指摘していた。
 しかし、東京地裁・大渕裁判長は、弁護団が医療鑑定に基づく「意見書」を提出し、裁判所に保釈折衝を申し入れたその日、突然保釈却下決定を下したのだ。
 三同志と家族、弁護団の全力をあげた闘い、多くの支援者、全国の労働者人民の願いをふみにじったまったく許しがたい決定だ。

 第2章 階級的報復狙い被告に責任転嫁

 高裁荒木裁判長の棄却決定には、極反動的内容の「理由」が付されている。
 第一に、十三年の長期勾留は「不当に長期な勾留ではない」と完全に開き直っている。
 日本の刑事裁判で、一審十三年の未決勾留などという例はほかにはない。「被告人」は「無罪と推定」されるし、防御権行使のためにも保釈されることが基本である。拘禁とは、「人身の自由のはく奪」であり、人権侵害そのものだからこそ、長期勾留は憲法や刑訴法でも禁じているのだ。
 十三年という、だれもが驚くほどの長期の未決勾留が違憲・違法であり、凶暴な人権侵害であり、非転向の政治犯に対する弾圧として加えられていることはあまりに明白である。
 第二に、「長期裁判になっているのは、被告人・弁護人が裁判を争っているから」と理不尽にも言い放っている。
 決定は、被告・弁護側が、「検察官請求の書証を大半不同意とし、証拠物の取調に異議を述べた」こと、検察官証人に対して「執拗な反対尋問を試みている」ことが長期裁判の理由だと言っている。三同志は無実である。デッチあげられた「被告人」が、そのための検事側「証拠」に異議を出したり、「証人」への反対尋問を徹底的に闘うことは、当たり前だ。
 長期裁判になっている原因の一切は、「証拠」もないのに強引にデッチあげ起訴し、違法・不当な裁判を強行している検察官にあることは明白である。ところが、高裁決定はこのことに一言も言及しないのだ。
 検察官は、第一回裁判で「証拠はありません」と認めざるをえなかったにもかかわらず、「間接事実の積み重ねで立証する」という口実のもとに、関連性のない「証拠」を次々と持ち出してきた。また、立証趣旨を次々と変更したり、警察官に虚偽の「証言」を許したり、恣意的にねつ造した「鑑定書」を出してきた。
 しかもあろうことか、十二年間もの間、破産に破産を重ねた検事側「立証」を今後もまだ続けるというのである。東京地裁がこうした検事側「立証」を容認してきたために不当な長期裁判となっているのである。
 今日、森・自公政権が「司法改革」と称して、「迅速裁判」を提唱している。これは、防御権、弁護権を制限し、裁判の役割を検察官の起訴を追認する場へと根底的に転換しようとする攻撃である。今回の裁判所の決定は、これと完全に一体で、率先して推進するものであり、断じて許すことができない。
 第三に、「証拠隠滅のおそれ」を保釈却下の理由にしているが、まったくの口実にすぎない。
 そもそもデッチあげ事件であり「証拠」などない。さらに、両戦闘は一九八六年に敢行された戦闘であり、今ごろになってだれがどのような「証拠」をいかなる「方法」で「隠滅」するというのか。
 第四に、「重大事件」であり、「組織的におこなわれた事件」であることが理由となっている。ここにこそ日帝国家権力の本音が表れている。
 つまり、長期勾留は、一九八六年東京サミットの会場の迎賓館と米軍横田基地へのロケット弾戦闘で、日帝が大打撃を受けたことへの階級的報復であると言っているのである。まさに、沖縄サミット決戦への予防反革命攻撃そのものだ。

 第3章 医療鑑定踏みにじり治療を拒否

 さらに、今回の決定は、三同志の健康破壊を無視し、医療鑑定の内容をふみにじる非人間的で悪辣(あくらつ)なものである。
 須賀同志は、一昨年二月に腰椎間板ヘルニアを発病した。二年二カ月後の今も、腰と足の痛みやしびれがなくならず、歩行困難な状態が続いている。
 鑑定医は、「左足には、通常のヘルニアより広い範囲に感覚障害、筋肉萎縮、筋力低下があり、これは左足を使っていないためである」と指摘している。
 須賀同志はヘルニア発症以降、松葉づえを使用した歩行訓練を懸命に行っているが、リハビリとしては決定的に不十分である。松葉づえの使用は、一週間に二−三回の野外運動の時しかできず、その日が雨であったり、出廷したり、面会があった場合にはできなくなる。そのために、この二年間、歩行訓練が行えたのは一カ月間に数回だけである。こうした状態が須賀同志の左足筋萎縮や筋力低下につながり、歩行困難をもたらしているのだ。
 さらに、鑑定医は「手術をしない場合に必要な治療」としてブロック注射、牽引(けんいん)、温熱治療などをあげているが、これらは東拘では、要求しても拒否されているのだ。
 だが、裁判所は「拘置所で治療されているから十分」という一言をもって、獄外での治療の機会や権利を奪ったのだ。
 須賀同志だけでなく、十亀同志は、十二指腸かいよう、胃かいよう、腰痛、両眼結膜結石、結膜炎を患っている。板垣同志は、前立腺炎、腸ヘルニア、高脂血症、白内障を患っている。
 これらが十三年間(通算で十四年)の拘禁という非人間的状態の継続の中で起きていることはあまりにも明白である。
 爆取に反対する会による四月六日の東京高裁への申し入れ行動では、参加した人士から「これはもはや拷問だ」と裁判所への激しい怒りがたたきつけられた。
 三同志と福嶋同志は、すさまじい闘志を燃え上がらせて不屈の獄中闘争、裁判闘争を闘いぬいている。
 四同志の怒りをわがものとし、ただちに次の保釈闘争にうって出よう。デッチあげ粉砕の裁判闘争を爆発させ、大衆的保釈・奪還運動を全国津々浦々からまきおこし、二○○○年決戦の真っただ中で四同志を奪還しよう。

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週刊『前進』(1955号5面3)

 ゛サミット粉砕″に共感

 全学連沖縄現地行動隊 沖縄県庁前で街宣
 国際通りをはさんで沖縄県庁と向き合う那覇のパレットくもじ前は、サミットのイベント会場。だが全学連沖縄現地行動隊が登場し、アジテーションが響き始めると周囲は一変する。「サミットは大反対だ。今は昭和初めの大政翼賛会と同じ。このビラ、大賛成だよ」。ビラを手にした高齢の男性は興奮ぎみに語った。(写真、四月十八日)
 三越前の街宣では、「サミットは県民の心からの願い」などと宣伝カーを走らせる右翼が妨害してきた。だが毅然と対応して市民の圧倒的な共感を生んだ。
 行動隊は連日、街頭、学園・職場で「沖縄サミット粉砕!」を訴え奮闘中だ。この闘いに続こう。

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週刊『前進』(1955号5面4)

 沖縄市民連絡会

 基地の押し付け反対

 「民衆平和宣言」を発信

 四月十七日夕、一坪反戦地主会など三十四団体が構成する「沖縄から基地をなくし世界の平和を求める市民連絡会」は「沖縄から平和を呼びかける四・一七集会」を開き、「沖縄民衆平和宣言」を発した。
 会場の那覇市教育福祉会館ホールには、多様な立場から沖縄サミットと基地問題を考え、行動している人びと約三百人が集まった。反戦共同行動委員会は、結柴誠一杉並区議、国賀祥司泉佐野市議を先頭に二十人が参加した。
 冒頭、開会あいさつ・基調報告に立った一坪反戦地主会代表世話人の新崎盛暉さんが、「今、日本は戦争のできる国へ進んでいる。沖縄では、老朽化した米軍基地の再編・統合・強化政策として進んでいる。それが普天間基地や那覇軍港の県内移設だ」と指摘し、沖縄サミットの狙いは「基地押しつけ以外にはあり得ない」と弾劾した。そして「沖縄県や日本政府が言う『平和』とは、サミット参加国の利益を保証する経済体制や国際秩序の維持」、「私たちの力を結集して、平和の思いを世界に広げていこう」と訴えた。
 各界からのアピールでは、沖縄戦体験者の宮城喜久子さん、「基地と環境」をテーマに沖縄環境ネットワーク事務局の砂川かおりさん、「心に届け、女たちの声ネットワーク」の国政美恵さん、ヘリ基地反対協共同代表の安次富浩さんが、それぞれの視点から発言した。「もう一度、人間らしく空の下を歩きたいと言って友は死んでいった。あんな戦争はもうないと思ったが五年目にして朝鮮戦争、やっと終わったらベトナム戦争。攻撃を受けている外国人から見たら私たちは加害者。沖縄がどういう方向に向かうのか、もう一度原点に立って考えてほしい」と宮城さん。砂川さんは「戦争は最大の環境破壊である」と指摘、国政さんは「女たちはあきらめることはできない」と断言。参加者の拍手を浴びた。
 安次富さんは、中断した市長リコール運動に触れ、「つらい決断をバネにして、名護市辺野古に基地建設を許さない闘いを市民の中からつくり出す」と決意を語った。
 会場から活発な発言を受け、「沖縄民衆平和宣言」を始め四つの宣言、要請、決議の案文が提案された。「沖縄県議会の『一坪反戦地主など』排除の陳情採択に抗議する決議」を補足して、一坪反戦地主会の池宮城紀夫弁護士が「思想の自由が奪われることは、命を奪われることだ。一坪反戦地主として誇りをもって闘う」と怒りを表明した。
 最後に、金城睦さんが閉会あいさつと総括を提起、「歴史には決定的瞬間がある。二〇〇〇年サミットのその時期に歴史的な沖縄民衆平和宣言を世界に向けて発信した。七月二十二日には大衆行動として嘉手納基地を包囲し、基地反対、平和希求の沖縄県民の真の願いを全世界に向かってアピールしよう」と訴え、「きょうここから出発しよう」と力強く宣言した。

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週刊『前進』(1955号6面1)

 1面からつづく

 失業給付の削減と、保険料の引き上げを狙う雇用保険法改悪案が四月十四日に衆院で可決され、参院に送られた。改悪を阻止せよ。
 日帝は、リストラ、賃下げ、不安定雇用化と退職金削減、年金改悪、福祉切り捨て、社会保障制度の解体、労組つぶしなどあらゆる攻撃をもって労働者階級に襲いかかっている。労働者が高齢になっても働き続けなければ生きていけないような苦境に追い込んでいる。そうしておいてあたかも労働者の要求にこたえるかのようなポーズをとり、「高齢者雇用の促進」などと称して、より劣悪な労働条件(低賃金、首切り自由、一切の社会保障なし)で高齢の労働者を低賃金で働かせ、搾取し続けている。そして働けなくなったら介護もせずに放り出し、「金のないものは早く死ね」という社会を労働者に強制しようとしている。
 戦争国家は、福祉切り捨て国家であり、労働者のくらしといのちを破壊する国家である。森・自公政権打倒、介護保険廃止を高々と掲げ、衆院選決戦に絶対勝利しよう。

 第3章 三軍の治安出動で軍都化を狙う石原

 森・自公政権の攻撃と呼応して、日帝の戦争国家体制づくりを進めようとしているのがファシスト都知事・石原である。石原の四・九暴言は、新安保ガイドラインをもって日帝が朝鮮・中国―アジア侵略戦争に突き進むために、きわめて意図的に行われた発言である。「東京から日本を変える」のスローガンのもとに石原がやろうとしていることは、ガイドライン体制下の日帝の戦争体制づくり、東京の軍都化であり、そのもとに労働者階級を屈服させることである。
 自衛隊兵士を前にして、排外主義と朝鮮人・中国人、アジア人民の虐殺をあおったことは絶対に許されない。全力で反撃し、石原を辞任まで追い込もう。
 石原暴言に朝鮮人・中国人を始めとする全アジア人民、全都全国の労働者人民、労働組合の怒りがまき起こり、抗議声明、決議が続々とあげられている。石原発言の撤回と謝罪要求、都知事辞任要求が都庁の知事室に、数十数百と突きつけられている。
 九・三の自衛隊三軍大演習は、「憲法を破棄せよ」「国家の軍隊の意義を国民、都民に示せ」という石原発言を実行に移すものであり、新安保ガイドライン演習そのものであり、反革命クーデター訓練だ。銀座、新宿、渋谷、池袋などの街を戦車・装甲車が制圧し、自衛隊員が在日外国人や労働者人民に銃を向ける訓練をどうして許すことができるか! 都で働く労働者と自衛隊兵士と全都・全国の労働者人民の闘いで必ず中止させよう。

 第1節 沖縄サミットは戦争会議だ

 六月衆院選決戦をサミット粉砕決戦として闘いとり、その力をもって七月へ進撃しよう。サミットは戦争会議だ。日共が「サミットで沖縄から全世界へ平和の発信を」などと言っていることは、断じて許されない。クリントンは、「沖縄サミットは日米同盟の戦略的重要性を示すよい機会」などと、まさに基地の島=沖縄でサミットをやることの帝国主義者にとっての意義を挑戦的に公言しているではないか。これと真っ向から対決せずに、「よりましなサミット」を求めるなどということは、血塗られたサミットの正体をおし隠し、戦争会議を美化し擁護するものでしかない。
 日帝は、サミット成功が「国民的課題」であるかのようなキャンペーンを張り、とりわけ基地に反対して闘う沖縄人民にすさまじい重圧を加えている。
 沖縄県議会では「一坪反戦地主排除」の陳情が、実質審議ゼロで採択された。それは「反戦平和とは米軍を日本から追い出し、自衛隊をなくして、日本を無防備にしてから民衆に暴動を起こさせ、日本を破滅に陥れようとする考えと同じである」とする、とんでもないシロモノだ。労働者人民の米軍基地撤去闘争、反戦平和のための闘いに恐怖心と憎悪と敵意をむき出しにしたものである。日共スターリン主義は、この陳情に何一つ反対討論もせずに屈服した。日共は沖縄サミット攻撃の先兵だ。
 全国でサミットの反動的正体を暴き出し、戦争会議粉砕のうねりをつくり出そう。四・二八沖縄闘争全国統一行動、五・一四森来沖阻止闘争を闘い、五・二八に全国から首都(芝公園)に総結集して、サミット粉砕の大デモをたたきつけよう。衆院選をサミット粉砕決戦として闘おう。

 第4章 動労千葉につづき新潮流の大躍進へ

 国会には真の野党、真に闘う議員が一人もいない。日共も含めて完全に国益主義、祖国防衛主義に取り込まれ、新安保ガイドラインのもとでアジア侵略戦争体制づくりに全面的に協力するという、度し難い状況がつくられている。
 これを打ち破るかぎはどこにあるか。まさに、六月衆院選で真の労働者人民の代表として東京八区で長谷川英憲氏を当選させ、国会に送り込むことだ。日本の国会に「リープクネヒト」を誕生させることだ。都知事の息子・石原伸晃と、日共スターリン主義の候補、民主党候補を落選させ、長谷川氏を当選させよう。国会に真の労働者人民の代表を送り出すのだ。そしてその力で、全国の労働者人民の巨大な階級的闘いを発展させようではないか。
 長谷川当選のために闘うことこそが、労働者階級が戦争を阻み、福祉切り捨て攻撃を打ち破り、実力で生活と権利を防衛していく唯一の道なのだ。このことを強く訴えて闘おう。
 動労千葉の春闘ストが示すように、労働者階級が資本の暴虐と対決してストライキで闘うことはまったく当然であり、人間解放の叫びなのだ。日帝・資本はこの労働者の団結した力を恐れて、ファシスト・カクマルや連合、日共=全労連を先兵にして「スト絶滅」の思想をあおり、組対法で弾圧し、階級闘争を圧殺しようとしている。こうした一切の反動を打ち破り、新潮流運動の拡大と、国鉄闘争、石原と対決する都労連運動を切り口として、階級的労働運動の思想と闘いを今こそ再生させよう。
 衆院選決戦に勝利し、七月沖縄サミットを粉砕し、十一月労働者集会のかつてない大結集に向かって進撃しよう。
 『倒せ、ファシスト石原』は、衆院選決戦と石原打倒闘争の決定的な武器だ。学習し、全人民に広めて活用しよう。決戦の渦中でこそ党建設と機関紙拡大闘争を計画的・意識的に推し進めようではないか。

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週刊『前進』(1955号6面2)

 新刊紹介

 『倒せ、ファシスト石原』

 野口 正敏著

 第1章 都労連闘争の意義を総括し石原打倒の展望を指し示す

 タイトルである『倒せ、ファシスト石原』−この一言こそ人民大衆の声そのものであり、本書のストレートな結論である。先般の朝鮮人・中国人虐殺扇動の暴言と以後の居直りに対するまたとない反撃として、本書はファシストの心臓を直撃するまさに時宜を得た企画となった。ジャーナリズムから日本共産党まで石原礼賛一色の中にあって、唯一の石原批判本としても本当に際立っている。
 本書は労働者の階級的視点から石原という人物の思想と政治行動を全面的にえぐり、その独特の凶暴さとぜい弱性を暴き出している。そして都知事としての石原を、日帝の危機を右から暴力的に突破しようとする権力をにぎったファシスト、憎むべき階級敵として労働者階級の手で打倒する以外にないことを徹底的に明らかにした。日本共産党の都議会における翼賛、カクマルの沈黙にたいする壊滅的な批判でもある。
 本書はV部構成の中で、今日マスメディアをとおして伝えられている石原の虚構を打ち砕き、その実像に可能なかぎり肉薄し、ファシストに対する階級的批判のあり方を鮮やかに指し示した。
 第T部「石原都知事はファシストだ」でその政治姿勢全般を大きく問題にし、第U部「石原の『危機突破・戦略プラン』−軍都への東京大改造」で具体的な都政における施策に踏み込んで批判している。第V部「ファシスト石原の思想と行動」ではこの人物の階級的本質に迫っている。
 序章は全体の総論にあたる。著者はここでまず、闘いの実践への力強い呼びかけを発している。
 第T部第一章は、石原と激突した都労連の決起から始まっている。書き出しの昨年十一月十二日のストライキのルポルタージュは、昨秋の賃金確定闘争が石原との対決の歴史的な序幕であったことを鮮烈におしだしている。石原との対決は労働者階級の課題であること、そして石原の最大の弱点は労働者階級の階級的実力決起にあること||これは、著者が本書で訴えたい第一のテーマであり、本書に一貫する特徴だ。
 昨秋の一連の都労連の闘いを検討し、第一波ストの貫徹から第二波へのぼりつめる息詰まる過程をていねいに振り返る中から貴重な総括を引き出している。都労連とは何なのか。都労連決戦とは何だったのか。JR総連=カクマルを先頭とする既成労働運動の総屈服の中で、石原との対決はどんな歴史的意義をもっているのか。これらの問いに明確に答えている。
 次章の「防災訓練」では、石原が首都でたくらむ「防災訓練」に名を借りた自衛隊三軍統合の一大治安出動演習の恐るべき全ぼうを暴露している。この暴露はきわめて重要であり、四月九日の「三国人」発言、自衛隊治安出動発言の真の意図が具体的に明りょうになるばかりか、意識的、計画的なものであることがはっきりする。それは自衛隊による首都制圧=改憲クーデターを、自治体の首長がたくらむということにほかならないのだ。
 ここから一気に石原の本質論へ踏み込んでいく。石原とはいったい何者なのか、なぜこのような度外れた反動発言を繰り返すのか、その登場が歴史においてどのような意味をもっているのか。こうした問題に全面的に回答をあたえている。日帝の絶望的危機との関係で石原の階級的役割が戦争挑発にあることを突き出しているこの第三章は、第四章とともに本書の要の位置を占めている。
 著者は、石原の無責任なペテン的言動からその政治的階級的立場をていねいに洗いだし、石原の反米主義・反中国主義の根拠が戦後日帝の歴史的・構造的矛盾とそれに対する支配階級のいらだちにあり、安保同盟に規定された戦後的あり方への帝国主義的反発そのものであることを明らかにする。石原の登場をたんなる歴史エピソードでなしに日米争闘戦と恐慌の苦悶にのたうつ日帝の歴史的行き詰まりと不可分な存在であること、日帝自身が生み出したものであることが、圧倒的に展開されている。
 さらに次章で考察される自自公政治との関係性をひとつのものとしてとらえることによって、石原の階級的役割はより明確になる。
 自民党と対立して立候補し、一見政権与党を批判するかたちで登場したパラドックス、都議会自民の分裂と、その後の都議会政治の展開の意味も明らかとなるのだ。まさに日帝そのものと本質的に一体の関係でありながら独特の形をとって、それをより右からけん引する役割を自覚する石原政治の本質、石原のファシスト的な破天荒な個性の根源がむき出しになるのだ。
 ここから導かれる結論は、石原を日帝もろとも打倒する立場、まさに三〇年代的階級闘争の本格的到来をはっきりみすえ、これを真にのりこえる立場なのである。反スターリン主義・革命的共産主義の党と革命勢力以外にこのようなファシストと闘えないことが鮮明になる。

 第1節 福祉切り捨て

 いまひとつの石原政治で無視できない重要な問題は、その差別的個性や人間観とむすびついた福祉切り捨ての反人民性という問題である。この現実政策の次元でこそ日帝の先兵という役割を具体的に例証するものとして、現に日帝戦後体制の実態でもある社会保障制度の解体を策そうとしていることを弾劾している。

 第2章 一個のファシズム運動『危機突破戦略プラン』への弾劾

 U部では石原の政治姿勢が、都政の場において具体的にどのように現れつつあるかを突き出す。
 『危機突破・戦略プラン』−著者はまず一自治体がこのような政策をかかげることの異様さを挙げている。知事個人が危機をアジり、「臨調答申」がそうであったような有無を言わさぬテーゼをかかげることのイデオロギー性、ファシスト的突出性である。結論からいえば、著者は『プラン』が都政改革から国家改造をたくらむ一個のファシズム運動であると、重大な危機感をこめて弾劾している。
 『プラン』全体を批判するにあたって、大きく二つの観点に注目したい。ひとつは「財政再建問題」のペテン性と反革命的大きさという点である。石原はこれを戦略のいわばヘソに置き、イデオロギー的扇動性を徹底的に駆使することで一切の犠牲を都労働者と都民大衆に転嫁しようとしている。この中に石原都政の全体構造が浮かび上がってくる。その具体的ねらいが、都労働者のリストラと福祉切り捨てであると指摘している。したがって「財政再建」のイデオロギーとの対決こそ労働者階級にとっての試金石であり、そのためにも外形標準課税批判は焦眉の対決点としてある。
 いまひとつは、石原の基本認識には東京が労働者の街だという視点、労働者の視点というものが皆無だという問題である。石原が言う「東京の危機、東京の立場」とは日帝・ブルジョアジーの立場そのものだからである。ペテン的に「東京の立場」と「都民の立場」をごっちゃにし、あるいは使い分けしながら、「東京の国際競争力」回復という名の資本主義救済運動に都民大衆を動員しようとする意図を徹底的に見据えなければならない。
 以上ふたつの批判的視点に立って以下、T「経済活力」、U「首都・東京論」、V「都市環境」、W「福祉」、X「教育」の五つの政策を個別に取り上げている。ここでも明確にされていることは、今日の日帝が戦後的あり方の行き詰まり、すなわち恐慌情勢と争闘戦の重圧にあえぐ日帝の危機突破をはかろうとするものであるという本質である。
 とくに「福祉」の節について強調しておきたい。紙幅を費やして重視されている本節のテーマは、社会保障制度解体をめぐる階級決戦、とりわけ「福祉先進都市」といわれる東京における攻防である。日帝戦後支配体制転覆の攻撃との最重要とも言える対決点である。全人民に介護保険制度の率先導入と、見直しと称する福祉切り捨てを本体とする石原都政の超反動性をはっきりさせ、これの打倒を強く訴えている。
 そしてむすびの部分で著者は、石原都政戦略の実践的結論はすべての施策を貫徹するうえで「都庁改革、職員の意識改革」という名の都労連解体であると言い切り、再度労働者階級の課題としての石原打倒闘争の意義を確認している。

 第3章 反米主義・排外主義の石原思想の本質を暴ききる一冊

 第V部では、第T部で批判した石原の政治主張の特徴を、いくつかの問題領域においてさらにとりあげ、石原思想の深層に迫る。
 各章の項目を要約的にピックアップすると、1石原の改憲論、2アジア侵略の居直り、新たな大東亜共栄圏論−南京大虐殺否定論、日本軍軍隊慰安婦問題の居直り、3反中国主義と釣魚台略奪、4核武装論に大別できる。そしてこのいずれにも共通していることがらは戦争国家にむかっての「戦後体制の打破」というテーマである。
 著者は、「改正ではなく破棄せよ」にあらわれている石原改憲論の度外れた反動性の正体を明らかにしていく。現行憲法の考察をとおして石原の改憲論が、強烈な反米主義と密接不可分の関係にあることを示し、改憲が日帝の側から日米関係の変更を迫る衝動であることを明確にする。
 そのうえで、しかし帝国主義的ショービニズム(極端な愛国主義)なしには戦後日帝の内外関係に規定された壁を突破できないこと、石原の破天荒さ、個性は、そうした日帝の危機の本質をあからさまに表現したものと明解に断じている。そして同時に労働者階級も戦後的あり方の中での階級関係や生き方が許されなくなったという時代認識を突き出し、猛然と決起しなければならないと訴えている。
 「南京大虐殺否定」と「日本軍軍隊慰安婦問題居直り」も石原思想の根幹をなすものだ。内容的にはほとんど「自由主義史観」派の説の受け売りにすぎないが、本書では黙過できない点として石原独特のあくどさを衝いている。著者は、石原思想の根幹部分を「石原とは天皇制イデオロギーを軸にした最悪の国家主義者、人種的偏見論にたった差別・排外主義者」と規定し、日帝の新たなアジア侵略の先兵、挑発者であり、日帝ブルジョアジーの本音中の本音をあけすけに表現する日帝自身の分身にほかならないこと、石原的「大東亜共栄圏」=「新たなアジア共栄圏」論こそ、その実体的表現であることを突き出した。
 そしてこうした帝国主義的排外主義の集大成ともいうべき石原の釣魚台略奪行動を弾劾した部分は、アジア人民との連帯の思想と階級的観点から日帝の近現代史をとらえ直し、中国領・釣魚台問題の核心と、石原が直接の上陸行動に走った政治的意味をとらえつくした本書のいまひとつのハイライト部でもある。
 最後に「戦後体制打破」論の典型として石原の核武装論をあばき、弾劾している。表面的には核武装に反対しているかのようなペテン的態度をとる石原の正体を、石原自身の言質を取り上げ明快に暴ききった。
 本書は、コンパクトながら労働者階級に石原批判の核心を十分に示した一冊に仕上がっている。日帝に綱領的に屈服した一切の党派にまねのできない革共同ならではの企画といえる。本格的ファシズムの登場との闘いの勝利のために、本書を武器に石原−森・自公政権を打倒する衆院選決戦に攻めのぼり、二〇〇〇年決戦の勝利をかちとろう。

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週刊『前進』(1955号6面3)

 排外主義と闘う

 入管闘争の課題 E

 入管体制粉砕の水路

 国籍条項問題 外国籍論拠に民族差別

 今日、国籍条項問題が、九六年の川崎市の地方公務員任用における国籍条項撤廃宣言、昨年来の地方参政権問題によって、大きく政治焦点化してきた。
 国籍(差別)条項とは朝鮮籍や韓国籍などの外国籍であることを論拠にした民族差別条項である。そして在日朝鮮人・中国人を始めとする在日外国人に対し、日本国籍を有していないことにより、国家的政策やそのもとで組織された民間的現実の中で日常的に差別・抑圧が加えられている。この国籍条項に基づく差別や差別政策をひっくり返し、撤廃させる闘いが、国籍条項(撤廃)闘争である。
 国家的・政策的差別としては、公務員や教員の採用問題や、就学・入学を始めとする学校教育問題などがあり、民間における国籍差別という点では、住宅入居の差別(外国人お断り)や就職差別、結婚差別などがあげられる。これらはほんの一例であり、在日問題のほとんどすべてが国籍差別問題である。

 第1節 同化・屈服の攻撃

 なぜあらためて国籍条項問題が大きく焦点化しているのか。日帝の侵略戦争攻撃との関連で見てみよう。
 日帝は新安保ガイドラインを策定し、一気に侵略戦争のできる国家づくり=国内総動員体制づくりの攻撃を強めている。日帝の在日政策は一貫して差別・抑圧、分断・同化・追放の徹底した治安弾圧政策であった。すなわち入管法・外登法−入管体制である。
 これは新安保ガイドライン体制下においてますます強まっている。九六年八月の「在日朝鮮人は内乱勢力」との梶山発言、事あるごとに繰り返される「公務員になりたければ、選挙権がほしければ日本国籍を取れ」なる発言、そして法務省・入管官僚坂中による「朝鮮系日本人として生きよ」なる恫喝など、日帝の在日朝鮮人・中国人政策の核心問題をむき出しの形で示している。まさに国籍条項問題とは入管法・外登法−入管体制そのものの問題なのである。
 日帝はなぜ、国籍条項によって在日を差別・抑圧し、同化と屈服を狙っているのだろうか。それは在日が歴史的・社会的存在だからである。在日は日帝の侵略戦争と植民地支配の結果在日を余儀なくされ、それゆえに日帝の侵略戦争責任、さらには新たな侵略戦争への動きを日々告発している存在だからだ。
 在日朝鮮人・中国人は戦後一貫して、日帝の抹殺攻撃に対して、まさに生きるために実力の闘いを展開してきた。この中で一九七〇年の日立就職差別裁判闘争は重要な闘いであった。
 日立就職差別裁判とは、朴鐘碩(パクチョンソク)氏が日本名で日立製作所を受験し合格したにもかかわらず、日立製作所は朴氏が韓国籍であることを理由として就職を拒否した事件である。
 七四年六月、横浜地方裁判所は、国籍を理由とした就職差別は、労働基準法第三条に違反しているとの判決を下し、完全勝利をかちとった。
 この判決は、本名すら奪われ、日本名を名乗らざるを得なかった日本社会の朝鮮人差別の現実、同化を強いてきた現実を直視し、当時当たり前であった大企業による朝鮮人に対する就職差別を断罪した画期的な勝利となった。そして日立製作所は全面的に謝罪した。
 差別の現実を前に異議を唱え、声を上げる権利があることすら奪われてきた在日が就職差別という現実に真正面から闘いを挑んだ日立闘争は、同時に在日が在日として生きる主体としての自己を確立していく闘いでもあった。
 その後、在日は民族差別撤廃を求めた闘い、八〇年代の指紋押捺拒否闘争の爆発を切り開いた。日本軍軍隊慰安婦とされた女性らを先頭とした戦争責任追及・国家賠償要求の闘いと「民間基金」攻撃を粉砕した闘い、そしてついに昨年指紋全廃を日帝に強制した。
 こうした連綿と続く在日の決起に日帝は心底から恐怖しているがゆえに、侵略戦争体制づくりの攻撃として国籍条項攻撃を加えてきているのである。

 第2節 参政権問題

 何よりもはっきりさせるべきは、在日朝鮮人・中国人を始めとする在日外国人の人間的・民主的権利の一切は無条件に保障されなければならない、国籍条項を理由とした差別があってはならないということだ。
 日帝は四五年の衆院選挙法改正時の付則で「戸籍法の適用を受けない者の選挙権及び被選挙権は、当分の間これを停止する」と、朝鮮人・台湾人の選挙権をはく奪した。
 参政権とは、国政も含むすべての選挙権と被選挙権の問題である。現在、自由・公明両党から上程されている「在日外国人の地方参政権法案」は実に反動的内容だ。国政を除く地方参政権、被選挙権を排した選挙権−投票権のみであり、しかも永住権を持つ外国人に限定している。その上、朝鮮籍を排除している。つまり国籍差別条項があくまでも前提となっているのだ。
 地方公務員任用における国籍条項問題もまったく同じである。任用制限している根拠は一九五三年の「内閣法制局見解」=「当然の法理」である。これは「公権力の行使または国家意思の形成への参画に携わる公務員になるためには日本国籍を必要とする」というものである。政令指定都市最初の撤廃宣言を行った川崎市の「川崎方式」と呼ばれる撤廃内容は完全撤廃ではなく、百八十二職務への任用制限、決裁権のある課長級以上の管理職への昇任制限であり、差別を固定化するものである。
 すなわち、「当然の法理」の本質は、公権力を行使する職務への就任には日本国籍が必要であり、在日外国人は権力行使に関わる職務には就かせない、その職に就きたければ日本国籍を取れという国籍差別条項なのである。

 第3節 完全撤廃実現へ

 新安保ガイドライン体制−有事体制下で、入管体制もまた戦時的に再編・強化されようとし、差別主義・排外主義攻撃が強まっている。「永住外国人の地方参政権は亡国の一歩」(桜井よし子)とか、在日の抹殺をあおる石原のたび重なる反動的暴言を許してはならない。とりわけ日本人民の差別主義・排外主義を意識的に扇動する石原は極悪の反革命である。
 これと一体で強まる国籍差別条項攻撃とは、在日と日本の労働者人民との連帯と闘いを破壊・分断し、ともに侵略戦争へ動員する攻撃にほかならない。「人権・共生」をスローガンとする川崎市は「外国籍職員の任用に関する運用規程−外国籍職員のいきいき人事を目指して」なるものをつくった。これは国籍を理由として差別的な採用基準を制度化したのみならず、その本質的な狙いは全職員に差別的な労働条件を強制することにある。川崎市は「川崎方式」で差別を固定化し、この「運用規程」によってそれを制度化した。
 国籍条項完全撤廃を求める闘いは、在日が在日として生きることそのものを圧殺しようとする日帝との闘いであり、戦後の植民地主義的な入管体制を粉砕する決定的な水路をなす重要な闘いとなっているのだ。
 日本の労働者人民は各地でねばり強く闘う当該の人びとに学びながら、職場・地域での具体的実践として支援・防衛・連帯の闘いを強化することが強く求められている。地域入管闘争の発展を全力で切り開こう。(野田利一)

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