韓国 セウォル号惨事から1000日 〝財閥トップ拘束を〟

週刊『前進』04頁(2813号02面02)(2017/01/23)


韓国
 セウォル号惨事から1000日
 〝財閥トップ拘束を〟

(写真 「イジェヨンを監獄へ」と訴えるサムスンの労働者【1月11日 ソウル】)


 1月7日、本年第1回目、のべ11回目となるキャンドル集会がソウル・光化門広場で開催され、60万人が集まった。2014年4月16日のセウォル号惨事から1000日目となる9日を前に、「パククネは下野し、セウォル号は揚がってこい」を掲げて事件の真相究明と責任者処罰を求める集会となった。
 本集会に先立って行われた「4・16セウォル号惨事国民調査委員会発足式」では、生還した学生9人が初めて登壇して自らの思いを訴えた。代表は「後で友人と再会したときに、君たちに恥ずかしくないよう頑張って生きてきたと、私たちと君たちを引き離した人たちを全員見つけ出して責任を問い、十分に罰を受けさせたと、堂々と話せるようになることを望みます」と述べた。
 今日のパククネに対する怒りの決起の発火点こそ、セウォル号惨事をめぐる遺族の闘いだ。規制緩和による老朽船の利用、外注化による救助体制の崩壊に加え、パククネ政権は迅速な対応を放棄し、助かるはずだった命を見殺しにした。これは単なる事故ではなく、新自由主義が極限まで推し進められる中、大資本と政府の癒着により引き起こされた国家による虐殺だ。船体引き揚げを要求する遺族の声は無視され続け、犠牲者304人のうち9人は、今なお冷たい水の中に沈んだままとなっているのだ。
 民主労総は全教組を先頭に、遺族に寄り添って闘ってきた。人の命よりもカネもうけを優先させる新自由主義を告発するセウォル号遺族たちの人生をかけた闘いは、鉄道労組のストライキと並んで韓国の労働者民衆の闘いを根底で支えてきた。
●高まる財閥への怒り
 この冬一番の冷え込みとなった14日にも、パククネの即刻退陣・早期弾劾、財閥トップ拘束を求めて第12回汎国民行動が行われ、ソウル13万人、全国各地1万6千人が行動に立った。
 本集会では、サムスンLCD工場に勤務し脳腫瘍(のうしゅよう)をわずらった労働者の母親が「カネと権力でランク付けする世界ではなく、人間の尊厳と価値が尊重される世界でなければならない」と訴え、現代自動車非正規職支会のイソンデ代議員は「財閥をなくし、正規職と非正規職を分断している境界線をなくさなければならない」と決意を述べた。
 光化門広場に隣接する米大使館の壁には「NO THAAD(サードはいらない)」の大きな文字が映し出された。集会後のデモは青瓦台や首相官邸、憲法裁判所などに加えて財閥を直撃するコースも設定され、都心のSK、ロッテ、ハンファ、GSなどの財閥資本の建物前では「パククネ退陣」「早期弾劾」「ファンギョアンは辞めろ」のコールが響き渡った。
 これに先立つ9〜14日には「財閥トップ拘束集中行動期間」として連日、現代、サムスン、ロッテなどの財閥本社を直撃する行動が行われた。
 14日にも、サムスン電子の半導体工場で働いていたキムギチョルさんが急性骨髄性白血病で31年の生涯を閉じた。サムスンは労災とも認めなかった。これまでサムスンの工場で命を奪われた労働者は79人に上り、その多くが青年労働者だ。労働者たちの命と引き換えに巨額の富を築いてきたのが巨大財閥サムスンだ。このような社会が続いていくことなど、どうして許せるか! サムスン労働者と家族たちの怒りと悔しさこそが、贈収賄をめぐってサムスングループの事実上のトップであるイジェヨンをパククネ同様に引きずり出し、拘束令状を出させたのだ。
 「1987年の6月抗争は憲法を変えたが、2017年のキャンドル市民の闘いは世の中を変える闘いだ」(14日キャンドル集会での発言)という決意をともにし、安倍打倒―ゼネスト実現の2017年決戦を闘おう。

このエントリーをはてなブックマークに追加