2009年12月21日

動労千葉鉄建公団訴訟 “最初は名簿に登載”元国鉄官僚が重大証言

週刊『前進』06頁(2421号2面1)(2009/12/21)

動労千葉鉄建公団訴訟 “解雇の根拠は一切ない”
 “最初は名簿に登載”元国鉄官僚が重大証言
 「不採用基準」を作って排除を指示
 葛西(JR東海会長)が首切りの張本人

 動労千葉鉄建公団訴訟の第23回口頭弁論が12月16日、東京地裁民事第11部(白石哲裁判長)で行われた。04年12月の提訴から5年。裁判はいよいよ証人調べという重大段階に入った。
 原告側はこの間、「停職6カ月、または停職2回以上」という不採用基準を、いつ、どこで、誰が作ったのかについて、被告の鉄道運輸機構に求釈明を繰り返してきた。機構側は「答える必要はない」と事実認否を拒否し続けてきた。この攻防は実に2年半に及んだ。
 機構側は今年に入ってようやく不採用基準について言及し始めたが、「不採用基準は87年1月頃に成立した。しかし詳細は不明」というふざけた回答をしただけだ。
 今回、裁判所が採用した伊藤嘉道証人は当時、国鉄職員局長・住田、職員局次長・葛西らのもとで職員局補佐として新会社への採用候補者名簿作成の実務を取り仕切り、87年2月7日のJR設立委員会に名簿を搬入した当事者。現在はJR東日本高崎支社長だ。
 原告代理人による追及で決定的な事実が暴露された。伊藤は名簿作成当時の様子を生々しく証言した。①職員からの希望調査を集約して各新会社(現JR7社)に振り分けた最初の名簿ができたのは87年1月中頃である②その中には不採用となった動労千葉組合員12人を含めて本州でJR不採用となった職員(計117人)も含まれていた③「停職6カ月、または停職2回以上」の不採用基準に該当する者を名簿から排除するよう指示したのは葛西である④基準を適用して名簿を作り直したのは2月7日の設立委員会直前である——という4点である。
 最後に田中芳樹裁判官から「不採用基準を作ったのはいつか?」と質問された伊藤は、「正確に覚えていない。1月末か2月初め」とはぐらかした。「どっちですか?」と再質問され、「2月冒頭だと思う」と答えた。
 つまり、JR不採用とされた動労千葉組合員12人は、当初は採用候補者名簿に登載されていたのだ。にもかかわらず、鉄道労連カクマルの”不良職員は採るな”という突き上げと「不採用基準」の作成・適用によって採用候補者名簿から排除されたということだ。伊藤証言によって、その不当労働行為性が生々しく暴かれた。
 この重大な証言によって、早期結審を狙っていた白石裁判長は追い詰められ、審理計画を再検討する進行協議を受け入れざるをえなくなった。
 総括集会で川崎昌浩執行委員は、「今日の裁判で明らかになったのは当初は名簿に載っていたということ。そこから、わざわざ基準を作って動労千葉組合員12人を排除した張本人が葛西だった。葛西の証人尋問をかちとり、解雇撤回へ闘いを強めよう」と呼びかけた。
 田中康宏委員長は、「さらに大もとの重大な問題がある。動労千葉は国鉄分割・民営化に反対して2波のストに立ち、このストで私も解雇になった。しかし、この解雇は1997年に旧鉄建公団が全面的に撤回している。動労千葉争議団の仲間は、ストに対する停職処分を理由にJR不採用になったが、これ自身がそもそも成立しない。このことを裁判で徹底的に明らかにしよう。検修外注化阻止・1047名解雇撤回の10春闘へ総決起しよう」と提起した。
 当該の中村仁さんは「分割・民営化に賛成した組合がわれわれを排除した。それを当局も認めた。勝てる裁判だ。JRに復帰して私は運転士になる」と決意表明した。
 参加者は東京地裁に怒りのシュプレヒコールをたたきつけ、闘いを締めくくった。

 当局・カクマル合作の解雇

 原告の動労千葉組合員9人は87年4月1日発足のJRに不採用とされ、90年4月1日には国鉄清算事業団から解雇された1047名の一員だ。
 国鉄当局とカクマルによる卑劣な退職強要攻撃の結果、分割・民営化を目前に控えた87年1月には退職者が予想数を上回り、本州3社と四国ではJR発足時に定員割れとなることが確実だった。
 87年2月2日午前の記者会見で杉浦喬也国鉄総裁は「(本州では)全員採用の方針」と表明。これに焦りを深めた鉄道労連(現JR総連)カクマルは、同じ2日の結成大会で「国鉄改革に反対する不良職員が採用されかねない。改革に努力した職員と、努力せずに妨害する職員を区別するのは当然」という特別決議を上げ、杉浦ら国鉄当局を突き上げた。杉浦は記者会見での発言をわずか半日でひるがえし、2日夜の鉄道労連レセプションで「皆さんの努力に応える」と約束した。
 「不採用基準」の設定と被処分者の名簿からの排除が国鉄当局と鉄道労連カクマルの合作による不当労働行為であることは明々白々なのだ。
 動労千葉は、中曽根康弘・元首相や住田正二・JR東日本元会長、松田昌士・JR東日本元会長、葛西敬之・JR東海会長、JR総連・松崎明、動労千葉原告団など34人の証人を申請した。しかし東京地裁・白石裁判長は、中曽根、住田、松田、葛西、松崎ら政府や国鉄関係の証人17人の採用を拒否、国鉄関係では伊藤嘉道証人だけを採用するという極めて政治的・反動的な訴訟指揮を強行していた。
 今回の伊藤証言は、決定的に重大だ。検修・構内業務全面外注化阻止決戦と一体で、1047名解雇撤回へさらに闘いを強めよう。