アーミテージ報告と米帝の北朝鮮政策
海野 亮訳
【解説】
今回は、ブッシュ政権の北朝鮮政策に関する2つの重要文書を紹介する。
一つはブッシュ政権の朝鮮政策の骨格を提示したアーミテージ(現国務副長官)の報告(1999年3月)で、「北朝鮮に対する包括的アプローチ」である。現在のブッシュ政権の朝鮮政策を検討する際の重要参考文書であるので、すでに5年以上も前の文書だが、あえて訳出した。
94年の核開発に関する米朝枠組み合意自身は、アメリカ帝国主義の北朝鮮侵略戦争政策を推進するものとしてあった。だが、枠組み合意の調印後、それによって国内に北朝鮮との戦争が回避されるかのような論議が行われ始めた。「北朝鮮に対する包括的アプローチ」はそうした論議の「危険性」を指摘し、北朝鮮に対しては、あくまで軍事的に追いつめ、侵略戦争によって屈服させることが基本路線であることを再度強調し確認するものとして出された。
それは北朝鮮が枠組み合意を利用して時間稼ぎを行い、「挑発的行為と好戦的姿勢」を変更していないという認識を基礎にして、より強力な対北朝鮮侵略戦争政策を遂行するために政権全体が一丸となって「包括的」な政策を立案、実施する体制を作ることを提起している。
とりわけ「抑止力を強化することがこの提案の中心をなす」としているように軍事的圧力を一段と強め、北朝鮮を絶望的軍事的対抗行動に追い込む方針を打ち出している。
もう一つは、アメリカ新世紀プロジェクト(PNAC)が、イラク侵略戦争が大規模侵攻作戦としてはいったん終結した時点(03年4月)で、北朝鮮との戦争の可能性を検討した「北朝鮮との戦争はない」という文書である。
アメリカ新世紀プロジェクトは、アメリカの保守系シンクタンクで1997年に設立された非営利的教育組織。会員には、ドナルド・ラムズフェルド(米国防長官)、ポール・ウォルフォウィッツ(国防副長官)、ジェブ・ブッシュ(ブッシュ大統領の実弟、フロリダ州知事)、リチャード・パール(国防政策委員会代表、レーガン政権での国防次官補)、リチャード・アーミテージ(国務副長官)、リチャード・チェイニー(副大統領)、ルイス・リビー(副大統領主席補佐官)、ウィリアム・J・ベネット(CIA長官)、ザルマイ・カリルザード(米イラク問題担当特使)、エレン・ボーグなどがいる。
いずれも現ブッシュ政権を支える主要人物であり、超タカ派のアメリカ新保守主義(ネオコン)の政治理論を主導する人物として、現在の米帝の帝国主義的政策の立案と実施にあたってに絶大な影響力を持つ人物である。
PNAC自身は以下の基本提案に専心すると宣言している。
1 米国が指導力を発揮することは、米国にも世界に良い。
2 このリーダーシップには、軍事力、外交エネルギーおよび道徳原理への関与が必要とされる。
3 今日の政治的指導者の大部分は国際的指導力を主張していない。
4 それゆえ米政府は、軍事力を含めて使える全ての手段によって、揺るがない優勢を獲得するために、その軍事優位および経済優位を十分に利用するべきだ。
ここで翻訳した文書には、以上のような視点をもつ超タカ派の帝国主義者が主導するブッシュ政権の朝鮮政策のナマの問題意識が出ている。第2の文書の原型が、第1の文書、すなわち94年枠組み合意の転換を提起した99年3月のアーミテージ報告「北朝鮮に対する包括的アプローチ」である。 北朝鮮との戦争はない
エレン・ボーク 2003年4月14日
サダム・フセインを権力から取り除く戦争が順調に進むに伴い、イラク政策反対派の「次は何か?」という空叫びがしだいに重大な意味を帯びてきている。批判者たちは陰鬱な調子で、イラクで軍事力を行使するという政府の決定は北朝鮮の核施設にたいする攻撃の前兆だ、と警告する。
実際、北朝鮮の核の脅威に対処するあらゆる方策を米国が検討していないならば、それは驚くべきことであろう。しかしながら、米国の過去の声明が示唆するところでは、ブッシュ政権の高官たちは、何らかの実行可能な軍事的選択があるかどうかについては懐疑的である。むしろ彼らは別の方針に集中している。すなわち、最近の米国の政策を突き動かしてきた幻影を消し去り、朝鮮半島におけるアメリカの通常抑止力を改善するということである。
米国国務副長官リチャード・アーミテージと米国国防副長官ポール・ウォルフォウィッツは、ブッシュ政権入りする以前には、アーミテージが議長を務めていた北朝鮮問題の超党派作業グループのメンバーであった。1999年3月にこのグループは「北朝鮮にたいする包括的アプローチ」と題した、アーミテージ報告としても知られている勧告を発した。当時、ブッシュの大統領選の選挙顧問だったウォルフォウィッツ氏は、同月に米国上院国際関係委員会で証言した。
彼らが取り組んだ当時の情勢と今日の情勢はそれほど変わっていない。北朝鮮の核兵器の保有を米国情報機関が公的に確認したのは、やっと2001年になってからだ。しかし、1999年までにはすでに、北朝鮮が核爆弾製造に十分なプルトニウムを保有しており、1994年枠組み合意の下で核兵器開発を放棄する責務があるにも関わらずそれを放棄していない、という十分な証拠が存在していた。
ウォルフォウィッツ、アーミテージ両氏は、枠組み合意は脅威と恐喝の輪の中に米国を引きずり込んでしまった、と結論づけた。アーミテージ報告は、枠組み合意は平壌の核計画を終わらせ、南北の和解と北朝鮮の改革、ソフトランディングに貢献する、というクリントン政権内で優勢だった見解に疑問を投げかけた。こうした見解とは反対に、アーミテージグループは「北朝鮮政府にとって過去4年間の教訓は、瀬戸際政策は有効だ、ということだ」と結論した。
ウォルフォウィッツ氏も同様の非難を行っている。北朝鮮、すなわち「軍事能力以外にはほとんど関心を持たない体制が、来世紀のいつの日か原子力発電所を供与するという約束と引き換えに、究極の兵器を自発的に放棄するなどということは、まったくもってありそうにない」と考察している。
彼は委員会メンバーに向かって、1994年枠組み合意は、さらなる譲歩を引き出すことができると北朝鮮政府に信じ込ませる連鎖を生み出しただけだった、と警告した。ウォルフォウィッツ氏は、枠組み合意を交渉した高官に次のように述べたと語っている。「前回彼らと交渉した際には、アメリカは40億ドルする原子炉の取引を交渉するために君たちを北朝鮮に送り込んだ。次に彼らと交渉する時には、彼らを合意の枠内に引き留めるためにアメリカはいったいいくら払うつもりなんだ?これまでの記録には、イカサマをしたり、イカサマをしようとしたことをつかまれたら、代価を支払うのだということを北朝鮮に示唆するようなものがあるとは思えないね」
にもかかわらず、枠組み合意が1994年に初めて締結された際には、ウオルフォウィッツ氏は悲観的立場を持ちながらも、これを既成事実と見なして受け入れるよう議会に勧告した。
核問題がもたらす危険にもかかわらず、アーミテージ、ウォルフォウィッツ両氏はもっぱらそこに焦点をあてるのは誤りだと信じていた。「北朝鮮の核能力を真に危険なものにしているのは、彼らの通常兵力の能力の現実にある…われわれが核問題を解決できなければできないほど、通常兵器の能力を改善することが格段に重要となる」とウォルフォウィッツ氏は上院委員会で述べた。
アーミテージ報告は、ソウル周辺の対ミサイル・レーダーを増強する、パトリオット・ミサイルをヨーロッパおよびアメリカ大陸から日本に移設配備する、ミサイル防衛協力、北朝鮮の行動に反撃できるよう手直しした軍事演習などを含んだ、「戦力増強オプション」について南朝鮮および日本と協議するよう勧告している。報告は、爆撃や奇襲からの防護を改善する偵察活動やレーダーを含め、ソウル防衛の見直しを要求している。アーミテージ報告は、これが越えられたことを認識した米国が南朝鮮、日本とともに一致して反撃すべき「レッド・ライン」を設定することも求めている。
とりわけ現在重要なのは、ウォルフォウィッツ氏が北朝鮮・ヨンビョンの核施設を攻撃するという考えに冷水を浴びせていることだ。この発想は政権のタカ派がしばしば口にしてきた。1999年3月に彼はこの考えを否定した。「まるで消毒でもするように北朝鮮の核問題を除去できる、巧妙かつ安全な軍事作戦、というわけだが…まず第1に、われわれは何を攻撃すべきかわかっていない…われわれが知っておらず、それに到達することができない対象が多数存在することはほぼ確実である」。さらに北朝鮮からの報復と、その結果生じるであろう朝鮮半島での戦争は、「全面的な破壊」になるだろう、と彼は語っている。
核問題で手詰まりになっても通常戦力が決定的な役割を果たす可能性がある情勢に米国が直面したのはこれが初めてではない。冷戦期間中、米国はまさにソ連の脅威を抑止するために、ヨーロッパではただならぬ通常戦力を維持したが、戦域核兵器の使用を伴えば、これはヨーロッパを破壊することができるほどだった。朝鮮半島でも同様の態勢が必要である。
米国は最近になって戦力の増強と防護に動いている。爆撃機と戦闘機が配備され、南朝鮮における米軍の再配置が進行中である。米国からの譲歩を要求する助けとなるテコを北朝鮮に渡さないために多国間協議で同盟国の協力を求める米政府の外交政策と同様に、この政策も米国の新たな政策の在り方を示している。ちょうど先週末、北朝鮮は討議に関する米国の立場を受け入れる可能性を示唆した。
クリントン政権時代に、あまりにおなじみとなった要求と合意という円環構造、そしてそれに北朝鮮が期待を寄せるようになった円環構造から、米国の政策とその批判者たちを解放することは容易なことではないであろう。にもかかわらず、アーミテージ、ウォルフォウィッツ両氏が論じているように、このような政策から米国を引き離し、古くて良くない慣習を北朝鮮に捨てさせる必要がある。
北朝鮮に対する包括的アプローチ
リチャード・L・アーミテージ 1999年3月
1994年10月21日に米国と北朝鮮の間で枠組み合意が調印されて以降、朝鮮半島と北東アジアにおける安全保障情勢は質的に悪い方向に変化している。昨年の北朝鮮の核サイトと疑われる施設の発見と、8月31日のテポドン・ミサイルの発射は北朝鮮政府の意図、この合意への関与の姿勢、南北和解の可能性などに関する根本的な疑問を引き起こすものとなった。このような情勢は、朝鮮半島に関する現在の米国の政策をこのまま維持できるのかどうかについての深刻な疑問を提示した。
枠組み合意は、北朝鮮によるヨンビョン(寧辺)とテチョン(泰川)の施設でのプルトニウム生産という具体的な安全保障問題に対し、成功裏に対処した。この合意の下で、この2つの施設での作業は凍結され、北朝鮮政府は、炉心の燃料棒から得られ、5〜6個の核兵器製造に使われる核分裂物質を得ることができなくなった。もしこの計画が変更されることなく継続されていたら、北朝鮮は大量の核備蓄のための核分裂物質を生産することができたであろう。議論の余地のあることではあるが、枠組み合意は必要なものではあったが、北朝鮮によって提示されたさまざまな安全保障上の挑戦に対する十分な対処策ではない。実際テポドン・ミサイルの開発は、北東アジア、さらに中東、ヨーロッパ、そして米国そのものへと安全上の脅威を拡大した。
仮定の変更
枠組み合意が調印されて以降の北朝鮮政府との交渉の経験は、世論や議会が米国の政策を支持する基礎とされていた重要な仮定条件の再検討を要求している。
・第1に何人かの政府高官の想定した、枠組み合意は北朝鮮の核計画を終焉させたという仮定だ。
・第2に北朝鮮は、崩壊の瀬戸際にある破産国家であり、「ハード・ランディング」、すなわち多分侵略行為を伴う崩壊は回避されるだろうという仮定だ。
・第3に枠組み合意は北朝鮮を外部世界に向けて開かせる刺激となり、南北和解の漸進的過程を開始させ、真の改革と「ソフトランディング」に導くという仮定だ。
このような仮定は、他の政治的・安全保障的問題でほとんど前進がなかったにもかかわらず、枠組み合意は効果的な時間稼ぎ戦略となったとしている。少なくとも北朝鮮の通常兵力は、(これまでそうであったように)低下し続けるであろう。最善の場合、北は南との最終的和解や統一によって、われわれの直面している問題を解決してくれるだろうというのである。これらの仮定はいまや疑問の対象となっている。
現実性の検証
合意以前にすでに建設作業が開始された少なくとも一つの疑わしい核施設が発見されれば、北朝鮮政府がその核計画のごく一部を凍結しただけか、あるいは隠された核兵器開発計画を実施しようとしているという可能性が強まる。枠組み合意は、北朝鮮の核兵器能力を抑制するという点で、これまでよりも何倍も強力なものになるように作られている。これは北朝鮮の核計画が、国際原子力機関(IAEA)の全領域にわたる安全規定に完全に従うようにという要求を2002〜3年ころまで猶予するものであった。実際、この合意は北朝鮮が一つあるいは二つの核爆弾を所有しているかもしれないという可能性を容認していた。1994年以来、北朝鮮が新たな核兵器技術か核分裂部物質、あるいは双方を国外から獲得した可能性もある。
さらに、北朝鮮の崩壊の切迫という核心的仮定は決定的に問題がある。状況が極めて困難であるにもかかわらず、体制を脅かす社会的政治的不安も、軍事的反乱の徴候も見られない。昨年の建国50周年記念日の際にはっきり示されたように、北朝鮮の体制は金正日の下で強化されたように思われる。
北朝鮮の政権が急進的な市場経済指向の改革を行おうとしている徴候もない。そのかわりに、必要に強いられて、食料の欠乏状態を改善するためのわずかな改革を地方レベルで行ったり、交換可能通貨を獲得しようと部分的な実験を行っている。中国の援助やさまざまな交換可能通貨獲得計画(ミサイルの輸出、通貨偽造、麻薬密輸、上空通過権の売却など)によって、北朝鮮政権は、都市部をかろうじて機能させ続けることができている。外観からすれば、北朝鮮政権はよろよろと、ともかく歩くことができているようだ。
飢餓は北朝鮮政権を政治的に弱体化しなかった。スターリン体制下のウクライナや毛沢東体制下の中国の例に示されているように、全体主義体制においては、人間的悲惨さと体制の安定性との間にはかならずしも相関関係がない。そうした体制は、その権力を維持するためには一世代全体を破滅させることもあえてしてきた。
同時に北朝鮮政権は韓国の歴史上最も和解的な大統領である金大中の政治的提案も拒否してきた。金大統領は、朝鮮の統一について何冊もの本を書いている。それには晩年の金日成が提案したものに類似した再統一計画に関するものも含まれている。金大中との真剣な交渉を望まない態度は、南北和解が北朝鮮政権の正統性を掘り崩すかもしれないという根深い恐怖があることを示唆している。
金大統領の大陽政策(現在では対話政策として知られている)は、再統一問題という最終目的を現実的課題として扱うことは拒否したが、朝鮮半島における和解の方式を作りだした。現在までのところ、北朝鮮は南朝鮮との経済・社会・文化面での非政府間交渉の開始を受け入れたが、南朝鮮とのいかなる政治的和解も拒否している。さらに最近の軍事浸透事件によって証明されたように、北朝鮮は攻撃的態度を取り続けている。
誰が時間かせぎをしているか?
時間かせぎはわれわれのためになるという考えかたはますますうさんくさいものになっている。時間をかせいでいるのは北朝鮮であることは、諸証拠が蓄積するにつれて明らかになっている。それは2200万人の国民の幸福を無視しながら、体制を強化し、核兵器計画を継続し、二つの新世代ミサイルを製造、販売するためである。金正日による北朝鮮軍事委員会議長の座の強奪は、軍の影響力を強化した。このような状況は、北東アジアの安全保障環境をますます危険なものにしてきた。
実際、北朝鮮の核兵器計画とミサイル運搬システムの開発が同時に行われ、日本の安全にとってさらなる脅威となっている。このような脅威は、日本が枠組み合意と軽水炉計画を支持し続けている時にさえ増大したのだ。もはや、われわれは日本の安全保障上の関心にこたえることに失敗した北朝鮮への接近を日本政府が支持し続けると期待することはできない。
北朝鮮の挑発的行為と好戦的な姿勢は、われわれの安定への関心につけ込んだものであり、それに挑戦するものである。北朝鮮政権にとっては、過去4年間の教訓は瀬戸際政策は成果をあげているということである。
新たな接近方法の形成
議会に委託された見直し作業は、北朝鮮に対する現在の政策は、政治的に維持できないということを明らかにした。同様の政治的圧力は今日、日本でも顕著であり、韓国でもすぐに表面化するだろう。北朝鮮に対する政策の再検討を取り仕切るために元国防長官のウイリアム・ペリーが指名されたことは、政治的に有効で、米国とその同盟国の死活的利害を守る政策への変更に向けた重要な一歩である。
新たな政策は、枠組み合意を問題の終結点としてではなく、北朝鮮に対する政策の出発点として扱わなければならない。それは二つの重要な問題に対する回答を明確に定式化しなければならない。第1に、われわれが北朝鮮から何を望み、それを獲得するにあたって支払うべきものとしていかなる代価を用意するかということである。第2に、すべての適切な外交努力を行い尽くした後に、同意するに値するいかなる合意に達することもできないと結論した場合に、別の道を選択する準備ができているかということである。
現在の政策は崩壊している。この政策の諸構成要素は、すなわち枠組み合意の履行、四者和平会談、ミサイル交渉、食糧援助、戦時捕虜・戦闘中行方不明兵士に関する交渉などは、いかなる大きな戦略もなしに、また個々の構成要素をどのように一体化させるかということに焦点を置くことなしに、たいていはそれぞれの交渉ルートで行われている。包括的政策が欠如しているなかで、北朝鮮政府が要求者として行動しているのに対し、米国政府が応えるというように、北朝鮮がイニシアチブを持っている。
北朝鮮に対して成果を収めうる接近方法は、包括的で統合的なものでなければならないし、安全保障上の脅威の全体に対処しなければならない。
ここで問題となっている利害の大きさからして、朝鮮問題は大統領にとって最優先事案となるであろう。それは議会や朝鮮、日本、などの同盟国や中国とともに北朝鮮問題を取り扱うために継続的な注意の傾注を要求する。枠組み合意に至る外交過程ではそのような集束点があった。ロバート・ガルーチが特別調整役に指名され、国務長官と大統領に直接報告したのである。残念なことに、ガルーチ大使が1995年に朝鮮での任務を離れると、その後継者は指名されなかった。
米国とその同盟諸国、そして中国によって追求されてきた諸政策の在り方は、五里霧中のなかで何とか実現されたという類のものであった。このような在り方が、北朝鮮にその軍事的脅威を維持しながら経済的利益を得させてきたのである。北朝鮮の全体主義的体制に不透明性があるために、その政策決定過程は知ることができない。外交を通した北朝鮮の意図の正しい検証によってのみ、われわれは政策上の仮説を確実なものにできたのである。外交的解決が不可能な時は、わが国の安全保障上の利害を最大限守るために、後からではなく早めにこの方法を発見することがわれわれにとっては有利である。北朝鮮が対決以外の選択肢を残さなかった場合は、北朝鮮ではなく、われわれのほうがやりたいようにやるべきである。
米国は抑止的軍事態勢を強化する準備をしているということをわれわれがはっきりとデモンストレーションしない場合、北朝鮮は米国の外交政策を真剣に受け止めない可能性がある。抑止的軍事態勢の強化は、北朝鮮政府を脅していると見えないように実現することができる。同時に、生き延びるため最悪の道は、礼儀正しい国際的ふるまいと開放政策であると信じる傾向のある北朝鮮のエリート内部のすべての勢力に対して、適切な行動を促す機構を外交政策が作り出すことである。北朝鮮にその態度を変更しようと考えさせるために、われわれは大きな刺激策とそれに対応した抑制策を含むより大きな概念的枠組みを必要としている。
新たな接近方法の最初のステップは外交的イニシアチブを回復することである。北朝鮮に対する米国の政策は、相手の行動への反応と予測を中心とするものになっていた。米国の外交が北朝鮮の挑発(あるいは要求)と、それに対する米国の反応というサイクルを特徴とするものになっていたのである。この新接近方法の目的とするものは、機先を制して行動し、課題を明確にすることである。
それは、新たな権限の設定をもって始まる。外交は安全保障上の挑戦の全動向を総合するものへと活動を変革しなければならない。他方、抑止力を強化し外交が役に立たないことが証明された場合でもわれわれが対処しようと準備していた事態に抑止力で対処しなければならない。
われわれの戦略は同盟諸国と密接に協力したものでなければならない。それは日本の利益と資産、韓国の大陽政策と防衛能力を考慮に入れたものでなければならない。このような統合政策は、最低限米国の同盟構造を強化し、北朝鮮とより効果的に交渉する米国の位置を強化するであろう。
北朝鮮に対する新たな接近方法は、必然的に中国の意図を試すであろう。中国は枠組み合意に至る過程で助力してくれた。米国はこのような協力を、米国の中国政策の重要な結果として公的に明らかにした。
だが中国は自国の政治的目的を追求してもいる。中国政府は北朝鮮政府が明らかに中国の助言に留意しない態度をとっているにもかかわらず、北朝鮮を援助によって支えている。中国は朝鮮半島エネルギー開発機構や世界食糧計画との積極的協力や、ミサイル問題などでの積極的協力に抵抗を示してきた。その独立的行動は米国の政策の成功を妨害するものとなっている。北朝鮮への接近は、中国の多少なりとも積極的な協力や米中間の明確な相互理解がないと成功しないだろう。中国政府はその政策の失敗の結果として負担を負うか、協力の成果を享受するかどちらかだということを理解しなければならない。
新たな包括的アプローチの運用上の諸要素
われわれは、北朝鮮が提示した諸問題を処理するために新たな包括的アプローチを提案する。この提案は、以下に記す抑止の要素と外交の要素を結合するだろう。この提案は、北朝鮮に対して何が可能かに関する保証のかぎりでない楽観主義を提示するものではない。したがって、抑止力を強化するということがこの提案の中心をなす。
この包括的アプローチを政治的に持続可能なものにするためには、議会との緊密な協力から始め、それを維持することが決定的に重要である。朝鮮半島に対する政策が成果を収めるためには、強力な超党派的支持を作り出すことが必要だ。執行権と立法権の間の相互協力のための通常のメカニズムはいっそう強化されなければならない。かつてあった米ロ関係に関する上院軍縮監視グループはそのモデルとなるであろう。
米国と同盟諸国の利害を守るために、強化された抑止力が外交を支えなければならない。抑止力は、外交と政策意図の説明、示威的な軍事能力などの適切な配合に決定的に依存する。こうした政策の結果、もし外交政策が失敗すれば、北朝鮮は自己の選択の結果に直面することになるであろう。すなわち、米国のリーダーシップの下での同盟が再活性化・強化され、米国と韓国、日本が共に行動することが可能になる環境のもとで孤立や封じ込めに直面するのである。
信頼できる抑止力を強化するためには以下のような諸ステップが死活的に重要である。
・米国は日本の指導者に対してガイドライン立法の日程を早めるように促し、この地域とその周辺地域における日本の安全保障面の利害にとっての米日同盟の重要性を強調しなければならない。
・米国は、朝鮮半島における不測事態の波及に対処するために3国(米国、韓国、日本)の国防大臣の協議の開催を呼びかけるべきである。この会議では特に、軍事力の強化を実施する行動を検討すべきだ。それにはソウル周辺の対ミサイル・レーダーの増強、ヨーロッパやアメリカ大陸から日本へのパトリオット・ミサイルの移設のための諸協定も含まれる。公式声明も、ミサイル防衛協力の強化や、北朝鮮の様々の動きに対処するための各種軍事訓練に焦点を置くべきだ。
・「レッドライン」が引かれるべきである。米国は韓国、日本とともに、何が容認しがたい行為かを明らかにし、北朝鮮による挑発的軍事行動は容認されないし、それにふさわしい反撃を引き起こすだろうことを強調すべきである。
・国防総省は、削減という観点からではなく、北朝鮮の脅威の増大傾向に米軍が最もよく対処しうるようにするという観点から、南朝鮮における米軍の駐留の見直しを行うべきである。
・国防総省と韓国の連合軍司令部の司令官は、個別的ではあるが同時に相互に連携して、空爆や奇襲攻撃に対するソウルの防衛を強化するために、どのような監視活動、レーダー、その他の武器の組み合わせが必要かを決定する見直しを主導しなければならない。米国は、同盟国の関与を強調するために、この戦域での戦力増強の準備があることを明らかにしていくべきである。
包括的提案の展望を強化し、米国と同盟国の利害を促進するために、外交は韓国、日本、中国の政府と密接に協力すべきだ。
・米国側のキーパーソンは、議会の指導者と協議の上で大統領によって任命されなければならないし、大統領に直接報告しなければならない。このステップは、懸案事項を可能なかぎり北朝鮮の最高のレベルの意思決定機関に移すことを狙っている。
・北朝鮮の行動に肯定的な影響を与えると同時に、軍事的抑止力を再強化するために、南朝鮮と日本の政策を調整する外交的努力がなされなければならない。
・米国は3国間(米、南朝鮮、日本)の外相レベルの協議を提案すべきである。その目的は、ハイレベルのキーパーソンを指名し、調整メカニズムを創設し、国家安全保障上の優先事項で大統領が関与するレベルの諸問題を提案することである。3国間の調整によって、包括的提案に関する責任を分担することに理解を得なければならない。
・中国の積極的協力は決定的である。朝鮮半島に関しては米国と中国は共通の利害を有しているので、われわれは中国が肯定的な形で行動することを期待している。活発な協力は中米関係を強化するであろう。だが不適切な協力関係の結果、紛争が起きれば、中国政府は大きな責任を負うことになるであろう。その上、わが国の外交的イニシアチブが失敗すれば、北朝鮮を「延命」させるための負担は中国のうえにまともにのしかかるであろう。
包括的な一括提案
米国の目的は、抑止力を維持することであり、必要に応じて強化することでなければならない。そして平和的手段を通じて北朝鮮の核・化学・通常兵器やミサイルが引き起こす軍事的脅威を除去することでなければならない。われわれの到達目標は米国、韓国、日本に対する脅威を削減することである。脅威が除去できない場合、その目的は残存している脅威を抑止することである。さらに、米国は南北和解を促進するように努力している。
米国政府は北朝鮮の正当な経済・安全保障・政治面での利害に応える提案を提示するべきだ。これによって米国は外交的イニシアチブだけでなく、道徳的にも政治的にも優位な立場を獲得することができるであろう。またそれによって、北朝鮮が協力しない場合、同盟国間の連合を作り出し、維持する能力が強化されるであろう。最も重要なことは、強化された外交活動の失敗は、明らかに北朝鮮政府の責任に帰せられるであろうということである。
交渉の目的は、北朝鮮政府に対しその将来に関して明確な選択肢を提示することである。すなわち、一方での経済的利益、安全保障上の安定保証、政治的承認、他方での強化された軍事的抑止力の確実性ということである。米国とその同盟国にとっては、提案全体は、北朝鮮がわれわれの期待に応えるならば、北朝鮮を正統な存在として受け入れるだけでなく、関係の完全な正常化も行う準備があるということを意味している。
交渉は次のような事項を扱う。
1.枠組み合意 われわれは、現在進行中の諸交渉を尊重する意思をもっていることを明らかにすべきであるとともに、北朝鮮の行動によって1994年10月以降、政治的・安全保障的環境は顕著に悪化したということを強調しなければならない。合意への支持を維持するためには、疑わしい核施設やミサイルに関する諸問題を検討することが緊急に必要である。
・核施設問題 われわれは、疑わしい核施設については、枠組み合意では「内密の会談」で取り扱われたことに注意しておくべきである。われわれの目的は現在進みつつある現存核施設の透明化をさらに進めるための信頼しうるメカニズムを作ることであるが、それは現存核施設のみに限定してはならない。米国はその声明の中で、包括的パッケージは北朝鮮のいかなる疑わしい核施設も含むことを明らかにしなければならない。
・プルトニウム問題 北朝鮮をIAEAの安全規定に直ちに従わせるためには、われわれは合意のもとでのIAEAの査察を準備する必要がある。過去の核関連の活動についての経過記録の保存という点での北朝鮮の協力は決定的である。さらに加えて、新たな交渉には現在ヨンビョンに保管されている使用済み核燃料の北朝鮮からの早急な撤去も含まれるべきである。
・報償 核施設問題や、IAEAの受け入れ問題を解決する過程を促進するためには、2基の軽水炉の建設を促進する米国のコミットメントと、米国と北朝鮮の間の核協力協定の交渉が必要になるだろう。
2.ミサイル問題 北朝鮮のミサイル問題は、枠組み合意が締結された当時よりはるかに重要な問題となっている。枠組み合意は暗黙のうちにミサイル問題を議題とした。今日のわれわれの目的は、その実験と輸出を終わらせ、さらに長期的にはミサイル技術管理レジームの設定する枠を北朝鮮に認めさせることである。だが、ミサイルの輸出が継続され、米国がそれを確認できた場合、われわれはミサイルの輸送を阻止するために可能なことをなすべきであろう。われわれは、国連憲章の自衛権に基づいて行動するだろうということを明確にするであろう。
3.通常兵器の脅威 米国は、相互の通常兵力の削減をめざす交渉過程を開始するための信頼醸成措置に関する提案を提示するだろう。平和のための新たな機構の全ては、通常兵器による脅威の削減と結合されなくてはならない。
4.食糧・経済援助・制裁措置 米国は人道的な食糧と医薬品の援助の供与を、配給に関する透明性をさらに増すべきという警告をつけて継続すべきである。だがわれわれは重点を北朝鮮経済の再構築の支援に置くであろう。われわれは市場の支配力に北朝鮮の経済を開放する行動を支援するであろう。われわれは制裁をさらに緩和し、北朝鮮の国際金融機構への加入を支持する準備がある。これが北朝鮮の側での変革を要求することを理解しているからである。もし北朝鮮が必要な措置をとるならば、米国は同盟諸国とともに、世界銀行かアジア開発銀行の中に朝鮮再建基金を創設することも考慮すべきであろう。
米国の外交政策は、南朝鮮の大陽政策(たとえば投資プロジェクトの政府による承認、特にチェボルとして知られる財閥による大規模工業投資計画)を包括的一括提案の広汎な政治目的と統合しなければならない。
北朝鮮が脅威の削減措置を実施すれば、さらなる協力関係に向けての段階的行程表として、人道的援助を越えた経済的利益が漸次もたらされるであろう。経済援助パッケージに関しては、米国は代替エネルギー源を開発するために、枠組み合意のエネルギー関連部分について見直すことを北朝鮮と協議することもできるであろう。
5. 安全保障問題 米国は大韓民国や日本とともに、北朝鮮の安全保障問題を扱う6者(米国、ロシア、中国、日本、南朝鮮、北朝鮮)の協議を提起するであろう。複数国のこの問題への関与は、金大中の開会挨拶でなされた約束に基づくものであるべきだ。すなわち、われわれは北朝鮮を破壊したり、併合したり、政治体制を変更することを強制したりしないという約束である。保証は、非侵略の約束から、主権と北朝鮮の領土の一体性の尊重に至る全領域に及んでいる。われわれのめざすものは、北朝鮮政府ができるだけ容易に改革の選択ができるような環境を育むことでなければならない。米国と同盟諸国は、脅威を与えない北の政権と共存する準備があるということを明確にしなければならない。
6.正常化 もし北朝鮮がわれわれの安全保障上の利害を満足させるならば、米国は関係の完全な正常化に向かって動く準備がある。
外交が失敗した場合
米国が主導するこの政策の、北朝鮮の反応いかんに関わりない不変の要素は、この死活的地域の安定を維持し、安全を強化する際の米国のリーダーシップを再強化することである。鍵をなす同盟諸国(南朝鮮と日本)との安全保障上の協力を強化するための米国の努力は、このリーダーシップの不可分の構成要素であり、地域の安全にとってさらに核心的なものにさえなっている。
この政策の長所は、それが北朝鮮の意図を試し、外交が肯定的な結果を生み出す可能性をもっているかを発見し、そしてその過程で米国のリーダーシップを再建することである。これによってわれわれは、北朝鮮を抑止し牽制するための同盟を強化することができる。それは、北朝鮮が相互に利益をもたらす合意の上にたって将来の協力を選択した場合よりも明らかに悪い状態に陥るのを回避させることを目的としている。
もし外交活動が失敗した場合、米国はいずれも気の進まないものではあるが2つの別の道を選ぶことを考慮せざるを得ないであろう。一つは運搬手段を備えた核を持つ北朝鮮と共存しつつ、それを抑止する道である。それはこの地域にさまざまな影響を与える。もう一つは、先制攻撃であるが、それには不確実性が伴う。
・強化された抑止力と封じ込め これは公海上で北朝鮮のミサイル輸出を進んで制止する意思を含む、事前準備を整えた、強固な体制を必要とするであろう。外交が失敗した後のわれわれの態勢は、米国と同盟諸国による「レッドライン」の強化であろう。
・先制攻撃 この選択肢には危険と困難が伴うことをわれわれは認識している。熟考すれば明らかだが、このような方策は諸基地に関する正確な知識や、成功の可能性の評価、米国と同盟国の側でのリスクの鮮明な理解に基づかなければならない。
われわれはこれまで概観した包括的一括提案の成功の見通しについて何の幻想も持っていない。問題は重大であり、外交の失敗のもたらすものは深刻である。
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