介護保険で殺されるドイツの実態
『シュピーゲル』誌より
西坂 茂訳
【解説】
日本の介護保険法は、ドイツの介護保険法をモデルにして作られた。だから、政府・厚生省をはじめとして、介護保険推進論者は、これまでずっとドイツの介護保険制度を美化してきた。
たとえば、2月12日の毎日新聞では、ほぼ1面半分のスペースをとって大々的にドイツの介護保険についての記事をのせている。まず、大見出しが「導入5年国民に根づく」だ。そして、ドイツ連邦保健省の担当官へのインタビューを大々的にとりあげ、政府当局の「大成功だ」という言葉がそのまま事実であるかのように扱っている。問題点にも触れていないわけではないが、保険財政の赤字転落のことを主にしている。介護を受ける側については、たった1つの「満足している」という例を全体像であるかのように大きく取り上げている。これは、月に12万円強の自己負担分の支払い能力があり、しかも要介護認定が実際の要介護度とあまり違っていない夫婦のケースで、全体を代表しているとはとてもいえない。そして「取材を通じてドイツでは課題を残しつつも、介護保険が全体として高齢化社会の足場として頼りにされているという実感を持った」(前田浩智記者)という結論に持っていく。
だが、ドイツの高齢者自身の現状はどうなのか。
それが、こういう提灯持ち記事とは正反対のものであることは、今回の翻訳資料を読めば明らかだ。本資料は『シュピーゲル』誌の2つの記事と1つの投書欄を全文翻訳している。
2つの記事は、一人ひとりの高齢者の例を具体的に取材し、しかもドイツ全体の状況を調査して書かれている。
投書からは、初めの記事への読者の反応、記事への賛否両論が民間介護業界代表のものを含めて知ることができ、ドイツの現状の多面的理解に役立つ。 これらを読めば介護保険下のドイツでの高齢者虐待は、決して例外的なものではなく、法医学研究所による火葬場での遺体調査が必要であるほどに、深刻に構造的な問題になっていることがわかる。介護保険に殺されるということは、ドイツではすでに現実になってしまっているのだ。
もともとドイツは、日本に比べれば、介護、医療、そして社会保障全般にわたって、ずっとましな国だった。かつて日本の医療や高齢者の現場での圧倒的な人員不足、「抑制」という名のしばりつけ、薬漬けの現実を知ったドイツ人は皆、信じられないと言っていた。そのドイツでさえこれほどの事態になっているのだから、日本で介護保険が導入されたらいっそうすさまじいものになってしまう。
全力をふりしぼって闘い、介護保険の実施をやめさせなければならない。
ドイツの介護保険導入への動きは、本格的には1990年。ブリューム労働社会相が介護保険構想を公表した時に始まる。まさに89年11月のベルリンの壁崩壊以後のドイツ統一の過程のただなかのことだ。そして94年5月に介護保険法が成立し、95〜97年に実施がはじまった。
戦後世界体制の大激変、帝国主義間争闘戦と侵略戦争(ドイツ軍の海外派兵)の画歴史的な激化の過程で、また東西統一による財政危機必死の情勢の中で、介護保険制度が導入されていったのだ。
労働者人民を資本主義・帝国主義の犠牲にし、命までささげさせる社会にするのが介護保険制度導入の最初からの目的だったのだ。
ドイツでは、本資料で触れられている「灰色の豹」という高齢者組織などを先頭にして、介護保険制度に対する怒りと闘いがまきおこっている。隣のフランスでも2月初め、ドイツの闘いに連帯して医療、介護の切り捨てに反対する医療労働者の全国ゼネスト・デモが闘われた。68年「5月革命」時以来の大規模なストライキだ。
【〔 〕内は訳者による補足】
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放置による死亡
『シュピーゲル』誌99年1月11日号
高齢者介護では、暴利をむさぼる者たちが横行し、ヘルパーは過労に陥っている。多くの高齢者が粗雑な扱いを受けて死亡し、検察が捜査している。連邦政府は新たな法案を提出しようとしており、介護保険制度は揺らいでいる。
ハンブルク市のエリー・ジーレマンさんは93歳になっていたが、まだかなり丈夫で、40年以上住んいたアパートで2匹の猫と静かに暮らしていくことを望んでいた。息子のハイナーさんは、その願いをかなえるために、介護サービス事業者に母親の世話を依頼した。
初めは、彼女はヘルパーたちに完全に満足していたようにみえた。だがそれから、どんどんやせていった。息子さんは苦情をうったえ、介護サービス事業者に母親に規則正しく食べさせ飲ませるようにと頼んだ。
しかしじきにエリーさんは衰弱して寝たきりになってしまう。その後まもなく、背中に床ずれが広がった。病院に送られた時にはすでに、潰瘍が食卓の皿ほどの大きさにまでなっていた。医師たちは、「不適切な介護による褥創(じょくそう)」と診断した。
エリーさんは手術にはよく耐えた。しかし、彼女は潰瘍にむしばまれすぎていた。医者もそれ以上は何もできず、まもなく彼女は亡くなった。
ハイナーさんは母親の死因を知って、じっとしてはいられず、調査を行った。その結果、その介護サービス事業者にはすでに一度別の女性が同様の死亡のしかたをした例があることが分かった。彼は告発に踏み切り、ついに検察が過失致死の容疑でその介護企業についての捜査を行うにいたった。
ジーレマン事件は、珍しい事件ではまったくない。先月、ハンブルク市の刑事警察は、市内の老人介護サービス事業者を調査した。検察はその間、重傷害および過失致死の容疑で11件の捜査に着手した。多くの介護サービス事業者で、高齢者が疑わしい状況で死亡している。
ドイツでは、170万人以上が介護保険から介護サービス給付を受けている。しかし、民営の介護サービス事業者の仕事についての監査と捜査で、ハンブルクと同様の状態が次々にみつかっている。ハンブルク大学病院のクラウス・ピュッシェル法医学主任教授はドイツ医師大会で、少なくとも全高齢者の4分の1は「重大な放置状態」に置かれていると警鐘をならした。
ヘッセン州地区疾病金庫(AOK)〔*〕の職員は、ライン・マイン地方の調査結果に驚愕した。介護者によって、ある老人男性は、包帯が皮膚に食い込むという悲惨な状態にさせられていた。施設では、やせ衰えた入所者が、1つのベッドに3人で寝かされている所もあった。リューベック市では、1つの老人ホームが閉鎖される際に54人も病院での治療を要した。
高齢者団体「グラウエ・パンター」(「灰色の豹」)の議長、トルーデ・ウンルーさんは、介護の欠如は「最悪の人権侵害」であり、「ヒットラーにさえなかったほどの高齢者への憎悪」を示していると言っている。
同時に、高齢者の窮状につけこんで野放図に暴利がむさぼられている。高齢者は、どのような介護が行われたのか、それでどのくらいの収入があげられているのかを確認することができない場合が多い。数百万マルク〔**〕にのぼる不正保険請求が数多く見つかっている。介護が必要な人のために使うべき資金が、いかがわしい私企業の口座に入っているのだ。
キリスト教民主同盟・社会同盟と自由民主党の連立政権が4年前に介護保険を導入したときは、当時の野党の多くの政治家さえ、それで介護問題はもう解決したも同然と考えていた。だが、それはとんでもないことだった。介護保険で、被保険者と雇用者が粗所得の1・7%を支払わなければならなくなったにもかかわらず、介護問題をいっそう悪化させたのだ。
というのは、ほとんど規制のない金儲けに、暴利を求める者が群がってきたからだ。医学はほとんど知らないのに、不正なやり口にはやたら詳しい者が集まってきたのだ。コール政権の大改革の大部分は、おりしも始まった「高齢者の年」のなかで、ずさんさを自己暴露していった。
疾病金庫の幹部、ボルフガング・ゲレスハイムさんは、「市場主義の介護法によって、疾病金庫は、市場に存在するいかがわしい〔介護サービスの〕供給者と一緒に働くことを余儀なくされている」とうったえている。
社会民主党のクリスティーネ・ベルクマン連邦家族相も、ずさんなことが多いことを認めている。彼女は、まじめな介護サービス供給者をダンピング競争から守る法案をこの夏までに提出しようとしている。また、自治体の老人ホーム監査当局によって事前通告なしの厳しい監査が必要だともいっている。
以前から保険方式による介護保険に激しく反対していたアンドレア・フィッシャー保健相は、介護法自体をも問題にしている。彼女は、代案として税方式が可能かどうかを専門家に調査させている。「この国会会期中に、原則上の問題をもう一度検討しなおしたい」と彼女は言っている。短期的には、介護を必要とする人とその家族に、たとえば相談窓口の増設などによってもっと情報を提供するという。
この春にも小規模な法改正をして、特にひどい状態をなくすべきだという。これまで、介護保険は、たとえば死亡の月の分の支払いをしていない。患者がたとえ30日目に死亡したとしても、支払いを受けられないのだ。
たしかに介護保険によって保健システムに市場が導入されたのだが、むしろいっそう多くの金が医療部門に流れ込むようになった。初めは政治家も、また疾病金庫の幹部も、新たに7万人の雇用が作られるということにまどわされていた。介護保険で年に300億マルクが支払われて、おじいさんとおばあさんの生活が楽になるということだった。
しかし、「高齢者援護機構」などの諸組織は、介護保険のシステムは計画したようにはうまく機能していないと警告している。「グラウエ・パンター」のクリスタ・アウレンバッハーさんは、「実に恐ろしいことに、よりによって最後の手段である法医学に警鐘をならされているのです」と言っている。
ハンブルク大学病院の法医学研究所の博士試験受験有資格者たちがハンブルクの1つの火葬場で約2500体の遺体を調査した。60歳以上の遺体のほぼ4分の1にいわゆる褥創があると診断された。褥創(床ずれ)は、疑問の余地がない放置の証拠だ。
この病気の始まりは、寝たきりになってから皮膚が赤くなることだ。高齢者は皮膚の血行が良くないため、急速に水疱ができて、その個所が傷つく。次が非常に苦痛がある段階で、開いた潰瘍が拡大し、筋肉と靱帯が見えるようになり、血液に毒がまわる。死亡だ。このような潰瘍を予防するためには、患者の体位をほぼ2時間ごとに変える必要がある。
このハンブルクの調査では、初期のものから骨が露出した恐るべき傷になったものまで、床ずれのあらゆるタイプが見つかった。連邦疾病金庫連合会の管理委員会〔公共機関を監査する機関〕のペーター・キルヒ議長は、介護サービス事業者には、「憤激にたえない」状態のものがあると言っている。
昨年、疾病金庫は医療保険メディカルサービス(MDK)〔***〕に対して、事態をもっとよく調べるように要請した。疾病金庫で介護を管轄しているハロルト・ケッセルハイム幹部は、「介護の現状を全部が全部悪いようには言うべきではないが、しかしわれわれが予想しなかった結果が出てきた」と語っている。多くのホームでは、夜間には資格のある看護婦が1人も配置されていない。そして、ほとんどの老人が動かずにベッドに寝ている時間があまりにも長すぎる。過労になった介護者が、休む時間を作るためにおむつ替えを乱雑にやっているのも恐ろしいことだという。
シュレスビッヒ・ホルシュタイン州では、疾病金庫が医療保険メディカルサービスを通じて50カ所の入所施設を詳しく調べた。その結果、適切な仕事をしていたのは、2カ所だけだった。他の施設はすべて、寝かせる時や薬の投与の時などの入所者の扱いが悪い。
教育訓練の水準も衝撃的だ。訓練された老人介護者は企業にとって高くつきすぎるので、速成の訓練をうけた人が介護者として働くことが多い。そういう介護者が受け取る金額は、訪問介護の場合、時間当たり14・5マルクだ。ディアコニー・ハンブルク〔ハンブルク新教社会奉仕団〕では、3晩のスピード訓練だ。この最小限の訓練では、床ずれについては枝葉末節のこととしてしか扱われない。このコースのある受講者は「この問題については、ほとんどの人は、すぐ忘れてしまう」といっている。
介護サービス事業者は、適切な介護と専門的な職員に対して、保険から十分な支払いを受けられないと主張している。ミュンヘンにある老人介護苦情窓口を担当しているクリスタ・エンペンさんは、「現在の介護基準は、スキャンダルです」と言っている。彼女の計算によると、平均して1人の介護者が24時間2・8人の要介護者を世話しなければならないことになるという。
ハンブルク保健介護協会は、ホスピス・サービスで年間約150人をみとっている。「われわれは夜も3回体位を変えなければなりませんが、それに対しては、介護保険は支払いません」とカリン・ヘルマー事務長はうったえている。介護の質の維持のために活動している団体の議長で看護婦のカリン・シュレーダー|ハルトビックさんは、「人員削減がさらに進められれば、床ずれ患者のいっそうの増加に直結する」といっている。
シュレスビッヒ・ホルシュタイン州のビューズムの町で小さな老人ホームを経営しているドローテア・ベームさんは、昨年ある覚醒昏睡の患者を受け入れた。彼は尻と腰に床ずれがあった。しかし、疾病金庫は4カ月にわたって1万5千マルクの特殊マットレスを買うことを拒否しつづけた。結局彼は、ベームさんには何もしてやれない状態になってしまい、入院しなければならなくなった。病院では、訓練された看護婦に「2万マルクもするハイテクを使って手厚く看護されなければならなかった」という。
改善の見通しはたっていない。介護基準の引き上げ及び人員増加をめぐる新教社会奉仕団、州の社会保障当局、疾病金庫の3者の交渉は、ものわかれに終わった。
多くの家族の怠慢にも、このひどい状態の責任はある。アウレンバッハーさんの経験によれば、「業者の介護に切り替えられたとたんに、毛布の下を見なくなる親族が多いんです。尻の傷に誰も注意しないのです」ということだ。
老人介護の場合、市場だけでは機能しないことが、ほとんどの保健専門家には分かってきた。ミュンヘンの人権侵害反対運動のスポークスマン、アレクサンダー・フライさんは、介護事業で大金が得られそうだとなると、老人に対する「数千件の傷害事件」が起こされるのだと批判している。「老人施設の多くの入所者は、ただただ悲惨な日々をすごしている一方で、ホームは金をむしり取っている」。
また、介護保険制度の導入によって、多くの看護婦と老人介護士が、収入を増やす見込みをもって独立していったということもある。投資として必要なものは通常、電話と車だけだった。4年間で介護サービス事業者の数はほぼ3倍になり、11500になった。しかし、多くの福祉労働者は独立した介護組織をつくっても過労に陥っただけだ。
ハンブルクには421の介護サービス事業者と149のホームがあり、疾病金庫幹部、ケッセルハイムさんがいうとおり「まったくの供給過剰」になっている。十分な収入をあげるためには多くの新しい介護サービス事業者には、2つの道しかない。患者の介護をいい加減にするか、それとも請求額をごまかすかだ。
ハンブルク州刑事局は、「介護特別捜査本部」を設置した。1997年、刑事局は、不正請求の嫌疑で119件、昨年はそれに加えて56件の捜査手続を行った。ほとんどのケースで、提供していないサービスについて疾病金庫に報酬を請求していた。
たとえばある介護サービス事業者は、要介護者が旅行で不在だった期間に、介護したことにして請求をおこなっていた。別の会社は、実際には隣に住んでいる人が世話を引き受けていただけなのに、専門家派遣の報酬を請求した。とっくに死亡していた人を介護していることにして請求を行ったあつかましい会社もあった。
インゴ・レーダー主任捜査官は、介護サービス事業者の設立について、「紙幣印刷のライセンスをもらうようなものだ」と語っている。ラインラント州では介護詐欺のトリックについて検察が調査しており、ニーダーザクセン州では「医療部門の不正請求調査委員会」が調査を行っている。
ニーダーザクセン州疾病金庫のハインツ・タンディッヒ組合長は、「介護業者に対する信頼が失われているので、疾病金庫が自分自身で不正請求調査に乗り出すようになってきている」と語っている。現在ハノーファー市だけで、疾病金庫が18の入所施設介護業者と2つの訪問介護業者に対する調査に乗り出している。
こういういかさま師たちは、これまではそもそも不正が見つかる危険を感じていなかったので、不正請求の手口は単純だった。たとえば、1回分の介護受領書をボールペンで2回分、3回分に書き換えたものが調査で見つかっている。
ヘッセン州疾病金庫のゲレスハイム組合長は昨年、州内の990の介護サービス事業者の大部分が自分の業務を「お手盛りで、何でも好きなことができるものだと思っている」と感じ、急いで9人の職員で調査班を作った。
その調査の結果は、暗澹たるものだった。調査した50の介護業者のうち、1つとして適正に業務を行っていたものはなかったのだ。たとえば私用のコンピュータを経費で購入していた等々の保険請求の不正だけだったものもあったが、患者をひどく放置していたケースがいくつもあった。
しかし全国規模でみると、いまでも穴だらけの監査しか行われていない。これは、専門的介護の矛盾でもある。疾病金庫や捜査官は、患者には頼れないからだ。多くの介護サービス提供者がひしめきあっている状態は、きわめて不透明であって、ほとんどの介護利用者は介護サービス事業者を選択することだけでくたびれてしまう。ヘッセン州の疾病金庫介護保険部のミヒャエラ・レーバー部長によると、「おばあさんは、パソコンを使わなければサービス提供の比較もできないっていうことですよ」と、この複雑なシステムを批判している。
ボンで「老人への暴力に反対する運動」の電話相談窓口を開いているフレート・エルケンスさんは、「明々白々な法律違反行為があっても、健康上の理由でこちらに電話することさえできない要介護者がいます」と語っている。
また、疾病金庫と当局が介護業者を調査するには法律的な困難性もある。ケルン県のエルフト郡のホームを管轄しているヘルマン・コマンダー監督官は、ホームに事前通告をしなければ調査に入れないとうったえている。何かを隠そうとして壁を作る介護サービス事業者が少なくない。「私は、親族の同意がないと、床ずれも、ほかのもっとひどいものも、毛布をはいで調べてみることさえできないんです」
品質保証書の交付も、この業界に透明性をもたらすことはできなかった。これまで介護サービス事業者は、おびただしい数の保証書を買い取ることができたのだ。ラインラントのT V〔技術監査協会(消費財の品質検査や工場施設などの定期検査をする組織)〕の印鑑をもらいたければ、9000マルクから20000マルクを払えばいいということなのだ。
白衣を着た無頼漢にとって、こういう介護のジャングルは、理想的な環境だ。
あるハンブルクの女性は自宅で99歳の母親を世話していたが、クリスマス前の3週間、旅行のために老人介護施設にあずけた。その女性が旅行から帰ってみると、母親は、以前は病気がなかったのに床ずれになって、飲食ができなくなっていた。先週の金曜日、母親は昏睡状態におちいった。
【ウード・ルードビッヒ、ゲオルク・マスコロ、ディルク・マイスナー、ベッティナ・ムザル、エリザベート・ニーヤール、バルバラ・シュミットの6人による共同記事】
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*地区疾病金庫(AOK)
地区単位の健康保険組合。介護保険法の施行以後、介護保険事務もAOKが運営している。ただし会計上は、医療保険の金庫と介護保険金庫は別になっている。
**マルク
1マルクは98年11月末のレートで約72円。
***「医療保険メディカルサービス」(MDK)
健康保険に関連する医学的審査等を行うために各州の地区疾病金庫連合会が設置している公法人。介護保険法の施行以後は、介護認定に関する審査もMDKが行うことになった。
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『シュピーゲル』99年1月25日号介護保険関係の投書
価格破壊者として利用
私はザールブリュッケン市の社会裁判所〔*〕で法律助言者をしていますが、最近ますます憤激にたえない事件が持ち込まれてきます。末期ガンの患者が要介護度Uとされて、つまり1日あたり最高60マルクにしかならなくて、どうして介護サービス事業者に2時間ごとに体位変換してもらえるでしょうか。これでは結局、専門介護員に交通費込みで5マルクしか払えないということです。この認定は、医療メディカルサービスによって行われたのです。貴誌の調査記事によれば、医療メディカルサービスは、介護の質に驚愕しているとのことですが。
ザールラント州シュパイゼン・エルファースベルク マンフレート・ブルーム
ハンブルク新教奉仕団が3晩のスピード訓練をしていると書いた貴誌の記事には大きな違和感があります。10年以上前から、ハンブルクの新教社会奉仕団では、高齢者、病人の介護の基礎コースがあります。そこではすでに教育訓練を受けている者もまだそれを受けていない者も、それぞれ1年以上にわたって75晩、総計300時間の教育訓練をうけて、熟練度を上げています。そのコースでは、介護は広い範囲で扱われ、床ずれ予防法についても集中的に教えられ、練習されます。コースの参加者は、家事や介護の経験がある人たちで、基礎コースで実践的知識を深め広げているのですから、最小限の訓練などは問題にもなりません。
ハンブルク市 ウータ・リュッペル 新教社会奉仕団
民間の介護サービス事業者は、福祉団体に対する価格破壊者として利用されているのです。基礎的介護の専門的労働力を投げ捨てることを法律的に可能にしたことが、貴誌が印象的に描いているように、破滅的で犯罪的な状態を招いたのです。
ゲッチンゲン市 ライナー・フォーゲル 在宅看護協会
貴誌のすばらしい記事の中で、家庭医の決定的な役割について1行もふれられていないことは残念です。家庭医が治療的介護と基礎的介護を医学的に処方し、場合によっては介護サービス事業者を選定することが、介護サービスを軌道に乗せるのです。家族医に日常的に必要とされる入念な観察と医療的・介護的な活動は、介護サービス事業者の水準の基準になるものです。もし、家庭医と介護者の話し合いが義務づけられていれば、記事の中でのように病気が進行することは、まず考えられません。
バーデン・ビュルテンブルク州イーリンゲン クルト・レルヒ
われわれ社団法人ハンブルク介護サービス事業者連盟は、100を超える民間の介護サービス事業者を組織していますが、介護の欠陥との関係でウンルーさんが、ヒットラーになぞらえたことにショックを受けています。たしかに在宅介護には問題があります。介護財政の不十分性によっても、訓練されていない介護者によっても、病気の人が二次的な病気になることがありえます。また、介護サービス事業者の中には、悪質なものもあるかもしれません。しかし、ここで人権侵害というのは不適切な表現です。それどころか、大多数の熱心で熟練した介護者への不信をあおるものです。
ハンブルク市 スザンネ・マイアー ハンブルク介護サービス事業者連盟
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*社会裁判所
社会保険(医療、介護、労災、失業、労働者年金、職員年金、鉱員、の各保険)についての行政不服申立などを管轄する裁判所。
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『シュピーゲル』誌99年3月1日号 最近の研究で、ドイツで数百人の高齢者が放置されて死亡していることが明らかにされた。疾病金庫も高齢者への補助を拒否している責任がある。
アウクスブルク市の内科医エーバーハルト・フォイファーさんは、彼のもっとも重症の患者が疾病金庫から補助給付を拒絶されているのを見かねて、政治に助けを求めた。バイエルン州のバルバラ・シュタム社会相にあてた手紙で、彼は自分の診療で経験したいくつかの例をあげた。たとえば、卒中発作を繰り返して10年来寝たきりの76歳の女性の場合、圧迫潰瘍を防ぐためには定期的にマッサージと体位変換をしなければならない。しかし、疾病金庫は必要な介護を給付することを拒否した。拒否理由は、77歳の夫がまだその介護ができるだろう、ということだ。
別の疾病金庫は、手術で重い脳損傷を受け、夫に介護されていた72歳の女性に電気介護ベッドを給付することを拒否した。請求拒否の理由は、彼女が新しい寝台を自分では操作できないから、というものだった。
フォイファー医師は、認定作業は「混乱」と「恣意」に支配されている−−特に車椅子と床ずれ防止用特殊マットの場合はそうだと述べている。
ドイツで高齢者と重病患者が悪い扱いを受けていること(『シュピーゲル』99年1月11日号)について、シュタム社会相は大筋承知している。バイエルン州、バーデン・ビュルテンブルク州、ザクセン州も、そして連邦段階でも、介護のひどい現状に対処するために新たな法案を準備している。
特に、介護施設の監査を強化することがその狙いだ。だが、監査強化はとても出来ないことだったのだ。というのは、ドイツ内の11000以上の介護サービス事業者のなかの素人や横領者だけが介護の矛盾に責任があるわけではないからだ。疾病金庫と医師は、自分たちが認めているよりはるかに多く、高齢者の苦しみに責任がある。
ハンブルクの新しい研究で、多くの要介護者がどんなにすさまじい状態にあるか明らかにされている。エッペンドルフ〔ハンブルク市北部〕にある大学病院の法医学研究所長のクラウス・ピュッシェル主任教授の調査では、ハンブルク市の全死亡者の11・2%に臥位が長すぎるために圧迫潰瘍になっていた。毎年400人のハンブルク市民が、いわゆる褥創(床ずれ)で死亡している。褥創とは、悪い介護によってできる、あの苦痛の激しい膿瘍のことだ。重い褥創患者の半分以上は、1つの介護ホームで暮らしていた。
寝たきり高齢者の苦境を短期的にやわらげるために、ハンブルクの刑事警察と検事局は試験的なプロジェクトを始めた。遺体からある程度以上に重度の床ずれが確認されたときは、直ちに捜査官に通報され、過失致死の嫌疑による通常の捜査手続に入るということだ。リューディガー・バッガー検事長は、「医師と介護者は、何年も前から知っていたにちがいないのに、皆黙っていた」「われわれは、悪質業者に圧力をかけたい。これが警告になって、効果をあげることができる」と語った。
ピュッシェル法医学研究所長は、保健当局の依頼で床ずれについて10222人の死者を調査させたが、その調査結果が、捜査当局を動かす最後のひと押しになったのだ。
ハンブルクのピュッシェル報告は、ミュンヘンにある国防大学の統計学者ライナイー・ペルカさんの計算と一致する。彼は、慢性傷調査のための研究で、ドイツでは病院患者の10%、老人ホーム・介護ホーム入所者の30%が床ずれにかかっていると算出した。75万人が介護犠牲者なのだ。
この数字は、避けえたはずの苦痛について物語っているだけでなく、医師と介護事業者が連合して金を浪費していることも示している。ペルカさんの費用対効果分析によると、「少なくとも50%は節約の可能性がある」という。床ずれになった後で高価な治療をするかわりに、熟練した介護によって床ずれが予防されていたとすれば、年間40億マルクが節約されていたはずだという。
アウクスブルクのフォイファー医師がいうように、困っている老人に対して疾病金庫と介護保険金庫が「緊縮的な処方」をしていることには、介護者も共同責任を負っている。連邦民間老人ホーム・介護ホーム・訪問サービス連盟(bpa)のベルント・テブス事務局長によれば、「ドイツでは在宅看護の約15%の処方が、理由なく拒否されている」。
金庫が拒否した例をあげよう。
▼床ずれにかかったある男性患者の治療を拒否した。彼の犯した誤りは、ゲエーストハハトとラッツェブルクにいる2人の娘に交互に世話されたということだ。彼のようなやり方は、〔介護保険制度の〕ガイドラインでは想定されていない。彼は、死亡した。
▼ある女性が事故の被害にあった時、彼女に必要なマットレスの支給を承認しなかった。女性の足は文字どおり腐敗していった。金庫は、両脚切断の後になってはじめてマットレスを支給した。
▼ブランデンブルク州の寝たきりの女性が薬を飲む時に付き添う費用の支給を拒否した。彼女は、肺の病気で、しかも視覚障害者で自分で薬を飲むことはできない。
介護関係組織bpaは、この拒絶的な態度の裏に「制度」の問題があるとみている。bpaは、金庫が困窮した老人を犠牲にして自分の財政状態をまもろうとしていると非難している。最近2年間で、ドイツの在宅看護への支出は約8億マルク減少した。昨年だけで、西ドイツ地区はこの分野で8・4%減少させており、東ドイツ地区にいたっては、15・3%も減少させた。
ザクセン・アンハルト州の疾病金庫の内部文書を入手して以来、bpaは批判を強めている。その文書の中に「違法な指示」があったという。たとえば、「床ずれの場合に適切に寝かせること」にも「薬の投与およびその監視」にも給付をするなと書いてある。
疾病金庫の主張によれば、このような措置は、介護保険の問題だという。しかし、介護作業リストには、圧迫潰瘍がある患者の体位変換を必要な定期性をもって行うことが定められていない。州によって異なるが、看護者は「寝かせる/ベッドを整える」という作業で、6・40マルク(ザクセン・アンハルト州〔旧東ドイツ地域〕)から7・80マルク(シュレスビッヒ・ホルシュタイン州〔旧西ドイツ地域〕)を受け取る。
そのうえ他の作業でも厳しく算定される(表参照)のだから、これでは、床ずれになりそうな患者に予防措置をすることは不可能だ。たとえば、骨折で完全に寝たきりになった患者が病院から来たら、1日に最低4回から5回は「体位変換」をしなければならないが、これには誰も支払いをしないのだ。
その結果、介護サービス事業者の中には自分が費用をかぶることを避けるために、その収入にならない作業を省略するところがでてくる。つまり、老人が放置されることになるのだ。
このようにして、病気の高齢者は、管轄争いの犠牲になっている。ホーム、家庭医、介護サービス事業者、疾病金庫、介護保険金庫、親族は、介護供給のコントロールをしていくかわりに、この非常事態の責任をなすりつけあっているのだ。
健康保険と介護保険は一緒に地区疾病金庫(AOK)ヤドイツ職員疾病金庫(DAK)の傘下に入っているにもかかわらず、費用をたらい回しにしている。医師は介護サービス事業者を非難し、不正請求が多数発見されて以来、金庫は介護企業を犯罪集団と見なしている。そして、介護者は介護者で、「〔金庫が〕必要な作業を乱暴に削ってしまう」(テブス事務局長)と非難している。
だが、この争いの当事者たちは中立的立場で自分自身を省みることはしないのだ。ハンブルクの消費者センターのクリストフ・クラニッヒさんは、「全当事者が、業界のじゃまになるものに対して、大連合を作っているような印象をうけます」「かれらは手の内を見せたがらないんです」と語っている。だから、独立の相談窓口・苦情窓口を作る計画に対して、介護者と金庫は数年前からずっと抵抗しているのであろう。
【ウード・ルードビッヒ、アンドレアス・ウルリッヒの共同記事】
(おわり)
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