多見谷判決の正体暴く① Q&Aポイント解説 農地取り上げ判決は「強制収用」攻撃だ 収用委の代替機関
多見谷判決の正体暴く①
Q&Aポイント解説
農地取り上げ判決は「強制収用」攻撃だ
収用委の代替機関
前号で多見谷判決批判の特集を行った。それを踏まえて今号からは、QアンドA形式の解説を行いたい。
*
Q そもそも強制収用とは?
A 国が「公共事業に必要とみなす」土地の所有権などを強制的に奪い、取り上げることを言います。そのために「土地収用法」という法律があり、一定の手続きを経て、強制的な土地取り上げが認められます。
Q 簡単に「公共事業のため」とか、土地を取り上げるとか言いますが、当事者にとっては人生に関わる一大事じゃないですか?
A その通りです。ですから三里塚の空港反対闘争のみならず、激しい反対闘争が戦前戦後を通じてくり返されてきました。戦前で言えば田中正造で有名な足尾鉱毒反対の谷中村闘争(1890〜1906年)。戦後で言えば、立川基地の拡張に反対した砂川闘争(1955~69年)、さらに熊本県でダム建設に反対したいわゆる蜂の巣城闘争(1959〜1970年)。そして三里塚です。
Q むりやり土地収用法を適用したら、住民の怒りは倍加しますよね。 A その典型が三里塚闘争です。そもそも強制的に財産を奪うということ自体が、財産権の保障の上に成り立っている今社会にとって異常なことなのです。特に農民にとっての農地は生きる手段です。普通の市民は財産権は誰にも侵されないと思って暮らしています。 それが、ある日突然、「事業のために必要だから譲り渡せ」「どうしてもいやなら、強制収用だぞ」と言われて怒らない人がいるでしょうか。
Q 三里塚では住民に何の相談もなかったと。 A 最初、隣の富里・八街に新東京国際空港が計画されたのです。しかし1000軒もの農家の激しい反対運動にあって頓挫し、急きょ、三里塚の地に変更されました。本来この時点で政府は新空港計画を白紙に戻すべきだったのです。しかし、場当たり的に規模を半分に縮小し、富里・八街地域に比べて貧しい開拓農家が多いから買収しやすいだろう、という農民蔑視の理由で変更されたのが三里塚空港計画でした。
Q 閣議決定までもわずかの日数だったと?
A 実際、計画〜内定〜閣議決定までを12日間で強行してしまおう、という乱暴なものだったから、富里以上の反対運動が起きました。そのために買収が進まず政府・空港公団が、1969年12月に土地収用法の適用(事業認定の告示)に踏み切りました。しかし、事業認定には20年の期限があります。三里塚のねばりつよい闘いが継続したために、ついに1989年12月にその期限を迎えてしまったのです。 土地収用法による事業認定を受けるとその範囲内の居住者はさまざまな権利の制限を受けます。まず、自分の土地を他人に売ることはできません。さらに「形状の変更」も禁止されます。家を改築することもできません。そして、補償についても金額的に不利を強制されます。
だから三里塚農民は収用法の適用を受け続けることを「死刑台の上に乗せられているようなものだ」と表現したのです。
Q そこで、こういう収用法(事業認定)の期限が切れた後に、他の法律を使った強制手段の是非が問題なのですね。
A そうです。当事者である反対同盟員の市東孝雄さんは1999年にそれまでの勤め先から天神峰の実家に農業を継ぐために35年ぶりに帰ってきました。その時「収用法が失効して、強制的に土地を取られることはなくなったから安心して戻ってきたんだ」と語りました。当然でしょう。
農業という仕事は1年や2年で結果が出るものではありません。場合によっては10年先を見通して、施設の設置をし、土に堆肥を鋤き込んで肥沃な土質にし、畑の性質や畑ごとの自然環境(風向きなど)も年月をかけて熟知し、そうして初めて実りの成果が得られます。将来の展望が不安定なままでは、じっくり腰を落ち着けた農業はできません。だから、前述の市東さんの言葉になるわけですが、そこへ2回目の「強制収用」通知が来たわけです。市東さんの怒りと不安はどれほどだったでしょう。
Q 「強制収用」のような強権的な政策は何度でもできるのですか?
A 「一事不再理」という言葉があります。一度行われた裁判で決着がついた場合はそれが最終決定であり、再び裁判にかけられることはない、という意味ですが、一度、土地収用法を「失効」という形で葬りさったのに、今度は別の法律でもう一度裁判=強制収用にかけられる、といった理不尽な暴挙が、この農地の取り上げ裁判です。空港建設は「国策」です。NAAが裁判に訴えるということは、国策裁判の判決を得て強制執行をする=強制収用に訴えるのと同じ意味なのです。
一度土地収用が失効した事業は他の強制的手段も許されないのです。一審・多見谷判決は、NAAを救済するために、この違法、脱法行為を認めた極悪判決です。裁判所が収用委員会の代替機関になったのです。
Q 農地法を使ったと聞いていますが。
A 農地法は本来、農業を育て、農民の生きる権利や耕作する権利を保護するために作られた法律です。「空港の公共性」を掲げて、国策裁判による判決で農地を奪うことは農地法の目的に反する行為です。一審の多見谷判決は、市東さんの生きる権利を否定したのです。控訴審では必ず覆さなければなりません。 (つづく)