翻訳資料
組合破壊・搾取強化に米・豪労働者が大反撃
『エコノミスト』98年4月18日号
松永 洋訳
【解説】
ここに紹介する初めの記事は、アメリカの結成されて間もない労働組合のストライキを報じたものである。
平坦で広大な国土を持つアメリカで大きな位置を占めている湖・河川・運河を使った運送にたずさわる労働者たちの作られて間もない労組の闘いである。
二番目の記事は、戦闘的な伝統を誇るオーストラリアの海運労働組合(MUA)を壊滅させようとする資本と政府に対する労働者の闘いを報道している。
この二つの記事を掲載した『エコノミスト』の基本的性格は、イギリス帝国主義ブルジョアジーのための情報誌であり、また広報誌であるといえる。特に八〇年代以降は、長年にわたって、いわゆる新自由主義のイデオロギーを主張してきた。サッチャー・レーガン・中曽根流の規制緩和・行革・経済のグローバル化・労働運動破壊を推進してきたのである。だが、この『エコノミスト』でさえ、当のアメリカ・イギリスを始めとする世界的な労働運動再生の動きに動転し、また「絶好調」と自称するアメリカ経済のバブル崩壊の予兆に脅えているのである。
第一の記事のアメリカの内陸水運労働者の闘いは、昨年夏、世界最大の小荷物運送業者UPS社の八万五千人の労働者のスト勝利以降、アメリカ労働運動が戦闘的に再生してきている情勢を象徴している。
八〇年代のレーガン政権以来、アメリカ帝国主義は労働者階級が数世紀にわたって勝ち取ってきた既得権を徹底的に否定し、労働者に犠牲を集中することによって、資本の利益をはかってきた。労働組合の破壊をテコにして、賃金、労働時間、安全、医療、雇用安定、教育、年金、税制など、すべての面で搾取強化・労働者の生活破壊が強行された。
貧富の格差は、激しく拡大している。七六年には上から一〇%の富裕層が、アメリカの資産のほぼ半分を所有していた。九五年には、この一〇%の層の資産が、アメリカの総資産の七〇%を占めるにいたった。労働者の実質賃金は七三年が最高水準であり、それ以来二十五年間、下降傾向を続けている。賃金下降に、社会保障破壊が追い討ちをかけた。七九年には、民間部門の労働者の約七〇%が健康保険を持っていた。だが、保険料の企業側持ち分の急落などによって、九三年には、健康保険がある労働者の率は六四%に下落した。一九九六年現在、四千百七十万人のアメリカ人には、条件の悪い健康保険を含め、健康保険が一切ない。この無保険者の数は、九五年より百十万人も増えている。
このように次々に生活破壊の攻撃がかけられていることに対して、アメリカの労働者階級はついに広範な反転攻勢を開始した。
第二の記事、オーストラリアの海運労組破壊は,すでに新たな二十九年型世界恐慌の過程が開始されている中での世界的な階級間激突の動きを示している。
オーストラリアは,すでに八〇年代から労働党政権下で産業別労組の破壊・企業別労組化、連帯ストの禁止などの労働法制改悪の動きが激化していたが、労働者階級の戦闘的な闘いの結果、こうした攻撃は現場で撃退されてきた。だが九六年三月に成立した保守連立政権は、発足直後の五月に、「職場関係法案」(新労使関係法案)提で、十一月成立というテンポで、従来の労資関係法制を一変させていった。この法律の内容は,(1)組合保護条項の廃止(クローズドショップ条項の禁止など)。非組合員と資本との交渉に組合が介入する権利の否定。組合員がいない職場では、協定等違反の調査のためであっても、組合の職場立ち入りを原則禁止。(2)交渉期間外のスト、第二次ボイコット(連帯ストなど)の禁止強化。特に貿易に影響を与えるボイコットの厳重禁止(国際連帯の破壊)。(3)連邦労使関係委員会(AIRC)の権限を大幅に縮小し、労働者保護的役割を極小化し、(4)パートタイム・臨時労働者の数を制限するAIRCの権限も廃止し、(5)解雇不当の申立に対して、AIRCは、解雇の手続き上の問題については審査しなくなり、また解雇の金銭補償命令を出すに当たっては企業の経営環境を考慮する義務を負う、などである。
この新法をうけて、資本の労働運動破壊は一挙に激化した。たとえば、多国籍大鉱業資本リオ・チント社は、労組が勝ち取ってきた協約・労働慣行を破壊し、個別労働者との契約に切り換えようとしてきた。この大攻撃にたいして労働者の怒りは煮えたぎっている。鉱山労働者の組合CRMEUは、同社のハンターバレー鉱山では六週間におよぶ大ストライキに決起した。
特に港湾労働者は、本文記事からも分かるように戦闘的な闘いの経験を蓄積し、職場支配権を確立してきた力強い労働者部隊であり、国際主義的な闘いを積み上げてきている。イギリス・リバプールの港湾労働者の解雇反対、九六年のインドネシア福祉労働組合(同国史上最大のゼネストを貫徹した政府非公認組合)指導者の騒擾罪逮捕反対などを、荷役ボイコット闘争として実力で貫徹してきたのである。いかに政府・資本が港湾労働者に攻撃を集中しようと、港湾労働者の闘いを抑えられるものではない。五月四日、港湾労働者は、オーストラリア連邦高裁の復職仮処分決定(仮処分の最終審)を勝ち取った。
世界各地の港湾労組とともに、日本の全港湾も四月二十二日に、非労組員を使って積込みをしたオーストラリア船の荷役拒否を決定し、連帯を示した。
アボリジニー(先住民族)の先住権、土地使用・所有権回復要求の闘いは、長い闘いのすえ九二年、北部のマリー島のマボ氏が歴史的な最高裁勝利判決を勝ち取り、現在、さらに広範な闘いが発展している。
ガイドライン関連法案阻止、労働法制改悪阻止の闘いを大爆発させ、全世界の労働者階級との連帯を圧倒的に前進させよう。
【〔 〕内の補足、小見出しは訳者】
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【米・豪労働者の大反撃】
◆アメリカ内陸水運労働者のスト
五大湖からメキシコ湾にいたるアメリカの内陸水路では、列車のように何隻も長大に連結したバージ(はしけ)で、穀物・石油・金属スクラップ・化学物質などが運搬されている。このバージの列を動かしているのが、タグボート(引き船または押し船)の操船手である。
●家族と電話もできない
タグボートの操船手は、生活の厳しさを訴えている。十二時間交代の労働が三十日間も連続し、しかも残業手当や休日労働手当がつかない。その他の手当もほとんどない。そのうえ、家族の心配がある。水運会社の中には、家族からかかってくる電話を切ってしまうところもある。手紙が寄港地に間に合うように着くことは少ない。食事も悪い。以前は水運会社はみな、タグボートにコックを乗せていたが、今は、自分で食事を電子レンジで暖めるだけである。船が港に着いても、操船手は下船を許されない。
紙の上では年収四万〜五万ドルで、給料は良いように見える。しかし、操船手たちが言うには、時間給に直すとトラックや鉄道の運転手の平均給与の半分である。また会社は、安全・環境保護法令違反を操船手に強いているという(会社側は否定しているが)。その一例として、油と水を分離する装置がないので、油の混じった船底水が河川に捨てられているということが挙げられている。
このような問題についての経営側との数ヵ月に及ぶ交渉が決裂したため、四月四日、操船手たちはドラスティックな行動に打って出た。アメリカの三千人の操船手のうち三分の一を組織する「パイロッツ・アグリー」という労働組合がストライキを指令したのである。このストは、出だしこそ鈍かったが、現在ではミシシッピ川とその支流を押さえている。四月八日には、サン・ルイ、ヒューストン、モービール、メンフィスを始め、ミシシッピ川沿岸とメキシコ湾岸の十二の港でピケが開始された。ストによって、オハイオ川の石炭積み出しが止められ、ニューオーリンズの穀物積み込みが遅延させらされている。おそらく数週間のうちに、会社側はスト代替要員を入れ、決定的な衝突がおこるであろう。だが、スト代替要員の数は足りそうもない。
●未熟練者の使用で事故多発
また、安全問題も発生している。パイロッツ・アグリーのディッキー・メイズ議長によれば、現在、〔昼夜〕交代なしで一人乗務で操船しているタグボートもあるという。また、会社側がスト中の労働者の代わりに無資格者を使えるようにと沿岸警備隊が安全規則をゆるめているため、事故が増加しているという。四月八日には、バージの列がイリノイ川のフローレンス近くの道路橋に衝突した。ミシシッピ川でおきた別の事故では、イリノイ州アルトン近くの船舶昇降用の水門が数時間使えなくなった。また、三隻のバージがサン・ルイのカジノ観光船に衝突したときには、二千人の乗客が避難する事態になった。
沿岸警備隊は、安全規則を無視しているとされていることについては否定している。無資格の操船手を使ったタグボートは取り締まっているが、春には川の水量が増え、流速が速くなって例年航行の危険が高まるのだといっている。●AFL−CIO全国的支援へ
労組側は、操船手の九〇%がストに参加している大手内陸水運会社がいくつもあると言っているが、大部分の会社の発表によれば、運行にはほとんど影響が出ていないという。しかし、ストが長引けば、そうも言っていられなくなる。内陸水運で運ばれる貨物は、簡単には鉄道やトラックに振り替えがきかない。アメリカは、自動車の車体を作る鋼板やパン用の小麦粉の不足に直面しかねないのである。
実際にこうした結果にまでいたると考えている者は、ほとんどいない。たしかに、いわば巨人である水運会社に対して、操船手組合はまだ一年前に生まれたばかりのひよこにすぎない。しかしこの組合には、強力な支援がある。今年初め、操船手組合は航海士・船長・パイロット国際組合に加入した。この組合は、強力な国際沖仲仕協会の一組織である。また、AFL−CIOのジョン・スウィーニー議長は、操船手組合を全力で支援することを約束している。
このストで労働条件を改善できるかどうかはともかく、すでに操船手たちは一つの成果を勝ち取っている。つまり、アメリカの繁栄は、今も操船手のたくましい腕と技によって運ばれていることを全国に知らしめたことである。
◆全員解雇に反撃するオーストラリア港湾労働者
二年前にオーストラリアの首相に選出される前、ジョン・ハワードは「心地良い、リラックスした国」を実現すると有権者に公約した。しかしその実現は、はるかに遠のいたようである。
港湾は戦場になった。そして議会では土地の権利が大問題になっている。
●組合員だからと全員解雇
四月七日、オーストラリア第二の港湾荷役会社であるパトリック社が、荷役労働者千四百人を一人残らず解雇した。翌朝のテレビと新聞では、犬を連れた屈強なガードマンが港を警備している様子が報道された。パトリック社の港湾労働者はオーストラリア海運労組に全員加盟している。パトリック社は、労組員を解雇し、非労組員の契約労働者で置き換えたのである。ここから、オーストラリアでは近年最大の激突が始まった。
これは局所的な衝突ではなく、保守連立ハワード政権自体の威信がかかった激突である。オーストラリアの港湾を一世紀近くも支配してきた労組の力を打ち破ろうというパトリック社の政策は、政府が肩入れしている政策なのである。ハワード首相は、パトリック社が労組員を迅速かつ冷徹に解雇したことは「オーストラリアの労使関係の決定的な転機になる」と述べた。たしかに、そうなる可能性は高い。
そして首相は、港湾の改革と効率化への政府の決意を示すことは、おそらくこの十月にも行われることになる総選挙での得票を増やすことになると見込んでいるのである。
四月八日、上院は政府の土地法案の二回目の否決を行った。この政府の土地法案は、アボリジニー〔先住民族〕が広大な農業地域の土地に対して主張している権利=「先住権」に厳重な制限を加えようというものである。この法案は、最高裁が一九九六年に、農業経営と先住権は共存しうるという判決を出したことに対する政府側の対応であった。だが、政府は上院では過半数を持っていないため、政府案よりも広範な権利をアボリジニーに認める上院修正案が出され、政府(および政府案を支持する農場経営者たち)も、上院修正案を受け入れようとした。だが、それでも上院では土地法案が二度にわたって否決されたことによって、ハワード首相は、上下両院を解散してこの問題について民意を問うことができるようになったのである。
一九九六年に政権を取って以来、ハワード首相は弱体で優柔不断だと見られ、世論調査での支持率は下降線をたどってきた。ハワード首相は、こうした批判を退けるために、港湾紛争と土地所有権の戦いへの対処で、強力な指導者であることを示そうとしているのである。
港湾での闘いの展開の中で、ハワード首相のパトリック社への肩入れの正しさが明らかになってきたようである。労組員解雇の一週間後には、オーストラリアのほとんどの港で契約労働者が荷揚作業を行った。オーストラリアの港湾が港湾労組によって労働条件ががんじがらめにされて先進諸国の中でもっとも非効率的になっているという評価をひっくり返したい、と政府は言明している。シドニー港とブリスベン港は特に作業が遅く、外国の効率的な港では一時間に三十個のコンテナを処理するのに比べて、二十個しか処理できない。政府の目標は、時間当たり二十五個だという。
●軍隊式の反労組作戦
だがそれは、痛みなしには実現できない。今週、港湾労働者とその家族がピケットラインを張って警察と衝突した時の光景はひどいものだった。目出し帽をかぶって顔を隠した契約労働者とガードマンがヘリコプターに乗ってピケットラインを越えた場面を見て、一般のオーストラリア人は動揺した。世論調査によれば、この反労組作戦が軍隊式のスタイルで行われたことについて世論は割れている。
昨年、「二次的ボイコット」つまり連帯ストを禁止する法律が制定されたため、労組の広範な支持行動は抑えられている。その代わりに、この紛争は法廷に持ち込まれた。海運労組は、パトリック社と政府が共謀して不法に労組員を解雇したと主張している。
(おわり)
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