星野国賠全国運動の発展を 11・23全国集会 獄死責任追及へ怒り新た
星野国賠全国運動の発展を
11・23全国集会
獄死責任追及へ怒り新た
1971年11・14沖縄闘争に決起し、無実なのに獄中44年を強いられた星野文昭さんが、巨大な肝臓がん切除手術後に無念の死を遂げてから1年半。「星野文昭さん獄死を許さない11・23全国集会」が星野さんをとり戻そう!全国再審連絡会議の主催で開かれた。東京・墨田区の曳舟文化センターに全国から340人が集い、星野さんを獄死させた徳島刑務所、東日本成人矯正医療センターの責任を追及する国家賠償請求裁判闘争を軸に新たな星野闘争を切り開くことを誓った。
「星野文昭になる」
星野暁子さんから贈られた文昭さんの遺品のシャツを着た青年が、「今日は星野文昭になって司会を務めます」とあいさつし、星野さんたちが渋谷闘争を闘った11月14日に営まれた群馬の安養院での納骨式までのドキュメンタリー映像が上映された。星野さんの墓石には彼が繰り返し語っていた言葉、「すべての人間が人間らしく生きられなければ自分も人間らしく生きられない。すべての人間が人間らしく生きられるように自分の生を貫きたい」が刻まれている。隣には、共に11・14闘争を闘った奥深山幸男さんが眠っている。
弁護団が報告に立ち、保全された膨大な証拠とその分析に基づいて攻勢的な裁判闘争になっていることが述べられ、参加者を鼓舞激励した。12月3日の第3回口頭弁論への結集が呼びかけられた。
全国再審連絡会議の共同代表・狩野満男さんが「星野国賠に勝利する全国運動の発展をかちとろう」と題し基調報告を行った。
96年に始まった再審請求の闘いの上に2017年以降、獄中40年を超えた星野さんの即時奪還へ取り組んだ更生保護委員会闘争について「星野闘争の土台を一回りも二回りも大きくしたことは間違いない。星野さんが求めた『人間が人間らしく生きる』新しい社会を求める根底的な力として蓄積されている。この偉大な蓄積を一人ひとりが引き継ごう」と訴えた。そして、「コロナ下で進む労働者民衆の闘い、改憲・戦争阻止の闘いと結合し、生きていけない現実に怒る人たちと広範につながり、国賠闘争に勝利する全国運動を広げていこう」と呼びかけた。
12・3法務省デモへ
福山竜一さんが「とり戻そう星野」「ソリダリティー〜団結」などを熱唱、手拍子が呼応し会場が一体となった。星野国賠に勝利する全国運動呼びかけ人の金元重さん(国鉄闘争全国運動呼びかけ人)、土屋翼さん(国賠ネットワーク)、船木明貴さん(改憲・戦争阻止!大行進神奈川)が、国賠勝利への決意を語った。大坂正明さん救援会が、11・14渋谷闘争で「殺人罪」をでっち上げられ闘っている大坂さんが勾留中の東京拘置所で鼻にポリープができて鼻呼吸ができなくなり手術を求めていることなどを訴えた。
最後に家族の星野暁子さんと星野誉夫さんが登壇。冒頭、12・3法務省弾劾デモへの参加を訴えた暁子さんは「文昭に代わって声を上げることが『星野文昭になる』こと。国賠をやり、絵画展をやり、虐殺弾劾のデモをやる。この闘いで10万、100万人の決起をつくり出すことは必ずできる。改憲と戦争の菅政権をひっくり返そうと本気で闘い、その力で国賠に勝利しよう」と呼びかけた。
「87年国鉄分割・民営化攻撃と一体で星野文昭の無期が確定した。この時、再審はしないという決定が出たが、文昭と共に2年がかりで再審をするという決定を闘い取った。文昭を全面的に信頼して闘った更生保護委員会闘争はこの誤りをのりこえた闘いであり、圧倒的な労働者民衆に支持された」と確信を込めて語った。
12・3国賠裁判と法務省デモを全力で闘おう!
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星野文昭さん獄死を許すな
12・3国賠裁判?法務省弾劾デモ
12月3日(木)
午前9時30分 東京地裁前集合、宣伝活動
11時 口頭弁論傍聴
11時30分 日比谷公園霞門集合
正午 デモ出発
主催 星野さんをとり戻そう!全国再審連絡会議