翻訳資料-2
新興市場の金融システムの修復と再建
98年9月9日 サマーズ米財務副長官
村上和幸訳
【解説】
八月三十一日、ニューヨーク株式相場はついに八〇〇〇jを割り、以後乱高下しつつも暴落を続けている。米国のヘッジフォンド各社の巨額の損失も相次いで表面化した。
本資料は、こうした事態のさなかの九月九日に、米国連邦預金保険機構主催の政策当局者や経済専門家を集めた会議で行われた講演である。ここでサマーズは、まずアジア危機の世界的な大きさ、深刻さ、その解決困難性を強調している。そして、その労働者人民への過酷な影響を認識しながらも、なおかつ世界基準=米帝の基準へのアジア経済の統合を強硬に要求している。アジアの地場の金融機関の帝国主義への全面的情報開示=無条件の全面従属をはじめとして、いっそうのアジア支配の自由化を求めているのである。
講演の結論部分では、日本の銀行システムの問題こそすべての軸だと主張している。世界大恐慌の現実化の情勢の中で、アジア勢力圏化をめぐる日米争闘戦は、一挙に激化している。侵略戦争・帝国主義戦争が急接近しているのである。
反帝・反スタ世界革命で、この戦争への道を断ち切ろう。
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【新興市場の金融システムの修復と再建】
一年あまり前アジアで始まった危機は、ロシアなどにも広がり、世界中の市場に懸念をよびおこした。そのためわれわれは、新たな難局にある。ただ、次のことは確実である。つまり、困難に陥った金融システムの修復、および将来のための健全な金融システムの構築は、ともにこの難局を安全に乗り切るために不可欠なのである。
ここで私は、これらの課題を一つひとつ論じ、新興市場経済諸国の金融システムの強化および現在のアジアの金融部門の深刻な危機への果敢な取り組みに向けた一般原則について述べたい。しかしまず初めに、若干のことを全般的に確認しておこう。
T 金融の中軸性および歴史の教訓
今週のワシントン・ポストでは、融資の断絶と金融崩壊は、収益や損失の問題よりはるかに深刻な人道的影響をもたらすと論じられている。今日韓国では、十一歳の子が物乞いをするために学校をやめさせられ、また三世代続いた農家が破産している。しかし、かりにこうした国々がこの危機から誤った教訓を汲み取るなら、つまり、「世界システムからの撤退が正しく、機能的な市場経済の構築は誤りだ」と考えるようになるなら、もっと大きな破局になってしまう。残念なことに、この懸念には、根拠がなくもない。金融の誕生以来、金融の混乱も存在した。しかし、国際金融の一員としての行動−−義務と契約を守り、例外的事態において必要なら債権者と協力して対処する−−は、世界共同体のメンバーとしてその利益と支援を得るために不可欠である。改革・協力のかわりに一国的な一方的措置をとる諸国は、世界システムを傷つけ、世界市場との結合を断ち切り、なによりも自国民の将来を害する。
したがって、何が基本的な目標であるべきか、何がその手段となるかは明らかである。市場原理の方向への前進にもとづいた発展途上諸国の急速な成長の継続、そして世界経済へのさらに緊密な統合こそ、われわれすべてが望んでいる。世界中の資本の移動を止めることではなく、この資本が効率的に流れそれが持続するような金融システムを構築することである。
近年の金融部門の問題からまぬがれている国はない。これに対処する最善の方法を見出す知恵を独占している国もない。今回の危機発生以前でも、IMF加盟諸国の三分の二以上の先進国も途上国もが、この十五年間に重大な銀行問題に直面し、経済と納税者に多大な負担となってきた。
スペインは、銀行問題の解決のために結局GDPの一五%を支出した。チリでは、二〇%弱である。米国のS&L〔貯蓄金融機関〕危機では、納税者に結局GDPの約三%の負担をかけた。監督・規制における誤りが、危機発生の一因となり、危機を長引かせ、負担額を膨れ上がらせたのである。
しかし、これらは教訓となった。最近の事態で明らかなことは、これらの教訓を個々の国のレベルでも国際的レベルでも適用することが必要だということである。
かなり前から米国は、工業諸国および発展途上国の政府の間で、国際金融の仕組みについての密接な討議を提唱する先頭に立っている。この討議は、四月に始まり、リヨン・サミットで手はずが決められたG7の取り組みに支えられている。この討議は、多岐にわたる建設的なもので、改革の可能性がある多数の領域をカバーしていくことになる。個々の案件は、国際的な作業部会の結論を待って練り上げられる。さてここで、まず危機を回避し、また危機発生時にはそれを効果的に解決するための、国内金融システム強化についての全般的な原則をざっとみていこう。
U 国内金融システム強化についての原則
金融危機の危険を少なくするには、まず国際的な資本の流れの量を減らすのではなく、その質を上げることである。アジアのこの数ヵ月間の事態は(その多くは過去に他の諸国でもおこったが)インセンティブが歪められ、国内的規制・監督が不十分である時に資本の出入りを開放することが危険だということを示している。良好な経済的機会を求めて資本が流入することは良いことである。しかし、政府の保証を求めて、あるいは標準的なリスクを免れていると思い込んで資本が流入することは、まったく別問題である。
新興市場諸国の課題は、資本自由化のペースを落すことというよりも、資本が最も高い収益をあげる用途に流れるような環境を作るペースを上げることである。つまり、金融的な不均衡が生じる確率を下げるように、またその不均衡が生じた場合にはその影響を封じ込めるように、政府が法律や規則によって市場を支援していくことである。
経験、特に昨年の経験によって、強力で効果的な銀行システムを作るための多くの不可欠の要素が明らかになっている。
それらの要素の第一は、強力な監督体制である。つまり、参入条件の厳格化、資本・流動性・通貨総与信額についての基準の引締め、(縁故者への貸付け)の制限、所得の認定・分類・規定の基準の厳密化、報告・情報開示の義務、リスクをベースにした救済の仕組み、連結会社を含めた監査、および破綻機関への対処の有効な枠組みである。
アジア危機は巨額の(縁故者への貸付け)の危険を米国にもたらした。その多くは暗黙のまたは明示の政府保証の約束をもとにして行われた、不透明なものである。最近、多くの人々がモラル・ハザード〔自己責任意識の喪失〕の問題を指摘している。こうした諸国の中での資本の不適切な投下におけるモラル・ハザード問題について、これまであまりにも軽く扱われてきたのである。
第二は、規則と基準を、十分な銀行検査システムによって貫徹しなければならない。監督のためには、それらを順守させる力を持った独立した銀行監視当局が必要である。リスク資本比率が優良なだけでは不十分である。銀行検査のプロセスは、貸出しの質と内部審査の問題に焦点をあてて、現場で、詳細に、規則的に、完全に行うべきである。たとえば帳簿が整っていることは結構である。しかし、企業が、返済力を生みだせないような国内資産にもとづいて外貨借入れの返済の契約をしているなら、結構な帳簿も何にもならない。
危機発生の直後からIMFは、銀行監督および信用管理の明らかな失敗に対処するために、債権の分類をもっと実効性があるものにすることや他の諸措置のために、タイ、韓国、インドネシアとともに作業してきた。危機発生にいたるまで、これらの国の金融機関の債権の分類や貸出しの実務の実像を知ることは、市場参加者にとって=cd=ba52=cd=ba52監督者にとってさえ=cd=ba52=cd=ba52事実上不可能であった。個々の金融機関のレベルでも、また監督機関全般にわたって実効性あるリスク管理が全般的に欠如していたことが、アジア危機において過剰に外貨負債が増大した決定的な要因である。そしてこれが、今後の国際的な改革作業の中心となる。
しかし、この危機の深さをみるなら、第三の要素が必要になる。つまり、個々の金融機関や企業における真の信用文化である。それは結局、法の支配にもとづくものである。それには特に、司法の独立や効果的な破産制度などが重要である。公衆が、国内の金融機関の安全性と廉潔性を信頼するためには、汚職やその他の違法行為が罰せられずにすむようなことがあってはならない。
この危機でわかったことは、これらの国の国内経済の急速な発展とその世界金融市場への密接な統合に、監督と強力な金融インフラが完全には追いつかなかったということである。すでにベイスル委員会は、効果的な銀行監督についての中心的な原則を練り上げている。これは、各国レベルで監督を改善するための青写真になりうるものである。証券監督者国際機構(IOSCO)も、同様なプロジェクトに取り組んでいる。アジアの事態によって、コーポレート・ガバナンス〔企業統治〕の分野での中心的な原則の練り上げなども焦点になってきている。
しかし、共通の基準や原則は、各国や諸機関が実行しなければ役に立たない。実際、言葉と行為の落差が大きいことはよくあることである。危機をタイムリーに予防し、危機の連鎖を防ぐための地球規模での共同の取り組みには、インセンティブ・メカニズムの強化についての創造的な思考が必要である。とりわけ市場自身の規律効果を強化するためには、情報開示義務の拡大が重要である。
国際的な金融機関のあいだでのこの分野での協力を改善し、金融部門の能力を高めるための最近の取り組みについても、ここで検討しておこう。
これに関して強調すべきことは、金融部門への外資参入が、極めて有意義な役割をはたしうるということである。金融サービスに関する昨年のWTOの協定は、参加諸国を開放に踏み切らせ、外国の金融サービス提供者=cd=ba52=cd=ba52および金融サービス提供者がもたらすすべての資本、専門知識、競争圧力=cd=ba52=cd=ba52を後押しするもので、歴史的な一歩といえる。米国においては、州を超えた銀行業が、より多様性に富み、より安定性があることにかなり以前から注目されていた。これと同じように、金融の国際化の拡大は、資本のコストを下げると同時にリスクも減らすことができるのである。
メキシコ・アルゼンチン両国は、この教訓の適用に成功した。一九九五年のメキシコ・ペソ危機の直後から、外資の金融部門への広範な参入が促されたのである。韓国とタイの改革プログラムには、国内経済の大幅な自由化に加えて、金融部門の根本的な改革が含まれていて、これらの措置を支えるものとして、外資の競争や参入が期待されている。
V 金融部門の問題を解決するための原則
ここまで私は、健全で持続性のある銀行システムを構築するための基本的要素について考察してきた。しかし、いくつかの国が現在直面している課題は、急性的な経済危機における極めて急迫した金融システムを修復することである。しかし周知のように、金融危機においては他の危機と違って、その原因になったことを単に止めるだけでは解決に向かわないということがある。むしろ逆であることが多いのである。アジア危機の解決のためには、その危機をもたらしたものをよみがえらせる必要がある。
簡単にいえば、この矛盾は次のようなものである。アジア諸国の経済は、企業部門への貸付けの流れが再開しなければ回復しない。しかし貸付け業務は、銀行の資本構成を変えること、そして企業の債務負担を査定し軽減することなしには、再開されない。だがまた、銀行・企業・規制者の活動の根本的変更なしに単純に信用供与を再開することは、過去と同じ誤りを繰り返す危険を冒すことになる。企業の負債/自己資本比率と不良債権の問題が発生しつづける。
わが国も、さいわい規模は違ったが、かつてS&L危機の際に同じ矛盾に直面した。公平に言っておけば、わが国の当局もこの危機の初めには、クレジット・クランチ〔金融の極度のひっ迫〕の恐れを過大に重視し、銀行の適切な監督と規制の問題を過小に評価していた。その結果、内在的な問題がさらに膨らんでしまったわけである。ただ、数年後にクレジット・クランチ問題の兆候は、たしかに発生したが。
タイ・韓国・インドネシアは、それぞれ銀行部門の問題に取り組み、銀行や金融会社を閉鎖したり、それらに介入したりしてきている。この三国では、問題は、当初予想されたよりはるかに大きく、複雑であることが明らかになってきた=cd=ba52=cd=ba52成長への影響も、きわめて厳しいものである。リストラにかかる費用についての政府の見積りは、インドネシアの場合は二〇〇億j、韓国の場合は一〇〇〇億jにのぼる。
アジア諸国と企業が危機を脱し、その金融部門が再び確固たる地歩を占めることを助けるための正しい戦略に、国際社会は巨大な利害をもっている。課題は膨大である。しかし、昨年の取り組みは、重要な教訓をもたらした。
第一に、システムの危機を解決するための戦略は、金融部門の個別的な問題への対処に必要なものとはまったく異なっているということである。「強力な」企業さえ水面下に没している時に、ケース・バイ・ケースのアプローチをすることは難しくなっている。
第二に、システムとしての金融危機の環境の中では、金融部門のリストラは、企業のリストラと切り離して行うことは不可能である。だから、先月タイがこの論理を認めて、大きな資本構成の変更計画を発表したことは、歓迎すべき動きといえる。
第三に、政府は、非常に巨額の公的資金を積極的に支出すべきである。財政的な懸念があることは理解できる。しかし歴史が示しているように、巨額の公的支出を先送りにして遅らせる政府は、結局は危機を長引かせ、危機を拡大する。
第四に、危機にある銀行システムに対する流動性支援の継続は、その国にそれを効果的に遂行する金融組織が無い場合には、極度に困難である。危機に陥った多くの国では、たとえば、発達した国債市場がなく、そのため、公開市場操作の余地が狭くなっている。あるいは不可能になっている。ここでも、新たな創造的な解決が求められている。
第五に、不良資産の処理のための効果的な戦略を見いだすことに精力を注ぐ必要がある。政府は、銀行の貸借対照表から不良資産を除き、市場がクリアになるように不良資産を処理するべきである。これまでこうした作業は、アジアでは、償還請求権を有する多数の債権者によって著しく阻害されてきた。危機に陥った諸国の立法府のなかには、この問題に取り組むことを明らかにしたものもいくつかあるが、ボトルネックを突破するには、もっと包括的な変革(そしてもっと簡便な情報開示手続き)が必要である。
そして第六に、こうした諸国は、事前的にも事後的にも収支が合うような預金保険の仕組みを構築する必要がある。そして、銀行がリストラされる場合に、信頼性の問題を起こすことなくそれを行うべきである。むろん、安定を損ない、財政に過大な負担をかける安直な支出を避けることは言うまでもない。一方で広範なヤミの保証が危機の大きな原因だったと信じられているが、信頼しうる明快な預金保証の欠如のために銀行に見境のない圧力がかかって危機を促進したこともあったのである。
この会議が取り組んでいる課題は、地球規模の政策担当者が直面する、どんな困難な時期におけるどんな課題にも匹敵する重要なものである。この難問の解答には、多数の要素が含まれるが、銀行部門の諸問題−−特に日本の諸問題−−への効果的な対処がきわめて重要な部分となっている。しかし、将来、金融市場が統合されていけば、その果実はいっそう大きなものとなる。
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