■国際労働運動の暦 3月28日 ■1968年王子基地突入闘争■ 野戦病院開設を痛撃 ベトナム参戦国化の攻撃の拡大に巨万大衆と共に中核派が闘い抜く

月刊『国際労働運動』48頁(0462号06面01)(2015/03/01)


■国際労働運動の暦 3月28日
 ■1968年王子基地突入闘争■
 野戦病院開設を痛撃 ベトナム参戦国化の攻撃の拡大に巨万大衆と共に中核派が闘い抜く

(写真 王子基地内に突入して闘う中核派49人【1968年3月28日】)

 70年安保・沖縄闘争の大爆発を切り開いた1967年10・8羽田闘争(佐藤首相の南ベトナム訪問阻止闘争)から翌68年4月までの激戦激闘は「激動の7カ月」と呼ばれた。佐世保闘争、三里塚闘争などと並んで、68年3月に開設された米軍王子野戦病院に対する闘いは、地元住民を巻き込んで激烈な様相を呈した。中でも3・28王子基地突入闘争は、敵味方を震撼させるものだった。
 当時、米帝のベトナム侵略戦争の拡大に伴い、南ベトナム民族解放戦線の戦いによって、米侵略軍の死傷者は劇的に増大し、後方基地としてあった日本の野戦病院が続々と増設された。埼玉県狭山市のジョンソン基地にあった400床の第7野戦病院が手狭になったとして、東京都北区の米軍王子キャンプの旧極東地図局の建物を改造して2千人収容の大病院に移設する策動が判明した。埼玉県朝霞の野戦病院では2千ベッドが超満員で、毎日米軍立川基地からヘリコプターで傷病兵が運ばれていた。
 野戦病院は数カ月で現役復帰の望みのある者を主に収容し、「兵士再生工場」として機能していた。侵略戦争の激化拡大のための野戦病院である。これを首都の住宅密集地に新たに開設しようという攻撃だった。
 ベトナム参戦国化としての佐藤訪ベトと、空母エンタープライズ寄港に血を流して闘った中核派が、これを黙って見過ごすことはありえなかった。2月20日の第1波闘争から開設阻止の実力闘争として徹底的に闘った。3月3日、8日と、全学連、反戦青年委員会の激烈なデモとこれに続いた住民の決起が展開された。
▼49学生が塀のりこえる
 3月28日、全学連主流派大会で日帝の参戦国化と核武装、全土のベトナム総基地化と政治的臨戦体制化を阻止する固い意思一致をした中核派千人は、四つの軍団に分かれ、王子野戦病院に突撃、その第1軍団は機動隊の阻止線を蹴散らして基地に進撃、都営住宅敷地内を駆け抜け、王子キャンプ東端のコンクリートの塀の上の鉄条網を破ってよじ登り、基地内に突入した。2階建て将校クラブの正面玄関を突き破って建物内になだれ込み、破壊した。駆けつけた機動隊に対し、バリケードを築いて室内に籠城して闘い抜いた。1時間の激闘の末、全員が逮捕された。これだけ大量の基地内突入闘争は空前だった。
 一方、第2~4軍団はキャンプ前の道に出る各辻で機動隊と数回の激突を繰り返した。逮捕者は全体で159人に上った。
 この日、夕方から全学連千人、反戦青年委員会の労働者千人が王子駅近くの柳田公園に集まり、総決起集会。その後、新たに入手した角材を手にした中核派を先頭にデモに出発、駅前の路上に阻止線を張る機動隊に向かって突撃した。昼間の基地突入の報に興奮する住民、市民も周りに続々集まり、中核派と一体となってぶつかった。夜にかけてその数は1万人余に膨れ上がり、王子駅前から野戦病院に至る各所で機動隊と衝突した。
▼騒乱罪恫喝を粉砕
 闘いは4月1日にもさらに拡大して継続し、住民の機動隊との衝突で北区民の榎本重之さんが虐殺された。それに対する怒りで闘いは暴動化した。権力は、騒乱罪の恫喝をもってこれを押し返そうとした。
 4月15日、中核派はこの騒乱罪恫喝を打ち破り、再び王子駅前に登場し、駅前交番を破壊、野戦病院に向かって進撃した。中核派の登場を待ち望んでいた住民、労働者がそれに続々と続いた。基地正門前で機動隊と激突、住民は中核派に襲い掛かる機動隊に投石で攻撃し、一進一退の攻防が深夜まで続いた。中核派は「激動の7カ月」の闘いで満身創痍となっていたが、最後まで闘いを貫徹した。
 この闘いは、同時に国鉄5万人合理化阻止の闘い、東交の都電撤去・大合理化攻撃阻止の闘いと結びつきつつ闘われた。反戦青年委員会は、職場における拠点建設の闘いと一体でベトナム反戦闘争、三里塚闘争に決起していったのである。

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王子野戦病院反対闘争日誌

1.24 東京・北区長が王子キャンプに米軍野戦病院を開設すると連絡を受けたと表明
2.20 王子野戦病院開設阻止闘争に中核派500を先頭に労学3000人が決起し36人逮捕
2.27 北部地区反戦主催で労学1500人が集会、デモ
3. 3 全学連、反戦1500 人が決起、49 人逮捕
3. 8 中核派1000人など王子野戦病院に波状攻撃、労働者2000の座り込みに合流
3.18 王子野戦病院「開所式」を強行
3.22 美濃部都知事が都議会超党派で野戦病院廃止運動起こすと表明
3.28 中核派49人が王子基地に突入、将校クラブの建物を占拠し、施設を徹底破壊。夕刻から労働者市民が続々と決起
3.29 北区議会が野戦病院開設中止の意見書を満場一致で議決
3.30 ベトナム傷病兵第1陣が運び込まれる
4. 1 デモ激化し、北区民榎本重之さん虐殺
4.15 中核派、騒乱罪恫喝を蹴ってデモ敢行