特集09春闘へ 資本主義の生命力は尽きた 世界大恐慌と労働者階級
特集 09春闘へ
「生きさせろ!ゼネストで歴史的大恐慌を迎え撃て
資本主義の生命力は完全に尽きた
世界大恐慌と労働者階級
昨年9月のリーマン・ショックをもって世界金融大恐慌は本格的な大恐慌に突入した。資本主義の延命策が尽きて危機に陥っているだけではない。300年に及ぶ資本主義が堆積した全矛盾が幾何級数的に爆発しているのだ。2度の世界大戦や国家独占資本主義政策(ニューディール)、新自由主義政策の展開の中で、資本主義は、労働者階級の闘いと革命を圧殺して延命してきた。その全矛盾が累乗的に爆発を始めたのだ。大恐慌で資本主義の運動が急激に減速・停滞・後退している。マルクスは『共産党宣言』で次のように指摘している。恐慌の克服は今までより、もっと全面的な、もっと激烈な恐慌への道を開き、恐慌を予防する手段をせばめる、と。まさにその時が来たのだ。大恐慌は、端的に言えば資本主義の生産様式が成り立たないことを意味する。資本主義の歴史的破産だ。資本主義の生産の真の妨げは資本そのものだ。職場生産点から資本家をたたき出し、労働者がすべてを支配する時だ。「資本主義的な私的所有の最後を告げる鐘が鳴る。収奪者たちの私有財産が剥奪される」(『資本論』)。プロレタリア革命の現実的展望を切り開く情勢が来た。『共産党宣言』や『資本論』を引用しながら「世界大恐慌と労働者階級」と題して考えたい。結論は「労働運動の力で革命を」である。2・16集会と3・20闘争に立とう。(片瀬涼)
第1章 在庫・減産・工場閉鎖と失業
『共産党宣言』は、恐慌について次のように書いている。
これまでに生産された商品、生産諸力の大部分が破壊される。不合理としか思えない過剰生産という疫病が発生し、社会は突然、一時的に未開状態に引き戻された状況になり、飢餓や全社会的な破壊戦争が起こる。社会がすべての生活手段から切断され、工業と商業も破壊されてしまったかになる。
——いま起きている事態は、確かにこの指摘のとおりである。
第1節 「血まみれの月曜日」
1月28日の各紙朝刊は、全国の製造業で働く非正規労働者百万人のうち40万人が3月末までに失職、と報じている。米国では26日、建設機械大手キャタピラーが約2万人、製薬最大手ファイザーが1万9千人など、米主要企業9社が7万5千人の削減策を発表した。この数字はわずか1日分だけ。「血まみれの月曜日」。米CNNテレビはこう伝えた。
トヨタ自動車は、4月までの国内の生産台数を半分にし、1日あたりの生産を9千台に減らす。これは効率的に生産できる規模の1万1千台を下回る。30年前の石油危機時の水準だ。国内販売台数はピーク時の4割減。国内生産台数の2割減でもマイナス230万台。ホンダと日産の合計に匹敵する。何社かが倒産してもおかしくない。米国でもGM(ゼネラル・モーターズ)が実質的に生産を停止している。今年の生産は半減の見通しだ。自動車産業の規模は世界の生産の1割に達するからそのあおりは激甚である。
自動車だけではない。世界中で製造業の稼働率が大幅に落ち込んでいる。日本でも各産業で2〜3割下落の調査数値が並ぶ。これはまだ恐慌の本格的影響の出る前の数字だ。パナソニックやNEC、ホンダ、三菱など、経団連の有力企業の工場閉鎖が続く。影響は系列会社や関連企業へネズミ算式に拡大する。
新聞の記事や評論、企業レポートでは、市場サイズが半分になるという意味で「ハーフエコノミー」という言葉が使われている。
資本主義社会では、利潤を得るために商品は生産され、売られる。資本家にとって、生産・流通という錬金術のるつぼに投げ入れても貨幣として出てこなければ、その商品は無意味だ。資本主義が成り立たない事態だ。
急激な販売不振で積み上がった在庫を減らせない米欧の自動車メーカーが大幅値引き合戦を展開している。英国では2台の新車を1台の値段で販売している。半値の投げ売りでも在庫を抱えるよりましなのだ。
生産ラインも完全に過剰だ。08年のトヨタ自動車の生産実績は約821万台。だが現時点で今年の生産台数の見込みは650万台。もっと落ちる。米ビッグ3の過剰はもっと強烈だ。比類のない巨大な最新鋭設備も稼働しなければただの鉄くずにすぎない。
機械や工場の維持には労働者の労働が必要なのだ。これは単に機械の維持管理という物理的な話だけではない。労働者の労働は、この巨大な生産手段を稼働させ、新たな利潤を生み出す。それだけではない。生産手段の価値を商品に転化して、その価値を補填(ほてん)しているのだ。自動車や電機産業では一つの工場に何千億円何兆円という単位で設備投資する。労働者の労働がなければすべて消し飛ぶのだ。
資本家は事業が好調な時、この労働者の「贈り物」に見向きもしない。だが労働=生産過程を一気に中断する恐慌が起きると、このことを骨身にしみて思い知らされるのだ。労働者が動かさない機械や工場などまったくのムダでしかない。資本家は労働者の首を切った時にこの当たり前のことに初めて気づくのである。
トヨタや日産、キヤノンやパナソニックなど日本資本主義を代表する大資本はこの10年余り何をやってきたか。超低賃金での派遣・請負・期間労働者を酷使して生産規模を拡大して、毎年何十兆円も荒稼ぎしてきた。偽装請負を告発された工場は巨額の設備投資をした最新鋭の工場だ。これが軒並み操業縮小・停止に追い込まれた。いまや過剰設備が万力のように資本家を締め上げている。労働者の血と汗を吸い肥大化した生産力が破壊力に転じて今度は資本家に襲いかかっているのだ。
資本家よ! 電話1本、書類1枚で仕事を失い、寮を追い出される労働者の気持ちが分かるか? 誰が今まで働いて工場や職場を維持し、会社の利益を生み出してきたのか? 仲間の大半を解雇され、生産もしないで清掃と機械の保守だけしている労働者の不条理さが分かるか?
資本家にはもはやこの社会を動かす能力はない。資本家を工場からたたき出して、労働者が生産力の一切を奪い返そうではないか——労働者は本能的に感じ始めている。
第2節 進展する金融大恐慌
金融大恐慌はさらに拡大している。大恐慌の引き金となったサブプライムローンは貧困層の労働者家族を対象にした略奪的ローンだ。「頭金なしで支払いも利子だけでOK」「最初の2〜3年は6%の固定金利」という甘言で瞬く間に契約数を積み上げた。だがその後は10〜12%の変動金利になる。住宅バブルが崩壊すれば直ちに返済能力を失う人がターゲットだった。詐欺も同然なのだ。
住宅バブル崩壊を先伸ばしするための時間稼ぎで始めたサブプライムの高い収益性に目をつけたのがリーマンなどの投資会社やAIGなどの保険会社だ。この連中は、返済が確実なローンと怪しいローンを混ぜ合わせ証券化(CDO)して世界中に売りさばいた。さらにこの証券が値下がりした場合に損失を補填する保険も証券(CDS)にして全世界にばらまいた。銀行やヘッジファンドは、証券を買って利子で稼ぐため、購入資金を元手の何十倍もの借金に頼った。
CDSが保証する想定元本は総額54兆㌦(4860兆円)。3年間で10倍以上に拡大した。ほとんどリスクは考慮されなかった。金利が上昇し、住宅価格が下落したので借り手は返済に困り、住宅ローンはたちどころに行き詰まった。証券価格は暴落して、世界各国の金融機関は天文学的な損失を発生させた。そして、その損失を埋め合わせるために株式や債券を売却、株価の下落に拍車をかけたのだ。
リーマンもAIGも証券を大量に発行していた。途方もない額の保証金を現金で要求され、回転資金を確保できなくなった。最後は空売りを浴びて株価がゼロ近くまで暴落して破綻した。リーマンの発行した何十兆円の証券は紙くずになった。住宅公社のフレディマックとファニーメイは1兆6千億㌦(144兆円)の債務を抱えて政府の管理下に置かれた。サブプライムの破綻は、世界中で爆発的な信用収縮を引き起こし、世界金融大恐慌になった。
08年10月6日〜10日の「暗黒の1週間」で世界の株式市場は大暴落。世界の株式時価総額は07年のピーク時63兆㌦(5670兆円)から30兆㌦程度にまで減った。世界のGDPの5割を超える額だ。米金融大手10社は、リーマンの倒産やメリルの身売りなどで6社に再編された。高収入を誇ったゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーは証券会社から銀行に業態転換。最大手として君臨したシティーも2分割し、中核事業を6割弱の規模まで縮小させる。まだ倒産の危機は続く。
米住宅価格は投機で90年代半ばから2・6倍の約20兆㌦(1800兆円)に急膨張したが急落した。高級住宅も半値に下落、優良ローンのプライムも破綻している。実はその損失額はサブプライムをはるかに超えているのだ。
米国では1年間で個人資産が約9兆㌦(810兆円)吹っ飛んだ。家計の所得を超える過剰な消費を支えた住宅バブルが完全に崩れ落ちたのだ。
貨幣は、支払いが相殺される限り観念上の計算で済む。証券会社やヘッジファンドは借金で元手の自己資金を何十倍何百倍にも拡大して何千兆円も運用してきた。だが信用(貨幣)恐慌が発生すると、観念上で相殺されていた支払いに現金が必要となる。信用恐慌はどんな場所で始まろうと、世界中あらゆる場所で突然、計算貨幣から現金の姿を要求されるのだ。
信用恐慌を食い止めることに日米欧政府は必死なのだ。何百兆円も税金を使って資本注入や不良債権の買い取りをしている。だがせいぜい金融機関の資金不足の補填にすぎない(これがなければ資本主義は直ちに自己崩壊するが)。損失の穴埋めにはならないのだ。損失はけた違いなのだ。
原油価格や為替相場も極度の不安定性を増している。原油は昨年7月、1バレル150㌦近くまで暴騰した。だが金融恐慌で12月には40㌦を割るまでに暴落した。為替相場の不安定性も世界経済に決定的な打撃を与えている。円高は日本経済を直撃し、深刻な不況をもたらしている。
第2章 新自由主義の大破産の帰結
昨年トヨタに販売台数で世界一の座を奪われたGMは、大量の在庫を抱えて値引き販売の悪循環に陥り、一気に収益が悪化した。07年だけで3兆円の赤字を出し、08年現在で6兆円の債務超過だ。負債は加速度的に増えている。株価3㌦はピーク時の30分の1。恐慌で金融市場から資金が調達できず回転資金もなくて倒産寸前だ。政府のつなぎ融資、資本注入でかろうじて延命している。
金融恐慌が誘因となって自動車産業など製造業が恐慌状態に入ったことは決定的な問題である。30年間の新自由主義の展開を経て、資本主義の根本矛盾が顕在化した。しかも新自由主義の矛盾との累乗的な展開となっている。
第1節 74〜75年の世界恐慌
新自由主義への転機となった1974〜75年恐慌は、国家独占資本主義政策を基調とする戦後発展の終わりを告げる世界規模の恐慌だった。
未曽有の惨禍をもたらした第2次世界大戦の終結、数年間に及ぶ嵐のような革命情勢の展開とその絞殺、資本主義の再建——激動過程を切り抜けた戦後資本主義は、異例ともいえる長期の高度成長を出現させた。
資本主義は、30年代ニューディールを出発点とする国家独占資本主義政策を展開した。労働者の闘いを暴力的に抑え込むと同時に、それなりの雇用や賃金、社会保障制度などで労働運動を体制内に抱え込んだ。資本主義は50〜60年代、低失業、低インフレ、生活水準の一定の上昇を伴う空前の活況を生み出したのだ。
しかし、この「黄金時代」の成功そのものがその基礎を掘り崩した。高度成長の中軸となった自動車・電機・航空・石油などの大量生産体制はついに限界に達した。利潤率や生産性は劇的に低下した。エネルギー需要の逼迫(ひっぱく)と中東情勢の展開は原油価格の高騰を招いた。
他方で欧日は急速に米国の生産力水準に追いついた。特に日本は重工業で世界的主導権を争うに至った。50〜70年代の間に、世界の工業製品輸出に占める米国のシェアは半減した。米政府は当時、ベトナム戦争と資本救済のために財政赤字を急拡大した。貿易赤字も膨らみ、ドルの信認は揺らいだ。
ニクソン大統領は71年、ドルと金の交換停止を宣言した。これで戦後の通貨体制は非常に不安定なものとなった。現代のけた違いの経常収支の不均衡のスタート地点となった。2度の石油危機を引き金に数年にわたるスタグフレーション(不況とインフレが重なる)が世界経済を覆った。
第2節 新自由主義の展開
ブルジョアジーにとって74〜75年恐慌という悪夢の原因は、何よりも体制内に抱え込んだ労働組合だった。労働組合と福祉国家こそが、企業の競争力を失わせた、資本主義の失敗の原因だとして、歴史を画する一大階級攻撃に出たのだ。労働者階級が歴史的に獲得してきた雇用や賃金の水準、労働条件、階級的な力関係を全面的に逆転させる階級戦争を始めたのである。
また70年代当時の主要国の国家歳出シェアはGDP比3〜4割に達していた。政府部門の労働者は全労働者の5分の1を占めていたが資本の利潤を生むようには働いていない。資本家にとっては直接利潤を生まない部門である。しかも、その資金は民間部門の利潤で賄われていると見えた。民営化が至上命題になった。
レーガン政権は81年、全米航空管制官組合(PATCO)のストを軍隊を導入して力ずくで圧殺した。労働組合は徹底的に攻撃され、組合の組織率は半分になった。米国の労働者の賃金は3割も下がった。レーガン政権は、どんなに失業率が高くなっても構わずに金融引き締めとインフレ抑制を優先した。賃金を徹底的に抑え込んで、利潤率向上を図った。徹底的な規制緩和と社会保障解体を行った。投資への優遇税制や金持ちの所得減税(70→28%)など、ブルジョアジーの利益のために無制限の市場的自由を擁護したのである。
レーガン政権下の連邦準備制度理事会(FRB)議長だったポール・ボルガーは「反インフレの戦いを助けた最も重要な戦闘をひとつ挙げるとすれば、航空管制官のストを敗北させたことである」と述べている。敵から見ても、ここが核心問題なのだ。
79年に政権の座についたサッチャーは炭坑の閉鎖を宣言した。炭坑労働者の反撃のスト(84〜85年)は1年続くが敗北。労働運動は重大なダメージを受け、多くの労働者が職を失った。電話や航空、鉄鋼、電気、ガス、石油、炭坑、水道、バス、鉄道など無数の国営・公営企業が民営化された。炭坑スト圧殺は「究極の民営化」と呼ばれた。英では国営企業が占めるGDPの割合は12%から2%以下になった。すべて民間資本に売り飛ばされたのだ。
日本でも80年代、中曽根政権が国鉄—総評労働運動の壊滅を狙う国鉄分割・民営化攻撃に出た。電電公社と専売公社の民営化も行われた。これに唯一反撃したのが動労千葉なのだ。
第3節 金融の自由化と拡大
29年大恐慌の後、金融部門は強力な規制を加えられ、30年前までは比較的控えめで受動的な役割を演じてきた。だが、新自由主義による金融自由化と情報技術の革新で金融は大転換した。経済全般で金融は強い影響力を行使し始めた。消費者金融は肥大化し、家計は借金を膨らまして消費を続けた。
金融拡大は米が顕著だった。70〜80年代には金融会社の利潤の総額は非金融会社の5分の1だったが00年には2分の1にまで増えた。米金融会社の時価総額は25年間で4倍になり、非金融会社の29%になった。
家計の消費支出と住宅支出は、90年代後半の総需要の増大分の8割を占めた。銀行やカード会社、住宅ローン会社からの家計の借金は90年代に急速に増大した。金融自由化の結果だ。
米国では株式所有が機関投資家に集中し、それが株主価値最大化への執拗な圧力をかけた。最上位500企業の最高経営責任者(CEO)報酬の労働者賃金に対する比率は、70年の30倍から00年の570倍に上昇した。
国際的な金融の流れも急激に増大した。規制の撤廃で外国為替取引は、04年で1日あたり約2兆㌦(180兆円)。89年の3倍以上だ。金融機関が外国と相互に賃借を繰り返すことによって膨大な双方向の資金が積み上げられた。世界のマネーは円換算で兆を超えて京の単位まで行った。
だが他方で、金融自由化と複雑な金融工学の駆使で金融・通貨は非常に不安定かつ矛盾をため込んだ。1987年の大暴落(ブラックマンデー)、80年代末の米貯蓄貸付組合(S&L)の破綻、90年代の日本バブルの崩壊、97年のアジア通貨危機、2000年のITバブル崩壊……金融と通貨の危機のペースと規模は深刻化していた。
21世紀に入ってからの好景気は資本主義史上最大のバブルだった。不動産と株のバブル、持続不可能な消費による米家計の貯蓄のゼロ化と借金漬け、米国の天文学的な経常収支赤字と各国の対米投資などによって綱渡り的に維持してきたに過ぎない。
詐欺まがいの手法で利益を操作し荒稼ぎする金融機関。株式市場と外国為替、資源・エネルギーの激しい価格変動、断続的な金融危機……史上空前のバブル経済は砂上の楼閣だったのだ。
新自由主義者は、経営者の立場の強化と労働組合の弱体化、市場原理と国際競争こそ資本主義経済のダイナミズムをよみがえらせると主張してきた。まったく逆だった。
新自由主義が展開された四半世紀、労働者の地位は大後退し、社会保障の解体、民営化と規制緩和、どん欲に世界を収奪する金融資本などによって資本主義の矛盾は極限まで行った。新自由主義は世界をひどく荒廃させた。社会矛盾は先鋭化し、労働者は資本主義のもとではなんの展望も見いだせない。恐慌克服のチャンピオンのはずだった新自由主義こそが、後戻りの効かない資本主義最後の大恐慌を導き、その破壊力を累乗化しているのだ。
第3章 資本の支配を終わらせる時
価値増殖を原理とする資本主義の運動は、世界の何十億人を搾取し、収奪して巨大な生産力を実現してきた。他方で労働の成果を生存ギリギリまで搾取される労働者階級は自分たちが生産した商品を買い戻せない。これが大恐慌の決定的要因なのだ。資本家のもとには売れ残りの商品が山積みになり、何兆円も投資した生産設備は稼働せずにさびるままとなっている。信用崩壊で現金の支払いを要求され、破産・倒産・破滅の連鎖反応が起きている。これらこそ資本主義の最大の矛盾だ。
恐慌が起きるのは、あまりに過剰な生活手段、過剰な工業、過剰な商業がこの社会に存在するからである……資本主義の生産様式は、自らがつくり出した富を入れるには狭くなりすぎた——マルクスは『共産党宣言』でこのように強調している。
そう。もはや資本主義の生命力は尽きたのだ。資本主義のもとで社会は何ひとつ発展しない。何よりもわれわれ労働者階級は生きていけない。労働者は、生産の主体的担い手であるにもかかわらず、働けば働くほど、つまり、資本家の生産力が増大するほど、自分の地位がますます不安定になるのだ。
資本主義では、社会の生産力を高めるすべての方法は、労働者の犠牲のもとで採用される。生産を向上させるあらゆる手段は、労働者を人間の断片のようなものに変え、機械の付属品におとしめる。労働者にとって労働そのものが拷問になり、労働の内容が破壊されるのだ。
資本主義では、生産手段を私的に独占する資本家が巨額の投資をして生産設備を準備し、大量の労働者を雇い、指揮命令して生産を行っている。社会的に生産を行うあり方そのものを支配することで、労働者を賃金奴隷として生産に縛り付けているのだ。
労働者は資本家に支配・従属される関係の中で、結合された社会的活動として巨大な生産を実現している。逆に言えば、資本家の支配下で労働者の労働はひとつの器官となり、強制労働になってしまうのだ。
資本主義の歴史的破産である大恐慌に直面した労働者階級は、ここをうち破る闘いが必要とされているのだ。労働者が階級として団結することは、資本家を階級的に打倒して、社会の生産諸力を奪い返す闘いなのだ。それこそが「労働運動の力で革命をやろう」のスローガンの神髄だ。
労働現場の労働者が資本の支配を打ち破って、職場や社会の主人公としての誇りや力を取り戻す階級的労働運動こそが革命の推進力だ。賃労働と資本の関係を否定し、破壊できるのは、資本の運動の内側にいる労働者だけである。労働者階級だけが資本主義の矛盾を止揚できる階級なのである。
資本の集中度が高まり、この独占が生産様式の足かせとなった、やがて生産手段の集中と労働の社会化がついに、資本主義的な外皮に合わない段階に到達する。この外皮は吹き飛ばされる。収奪者たちの私有財産が剥奪される。(『資本論』より)