農民の解放へ 真の道は何か② 農民学習会 労農同盟論を学ぶ 各国農業の実相 英、世界大戦で食糧危機に 農業問題解決できない資本主義

週刊『三里塚』02頁(0920号02面09)(2015/05/25)


農民の解放へ 真の道は何か②
 農民学習会 労農同盟論を学ぶ
 各国農業の実相
 英、世界大戦で食糧危機に
 農業問題解決できない資本主義

(写真 イギリス19世紀初期の農場風景。農業資本家と農業労働者が描かれている)

第1部 講演 三条克実さん(2)

≪農業・農民問題の解決は共産主義社会に託された課題≫ 

 各国の資本主義がどのように農業・農民問題に直面してきたのかをみます。第一の類型はイギリスと、第1次・第2次世界大戦後のヨーロッパ諸国です。
 イギリスは資本主義的発展が典型的にあらわれた国です。産業革命と同時に工業化を進め、大工業を発展させてきました。イギリス資本主義の発展過程では、自国の農業を完全に切り捨て、国外とりわけ全世界につくられた植民地に農業生産物を依存してきました。イギリス国内を「世界の工場」とし、ヨーロッパ諸国と植民地を「イギリスの農村」として、資本主義的発展を遂げてきました。その結果、国内農業は壊滅寸前になります。
 イギリスの農業・農民問題の転機になるのが、第1次世界大戦です。海上輸送網がドイツ軍の攻撃を受け、農業生産物を海外に依存していたイギリス国内では深刻な食糧難が起きます。イギリス帝国主義は、戦後、これを教訓化する形で食糧増産と国内農業の保護に踏み切っていきます。とにかく膨大な補助金を使って国内農業を一からつくっていき、約百年かけて食糧自給率を約74%(2000年、カロリーベース)まで回復させます。ヨーロッパ大陸の資本主義国も二つの世界戦争で直接戦場となります。イギリスの矛盾は他人事ではありません。大戦での教訓から国内農業保護―農民保護の政策を基本にしていきます。今日のヨーロッパ各国の農業は膨大な補助金によって成り立っています。
 イギリス資本主義はいったん農業生産を全面的に海外に依存するという形で、農業部門での資本主義的生産を本質的に放棄しました。もちろん、織物や鍛冶など農村・農民が行なっていた生産活動の中から、資本主義的に生産できる生産分野を農民から奪っていきます。しかし、食糧などの農業生産物のほとんどが資本主義的生産にされずに、国外に、植民地へ転化されていきます。そして、農業生産を海外に依存することが、世界戦争の中で破綻したということです。
 二つ目の類型が、遅れて資本主義化したドイツと日本などです。資本主義化する時期がすでに世界史的には帝国主義段階になっていました。ですから、これらの国での資本主義の発展は、資本の自由な発展というより国家が全面介入し、重工業化が進められていきます。資本主義の発展が封建的諸関係を徹底的に解体することなく、逆に、帝国主義段階では体制的危機が絶えず起こるために、支配体制の強化のためには封建的諸関係を温存し、階級分断・人民分断を図っていきます。日本でも地主制度が解体されず、小作農が膨大に残されました。戦前の日本帝国主義の支配体制は、ブルジョアジーを基本としつつ、地主階級をもう一つの支配の支柱として成立していました。農民が〈労働者と資本家〉に分解されず、自作農・小作農として残されてきました。
 日本では、つい最近まで農業労働者などというのはほとんど見られません。家族経営の小規模農家が圧倒的多数を占めています。農業法人が作られて初めて農業労働者という存在が出てきたのではないでしょうか。

アメリカの農業

 三つ目は、アメリカ農業です。アメリカ農業は経営規模が大きいのですが、基本は家族経営が多いのです。堤未果の本を読むとわかります。労働者を雇うことはあるにしても、資本主義的な経営なのかと、疑問を感じます。アメリカの農業労働者は、当初、アフリカからの奴隷によって成り立っていました。本当にアメリカ農業が〈賃労働と資本〉の関係にあったのか、もう少し調べていかなければなりませんが、農業が資本主義化されているとは思えません。
 これら全体をとらえると「農業部門全体を資本主義的に生産することはできない」と言えます。農業生産の中で資本主義的生産ができる部門には、資本がどんどん入ってきます。資本が農民からそうした部門を奪い取っていきます。封建制社会から資本制社会になる過程で進められたのはこうしたことです。封建制では基本的には自給自足でした。服や農機具など、全部、農民がつくっていました。資本主義生産をやって利潤があげられる分野を、資本が農民から奪っていったのです。今日でも農業分野に資本参入し、資本主義的生産をやろうとしています。
 でも利潤が上がらない分野に資本は入ってこないし、すぐに撤退します。その分野を農民による生産に残しておくわけです。農業が資本主義化されずに家族経営で存続し、そのため農民が分解されずに残ってきたのです。
 資本主義社会では、資本の活動として社会に必要なものを生産しています。しかし、資本は社会に必要だから生産しているわけでなく、利潤を得るために、資本が肥え太るために生産活動を行なっているのです。だから、資本にとってはどれだけ利潤が得られるのかが、一切の関心事です。つくるものは何でもいいんです、利潤が上げられるかどうなのかなのです。農業分野に資本が入ってくるのも、その限りでです。資本は、食糧・農産物をどうしても作りたいわけではなく、利潤追求のために「生産活動」をしているだけなのです。
 農業の全部門を資本主義化することはできません。自然に大きく影響され、しかも労働力の需要が大きく変動することに対応できないからです。資本主義は農業・農民問題を絶対に解決することはできません。社会主義に託された歴史的課題なのです。
(つづく)

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