北原鉱治さんを追悼する 面会で「三里塚に来い」 この約束を必ず果たす 星野文昭
週刊『前進』04頁(2873号03面02)(2017/09/04)
北原鉱治さんを追悼する
面会で「三里塚に来い」 この約束を必ず果たす
星野文昭
(写真 北原事務局長は2007年9月18日、徳島刑務所で星野同志と面会し、「『三里塚に帰ってこいよ』と言ったら『北原さんが元気なうちに必ず』と約束してくれた。アクリル板越しにお互いに手を合わせて再会を約束した」と語った。写真は刑務所正門前で星野暁子さんと)
親愛なる北原鉱治さんを追悼して。
10年前に徳島まで足を運び私に会いに来られ、親しくお話しができた光景が昨日のように思い出されます。
1971年11月14日の「渋谷暴動闘争」の前の夏、秋の三里塚現地闘争以来の再会でしたが、空白を感じさせない面会でした。そして「三里塚に来い!」が約束の言葉でした。
北原さんをひと言で言うと信念の人だったと思います。戦争を身をもって体験して、その本質が財閥はじめ1%のために労働者人民を殺し合わせるものであり、半分以上に餓死・病死を強いるものであることが骨の髄まで刻み込んでいたからこそ、二度と戦争を許さない、戦争の無い世の中を、という信念は一点のくもりのない譲ることのできないものだったと思います。
だから北原さんにとって三里塚軍事空港絶対反対・農地死守が勝利の道であることは揺るぎなく、幾度かの脱落・逃亡と闘うことによってそれは不動なものになり、その真の勝利が労農連帯にあることも、闘いの中で揺るぎないものになっていったのだと思います。
それは今日の情勢の中ですべての労働者人民に勝利の道を示すものになっています。朝鮮侵略・核戦争、数百万人を虐殺し、労働法制改悪で低賃金・長時間労働を強い、TPPで農業・農民を切り捨てる安倍政治。この安倍政権を労農連帯・団結の闘いで打倒し、労働者人民の手にすべてを奪い返す道を示しています。
北原さんは、三里塚闘争に責任を取りきって闘うことを通して、勝利し、めざすものを手にしていったのだと思います。
酔うと「ロマンが大事」と言っていたように、戦争体験から戦争絶対反対を三里塚闘争に貫いて闘うことを通し、労農連帯、労働者人民の団結の力で世の中を変えていく、労働者人民に戦争・搾取・貧困を強い、人間が人間として生きられなくする安倍やトランプなどの権力を打倒して、戦争・搾取・貧困の無い、誰もが人間らしく生きられる社会を実現していく、それが北原さんのロマンそのものだったのだと思います。
面会での「三里塚へ来い」は、その闘いを一緒に闘おうということであったし、その約束は必ず果たしたいと思います。
亡くなる時、北原さんの中には、本当にやり切ったという思いと、戸村さんや大木よねさん、宮本さん、鈴木さんなどが「ご苦労さま」と握手の手をさしのべる光景があったのではと思っています。
北原さんの遺志を引き継いでいくことを誓います。
今1%が巨大な富・過剰資本を抱え込んで大恐慌に行き詰まり、それでも利潤をむさぼるために労働者人民に低賃金・長時間労働・過労死、生きられないほどの搾取・貧困・犠牲を強いています。さらにもうけをめぐる争闘戦が、戦争・核戦争―世界戦争に進もうとしています。資本主義が音を立てて崩れています。
社会を動かす社会の真の主人公である労働者人民が団結し、闘う労組、三里塚・沖縄はじめ闘う拠点を拡大しましょう。民主労総に続くゼネスト・民衆決起によって安倍・トランプはじめ支配階級を倒しましょう。北原さんが望んだように戦争の無い、搾取・貧困の無い、誰もが力を合わせ人間らしく生きられる社会をかちとりましょう。
その闘いと一つに三里塚・沖縄を闘い、無実で無期43年投獄の星野、46年指名手配の大坂正明さんの解放をかちとりましょう。
そうして北原さんとの「三里塚に来い」の約束を果たします。
(8月20日/徳島刑務所在監)