8・9長崎闘争 被爆75周年 「敵基地攻撃能力」に怒り 核兵器と原発なくせ

週刊『前進』04頁(3155号02面02)(2020/08/17)


8・9長崎闘争
 被爆75周年 「敵基地攻撃能力」に怒り
 核兵器と原発なくせ

(写真 被爆者・城臺美彌子さんが訴え【8月9日 長崎市】)

 被爆から75年、今年の8・9長崎反戦反核集会は新たな核戦争情勢と対決し、被爆の実相と被爆者運動を青年・学生へ継承することを課題にして勝ち取られた。8月8日には平和学習を行い、9日当日の午後には長崎市内でNAZENナガサキ主催による「被爆75周年 8・9反戦反核長崎集会」が開催された。
 集会では冒頭、今年逝去されたNAZEN呼びかけ人の鈴木達夫弁護士と、2018年に来日されて8・9長崎集会で韓国の原発の現状と反原発運動について報告されたソブンスクさんへの黙とうが行われ、冥福を祈った。
 長崎の被爆者・城臺美彌子(じょうだいみやこ)さんが「被爆75周年、今思うこと」と題して講演をされた。城臺さんは、核戦争のかつてない危機が迫っていると冒頭に指摘し、「自分の国のファーストばかり主張する世界の指導者が、ののしり合いながら核兵器の実戦配備を急速に進めている」と弾劾した。「安倍政権も敵基地攻撃能力の保有、新たな安保策定の議論に着手するとして先制攻撃を行おうとしている」と怒りを込めて語った。
 城臺さん自身や谷口稜曄(すみてる)さんら多くの被爆者の被爆の状況を語り、自分自身は直後に避難したので今も生きているが、多くの隣人や友人が次々と死んでいったこと、被爆者が傷口をウジにかまれながら、アカザなどの野草を食べてやっと生き延びた状況を語った。
 日本は核兵器禁止条約も締結していない。イラクでは劣化ウラン弾が使用されたが、「世界は核に汚染されたら生きていけない」と指摘し、「福島の内部被曝問題も政府に認めさせなければならない」と訴えた。
 そして「コロナと核の二つの問題と闘って生きていかなければならない。平和とは当たり前の生活ができること。それが急にできなくなった。コロナ禍は戦時中と同じだ。この状況をいかにして平和につなげていくかが問われている」と講演をしめくくった。
 続いて、広島大学の学生が「集会禁圧を打ち破って、広島も長崎も集会を打ち抜けた。被爆者の生きさせろの叫び、戦争と核を認めない闘いをとらえ返して実現した。コロナ情勢の中で新たな闘いが始まっている。75年にわたる反核闘争を引き継いで闘っていきたい」とアピールした。
 NAZENふくしまが作成したビデオメッセージ「10年目のフクシマ」が上映され、放射能汚染が続く福島の今が伝えられた。そして来年の保養に向けた訴えがなされ、NAZENナガサキのテーマソング「だいすきで たいせつなひとへ」が披露(ひろう)された。
 協賛団体の動労総連合・九州の羽廣憲委員長が「戦争も許さず、資本との闘いもあきらめず、一歩も引かない労働組合を再建するためにがんばっていきたい」と決意を表明した。動労千葉の関道利委員長の11・1全国労働者集会を呼び掛けるメッセージが読み上げられ、「『コロナ危機』で、時代は音を立てて動こうとし、私たちの構え次第で巨大な可能性が生まれる」との訴えが紹介された。
 このコロナ禍で住宅街に長崎大学と国が危険な病原体を扱うBSL4施設を建設していることに反対する住民、レイバーユニオン福岡、改憲・戦争阻止!大行進・北九州も登壇し、マイクを握った。京都大学の学生は「京大で731部隊を隠蔽(いんぺい)しようとしている人物が学長となり、軍事研究も進んでいる。学生運動への弾圧を許さず、労働者・学生の決定権を奪い返していく」と熱烈な決意を表した。
 橋里耕悟事務局長がまとめの発言を行い、広島被爆者訴訟の勝利と内部被曝問題について語り、「戦争に反対する、核に反対する、非正規労働に反対する、これは同じ問題」と強調、国際連帯を求めて11月労働者集会に集まろうと呼びかけた。最後に「核兵器の廃絶と原発の停止、安倍政権による改憲に反対する集会決議」を採択し、満場の拍手の中で閉会した。
 今年の8・9長崎集会は75年の節目の年として、新たな反戦反核闘争の出発点をつくった。
このエントリーをはてなブックマークに追加