翻訳資料
●翻訳資料 QDR(4年ごとの戦力見直し)(中)
アメリカ国防省 1997年5月19日発表
松永洋訳
【ゴシックによる強調と〔 〕内の補足は訳者】
●国際環境の形成
……わが国の防衛活動は、世界の中の多くの決定的地域において、地域の安定性を高め、紛争や脅威を予防し、減少させ、日常的に侵略や脅迫を抑止している。そのため国防省は、次のような多様な手段を用いている。すなわち、恒常的に海外に駐留する部隊、交代で海外に展開する部隊、演習・共同訓練・軍間交流のため一時的に展開する部隊、防衛協力・安全保障援助・国際軍事教育訓練計画(IMET)等の諸企画である。
国際環境を形成する国防省の役割は、わが国の外交活動と密接に結合している。世界のすべての地域での米国の目標の達成のために、各地域に駐在する外交官と武官は日常的に協力しており、危機の時には、外交は、連合のパートナーとの協力や基地・施設の利用を求める際に決定的な役割を果たし、軍事力を倍増させる。逆に、軍事的対応力を背後の支えとすることで、外交の力は強化される。
●地域の安定性を高める
わが軍は、他の政府機関と協力し、さまざまな方法で地域の安定性を高め、国家安全保障戦略を支えている。米国が死活的あるいは重要な利益を持っている諸地域において、米軍は、カギになる同盟国・友好国の安全保障を支え、核になる同盟と連合を、変転する安全保障環境に対処できるように適応させ、強化している。こうした取り組みは、軍の透明性と信頼性を高める二国間関係、多国間関係を作りだす。そして、米軍は、ゆるぎない味方でもなければ明確な敵でもない諸国が将来敵になることを防ぐ良い手段ともなる……
●紛争・脅威の予防ないし削減
わが国の戦略のもう一つの要素は、米軍および国防省の他の手段を使って、脅威と紛争を予防し、あるいは減少させることである。これが、わが軍を海外に維持し、平時関与活動を遂行し、さまざまな政治的企画に出資する決定的な理由である。このような予防的措置には、次の活動などがある。
▽〔九四年十月の〕米朝基本合意やロシア・ウクライナ・ベラルーシ・カザフスタンとの間でかわされた協力的脅威削減協力計画で行ったように、NBC〔核・生物・化学(兵器)〕能力を実際に削減、除去すること
▽国防省が、核拡散防止条約や弾道ミサイル技術管理レジーム〔MTCR〕などの軍備管理合意の実施状況監視と強化の活動を行うことによって、軍拡やNBC兵器の拡散を抑制すること
▽国防省が情報収集能力の強化と決定的な施設の防御を行い、テロリズムの将来の発生を予防・抑止し、テロ活動に対する米国の弱点を減らしていくこと
▽非合法の麻薬の製造と米国への流入を削減するために、わが国の沿岸や南部国境で活動している、政府諸機関の統合対策部隊への国防省の支援
▽マケドニアへの米軍の展開によって行ったように、紛争の諸条件を減らしていくこと
以上のような目標を絞った予防措置は、比較的小さな、時宜にかなった投資であり、投資の割に利益がきわめて大きい。それは、後に、はるかに費用のかかる対処をする必要性がでてくることを抑えるられることが多い。
●侵略と強要の抑止
……
◆あらゆる種類の危機への対処
われわれが最善の努力をして国際安全保障環境を形成したとしても、わが国の利益を守り、わが国の決意を示し、あるいは世界のリーダーとしての役割をあらためて明確に示すために、米軍が危機への対処を求められる時もある。したがって、米軍はあらゆる種類の軍事作戦を遂行する能力を持たねばならない。それは、敵の侵略あるいは有事における脅迫の抑止から同時発生の複数の小規模有事作戦の遂行、そして大規模戦域戦争を戦い、勝利することに至るまでの様々な軍事作戦である。
米国は、自国の利益を一国で守る能力を保持するが、危機への対処の際は、同じ目的をもった諸国と協調して行動するほうがおおむね有利である。……しかし、連合を作り、維持するには、戦略レベルでの政策調整から戦術レベルでのさまざまな軍の間の相互運用性の問題に至るまでの大仕事が必要になる。米軍は、他のどの軍よりも速いテンポで新しい技術と作戦概念を吸収しているのであるから、新たな相互運用性の確保のためには、入念な計画と協力が必要になってくる。……
●小規模有事(SSC)作戦の遂行
通常米国は、他の国際社会とともに、局地的紛争と危機に軍事的対応が必要になる前に、それを予防し、封じ込めることを追求する。しかし、その努力が成功しない場合には、軍の迅速な介入によって、封じ込め、解決し、あるいは紛争の影響を軽減する。……
近年の経験と情報分析から予測すれば、今後十五〜二十年は、小規模有事作戦の必要性は高いままだと思われる。小規模有事作戦への米国の参加は、そこにかかっている利益と他の地域での大規模侵略の危険性などを基準にして数を絞って行うべきである。とはいえ、小規模有事作戦は、二〇一五年年までの米軍のもっとも頻繁な仕事となるであろう。そして、現役・予備役双方の、多くの部隊の投入が必要となりうる。同時に多数の小規模有事作戦に大きく係わることは、米軍にストレスを与えるのであり、慎重に運営していかねばならない。……
●大規模戦域戦争(MTW)を戦い、勝利する
種々の程度の有事の中で、小規模有事作戦の対極に位置するものは、大規模戦域戦争を戦い、勝利することである。この任務は、米軍に最大のストレスがかかる任務である。世界中の米国の権益を守るために、米軍はわが国の利益に敵対する利益を持つ地域国家の軍事力を圧倒する力を持ちつづけねばならない。こうした諸国は、相当の規模の軍を編成し、米国にとって重要な地域の軍事力の深刻な不均衡をもたらしかねない。同盟国や友好国が、潜在的に侵略的な隣国の力に対抗できないことも多い。侵略を抑止し、脅迫を予防し、侵略が発生してしまった場合にそれを撃破するためには、米国から遠く離れて、米軍がこの規模の脅威と対決する準備をせねばならない。この対決は同盟国や友好国と協調して行うが、必要なら一国だけでも行う。この目標のためには、統合訓練を積み、相互運用性があり、長い距離を越えて迅速に展開して前方駐留・展開部隊を補完する部隊が必要である。それによって脅威を加えられた国を支援し、敵の侵攻を迅速に食い止め、侵略者を撃破しうるのである。
世界全体に権益を持つ世界大国として、米国が現在および予見しうる将来、二つの離れた戦域において、重なりあう期間に、大規模な越境侵略を抑止し、撃破する力を持つことは不可欠である。それは、地域における同盟国と協調して行うことが望ましい。その中核になる力を維持することが、機会主義を確実に抑止するために決定的に重要なのである。つまり、米軍がある地域に大きな力を向けていることに付け込もうという誘惑にかられる侵略者が出る状況を作らないことである。つまり、米国が、より大きな、状況によっては予想よりも対処が困難な敵の侵略を抑止し、撃破するに十分な軍事力を持っていることを保証することである。変転きわまりなく不確実な安全保障環境の中で、これは特に重要なことである。次の大規模戦域戦争がいつ、どこで発生するか、誰が敵になるか、敵はどう戦うか、わが国との連合に誰が加わるか、何が米軍に要求される課題となるか、ということについて、確実に知ることはけっしてできない。二つ以上の戦域で侵略を抑圧し、撃破するための規模と装備をもった軍によって、米国は、予測しえない問題に対処する柔軟性を確保しうるのである。この能力は超大国の必須条件であり、わが国の国家安全保障戦略全般の威信にとって不可欠である。これは、まずもってこうした脅威が育っていく機会を減らすように国際環境を形成することにもつながる。
もしも、米国が同時に二つ以上の侵略を撃破する能力を捨て去るようなことがあれば、わが国の世界大国としての、最上の安全保障パートナーとしての、そして国際社会のリーダーとしての地位に疑問が投げかけられるであろう。「一つの戦争を戦う能力」を採れば、他の地域に大きな力をさいている時には、米国は同盟国の利益を守れなくなると受け取る同盟国があることは疑いない。このような能力では、わが軍の多数を投入すると他の諸地域でわが国が脆弱になる恐れがあるので、米国は、危機に十分に迅速に対処できない。あるいは、まったく対応できないこともありうる。この事実に、潜在的な敵が気づかないはずがない。「一戦域戦争能力」を採れば、世界のカギになる諸地域に対する米国の安全保障の約束の抑止力と威信が衰退する。そしてそれが原因となって、同盟諸国と友好諸国は、分散化した防衛戦略と防衛態勢を取ることになり、それによって、わが国の海外における利益を守るのに役立っている同盟と連合の網が弱体化していく。
……
大規模戦域戦争を戦い、勝利するためには、少なくとも次の三つの課題を重視すべきである。第一に、二つの戦域でほぼ同時に敵が進撃した時に、目標に到達する前に、序盤で迅速に撃破する能力である。この能力の維持は、米国が両方の戦域で主導権を握り、米国と同盟国が敵から奪還しなければならない土地を最小限に抑えるためには、絶対的に必須である。迅速に敵の侵攻をくい止めることができないと、奪われた土地から敵を撃退する戦いは、はるかに困難で、長期にわたり、費用がかかるものになりかねない。それは同盟国の支援を弱め、米国の威信を衰退させ、他の地域の紛争発生の危険を増すことにもなる。
第二に、NBC〔核・生物・化学〕兵器、情報戦争、テロリズム、あるいは他の非対称的な手段〔米軍とは違う手段〕を使用し、あるいはそれで威嚇する敵に対して、わが国の戦争目的を貫徹する能力である。将来の潜在的な敵は、通常戦で圧倒的な米国に対抗するために、このような手段に訴える可能性が高い。したがって米国は、こうした条件の下で、大規模戦域戦争を戦い、勝利する計画と準備をととのえねばならない。
将来の戦争では、相手が、特に化学兵器と生物兵器(CBW)による威嚇あるいはその使用を行う可能性が高い。それは、戦争初期に、米軍の作戦や兵站の妨害などを目的にして行われるであろう。CBWは、弾道ミサイルや巡行ミサイル、航空機、特殊作戦部隊、その他の手段によって打ち込まれうる。米軍は、この問題にも、またCBWの小規模有事での使用にも対処できなければならない。米軍には、効果的かつ果敢にCBW攻撃に対する作戦を遂行できる適切な訓練と装備が必要である。つまり、できれば使用される前にCBWの所在をつきとめ、破壊する能力、またCBWが使われた場合の防御と事後処理の能力を高めねばならない。しかし、能力向上だけでは不十分である。CBWや他の非対称的脅威に全面的に適応したドクトリン〔政策・戦略体系〕、作戦概念、訓練、演習もまた、同じくらい重要である。また、将来米国は、他の諸国と連合して作戦を遂行する可能性がもっとも高いのであるから、わが国は、友好国・同盟国がCBWが使われる状況の中で、効果的な作戦ができるように、部隊を訓練し、装備するように働きかけるべきである。
第三に、世界的関与の態勢・・すなわち、海外での平時の関与のレベルや多数の同時進行の小規模有事作戦・・から、大規模戦域戦争の戦闘に移行する能力である。一つの大規模戦域戦争が発生した時には、米国は、平時関与も小規模有事作戦も、ぎりぎりまで絞り込む必要がある。わが国は、第二の戦争の発生を抑止する態勢を強化するためには、米国の利益にとって死活的とは思えない活動・作戦からの撤退を選択する可能性が大きい。大規模戦域戦争が二つ発生した場合には、戦争に即応するために、米軍は、できるだけ迅速に平時関与や小規模有事作戦から撤収するであろう。
わが国が直面している脅威の性格も、将来の紛争でわが国が選択する戦い方も変化してきている。したがって、この対二戦域戦略を支えるのに必要な戦力・能力は、一九九三年の「ボトム・アップ・レビュー」で展開された「大規模地域紛争の構成要素」とは違ってくるであろう。具体的にいえば、部隊の新技術や新作戦概念の消化吸収のためには、大規模戦域戦争を戦い勝利する戦力・能力の再点検が必要である。米軍と敵軍の効率性の変化にともなって、必要とされるものも変化していく。
◆不確実な将来のために今から準備する
……
不確実な将来のために今から準備することには、次の四つの部分がある。
1.古くなったシステムを置き換えるための、重点的な近代化の追求。長期的に米軍の優越性を維持するための、先端技術の吸収
2.「軍事革命」(RMA)を活用し、短期的使命を遂行し、将来の課題に対処しうるように、米軍の能力を改善すること
3.「ビジネス革命」(RBA)を活用して、国防省のインフラを根本から改編し、諸活動を支援していくこと
4.発生の可能性は低いが、大きな意味を持つ将来の脅威に対する保険あるいはヘッジ。資金が限られている条件の下でリスクを管理し、新たな脅威が発生した時に、適時かつ効果的に対処しうる国防省の態勢を作ること
……
●「軍事革命」の活用
近代化の努力は、米軍の変革という広範な課題と一体のものである。米軍の変革は、安全保障環境と戦争技術の変化の中で、わが国の軍事的優越性を保っていくためのものである。かつての技術革命が紛争の性格に影響を与えたのと同じように、現在明らかになっている技術の変革も影響を与えていくであろう。この変革は、新軍事システムの調達よりはるかに広い範囲の問題である。つまり、新技術を使いこなして、進んだ構想、ドクトリン、組織によって米軍の軍事力を増大させ、米軍が将来の戦場を制することができるようにするということである。
米軍は、現在の深刻な安全保障上の要請に日々応えねばならない立場にあるために、必然的に、米軍の変革は、責任ある漸進的過程を通じて革命的能力〔の獲得〕に向かうことにならざるをえない。この数年間、米軍と国防省は、RMAを活用するために、さまざまな取り組みを重ねてきた。ジョイント・ビジョン2010は、そうした取り組みの中の要である。それは、RMAの潜在力を現実化するためには、われわれの情報における優越性を活用し、新たな四つの作戦概念・・圧倒的機動性、精密交戦、兵站の重点化、全面的防御・・の協働によって、あらゆる種類の戦争での優勢を確保しなければならないことを明らかにしている。あらゆる戦争での優勢の実現には、統一的な複合システム、特に、戦場知識における優勢を達成する、指揮・統制・通信・コンピュータ・情報・偵察(C4ISR)体系の構築をさらに進めることが必要である。(つづく)
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