寺尾判決35年糾弾 10・31狭山闘争へ
寺尾判決35年糾弾 10・31狭山闘争へ
民主党・連合政権と対決し第3次再審闘争の勝利を
狭山事件の犯人にデッチあげられた無実の部落民・石川一雄さんに、東京高裁寺尾裁判長が無期懲役判決を下した1974年10月31日から、35カ年を迎えようとしている。労働者の積もりに積もった怒りによって打倒された自民党にとって代わった民主党・連合政権のもとで、新たな狭山闘争解体攻撃が始まっている。これを打ち破り狭山第3次再審闘争の勝利を切り開こう。部落解放共闘会議による東京と広島での決起集会(いずれも24日)、大阪・西郡での決起行動(31日)を打ち抜き、11・1日比谷野音を1万人の結集で埋め尽くそう。
3者協議を使った狭山解体を許すな
8・30総選挙で、1955年以来の自民党の支配がついに打倒された。労働者人民の怒りは、資本家階級の党・自民党がこれ以上政権にとどまることを許さないほど深く激しかったのだ。新自由主義の最初の攻撃、国鉄分割・民営化と絶対反対で闘い団結を守ってきた動労千葉と、国鉄1047名解雇撤回闘争の存在が、この情勢を引き寄せた決起の根幹にあった。
「資本主義による分断で奪われていた人間性・共同性を、職場生産点で資本と非和解で闘い、資本を擁護する体制内派との激しい闘いの中で労働者の誇りをよみがえらせ、労働者階級の団結の力で革命をやり、奪還する」(全国連西郡支部長)——この戦闘宣言が現実のものとなる情勢が到来しているのだ。
新たに発足した鳩山民主党政権は、危機を深める資本家階級を救済するためのブルジョア政権であり、国鉄分割・民営化で総評を解体して結成された連合を抱き込んだ民主党・連合政権だ。労働運動を始め、反戦反基地闘争や差別・抑圧からの解放闘争など、あらゆる闘いを体制の枠内に取り込み、資本と資本家階級の国家を延命させるための運動に変質させ、資本・国家と非和解で闘う勢力をたたきつぶすことを支配政策の基本とする政権だ。
この政権交代と支配政策の転換の過程で、狭山裁判をめぐって重大な事態が起きている。9月10日に行われた3者協議だ。1977年の第1次再審請求以来、32年ぶりというこの協議は、「第3次再審の審理などをどのように進めていくかを、裁判所を真ん中に弁護側、検察側の双方の意見を聞きながら協議していく」(中山武敏主任弁護人)ものという。
3者協議にすべてを託して狭山闘争の路線にすることには断固反対する。それは民主党への“お願い路線”であり政策要求路線だからだ。それは必ず資本主義を擁護し救済する運動へとならざるをえない。
資本家階級は、狭山闘争が8・30情勢と結びつき、部落民と労働者が分断を打ち破って労働者階級として(あるいは労働者階級を軸に)団結し、国家権力を打倒するプロレタリア革命への導水路となることを心底恐れている。そこから3者協議を使った狭山闘争破壊策動に打って出てきたのだ。3者協議の狙いを見据え、この策動と対決し、打ち破っていかなくてはならない。
権力と非妥協貫く石川一雄さんの闘い
狭山闘争の核心は、第一に、石川一雄さんは百パーセント無実であり、有罪(死刑・無期)とは絶対に相いれないことだ。狭山差別裁判糾弾闘争は、部落民を殺人犯に仕立て、死刑判決を下し殺そうとした全過程を明らかにして、石川さんの完全無罪をかちとる闘いだ。第二に、石川一雄さんの怒りをわがものとして、労働者が差別分断支配を打ち破って闘いぬいてきたことだ。寺尾判決から35年間、狭山闘争解体攻撃を労働者が階級的団結を固めて闘い粉砕してきた。狭山闘争の主体は石川さん自身と300万部落大衆であると同時に、労動者の団結体である労働組合だ。
「石川一雄さんは無実だ」「狭山差別裁判糾弾」の国家権力との絶対非妥協の路線と、「ひとりはみんなのため、みんなはひとりのため」「石川の命はわが命」の団結スローガンが、1974年に東京高裁を包囲した狭山11万人決起を生み出した。闘いの主役は部落青年と学生・青年労働者であり、都心を揺るがす実力デモを繰り返し展開した。「絶対反対」と「階級的団結」が狭山闘争の核心なのだ。
帝国主義の戦後発展が行き詰まり74〜75年恐慌が爆発した、まさにその時に下された寺尾による無期判決は、こうした狭山闘争の階級的発展に対する反動だった。
その後も獄中の石川さんに対して、再審請求を取り下げるよう執拗(しつよう)に迫る攻撃があった。90年代に入り国鉄分割・民営化と一体で部落解放闘争にかけられた地対協(地域改善対策協議会)路線は、差別糾弾闘争そのものを撲滅する攻撃だった。石川さんには「罪を認めることと引き替えの仮釈放」が迫られたが、石川さんは断固拒否し、故郷の狭山に戻り「完全無罪」をかちとるため闘い続けている。
石川さんを先頭にわれわれは、日本帝国主義が寺尾判決に込めた階級分断の攻撃を根底において打ち破ってきた。石川さんの闘いこそ、国鉄・三里塚闘争とともに、国家権力と非妥協・不屈に闘う中に勝利の道があることを指し示してきた。
階級的団結を固め西郡支部に続こう
こうした石川さんの闘いを踏みにじり、狭山闘争を国家権力に屈服するものに変質させようとしてきたのが、既成解同(部落解放同盟)本部派と全国連中央だ。
そもそも解同は、鳩山政権と結託した連合と従来から共闘関係を結んできた。資本家階級の国家の治安を守るため裁判員制度を推進し、これを補完するための「取り調べ可視化」法と「人権侵害救済」法の制定運動に活動の一切を絞り込んでいる。狭山闘争を対権力の差別糾弾闘争ではなく冤罪をなくす市民運動にねじ曲げ、その手段として3者協議を推し進めようとしている。
革共同から脱落逃亡した旧与田派残党が牛耳る全国連中央は、階級闘争の大地で狭山闘争を語らず、労働者と狭山闘争とを切断し、「3者協議に真摯(しんし)に臨め」と手放しで支持している。裁判員制度にも全面的に賛成している。8・30情勢のもとで進行するプロレタリア革命の現実性におびえ、資本主義のもとで生き延びようとしている点で、解同とまったく同じだ。「広島差別事件」のデッチあげは資本と権力に自らを売り込むためのものだ。
狭山闘争の勝利は、国家権力打倒へと行き着く差別裁判徹底糾弾闘争として闘う石川一雄さんの存在と労働者階級・労働組合の戦闘的闘いにかかっている。道州制に絶対反対で階級的団結を固めて闘う全国連西郡支部の闘いこそが、狭山闘争の勝利を切り開く。
国鉄分割・民営化は、資本と国家が総力をあげて、労働組合の解体をとおして階級闘争圧殺を狙った攻撃だった。だから部落民の未来も分割・民営化との闘いにかかっていた。今日的には、動労千葉を先頭とする国鉄1047名解雇撤回闘争の勝利の中に、部落解放の未来があるのだ。狭山闘争と1047名闘争を固く結合させて闘おう。西郡支部に続く闘う主体は必ずつくれるし、つくることをとおして狭山闘争に勝利することができる。
10・24集会と10・31行動—11・1集会1万人決起が展望を切り開く。狭山第3次再審闘争の勝利をかけて決起しよう。