東京西部ユニオン 鈴木コンクリート分会の闘い
東京西部ユニオン 強力順法闘争続行中!
鈴木コンクリート分会の闘い
私は、コンクリートミキサー車に乗って生コンクリートを運ぶ非正規労働者です。勤めている会社は、いわゆる家族経営で一見どこにでもある普通の会社です。いや、普通だと思っていました。
数年前、こんな事がありました。工場のメンテナンス作業のために日曜日を返上して出勤しました。休日出勤でも割り増しが付かない事を長年慣行としてやってきた会社ですから、昼食代は会社持ちってだけでもまだマシかというあきらめの気持ちで皆、機械にこびり付いたコンクリートをひたすらこそぎ落としていきます。
作業の合間の休憩時間、雑談の中で監督役として出社していた営業部長(社長の長男、工場責任者)がこんなことを言いました。
「Aさんは月いくらもらってるの?」「一番多い時で30万ぐらいです」「Aさん、そんなもんしかもらってないんだ。それで食っていけるの?」
営業部長とはいえ経営者の家族。会社の役員でもある人間に、そんなことを言われるとは夢にも思っていませんでした。まったく変な話です。
今までだって給料を一方的に1日800円もカットされたり、車なんて入れないような狭い現場に行かされて、いざぶつけようものなら弁償や修理費は全額運転手の負担。ここは普通の会社なんかではありませんでした。
なんだかおかしいですよね。でも「おかしい」と言葉に出せば、「嫌なら辞めてもらってもいい」「他の仕事に移ったほうがいいんじゃない」なんて言う始末。
一番腹が立ったのは「ウチの給料で食っていこうなんて思わないでよ」という言葉です。これが経営者の言葉なのか? 正直、自分の耳を疑いました。経営者がこんな態度なので、正規社員、非正規社員を問わず、みんな文句のひとつも言えないという体質がすっかりと身についてしまっていたのです。
テレビや新聞では、毎日のように不況だの大恐慌だのとまくし立て、会社までもがその言葉を使って賃下げの機会を虎視眈々(こしたんたん)とうかがっています。経費削減と言ってミキサー車の台数を減らし、人減らしをするが、そのシワ寄せが私たち労働者に走行距離や仕事量の増加という形でのしかかってきます。ある日突然、「ウチは週休2日制になった」と言いだし、労働日を1日減らされる。1時間あるはずの昼休みすら半分に削られ、その分きちっと支払われているのかさえも不明確。
こんな会社で長年がまんを重ねてきた自分を、ほめてやればいいのか、悔やめばいいのか複雑な気持ちでいっぱいです。
労組加入、年がいもなく楽しい
あと何年かすれば60歳。60歳になれば定年という区切りがやって来ます。会社に頭を下げれば再雇用という選択肢もあるけれど、今よりも25%も日当をカットされてしまう上に、残業代は一切付かない。元々高い給料じゃないので年金保険料だってきっちり払えてないし、いよいよ1円でも高いところに転職しなければ生活していけないなと考えていた折、会社の若い同僚から「労働組合をつくって会社側と団体交渉するから、一緒にやりませんか?」という誘いがありました。
このまま何もせずにいたって状況は良くなるどころか、悪化する一方。それならばやらない理由はないと思い、私は一念発起しました。
まさかこの年になって労働組合に入るなんて思ってもみませんでした。こんな私でも何かの役に立つのか?という不安はありましたが、自分なりのペースで会議に出席し、団体交渉に参加して、同じ志の仲間がいることを再確認するたびに年がいもなくなんだかとても楽しい気分になりました。
8月29日より、私たちは第2回団交での会社の不誠実に対して強力な順法闘争を徹底的に闘っています。
①昼休み休憩を1時間厳守する②道交法を厳守し過積載をしない③残業は一切せず定時に上がる④朝は定刻から作業を行う。
こんなことは当たり前のことですが、違法なことを生業(なりわい)としてきた会社にとってこれほどの大打撃はありません。会社側は毎日、私たち組合の顔色をうかがい、恐れおののいています。過去のごまかしを認めさせ、勝手な週休2日制を粉砕、週6日働かせるという契約書もかちとることができました。強力順法闘争をとおして労働組合の力を、そして怒れる労働者の団結の力を会社側に知らしめることができたのです。
振り返ってみるとまだ2カ月程度の活動ですが、この組合が無ければ今頃給料も減額されて、途方に暮れる毎日を送っていたことでしょう。背筋が凍る思いです。
「俺たちは会社の奴隷ではない!! 会社は大いに反省しろ!!」
その声を結集させればできないことはない。老いも若きも関係無いんだと実感しています。
9月9日、分会は配車トラブルの責任追及で5人が正午から時限ストに突入。全員が順法闘争続行中!
(投稿/東京西部ユニオン・鈴木コンクリート工業分会・A)