米国内の新自由主義経済政策 アメリカ労働者への影響
キム・サイプス Zネット 2007年2月2日 丹沢 望訳
【解説】
ここに掲載する記事は、アメリカの産業構造の激変と労働者階級の状態の急速な悪化の姿を描いている。
いわゆる「新自由主義経済政策」は、「60年代の内外の反乱」への恐怖から始まった。特に、戦後世界の基軸国でありながら、最も急速に没落しているアメリカ帝国主義の危機の激しさが、こうしたアメリカの労働者への攻撃を生んでいる。
そもそも世界で最初に「新自由主義政策」が実施された所は、1973年9月11日の軍事クーデターの直後のチリだった。
アメリカ帝国主義が軍事クーデターを主導し、多くの労働組合活動家を虐殺してピノチェト独裁政権を成立させた。そこで、アメリカ帝国主義に養成され、送り込まれたシカゴ学派が中心になって新自由主義政策を強行した。ここで行われた政策が「チリの実験」としてもてはやされ、世界各地で実施されていくことになる。
「新自由主義」イデオロギーによる民営化・規制緩和、社会保障解体は、最初から流血の弾圧、抑圧、団結破壊と一体だったのだ。
米資本は、中南米を始めとする国外の労働者の流血の弾圧によって、安価な労働力を国外で確保してきた。それを基盤にして、国内の工場を人件費の安い国外に次々に移転していった。
そして、生産拠点の国外移転によって、労働組合の拠点を丸ごと廃止した。あるいは、移転の恫喝で労働運動に屈服を迫り、労働運動を解体していったのである。
この資料の筆者、サイプス氏は、アメリカの労働運動活動家で、AFL−CIO(労働総同盟・産業別組合会議)既成労組官僚の裏切りを追及してきた。その一環として、AFL−CIOが、1973年のチリや2002年のベネズエラなどで米国務省、米軍、CIAのクーデター計画に深く関与してきたことを粘り強く暴露し、弾劾してきた。それは、05年のAFL−CIO分裂に至る労組官僚支配の危機の促進に大きな役割を果たしている。
こうした経験から、サイプス氏は、「新自由主義経済政策」が、労働者階級の国内、国外にわたる弾圧の政策だということを強調しているのである。
そして、「新自由主義政策」がもともと労働者の団結の徹底的破壊の政策である以上、それによる極限的な生活破壊と闘う道は唯一、労働者の団結を守り、強化し、労働者が職場の主人、全社会の主人となる以外にはない。
【数値などを見やすくするため、段落などを変えてあります】
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新自由主義経済政策の影響に関する論争のほとんどは南の諸国に焦点をあてているが、この政策はアメリカ合州国においても実施されている。それは連邦準備制度理事会議長のポール・ボルカーが通貨供給量の調整による激しいインフレ対策を打ち出し、1920年代末から30年代にかけての大恐慌以来の深刻な不況を引き起こした1982年に始まる。
だがこの新自由主義政策は南の場合よりも慎重に実施されたといえる。この転換は挑戦的なかたちで押しつけられたのではなく、麻薬や堕胎、ゲイやレスビアン同士の結婚、銃の規制などに関する様々な「カルチャー戦争」の下に隠されて行われた。すなわち、アメリカ国民の関心を「別の方向」に集中させることができれば、企業も政府にいる企業の味方も、金持ち減税などに関する法律を制定し、政策を実施できたのである。彼らはともにアメリカ国民の大部分の経済的利害に反して、企業や金持ちのための働いていたのである。こうして多くの関心が前記の方向に向けられ、圧倒的に多数の人々はアメリカで行われている経済的転換の巨大さに気づいていないのだ。私が以下に詳論するこの転換は圧倒的多数のアメリカ国民に打撃を与えているのだ。
この新自由主義的経済政策とカルチャー戦争の実施は、以下の二つの計画の一部であると考えられている。一つはすでに示唆されているように、すでに富んでいる者の経済的状況をさらに改善しようとするものだ。だが、もう一つの第二の計画はさらに重要であろう。これらの法律と政策は、こうした攻撃に反撃するために民衆を組織できる労働組合などの組織を攻撃するために使われてきた。それはわれわれが60年代末から70年代初頭にかけて経験したような、アメリカ人民の間の集団的連帯が再現することを防止しようとするものだ。この点に関しては当時、おそらくトナムや世界中で米軍内の規律が崩壊したことが最も決定的な問題であったろう。
つまり、「カルチャー戦争」を行っているのは、富める者の経済状態をさらに改善しようとしていることから注意をそらせるためであり、また、われわれが目覚め、われわれの経済的利益への系統的な攻撃に気づいても反撃できないようにするために、われわれの諸組織を解体しようとしていることから注意をそらせるためである。このように見ることが遅れれば遅れるほど、これに反撃するわれわれの立場は弱くなる。
言い換えれば、エリートたちは、アメリカ内外の「60年代」の反乱を既成の社会秩序を脅かすものとみなし、こうしたことが二度と起きないことを望んでいる。このような「左翼」に対する恐怖は今日ではさらに大きいであろう。なぜならばそれが、彼らが、世界、すなわち彼らの帝国を支配し続けようとする活動への内側からの挑戦だからである。エリートたちは、かつてアメリカ帝国に対抗するために自分たちの帝国を建設したソ連の崩壊によって、「解脱」に達したと思っていた。彼らは、今や何の困難もなく世界を支配できると信じて悦に入っていた。だが、アメリカ帝国はますます国内外で様々な挑戦を受けている。たとえば最近、自分の国の古い衛星を宇宙で破壊した中国のミサイル実験(「米軍が依存している君の衛星も安全ではないよという中国流のメッセージである)に対して示した驚きのあまり言葉も失った反応を見よ。ウゴ・チャベス政権下のベネズエラ情勢に対する巨大メディアの反応を見よ。あるいはイラクでのレジスタンス、イランの挑戦などなどを見よ。さらに、共和党、民主党は″両方とも”アメリカ帝国の存続を望んでいるが、世界を支配することがもはやできなくなったのではないかと心配しているのである。彼らはつい最近まで――2003年初頭まで――それが可能だと考えていたのに。
この帝国の支配を不安定にする外部からの挑戦に直面しているから、エリートたちは、国内の人民が世界の人々と合流して、世界を支配しようとする彼らの活動に抵抗することを嫌っているのだ。彼らはアメリカ人民に、この支配への疑問を持たせたくない。彼らは、邪魔されずに策をろうすることができるように、われわれが眠ったままでいることを望んでいる。だがわれわれがよく見さえすれば、彼らがわれわれの経済的福利や、わが国が誇ることのできた社会保障制度を破壊していることは分かるのである。世界を支配しようという彼らの欲望は、われわれすべての(社会的・文化的・政治的・経済的)福利を脅かしている。アメリカ人民に対するこの脅威は他の「先進的」資本主義諸国における脅威とさえ、異なったものなのである。……
さて、それではこのような政策のアメリカの労働者への影響はどのようなものであったのか。
この問いに答えるために、本論考は、相互に関連した次の諸問題に問題に焦点を合わせている。@は、現在の労働者の経済的状況、Aは、第2次世界大戦以降のアメリカ社会について歴史的外観、Bは、アメリカ政府の経済政策の諸結果、Cは、将来の見通しに関する結論である。そして社会の質的転換の必要性についても論じていく。
● @ 労働者の現状と増大する経済格差
ニューヨークタイムズのスチーブン・グリーンハウスは、雇用市場に参入したばかりの若い新入社員について書いた著作を06年9月4日に出した。グリーンハウス氏はアメリカ経済の変化について、実際、アメリカ経済が多くの雇用を創出した最後の年となった2000年初頭以来、アメリカ経済は根本的に変化してきたことを指摘している。
▽25歳〜34歳の片親家庭の平均収入は2000年から2005年の間に5・9%減少した。それは、90年代末には12%増大していた。(このような家庭の年収の中央値は4万8405jである)
▽2000年から2005年の間に大卒男性の初任給は7・3%減で、時給19j72kになった。
▽大卒女性の初任給は3・5%減で、17j8kになった。
▽高卒男性の初任給は3・3%減で、10j93kになった。
▽高卒女性の初任給は4・9%減で、9j8kになった。
だが、賃金下落のパーセント表示は大卒者と高卒者の格差の拡大をおし隠すものである。今日、大卒者は高卒者よりも45%以上多く給料を得ている。両者の格差は1979年には23%であった。この格差は26年間に2倍になった。
04年のビジネスウイークの記事によれば、働いているアメリカ人全体の24%(4人に1人)が貧困ライン以下の賃金しか受け取っていない。04年1月には2350万人のアメリカ人が食料配給所で無料の食事を受け取っている。無料食料への要望は、いくつかの要因によって強まった。すなわち、失業、失業手当の終了、保健費用と住宅費の高騰、多くの人がかつて就いていた職で得た給料と諸手当に匹敵するものを得られる職を見つけられないことなどである。4300万の人々が子持ちの低所得家庭で生活していた。
06年ビジネスウイークの記事では、01年から06年までの期間における雇用の増大があったのは、1産業部門――医療――だったという。この5年間、保健衛生部門は170万の雇用を増大させたが、他の民間部門では雇用は低迷した。ビジネスウイーク経済部の編集員であるミカエル・マンデルは次のように書いている。
「1990年代に電子部門で巨大な展望があるとされていたIT部門は、雇用増大という点では空前の失望をもたらすものとなった。グーグルやヤフーなどの会社の派手な成功にもかかわらず、情報産業の核となる諸企業――ソフトウエア、半導体、電子通信、あらゆる種類のインターネット産業など――では、この5年間に110万人分以上の雇用が減少した。この部門のアメリカ人の雇用は、今日、インターネット熱が最高潮に達した1998年に雇用していた数より少なくなっている」
実際、「アメリカにおける医療関係の雇用を差し引けば、アメリカの失業率は1〜2%高くなるであろう」。
製造業では、多数の雇用が失われた。1998年以来、340万人の製造業での雇用が失われ、2001年以降では290万人の雇用が失われた。さらに1999年以来、4万の製造工場が閉鎖されたが、そのうち90%は大規模あるいは中規模の工場であった。労働力輸入強化型の産業では、レイオフされた労働者の25%が6カ月後でも失業したままであった。新たな仕事を見つけた者のうちの3分の2がかつての仕事よりも少ない給料だった。新たな職を見つけた者のうち4分の1は、30%以上の給料削減に苦しんでいる。
AFL−CIOは01年〜05年の製造業雇用数の減少を部門ごとに詳述している(次ページ表)。
06年6月現在、製造業に従事する労働者は最高だった1979年の1942万6000人から減少して1425万9000人となっている。これは、1979年にアメリカの全労働者の21・6%を占めていた製造業に従事する労働者が、今日ではわずか9・86%にまで減少したことを意味する。アメリカの生産労働者は2005年末には937万8000人であった。この数は、1983年の930万6000人よりわずかに多く、2000年の114万6300人よりはるかに少ない。ダニエル・アルトマンが指摘しているように、これは「経済における最大の長期的傾向、すなわち製造業の衰退」を示している。アルトマンは、製造業部門のうちの耐久消費財部門(例えば車やケーブルテレビなど)の雇用は1965年に全雇用数の19%であったものが、2005年には8%となっていると記している。そして、2005年末には、全製造業の労働者のうち13%しか組合に組織されていない。
さらに加えて、04年〜05年の過去2年間に、「アメリカの製造業労働者の実質時間賃金と週給はそれぞれ3%、2・2%下落している」のである。
最低賃金の水準は、過去9年間変わらなかった。アメリカの最低賃金は1997年9月1日以来、時給5j15セントに留まったままである。最後に行われた水準引き上げ以降、生活費は26%上昇している。インフレ調整後の数値では、これは1955年以降、最も低い最低賃金である同時に、この最低賃金は民間の非管理職労働者の平均賃金の31%の額である。31%という率は第2次世界大戦以来最低の割合である。
全領域にわたる賃金の下落に加え、新採用の労働者は就職後、ごく一部の者しか健康保険を獲得できない。05年には、新入社員となった大卒者全体のうち64%しか健康保険を獲得していない。00年には71%が健康保険を獲得できたのだから、ちょうど5年間に7%の減少ということである。さらに長期間を見ると、高卒者に何が起きたかがわかる。1979年には、高卒の全新入社員の3分の2が健康保険を獲得していたが、今日では3分の1しか健康保険を獲得していない。アメリカの労働力の28%しか大卒者はいないことを念頭に置かなくてはならない。ほとんどの労働者は高卒資格しか持っていない。大学に入学しても学位が取れないという者の割合は次第に多くなっているのである。なぜならば現状があまりにひどくなっているので、若者たちが失望し、あきらめてしまっているからである。25〜34歳の失業率は4・4%であるが、20〜24歳の失業率は8・2%である。
しかし、状況は現在ではさらに悪化している。アメリカでは失業率は人工的に低くされている。ある労働者がレイオフされ、失業手当を受け取る場合(その数はだんだん少なくなってはいるが)、6カ月給付を受ける。こうした労働者が6カ月後までに新たな職を見つけられないと(新たな職を見つけるにはだんだん長い時間がかかるようになっている)、失業手当は打ち切られる。そしてこれらの労働者が仕事を探すのをあきらめると(実際多くの人がそうしている)、彼らはもはや失業者として数えられなくなる。統計にさえ載らなくなるのである。
04年4月のある報告はこの点について詳細に述べている。当時のアメリカ連邦準備制度理事会の議長であるアラン・グリーンスパンによれば、「平均的な失業期間は00年には12週間であったが、04年3月には20週間になった。04年3月には、35万4000人の労働者が失業手当が受けられなくなり、他の連邦失業援助も受けられなくなった。シャピロは『1971年以来の記録に掲載されているどの月も、これほど多くの失業手当を打ち切られた人が出た月はない』と述べている」
これに加えて、これはまれにしか報道されていないが、失業率は人種グループによって異なるのである。失業率とは言うが、それは実際には失業している白人の比率を反映しているだけである。なぜならば労働者の73%が白人だからである。しかし、1954年以来、アフリカ系アメリカ人の失業率は常に白人の2倍であったし、ラティーノの場合には白人の1・5倍であった。したがって、全体の失業率が5%であれば、アフリカ系アメリカの失業率は少なくとも10%となり、ラティーノの場合は7・5%となる。
しかしながら、失業に関する人種的影響は別にして、前記のような状況が生じたのは比較的最近である。長期的に見たらどうであろうか。ポール・クルーグマンは、『ニューヨークタイムズ』に書いた記事で、この長期的影響について指摘している。非管理職労働者は今日(06年)では、1973年当時に得ていたより低い実質賃金しか受け取っていない。……連邦統計局から得た資料によってステファン・フランクリンが、1982年のドル価値に換算した数字によれば、1973年当時には、生産労働者は時給9・08jを得ていたのに、2005年12月には時給8・19jしか得ていない。2005年には労働者は長期の雇用保障も得ていないし、諸手当を削減され、年金をもらっていた場合でもそれを不安定化させられ、健康保険費用を増加させられている。
結局、「平均的アメリカ人」の経済状態は悪化しているのである。シカゴ・トリビューンは一面トップ記事で、6年前に時給29jであったある原発労働者について書いている。かれはレイオフされ、現在では前の半分以下の時給、12・24jで働いている。彼の職場は多国籍の土木機械生産企業であるキャタピラー社に所有されており、労働組合があるが、工場の労働条件が二層になっている。彼は、そのうちの下の層なのである。
『ワーカーズ・インディペンダント・ニューズ』(WIN)の報道によれば、都市部の大部分ではブッシュ政権の2年間に失われた260万人分の雇用を回復したが、「新たな雇用は以前の職よりも平均で9千j収入が低くなった。すなわち、4万3629jから3万4378jへと21%も低下した」と述べている。しかし、WINは「361の大都市圏のうち、99の大都市圏では、07年までに雇用を回復しておらず、完全な雇用回復が行われるには2015年まで待たなければならないだろう」と述べている。
同時に、アメリカ人は負債をますます背負うようになっている。04年には、アメリカの全世帯の負債は10兆2760億jであり、うち住宅ローンが7兆5680億j、住宅ローン以外の負債が2兆1410億jであった。06年に住宅ローン以外の負債は2兆1600億jに達した。これは子どもを含めたアメリカ国民の全員が平均7250jの負債を負っていることを意味する。長期的に見ると、アメリカの全世帯の負債は1999年末の6兆4000億jから増大し、05年の第三4半期末までに11兆jに達した。これは連邦準備銀行によれば72%の増大となる。
06年中頃に行われた世論調査によれば、「アメリカ労働者の間に深い悲観主義が蔓延している。ほとんどの労働者は賃金がインフレの進行に見合う上昇をせず、一世代前と比べてあらゆる面で困窮している」と述べている。その上で、ガソリン代の高騰、住宅価値の低下などについては何の言及もされていないことに注意しておくべきであろう。ほとんどの労働者たちにとって経済情勢は芳しくない。
実際、05年には破産申請件数は総計204万3000件に達し、04年に比べて31・6%増加した。しかもこれは06年央にガソリン代が許容限度を超え、住宅価格が低下し始める以前の話である。ところで、1998年にはシカゴ・トリビューンの記者は「……個人破産の数は昨年19・5%も急上昇し、1996年の111万7470件から空前の133万5053件に達した」と述べていたのである。
同時に、貧困層のアメリカ人は05年には、全アメリカ人の8分の1の3700万人になった。ここでもその割合は人種グループによって異なる。アメリカ人全体では12・6%が貧困層だが、白人の貧困率は8・3%であり、アフリカ系アメリカ人の貧困率は24・9%、全ラティーノの貧困率は21・8%となっている(しかし、あまり認識されていないことだが、アメリカの全貧困層の65%が白人である)。また、全児童の17・6%が貧困層に属している。
富裕層の場合はどうなっているだろうか。この点については、ポール・クルーグマンは、二人のノースウエスタン大学の教授、イアン・デウベッカーとロバート・ゴードンの「生産性増大の結果はどこに行ったか」というタイトルのレポートの内容を詳しく説明している。クルーグマンは以下のように書いている。
1973年から2001年の間に、90%のアメリカ人の賃金、所得はわずか34%しか増大しなかった。年間約1%の増大である。
他方、アメリカ人の上位1%の所得は87%増大した。上位0・1%の所得は181%増大した。上位0・01%の所得は497%も増大した。これは誤植ではない。
【「A 第2次世界大戦以降のアメリカの社会秩序の歴史的概観」は、省略】
● B 政府の経済政策
われわれがこの問題を検討するに当たって2つの点がとりわけ重要である。アメリカの国家予算と国家負債である。この2つは似たようなものであるが、異なったものである。それぞれを詳細に検討することによってこの点についての理解が深まるであろう。
A 米国家予算
米政府は毎年国家予算を通過させる。その際、政府の役人はまずなによりも、すべての支出をカバーするためにどの程度の資金を確保することが必要かを見積もる。政府が支出するより多くの資金を確保すれば、予算は黒字だと言われる。だが、支出より少ない資金しか確保できなければ、予算は赤字だと言われる。
リチャード・ニクソンが大統領であった1970年代以降、アメリカの国家予算は、クリントン政権時代の最後の4年間(1998〜2001年)を除いて毎年赤字であった。だが、この黒字もクリントン政権時代に減りはじめた。それは2000年には2362億jであったが、クリントン政権の最後の財政である2001年にはわずか1282億jになった。ブッシュ政権の下では、アメリカは赤字を激増させた。2002年に1578億j、2003年に3776億j、2004年に4127億j、そして現在入手できる最新の数字によれば、2005年には赤字は3183億j「にすぎない」のだという。
B 米国家負債
1789年から1980年、つまりワシントン大統領からカーター大統領までに蓄積された国家負債は9090億jになった。ロナルド・レーガンが大統領であった時期(1981〜89年)には、国家負債は0・9兆jから2兆8680億jへと3倍化した。その後も増大し続けた。負債がいくらか減少した4年間の黒字の年を含む16年の後の2005年末には、国家負債(連邦政府の総負債)は7兆9050億jになった。
これとの関連でみておくと、世界でも最も生産性の高いアメリカ経済は、2004年には国内総生産(GDP)は11兆7000億jであった。しかし国家負債は7兆9000億jであった。それはGDPの67・5%であり、しかもそれは増大し続けている。
財政赤字問題に戻ろう。家計と同様に収入より支出が多い時には、国は次の3つのうちの1つを行うことができる。(a)支出を削減する、(b)増税する(あるいは支出削減と組みあわせて増税する)、(c)私が「ウインピー的」と呼んでいる方法をとる。
ウインピイーとは土曜の朝にアメリカで30年間放送された漫画のキャラクターであり、ポパイの仲間である。ウインピーは非常にハンバーガーが好きだ。彼の人生観は次の言葉に集約されている。「今日ハンバーガーを1つもらえたら、火曜日には2つのハンバーガーを君に喜んであげるよ」
ここで問題となっていることは、アメリカ政府が私がウインピー的と呼んでいる方法を財政問題に関して採りつづけてきたことである。つまり政府は支出を削減せず、増大する支出を補填するために増税をしなかった。実際ブッシュは最も裕福なアメリカ人に対する税金を削減しようとした。だが、そのかわりにブッシュ政権は、財政赤字を補填するために、財務省の発行する短期国債として知られる政府債を富裕な投資家たちや私企業、さらには他の諸国に売却している。米政府は、何年間にもわたって債権の償還を行うことを認めた。国債購買者が支払った額と米政府が償還するますます増大する額との差額は、財務省の資金調達のコストである。このコストは、全価値の一定のパーセンテージにのぼるのである。米政府債を購入することによって、他の諸国はアメリカの利子率を低く維持するのを助け、米経済をこれまでどおりに良い状態に保つことを助けた(それによって、米市場が彼らにとって良好な市場でありつづけるようにしたのである)。だがそれは同時に、米政府が毎年の赤字に対処しないですむようにさせた。05年末には、他の諸国に対してだけでなく、全ての投資者に対する膨大な政府債の総額は8兆1700億jに達した。
04年12月には、民間が所有している米国債の61%を外国の米国債所有者が所有していることが明らかになった。うち7%が中国によって保有されていた。その価額は2230億jであった。
外国の投資家によるアメリカの全公債の購入比率は1996年以来17・7%を下回ることはなかった。それは05年6月に25・7%の高さに達した。05年6月までに、外国人は2兆j以上の財務省債を蓄積していた。
米政府が赤字を放置していたので、財務省債を購入する外国に依存することになった。ヘロイン依存者のように、アメリカは財政赤字を補填するためには、つねに新たな投資家(それはしだいに他の国家を含むものになっていった)を求めなければならなかった。
資金を流入させ続けるためには、アメリカは利子率を高く維持しなければならなかった。利子率とは基本的に、資金借り入れへの対価である。そしてお気づきのように、連邦準備制度理事会は、最近の18回の会議のうち15回の会議で利子率引き上げを行い、おそらくまた近く引き上げを決定するであろう。そして周知のように、利子率が高ければ高いほど、アメリカ国内では資金を借りるコストが高くなり、不況――もっと悪くならなければ――の可能性を高めるのである。
だが、こうした脅威はアメリカ合州国に限ったことではない。国際通貨基金(IMF)によれば、これは世界経済全体にとっての脅威である。IMFによって出された最近の報告書についての報道は、「財政赤字の増大と貿易収支の不均衡の急拡大によって、アメリカ合州国は、記録破りの勢いで対外債務を急増させたので、世界経済の金融的安定を脅かしている……」という文章で始まっている。世界の諸国に対するアメリカの純金融債務は、この数年に何らの措置も取られなければ、アメリカ経済全体の40%に等しくなるかもしれない。この報告によれば、「大工業国としては前例のないレベルの対外債務」である。さらに衝撃的なことは、IMFが「IMFは最大の出資者であるアメリカ合州国の補助機関になっているとしばしば非難されている」と述べたことである。
もし投資家がアメリカ財務省債券を手放し、たとえばヨーロッパに基盤をおいた債券に投資するようになれば、いったい何が起こるであろうか。アメリカは大きな困難に直面するだろうし、投資家が資金を本当に移転したら、アメリカは明らかに破産するだろう。……アメリカの貿易収支は赤字であり、ますます悪化しつつある。2005年には赤字は7236億jに達した。1991年には赤字は310億jであった。1998年以来、アメリカの貿易収支は2001年を除いて毎年赤字額の最高記録を塗り替えている。
1998年 1650億j
1999年 2630億j
2000年 3780億j
2001年 3620億j
2002年 4210億j
2003年 4940億j
2004年 6170億j
2005年 7230億j
他の諸国との関係で金融状態を示すもっとも包括的な基準である経常収支(これは国内外への投資や貿易収支を含む)は、さらに悪い状態だ。経常収支の赤字は05年には8050億j、すなわち国民所得の6・4%となった。
こうして、経済的にはアメリカは恐るべき状態にあり、その解決の展望もない。
その上さらに、あたかもこれらの現実がまだ最悪ではないかのように、米上院は06財政年度(2006年10月1日から2007年9月30日まで)に軍に4780億jを支出する防衛予算案を採決し、それを下院に送ったばかりである。
ストックホルム国際平和研究所によれば、2004年には、アメリカの「防衛」支出は世界の軍事支出全体の46・7%に相当する。これは、1年間に世界の全ての国の軍隊が使う金を合計した金がアメリカの軍隊に供給されているということを意味する。
そしてこれにはこれまでアフガニスタンとイラクでの戦争に支出された約5000億jの金は含まれていないのである。
端的に言えば、1973年以来、とりわけアメリカ政府の諸機関によって新自由主義的経済政策が押しつけられるようになった1982年以来、アメリカの労働者にとって事態は悪化したばかりではない。現在進行中の連邦財政の赤字、国家の負債の増大、アメリカ財務省債券に資金を吸引する必要性、帝国を存続させるためにかき集められた大量の資金。これらすべては、社会問題に対処することなくそれを深刻化させ、将来さらに悪化させるであろうということを示唆している。
● C 結論
本稿は、米政府と多国籍企業によって推進されてきた新自由主義的経済政策が、アメリカの労働者の状況を悪化させたことについて論じてきた。そしてこの状況はまだ続いている。現状と歴史的変遷について提示され、検討がされた。さらにこれに直接関連のある米経済政策についての検討と分析が行われた。この分析においては、選挙で選ばれた議員からのラジカルだが必要な変革の提案を何も見いだすことができない。結局、アメリカの労働者は、全般的にひどい状況に置かれている。そしてそれは有色の労働者の場合、白人労働者よりもさらにひどい。既成の社会秩序の中には、必要な変革の実施を示唆するものはなにも見えない。
私の考えでは、アメリカの新自由主義経済政策に対して闘うことが絶対に必要である。「必要」だというのは、つまりアメリカ帝国が存在しつづけることに挑むということである。とりわけ、世界を支配しようとするブッシュ政権の行動は――大部分の民主党の議員たちも共謀しているが――アメリカ経済を解体し、米国内と世界中の労働者を攻撃しているのである。また、米軍と米軍関連のプロジェクトという穴蔵に投げ込まれている金は、アメリカと世界のさまざまな社会問題に対処するために必要な金なのに、そのように使われることはない。問題は明らかである。アメリカはアメリカ社会の直面する諸問題を解決できないばかりか、世界の人々の直面する問題などなおさら解決できず、帝国を維持することもできない。アメリカの人民は今や決断しなければならない。どちら側につくのか。
さて、問題をはっきりさせよう。帝国と対決するどのような計画も、世界中の労働者の犠牲の上にアメリカの労働者を「救う」という不毛な願望をもつものであってはならない。それは世界中の労働者と団結してのみ行われものだ。つまり、世界中の白人労働者は人種差別の残滓と闘い、世界の人民との団結を作りださなければならない。そして、あらゆる種類の抑圧と闘わなければならない。環境を破壊せず、経済的に維持しうる地球規模の経済、また世界のすべての人々が消費活動をしても、それを継続しうるレベルの地球との調和を確保できる地球規模の経済を創出しなければならない。
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