岩山で星野さん納骨式 墓碑再建し大坂さん奪還誓う

週刊『三里塚』02頁(1146号02面01)(2024/10/28)


岩山で星野さん納骨式
 墓碑再建し大坂さん奪還誓う

(写真 岩山記念館の横に再建されたお墓)

(写真 納骨を無事に終えて【10月6日】)


 星野さんをとり戻そう!全国再審連絡会議の呼びかけで10月6日、三里塚現地・岩山記念館横に新たに作られたお墓で星野文昭さんの納骨式が行われた。各地の星野救援会、三里塚芝山連合空港反対同盟の伊藤信晴さん、現地闘争本部員などが参加した。
 星野さんは無実を訴えながら2019年に獄中で亡くなり、翌20年に反対同盟・市東孝雄さんの天神峰農地の一角、「星の木」(こぶしの木)のもとに慰霊碑が建てられ、そこに分骨されていた。23年2月15日の強制執行で市東さんの農地とともにこのお墓も機動隊によって破壊され踏みにじられたが、関係者の努力でお骨と碑のプレートを取り戻し、故人の三里塚闘争勝利の悲願を受けてあらためて三里塚現地・岩山での納骨という運びになった。
 草の生い茂る勾配の多い山道を進んで岩山記念館に到着した一行は、そこに立派なお墓が再建されていることに目を見張った。関係者の1年越しの努力によって、材料が運ばれ、土が掘られて作られたものだ。
 「星野文昭ここに眠る/すべての人間が人間らしく生きられる社会を」との金属のプレートが輝いている。連れ合いの星野暁子さんがお骨を納めた。参加者一人ひとりが、花を手向け線香を上げて手を合わせた。
 暁子さんがあいさつした。「ここで三里塚を見守っていられるのは文昭にとっても大切なことだと思います。闘いの方は三里塚も、星野国賠も、大坂正明さんを取り戻すことも、重要な局面です。71年の9月三里塚、11月渋谷を闘った文昭の魂がここにあって、みんなを守ってくれていると思います」
 巨大ジェット機が頭上20㍍の近さで飛ぶA滑走路の南端に位置するこの場所にはかつて岩山大鉄塔が建てられ、A1本での成田空港の開港を阻んで大闘争が繰り広げられていた。その後も記念館として反対同盟の寄り合い、旗開き、会議場などに利用されていた。参加者はお墓に「また多くの人を連れてここに来ます」とあいさつし、笑顔で勝利を誓い合った。

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