2010年2月22日

階級的労働運動に敵対し部落解放裏切る旧与田派 3・7反「革共同」集会許すな

週刊『前進』06頁(2428号5面3)(2010/02/22)

階級的労働運動に敵対し部落解放裏切る旧与田派
 3・7反「革共同」集会許すな

 国鉄決戦で大恐慌をプロレタリア革命に転化する闘いが始まった。このとき旧与田一派は、糾弾主義で労働者と部落民の自己解放闘争を圧殺する反マルクス主義集団に転落した。「広島差別事件真相報告集会」と銘打った3・7反「革共同」集会を粉砕しよう!

 プロレタリア革命と国鉄決戦に全面的な敵対

 大恐慌が進行し、大失業と戦争の時代に突入した。リーマン・ブラザーズやゼネラル・モーターズ、日本航空など基幹産業の破綻が全世界的に進行している。そしてついにトヨタも歴史的破綻の過程に入った。資本主義は命脈が尽き、階級支配は揺らぎに揺らいでいる。労働者階級が怒りを爆発させ、階級的労働運動路線のもと資本主義・帝国主義を打倒する革命情勢が到来したのだ。
 大恐慌をプロレタリア世界革命に転化するのか、資本主義の救済に走るのか。階級闘争内部で党派闘争が激しく進行し、帝国主義に屈服した勢力は容赦なく淘汰(とうた)されるか資本の救済者に転落した。階級的労働運動路線で闘う11月集会派こそ、資本主義を打倒しプロレタリア独裁へと闘う唯一の勢力だ。
 この対極で旧与田一派ら反「革共同」分子たちは、プロレタリア革命に敵対する反マルクス主義集団に転落した。彼らは1991年「5月テーゼ」に反対し、2006年からの「党の革命」で革共同から脱落・逃亡、革命的共産主義運動から放逐された。そして転向スパイ集団・塩川一派ともども民主党・連合政権にすり寄り、動労千葉労働運動を破壊するためにのみうごめいている。
 とりわけ許し難いのは、旧与田一派が部落解放同盟全国連合会を制圧し策動している3・7反「革共同」集会だ。大恐慌のもと「国鉄決戦の勝利でプロレタリア世界革命へ」を掲げて1047名解雇撤回と検修全面外注化阻止の第2次国鉄分割・民営化阻止決戦が激烈に開始された。まさにこのときに、反「革共同」を掲げて国鉄決戦に全面的に敵対するものとして「3・7集会」が設定されているのだ。
 これは民主党・連合政権、資本と一体となり、ねつ造された「広島差別事件」をもって「革共同とともに動労千葉・動労水戸をつぶせ」という反革命集会だ。労働者階級の怒りで粉砕しよう。

 分割・民営化決戦から身をそらし糾弾主義に転落

 そもそも旧与田一派が主導した92年の部落解放同盟全国連合会結成の動機は、革共同の91年「5月テーゼ」に反対し対抗することだった。それを恥知らずにも西郡・杉並・品川3支部への「統制処分」理由で「『革命』がまずありきなどとは考えないし……このような陳腐な考え方が存在した事実もない」と自己暴露した。腐敗きわまるとはこのことだ。
 「5月テーゼ」は、国鉄分割・民営化阻止決戦の発展をかけて打ち出された。総評を解体し連合を結成し労働運動を変質させる大反動の嵐と、ソ連スターリン主義の崩壊という歴史的大激動に立ち向かうものだった。日帝ブルジョアジーは、分割・民営化で国鉄労働運動をたたきつぶし階級闘争を根絶しようとした。分割・民営化から二十数年間に非正規雇用化が激しく進行し、労働者は生きることすらままならない状態にたたきこまれた。「5月テーゼ」の実践の中に労働者階級はもちろん諸階級・諸階層人民が生きかつ闘う道もあったのだ。
 分割・民営化と2波のストライキで闘い団結を守り拡大してきた動労千葉、そして1047名闘争が日帝の階級支配の根幹を揺るがしている。階級的労働運動路線として発展してきた「5月テーゼ」の力だ。今日の部落解放闘争の前進は、国鉄闘争を基軸とする階級闘争の爆発の中でこそかちとることができるのだ。
 旧与田一派は国鉄分割・民営化との決戦の際、資本・国家権力との関係をあいまいにし、労働者階級とは別のところに自己の路線と存在を置いた。以来、屈折と歪曲を重ね、敗北と変質をとげながら血債主義と糾弾主義に転落していった。「5月テーゼ」への対抗性が糾弾主義を増幅させていったのだ。
 その帰結が07年の政治弾圧への屈服だった。不当逮捕された中田潔全国連書記長は獄中で完全黙秘を解き、権力との交渉を選んで略式起訴に応じた。住宅闘争では供託から分納に路線転換し「家賃値上げ絶対反対」を下ろした。そして、供託を堅持し住宅民営化絶対反対で闘う西郡支部への敵対を繰り返してきた。こうした変質を居直るためにデッチあげたのが「広島差別事件」だ。なんという連中か! 粉砕・打倒あるのみだ。

 階級性を否定し部落民自己解放の道を閉ざす

 いまや旧与田一派が反マルクス主義集団に転落したことを徹底的に断罪しなくてはならない。
 旧与田一派は、全国連中央本部を制圧し部落解放闘争を「体制内右翼部落民主義」に変質させ、部落民を腐敗と転落の道に引きずりこむことを自己目的化している。糾弾主義をもって「差別事件」をデッチあげ、部落差別に対する怒りを政治的に利用している。部落民の自己解放の道、すなわち部落解放闘争がプロレタリア解放闘争に合流する道を閉ざすことに躍起になっているのだ。
 マルクス主義の労働者階級自己解放の思想と実践は、対象変革と同時に自己変革として実現していく、プロレタリアートの変革性と飛躍性に徹底的に依拠する。しかし旧与田一派の糾弾主義は、「労働者は差別者」と規定し部落民の主敵を労働者階級におく。自己の特殊的解放をとおして全人民を解放する労働者階級の歴史的使命と階級性を否定する。彼らには労働者階級への限りない信頼もなければ部落民の自己変革・自己解放の契機もない。資本主義のもとでの差別・分断を打ち破り、主体と客体が双方に変革をかちとり階級として団結し自己を形成していくという、変革の契機がまったくない。ただただ資本主義の現実にひれ伏すばかりだ。しかしそれだけではない。部落民がプロレタリア革命に決起することを憎み、敵対し、妨害する。これは革命への絶望を組織しマルクス主義を解体する反革命そのものではないか。
 旧与田一派は「部落解放・労働者解放」と言いながら労働者階級の自己変革性・自己解放性を否定し圧殺する。また部落民の自己変革を拒否し抑圧する。この転倒と居直りが「部落民が差別だと言ったら差別だ」という自己絶対化—糾弾主義に行き着くのだ。まさに資本主義・帝国主義のもとでの差別・分断の現実の固定化だ。労働者階級を分断し団結を破壊する部落差別攻撃への果てしない屈服だ。なにより許せないのは労働者階級の一員として自己を形成する契機を部落民から奪うことだ。

 70年代引き継ぎ部落青年獲得を

 ついに資本主義の終焉(しゅうえん)の時代を迎えた。プロレタリア独裁をかちとり、階級対立を止揚し階級そのものを廃絶し、部落解放を完遂する胸躍る時代への突入だ。闘いの先頭に立つのは青年労働者と学生だ。74年狭山11万人決起を頂点に、70年代の闘いは部落青年をプロレタリア革命運動へ引き入れていった。この闘いを継承・発展させるのが階級的労働運動路線だ。国鉄闘争を基軸に4大産別の労働者が先頭に立って、動労千葉労働運動を職場で日常的に実践しよう。
 3・7反「革共同」集会を許すな。プロレタリア革命に敵対する反マルクス主義集団・旧与田一派を粉砕・打倒しよう。