富山再審闘争 最高裁が特別抗告棄却 無罪へ第2次再審を闘う 富山保信
週刊『前進』04頁(2757号04面01)(2016/06/20)
富山再審闘争
最高裁が特別抗告棄却
無罪へ第2次再審を闘う
富山保信
5月25日、最高裁は、東京高裁第4刑事部が行った再審請求棄却決定(東京高裁第3刑事部)に対する異議申立棄却決定への特別抗告を棄却しました。デッチあげ維持に汲々とする司法権力の本質を物語るものであり、絶対に許すことはできません。
決定主文は「本件抗告の趣意は、憲法違反、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張」というが、無実の人間の雪冤(せつえん)の訴えが「単なる事実誤認の主張」とはなんたる言い草でしょうか。1975年1月13日のデッチあげ「殺人罪」逮捕以来の闘いをいったいなんだと考えているのでしょうか。刑事裁判と称するにはあまりにもお粗末で、人権感覚の片鱗(へんりん)すらなく、恥を知れと言うほかありません。
私は無実です。不当逮捕以来一貫して無実を訴えてきましたが、今回の決定には怒り心頭に発しています。断じて屈することなく第2次再審闘争に取り組みます。みなさんのご支持・ご支援をお願いします。
目撃証言デッチあげ暴く
1974年10月3日、反革命カクマルが完全殲滅(せんめつ)され、その戦闘を口実に私は75年1月13日デッチあげ「殺人罪」で逮捕、2月3日起訴されました。81年3月5日に一審東京地裁が無罪判決、しかし85年6月26日に二審東京高裁は「逆転有罪・懲役10年」判決を出し、87年11月に最高裁が上告棄却。大阪刑務所で服役し、94年6月20日に再審請求を行い、95年12月19日に満期出獄。2004年3月30日に東京高裁第3刑事部が再審請求を棄却、15年5月29日に第4刑事部が異議申立を棄却、そして16年5月25日に最高裁による特別抗告棄却に至りました。粘り強い闘いで、八海(やかい)事件元被告の阿藤周平さんをはじめ多くの心ある人びとの決起をかちとり、ともに前進してきました。
裁判の争点は目撃証言の信用性です。科学的知見に基づく分析・批判は、デッチあげの不当性を暴き出しました。とりわけ11年を要した再審の異議審における闘いは、それまで隠蔽(いんぺい)されていた27人の目撃者の供述調書等60通、さらに法廷で証言した6人の目撃者の面通し、面割りに関連する捜査報告書等8通を開示させました。それらと確定審までの証拠を総合的に検討して私の無実を裏付けました。
開示証拠を見ると、事件直後の目撃者たちの中で私の特徴を言っている者はいません。特に最も大きな特徴である180㌢という身長について誰も言及していません。
私の無実を証明した鑑定
異議申立棄却決定は、確定判決(東京高裁の「逆転有罪」判決)で最も信頼できるとされたI証人の視力(「左0・1ないし0・2程度、右0・3ないし0・4程度」)では16・45㍍の距離からは初めて見た人物を識別できないという鑑定結果にまっとうに応えていません。事実に反するデッチあげ「殺人罪」弾圧を追認した確定判決は、真実を踏みにじるために論理学的にも破綻した論理展開を重ねました(例えば「がっちり」「角張った顔」と「ほっそり」「細面」は矛盾しないとまで主張している)。そして、その擁護のために開き直った再審請求棄却決定は、お粗末きわまりないものでした。
そして、異議申立棄却決定は拙劣さにいっそう輪をかけるものでした。
I証人は「当時日常生活を特に不自由なく裸眼で送っていた」というが、それは「既知の情報を利用」できることが前提となっているから可能なのであり、本件は初めて見る人物が対象の「既知の情報を利用できない場面」なのです。「見る」「見える」と「識別する」「識別できる」は、明白に別の事柄です。最も良好な条件下で実験を行い、その結果「識別できない」という結論に達した鑑定(科学的知見)こそ、私の無実を証明しています。
さらに容貌(ようぼう)の識別ができないI証人の視力でも大きさの判別はできるにもかかわらず私の身長180㌢を指摘できないで、後に「こんなに大きかったかな」と述懐する羽目になったのは、捜査当局の暗示・誘導があったことの証明でなくてなんだというのでしょうか。
戦争への治安弾圧粉砕を
異議申立棄却決定は、新たに開示された証拠について真摯(しんし)な検討をまったくしていません。これで人の人生を左右する判定をするとは怒りに堪えません。この異議申立棄却決定とそれを追認した最高裁の特別抗告棄却決定は、刑事裁判の原則に背き、科学的知見の鉄則にもとる、刑事裁判の名に値しないものです。
今回の最高裁決定は日帝・安倍―最高裁・寺田体制の改憲・戦争攻撃の前に立ちふさがる労働者階級人民の闘いを一掃するための治安弾圧体制確立・戦時司法再来を狙う暴挙です。正義を求める広範な人民との結合の度合いが闘いの勝敗を決します。再審開始・無罪まで闘い抜きます。ともにがんばりましょう。
(とみやま・やすのぶ)