2010年4月 5日

日弁連会長選挙と司法改革の破綻 鈴木達夫弁護士が語る

週刊『前進』08頁(2434号5面1)(2010/04/05)

日弁連会長選挙と司法改革の破綻
 憲法と人権の日弁連をめざす会 鈴木達夫弁護士が語る
 高山弁護士始め絶対反対派と広がる怒りの結合にこそ展望

 憲法と人権の日弁連をめざす会で活躍中の鈴木達夫弁護士に、3月の再投票で宇都宮健児氏が選出された日弁連会長選挙などについて、縦横に語っていただいた。鈴木弁護士は、動労千葉顧問弁護団の一員であり、国労5・27臨大闘争弾圧裁判主任弁護人、法大闘争裁判弁護団長、星野再審弁護団長などを務めている。(編集局)

 弁護士会に不満と怒り

 新自由主義攻撃の一環、特に小泉構造改革の目玉の一つであった「司法改革」が完全に破綻を呈し、若手は言うに及ばず弁護士会全体に不満、怒り、危機感が満ちています。それと、高山俊吉弁護士を先頭とする司法改革絶対反対の闘いが結合することをなんとしても阻止する。この意図の露骨な現れが今回の日弁連会長選挙でした。
 日弁連の会員数が今2万8千人、ここ10年足らずで2倍になっている。これをさらに5万人にする。その養成機関として法科大学院(ロースクール)が全国で74校生まれました。
 大恐慌情勢の中、弁護士全体の経済的没落は激しく、閉鎖される事務所も少なくありません。若手の弁護士は就職できず、既存の法律事務所で給料をもらいながら仕事を覚え、独立するというシステムは立ちゆかなくなっています。

 法科大学院の危機

 法科大学院こそ司法改革破綻の集積点です。学費が通常の約2倍と言われ、ほとんどが多額の借金を背負って卒業する。最近の日弁連アンケート調査でさえ、最多額は1262万円、平均407万円と公表しています。実態はもっと多額と言われ、給料の高い事務所に雇われ、健康を害するほど仕事をして借金を返す。それでも就職先があったらまだまし、という現状です。
 今、日米の学生運動がともに「教育の民営化反対」というスローガンを掲げています。法科大学院の設立にあたっても「戦後の大学法学部教育は間違っていた。もっと直接に企業経営に役立つ、また直接に裁判に役立つものに変えろ」という論が横行しました。
 学部を出てからさらに2〜3年大学院に通う経済的余裕のある者は少ない。司法試験ならぬ「資本試験」だと陰口をたたかれ、法曹界が金持ちの独占物になりかけています。
 小泉内閣の司法制度改革審議会の最終答申には「7〜8割の合格率」と書かれていました。実際には、初年度06年が48・3%、昨年は27・6%になった。これは国家的詐欺だとの声が広がっています。
 中教審法科大学院特別委員会が今年2月に出した調査結果は、全74校のうち3分の1の26校を、教育内容や学生の質の確保の点で問題があると名指しで通告した。文科省と法務省が今さら警告だなど破廉恥の極みだが、整理統合・「助成打ち切り」、あるいは定員減の強力な「指導」が始まっています。
 私たちが10年来掲げてきた「弁護士激増阻止、法科大学院廃止」という訴えが現実性を持ってきたと強く思います。

 裁判員裁判への総反発

 裁判員裁判は、刑事裁判の破壊以外の何物でもないことを、実際に担った弁護士が異口同音に訴えています。
 密室の「公判前整理手続き」ですべてが決められ、公開の法廷は完全に儀式・ショーと化している。刑事訴訟とは徹底的に流動的なものであるにもかかわらず、証拠・証人の追加や反対尋問の継続が封じられ、出来合いの筋書きで、かつ超短期審理を強いられる。その制約の中でも、弁護人として当然に被告人の利益を主張する法廷闘争を展開しようとすればするほど、被害者と裁判員の多くは「この期に及んで見苦しい弁解を」という印象を抱き、重刑に傾いてしまう。弁護人としてやりきれない思いだと吐露しています。
 裁判所から呼び出しがきても従わない人たちが、ますます増えています。昨年の11月、最高裁が今年の裁判員候補として33万4900人を名簿に登録したと通知し、調査票を併せて送った。ところが、そのうちなんと34%にあたる11万7000人がその調査票を返送してきた。つまり何らかの理由による辞退希望です。
 マスコミは出頭率が90%台などと言っているが、これは明らかに数字のゴマカシ。最初に最高裁が候補者登録通知とともに送付する「調査票」によって、次に地裁が事件ごとに呼び出し状とともに送る「質問票」によって、それぞれ審査され除外された者はその出頭率には計算されていないのです。実際は30%前後に過ぎません。
 つい先日の鹿児島地裁では、起訴事実の一部を被告人が否認している事件なので、通常100人のところを200人の候補者に通知を送ったところ、150人が選任手続きを欠席し、当日さらに15人が辞退。なんと200人のうち165人が裁判員制度に背を向けました。
 また、最高裁は、昨年末までの「正当な理由」なしの不出頭者622人に対して、過料10万円の取り立てはしない方針と報じられています。

 延命に天皇まで登場

 この間の5年にわたる粘り強い全国的反対運動は、裁判員制度をここまで追い詰めています。そこで登場したのが、昨年12月の天皇誕生日前日の天皇「感想文」。自然災害や新型インフルに触れた後、突如、裁判員制度について「今後の様子を期待を込めて見守りたい」と言及しました。
 そもそも天皇と司法との関係は深い。1928年、山東出兵と共産党3・15弾圧の年、その10月1日(「司法記念日」、戦後の「法の日」)陪審法の施行日に天皇は陸軍軍服を着用して大審院に巡行し、司法に関する勅語を読み上げました。それに応えた当時の東京弁護士会会長の談話「社会の実状を通観するに、政界といわず実業界といわず、腐敗堕落その極に達し…司法権が、独り毅然(きぜん)として光を放ち、迷わず偏せず、民衆をしてその寄るべき方向を示す…」。
 今回も、右の「天皇感想文」の4日後には、東京弁護士会の現会長が「よりよい刑事裁判の実現に向けて」との声明を出しています。
 今や裁判員制度の現状はどれほど危機的であるか、実によく見透せる事態に至りました。
 裁く者と裁かれる者とに人民を分断し動員するたくらみは頓挫しました。
 裁判所で働く労働者から「裁判員制度はいらない!大運動」に多くの川柳・狂歌がこの間寄せられています。
 「人気女優ポスターぐらいで国民が飛びつくなどと思う浅はか」
 「国民が望んでいればここまでも広報活動する必要なし」
(全国情報第5号より)
 来たる5月18日の集会には、文字どおり「裁判員制度にとどめを!」を実現する空前の結集を訴えます。会場は「国論二分」に最もふさわしい、戦前からの歴史を刻む日比谷公会堂です。

 日弁連も大動乱に突入

 高山弁護士を先頭とする「憲法と人権の日弁連をめざす会」が、こうした情勢の動因の一つであることは間違いありません。権力は、その破壊を狙って日弁連会長選挙に高山さんを立候補させないというとんでもない攻撃に出てきました。
 高山さんは、依頼された交通事故関連の調査の報告が遅れたとされ、東京弁護士会の懲戒委員会から戒告されました。戒告を受けると3年間会長立候補はできないとの日弁連選挙規定があります。
 しかし、高山さんの依頼者で懲戒請求をした人は、すでに和解が成立しているので処分はしないでほしい旨の上申書を懲戒委員会に提出していた。このような案件で懲戒の例はありません。にもかかわらず、東弁の懲戒委は戒告とし、日弁連懲戒委員会(今やその構成は弁護士8人と裁判官・検察官ら7人)もそれを追認しました。
 その手続きもまったく異例でした。東弁懲戒委の超迅速議決についでの日弁連の早期決定の動き。それを察知した全国弁護士約800人が不服申し立ての代理人に就任しあるいは「懲戒するな」の声を挙げました。
 すると、日弁連懲戒委は、会長選挙公示日の1月6日を過ぎても何らの決定もせず東弁議決の効力を維持し続け、立候補届け出締め切りの12日午後5時のわずか3時間前に不服申し立てを棄却する決定を通知し、もって前回選挙で司法改革絶対反対の旗を掲げて7049票、43%を獲得した高山さんの立候補資格を奪ったのです。

 宇都宮執行部の正体

 宇都宮氏は、高山勝利の阻止を眼目に登場した候補と言われた。ところが、高山立候補資格の剥奪(はくだつ)の中で、その「体制内」が分裂し、「再投票」となりました。
 宇都宮氏は、選挙戦で終始「裁判員制度の推進」を言明した。「決して改革の後退ではなく、『第二次司法改革運動』」とも言っています(週刊金曜日3月19日号)。
 新自由主義は大量首切りと改憲・戦争で生き延びをたくらむ。大恐慌下の資本主義にとって、それ以外の選択肢はない。司法改革も同様に、戦時司法の構築を狙う権力にとっては、ボロボロになっても強行するほかない。いよいよ日弁連も大動乱期に突入します。
 われわれは司法改革絶対反対で団結して進みます。この間、高山さんは、会長選挙の期間、候補者ではないにもかかわらず、全国を行脚し、特に若手弁護士との連帯を深めました。また、3月9日、東京高裁に懲戒処分取り消し訴訟を提起した。かくも卑劣な攻撃には絶対に屈しないということです。

 5・18日比谷公会堂へ

 5月18日、改憲国民投票法が施行されようとしています。改憲の発議をいつでも可能な状態にしておくのです。「日米対立」の激化も加わり、改憲が切迫しています。民主党政権で改憲は遠のいたなどということはまったくありません。彼らが行き詰まってくればくるほど、改憲に求心力と突破口を求めます。
 一昨年、富山での人権大会でついに日弁連は護憲の旗を降ろし、その役割を「憲法改正の是非に関する情報提供」としました。また、「これまで日弁連は在野的精神が強く野党的な立場に立っていた。日本のガバナンスの一翼を担うというのであればもっと政府の中に入っていく必要がある」という弁護士出身民主党閣僚の談話が日弁連新聞のトップに掲載され、今回の会長選挙でも宇都宮候補は「在野精神と政府に入ることは矛盾しない」と公聴会で答えています。
 裁判員制度との対決はストレートに改憲阻止の闘い。改憲とは9条改憲とともに支配形態の転換、つまり戦争ができる国家大改造です。裁判所に呼び出して人を裁く義務を課し、国家刑罰権の発動に動員していくことは、国家と人民のあり方の原理的転換にほかなりません。改憲反対と言いつつ裁判員制度に賛成する共産党や社民党はまったくおかしい。

 翼賛化を繰り返すな

 5月18日の日比谷公会堂集会を、裁判員制度廃止とともに、改憲阻止の歴史に節目を刻む大闘争にしよう。
 戦前の昭和恐慌、世界大恐慌の過程で、弁護士の困窮が、今日と同じく社会問題化しました。弁護士から、国家がその生活を保障すべきという論が挙がり、デッチあげ「満州国」の法務官は弁護士に独占させろという要求まで出されるに至って、たちまちのうちに、弁護士会として戦闘機献納・「皇軍慰問」など侵略戦争の先兵に雪崩を打ちました。また、ドイツの弁護士の4割がナチス党員だったと言われる。この歴史を直視する必要があります。
 現在「めざす会」の運動は、司法改革反対ばかりでなく国鉄・沖縄闘争などを労働者人民とともに闘っています。弁護士が、戦前の敗北をのりこえて進むという時に、労働者階級とともに闘って自分たちの生活も未来も闘いとることが核心問題と私は考えます。
 民主党政権は沖縄を始めとする日本の労働者人民の怒りに包囲されています。7月参院選までもつかどうかという危機にある。日弁連の新執行部は、この民主党政権といよいよ一体化して行く。こんな一蓮托生(いちれんたくしょう)はご免こうむる。
 戦後一貫して、憲法と人権の砦として闘ってきた日本の弁護士の伝統と誇りは、今や若手弁護士にも継承され始めました。弁護士も「法の奴隷」ではなくひとりの人間として団結を闘いとる。大恐慌、改憲と戦争のこの時代を闘う世界の労働者人民と手を結び肩を組む。わが日弁連の動乱時代を歓迎し、大胆鮮明に闘いの歩を進めよう。