■News & Review ドイツ非正規職化攻撃と闘うドイツ労働者新自由主義への歴史的反撃の開始
■News & Review ドイツ
非正規職化攻撃と闘うドイツ労働者
新自由主義への歴史的反撃の開始
□低賃金・雇用破壊・社会保障解体
「高賃金・安定した雇用・社会保障制度の完備」「EUの優等生」と言われてきたドイツの労働者の5分の1が、低賃金労働者である(表参照)。この背景にあるのが、1990年代以来の「労働力市場の柔軟化」「雇用・労働形態の多様化」と称して強行されてきた非正規職の急増である。91年に、全就労者の12・8%であった非正規職労働者が、2012年には21・8%にまで増大したのだ。これは、実数でみると正規職労働者2120万人に対し、非正規職労働者は790万人である。官庁統計では「標準的就労者」(終身雇用で年金受給資格などを持つ)、すなわち正規職労働者に対して、非正規職労働者は「非典型就労者」と呼ばれ、「週20時間以下の短時間就労者」「有期就労者」「僅少就労者」「派遣就労者」などに分類され、細分化され、無権利状態にたたき込まれているのだ。
これに加えて、「失業者の労働市場への呼び戻し」と称して、失業手当を生活費の最低限の水準以下に切り下げて、ボランティアという形での非正規・低賃金労働をやらねば生きていけない現実を失業者に強制するという攻撃が行われてきた。これは、最低賃金制のないドイツにおいて、「ミニジョブ」「1ユーロ・ジョブ」(時給1ユーロ/11月22日時点で約137円)と呼ばれ、医療・保健・教育などの公的サービス部門や、流通などで、大規模に「雇用」され、正規職労働者を「駆逐」するてこにされている。
このような現実の中で、ダブル・ジョブが、高年齢層まで含めて社会的に拡大し、非正規職労働者の中では、女性の比率が激増している。
これが、失業率がEU全体の平均で12%に対し、ドイツは6・9%(いずれも201
3年9月現在)という数字の裏に隠されている非正規職化・低賃金化・社会保障の解体・民営化という新自由主義攻撃のもたらした現実だ。
こうした階級戦争を新たな段階に押し上げたのは、社民党シュレーダー政権下の20
03年来の「ハルツ改革」、すなわち新自由主義のヨーロッパ版としての戦後ドイツ社会の改革=解体攻撃であり、世界大恐慌のもとで、いっそう促進されてきた。
□東西統一・新自由主義の破綻と大恐慌
ドイツで新自由主義攻撃が本格化したのは、1990年代に入ってからである。19
90年10月東西ドイツ統一、91年7月ソ連崩壊・東欧圏解体、93年12月EU(ヨーロッパ連合)結成――この戦後世界体制の構造的崩壊を意味する三つの出来事が、ドイツ帝国主義とドイツ階級闘争に新たな局面を開いた。
ドイツは、朝鮮とともに分割国家として戦後世界体制の柱をなし、帝国主義的復活を成し遂げてきたが、1974~75年世界恐慌の爆発による戦後的発展の終わりとその後の米帝とソ連の世界支配の動揺・後退の中で、西独帝国主義による東独の事実上の併合という形で、東西ドイツ統一を成し遂げたのであった。これはヨーロッパの中心における強大なドイツ帝国主義の復活を意味し、帝国主義間争闘戦の激化をもたらしたが、同時に、分割によって強制されたドイツ労働者階級の階級闘争の分断をのりこえ、階級的団結を奪還する条件を準備するものでもあった。
ドイツ帝国主義は、東西統一をもって、スターリン主義支配のもとにあった東独の政治と経済を解体・吸収するために、国営・公営企業の民営化(=西ドイツ企業による乗っ取り)の促進、インフラ投資などを中心に、膨大な国家予算を投入した。このため、統一ドイツは財政危機の重圧下に置かれ、失業率も11・6%(2000年)に達した。
これは同時に、チェコ・ハンガリー・ポーランドなど旧中東欧スターリン主義圏を、EU=独仏帝国主義主導下のヨーロッパに統合する過程と並行して進んだ。〔中東欧諸国のEUへの正式加盟は2004年になってからであるが、上記の中東欧主要3国は、91年にEUと「欧州協定」を締結、99年にNATOに参加している〕
こうした過程は、これら中東欧の旧スターリン主義国家の国有企業・施設の大規模な民営化、そして同時に中東欧労働者の権利剥奪として強行されていった。過剰資本の重圧のもとで、投資(投機)先を求めていた欧米資本は、金融自由化の波の中で、これを絶好機として中東欧諸国に乱入して、手厚い自国の国家的保護のもとで、これら諸国の工場・インフラ・金融機関などを捨て値で買収した。それは、まさに新自由主義を特徴づける〝ショック・ドクトリン〟そのもの、衝撃的国家暴力のむき出しの発動であった。〔この攻撃は、戦後体制の中でスターリン主義に対する反乱を繰り返してきた中東欧労働者人民(1956年ハンガリー、1968年チェコ、1982年ポーランドなど)の革命的決起に対する予防反革命としての意味を持つ〕
この時期、1990年代とは、米日英を先頭としてすでに80年代から開始されていた新自由主義攻撃が、「グローバリゼーション」「規制緩和」「民営化」「外注化」「労組破壊」などの形をとって、中南米・アジア諸国などにわたって展開され、帝国主義間争闘戦の激化と労働者階級に対する階級戦争として強行され、いわゆるBRICS諸国の登場とバブル的膨張の破綻が露呈されていく過程であった。
□新自由主義の本格化
このような展開を受けて、90年代中ごろからEU内部において新自由主義攻撃が本格的に開始されていった。ドイツ帝国主義は、まずは保守コール政権(83~98年)、社民党と緑の党の連立=シュレーダー政権(98~05年)、保守党と社民党の「大連立」政権(2007~08年)、保守党のメルケル政権(09~13年)のもとで、新自由主義攻撃を徹底して展開していったのである。
その攻撃の第一の柱は、保守党コール政権の『アジェンダ2010』に基づいて、社民党シュレーダー政権が、02年に設置したハルツ委員会(その委員長=フォルクスワーゲン社社長の名)が策定した『ハルツ計画』である。これは〝ドイツの過去との断絶〟を掲げて、戦後的な「社会的市場経済」を解体し、労働者階級への系統的な階級戦争を開始する宣言であり、まさに中曽根・レーガン・サッチャーが口火を切った新自由主義攻撃のヨーロッパ版=ドイツ版であった。
『ハルツ計画』は、一次から四次にわたり、体系的に社会保障制度と失業手当・失業対策を、「自己責任」型に転換し、戦後的社会福祉・保障制度の根本的解体をめざすもので、その集大成である〈ハルツⅣ〉は、ドイツ労働者人民の憎しみの的になった。それを象徴するのが、「ミニジョブ」「1ユーロ・ジョブ」である。
第二に、新自由主義下の争闘戦激化の中で、国際競争力の強化の名の下に強行された大規模で長期にわたる「賃金抑制」である。これは、ドイツ労働総同盟を引きずり込み、全産業分野で強行され、その結果、90年代の後半、ドイツ労働者の賃金は、EU諸国の中でも、上昇率からいっても、実質的な水準からいっても、大幅に下落し、冒頭で指摘したように、低賃金労働者が激増した。この攻撃は、次に述べる外注化を圧力にして、「賃上げを要求するなら、低賃金の海外に工場を移転するぞ」というブルジョアジーの恫喝をてことして行われた。
第三に、グローバリゼーションの名の下での外注化(アウトソーシング)の系統的な大規模な強行である。これは、すでに70年代のシュミット政権の時代において、74~75年恐慌の打撃の中から、ドイツ産業の国際競争力の相対的低下は高賃金に原因がある(「産業的立地条件」)として、低賃金地帯・諸国に、工場を移転する攻撃として行われてきたものである。90年代後半から2000年代に入って、東欧スターリン主義圏の解体、EUへの吸収の結果、工場の海外移転が急激に増大した。現在では、ドイツの産業企業の約40%が、工場を海外に移転しており、その結果、ドイツでは大量首切り、工場閉鎖が頻発した。
第四に、すでに見たように、従来の雇用形態のドラスティックな解体、正規雇用労働者の減少と、非正規雇用労働者の激増である。ドイツの従来の雇用・労働形態は、一変した。「不安定雇用」が、支配的傾向となった。
第五に、賃金・労働条件などをめぐる労資交渉において、従来のような、全産業的な労資交渉によって全国均一の統一賃金協定、労働協約を締結するという形態を解体して、各企業・地方、そして工場単位に分解・解体することである。企業・工場ごとの条件(収益状況、労資の力関係など)に依拠して決定が行われ、労働者の団結は、無限に解体・破壊されていったのである。
第六に、民営化攻撃の進展である。テンポや方式は、産業分野ごとに異なるが、趨勢としての民営化は、この間、郵政・通信・鉄道を中心に大規模に進んだ(本誌11月号参照)。
第七に、この過程でブルジョアジーの先兵となったのが、社会民主党であり、その支配下にあるドイツ労働総同盟(DGB)だったということである。98年にシュレーダー政権が成立した際に、ただちに政労資の共同声明に基づいて、「雇用と競争力のための同盟」が結成され、戦後的労資協調の枠を越えたドイツ帝国主義の階級支配の柱が再構築されたのだ。
シュレーダー政権は、就任時に、前保守党政権の内外政策の基本的継承を宣言し、安保国防政策でも、「戦後ドイツ」の枠を越え、NATOによるユーゴ侵略へのドイツ国防軍派兵に踏み切った。これに対し、反体制的批判勢力を装って登場した「緑の党」は、シュレーダー内閣に参加して外務大臣の役を担い、海外派兵を推進した。そして東西ドイツの統一後に形成された「左翼党」が、これを「左」から補完し、新自由主義政策遂行の一翼を担っているのが現状である。
□鉄道民営化反対・反原発軸に反撃開始
こうした情勢に対し、ドイツ労働者階級の反撃が、この数年来開始されている。
07~08年に「ドイツ=ストライキ共和国」を実現した鉄道労組、電気通信労組、公共サービス労働者、医療労働者の闘い、11年のゴアレーベンの核燃料廃棄物搬入阻止闘争が突破口を切り開いた。12年には、職場で闘う戦闘的労働者によるベルリンの「革命的メーデー」が、体制内労組の動員を上回る2万5千人の結集でかちとられ、会場で動労千葉からの連帯メッセージが読み上げられた。そして今回の11月集会には、「ベルリン都市鉄道民営化反対行動委員会」代表の機関士労働者が「分割・民営化、非正規職化、搾取の体制反対」というスローガンを書いたTシャツで登壇し、国鉄決戦との路線的一致を確認した。
大恐慌下における階級的労働運動の新たな国際連帯が、ドイツにおいても新たな次元を切り開きつつあるのだ。
(川武信夫)
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(表)欧州各国と日米の低賃金労働者の割合(%)(2010年/OECD)
ハンガリー 21
英国 20.6
ドイツ 20.5
アイルランド 20.1
スロバキア 20
ポーランド 19.6
スペイン 15.6
ギリシャ 13.3
イタリア 9.5
スイス 9.2
ポルトガル 8.9
ベルギー 4
米国 25.3
日本 14.5
「低賃金労働者」は原則としてフルタイム就業者の賃金の中央値の3分の2以下で働く人。ドイツの数字は「ミニジョブ」を含まない)〔朝日/03年7月23日〕