日教組・自治労の解体狙う道州制導入を粉砕しよう 沖縄は基地の固定化
日教組・自治労の解体狙う道州制導入を粉砕しよう
沖縄「単独州」は基地の固定化
大恐慌情勢のもとで、日帝の最後の延命策としての道州制攻撃の一環として沖縄「単独州」の策動が進められている。仲井真沖縄県政も、沖縄の既成「革新」政党や体制内労働運動指導部も、「沖縄の自治の拡大」の美名のもとにこれを推進している。だが、労働者の現場では「生きさせろ!」ゼネストへの激動、革命をたぐり寄せる闘いが次々と巻き起こっており、国鉄分割・民営化をストライキで打ち破った動労千葉に続こうと青年労働者を先頭に熱いうねりが始まっている。道州制はこれに対する反革命攻撃だ。3・6道州制反対・橋下打倒の大阪決戦と結んで、沖縄での道州制攻撃を粉砕しよう。
第1章 丸ごと民営化と大量首切り
そもそも道州制とは何か。誰が何のためにやろうとしているのか。
道州制は、「究極の構造改革」と言われるように、新自由主義攻撃の今日的な最大の攻撃であり、地方を市場原理にたたき込んで、丸ごと民営化し、公務員360万労働者をいったん全員解雇、選別再雇用し、自治労と日教組を一掃する攻撃である。
沖縄についても例外ではないどころか、その攻撃の最先端である。戦後沖縄の闘い、反戦運動、反基地闘争の中心をなしてきた自治体労働者、教育労働者の運動と組織の実体を抹殺することが目的なのだ。07年9・29沖縄12万人大決起の組織化の中心になった自治労、沖教組、高教組の闘いに、敵は革命への脅威を感じとり、それを圧殺しようとしているのだ。
関西経済同友会の提言「5年以内に『連邦的道州制』へ移行せよ」(06年4月)を見よ。
「道州制の導入に伴い新たな人材を募る為、410万人の国・地方の公務員の内、自衛官・警察官などを除く360万人弱を関係法を制定の上一旦解雇する。85万人の定員を削減した上で、新しい時代に適した能力をもち、かつ公の意識をもつ人材を、幅広く国民から募り、新たなエリートとして中央・道州政府に登用する。……教育公務員等126万人の現業公務員は、国立・公立学校を私学化するなど組織を公設民営化した上で再雇用の機会を与える」
国鉄分割・民営化以上の大首切り攻撃である。
いったん全員解雇した上で、新たに採用する公務員は、労働者性をはぎ取って、人民の上に立つエリートとして登用すると言うのだ。それにもかかわらず、自治労など体制内労働運動指導部は、「道州制は解雇問題ではない。地方分権の問題だ」と言って道州制を押し出し推進している。自治労中央は、こういう攻撃であると分かっていて、率先協力している。
沖縄の階級的な闘いを根絶する攻撃として道州制が襲いかかろうとしている。それは敵の強さではなく、そこに決定的な弱点があるのだ。
第2章 沖縄が戦争国家化の拠点に
沖縄の道州制の趣旨から言って、規模や人口は単独州では成り立たないことは明白だ。それにもかかわらずなぜ、彼らは「単独州」と言っているのか。それは米軍基地の島の現実を沖縄に永久に押しつけるためである。しかも基地問題は外交・軍事の問題であって、国の専管事項として、沖縄の自己決定からあらかじめ外されているのだ。
道州制は一方では、国家を軍事・外交に特化し、中央集権的、強権的な戦争国家をつくろうとする攻撃なのだ。
道州制攻撃の先頭に立っている江口克彦・道州制ビジョン懇談会座長(PHP研究所社長)は昨年8月沖縄県庁を訪問した際、「沖縄は単独州だと考えている。最終的な報告で提出しようと思っている」と述べ、今年3月までにまとめる同懇談会の最終報告に沖縄単独州の区割りを盛り込む考えを表明した。
江口は「自分は最初は九州と一緒と考えていたが、沖縄の人たちの(単独州への)熱意、歴史、思い(がある)。沖縄を拠点に東アジアへのラインも敷ける」「沖縄を拠点とした東アジアとの交易や経済交流の可能性は大きい」と言っている。
それは「沖縄の思い」を最大限に利用し、そこにつけ込み、道州制導入のために動員し、さらには沖縄を日帝のアジア侵略・勢力圏化の拠点にしようというもくろみだ。
もう一つ、もっと重要なことを江口は言っている。財源について、「基地(米軍専用施設)の75%が沖縄に集中する中で、国民から基地税として集めた金の75%を沖縄に持ち込む。全国民が応分の負担として、沖縄をサポートする仕組みを考えたい」と。何のことはない。沖縄に75%の基地を押しつけるために国民を総動員しようと言っているのだ。ブルジョアジーの側から言えば、沖縄に基地を押しつけるためにこそ沖縄は単独州である必要があるのだ。「基地の島」として中央直轄支配地域にするということである。
これは、1879年琉球処分、1945年米軍占領=52年講和条約による沖縄分離支配、72年ペテン的「返還」に続く、「第4の琉球処分」と言うべきものだ。ましてや、「単独州ということであれば賛成」などと、それが沖縄の「自己決定権」にとってプラスだとか、「自決への決定的チャンス」であるかのような議論は成り立たない。
そもそも経団連などのいう「中央集権批判」なるものは、まったくインチキなものだ。それは、資本に対する規制を全廃しろという要求なのだ。
現在、日米帝の間で進められている米軍再編攻撃、沖縄の普天間基地の県内移設=辺野古新基地建設と一体の攻撃として「沖縄単独州」の攻撃はある。
第3章 階級的労働運動発展の力で
資本主義の終わりの始まり、プロレタリア革命の時代であればこそ、支配階級は、道州制の攻撃に出てきている。「沖縄単独州」を掲げることで「沖縄の自立」や「沖縄の独自性」の幻想を上からあおっている。そこに悪質なペテン性がある。だが、単独州とは本土労働者階級との分断攻撃だ。そして体制内指導部が「自立」や「自決」を叫ぶのはプロレタリアートへの不信と分断をあおるものだ。全世界の労働者階級が一つに団結しようとしている時、それを破壊するものなのだ。
社会大衆党は「沖縄特別自治州にむけた道州制確立」などを昨年8月の党大会で決定している。また、喜納昌吉民主党沖縄県連代表は、「道州制というのは、中央の政治から自立するということ」と、推進の立場を表明している。
無所属の糸数慶子参院議員は、沖縄県での道州制推進の動きについて「道州制によって沖縄の未来を切り開くという県民の期待感の表れ」などと翼賛発言をしている(08年4月1日参院内閣委員会)。そして、「沖縄の基地問題を協議するには九州の一部になるよりも単独の方がやはり明確な主張が沖縄としてはできる」などと言っているのである。
だが、前述したように、「単独州」で基地問題に沖縄の発言力が増すのではなく、逆に押さえ込まれるのだ。
今日の事態は、かつて2000年当時、高良倉吉ら沖縄の学者グループから出された「沖縄イニシアチブ」論が形を変えて浮上してきたといえる事態だ。「沖縄イニシアチブ」論は、「アジアにおける沖縄の位置と役割」を積極的に位置づけて「基地の島・沖縄」の現状を肯定し、日米帝国主義と真っ向から対決する闘いに敵対するものだった。「沖縄の自己決定権」の名のもとに「単独州」が容認されるならば、体制に協力し翼賛するものとなり、結局自ら進んで支配の鎖を強めることになる。
だが、沖縄労働者階級を見くびるな。自治労中央、日教組中央など指導部が腐っていようと、沖縄の労働者の現場には怒りが煮えたぎっており、エネルギーは充満している。闘いが爆発しようとしているからこそ、革命への恐怖と反動として、敵は階級的労働運動=動労千葉労働運動が結びつくことを恐れ、道州制攻撃に出てきているのだ。それは闘う労働者にとって絶好のチャンスだ。
やはり、道州制攻撃に対置されるべきは、プロレタリア革命しかない。資本主義は命脈尽きているのだ。その支配の危機を道州制によってのりきることなど絶対にできない。一切の体制内勢力をのりこえ、動労千葉とともに、階級的労働運動の力で道州制=沖縄単独州攻撃を粉砕し、本土?沖縄を貫くプロレタリア革命に突き進もう。