東芝・粉飾決算の危機 原発企業と安倍の大破綻 福島事故に追い詰められて
東芝・粉飾決算の危機
原発企業と安倍の大破綻 福島事故に追い詰められて
7月21日、東芝が2008年から14年までに1500億円を超える利益の水増しをした「不正経理」=粉飾決算を行っていたことがマスコミで大々的に報じられた。
田中久雄社長、佐々木則夫副会長、西田厚聰相談役の歴代3社長を始め関与した経営陣が辞任した。「チャレンジ」のスローガンで赤字事業の黒字化を呼号し、アメリカ流の当期利益至上主義を全社に強制したことが、このような組織的不正をもたらしたという。
だがこれは単なる大企業の粉飾決算の問題にとどまらない。原発利権を漁り、原発推進政策を歴代自民党政権と一体で進めてきた原発企業の破綻、日帝・安倍政権そのものの大破綻である。
超巨額株買収でWHを子会社化
東芝は日本有数の「総合電機メーカー」と言われるが、事業の2大柱は半導体と原発である。
東芝は06年10月、世界最大の原子炉プラントメーカーであるウェスチングハウス社(WH)の77%の株式を42億㌦(4800億円)を投じて取得=買収し、子会社化した。これはWHの企業実体価値の3倍の額と言われ、とてつもない過大投資だが、当時の西田社長は「2千億円の東芝の原子力事業が、15年には7千億円、20年には9千億円に拡大する」と大見えを切った(その後、12年に20%のWH株を1250億円で追加取得)。
06年に経産省は原子力計画を発表し、〝既存原発の60年間運転、原発依存度30〜40%維持、核燃料サイクル推進、原発輸出の官民一体推進〟をうたった。東芝はまさにそれに忠実に従い、政策の先陣を切っていた。
さらに09年に後継の佐々木社長はそれを「上方修正」し、15年までに新規プラント建設39基受注、売上高1兆円という目標をぶち上げた。
だが11年3・11福島第一原発事故で状況は一変した。福島を先頭に日本国内はもとより、世界中で原発に対する怒りが高まった。07年パリバ、08年リーマンショックに端を発した世界大恐慌情勢が重なり、全部門で経営が危機に追い込まれ、とりわけ企業の将来を託した原発事業が東芝にとってとてつもない巨大不良資産と化したのである。
福島第一原発の2号機、6号機はGEと東芝が、3号機、5号機は東芝が単独で手がけたものである。だが東芝は事故の一切の責任を逃れ、ひたすら利益追求の姿勢を貫いてきた。
3・11事故後も〝原発利権〟追求
東芝の中で「原発一筋」でのし上がってきた佐々木は、3・11直後に経済雑誌のインタビューに答えて、「(事故にもかかわらず)原発市場は増える。当社の原発関連売り上げの7割は海外向けだ。国内でも原発のメンテナンス売り上げが減ったとしても海外も含めた全体で見れば10%減少にもならない」などと開き直った。そして、アベノミクス「第3の矢」の成長戦略の目玉として原発輸出を進めるため、安倍政権と一蓮托生(いちれんたくしょう)となってあがきまわった。
また、政府・東電の意を受けて事故処理のロボット開発や汚染水からの放射性物質の除去関連の開発にも取り組んだが、すべて成功していない。
その一方で、佐々木は、13年に社長から東芝副会長になると同時に経団連副会長に就任し、権力欲をむき出しにして次期経団連会長の座を狙っていた。JR東海名誉会長・葛西敬之とともに、佐々木は国策企業として産業競争力会議などで安倍政権とその政策を財界から強力に支え、取り入っていたのである。
そうして原発利権を追求してきた東芝が、粉飾決算で自他を欺くしかない経営危機に追い込まれ、その底なしの腐敗が今回のような形で露呈した。すなわちこれは、安倍政権と日帝ブルジョアジーの大破産であり、体制的危機の表れだ。
東芝が巨額の広告料を出していることによって、原発政策との関連を暴くことにマスコミは及び腰になっている。
この期に及んでなお安倍政権は、原発再稼働を強行し、原発輸出政策を進めている。絶対に許せない。反原発闘争を一層強力に発展させ、戦争法もろとも安倍を打倒しなければならない。