2009年2月 2日

団結ひろば 投稿コーナー

週刊『前進』08頁(2377号8面1)(2009/02/02)

団結ひろば 投稿コーナー

 第1章 内田君を奪還したぞ次は処分の撤回だ! 東京・学生 溝内芳樹

 1月23日、7・24法大弾圧裁判被告人の内田晶理君を奪還した! 
 午後7時過ぎ、東京拘置所前、待ちかねた全学連の仲間の前に内田君が姿を現した。握手攻めのあと、贈られた花束を手にマイクを握った内田君が「学生注目!」と第一声。「獄中闘争を楽しく闘ってきた。この時代にここに戻ってこれたことが本当にうれしい」と高らかに勝利宣言した。ただちに胴上げとなり、内田君の体が2度、3度と高く宙に舞った。そしてインターの大合唱が小菅一帯に響き渡った。
 獄中20同志の「最後の1人」内田君を奪還し、全学連は08年の組織壊滅攻撃を完全に粉砕した! 
 翌日の1月24日、内田君は法大闘争勝利集会に登場し、「獄中20同志の奪還は、文連、全学連、青年労働者の団結の勝利だ! ただちに先頭に立って闘う!」と熱烈なアピールを行った。
 法大当局と国家権力は、闘う学生への不当処分粉砕とG8サミット粉砕行動を呼びかけた内田晶理君、鈴木研也君、市川知寛君の7月3日の行動を「建造物侵入」とデッチあげ、「法大弾圧ぶっ飛ばせ! 7・24全国集会」当日、集会の行き帰りに3人の逮捕を強行した。
 内田君に対する支配階級の憎悪はすさまじかった。それを体現したのが、東京地裁刑事第21部の半田靖史裁判長だ。裁判員制度導入の最先兵である半田は、検察側立証が終わったにもかかわらず、2回にわたり内田君の保釈請求を却下した。20同志の中で、ここまで弾圧された学生はいない。この攻撃を打ち破って、私たちは内田君の保釈をかちとった。ものすごい勝利だ!
 この力で4・24法大集会1千人大結集をかちとり、処分を撤回させよう! 

 第2章 必見!興奮と感動の「10・17法大」ビデオ 田宮龍一

 ビデオ「10・17法大包囲デモ」を見ましたか。1・24法大闘争勝利集会でも冒頭にその一部が上映されましたが、ぜひDVDを購入してじっくりとご覧になることをお勧めしたい。
 昨年の10・17法大包囲デモは、法大当局による学生への処分乱発と政治弾圧、教職員・警備員らを使ったキャンパス暴力支配に怒りを燃やし、文化連盟と全学連を先頭にがんがん闘いぬいた画期的で痛快無比の闘争でした。その一部始終が記録されたドキュメンタリー映像です。
 外濠校舎での騒乱的暴動的当局追及行動、勝利感あふれる正門前集会、総長室直撃の包囲デモ、それぞれのシーンに尋常ならざるボルテージの怒りと自己解放のエネルギーが満ちています。またこの日の闘いが獄中同志への連帯行動としてかちとられたことが随所に表され、視聴者を興奮と感動のるつぼにたたき込むこと請け合いです。
 5・28〜29法大弾圧救援会制作、DVD26分、頒価500円(売り上げ金は学生へのカンパに)。前進社でも取り扱っています。必見!

 第3章 第2弾「生きさせろ」 デモに青年飛び入り 広島 A

 1月25日、広島市内で40人が「生きさせろ!」デモに決起した。11日に続いて、今年の第2弾のデモだ。今回も事前に繁華街で街頭宣伝を行ってからデモ行進。飛び入り参加の青年もいた。不屈に闘うパレスチナの労働者人民、イスラエル国内で闘う労働者、そしてオバマ打倒に立ち上がっているアメリカの労働者と断固連帯する闘いだ。
 16時30分から原爆ドーム前で集会を開催し、全国被爆者青年同盟の中島健委員長が、「ガザの虐殺を許さない。オバマの就任式にあわせてイスラエル軍をペテン的に撤退させた。オバマはパレスチナ虐殺の共犯者だ。アメリカのランク・アンド・ファイルと団結しオバマを打倒しよう」と提起、「オバマをヒロシマに呼ぼう」などと主張する被爆者7団体の指導部を徹底弾劾した。
 広島労組交流センターから熱烈な春闘ゼネストアピールが発せられ、デモに出発。「ガザも派遣も生きさせろ!」「経団連を打倒するぞ!」「オバマを打倒するぞ!」のシュプレヒコール。本通商店街では圧倒的な注目の中、青年がデモに飛び入り参加。外国人労働者も合流して闘った。
 「生きさせろ!」の声と怒りは街頭に職場にあふれている。次は2・7春闘総決起集会とデモだ! 春闘からゼネストへ、怒りを爆発させて闘おう。

 第4章 「派遣村」の労働者と経団連デモに立った 神奈川 秋田一雄

 1月5日に4カ所に分断された日比谷の「派遣村」。このうちの一つ、練馬の体育館で福祉労働者連帯ユニオンが労働相談開始。現地に行ってきました。
 ある人は、首切り後も何日かは寮に無料でいられるという話が結局、最後の給料から天引きするとの連絡。まさに骨の髄までの搾取。また別の人は、派遣先の食肉倉庫の現場で、かぜ気味でせきこんでたら、衛生上よくないから治るまで異動と言われ、なんと冷凍倉庫へ! そして結局は契約切り。パワハラの末の首切り、絶対許せない!
 労働相談のあと、最寄り駅前で経団連デモ参加のための交通費カンパ街宣へ! 駅までは行きも帰りもデモ敢行。コールは「おれたちを生きさせろ!」「仕事と住居をよこせ!」「経団連も麻生もゴミ箱行きだ!」など。地元の人たちから「がんばって!」。
 小一時間の街宣でカンパ2万5千円! 初めは戸惑いもあった派遣村労働者もどんどん解放され、生き生きしてきたのが印象的でした。闘いは労働者を変える。ストライキをやりきった労働者と同じだと思いました。
 翌8日の経団連デモに派遣村から11人の労働者が決起。みな生き生きと闘いました! 怒りの対象に怒りをたたきつける実力闘争を主体的に闘うことこそが人間解放であり生きる展望だ。このことを皆が身をもって共有すること。これが現場での決起と団結につながるし、救済運動を超えるポイントだと思いました。

 第5章 処分を狙った威圧に第2波ストで反撃 東海合同労組 S・K

 東海合同労組SK分会は、1月16日、会社に団体交渉に応じることを求めて第2波の昼休み45分間ストライキに突入!
 昨年11月、組合員の年休取得や個人ビラの配布から闘争は始まりました。分会長に対し、会社は「仕事ができない」「働きぶりを認めるまで戻さない」などと、突然、格下げ的な裏方仕事へ配置転換しました。分会長は「元の機械を奪うな!」と要求したのですが、「機械は会社のものだ」「不当な配転ではなく、適材適所」など居直り続けています。3回目の団交が決裂した翌日、不当な配置転換の撤回を求めて第1波半日ストライキを行いました。
 1月5日には、社長自ら「録音機の構内での使用を禁止する」と命令し、「そんなこともできんのか!」「そこに立ってろ!」「組合とは連絡とるな!」など、処分の口実をつくるための威圧を加えてきています。これに対して第2波ストをたたきつけたのです。
 「派遣切りをするような資本主義に労働者の怒りはあふれている。森精機で始まったストライキが東海の工場地帯でも広がることが労働者の希望だ」と会社朝礼でスピーチした分会長は、今、仲間のなかにもう一度入っていこうとしています。工場内にストライキをやる仲間をつくり出すことが「生きさせろ!」ゼネストにつながるのです。
 3・15ワーカーズアクション東海が名古屋駅前トヨタビルへのデモを呼びかけています。トヨタ職場からのストライキ決起をつくり出し、東海合同労組は総決起します。

 第6章 街頭で会った人らと5人で解雇撤回街宣 青森 M・K

 年末年始街宣の熱が冷めぬ1月12日に、”解雇撤回街宣”を行いました。
 街頭での一瞬の出会いをとことん大切にした。労働者に響く言葉、新鮮な一言。 ”資本主義打倒”を生きた言葉で呼びかけた。「労働者の首を切らないと資本が生き残れないなら、そういうあり方が間違っている。世の中変えよう」というアジテーションに、「そうだ!そうだ!」と3人の青年が声をあげて通る。
 元旦に「生きさせろ!ゼネスト」ののぼりを見て署名をしてくれた求職中の女性が、この日は一緒に街頭で署名を呼びかけてくれた。
 「解雇」「生きさせろ」という言葉に反応しての続々の署名。「自分も解雇されたことがあるが、会社に理由を聞けなかった」と子どもをおぶったお母さん。「自分たちが卒業するとき、仕事あるんだろうか」と高校生。同業者だからと家族が署名。栃木県で昨年末に解雇されて地元に帰ってきたという青年労働者。
 そんな中、署名してくれたある青年労働者が、「皆おとなしいよね。デモしたいよね」と言い、いつの間にか、カンパ箱を首にさげて一緒にビラを渡していた。
 街頭で会ったばかりの女性と飛び入りの青年労働者の2人を加えて、初の5人での街宣。寒かろうが、地方で、人はそんなに多くはないけれど、熱い街宣はどこでも出来る! 団結の力をもって、解雇撤回闘争、まだまだ続きます。
 (M・Kさんは、市の業務委託を受けている職場でビラ配布を理由に解雇された仲間の解雇撤回を求める署名を集めている—編集局)

 第7章 「あたご」の漁船撃沈海難審判裁決に思う 東京 新谷洋介

 昨年2月に海上自衛隊の最新鋭イージス艦「あたご」によって漁船清徳丸が沈められ、漁船の親子2人が殺された事件の海難審判で、事故の主因は「あたご側の監視不十分」と認定、あたごが所属する海自第3護衛隊に対して安全教育を徹底させるよう勧告する裁決が出された。裁決は、艦長や当直士官などへの勧告は見送る一方、清徳丸に対して「警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかった」ことを問題とするなど、不十分なものだが、イージス艦側に最大の原因があったことを明示し、自衛隊に対する初の勧告となった。
 ”小さな漁船の方がよけるのが当然””そこのけそこのけ軍艦が通る”が自衛隊の意識であることは明らかだ。軍隊にとって安全航行は二の次なのだ。事故当時、「これが自爆テロの船ならどうするのか」と発言した閣僚がいたが、漁民の命よりも、イージス艦の防衛、危機管理の問題だとする転倒した発想だ。
 事件後、防衛省は「再発防止」策をとったと言っていたが、今年1月10日にも、鹿児島湾内で海自の潜水艦が漁船と接触事故を起こした。そもそも軍隊は戦争と他民族虐殺のための暴力集団であり、それに対する人民の回答は「自衛隊解体・日帝打倒」しかあり得ない。自衛隊内の矛盾も深まり、パワハラ、リンチ、いじめが横行、隊員の自殺も後を絶たない。労働者自己解放の思想で自衛隊員を獲得し、自衛隊を中から解体しよう。

 第8章 不許可攻撃うち破り星野さんと3人で面会 徳島 T

 1月27日、再審弁護団事務局の大形敏也さん、岡山救う会の植野忠さん、徳島救う会の仙田哲也さんの3人が星野文昭さんと面会しました。
 徳島刑務所は、昨年11月からあいついで友人面会を不許可にしてきました。「獄外と獄中を分断する」攻撃ですが、それを上回る執念で面会実現をこじ開けた勝利です。
  面会室に現れた星野さんは、真冬でも体調良好のようでした。わずか25分の面会の中で、意気軒高と第2次再審闘争勝利にむけての思いを語りました。第2次再審は今までの延長線上ではないこと、われわれの姿勢、意識性、階級との団結が問われていること、すでに最高裁の棄却決定書の中に勝利の芽が存在することなど、メモを取るのが追いつかないような勢いで提起を続けました。さらに、鈴木達夫弁護団長の11・29星野全国集会での提起を例に、いまの情勢のなかで松川闘争をのりこえるような運動を獄の内と外の団結で創造しよう、と語りました。
  特に、裁判の基礎的準備として供述調書の入力作業に奮闘している人びとに「ありがとう。感激していますと伝えてください」とのことでした。
 面会後、徳島弁護士会・人権擁護委員会に人権侵害に対する救済の申し立てを行いました。昨年11月14日の沖縄、京滋の2人、12月9日の宮城の3人、1月21日徳島の2人の仲間が、友人面会を「不許可」にされたことは、絶対に許せません。
 申し立ての後、徳島県庁で記者会見を行い、徳島駅前では、「星野のぼり」を立て、力いっぱい街宣をしました。星野文昭さんを労働者階級の手に取り戻すために、全国で闘いを進めましょう。

 第9章 星野さんへの年賀状で闘いの息吹伝えたい 中四国 斉藤太一

 夕方6時はもう暗い。それでも「解雇撤回!派遣切りゆるさん!」のビラが次々取られて行く。声もかかる。こうなると北風も追い風か? この息吹を私は、年賀で星野さんに届けたい。
 最近頭をよぎる映像はラグビーのスクラムがガチッとぶつかるあの瞬間! 動労千葉を軸に、ハイテック、「日の丸」処分、国労5・27、辺野古、法政、西郡そして星野さん。
 星野闘争も08年再審請求棄却、友人面会不許可処分と続いた。国・刑務所が「友人」か否か判断するという。不許可の友人は「私たちの代表として闘った星野さんが無期にされている」と。
 そして、今度は彼自身が「処分」された。弾圧を糧にしよう。年賀状で09ゼネストを届けよう。きっと「変」わり始めます。