団結ひろば 投稿コーナー
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解雇撤回・派遣労働廃止へジェコー闘争
埼玉 小川 徹
09年の期間従業員全員解雇から7年目の4月22日、埼玉県行田市のジェコー(トヨタ系部品メーカー)本社工場で解雇撤回・派遣労働廃止を求める工場包囲デモと門前闘争が闘われた。
JAM神奈川ジェコー労組川崎事業所の組合員、行田工場へビラまき闘争を続ける奥山信子行田分会長を始め支援の仲間、また北海道から高橋美和前分会長も二男とともに駆けつけた。退勤の午後5時から工場一周デモへ。工業団地に「解雇撤回!派遣をなくせ!」のコールが響いた。
デモ後、工場通用門前で抗議集会。ジェコー労組の武田信義委員長が「裁判所は解雇撤回を認めなかったが、7年間の夜勤強制で長期病欠になったことを理由にした解雇は違法だと認定させた。この不法性を突きジェコー資本と闘い続ける」と宣言し、高橋、奥山組合員もマイクで闘い続ける決意を表明した。
00年代中頃から増え始めた派遣法下での偽装請負を巡り多くが金銭解決している中で、ジェコー闘争は派遣労働者が正規労働者と同じ組合に団結して派遣労働の廃止へ闘っている貴重な闘いだ。それはリーマンショックを理由とした「派遣切り」の中でショーワ(ホンダ系部品メーカー)の闘いへと発展した。
翌23日、上尾市内でジェコー労組とさいたまユニオンの共催で「一億総非正規職化を弾劾する労働者集会」が開催された。ジェコー、ショーワ闘争の当該が経過報告と決意表明。さいたまユニオンの田畑典保委員長が「2018年、約2千万人の非正規労働者の解雇、就業規則の一方的変更で正社員も非正規に転換させる攻撃が吹き荒れようとしている。しかしCTSをめぐる動労千葉の闘いが展望を開いた。ここでジェコー、ショーワの決着もつけよう!」と訴え、動労連帯高崎の木村洋一書記長が4・28ストへの決意を述べた。「2018年問題」を迎え撃つ闘いが始まった。
6~7月選挙決戦へ集会開き活発な討論
許すな改憲!大行動・足立の会 K
「改憲・戦争させない!ストライキでとめる 4・28足立集会」が許すな改憲!大行動・足立の会の主催、東京東部ユニオン後援で北千住駅直近のシアター千住で開催され、40人が参加した。7月参院選に立つ鈴木たつお弁護士が「緊急事態条項は改憲の本丸」と題して講演し、当日ビラでの参加者も加わり活発な討論が交わされた。
司会者が集会は4・28沖縄デー闘争とともにかちとられていると開会を宣言。フランスの高校生や労働組合の大ストライキ、資本家とナチスの開戦の手口を暴き出す報道ステーション「ワイマール憲法から学ぶ自民党憲法草案緊急事態条項の危うさ」のビデオを上映した。
鈴木たつお氏は安倍政権の熊本震災を口実とした緊急事態条項導入の動きを弾劾しながら、「もともと憲法で不要だった緊急事態条項を持ち込むこと自体が大攻撃」「『戦争反対』を残しながら同時に『自衛』の武力行使は可能というペテンが日本共産党を始め全野党に蔓延(まんえん)している」と自民党改憲草案と一体の与野党改憲策動を徹底弾劾。「改憲・戦争、非正規化、貧困を止めるために団結しストライキで闘える新しい労働者の政党をつくろう。ともに7月参院選を闘おう」と呼びかけた。
また、労働現場からは群馬合同労組中央タクシー分会の労働者が「第2の軽井沢事故を許さない」と熱烈な報告を行った。ストで闘い労働者が職場を支配する自己解放への闘いが紹介され、一挙に共感の輪が広がった。鈴木たつお氏の推薦を呼びかけ、最後に団結ガンバローを行った。
東京東部地域でもA2―B―C上映会を始め、鈴木たつお氏必勝へ地域ビラ入れや職場・作業所訪問、ポスター・面談行動が行われている。今回も北千住駅を中心に6千枚のビラ入れと街頭宣伝が行われ、新しい労働者の政党への挑戦が進んでいる。さらに奮闘を。
星野絵画展でリーフ渡し鈴木さんを宣伝
東京 霧山明彦
東京都江戸川区で4月14〜18日に行われた星野絵画展に1日だけスタッフとして参加しました。
「とても明るい、やさしい絵ですね」。話しかけた人の8割くらいがそう言っていました。来た人は星野文昭さんの絵を見て、暁子さんの詩を読み、最後にボードの文昭さんの略歴を読みます。まず41年の長さに驚かれます。「沖縄の基地に反対して闘い、それへの見せしめとして閉じ込められてるんです」と話すと理由をわかってくれます。そして、「早く外に出てきてほしいですね」と言ってくれます。
冤罪(えんざい)への怒りや検察や警察への不信感を多くの人が語っていました。警察と検察がストーリーを作り星野さんを犯人にデッチあげた。証拠とされるものも一部しか出さないし、無実の証拠となる当日のニュースのビデオは、裁判所が警視庁に預け、警視庁が「紛失」。「警察ってそういうことをやるのよね」と怒り、全証拠開示を求める署名も半分以上の人がしてくれました。
最後に「再審実現のため弁護団長の鈴木たつおさんが参院選に立候補します」とパンフを渡します。「じゃあこの人に入れるわ」と言って帰っていきます。星野の歌のフレーズ「星野を返せ、世界に返せ」が浮かびました。この日は66人が足を運び、5日間で520人に。会場周辺でのビラまきの反応も良かった。
激しく闘われている沖縄の基地反対の闘いの先頭に星野さんは今も立ち続けています。絶対に取り戻したい。
各地の自治体仲間と斎藤実同志を偲ぶ会
新潟 N
4月16日、新潟市で「斎藤実さんを偲(しの)ぶ会」が催され、ゆかりのある人びとが参加しました。
新潟県労組交流センターの主催者あいさつに続いて、斎藤同志の活動の出発点となった小西反軍裁判闘争をともに闘った同志が、斎藤同志の、穏やかな性格でおごりや高ぶりとは無縁、一方ここぞという時には自己の利害に頓着せず一身を投げ打って決起するエピソードを披露。その後、全員で遺影に献花しました。
斎藤同志は新潟市職労の専従書記、副委員長などを歴任し重責を担う一方、新潟県労組交流センター代表や全国労組交流センター自治体労働者部会でも指導的役割を果たしてきました。その仲間も東京・仙台・大阪から駈けつけてくれました。
自治体部会の代表は「自治労本部が03年大会で、右旋回綱領である『21世紀宣言』を採択しようとしたが反対論が噴出。そのとき新潟の代議員として発言した斎藤さんの果たした役割は決定的だった」と振り返りました。仙台の自治体労働者は、団結で固く結ばれた斎藤同志を失った無念の思いを吐露し、世界革命へ決意を語りました。
斎藤同志は、新潟市が導入しようとした人事評価制度に断固反対を表明。導入やむなしとする組合執行部を批判し、09年委員長選挙に打って出ました。「自己評価シートの提出を拒み、再任用更新を拒否された斎藤さんを支援しなかった組合執行部に怒りを覚えた。斎藤さんの闘い、精神が同じく自己評価シートを提出しなかった人たちを支えている」と新潟市職労の仲間が感極まりながら発言。斎藤同志の絶対反対の闘いの種が開花しつつあると感動を覚えました。
最後に革共同新潟県委員会の同志から、県党が一体で取り組んだ3・17春闘ストの勝利を霊前に報告できたことを斎藤同志への最高の追悼とし、「インターナショル」を斉唱しました。