長野新幹線車両センターが水没 遊水地に基地造り被害拡大

週刊『前進』04頁(3080号02面01)(2019/10/28)


長野新幹線車両センターが水没
 遊水地に基地造り被害拡大


 台風19号による被害は今も続いている。10月23日時点で、台風による死者は13都県で84人、行方不明者は9人に上っている。避難所にいる人は約4千人だ。これほどに被害を拡大させたのは、資本の利益だけを優先し、治水を放棄してきた新自由主義政策だ。

新幹線開通と連動した浅川ダム建設

 長野市では13日未明、千曲川の堤防が決壊し、5086世帯が泥流に襲われた。JR東日本の長野新幹線車両センターも水没し、北陸新幹線の車両30編成のうちJR東日本所有の8編成とJR西日本所有の2編成、計120両が水に漬かった。この車両が廃車となることは避けられず、その損害は328億円に上る。
 JR幹部はこの事態について、「なぜ、こうなったのか分からない」と言う。だが、車両センターがある長野市赤沼は、同市のハザードマップでも、洪水時の浸水は最大10㍍以上になると予想されていた場所だ。車両センターは千曲川の支流の浅川に沿う形で造られているが、もともとそこは浅川の氾濫(はんらん)に備えての遊水地だった。
 車両センターのある長野市東北部は、大量の降雨で千曲川が増水すると、千曲川に注ぎ込めなくなった浅川が氾濫し、何度も被害を受けてきた。遊水地は、洪水の被害を少しでも軽減するために設けられていた。
 北陸新幹線は長野冬季オリンピック直前の97年に長野まで開通した。長野新幹線車両センターは当時の鉄建公団が建設した。その際、鉄建公団は、遊水地を奪われる地元の人々を、「浅川上流にダムを造れば洪水は防げる」と言ってねじ伏せた。
 こうして浅川ダムの建設計画が動き出した。洪水は浅川が千曲川との合流を妨げられて起きる問題なのに、対策は浅川の流量を制御することにすり替えられた。しかも、この計画には、ダムに水没する道路を付け替えるという名目で、オリンピック用道路の建設費をダム予算からひねり出すという狙いもあった。「脱ダム」を唱える田中康夫長野県知事の時にダム計画はストップしたが、その後、工事は強行されて、ダムは17年に完成した。
 今回の台風でも、堤防決壊が起きる前に浅川が氾濫している。その水が内側から堤防の決壊を促進した可能性もゼロではない。
 治水にはまったく役に立たない浅川ダムの建設に膨大な公費が投じられてゼネコンを潤す一方、千曲川の堤防強化や河川の浚渫(しゅんせつ)、河道を広げる工事は後回しにされた。
 千曲川の上流部も含めてこうした対策がなされていれば、今回のようなとてつもない被害にはならなかったはずだ。

洪水が起きる危険は今も続いている

 天皇の即位儀式が強行された22日、千曲川流域には再び緊急避難指示が出された。この日、東日本の広い地域で大雨が降った。台風19号のダメージで、浅川など千曲川支流の7個所の排水場が機能を停止したままだ。少しの増水でも、支流は本流に流れ込めずに氾濫しかねない。被災地をまたも洪水が襲う危険性は、今も去ってはいない。天皇即位儀式などしている場合ではないのだ。
 長野新幹線車両センターの水没は、地域を破壊するJRの姿を浮き彫りにした。JRやゼネコンなどの資本の利益のために人命を切り捨てる国家のあり方も突き出された。治山治水を放棄した支配者は支配者たりえない。それに加え、安倍政権は改憲を強行し、戦争で労働者人民の命を奪おうとしている。
 この現実への怒りを11・3労働者集会に結集しよう。闘う労働運動を再生し、労働者人民が生きていくことのできる社会を、ここを起点に取り戻そう。
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