■News & Review イギリス 再びロンドン地下鉄で48時間ストライキ ボブ・クロウRMT書記長の急死のりこえ

月刊『国際労働運動』48頁(0455号02面02)(2014/07/01)


■News & Review イギリス
 再びロンドン地下鉄で48時間ストライキ
 ボブ・クロウRMT書記長の急死のりこえ

(写真 「ボブ・クロウ、偉大な革命家、伝説の人」と大書した横断幕を掲げてロンドン・メーデーを闘うRMT【5月1日】)

960人の職場を奪う攻撃に反対し

 今年2月4日から6日にかけてロンドン地下鉄の48時間ストライキを闘ったRMT(鉄道・海運・運輸労働組合)とTSSA(運輸職員労働組合)は、4月28日、再び48時間ストに立った。このストは、ロンドン市交通局(TfL)とロンドン地下鉄(LU)当局による、地下鉄駅すべての254の切符売場・窓口の廃止、960人の職を奪うという攻撃に反対して闘われているもので、RMTとロンドン地下鉄当局は2月のスト以降40回以上にわたって交渉を行ったが、当局がこの削減計画を撤回せず、4月27日に決裂したために、再度の48時間スト突入となった。
 このストに対し、ロンドン市長ボリス・ジョンソンは「ロンドンを人質にとっている」などという脅しをかけ、また首相キャメロンは、「これは違法なストだ」などという政治的攻撃をかけてきた。マスコミをも動員したストつぶし攻撃をはね返し、ロンドン全市の11の地下鉄路線は、ほとんどすべて2日間にわたってストップした。当局は、老朽バスまでをも繰り出して対応しようとしたが、スト破りをすることはできず、首都ロンドンの交通は、2カ月で2回目、完全に地下鉄労働者の制圧下に入った。
 5月初頭に構えた48時間ストは、ロンドン市と地下鉄当局が、実質的な交渉に入るという約束をしたために、当面延期となっている。

〝地下鉄の安全が犠牲にされる〟

 ロンドン地下鉄は、世界最初の地下鉄として、1863年以来、首都の交通網の中軸を担ってきた。鉄道民営化政策の破綻にもかかわらず、EUの推進する交通事業民営化の一環として、2003年、PPP(官民合同体制)に移行し、車両と線路の維持管理を、輸送業務から切り離して民営化した。
 数十万の通勤労働者を主要な乗客とするロンドン地下鉄は、混雑と遅れ、事故が重大問題化している。そのなかで出されてきた「合理化」計画の柱として、今回、切符窓口の全面閉鎖、千人に近い地下鉄労働者の首切り(〝希望退職〟の形をとった強制と労働組合の切り崩し)という攻撃を加えてきたのだ。
 ロンドン交通局は、今回の「合理化計画」について、次のように主張している。
 「ロンドン地下鉄の提案の重点は、一つは、窓口閉鎖によって、乗客サービスを根本的に改善し、同時に運賃への負担を減らします。第二に、ロンド地下鉄のすべての従業員に対し、公正な対処を保証します」「私たちの目指すのは、2012年のロンドン・オリンピックで私たちが実現したような、乗客に顔と顔で向き合った画期的なサービスの向上です」「ICカード導入とオンライン・システム、自販機技術の成功によって、窓口の役割は激減し、利用率は、3%を切っています」「切符の自販機でのトラブルに対して、オンラインか電話で、直ちに回答できます」「主要駅には、〝お客様インフォーメーション・センター〟が設置され、地方からの乗客の相談にも応じます」「より効率的な業務遂行ができるようになるので、950名の過員が生じます。しかし、この人たちが、物理的に職を失うわけではありません。すでに、650人のスタッフが、充分満足のできる退職条件で合意して、退職を希望しています。2015年から、週末の24時間営業が地下鉄の主要路線で開始されますので、そのために250人が必要となりますし、その他の需要で、誰一人として退職を強制されることはありません」「この計画によって削減される金額は、さらなる改善のために再投資されます」「より頼れるサービス、安心できる駅が生まれます」
 これが、いかにペテンに満ちたものかについて、RMTは、 今回のストのさなかで、日刊紙『インディペンデント』とのインタビュー(4月30日号に掲載)で、次のようにきわめて具体的に暴露している。
 記者 地下鉄ストをやる理由は何か。
 RMT 地下鉄当局が、ロンドン地下鉄のすべての切符売場・窓口を閉鎖し、960人の職を奪おうとしていることに反対するためだ。
 記者 切符売場・窓口は時代遅れではないのか。
 RMT それは真実ではない。昨年は、3千400万の人々が切符売場・窓口を利用している。とりわけ機械が苦手の人々にとって役立っている。約100万人の人々が払い戻しを窓口で受けている。140万人が運賃清算を窓口で行っている。
 記者 なぜRMTはこの転換に反対しているのか。
 RMT まず、何よりも第一に安全問題である。この転換が行われると、1名の駅員だけの駅が倍に増えることになる。また、地方からロンドンを訪れる(ICカードを持たない)乗客が地下鉄を利用するのが困難になってしまう。さらに、障害者が駅で困ったときに、窓口がなければ大変なことになる。さまざまな緊急事態が発生した場合に、対応する駅職員の数が少なくなっていると、通勤・通学者は大きな影響を受けることになる。また、この転換によって、労働者の職場と生活が不安定になる。賃金の削減、雇用期間や雇用条件の変化などだ。
 記者 政府に対しての意見は。
 RMT 地下鉄の安全というきわめて重要な問題を、政府とロンドンの保守党市長の政治的立場を守るためや、財政削減計画の強行の犠牲にしようなどという卑劣な、危険なやり方を許すわけにはいかない。

12年間、RMTを指導したボブ・クロウ氏

 以上のインタビューを受けているのは、RMT書記長代行のミック・キャシュである。ボブ・クロウ書記長が3月11日に心臓疾患で急死するという事態のなかで、このストライキが闘われているのだ。
 ボブ・クロウ書記長は、2002年から2014年にいたるまで12年間にわたりRMTを指導してきたイギリス労働運動の重要な指導者であった。
 彼は昨年の11月全国労働者総決起集会に「ともに民営化と闘う日本の労働者へ」という連帯メッセージを送ってくれた。動労千葉は、彼の死去に際し、「あなたの遺志に応えるのは民営化・外注化・非正規職化と絶対非和解的に闘い抜くことだと確信します」という弔辞をRMTに送った。
 ボブ・クロウ書記長は、サッチャーから始まる新自由主義攻撃の中で、海運・交通・運輸労働者の先頭に立ち、これと体を張って闘い抜いてきた。昨年のサッチャーの死に際してボブ・クロウ書記長は、BBCラジオ・ロンドンで次のように語っていた。
 「サッチャーは政権にあった間、労働者に対して、イデオロギー的な論争を挑んで攻撃をしかけてきた」「現実にも彼女がやったことは、あまりにもたくさんの人々から、家を奪い、仕事を奪い、さらに自殺にまで追い込んだのだ」「彼女は国民医療保険制度を破壊し、この国の産業を破壊した」「彼女は労働者とまったく無関係の人物だった」「彼女はホスピスの中でではなく、労働者にとっては、一晩でさえ宿泊することなどできない高級ホテル=リッツホテルで死んだのだ」【ボブ・クロウ書記長は、終生、労働者用の公営住宅で暮らした】「私は彼女の死に対して、一滴たりとも涙を流したりはしない」「マーガレット・サッチャーは、首相在任中に行った所業のために『地獄の中で腐り果てる』であろう」と、激しく語った。
 まさに、『現代革命への挑戦 上巻』の中に書いてあるように、「サッチャーは、『精神革命』を叫んで、マルクス主義や社会主義・共産主義を徹底的に排撃・撲滅しようとした。それはスターリン主義的なもの、社会民主主義なものや、さらには国家独占資本主義政策などもすべて『社会主義』『共産主義』としてたたきつぶすという形さえとった」のである。
 サッチャーの葬儀が、怒れる若者たちの喜びの声によって「祝福」されたのと対照的に、ボブ・クロウ書記長の葬儀、さらにメーデーは、彼の闘いを讃える巨大なデモとなった。RMTは、ボブ・クロウ書記長の遺影とともに「大恐慌下の公共サービス・カットを許すな」のスローガンを掲げて登場した。TUC(イギリス労働総同盟)傘下の組合からも、RMTのロンドン地下鉄ストを支援しよう、という声が上がった。
 何よりも、「ドント・モーン! オーガナイズ!=嘆き悲しまないで、組織しよう!」という彼の遺訓を守って、RMTに結集する8万人の組合員は、ロンド市当局と政府の攻撃に対して、度重なるストをもって、隊列を強化して闘い続けているのだ。

ボブ・クロウ書記長の闘いの足跡

 1977年、高校卒業後、ロンドン交通局に入社したボブ・クロウ氏は、1983年NUR(鉄道労働者全国組合)の地域代表に選出され、85年には本部に入った。
 1990年に、NURが、NUS(海員全国組合)と合併して現在のRMT(鉄道・海運・運輸労働組合)となったが、91年に中央執行委員、2002年には、書記長に選出された。この12年間の在任期間中に、RMTは、イギリスで最も戦闘的な労働組合として、組合員を5万9千人から7万8千人に組織拡大することに成功した。その間、ロンドン地下鉄運転士の賃金は2倍になった。TUC(イギリス労働総同盟)傘下の労働組合が軒並みに組合員の減少で打撃を受けているときに、RMTは、組合のホームページで「イギリスで加盟者数が最も早く増える組合」と誇らしげに打ち出している。
 現場労働者に基礎を置き、「組合内の最も低賃金に抑えつけられている労働者(清掃部門など)の利益を守る」(ボブ・クロウ)という立場で闘うRMTの路線は、労働党の完全な支配下にあるTUC(イギリス労働総同盟)の立場と相容れず、2004年RMTは、労働党からの除名という形をとって、TUCと決裂する。【TUCは創立以来、労働党支持団体という建前になっており、選挙において他の政党を支持することは許されなかった。今回のRMTのTUCからの除名の理由は、これを破ったということが理由となっているが、労働党が政権にあるときも、野党であるときも、その路線を批判してきたRMTのあり方そのものが決裂の現実的な根拠である】
 独立労組となったRMTは2007年、ボブ・クロウ書記長を先頭に、職場で闘う戦闘的労働者・組合活動家の結集体として「全国職場委員ネットワーク」(NSSN)を結成した。NSSNに参加した組合は、RMTをはじめ、公共・商業サービス労組、情報産業労組、全国鉱山労働者同盟、監獄労働者労組など10近くに及び、支部単位の結集も多かった。
 ボブ・クロウ書記長は、このNSSNの結成大会の席上で、労働党、社会党、共産党などに代わる労働者階級の新党の建設を呼びかけた。【彼自身は、1983年から97年までイギリス共産党に在籍、97年に社会主義労働者同盟(SLL)に加盟した経歴がある】
 その後2009年、世界大恐慌が進行しているさなか、労働党政権下で、ロンドン交通局が「インフレ率と連動する賃上げ」という提案を行ってきたのを、RMTは「労働者に対する挑戦だ」と批判した。そして、これに伴う4000人の首切りと賃下げに抗議、「これは、民営化による破産のツケを押し付けるものだ」「労働者は、大砲の弾のような消耗品ではない。雇用と首切りを好きなようにさせるわけにはいかない」「恐慌の責任は、銀行資本と政治家にある」と当局と労働党政権を批判して6月、48時間ストを闘う。
 1930年代的様相を強めてきたイギリス・ヨーロッパの階級闘争・労働運動において、RMTを先頭とする階級的労働運動をめざす闘いは、ますます重要性を持ってきている。
(城田 豊)