大地の響き 投稿コーナー

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週刊『三里塚』02頁(1147号02面08)(2024/11/11)


大地の響き 投稿コーナー

「援農」が全ての始まり
 三多摩 新井佳世子

 私は東京の練馬区にある社会福祉法人泉陽会労働組合で執行委員長をしています。パレスチナの蜂起から1年となる10月7日に反戦ストライキを闘いました(写真)。当日は三里塚からなんと6人も! ワゴン車で駆けつけて下さりありがとうございました。
 私が「ストライキをやろう!」と決意したのは8・6ヒロシマを闘ったからでした。「国家権力とは逮捕覚悟で闘えるのに、会社とは解雇や処分を覚悟で闘えないなんて嘘になる」と思ったことがきっかけでした。また8・6の勝利で「実力闘争だけが未来を切り開く」と痛感したので目の前の状況を変えるにはストライキしかない! と思ったことも動機です。
 じゃあ、なぜ8・6を闘えたのか? それは昨年の市東さんの農地強奪に対する実力闘争を闘ったからでした。ではなぜあの日私は逮捕覚悟で三里塚に来ることができたのか? それは数年前の台風の際に市東さんのビニールハウスが壊れて修理の手伝いに初めて(全国集会以外で)三里塚を訪れ、それ以来何度も「援農(共農)」に来ていたからでした。みなさんがどんな想いで日々を闘っておられるのかを肌で感じてきた私にとって〝市東さんの農地〟は〝みんなの農地〟であり、それが奪われることが絶対に許せなくて駆けつけたのです。
 「援農」に来ていなかったら8・6もストライキも決意できなかったかもしれません。「援農」がすべてのはじまりでした。みんなで「援農」に行こう‼

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