迎賓館・横田差し戻し審 5月弁護側立証が始まる
迎賓館・横田差し戻し審 検察証拠採用の暴挙
5月弁護側立証が始まる
3月24日、迎賓館・横田爆取デッチあげ弾圧裁判の差し戻し審第15回公判が東京地裁刑事第20部で開かれ、林正彦裁判長は、事件とも3同志とも関連性のない検察側証拠19点すべてを採用する暴挙に出た。
公判冒頭、須賀武敏・十亀弘史・板垣宏3同志は怒りを込めて、3人は無実であり、国家権力のデッチあげで22年間も被告人として裁判を強制されていることを激しく弾劾した。特に、①差し戻し審の検察側立証が何の立証にもならないまま終了し、完全に破産したこと、②証拠捏造(ねつぞう)の事実まで暴露されていること、③そうした立証の破綻・失敗を、突如大量の証拠・証人を撤回し、迅速裁判に逃げ込むことで取り繕おうとしたことを暴露し、「直ちに無罪判決を行え!」と意見表明を行った。
この後、検察側の証拠採否に移った。差し戻し審で行ったのは、差し戻し前の一審で関連性がないとして却下されていた「金沢借家」「橿原借家」「関之沢林道」関係の「証拠」である。それを控訴審では「審理不尽」と強弁して無罪判決を破棄し、差し戻し審が強行されていたのだ。
だが3同志の冒頭意見にもかかわらず林裁判長は、これらの「証拠」19点をすべて採用する暴挙に出た。弁護人と3同志が直ちに異議をたたきつけた。藤沢抱一弁護士は「先ほど採用になった証拠は本件との関連性がない。時間的にも内容的にも関連するものが何もない」と全面的に批判した。十亀同志は「23年間も無駄な裁判を強制されている。そもそも一審の無罪判決だって遅すぎたのだ。しかし私は、国家権力によるデッチあげは絶対に許さない。レーニンが言う裁判の原則的闘い方に従い、私は徹底して無罪を争う」と全身で怒りを表明した。須賀同志は「金沢借家は私が病気療養のために借りたもので、本件との関連性はまったくない。金沢借家が信管製造工場だったなどという検察官の主張は虚構だ。はらわたが煮えくり返る」と声を荒らげて弾劾した。板垣同志は「関連性がないばかりか、検察官立証が終了し、その破産が明らかになっているのに、なぜ無駄で意味のない証拠を採用するのか」と鋭くつきつけた。傍聴人からも弾劾がたたきつけられた。
しかし、林裁判長は異議を却下し、あくまでデッチあげ「証拠」を採用したのだ。
この後、被告・弁護側は立証計画の概要を明らかにし、「検察は隠し持つ証拠を全面的に開示せよ」と要求した。
いよいよ次回公判、5月11日から被告・弁護側立証が始まる。無罪判決を覆そうとする検察・裁判所一体の攻撃を被告・弁護側立証で粉砕し、差し戻し審に勝利しよう。福嶋同志の上告審に勝利しよう。
------------------------------
第1章 ■迎賓館・横田爆取デッチあげ弾圧裁判
1986年4月米軍横田基地、5月東京サミット歓迎式典開催中の迎賓館に革命軍のロケット弾攻撃。翌87年、別件勾留中の3同志を逮捕・起訴、福嶋昌男同志を指名手配(93年逮捕・起訴)。04年3同志に無罪判決。控訴された東京高裁で06年一審無罪判決破棄・差し戻しの反動判決。福嶋同志は06年東京地裁で懲役12年、高裁控訴棄却、上告中。