運転士・車掌の廃止許すな メーデーに立ちJRに反撃を
週刊『前進』04頁(3030号02面01)(2019/04/22)
運転士・車掌の廃止許すな
メーデーに立ちJRに反撃を
熟練を否定すれば安全は大崩壊する
JR東日本が来年4月に強行しようとしている運転士と車掌の廃止は、これまでの鉄道のあり方を根本的に転換する攻撃だ。国鉄分割・民営化の時と同じように、JRはそれを全社会に波及させることにより、労働者全体を非正規職にたたき込もうと狙っている。JRは、運転士や車掌という職名をなくし、「乗務係」「乗務指導係」「乗務主任」「乗務主務」に変えるという。だが、列車を運転する運転士の業務や、安全を確認し乗客との対応に当たる車掌の業務自体がなくなることはありえない。JRがたくらむ無人運転化は、それ自体が無謀きわまるものだが、強行できたとしても、その対象は首都圏の一部の線区に限られる。
にもかかわらずJRは、運転士や車掌の職名をこれ見よがしになくすことで、その業務自体がなくなるかのような不安をあおり、労働者の屈服を取り付けようとしているのだ。
運転士や車掌という職名には、何千人の乗客の命を預かり、安全に列車を運行する労働者の誇りが刻まれている。それを廃止することで、JRは労働者に対し、「安全運行より会社の利益をまず考えよ」と意識の変革を迫ってきたのだ。
JRは、乗務員はこれまで「作業ダイヤに指定された定型的な業務を行う」ことが求められたが、今後は「新たな輸送サービスの価値の創造に貢献する」ことが求められると言う。しかし、事故や緊急事態への対応力は、定型的な業務を安全に遂行しようと努力する中でこそ培われる。
JRは、そうした技能や熟練をすべて否定してきた。その行き着く先は、安全の全面的な崩壊だ。
鉄道業務の全面的な分社化を前提に
JRは、運転士や車掌に登用するための社内試験も廃止し、乗務員への異動は「任用の基準」で行うと言う。「任用の基準」とは、会社の胸先三寸ですべてが決まるということだ。とはいえ、列車を運転するためには国家資格としての免許がいる。今後は、免許を取得しても、会社におもねって言いなりになると誓った者しか、運転士にはなれなくなる。
JRは、この改悪で「早期から企画部門等の他職に挑戦できる機会が増える」ことになると言う。車掌や運転士を経験したら、早く管理職になれというのだ。
提案はまた、労働者に同じ仕事を10年以上はさせないとしている。仕事に習熟し、自信を持ってその業務に携われるようになるためには、10年程度の時間はいる。JRは、それも否定した。運転士や車掌の仕事は、出世のためのステップとしてしか位置づけられていない。
これは、10年以上乗務しても管理職に昇進しない者は、JRには残れないようにすることも意味している。運転士や車掌の業務も分社化・外注化し、管理職になれない労働者は分社に転籍させるのだ。今回の提案は、明らかに鉄道業務の全面的な分社化を前提にして出されている。
JRの提案文書には、乗務員を経験した労働者がその後にたどる職歴として、企画部門への昇進や駅業務への再配置のほかに、「さらに多様な経験」を積むことになると書かれている。「多様な経験」の名で、労働者は幾つもの外注会社をたらい回しにされるのだ。
これもすべて「任用の基準」で決められる。労働者を好きなように使い回し、非正規職化することが、運転士・車掌廃止の目的だ。
労働組合が闘えば支持は必ず広がる
この攻撃は、労働組合を解体するための手段であるとともに、労働組合をつぶさなければ強行できない。すでにJRは、JR東労組の現場組合員や東労組からの脱退者に対し、本人の意思に反する強制異動を次々と発令している。攻撃はすでに実行されつつある。だが、労働組合が団結して反撃すれば、あまりにでたらめなこの攻撃は破綻に追い込める。「会社の金もうけと自分の出世のことだけを考えろ」と資本に強いられた乗務員に、乗客は自分の命を預けられるだろうか。闘えば社会の広い支持を得ることは必ずできる。
動労千葉のストライキを先頭に動労総連合は3月ダイヤ改定と闘い、反転攻勢の道を切り開いた。天皇代替わりと対決するメーデーに立ち、運転士・車掌廃止の攻撃を打ち砕こう。