書評 被差別部落に生まれて― 石川一雄が語る狭山事件 黒川みどり≲著≳ 岩波書店 定価2500円+税 語られるのは部落解放闘争の真価
週刊『前進』04頁(3304号04面04)(2023/07/24)
書評
被差別部落に生まれて― 石川一雄が語る狭山事件
黒川みどり≲著≳ 岩波書店 定価2500円+税
語られるのは部落解放闘争の真価
(写真 くろかわ・みどり 静岡大学教授。『被差別部落認識の軌跡―異化と同化の間 』、『近代部落史―明治から現代まで』など著作)
世界が戦争情勢に突入し、労働者人民と国家権力の関係がますます非和解化している。その中で5月に出版された黒川みどり著『被差別部落に生まれて―石川一雄が語る狭山事件』には、「えん罪」というより「狭山闘争=部落解放闘争」そのものが記されている。石川一雄という、部落差別によって人間らしい生活の一切を奪われ、「殺人犯」にまで突き落とされた一人のプロレタリアが立ち上がり、全世界を獲得した過程が見事に描かれている。
それは著者が「石川さんのこれまでの人生にこそ、まさに部落問題が集約的に体現されている」と確信し、「石川一雄が質問に答える形で語ったことを、できる限り再現した」ことでなし得たことだと思う。
狭山事件は、1963年5月に埼玉県狭山市で発生した女子高校生の誘拐・殺人事件である。身代金を取りに来た犯人を取り逃がした警察への非難が集中し、当時の国家公安委員長は「なんとしても生きた犯人を捕まえる」と発言。市内の被差別部落に見込み捜査を集中させ、5月23日、石川一雄さんという当時24歳の部落青年を別件で逮捕。マスコミも差別的な報道を繰り返した。
およそ1カ月にわたる監禁と拷問的取り調べ、さらに小学校にもまともに通えず、文字の読み書きもできなかった石川さんの「無知」にもつけ込み、警察はウソの「自白」を強制。それに沿って次々と「証拠」がでっち上げられ、一審では死刑判決が下された。
ここから石川一雄さんの闘いが始まる。獄中で文字を必死に学び、無実を訴えた。この訴えに、部落民を始めとする日本の労働者階級が文字通り巨万の規模で応え、ともに立ち上がった。闘いは、二審判決(1974年10月31日)前には日比谷公園を埋め尽くす11万人の決起となって爆発した。部落差別を打ち破る巨大な階級的団結が生み出されたのだ。
この闘いに恐怖した東京高裁・寺尾裁判長は石川さんに無期懲役を言い渡した。その後1994年には仮出獄がかちとられるが、再審は実現しておらず、石川さんの手には「見えない手錠」がかけられたままだ。
本書では、権力犯罪である狭山差別裁判と、それに立ち向かった石川一雄さんの生い立ちから、多くの支援を獲得していく喜びや感謝、解放感などが石川さん自身の言葉として、詳細に記されている。そこには裁判所・国家権力への「幻想」のようなものなどひとかけらもない。決して「かわいそうなえん罪の被害者」ではなく、本質的には勝利者であることが明らかになっている。
「不完全な無罪判決ではなく、私達部落兄弟の夜明の導火線として完全無罪判決」(本書に資料として掲載の「被告人最終意見陳述」)をかちとることは、日本の労働者階級の歴史的責務であることをあらためて自分自身の決意としたい。
特に青年労働者や学生に本書を読んでもらい、狭山事件と石川一雄さんのことを知ってもらいたい。そして一緒に狭山闘争に立とうと呼びかけたい。
(埼玉 戸郷久人)