書評 祖国が棄てた人々―在日韓国人留学生スパイ事件の記録 今、日韓で共有すべき現代史
書評
祖国が棄てた人々―在日韓国人留学生スパイ事件の記録
今、日韓で共有すべき現代史
2015年夏に韓国で発行された『祖国が棄てた人々―在日韓国人留学生スパイ事件の記録』の日本語版が発刊された。朴正煕(パクチョンヒ)軍事独裁政権以降の韓国の歴史を、人物を通して明らかにしたものと言える。
出版記念し講演会
11月22日、出版記念講演会が立教大学で開かれた。教室を埋め尽くした参加者は、75年11・22在日韓国人母国留学生事件の始まりとともに、その救援運動にさまざまな形で関わっていた人たちが中心であった。
記念講演は著者の金孝淳(キムヒョスン)氏が行った。金氏は、1988年ハンギョレ新聞の創刊に参画、東京特派員を経て、一貫して編集、発行に責任をとってきた人物である。
また2010年末にこの事件の再審を専門的に担当する法律家組織としてつくられた「在日同胞再審弁護団」の弁護士も来日し、文字通り43年の苦難の歴史を乗り越えた記念すべき集会として勝ち取られた。
弁護団の中心的存在である李錫兌(イソクテ)弁護士(セウォル号惨事特別調査委員会委員長)は本書の「推薦の辞」の中で発刊の意義を次のように言っている。「......相当数の再審裁判が締めくくられた現時点で、彼らの無念でやりきれない体験の内容を多くの人々に伝え、共有することが必要だと考えた」
その上で現情勢を「国家保安法が厳然として存在し、分断体制が維持されている現実において、これに類似した事件が繰り返されないという保証はどこにもない」と警鐘を鳴らしている。
金元重さんが登場
本書は12章の構成で事件の全容、その前史としての朴正煕軍事独裁政権の極限的人民弾圧によって命を奪われた烈士の存在も明らかにされている。
第2章は「思想まで罪に問われた在日青年」として国鉄全国運動の呼びかけ人である金元重(キムウォンジュン)さんが登場する。 金さんは「母国を訪ねて人生が台無しになったと考えるか」と問われて、「母国にいる同世代の若者が、時代の痛みを背負い耐えていた現実のなかで、私が無駄な歳月をすごしたとか、母国に行って人生を台無しにしたなどとは考えていない。だからといって自慢するほどのことは何もないが、母国留学に行ったのを後悔したことはない」と答えている。
第5章では「でっち上げを支えた日韓右翼の暗躍」として、事件ねつ造の過程で日本の国家権力と右翼がいかに関わっていたかを暴いている。
また死刑判決を受けた李哲(イチョル)氏が3年3カ月、康宗憲(カンジョンホン)氏が5年9カ月、減刑されるまでの間、24時間手錠をかけられていた、と述べているが、これも日帝時代から継承されていたことだった。まさに日帝の朝鮮植民地支配の歴史は今なお、韓国のさまざまな局面で生き続けていることを改めて感じた次第である。
歴史館開設の力に
2016年8月、韓国の「西大門(ソデムン)刑務所歴史館」に「在日被害者の資料展示室」が常設開設された。この開設も、本書が大きな役割を果たしたことは想像に難くない。
韓国の優れたジャーナリスト崔承浩(チェスンホ)氏もドキュメンタリー映画「自白」「共犯者たち」で在日韓国人政治犯の存在に触れている。
粘り強い民主化闘争、とりわけ87年労働者大闘争以降の労働運動の地平の上に独裁政権下での弾圧が見直され、真相究明と名誉回復・再審無罪の道が開かれたのである。
400㌻の大書であり、3600円と高価ではあるが、ぜひ手にとって読んでほしい。
(高橋陽子)
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▼在日韓国人留学生スパイ事件 「11・22在日韓国人母国留学生事件」のこと。朴軍事独裁政権末期の1975年11月22日、在日韓国人留学生が北朝鮮のスパイにでっち上げられ、死刑を含む極刑で長期投獄された。80年代中期まで留学生の他に在日実業家なども同容疑で逮捕・投獄され、犠牲者は100人超に。33人が再審無罪を勝ち取り、再審中、再審準備を含め闘いが続いている。