北総の空の下で 空港会社の大誤算 市東さんシンポ
週刊『三里塚』02頁(0956号02面09)(2016/11/28)
北総の空の下で
空港会社の大誤算
市東さんシンポ
10月25日、最高裁大谷裁判長は市東さんの農地裁判の上告を棄却しました。たった3行の主文で内容に踏み込むことなく、門前払いを食わせた判決です。 農地そのものが決戦の主戦場になった緊迫感の中で11月20日、市東さんの農地取り上げに反対する会主催のシンポジウムがありました。市東孝雄さんが対談形式で、子どもの頃の日常と、三里塚闘争に身を置いてからの17年を気負いなく語った説得力は圧巻でした。
農村のやんちゃな男の子が、小規模農家の常として職人になり、父の死を機に農家の跡を継ぐ事は、珍しい話ではありません。が、同時に空港反対闘争の闘士だった親父さんの跡を継ぐには迷いや葛藤があったのでは?と誰もが思う中、市東さんは「戻ってきた時には自分の生き方を決めていた」と、さらりと語りました。
私はここに、空港会社の大誤算があったと思います。実力闘争を体験しておらず、就農経験も浅い市東さんを「裁判」という脅しでつぶせると甘く見たから耕作地の現状さえ確かめずに裁判を起こしたのではないか? あげくつじつま合わせのために親父さんの署名偽造にまで手を染め、10年を要して「決着」したのは二つの裁判の一方だけです。
市東さんは、農作業の喜びを「朝起きて真っ青な空を見上げた時の気持ちよさ」「仕事の後の達成感」と語りました。種を蒔き草を取り、最高の畑として維持することこそ最大の闘いであり、アピールです。
北里一枝